最終話:理想と未来
本日二話目の更新です。最新話から飛んできた方は前話から見てください。
「さて……騎士ラース、そして騎士フランクよ」
「は、はい!」
「へ、陛下には、重ね重ねのご無礼を……」
「よいよい。お前達のような気持ちの良い若者に出会えたのは、此度の視察での数少ない喜びであった。何を気にしているのかは知らんが、ワン爺は何も言わんよ。のう? シェリー」
「はい。シェリーはあなた方に感謝しておりますよ?」
全てが終わった後、ラース達は王城に呼び出されていた。ミクダ領の城ではない……王都にそびえる、国の象徴たる城だ。
そんな城の、謁見の間。つまりは玉座に君臨する王の前に二人の郷騎士は跪いているのだった。
(……ふう。今日が、もしかしたら人生最後の日かもな……)
死の覚悟を決めて、ラース達は上騎士に剣を向けた。その罰は受けねばならない。
ラースはそう覚悟しているし、今日わざわざ呼び出されたのもそれが理由だと思っていた。
事情があったのだ。正しいことをしたのだ。正義を貫くためだったのだ。
自分を正当化する言い訳の言葉ならばいくらでも心に浮かんでくるが、口にすることはしない。
個人の正義、個々の価値観……そんなものを優先していては法は機能しないというくらいのこと、ラースでもわかることだ。
自分の価値観を優先して行動した結果腐り果てた実例を知るラースとしては、自分は正義を働いたのだから例外――なんて言いたくなかったのである。
どんな事情があれ、法を犯した。事実はそれだけなのだから。
(……それにしても、凄いな)
跪き頭を下げた姿勢のままでも、一瞬眼に入った王族二人への崇拝の念が湧き上がってくる。
先日の捕り物のような平民服ではなく、王族としての威厳ある衣装を纏ってしまえば、どこからどう見てもやんごとなき人。もうラースやフランクのような郷騎士などでは見ることもできないような、天上人その人であった。
更に、その隣にはシェリー……否、王女シェルフィーもその美貌に相応しい美しいドレスで身を飾り立てており、直視するとラースの顔が瞬間湯沸かし器になること間違いなしの輝きを放っているのだ。
これでワン爺やシェリーとしての振る舞いをしてくれるのは二人の緊張を解すための気遣いなのだが、緊張の余りとてもそんな砕けた態度を取ることなどできない二人であった。
「さて……今日二人を呼び出した理由なのだが……騎士ラースよ」
「はっ!」
「おぬしは自らの主君であるミクダ領の領主、そして上官に当たる上騎士に剣を向けたな?」
「はい。お言葉のとおりです」
「うむ。騎士フランク。おぬしも同様だな?」
「間違いありません」
裁きを受けるのならば、騎士らしく堂々と。そう決めていた二人は、下手な言い訳などせずに全てを肯定した。
「ふむ……本来ならば、それは許されないことだ。どんな理由があれ、上位者に剣を向けることをよしとしては政治は回らん」
「ごもっともです」
「しかしだ……その剣は、私と我が孫娘を守るためのものであったことは忘れてはおらぬ。結果を見れば、おぬしらがやったことは王族をその剣で守ったということなのだ。これを罪とするわけにはいくまい? それに、その上位者だったものは既に上位者ではないしの」
ラース達の、反逆罪。それを、王族を守ったという功績で帳消しにしようというワンドルフ陛下の言葉であった。
確かに、王族に剣を向けた時点で彼らはもはや貴族ではなく、反逆者。反逆者に反逆するのが罪というのは道理に合わないだろう。
だが――
「いえ、お言葉は有り難く思いますが、そうはいきません」
ラースは、国王からの慈悲をはね除けた。
「私は、王族であるお二方を守ったのではありません。罪のない民を……己の理想とする騎士像を守ったに過ぎないのです」
ラースが剣を抜いたのは、王族を守るためではない。シェルフィー王女ではなくシェリーを、ワンドルフ陛下ではなくワン爺を、そして自分の中の理想の騎士という憧れを守っただけなのだ。
故に、そんな特別扱いは受けられない。それがラースの結論であった。
そんなラースに、ワンドルフはため息を吐くのだった。
「相変わらずの堅物っぷりじゃのー……ま、そこが気に入ったわけだが」
「ラース様はこうでないと、ですわ」
ワンドルフとシェルフィーは、顔を合わせて笑う。
そして、もう一人に話しかけた。
「おぬしはどうじゃ? 騎士フランクよ」
「私は……ラースと運命を共にすると決めた身です。今更ジタバタするのも格好悪いですし、コイツに任せることにしました」
フランクは、今回の一件の決着を、ラースに任せるつもりだった。
一度は共に死ぬ覚悟までしたのだ。ならば、最後まで付き合ってやるかと。
……もっとも、ラースと違って『王族を守ったんだから悪いようにはならないだろ』という計算があることは否定しないが。
「なるほどなるほど……これは困ったな。私としては私と孫娘の命の恩人である若者に恩を返したいのだが、君たちは恩など与えてはいないというわけか。どうしたもんかのー」
「騎士様は真面目なのですね、御爺様」
ニコニコと、どこか棒読みで話す王族二人。
腹芸のプロである王族がこのような態度を取るのだから、これには何か訳があるのだろうと二人は頭を下げたまま疑問を浮かべる。
「そうですわ。それなら、良い方法がありますわ」
「ほう? 何だね?」
「お二人が罰を望むというのなら、働かせるというのはどうでしょう?」
「ほうほう、なるほどな。二人とも今後の生活の目処がないだろうし、それはいいかもしれんな」
王と王女の語り合いに、ラース達は話の行き先がわからず内心で首を傾げる。
確かに、今のラース達は明日が見えない状態だ。雇い主であるミクダ家が事実上の没落を起こした以上、給料を払ってくれる相手がいないのである。
郷騎士としての資格は国の認定なので失われていないが、給金は国からでるわけではない。あくまでも、所属する領の財布から出るというのがこの国の仕組みなのだ。
よって、仮に生き残っても実家の仕事があるフランクはともかく、ラースは大変不味い状況であることは間違いなかった。いずれミクダ領には新たな領主が派遣されてくるだろうが、その人物がラースを郷騎士として雇用する保障はなく、むしろ前任者を没落させた男に権限を与えたくないと考えるのが自然なのである。
よって、いざとなれば実家に帰って畑を継ぐしかないかなーというのが今のラースの現実なのだった。
「騎士ラースよ」
「はっ!」
急に真面目な顔になったワンドルフ九世は、王の言葉を継げた。
「お主に王命を出す。以後、お主をシェルフィー付きの王族近衛騎士団見習いに任命する」
「はっ……は?」
理想を諦める現実を想像していたら、それこそ想像もしていなかった新たな現実が示された。
一度頷いた後で、話の内容が頭に入ってきたラースが思わず礼儀を忘れて頭を上げてしまうほどの衝撃であった。
そこには、輝かしいくらいに『いたずら成功』の笑みを浮かべる国王と、ニコニコ微笑む王女様がいたのだった。
「そ、その……今、なんと?」
「お主にはこれから、この子を守ってもらうと言ったんじゃよ。ま、まだまだ実力不足なのは確かじゃし、見習いからじゃがの」
王は事も無げに言うが、ラースからすればそれは信じられない話だった。
――王族近衛騎士は、全ての騎士と呼ばれる者の中の最上位。郷騎士や上騎士などという小さな区分には収まらない、国中から集められた精鋭中の精鋭の称号だ。
そこに、見習い階級とはいえ所属を許される。農民出身の郷騎士にとっては、もはや想像すらしたことの無い超エリートコースである。
その肩書きだけで、今までラース達に散々威張り散らしていたミクダ領の上騎士達が揃ってヘコヘコと頭を下げてごまをすり始める権威――それが、王族近衛なのである。
「わ、私にそんな過分な――」
「なに、そう謙遜するな。先日見せてもらったあの御前試合、八百長が多分に含まれておったが、間違いなくお主の才覚はトップクラスじゃったよ。後は、それをどこまで磨けるかだけじゃ。そして、王族近衛以上にその才能を磨ける場所はない。悪い話ではないぞ?」
王は楽しげに笑っているが、そう言われてもラースの方が受け止められていない。
信じられない、自分に都合が良すぎる話に、人生で幸運というものに縁が無かった男は混乱してしまったのだった。
「……のう、ラースよ」
「は、はい」
「お主も、わかっているのじゃろう? 理想を求めることは尊い……しかし、それを現実という奴はいつも邪魔してくる」
「……はい」
「だからこそ、騎士ラースは強くならねばならん。それは騎士として剣の腕はもちろんだが、地位という意味でも、だ」
「地位……」
「権力者がその権力を振るえば、民草の夢も希望も容易く刈り取られてしまう。故に我らは手にした権力を暴走させぬ心を求められるのだが、そんな強い人間ばかりではない。一歩間違えば、あのミクダのようになってしまうのだ」
「……はい」
ミクダ七世と、その息子は揃って今独房にいる。
あれから行われた、ミクダ領への強制捜査。それにより数々の不正が暴かれ、今やいつ処刑されてもおかしくない立場に置かれている。
だが、ミクダ親子だけが特別なのではない。人間はいつだって闇に落ちる可能性を抱えているのだ。
そんな闇に、今のラースでは太刀打ちできない。挑んでも何の抵抗もできないまま消されるだけの羽虫に等しく、どれだけ尊い思いを持っていても、力が無いのならば意味が無い。
理想を語るには、力が必要なのだ。
「私自身、王として一人でも多くの民が笑顔になる政治を行いたいと思っている。しかし、そんな理想を現実によって潰されることなど何度も経験してきた。気がつけばこんな爺になっていたというのに、未だに理想は現実に勝利できないでいる」
王一人が気高い理想を持っていても、現実には勝てない。
世の中には自分一人が幸せになればそれでいいと考える者は数多くおり、大概の場合において『大勢の幸せ』を目指すよりも『特定の個人の幸せ』を望む方が楽で強いのだ。
「私も、遠くない未来に玉座を退くだろう。そうなれば私の息子が王位を継ぐことになるが、その息子とて王権という闇に落ちる可能性は否定できんし、息子が大丈夫でも更に次の世代が大丈夫とは限らん」
国王としての悩み。本来ならば顔を見る機会すらない格下の臣下であるラース達に聞かせることなど、絶対にあり得ない愚痴。
それは、決して聞き逃していいことではないとラースは思ったのだった。
「迷い、闇に惹かれた王を正しき道に戻してくれるのは、いつだって強い心を持つ忠臣だった。騎士ラースよ。おぬしのような若者には、次代の王を支えるような誇り高き理想を曲げない忠臣になってもらいたいと思っている」
「わ、私にそのような才覚は……」
「なければ身につけよ。なに、何なら騎士として、より大きく言えば貴族として名を上げ……そうじゃの、このシェルフィーを嫁にもらうというくらいに大口叩けるくらいの男になればよい」
「まあ、御爺様ったら」
王の冗談に、ラースの顔は一瞬でボッっと赤くなった。
なにやら、ちょっと想像したらしい。理想の騎士を体現し、王族との婚姻を行えるほどの力を身につけた自分と、その伴侶の姿を。
「お? ちょっとその気になったか?」
「え、いや、その!」
「ハッハッハッ! なに、まだまだ今のおぬしでは夢物語よ。じゃがの、私の孫娘は中々競争率激しいぞ? 手に入れるつもりなら、生半可な努力では足らんだろうな」
冗談一つで真っ赤になってしどろもどろになるラースと、余裕の笑みを浮かべている王女様。
こりゃ、仮に実現しても絶対尻に敷かれるなーと隣のフランクが思っていたら、ワンドルフは再び顔を真面目なものに戻し、ラースへと最後の問いかけを行うのだった。
「私の事情はまあ、心の片隅にでも置いておいてくれ。とにかく、騎士ラースが望むことのできる、力の究極。近衛騎士団にはそれがある。今もなお理想を捨てず、めざし続ける心があるのならば……挑んでみよ」
王の強い眼が、ラースを射貫いた。
「お前はこれを過剰な慈悲と思っているようだが、それは甘い。近衛騎士となれば、今までお前がいた場所とは比べものにならない猛者達の集う場所であり、そこで生き残るのはもはや地獄に落ちるに等しいような苦難もあるだろう。そう、私はな、お前にこう言っているのだ」
――ぬるま湯から出て、本当の意味で理想を目指し、地獄を踏破し、現実を打倒せよ、とな。
「……はい」
そんな言葉を聞かされて、黙っているなら理想など最初から掲げることはない。
騎士ラースとして、王の言葉に真っ向から頷いた。目指すべき道を示され、必要なのは覚悟と勇気だけだと言われて引いてしまうようでは――心の中の理想が死ぬ、と。
「決まりだな」
にやりと笑う王の名において、ここに二人の近衛騎士見習いが誕生した。
「頑張ってくださいましね? 楽しみにしておりますわよ?」
美しき姫の笑みによって祝福された二人の若者は、今後数多くの苦難に追いやられるだろう。
実力主義というのは、下手をすれば身分差別など比べものにならない苦しみに耐え抜かねばならないこともある。
自分ではどうしようもない身分の差を理由に諦めることができず、できないのは全て自分が悪い。そんな状況でも腐らず諦めず、最後まで足掻き続けるのは決して簡単なことではない。
だが、彼らを見る王達の眼は優しかった。
彼らなら、大丈夫だと信じているのだ。どんな苦境にも負けない、決して折れない理想という強い道しるべがあるのだから。
……その後、近衛騎士として名を轟かせた一人の騎士は、多くの夢を持つ若者を手助けし、身分に捕らわれない社会作りに尽力したという。
その隣には、愚直な騎士を支える相棒と、美しき伴侶がおり、更に多くの仲間と共に国を笑顔で満たすため尽力したというが、それはまた先の話である……。
これにて完結となります。
僅か五話の短いお話でしたが、お付き合いいただきありがとうございました。
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