序文 私の思いは、尊重されない
挿絵は…、下手ですね、はい。あまり期待はしないでおいてください(絵に関しては)。
受験は受けた。だが、進学先の高校は、私が選んだものではない。中学校を卒業し、しばらく経った三月末になった頃、私は友人の家にお邪魔していた。
「またお母さんとケンカしたの?」
「いや…、ケンカというか、一方的な言葉の暴力というか…。」
友人の名前は、雪村籾治。字面だけ見れば男風な名前だが、ちゃんと女だ。これで"もみじ"と読むらしい。
…私の名前といえば、木村真見。離婚した父がつけてくれた名前だ。
お互い、鉄道をはじめとした公共交通が好きで出会った。私の鉄道好きは父譲りだが、籾治の鉄道好きは母譲りなのだとか。
そんな親友とも呼べる籾治の家にいる理由は、母について。今日も母は、私に意見を押し付ける。
「でもさ、真見ちゃんはしっかり説明してるの?お母さんに。」
「説明してるよ。でも、…母さん、私の意見は尊重してくれない。私が嫌だと言ったら、言葉で黙らせるんだ…。だから、何を言っても無駄だよ…。」
「……。…もうしばらく、うちにいる?」
「連絡してみる。…五時までには帰ってこいって…。」
今は三時。あと二時間、ここでお世話になることにした。二人で時刻表を見て、今度の旅の計画を立てたり、乗ってみたいバスを調べたり、楽しい時間を過ごすことができた。
「四国行ってみたいよね。」
「四国…。あ、新型気動車が出るらしいね。」
「気動車じゃなくて、ハイブリッド車両らしいけどね。でも、乗ってみたいよね!」
「確かに。とさでん交通とかもいいよね。」
「あの路面電車ね!真見は路面電車好きだもんね。」
この楽しい空気を壊してしまうが、私は胸の内の決意を、言う決断をした。一瞬黙って、私は再び口を開いた。
「……。ねえ、籾治、私、あの家から逃げようと思うの。」
「え、えええ!?に、逃げる!?」
私が唐突にこんな事を言ったので、心底驚いたらしい。私は少しうつむいているので籾治の顔を見ることはできないが、たぶん、驚いた顔をしているのだろう。
「ど、どうして急にそんな事を…?」
「私がいなくなれば、私の大切さに気がつくかなって…。そうでもしないと、あの人、自分のしてきたことに気づかないよ。もう何年も、私は我慢してきたけど、もう限界。だからさ、籾治、私に協力して。」
面と向かって、籾治に訴えかけた。さすがの籾治も混乱しているらしく、しばらく考えてる様子を示した。
そして、口を開いた。
「わかった。協力するよ。困ったときに助けるのが親友の役割だもんね。」
「あ、ありがとう…!」
もしかしたら、協力してくれないかもしれないと思ったが、それは杞憂で終わった。協力者ができたことへの安堵感から、私は少し涙を流してしまった。そこから、私と籾治の脱出計画立てが始まった。
「具体的な経路は決めたの?」
「いや、まだ…。長時間の不在のほうが心に響くかなって思うんだけど…。」
「…なら、東京方面がよさそうだね。あっちは摩天楼だし、交通も発展カンストしてるから、よっぽど追いかけられないだろうし。」
「わかった。参考にするよ。ありがとう。」
「あと、夜に出歩くことになるかもしれないから、男装したほうがいい。女の子が一人で夜の町を歩いたら危ない。明日、うちに来なよ。私のお母さんが友達料金で安く切ってくれるかも。」今でも十分短いと思うのだが、他人から見たらまだまだ足りないのだろうか。
少しだけ籾治は席を外し、下に降りた。何やら話し声が聞こえるが、たぶん、籾治のお母さんと交渉しているのだろう。しばらくして、籾治は戻ってきた。
「お母さんがね、やってくれるって。あなたの友達が危ないならって。」
あ、あんがいあっさりと了承された…。
「で?どうする?」
「お願いするよ。」
それも頼み込んで、私は帰路についた。
明日髪を切って、決行日は三月三十一日。時刻は、午前二時二十五分だ。
それまでに準備をしておかないといけない。
家について、玄関の戸を開けると、母が夕ご飯を作って待っていた。今日は鮭の塩焼きらしい。
「おかえり。ご飯できてるから、早く食べちゃいましょ。」
「うん。わかった。」
私は、母の対面に座った。私に兄弟はいないので、母との二人暮らしだ。母は、普段は別に普通の人なので、癇癪を起こすと余計に怖いのだ。
「いただきます。」
私と母は、箸を持ってご飯に口をつけた。
「最近、その籾治って子とよく遊んでるじゃない?どんな子なの?」
急に母が話を振ってきたので、少し驚きながらも答えた。
「優しい子だよ。相談にも親身に乗ってくれるし、一緒に旅行に行きたいって言ってくれたんだ。」
「そうなの。でもよかったわ。あなた、ずっと友達いなかったから、心配してたの。」
友達ができなかったのも、母のせいだ。母は、私の交友関係に口を出し、"あの子と仲良くしておきなさい"
だとか、"あの子は親がろくでなしだから関わっちゃだめよ"だとか、とにかく文句を言ってきた。
そのせいで、次第に私の周りから人は居なくなった。
中学三年生になって、ようやくできた友達が籾治なのだ。彼女だけは、母からも文句は言われなかった。
第一印象とか、その後のやり取りでまともな人間だと思ったらしい。
籾治の方も、状況を察して鉄道で仲良くなったとは言わないでくれた。母は私の鉄道好きを"父に似てるから"と言う理由で押し込もうとした。顔や仕草には出しはしなかったものの、私のなかには確実にストレスと怒りがたまってる。
なんとか母に悟られず、この計画を遂行したいところだ。
「ごちそうさま。」
「はい、お粗末さま。」
「高校からの課題やってくるね。」
そう言い訳して、私は二階にある自室に逃げた。
この部屋だけは、母が干渉してこない。この家のなかで唯一の完全プライベート空間なわけだ。
私はクローゼットから逃亡の際に着る着替えを何着か用意した。男装をして逃げるわけだから、ズボンにしないと不自然だ。上も、ほとんどワイシャツのようなものだけを選んでカバンに押し込んだ。
あと、父からもらったデジタルカメラ。これは、私の旅における必需品だ。鉄道好きだから持っていくっていうのもあるが、私にとっては安全守りみたいなもの。手放すわけにはいかない。
財布のなかには、現金が四万円程入っている。
見つかったら多分取り上げられるからって、おばあちゃんが毎回こっそり渡してくれるお年玉だ。
おばあちゃんだって、こんな使い方されたくないだろう…。でも、ごめん。今こうして使わなかったら、私が先に潰れそうだから…。
その他、地図や時刻表、家の鍵、水のペットボトルを二本入れた。食べ物はどうしても現地で買うことになる。
その日は、ちょっと勉強をしてそのまま寝た。
風呂にはいるのをすっかり忘れてしまっていたことに
気がついたのは、翌日起きてからだった。
昼下がりくらいになって、私は向山大池という、愛知県豊橋市では有名な湖の公園に来た。籾治が、ここで集合したいと行ったからだ。
約束の五分前に着くと、すでに籾治はいた。
「あ、来てくれたんだね。さ、行こ!」
「ねえ、籾治。大丈夫かな…。冷静になって考えてみたら、急に髪なんて切ったら不審に思うし、第一雷が落ちるよ…。」
「大丈夫!それは私の方で何とか言い訳するから。お母さんが、今回は無料でやってくれるって。」
「あはは、ありがとう。ごめんね、迷惑かけて…。」
「いいのいいの!事実、迷惑じゃないから。」
こういう時に明るく接してくれる友人が、一番頼もしくて、安心できる。人の温もりは、こういう時に心を安らかにしてくれる。
私たちは、大型スーパーがある通りから少し外れ、裏道に入った。そこには、小さな美容院がある。
籾治の母親が経営してる店のようだ。どうやら、人はあまり入ってないらしい。実際、私も初めて来た。
「お母さんー!真見来たよー!」
「ああ、いらっしゃい。ほら、ここに座って。」
よく籾治の家に行ってたから、必然的にこの人にも会うが、今日は仕事着ということもあって、余計に大人びて見える。
散髪の席を案内されたので、私はそこに座った。
そこからは早かった。
さすがプロと言ったところで、丁寧な作業の末、私の髪は男寄りだが言われれば女の髪型と言えなくもない、絶妙な髪型になった。
「どう?コレなら少なくとも女には見られないわ。」
「すみません、本当に…。」
「いいのよ。私の娘があなたを助けたいって言ったの。あの子がそんな事言うの、初めてだからね。気をつけていっておいで。これからも、娘をよろしくね。」
「…。はい!」
私は、籾治のお母さんにお礼を伝えて、帰路についた。
本当は、高校に入学前にこんなことをするべきではない。この行動が、どう響いてしまうのか、正直不安ではある。だが、もう後に引けないのだ。
並木のイチョウは、春ということもあり新芽を出し始めている。さらに、どこから飛んできたのかわからない桜の花びらも舞い散っており、少し肌寒くても春を感じさせる。私も、こんなふうに何も考えずに飛んでいきたい。母という檻から、飛び出して…。
考え事をしながら歩いていると、市電の通りに出た。
市電とは路面電車のことで、豊橋の路面電車は市営ではないにもかかわらず、市電と呼ばれているのだ。
私の家は運動公園前電停が最寄りの地域にある。計画では、一時間で豊橋駅に着くことになる。
もちろん、午前二時半に電車など走っているわけがないので、歩きになる。
何なら、一つ隣の二川駅にさえ行けそうな気もするが、豊橋駅がそれなりに大きい駅ってことと、使い慣れた駅のほうがいいってことで、豊橋駅に向かうほうがいいのだ。
決行日は明日。少し緊張していた…。
その間も、市電は何往復も走っていた。…しばらくこの風景ともおさらばだ…。
「…何?その髪型。」
「籾治のお母さんがただでやってくれたの…。こっちのほうが似合うんじゃないって。」
家に帰り、案の定母にいちゃもんをつけられた。そんなことを言われて、私はとっさに嘘をついた。
しかし、私の予想とは裏腹に、母は、
「…まあいいわ。それもそれで似合うから。今度は、ちゃんと相談しなさい。」
…相談しても全部突っぱねてきたくせに…。それに、…私は違和感を抱いた。
どことなく、普段の母と違う気がしたが、今の私には好都合。今日こそはお風呂に入って、私は眠りについた。しばらくして、小雨が降りだした。傘の準備をしなければならないようだ。
本当はもう少し仮眠をしたかったのだが、早めに準備をしたかったので、私は忍び足で一階に降りた。
「…!!」
私は音もなく息を飲んだ。母が起きていた。今は夜の十一時。普段は寝静まっているのに、今日に限っては深夜ドラマを見ていた。
できる限りの忍び足をして、私は傘と靴を持ちだした。自室に戻って母が見ていたテレビの放送時間を調べてみたら、三時までの放送だった。…母は明日休みだから、いくら夜更かししても問題ないようだ…。…玄関からの脱出はきつそう。…となれば、脱出経路は…。
二階から雨水パイプを伝っての飛び降りである。




