第1話、1
音楽のない世界って、想像出来るか?
世の中はこんなにも音楽に溢れている。息をするのも歩くのも音楽だろ? 今では俺もそう思うが、以前はそうじゃなかった。音のない世界は、宇宙空間くらいだろ。海の中にだって、音は溢れているんだからな。
この世界から音楽が消えて、少なくとも二千年近くは経過している。それはそうだ。俺たちの文明が生まれてから、音楽が再び生まれたのが、六十年前の話だからな。今の若い連中はもう、音楽のない世界なんて信じられないだろうな。どうやって例えを見つければいいのかも分からないよ。あの時代はまさに、地獄だな。俺はたったの二十年近くしか体験していないが、思い出すだけで寂しくなる。もう二度と、あんな時代が来ないことを祈るよ。
俺はずっと、それが当たり前だと信じて生きてきた。音楽はなくても、正直不自由なんてなかった。けれどやっぱり、味気ない。なんて言うか、暗い世界だった。音が、少ない。活気もなかった。人の言葉数も、虫の鳴き声も控え目だった。
この世界に音楽を取り戻したのは、この俺だ。と言っても、一人きりじゃないんだけどな。俺は音楽の存在を、一冊の本から知り得たんだ。
その本っていうのは、この世界でいう普通の本とはまるで違う。驚くよな。形のある本なんて、どこを探しても見つかりはしない。まぁ、そんなことを言っても、俺は見つけたんだけどな。って言うか、現実には意外と多く存在している。その事実を知る人間が少ないってだけの話だ。