ネオンテトラと漆黒の女王 27
2-27
-1996年6月-
大学を卒業した俺は、精力的に働いて……
いるわけでもなく、ダラダラしていた。
始めは【シャインガレット】の本社業務を週4で手伝っていたのだが、4年生になった皿橋たちが、バイトに来てくれたのだ。
去年の有希みたいな感じだな。
どうやら彼女たちは、卒業後、俺の会社に来てくれるらしい。
あの3人は、俺が目をつけただけあって、流石にというか、普通に有能だった。全員コミュ力が高いし、真面目でかつ、臨機応変に動ける柔軟さがある。
お陰で、青木さんの負担も軽くなり、人員の増強に乗り出すことが出来るようになった。
そして、俺のすることもなくなった。
たまに顔を出して、酒を奢るくらいのものである。
なので、定期的に呼ばれる投資家の会合に顔を出したり、【ブラックエンゼル】の事務所を探したりする以外は、ジムに通ったりステファニーさんと英語でコミニュケーション取ったり、要はダラダラしている。
何故か河内が相談に来たり、二戸たち下級生が遊びに来たり、進路に困った4年生を皿橋が連れてきて予言を賜りたい、とか何やかんや、あるはあるんだが。
来年からの事業計画を考えないといけないんだが……
どうするか。
あの3人は、いったん3ヶ月間、【シャインガレット】の新人研修プログラムに放り込もう。
そのまま出向扱いで管理業務に入ってもらっても良いし、いくつかやりたいこともある。
であれば、【シャインガレット】と【ブラックエンゼル】のオフィスを一緒にするか。
あの探偵事務所、さすがに引き払いたいもんなぁ。
ついでに、【クラウンローチ】の本社住所も移動しよう。
うむ、そうしよう。
来年の新年度から、新オフィスでスタートだ!
なら、少し大きめの所を借りた方がいいな。
10席も置ければ良いから、30坪くらいあればいいか。
坪単価は1.5万くらいか?
と、物思いに耽っていると、玄関のチャイムが鳴った。
……河内である。
「よう、すまんな」
「まあ、入れ」
河内豪太郎は、【河内葉通信機器】の社長に就任している。
昨年の暴露騒動で、河内の父である河内葉太郎は、逃げ切れないと判断、引責辞任して会社を離れ、会社を存続させる方向に舵を切った。
ついでに言えば、当時の取締役も総辞任したらしい。
葉太郎の握り潰していた不良債権は、かなりキナ臭い案件だったらしい。掘り起こされると困る……おそらく、政治家絡みか。
マスコミ各社の過熱報道も、潮が引いたように沈静化した。
葉太郎個人の問題であり、会社のせいではなかった。
そのように何処かで筋書きが決まった、ということなのだろう。
そうなると、検察も粘れなくなり、恐らく有耶無耶になる。
後は、パワハラやセクハラなどの醜聞を、どう解決するか、という点に集約される。
そこで登場するのが、悲劇のヒーロー、豪太郎である。
登場がかなりスキャンダラスだっただけに、
【まあこいつが社長やるなら良いか】
的な謎の空気が醸成されたのが幸いした。
SNSも無いから、マスコミが沈黙すれば、そこで終わりなのだ。
比較的真っ当に商売していた電話交換機事業と、管理部門から、取締役を立てて、逆風の中、再スタートしたというわけだ。
株価は大暴落、時価総額は半分になった。
テレアポ事業は再建の目処も立っておらず、今期はともかく、来期から数年は大赤字確定だろう。
とは言え、前世ではあえなく倒産しているわけなので、随分マシな状況と言える。
似合わないスーツを着て、やつれた様子の豪太郎に、コーヒーを出してやる。
「親父さんは?」
「……ああ、憑き物が落ちたように静かになってな。
俺はやり過ぎたのかもしれない、なんて反省してるよ」
「おまえが動いた結果だ」
「そうだな。良かったのか悪かったのか、今もわからん」
苦笑。
「誰にもわからんさ」
おまえはかなり善戦してるぞ、と言ってやりたいところだ。
「それはそうと、言われた事を調べてみた」
豪太郎は書類を取り出す。
「ほう、どうだった?」
「うちの株を大きく買いに走ってる会社が、三社ほど見つかった。
NDDT系の投資会社、外資系の投資会社、国内系の銀行、の三社だ。
このうち、銀行については、ウチを支援してくれている大手メガバンクだ」
「ふむ、なるほど」
NDDTは、日本電話電信通社という、民営化された電話会社だ。
【河内葉通信機器】の株価は、暴落した割には、その後横ばいの状態が続いている。信用売りで売りまくられるとばかり思っていたんだが、思いのほか踏み止まっているのは、誰か大きく買っている奴がいるわけだ。
「大株主というほどでは無いが、買い集めているのは確かだな」
「外資系の投資会社は、下がったから買ってるだけだろう。
また上がると読んでいるのだから、むしろ買い支えてくれていると考えて良い」
「NDDTがよくわからんな。
昔から一定の株を保有はしているんだが」
「ふむ。ここ数年で、NDDTからの仕事で増えたものはないか?」
「それなら、アレだな。
先頃力を入れているらしい、携帯電話用の基地局の設置とメンテナンスの仕事は、徐々に増えてきている」
繋がった。
「それだ」
「何が?」
「NDDTは、いずれ親父さんから、株を買い取ろうとするかもしれない」
「買収するってことか?
確かに親父は、40%以上の株を持っているが」
「うむ」
「でもなんで?」
「確定ではないんだが、お前の会社の、機器運用の人員とノウハウが欲しいんだろう」
「別に頼まれれば、仕事はするんだがな。
買収するほどのことか?」
今はNDDTの一強だが、この先、携帯電話キャリアは増えていく。
それこそ、2020年代にも増えているくらいだ。
携帯電話の基地局増設スピードで、各社はしのぎを削ることになる。
豪太郎には、それが見えてない。
【河内葉通信機器】は、今までの仕事の延長の範囲で、基地局の仕事を請けているが、今後はそれがメインになるなんて、思ってないのだ。
「彼らにとっては、その価値があるんだろう。
今ならお買い得だしな」
刑事事件の回避から繋がっているかもしれない。
今なら親父さんも落ち込んでるから、株を売るかもしれない。
銀行と外資は、その辺を嗅ぎつけたのかもしれない。
「全ては、仮定だがな」
河内は難しい顔で、腕を組んで考え込んだ。
バカなんだから考えても無駄だろう、と口には出さなかったが。
「もしそれが現実になったら、どうしたら良いと思う?」
「さてな。その時は好きにしろ」
「最後は俺が決めなきゃいけないのか……」
「それが経営者、ってもんだ」
「で、人材派遣の件はどうなった?」
「ああ、それがメインの議題だったな」
豪太郎は、壊滅的に人が居なくなった、テレアポ事業の立て直しを考えていた。既存のテレアポ事業の部署は、今ある契約が終了次第、閉じるらしい。役職持ちはそれまでに全員リストラ。
残った若い平社員は別部署に移すそうだ。
とは言え、この会社のテレアポ事業は、人の使い方は最低だったが、クライアントからの評判は悪くなかったのだ。
営業ルートやノウハウ、まとまった設備がある以上、このまま撤退するほど、会社に余裕はない。
新規部署として、再生を目指すのだと言う。
「期末でほとんど整理はついている。
秋からは、再スタートを切れそうだ」
「そうか」
「なので、秋くらいから、もし人に空きがあれば、お願いしたい」
「わかった。ウチの副社長に言っておくよ」
マネジメントする社員がそもそも居ないのだが、現場で働くオペレーターの数も圧倒的に足りないらしい。そりゃ、こんな悪評の広がった会社に行きたがる奇特な人員はいない。
その為、零細派遣会社社長の俺にまで泣きついてきたのだ。
現場オペレーターでも、準社員扱いのマネジメント人員でも、とにかく使える女性が欲しいらしい。
セクハラの教訓を活かして、課長以下、現場に接する人員は、全て女性に統一するんだとか。
なかなか難しい。
三十を過ぎた女性は、お局様と言われる時代だ。
目端のきく女子は、すぐに家庭に入ってしまう。
そう。
共働きしなくても、マイホームを持って幸福に暮らせる時代なのだ。素晴らしいよな。
「とはいえ、ウチはIT系の仕事でしばらく埋まってるがな」
「ああ、余裕があれば、で良い」
【シャインガレット】の従業員は、1995年4月時点で10名だった。有希が管理業務を手伝ってくれたおかげで、1996年4月には、16名に増加している。
会社が傾く前の水準に戻った、という訳だ。
皿橋達がバイトに入ったおかげで、その後も青木さんは人材採用に力を入れているようだ。
「今日は色々良い話が聞けた。
予言者は伊達じゃないな」
「よせよ。
何かあれば、また気軽に連絡してくれ」
「ああ。それから……」
「ん?」
「……いや、何でもない。じゃあな」
河内はいそいそと出て行った。
これから、会議がいっぱい入ってるという事で、車を待たせてるらしい。大変だな。




