ネオンテトラと漆黒の女王 33
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-1997年11月-
「さて、どうだ?」
三人を前に、俺は手を組んで質問した。
投資先を探せたのかどうか。
「えーと。まずは、順を追って説明しますね。妙子ちゃん」
「はい」
妙子は答えて、薄い冊子を置いた。
「私たちは、これに従って、小規模な投資会社の集まりや、スタートアップの会合、後は長谷川さんや半田さん、サークルのみんなや、大学の友達に幅広く声を掛けたの」
【ブラックエンゼル】の会社案内だ。
投資先の調査を命られて、妙子たちがまず着手したのが、会社案内の作成なのである。
ウチはウチでベンチャー企業だからな。
自己紹介が出来ないとビジネスの話にもならないので、正しい選択だ。
"21世紀の輝く貴女と共に"
とは、改めて見ても、大きく出たものだ。
妙子たちは、企業の特徴をどう出すか?の命題に対して、【女性メインの会社】または、【女性のための商品やサービスを展開する会社】への投資に絞ったのだ。
これは、俺が実例の実績として示せるのが【シャインガレット】であることと、妙子たちがどういう方向性でいくかを、相談した結果である。
悪くないと思うよ。
2020年代まで考えても、民間でこういった投資方向性のベンチャーキャピタルは少ない。
政府系の補助金や助成金で考えると、女性の社会進出を支援するものとして、これからどんどん増えていくんだが、実用に足るものであったかは、甚だ疑問だ。
手続きが煩雑で、士業に金が流れるようになっているし、申請する人、あるいは会社が予め決まっているような雰囲気がある。
出来レースなんだよな。
そんな印象を常々持っていた。
事実として、2020年代は、女性の社会的地位は雰囲気的には向上したと思うが、困窮している比率は、むしろ今より高い。
差別だ権利だと、声高に騒ぎ立てる人間がゴネ得をする一方、真っ当に生きようとする女性はどんどん貧しくなっていった。
会社案内に目を落とす。
俺の写真もデカデカと載っている。
まあ、他に載せるものもないしね。
中島屋に頼んで作ってもらった、一張羅のスーツだ。
"投資家界に旋風を巻きおこす予言者"
"時代の寵児"
と言った文言が並ぶ。
【チャコフ】の名前まで使って、盛りに盛った会社案内だ。
気持ちはわかるが、ひどすぎる。
早く他の実績を作って、このページは無くそう。
「で、色々とあたってみて、見つかった中から、
いくつかの案件に絞ったの。
それが、これよ!」
ドヤ顔で、A4の数枚の資料を渡される。
一枚につき一案件か。
「どれどれ」
アパレルブランドの立ち上げ……
ネイルサロンの開店…
裏原のセレクトショップ…
「うーん。
おまえたちのイチオシはどれだ?」
「これか、これね!」
「タピオカココナッツミルクの販売?」
「ええ、タピオカココナッツミルクは流行り始めてるから、専門の持ち帰り専用店舗を作るの。台湾の会社と組んでね」
「なるほど」
「これは私の同級生のランちゃんっていう、台湾と日本のハーフの子
が、実家でスイーツのお店を何軒か展開してるのね。それで、日本にもお店を出せないか検討してる、という話なの」
妙子の同級生、つまり国際交流学部か。
タピオカココナッツミルクって、確かにあったけどさ……。
一過性の流行だった気がする。
タピオカミルクティーならまだ可能性はあるが。
でもタピオカの粒って、劣悪な商品が混ざってて、発がん性物質がどうとかこうとかいうニュースもあったよな。
確か、キャッサバっていうイモを使うんだったか。
「もう一つは……ウェブ制作会社か」
新垣が答えた。
「こっちは、楓ちゃんの紹介。
女性3人で、銀行とかのホームページを作ってて、仕事はあるらしいんだけど……」
「だけど?」
「営業が全然出来なくて、お金周りも適当で、倒産しそうだから助けてあげて、って話で」
「何だそりゃ」
「ちょっと社長の子が変な子でね。
安く請けちゃって、しかも妥協しないから経営が苦しいんだ」
「ああ……」
スキル特化の人間が、やってしまいがちなパターンた。
良い仕事をすれば、成果に応じて評価される。
そう思うよなぁ?
そう学校で教わるもんなぁ。努力は必ず報われる、と。
だが、甘過ぎる。
断じてそんなことはないのだ。
そうして潰れていった人間を、俺は何人も知ってる。
花明院の紹介か……。
「3人ともよくやった。両方とも進めてくれ」
「「「やった!」」」
「他は却下だ。案件は絞ってこそ成功率が上がるからな。
お前たちのイチオシだけ採用する。
異論はあるか?」
「ありません!」
「認めてもらえる案件があって良かったです。全力で頑張ります!」
「私たちも、やるならこの二つのどっちかと思ってたから、異論はないです」
「よし。タピオカ屋については、ランちゃんだっけか?
その子とよく話して、商品を固めろ。
タピオカココナッツミルクがダメとは言わないが、黒いタピオカを使ったミルクティーがあるかどうか聞いてみてくれ」
「黒いタピオカを使ったミルクティー?」
「ああ。台湾か香港辺りで飲まれてるらしいと、聞いたことがある。
日本では、片手で持てるドリンクの方が需要はあると思う」
「ドリンク屋ってこと?」
「ドリンクとスイーツの中間って感じかな。
見た目は面白いぞ。
もし取り扱っているなら、見込みありだ。
それから、この件に関して、ウチは金は出すが人は出さない。
飲食はとにかく人手がかかるからな」
「じゃあ、何をするの?」
「座組を組む。
飲食に強い会社と組む。有希に相談してみてくれ」
「東堂先輩に?」
「海外店舗の日本導入は、コーヒーショップやドーナツ屋なんかで、事例がある。そういうノウハウを持ってる会社を知っているかもしれない」
「なるほど!」
「多分、合弁会社を作ることになると思う。
株式比率は10%でもいいぞ。欲張る必要はない。
ウチの目的は、ノウハウの吸収と、実績作りだ」
「上手く行ったら、その株を高値で売るのね」
「まあ、常識的に考えれば、そういうイグジット戦略になると思う」
「了解です!」
「この件、フロントに立つのは妙子が良いと思うが、どうだ?」
「私の友達だし、良いよ」
「「意義なし!」」
「うん。上手くまとめてくれ」
この手の交渉ごとは、妙子が最適だ。
「次はウェブ制作会社だな。
花明院の紹介だし、助けてやらんでもないが、見込みのない奴らだったら、ただの無駄遣いになってしまう。
まずは一度会いたい。セッティングを頼む」
「了解です!」
「ウェブ制作は、今後伸びていくと思う。
会社選びは、間違ってないと思うぞ」
「はい!」
「これからも、三人で相談して進めるように。
是非、成功させよう」
「「「はーい!」」」
この11月、新規に上場した会社がある。
アメリカの検索エンジン、kapooの日本法人だ。
【kapooジャパン】
・購入時(1997年11月)
単元1株200万
¥2,000,000 × 100単位(100株) = ¥200,000,000
取引数が少ないので、松永さんに、二週間に渡って少しずつ買い集めてもらった。この銘柄はITバブルでえげつない値上がりをした事で有名なので、前々から買おうと思っていた。




