第一話「守られた町」
ずっと前に聞いていた、メリューと言う名の女の子の話が、僕の脳内でも更新された。
つまり、またヴィノ氏が「児童文学には向かない話」を教えてくれたと言う事である。
メリューは、自分の暮らしている町を、自分の「守るべき土地」であると考えているらしい。
だけど、彼女には八歳の子供としての体と体力しかない。
そこで、メリューは「有志自警団」を作っている。
主に、その自警団はメリューの友達で構成されている。
一番年長はメビウス・アーチャーと言う十八歳の弓使いの女の子。
次に、メリューが出かける時は付きっきりになって、彼女の身辺警護をしている、アーサーと言う苗字のない十六歳の男の子。
その次に、アーサーの恋人である、リスのように小さな体を持った、リニアと言う名の、やはり苗字が分からない女の子。
一番メリューと年齢的感覚が近いのは、ネーブル・ドクと言う、十四歳の医者の家系の男の子。
この、合計四名の行動を、メリューは指揮して、毎日町を「巡回」したり、問題ごとがあったら、子供同士で頭を突き合わせて話し合っているそうだ。
ある日、メリュー達の住んでいる町に、見るからに怪しい行商人達が訪れました。
漆喰と石で舗装してある地面に、黒い起毛の布を広げ、其処にぴかぴか光るネックレスや、虹色に輝く宝石を並べ始めたのです。
行商人の一人が、長い筒で出来た笛を吹き、音楽に気付いた子供達が集まってきました。
それから、異国の服を着た話し手が、「さぁ、さぁ、寄ってらっしゃい。観てらっしゃい。砂塵国の貴重なお宝をご覧あれ!」と呼び声を上げます。
メリュー達は、だいぶ前から、その行商人達の様子を伺っていました。
行商人達が露店を構えている通りの、向かいの屋根には、メビウスが待機し、ネーブル・ドクとアーサーは家の陰で「彼等」を待たせていました。
メリュー本人は、勇敢なことに、行商人達の露店に実際に足を運びました。
メリューが見立てた所、ぴかぴかのネックレスや指輪はメッキ製ですらなく、良くても真鍮で作った物だったり、錫に鉛を混ぜたものだったりしました。
真珠のように似せた硝子玉や、光り具合からして鉛硝子だろうと察せる「大粒の宝石」もあったのです。
知恵のない他の子供達が、騙されて貯金箱を持ってくる前に、メリューは並べられた硝子玉達をじっくり眺めるふりをし、「偽物ね」と、皆に聞こえるように言って、その場を去りました。
メリューの様子を見て、集まっていた子供達も、少しずつ解散し始めます。
「偽物なんてことはないよ! あのお嬢ちゃんは、異国の宝石を見たことが無いのさ!」と、話し手は言い繕いました。「この、青い水晶をようく観ておくれ。中心に向かって、実に綺麗な模様を描いているだろう?」
そう言って、話し手が差し出した青い水晶には、「混乱」の術がかけられていました。
その水晶を見た子供達は、頭の中がぼんやりしてきて、忙しく喋り散らかす話し手の話が、本当のように聞こえてきたのです。
一人、一人と、家のほうに向かった子供達は、「素晴らしい財宝」を手に入れるために、自分の貯金箱を持ってきたり、時には、親の財布をつかんできたりしました。
その様子を、建物の陰からしっかりと見ていたメリューは、メビウスに合図を送りました。
行商人達の持っている「魔術がかかった商品」のうち、一番強い力を放っていた、あの青い水晶に向けて、メビウスは魔力を込めた弓を射ました。
青い水晶だけは本物でしたが、「劣化」の術を纏った矢は、正確に丸い水晶玉を打ち抜きました。
その途端、術にかかっていた子供達は目を覚まし、行商人達が「悪い術」を使っていることに気付いて、逃げ出しました。
「畜生!」と、水晶玉を割られた話し手が、悪態をつきます。
行商人のうちの一人が、「あそこだ! 屋根の上!」と言って、メビウスの位置を仲間に教えました。
敵の銃が構えられる前に、メビウスは、合図の犬笛を吹きます。
ネーブルとアーサーに連れられて、家の陰に隠れていた犬達が飛び出し、行商人達に鋭い牙で嚙みつきました。その間に、メビウスは梯子をつたって屋根の上から降り、姿をくらましました。
行商人達が、勇ましい四匹の犬の襲撃に手を焼いているうちに、彼等の周りを大人達が囲みました。
それから、行商人は大人達に問い詰められ、詐欺のために魔術を使ったと言う事で、警察に突き出されました。
「そんな子供達が町を守ってたら、詐欺師達は手が出せないね」
僕が、ドリップコーヒーにお湯を注ぎながら言うと、ヴィノ氏はアナントの背を撫でながら、「だろう?」と言って、頷いた。
僕は、琥珀の液体がポット一杯になるのを確認してから、カップに移し、一ヶ所、気になった所を聞いた。
「詐欺に魔術を使った事は罪な成るけど、詐欺を働いたことは罪にならないの?」
「そう。詐欺を行なおうとしただけならね」と、ヴィノ氏は説明する。
「あの国では、誰かが実際に金銭を奪われないと、詐欺罪には成らないんだ。だから、詐欺のために魔術を使った事実だけが、罪に問われるってわけさ」
「そうかぁ。厳しい国だね」と、僕は声をこぼした。本来はアウトドアで使われる、ステンレス製のカップを差し出しながら、「ミルクは要らないんだよね?」と確かめた。
「ああ。ありがとう」
そう答えて、ヴィノ氏はカップを受け取り、冷めるまで琥珀の液体を眺めている。
「アランは、メリュー達の事に興味があるみたいだけど、彼女達の事を本にしたいと思ったりするかい?」
突然の質問に、僕は暫く考え込んだ。
「もし、ファンタジーを盛り込むなら、大冒険小説になりそうな気がする」と、僕はそれとなく、「文章にしたい気持ちはある」と言う事を伝えておいた。
ヴィノ氏は「もし、その時が来たら、僕も協力しよう」と、割と肯定的な返事を返してくれた。
アナントは、どうやらメリュー達の話がお気に入りのようです。
ヴィノ氏がメリュー達の話を始めると、自分が一番良い席で聞こうと、ヴィノ氏の膝に乗るか、彼の近くに丸まるのです。
キリクスにとっても、ヴィノ氏の語る話は興味が尽きない様子でした。
ヴィノ氏が来ると、彼は急にそわそわしだして、僕が「少し休もうか」と声をかけると、ヴィノ氏の所に飛んで行って、メリューの話をねだるのです。
同い年くらいの子供達が、何処かの異国で大活躍をしている物語は、キリクスにとっては身近で刺激的な物だったのでしょう。
確かに、メリュー達の活躍は、娯楽の少ない僕達の生活の中に、ほんのちょっとの希望と可笑しみを招いてくれました。
この先何年、この隠れ家に住んでいられるか、それとも、また他の土地に逃げることになるのかは分かりません。
ですが、ヴィノ氏の見立てでは、「後、二、三年は大丈夫そう」だと言う事です。
今の僕に出来る事は、僕が原稿を送っている町の名前を、編集局にも教えない事くらいです。国と都市の名前が知られてしまうのは、仕方ないんですけどね。




