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暇つぶし魔王のお出まし  作者: 聖なぐむ
戦士の砦
6/6

暇潰し魔王と枯れた花

「あっ」

 父から母の腕に手渡されようとしていた少女が、弾んだ声をあげた。

「おかあさま、みて!おはながあります!」


 少女のちんまりとした指が差す先には果実を並べた小さなワゴンがあり、そのテント部分には小振りな花が無造作にくくりつけられていた。

 少女が声をかけた相手は母親だというのに、その母親より素早く少女の指先を目で追ったのは、案の定クライス・ローであった。

 弾む少女の声から予想していた光景よりも殺風景な様子に、流石の執事も首をかしげる。


「これは奇妙。この街の外は一面の深く豊かな森だというのに、斯様な雑草擬きをわざわざ摘んで飾るとは……いったい何の儀式でしょうか?」


 見たところなんの薬効もない種類のようですが、と眉を上げるクライス・ローを見やり、マルティは娘が居なくなって空いた両手を組んだ。金属の籠手が無造作にぶつかってガツンと鳴る。

 戦士が素早く剣を抜けない姿勢をとるのはマルティ自身の緊張が解れてきた証しでもあるが、この時マルティ本人は全くの無自覚だった。


「ご覧の通り、この街には植栽がない。外の森は……なんというか、貴殿等の住まう森なわけで……我等人間からすれば危険な森だ。武器を扱えない者は護衛を雇わずみだりに森に立ち入ることは許可されない。この街は森の中にあっても、森の恵みとは縁遠いのだ。……あのように、野菜や果物といったものは全て街の外から運び込まれているが、それらと一緒に野花を持ち込み見せることで、その鮮度を客に掲示している。この街の周囲では草花は摘めないからな」

「わたしのおはなは、かれてしまったのです」


 むっちりとした母親に埋もれるように抱えられたシェリーは、悲しげに呟く。

「おとうさまが、おしごとのおみやげにと、せっかくつんできてくれたのに」

「また持って帰る。次は摘むのではなく、根から掘り返してな」


 父親の太い指先で鼻先を擽られ、少女はにこりと微笑んだ。

 少女のふくふくとした頬が動くのを興味深く間近で観察しているクライス・ローをチラリと見てから、魔王は視線をマルティに移した。


「……マルティ・エヴァンスよ。確かにこの辺の森は肉食の種族が多く住まうが、この上には空中庭園にできそうな屋上があるではないか。土を敷けば植物も植えられようものなのに、なぜ使わぬ?」


 マルティは喉の奥で唸る。


「……確かに、この辺の魔物は他より大型のものが多く、チマチマと壁をよじ登ってくるような種はいない。が、空からはドラクレスが定期的に襲ってくる。屋上も、決してのんびりできる場所ではないのです」

「ドラクレスが来るのは住み処を探しているからだろう。住まわせてやればよいではないか」

「は?」


 クライス・ローは「流石は魔王様!ご名案ですね!」と手を叩いた。


「ドラクレスはペーリェがいない土地を求めますからね!ペーリェは繊細過ぎて大気に振動が続く土地だと巣が張れず、人間やコボルトのように集団で騒がしくしている生き物を避けるでしょう」

「ペーリェ……あの、小さくて羽があって尻から毒針を出す、虫のペーリェのことか……?」

「そのペーリェですね。そしてドラクレスは、そのペーリェが大の苦手。ドラクレスの涙には、ペーリェを興奮させる成分がありましてね。集団で、目だけを執拗に狙ってくるのだとか」

「それは………………地味に嫌だな」


 ペーリェは人間にとっても厄介な虫だ。テリトリー意識が強いので、不用意にペーリェの巣に近付くと、ペーリェ集団に執拗に追い回される羽目になる。毒針はそこそこ太くて長く痛みが強いが、毒自体はあまり強くない。襲われた際に何百箇所も刺され続け、トラウマになる者もいた。


「ドラクレスは広いテリトリーを持ちますが、上位の魔物故、ドラクレスのテリトリーの中には他の生き物はあまり近寄らなくなります。ただテリトリーが広いからこそ見廻りで住み処を空けることがあり、その留守の間に、ドラクレスの巣にペーリェが住み着いてしまうことがあるのですよ。ドラクレスのテリトリーは天敵のいない分、ペーリェにはお誂え向きですので」

「ドラクレスのテリトリーになってしまうなら、ますます危険ではないか?」

「ドラクレスはペーリェ避けのために他の小さな生き物と共存関係を築く魔物ですよ。屋上がドラクレスの巣になれば、ドラクレスにとっては留守中にペーリェが住み着く恐れがない。また、共存関係の生き物は巣の中に立ち入ったとしてもドラクレスの警戒対象にはならない。それに、あなた方人間にとってはドラクレス以下の大型魔物が近隣一帯から減ると、互いに良いこと尽くしに思えますがねぇ」

「……………………………………………」


 マルティはポカンと口を開けた間抜けな表情で、クライス・ローのニヤニヤした顔を見つめた。

 むっちりした母の二の腕から乗り出した少女が、ギリギリ届いた指先で父親の顎をパクンと閉じさせた。


「……………………ド……ドラクレスには、どうやって意志疎通をはかればいい?」

「ンフフ!人間が魔王様に魔物の取り扱い方法を訊ねるなど、愉快ですねぇ!素直に教えを乞う姿勢が面白いので、特別に教えて差し上げましょう。……巣作りに適した場所に、クロントロンの枝で櫓を組んで燻すのです。コボルトが集落を作った証として、同族へ知らせる狼煙の儀式でしてね。ドラクレスたちはそれを覚えているので、巣だったばかりで自分のテリトリーを持たない若いドラクレスなどは、我先にと共存先を求めてやって来ますよ」

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