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アイラの実りが揺れる声  作者: 夜霧ランプ
第三章~少年少女の勇気ある逸話~
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第二話「成人の儀式」

 メリュー達のいる外国では、十六歳が成人の年齢だと言う。

 司祭から、蔓で作った冠をいただき、年を召した長老から、大人として課される義務と許される権利についての、戒めを受け取るんだ。

 その様子を聞かせてもらったので、記述しておこう。


 町の中の、(みや)と呼ばれる建物の中で、司祭と長老とアーサーと、証人になる大人達が集まっていました。

「汝、命ぜられしは、乙女を守る清き人となる事。この任命、受け取り給え」と、司祭が唱え、目の前に跪いているアーサーの頭の上に、青々とした蔓の冠を乗せます。

 長老は、冠をいただいた青年の片手を握り、この町に伝わっている約束事を、アーサーの耳に囁きました。

 それから、外で待っていたメリュー達は入室を許可され、メリューはアーサーの被っていた冠にオレンジ色の花を飾りました。

 その後、ポケットからアーサーの恋人のリニアを取り出すと、両手で捧げ持ち、アーサーの頬に近づけてあげました。

 リニアが、恋人に小さな口づけをすると、温かい光が宮の中を一瞬覆い、青年の体に吸いこまれるように消えました。


 アーサーを保護している家の人々は、八の字を描く特徴的な形のパンとビスケットを、町の人達に配っていました。

 もう六年も家族でいる少年が、ようやく大人になった事を、パンとビスケットを配りながら説明しています。

 そのパンとビスケットの包みを受け取った、町の人達も、自分達の家族に「アーサーが十六歳になった」と告げる仕事を請け負いました。


 メリューがアーサーを自分の家に連れて行くと、メリューの保護者である灰色の髪のアシュレイと言う名の人物が、出迎えました。

 家の中には、ご馳走のおこぼれを期待している子供達が、手に手にお皿を持って詰めかけています。

「用意はすっかり済んでる」と、不思議なガラガラ声で言うアシュレイは、家のダイニングにアーサーを招きました。

 テーブルの上には、大き皿の上に、玉ねぎとハーブをお腹に詰めて焼いたガチョウの丸焼きと、オーブンで焼いた大きな魚と、茹でた卵とブロッコリーを和えたサラダと、たくさんの塩ゆでのソラマメが、大皿に山に成って並んでいます。

 アーサーは、アシュレイから、「大人になって初めての仕事」として、ガチョウの肉を捌く方法を習いました。

 家に集まっていた子供達は、ガチョウの色んな部位の肉塊と、味の染みた玉ねぎをもらって、楽しそうにそれにかぶりつきました。


 アーサーがダイニングで主役になっている頃、リニアとメリューは、他の部屋で話し合っていました。

 アーサーの恋人がリニアである事は、ずっと前から、メリュー達や町の人達の公認だったのですが、最近、アーサーはメビウスの事が気になり始めています。

 メビウスは、艶やかな黒い髪と長い睫毛を持ち、毎日鍛えているので、細身だけどきりっとしたカッコイイ体つきをしています。

 遠くをめがけて弓を射る時の、メビウスの鋭い視線の先や、引き締まった口元は、確かに近くで見ていると「触れてみたい」と思わせる魅力がありました。

「もし、アーサーの気持ちが、メビウスに移っちゃったら、どうする?」と、メリューはリニアに聞きました。

「そうならない事を祈ってる。アーサーも、毎日、気持ちが揺らがないように祈ってるから」と、リニアは胸の前に手を組んで答えました。「それに、儀式を終わらせたばかりなのに、さっきのキスを嘘にしないでほしいもの」

「私も、アーサーの祈ってる神様に祈る。だけど、何の神様だろう」と、メリューは言って、考え込みます。

「男の子が誓いを立てるんだったら、『アプロネア神』だと思うけど」と、リニアは言います。

「良し。じゃぁ、その神様に祈ろう」と言って、メリューも胸の前で手を組み、暫く呼吸を落ち着けてから、念じました。

 ――アプロネア神様。アーサーの心が、リニアから揺らがないように、どうかお守り下さい。

 その時、メリューは忘れていたのです。自分が念じた事は、「公共放送」のように、町のみんなに伝わってしまうんだと言う事を。


 次の日、メリューが自分の普段着を探すために、隣町の服屋さんまで行く時、護衛(エスコート)を求められたアーサーは、メリュー達の住んでいる家に行く途中で、鍛冶屋のおじさんに呼び止められました。

 鍛冶屋のおじさんは、アーサーの肩をつかんで、「良いか、アーサー。男には、守らなきゃならいものがある」と言い聞かせます。

「思いが叶わなくとも、心を分け合った妻を、過去も、今も、未来に渡っても、守り続けるんだ」

「はい……」と、おぼつかなくアーサーは答えました。

 鍛冶屋のおじさんは続けます。「アーサー、お前にとって、その誓いを尽くす女は誰だ?」

 アーサーは考える様子もなく、「リニアです」と答えました。

 鍛冶屋のおじさんは、ポンとアーサーの肩を叩き、「そうだ。それで良い。その心を忘れるな」と励ましてから、「もし、帯刀許可が欲しくなったら、西の隣町に、良い教習所があるからな」と、言い含めて、仕事場に戻って行きました。

 その背を、アーサーは、ぼんやりした様子で見送りました。


 隣町まで移動する間、メリューはアーサーから鍛冶屋のおじさんの話を聞いて、思わず両手で口を押えました。

 昨日念じたお祈りが、町の一部の人達には聞こえていたのだと知ったのです。

「ごめんなさい、アーサー。だけど、絶対悪い事は祈ってないからね?」と、メリューは一生懸命、言い繕いました。

「僕に対する、何かを祈ったの?」と、アーサーは、困ったように尋ねました。

「うん。だけど、それは秘密ね。リニアと約束したの」と、メリューは言ってしまいました。

 その言葉を聞いて、アーサーはメリュー達が、大体どんなことを祈ったのかを察しました。何せ、鍛冶屋のおじさんは秘密の答えに近い所を教えてくれていたのですから。

 アーサーの顔が、段々真っ赤に成って行きます。自分の心の中の事を、すっかりメリュー達に知られているようで、とても恥ずかしかったのです。

「僕も、メリュー達に、心の中を見られても、恥ずかしくないような……大人に……なるよ……」と、ボソボソとアーサーは呟きました。

 メリューは、意味が分かっていませんが、前向きな言葉を聞いた気がしたので、「うん。そうして」と返しました。

 やがて、坂を下って、バスの通っている緩やかな斜面に行き着きました。


「ああ。そのくらいの男の子としてはね……揺らいじゃう時はあるよね……」と、僕は苦笑いで同意し、ヴィノ氏と一緒に、つくづくと頷いた。

「揺らいじゃうって、好きな人が変わっちゃうって事ですか?」と、キリクスは、きょとんとした風に聞いてくる。

「変わっちゃうって程じゃないけど、ちょっとドキドキしちゃったり、何時も通りで居られなくなったりするのを、心が揺らぐって言うんだよ」と、僕は説明した。

「リニアが普通の女の子だったら、こんな事で悩まなかったかもね」と、ヴィノ氏は言う。「何せ、結構訳ありだから」

「その『訳』って言うのが、リニアがリスみたいに小さい理由?」と、僕も突っ込んだ。

「まぁ、そんな感じかな」と、ヴィノ氏は誤魔化した。

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