ネオンテトラとミレニアム 16
3-16
曽良岡 妙子は、とても幸せだった。
岸谷と付き合うことになって数年、様々な時を過ごしたが、運命の人だったのだ、と確信を深めていた。
愛される事には、ある意味慣れている妙子だったが、岸谷に好きだ、と言われることには、特別な喜びを感じていた。
抱き締められると、どこか真っ白な世界に旅立つようだった。
大学卒業後、本当は海外にも拠点を持つ商社を受けようと思っていたが、【ブラックエンゼル】に誘われ、直美や翔子と共に岸谷の会社へと参加した。
新卒採用で大手への就職の機会を逃すことに、不安がなかったわけではない。
しかし、大学時代から、いやもっと前から、投資家として預言者と呼ばれるほどに成功していて、どこか遠くを見ている岸谷には、着いて行ってもいい、と思える期待感を感じたのだ。
妙子の場合は、傍にいたい、という気持ちもあったが。
果たして、【ブラックエンゼル】では何不自由なく仕事をさせてもらい、好きな時に海外へ行くことも出来た。
河内 葉太郎と共に米国で丁々発止、通信大手の交渉担当と言葉の刃を交わしたのは、良い思い出だ。
あんなエキサイティングな経験は、他の会社では出来まい。
今は、シリコンバレーに拠点を持つことを目標にしている。
泡沫的な企業が自然淘汰され始めていて、将来性のあるIT企業が選別されようとしていると感じる。
有望な企業もあるだろう。楽しみだ。
岸谷はどんどんと投資家として、着実に資産を増やしているようだ。詳しいことは別に気にしていないが、たまに家に来る証券会社の人との会話を漏れ聞いていると、何億とか何十億とか、そんな話をしているので、預言者スゲー、としか思っていない。
ぶっちゃけて言えば、妙子は、岸谷が全身全霊で愛してくれる限り、無職で貧乏でグータラな男でも構わないと思っている。
私がいくらでも稼いできてやろうではないか、と思っている。粉骨砕身、働くのも厭わない。
今日は岸谷と二人で、横浜のベイエリアにある【チョリスモワールド】に来ている。ここには、有名な観覧車があり、夜景がとても綺麗に見えるのだ。
岸谷は結構な金持ちだから、何かイカツイ腕時計とかしているのだが、こうして遊びにいく時や、ご飯を食べにいく時は、若者らしいリーズナブルなセレクトをしてくる。
この辺りの感覚も、妙子としては、気兼ねなく付き合えて好感が持てる。
「ウフフ、とっても綺麗」
「そうだな。俺には妙子しか見えてないけど」
「もう!」
恥ずかしいことを、臆面もなく言う。
でも嬉しい。
観覧車が一番上に到達した時、おもむろに岸谷がベンチから降り、片膝をついた。懐から何かの小箱を取り出し、妙子に向けて開く。
「……妙子、結婚して欲しい」
プロポーズだった。
え、どうしよう?
どうしよう??受け入れる以外の選択肢が?
同棲して3年、私たちには何の問題もない。
とても幸せだ。
むしろ離れたくない。絶対に。
そろそろ料理の勉強が必要だ。
愛想を尽かされては、死んでも死に切れない。
いやいや、今はそれはどうでもいい事だ。
でも、容易く喜んでは、軽い女と見られないか?
いやいや、先輩はそもそも私のことを、めっちゃ大切にしてくれている。そんな心配は的外れだ。
しかし、こういうのは一般的に、焦らすものでは?
一般的に、って何だ。
私はどうしたいんだ?
などとさんざん混乱したあげく、
「はい、喜んで。とっても嬉しい」
なんて言っていた。
あからさまに、ホッとした様子の先輩。
こういう時々小心者なところも、微笑ましい。
断られるとでも思っていたのだろうか?
考えさせて欲しい、なんて言ったら、この人真っ青になっちゃうんじゃないかな?そんな顔をさせたら、心が痛くて寝込んでしまうかもしれない。
私の選択は間違っていない。
左手の薬指に、小さなダイヤモンドが光る指輪が嵌められる。
箱は鮮やかなファニーティ・ブルー。
私の大好きなブランドだ。
「ありがとう。
ずっと、妙子だけを愛すると誓うよ」
「ウフフ、私も!
先輩だけを、愛します!」
何て恥ずかしいの!?
岸谷順也、私を裏切ったら泣くからね!
私を泣かせないようにね!
ゆめゆめ、忘れないように!
だんだん、ネーミングが適当になってきている自覚があります。横浜コスモワールドは、今も有名なデートスポットです。