ネオンテトラと漆黒の女王 25
2-25
-1996年1月-
「おお、岸谷君、出資してくれるかね」
「ええ、2億出資させて頂きます。
はい、特に条件はないです。
利益分配も、お任せします。
結城さんの手腕に期待しております」
俺はPHS片手に、ドリップコーヒーを淹れていた。
芳しいキリマンジャロの香りが立ってくる。
「わはは!君も言うようになったね。
なに、期待は裏切らんよ」
「結城さんにベットするのは、分の良い賭けだと思っておりますよ。
ご連絡が遅くなり、申し訳ございませんでした。
ええ、それではまた」
PHS(personal handy-phone system)の通話OFFボタンを押す。
ついに、携帯電話の登場だ!!
もう待ち合わせで、すれ違う事もない。
急な用事で電話ボックスを探す必要もない。
ああ、なんて便利なんだ!
テレホンカードよ、さようなら!
あまりに嬉しくて、結城さんに、新年の挨拶ついでで、延ばし延ばしにしていた出資の連絡をした。
チャコフは、10年後には日本でも有数の投資ファンドになる。
結城さんはすごい人なのである。
出資金を集めているステータスの今、わざわざ結城さん自身から勧誘されて出資出来るのは、幸運と言っていい。
数年内に、出資させてくれ、と皆が殺到することになる。
今なら、ばーんと無条件出資することで、ある程度の恩義を感じてもらえるステータスなのだ。
なるべく目立たず金儲けするつもりだったが、島田のせいで、一部で有名人になってしまっているし、成り行きで会社の買収もしてしまっている。
だったらもう、今のうちから、使えるコネは積極的に使っていく方向に、方針を変えた。
出資金は、そのうち倍以上になって帰ってくるだろ。
少なくとも損はしない。
12月いっぱい、大学以外は、ほとんど引きこもっていた。
気持ちに整理をつけたかったから、一人で考える時間が欲しかった。
が、渋谷に出てこないとわかると、青木さんは容赦なくウチに仕事を持ってきたし、皿橋たちも、何やかんやとウチに来て騒いでいった。
なんか、気を遣わせてしまったかもしれない。
有希とは、年末に話し合った。
少なくとも、俺は有希を憎む気にはなれなかった。
未練はあったが、こういうこともあるさ、と気持ちの整理もついた。
伊達に年食ってるわけじゃない。
なので、素直に有希の幸せを願うことにした。
そして、これからは友達として仲良くして欲しい、と提案した。
有希は、涙ぐんで謝罪していたが、
もう二度と謝るな、と言っておいた。
そして、やらしい話ではあるが、出来る限りで【シャインガレット】のバイトは続けてもらうことにした。
有希は名古屋と行き来しながら、卒業まではこちらにいるらしい。
今、大急ぎで管理人材を用意しようとしている。
【ブラックエンゼル】については、元々ほとんど無報酬で役員にしてたから、問題はない。
「お待たせした」
応接ソファには、青木さんが待機していた。
テーブルに、二人分のコーヒーを置く。
「ありがとうございます。
お話というのは、例の、勤続年数に応じた報奨金についてですね?」
そう、【シャインガレット】は、他社に先駆けてIT化に対応し、社員教育に取り組んだ結果、早くもデータ入力や経理補助等で、依頼が引きも切らない状況だ。
派遣報酬を値上げしてもこれだ。
この時期、パソコンが使えて、若い女性で、期間契約出来る人間など他に存在しない。使わない方がおかしいのだ。
そして、ちらほらと、他社から正社員として引き抜きが掛かっている気配がある。
それ自体は、本人の選択だし好きにすれば良いのだが、【シャインガレット】に居続けてくれる人材に、メリットがあるようにしたい。
今の所【シャインガレット】は、アットホームで、社長が事あるごとに寿司を差し入れたりする程度で、特に競業他社と比べて待遇が良いという訳でもないのだ。
「うん、そうだ」
俺は、リビングに設置してあるホワイトボードに、自分のプランを書き込んでいく。
ーーーーーー
◇ノーマルクラス
→派遣就業12ヶ月未満の新人。
◇ブロンズクラス
→派遣就業12ヶ月相当以上。
時給100円アップ。
達成ボーナス10万円。
◇シルバークラス
→派遣就業36ヶ月相当以上。
時給300円アップ。
達成ボーナス30万円。
◇ゴールドクラス
→派遣就業72ヶ月相当以上。
時給500円アップ。
達成ボーナス50万円。
◇プラチナクラス
→派遣就業108ヶ月相当以上。
時給500円アップ。
達成ボーナス100万円。
※相当、というのは、期間+評価だから。
ーーーーーー
「こんな感じの昇格制度を作ろうと思う」
「なるほど、わかりやすいですね。
達成ボーナス、というのがエグいです。
次も絶対貰いたくなるじゃないですか」
「わかる?
ゴールドからプラチナのボーナスの上がり方がヤバいでしょ?」
「ええ、これは絶対取らなきゃ!と思います」
「うむ。キャリア6年と言えば、一番仕事が出来る時期だ。
そこで、一層奮起して欲しいわけだ」
「辞めにくいのも、肝ですね」
「そう、一度ボーナスを貰ってしまったら、プラチナ達成まで走り切らなきゃ勿体無くなるんだ。これは、引き抜かれないための施策でもある」
「恐ろしいです。
社長、あなたは恐ろしい事を考えつきますね」
いわゆる、スマホゲームのイベント、みたいなものだ。
一度取り組んだら、完走しないと勿体無い、そう思わせる心理効果を利用する。
「一つ……懸念があるとすれば、派遣期間を延長するために、手段を選ばない輩が出て来る可能性がある、という事だ」
「ウチの子が、枕すると言いたいのですか?」
「そうは言ってないが、有り得ないとも言い切れない」
「……」
「惚れた腫れたは、世の常だ。
ある程度は、やむを得ないとしても、クライアントの責任者が男性の場合は、更新時の態度に気をつけるように」
「承知しました。
ところで、プラチナから先は、無いんですか?」
「うむ。意図的に用意しない。
なるべくなら、そこで辞めて欲しいんだ」
「何となく意図は察しますが、年齢的な制限を気にされているんですよね?」
「そうだ。うちは、若い女性がやる仕事が多い。
三十を超えてくると、どうしても仕事の幅が狭くなるし、仕事が入らないことも予想される。
それは、従業員と会社、双方にとって不幸な事だ」
「確かにウチは、業態を絞っているからこそ、効率的に仕事を回せてます……」
「うん。そこはブレたくない。
で、あれば、ウチに合わない年齢になったら、別の会社に転職するなり、貰ったボーナスを結婚資金にするなり、次のキャリアを考えて欲しいわけだ」
「ああ、ボーナスがあれば、このタイミングで辞めるか、という踏ん切りもつくかもしれません」
「うん。
まあ、別に居てもらっても良いんだがな。
仕事の幅は狭くはなるが」
マキとメグは、ババアになるまで居そうだ。
「いったん、持ち帰って検討します」
「うん、そうしてくれ」
青木さんは、帰って行った。
ちなみに青木さんには、死ぬまで付き合ってもらいたいので、特にオプションは用意していない。
何か考えておこう。




