末文 傷を癒す旅
これで、寝ている布団が変わるのは3回目になった。サンライズ号、籾治の家、そして父の家。
私が起きて下に降りると、父は朝食を作ってくれていた。
「おはよう真見。ご飯できてるぞ。」
「おはよう。久しぶりだよお父さんの手料理。」
「まあな。こんなんでもレストランで働いてるからな。」
「はいはい、すごいですよ〜。」
私は笑いながらも適当にあしらい、机に置かれたパンを食べた。チーズとベーコンが乗っているシンプルなものだが、父のこだわりで絶妙なところを突く味のつけ方がされている。
「しっかり食べとけよ。これからいろんな後始末をしないといけないんだからな。」
「うん。」
私はそれだけ返事して、出された朝食を全て食べた。
昨日、夕食は食べたものの、それより前にちゃんとした食事をとったのは一昨日の籾治の家での朝食だった。
逃げるのに必死で、食欲なんて消え失せていたのだろう。
朝食を済ませたあと、私たちは家を出て、そのまま新千歳空港へ向かった。
釧路駅から特急おおぞらに乗り、南千歳で快速エアポートに乗り換えて空港に到着した。
昨日は新幹線と特急にしか乗れていなかったので、通勤型車両は快速エアポートが初である。
というか、今回新千歳空港から中部国際空港まで飛行機に乗るわけだが、私は飛行機に乗ったことがないので、恐ろしいほど緊張している。
「緊張してるな。」
「まあね。何時間も地面から離れたことないから…。」
「数時間の辛抱だぞ。」
そのまま私たちは手荷物検査を通り、JALの飛行機に搭乗した。
「なんか違和感…。」
「まあ、明らかに席が多いからなあ…。」
人生初の飛行機搭乗なのだが、新幹線とか特急列車とかに通づる内装なのに、席の列が明らかに多いから、インフルエンザにかかった時に見る夢みたいで、なんか不気味。
しばらくすると、飛行機は滑走路に移動し、そのまま発進。すぐに空へ飛び出した。
「………あら、意外と何ともないんだね。」
「お前は飛行機を何だと思ってるんだ…。」
結局、空と雲しか見えない外を眺めたり、父と雑談したりしていると、すぐに中部国際空港へ到着した。
「そういえば、真見に会いたいと言う人がいるぞ。」
「え、誰が…?」
突然父がこんな事言うものだから、少し警戒していたが、別に何の問題もないだろう…。
結局、父の言う"会いたい人"が誰なのかわからず、私たちは第1ターミナルから名鉄の中部国際空港駅に移動しようとした。そして、そこの改札口で、見慣れた顔を発見した。
「あの人だね、会いたいと言っていた人は。」
「う、上野原カーダッシュマン……!?」
「おいおい、俺はそんな変な名前で呼ばれてたのかい…。」
ど、どういう事…?何でやつがここに…。というか、父は上野原カーダッシュマンと知り合い…!?
段々と父への疑いの眼差しが強くなってきたのを察してか、父は弁明する。
「別に父さんとは関係ないよ。母さんの高校の頃の同級生なんだ。」
「俺は五十嵐だ。すまなかったな、散々追い回してしまって…。」
そう言って、上野原カーダッシュマン改め、五十嵐さんは深々と頭を下げた。…へ…?どういう事…?
困惑する私を横目に、父は話を進める。
「まあ、こんなところで立ち話もなんだし、とりあえず電車に乗ろうか。ほら、ミュースカイに乗るぞ。」
「こんな状況だから素直に喜べないんだけど…。」
多くの人で賑わう空港を後にした私たちは、列車の中に入った。
「えーっと、ここか。」
父が私たちの荷物を全て網棚に乗せてくれた。
そして、席についた私に、五十嵐さんは衝撃的な事を口にする。
「まず、俺たちは君を捕まえるつもりはなかったんだよな…。」
「……え?どういうことですか…?」
開幕早々、とんでもない言葉が飛んできた。本当にどういう事…?捕まえるつもりはなかった…?
いや、それでもこの人たちは、私を追い回していた…。
こんがらがる内容だが、この先の話で、全てがつながる。
「まず、君を追いかけていた者、まあ俺だったり、岡山の2人だったり、仙台住みの安堂だったり。俺らは全員、君の母親の同級生だ。訳あって、母親から言われて、やむを得ず君を追いかけていた。」
「母は、心配してたんですか…?」
「いや、そんなことはない。」
私の僅かな希望は打ち砕かれた。
元はといえば、私の旅の目的は、母への抵抗、そして母に愛されたかったというのがある。それでも、母は、何とも思っていなかったのか…。
「…追い打ちをかけるようで悪いな…。さっきも言った通り、俺たちは、本当は追い回したくなかったんだよ、君を…。だが、高校の頃の"取り決め"で、俺たちは君の母親に抵抗できない。
まあ、アイツもアイツでバカだからな。俺たちの追いかける"フリ"で簡単に騙されたさ。俺たちも簡単に犯罪に片足突っ込むような真似はせん。」
そうして、沈みかかった私の心に、恐ろしいほど効く言葉の刃が、次の瞬間、突き刺さる。
「君の母親は、海外の犯罪組織に君を売り飛ばそうとしていたんだ…。」
「………え……?」
「………は…?うそだろ……?…本当の…、話なのか……?」
「ああ…。残念だがな…。俺たちに真見を追いかけて捕まえるよう指示したとき、アイツはそのことも話した…。どこで犯罪組織と繋がったのかは不明だがな…。」
私は、その言葉が衝撃的過ぎて、その1音を発するので精一杯だった。
部外者だと考えていたのか知らないが、さっきまで黙って話を聞いていた父も、ようやく言葉を口にした。
そして、名鉄2000系ミュースカイの走行音と、他の人の話し声だけが聞こえる車内で、この小空間での沈黙が数分続いた。
ようやくショックから戻ってきたところで、ようやく点と点が線となった。
よく考えれば、出発の少し前の数日間は、母はやたら優しかった気がする。いつもじゃ考えられない行動をいくつもしてきた。
勝手に髪型を変えても怒鳴り散らさない。私と"他愛もない会話をする"。これらは一重に、私の心の警戒を解かせ、簡単に犯罪組織に売り払う下準備だった…。
と、考えるのがよさそうだ…。
先ほど、いくらあの母でも、そこまではしないと言いたかったが、言葉に詰まった。
無意識に気付いていた。母の怪しさに…。
そして、売り払う前まで来て、予定が狂ったのだろう。
予想外の、私の逃走。
人身売買ということは、相当な額の大金が手に入るのだろう。何としても"売り物"を手放したくなかった母は、同級生の皆さんを使って、私を捕まえようとした…。恐らく、一度家の自室に戻った時に、下から聞こえてきた足跡も、同級生のうちの1人なのだろう…。
しかし、良心が痛んだ同級生の皆さんが、"形式上"は追いかけていた…。
ということなのだろう。その後の五十嵐さんからの話で、この予想は確信に変わった。
私は、このとき、やるせなさと無限大の怒りでいっぱいだった。
もう、あの女を、母とは思えなかった。
そんなこともつゆ知らず、ミュースカイは高速走行で次の停車駅である神宮前を目指す。
両親は、家庭裁判所の法廷で争うことになった。
五十嵐さんらから提出された証拠も多く、父側が優勢らしい。
審議の内容は、もちろん私の親権の所在と養育費の処分である。五十嵐さんら母の同級生と私も、証言者として法廷に上がった。
以前、公民の授業で興味を持ったので裁判の傍観をしたことがあるが、実際に裁判の関係者、それも家庭裁判所だと、より恐怖と不安感が増した。
裁判結果は明白で、父が勝訴。私は父の子であり、母の子ではなくなった。私が家から通帳を持ち出すきっかけとなった養育費の支払いも、これにて停止された。
そして、母は人身売買未遂の疑いで逮捕され、有罪判決が下った。
その後、私は1人で大宮駅にやってきた。いつの日か、ここのコインロッカーに多くの荷物を置いてきていたのだ。
「私のカメラ〜久しぶり!次は絶対に手放さないよ。」
私はロッカーの隅々まで確認した後、東京行きの上野東京ラインに乗り込んだ。
余談ではあるが、私の心には、最後に両親が交わしていたことばが印象に残った。
「何よ、今更戻ってきて。アイツの親権は渡さないわよ。」
「金が欲しいからだろ。こっちはお前の計画なんて、全部知ってる。」
「うるさい!お前に何がわかる!逃げたくせに!家庭という責任から、逃げたくせに!!」
「ああ。俺は逃げた。逃げたから、真見という唯一無二の宝物を失った。苦しさのなかに、かすかに存在した当たり前が、当たり前ではないとようやく気がつけた。真見が教えてくれた。だから俺は、真見を守ることで、逃げたという罪を一生償う。」
その後、父は釧路から豊橋に戻ってきて、私はまた、いつも通り、いや、もう苦しまなくていい生活を送り出した。
「ほら、2人ともこっち向いて!写真撮るよ!」
「また制服おそろだね、籾治。」
「そうだね〜。これからもよろしくね、真見ちゃん。」
「ほら、ちゃんとこっち向いて。せっかくの入学式なのに…。」
「ごめんごめん、お父さん。」
「お願いしま~す、真見ちゃんのお父さん。」
「今度こそ撮るぞ。はい、チーズッ」
何とか完結まで持ってくることができました。
途中、プロットの一部変更があり、連載が途絶えていた時期もありましたが、最後まで読んでいただいた読者の皆様には、大変感謝しています。
これにて離団・鐵道は完結です。
代表作であるFELLO WSHIPWORLDの方も、ほんの少しですが盛り上がってまいりました。今作のような短期連載型の作品を、今後投稿できるかはわかりませんが、もし投稿されていたら、また読んでいただけると幸いです。




