ネオンテトラと漆黒の女王 31
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-1997年6月-
初夏の汗ばむような陽気を感じる。
【シャインガレット】の新オフィス、今は青木さんも外出中で誰もいない。その会議室を使わせてもらっている。
俺と皿橋、新垣、そして妙子の四人だ。
みな、【シャインガレット】の新人研修をみっちり受けてきたので、社会人としての一般的な振る舞いは出来るようになっている。
とは言え、昨年から青木さんの下で管理業務をこなしているわけで、正直必要なかったかもしれない。
お陰で青木さんは、人材採用と社員教育に集中する事が出来た為、【シャインガレット】の従業員数は、30人に増えている。
「みんな集まってくれてありがとう。
【ブラックエンゼル】のこれからについて、説明したいと思う」
この3人は、【ブラックエンゼル】の正社員である。
研修が終わるまでは、【シャインガレット】に出向扱いだ。
「「「ぱちぱち」」」
「まず、おまえたちの立場は、全員、【ブラックエンゼル】の正社員。今の所社会保険が付かないが、いずれ整備する。給与は、一般的な上場企業の基準で、月給23万で賞与は無しだ。
まだ何の事業もしてないからな。
賞与をあげたくてもあげられない。
原資を稼がないといけないわけだな」
「ふむふむ、まあ聞いてた通りですね」
「待遇に不満はありません!」
「定時は、10時から19時だ。
その他は【シャインガレット】に準ずる。
遅刻や休み、外出なんかの勤怠は、【シャインガレット】のルールに則り、青木さんにしてくれ」
「なんで青木さんに?別の会社だよね?」
「場所は同じだし、どっちも俺が社長なんだ。
融通を利かせることも大事だ」
「面倒くさいんだろうね」
「面倒なんだよ」
「青木さん可哀想」
「おい!聞こえてるぞ!
生理休暇を取りたい時もあるだろう。
俺に言いにくいことも、青木さんには言えるだろう」
「社長も意外と考えてくれてるんですね」
「……さて、【ブラックエンゼル】の事業領域だが、断片的には伝わってると思うが、大事な事なので今一度言うと、株式投資と、ベンチャーキャピタルだ。これは良いな?」
「「「はーい」」」
「で、株式投資だが、しばらくは、俺がやる。
具体的には、4、5年くらいかな。今の【ブラックエンゼル】は資金が潤沢とは言えないので、確実に増やす」
「異論はありません!」
「いよ、予言者!」
「絶対的安心感!」
「なんか馬鹿にされてる気が……。
まあ、いずれはおまえたちにも株式市場で稼いでもらいたいと思ってる。で、ベンチャーキャピタルの方を、お前達に任せたい」
「よっしゃ!おまかせを!」
「皿橋、何をするのかわかってるか?」
「……えーと」
「仕方のない奴だな。
世の中の、成長が期待できる企業が数多あるよな?
それに投資、つまり非公開株式を買って、資金的に支援する事だな」
「世のため人のためですな!」
「おまえは本当に【ネオンテトラ】の部長か?
まあベンチャーキャピタルの風土はまだ日本で馴染みがないよな」
「会長、じゃなくて社長、なんか良いことをする風に聞こえるんだけど、それでどうやってうちの会社が儲かるの?」
「新垣、おまえもか……
妙子、わかるよな?」
「うん。支援した会社が、株式市場に上場したら、購入した価格以上の値段で持ち株を売って、差額を儲けるんだよね?」
そう、前世の妙子は、それで巨額の利益を自社にもたらした。
「典型的なキャピタルゲインの手法だな。
それはとても儲かる。他には?」
「えーと、支援した会社が成長して、会社の価値が上がれば、他の企業に株式を売って、差額を儲けることも出来る」
「そうだな。そういう手法もある」
「あとは、株式比率を高めることで、連結決算に組み込んでうちの会社価値も上げられる。発言力を増す事ができるし、子会社化したり、100%買収することも出来る」
「うむ。その会社にそれだけの価値があるなら、そこまで踏み込んだ方が、色々と利益になる可能性が広がる。
じゃあ、金になること以外で、何かないか?」
顎に手をやって、妙子が可愛く小首を傾げる。
「そうね……例えば、事業ノウハウとか、スキーム。人脈、それから、スタッフを使えるとか。投資をすること自体が、自社の宣伝になる場合もあるわね」
「そう!俺が重要視するのは、そっちなんだ」
「と言うと?」
「うちの会社は、自社で事業展開するつもりはないんだ。
少数精鋭で事業領域を絞り、人材、つまりおまえたちや、これから入ってくるスタッフだな、それを集中運用することでコストを下げ、成功確率を上げたいと考えている」
「ふむふむ」
「ウチの強みは、金と人だ。
金ってのは、流動性の高い、つまり自由に動かせる資金があること。
そして、人というのは、俺や、【ネオンテトラ】で培われた経済の基礎知識を持ったスタッフ、つまりお前たち。
簡単に言うと、これしかない。
なので、投資先の有形無形の資産を利用して、次の展開を考えていかないといけない」
「じゃあ、さっきの青木さんにあれこれ報告するって言うのも……」
「うむ。【シャインガレット】は、人情が多分に絡んだ特殊な例だが、投資した以上は、成長させないといけないし、みんなが自信とやりがいを持って働けるようにする。
その反面、必要な時には人を貸してもらうだろうし、【シャインガレット】の勤怠スキームを活用させてもらうことで、ウチの管理コストをカットすることも出来るんだ」
「なんか良い事言ってるようだけど……」
「やっぱ青木さんに、面倒なことを押し付けてるよね……」
「聞こえてるっつうの!
ちゃんと青木さんの了承はもらってる」
「青木さん様様ね」
「うむ。青木さんは、正直めちゃくちゃ仕事ができるし、しかも義理堅い。こんな人は探してもいない。だが、ひとたび流れが悪くなると、青木さんでも立て直せないほどの悪い状況に追い込まれてしまうんだ。会社運営の怖いところだ」
「それを立て直して、今の【シャインガレット】があるのね」
「例えばそういうお手伝い、ってことか」
「マキちゃんやメグちゃんも、すごく楽しそうに仕事してるよ」
マキとメグは、どんな環境にも適応しそうだけどな……。
「話が脱線したが、要は、金になるから投資する、と視野狭窄にならず、多角的にメリットを検討して欲しい、ってことだ」
「なかなか難しいわね」
「10月まで時間をやる。
三人で、投資したい会社を探してみてくれ。
条件としては、将来性がある事業をしていて、これから伸びそうで、キーマンに魅力のある会社がいいな」
「「「ええーー!」」」
「複数の候補があっても良い。
投資額は1000万程度、必ず株式の取得の方向で考えてくれ。
業界分析から入るなり、足で稼ぐなり、友達を頼るなり、好きにして良い。青木さんや俺に、ヒントを求めても良い。
最終判断は俺がするから、却下の場合もあるが、
三人の納得できる答えを探す事、これが今回、一番大事なことだ」
「頑張ります!」
とりあえず勢いがあるのが、皿橋の良いところだ。
【ネオンテトラ】で業界分析はある程度やっていたはずだ。
賢い三人が、どんな案件を持ってくるのか、楽しみだ。
「あ、引き続き、【シャインガレット】の管理業務もやってくれ。
ローテーションで構わない。これも青木さんには言ってある」
「「「はーい」」」
【シャインガレット】は、データ入力関係の仕事に加えて、携帯電話の知識を研修に取り入れたことで、携帯電話販売店の、販売員の依頼が殺到している。
携帯電話の基礎知識をしっかり叩き込むことで、仕事のクオリティが断然違って来る。【シャインガレット】は、ITに強く、有能な若い女性を派遣できる会社として、少しずつ名を知られるようになってきた。
おかげで、依頼を捌くことに加えて、多数の求職者の相手もせねばならず、青木さんはてんてこ舞いなのだ。
皿橋達が今抜けるのはマズい。
また、例の昇格制度は、取り入れることになった。
引き抜き対策として、かなり有効だろう。




