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後編


 それから英雄二人が戻ってくるまで客人として滞在することに。

 そしてリフが、


「では、客人としてこの城に滞在することにお二人はなりましたが、部屋に案内しますか? それともどこか見たい場所でもありますか?」

「見たい場所……」


 まだこの獣人の国には来たばかりなのでどこを見るのか、と僕は思っていたけれどそこでラズが、


「英雄が来ていると聞いた」

「そうですね、でもここに待っていればいずれは戻ってきます」

「……列車の件を考えてみても、“黒の石板”の扱いは難しい気がする。だから出来れば俺も行きたい。カレン様が案内する程度に近場であれば、まだそれほど時間はたっていないから追いかけられるかもしれない」

「その割には切迫していないように見えますね」

「……残りの英雄二人に出会ったら、俺の記憶はどうなるのかと、少し考えただけだ」


 小さく戸惑ったようにラズは答える。

 どうやら残りの二人に会うのにも不安があるらしい。

 と、そこでリフが、


「ラズ、貴方はあのコノエカズキには真っ先に会いたかったのでは、と思ったのですが……やはり無意識の内に躊躇いがあるのでしょうか」

「どういう意味だ?」

「……コノエカズキについてラズはどういった感覚がありますか?」

「……名前を呟いて思い出そうとすると、懐かしい様な、暖かいような気持になる」


 そう答えてラズが、ふっと優し気に微笑んだ。

 まただ。

 そう僕は思う。

 

 その異世界人であり英雄であり僕と同じ国から飛ばされてきたらしいコノエカズキ。

 彼の名前やそれを思い出そうとするとラズは、とても大切なものを思い出そうとするかのように微笑むのだ。

 他の誰とも違う反応。


 それを見ていると僕は、不安のようなものを感じてしまう。

 この感覚は一体なんだろうと僕が思っているとそこでリフが嗤った。


「全く何も気づいていないのですね。では聞き方を変えましょう。そこにいるリトを思い浮かべた時と、何か違いはありますか?」


 なぜか僕の方に話がふられて、ラズが僕を見る。

 無表情に真剣に凝視するように見ている。

 だから僕もじっと見つめ返すと、ラズが僕から背を向けて小さく震え始めた。

 

 どうしたのだろうと思って声をかけようとすると、リフが嘆息した。


「いえ、分かりました。もういいです。そして……」


 リフはそこまでしか言えなかった 彼はじっととある方向を見ていてそちらに僕も目をやると、一人の少年が顔を出す。

 フレイと同じくらい可愛い感じの少年で、僕と同じ黒髪黒目だ。

 はっとしたように僕のすぐそばにいるラズを見て、驚いたような顔をして後から来たもう一人の金髪の男に、


「エリュシオン、ラズがいる! “黒の石板”の傍にラズがいる! しかも、僕よりもかわいくて背が小さいかもしれない少年もいる!」


 後半の下りに僕は物申したい気持ちにかられながらも待っていると……。

 そこで二人してラズを凝視しているも、何も言えずにいるのを察したのかラズが、


「久しぶり、エリュシオン、カズキ」


 名前を呼んで微笑むと二人は、更に言葉を失ったようだった。

 この二人が、あのラズと一緒に居た英雄のうちの二人、エリュシオンとカズキなのだろうと僕は思う。

 そこでラズがほんの少し戸惑ったように苦笑して、


「ただ、やはり全部は、二人の事は思い出せていないみたいだ」

「……どういう事?」


 そこで、カズキと呼んだ方の人物が問い返す。

 その顔には不安があるように見える。と、


「……戻って来れたはいいのだけれど、記憶が幾つか失われていて、今、リトと旅をしながら少しずつ思い出している最中なんだ」


 ラズがカズキにそう答えたのだった。







 記憶が幾つか失われていると告げた瞬間、僕はどことなくカズキとエリュシオンが安堵したように見えた。

 何故だろう、そう思っているとそこでカズキが僕達の方に近づいてきてラズを見上げた。

 僕はそれにそこはかとない不安のようなものを感じているとカズキが、


「ラズ、雰囲気というか気配は、最後に会った時よりは人間らしいね」

「そう、なのか?」

「うん。でもまた会おうって約束がきちんと効果があってよかったよ。またラズが戻って来れたわけだし」

「そうだな」

「色々あって、ラズも戻ってこないし、だったらあの“黒の石板”を掴んで、解析してやろうといった話をエリュシオンとしていたんだ」


 だからここに来たとカズキは言いたかったのだろう。

 けれどそう告げた瞬間ラズの表情が、まるで表情のない人形のようになってしまう。

 こうして人間味を取り除くと、ラズは恐ろしいほどの美形だったのだ、と僕は気づかされた。


 そして言葉を失ったカズキにラズは、


「“黒の石板”には触れるな。あれは“適正”がないものには劇薬になってしまう。そして万が一同じ、我々と同じような状態になれたとしてもその先にあるのは“消滅”だ」

「で、でも……」

「あの人達は、求めていない人々が触れるのを好まない。そして許せない」

「……でもね、ラズ。そのうちの一つは、今僕達が厳重に封印して首都に運んでいる最中なんだ」


 そこでカズキは、得意げにラズにそう返す。

 けれど僕は知っている。

 その“黒の石板”はもうすでに消滅してしまっている。


 だがこのドヤ顔の彼には、この残酷な真実を話すべきなのか、と僕が思っているとラズが、


「それはすでに消滅した」

「え?」

「詳しい事情は省くが、俺達の乗っていた列車に一緒に積まれていたが、消滅した」

「……ラズが消滅させたの?」


 そこで、警戒するようにカズキがラズに言い、ラズは……ふっと悲しそうな表情を浮かべる。

 だから僕が、


「は、初めから持っていかれるつもりはなかったみたいで、それで、結局、列車内で大量にその、ケリュケイオン達が暴れまわってから戻って消滅して……わざと持っていかれて弄んだみたいなことに」

「え、ええ! そんな、だってあれ手に入れるの凄く工夫したのに。というか君は?」

「あ、えっと僕も異世界から呼ばれました、石躍理人( いしおどり りと)といいます」

「あれ、その名前だと、もしかして僕と同じ世界で同じ国から呼ばれたのかな?」

「お、おそらくは」

「そうなんだ。初めまして。近衛和樹このえかずきといいます。それで……どうしよう、話をどこから聞いたらいいだろう。まずはそうだ、その“黒の石板”に詳しいみたいだけれど、そのケリュケイオンというのがあの“黒の石板”の“幽霊”みたいな人達、かな?」


 それに頷くと、更にカズキが、


「そう簡単には手の内は見せてくれないか。でも、目的の一つであるラズとの再会はまた出来たからよかったかな。……他にも問題は山積みではあるけれど」


 そう言って振り返りエリュシオンと顔を見合わせて頷く。

 その表情はどちらもラズにもう一度会えて良かったという物のように見えた。

 けれどそこでラズが、ある事に気付いたらしい。つまり、


「シエルから、俺やリトの事は聞いていないのか? 連絡はしているはずだが」


 ラズの言葉に、カズキとエリュシオンが顔を見合わせて、次に首を横に振ったのだった。








 ラズが、シエルから俺達の話は来ていないのかという問いかけをするもカズキ達は首を振る。そして、


「シエルとは、この前から気象の影響からか連絡がとれていないんだ。だからラズ達の話は聞いていない。でも、シエルとも会ったんだ。でも全然こちらには話が来ていない。何かあったのかな……最近、竜の国の様子も不穏だから」


 カズキが言いよどむように、そう言ってからラズの様子を見る。

 そこでラズは、


「知っている。俺も追われているから。しかも、先の大戦の彼らが関わっているらしい」

「あいつらが……また……今度は一体何を企んでいる? それにラズが追われている?」

「ああ、俺を捕らえようとしているらしい。その時に、竜族の浮遊大陸から落ちて、リトと出会ったんだ」


 ラズが僕と出会ったといった時、とても嬉しそうな顔をした。

 それに僕は、恥ずかしい様な照れるような、そしてちょっとした優越感のようなものを感じてしまう。

 と、そこで視線が僕に集まった。


 な、何だろうと僕が思っていると、そこでカズキが、


「やっぱり、リトもこの世界で英雄になってみないか、みたいなお誘いできたの?」

「いえ、この世界で遊んでみないか? みたいな軽い感じでした。特殊能力チートつきで」


 そう答えるとカズキは、何故か無表情になった。

 なんでと僕が思っていると、


「ずるい、僕は戦闘やら何やら大変なことになっていたのに」

「え、えっと、でも僕も戦闘したりしました」

「剣持って戦ったり弓を使ったり体術やらここで即興で魔法を覚えたり、僕はすごく大変だったけれどリトはどうだった?」

「え~、えっと、そもそも僕、剣の使い方は分からないかも」

「……弓は」

「つ、使えないです」

「体術は?」

「授業で柔道を少し」

「古武術みたいなものの経験は」

「普通の一般人である僕にはそんな経験はないかと」


 そう答えた僕だが、今の会話からすると、


「古美術や弓などが使えたりするのですか?」

「……一通りは」

「剣も使えたり?」

「刀と後はダーツ投げ程度は」

「……英雄として戦える程度に、戦闘能力がおありなのですね……」

「まさかそれもあって僕を選んだんじゃ……」


 衝撃の事実に気付いたというかのようにカズキが蒼白になって震えている。

 そんなカズキにエリュシオンが近づいてきて後ろから抱きしめた。


「別に理由はどうでもいい。私はカズキとこうして出会えたから、そういった意味で彼等には“感謝”しているよ」

「う、そ、それは……」

「可愛い私のカズキ。私はカズキがいるから、今まで頑張って英雄と呼ばれるまでになったのですからね」

「……どうかな。僕は僕がいなくても、エリュシオンが英雄にはなっていた気もするけれど」


 などと話しながらこう、恋人同士のような雰囲気というか、これは……と思いつつ僕が見ているとそこで僕達に気付いたらしいカズキが、


「そ、そうだ。それでその、シエルたちには会ってここまで来たんだよね。他に僕達に伝えるはずだったことはあるのかな? というかどうしてこの獣人の国の……ここに来たという事は、獣人王にも会ったんだよね?」


 そうカズキが聞いてきたので、まず途中でリフやフレイに遭った話をする。

 するとカズキが微妙な顔になり、


「え、あの性悪陰険魔法使いのリフと、獣人の王子様のフレイと一緒に来たの?」

「うん。口はちょっと皮肉気な所はあるけれど、リフはそんなに悪い人じゃないしフレイもいい子だよ」

「……よほど気に入られているのか、性格があの陰険魔法使いも少しは丸くなったのか……それで他には?」

「魔王についての情報を、リフに調べさせて欲しいといった話を、シエルから伝えてもらうことになっていたんだ。でも連絡は取れていなかったみたいだね」

「エリュシオン、リフにその辺りの資料を見せるのは構わないかな?」


 そこでエリュシオンにカズキは聞いている。

 どうして彼に聞くのだろうと思っている僕の考えが顔に出ていたのだろう。

 カズキが苦笑して、


「エリュシオンは王子様だから、王子様権限である程度どうにかなるんだよ」


 そう、カズキが僕に説明したのだった。





 どうやらカズキと一緒に居た金髪美形は王子様だったらしい。

 そこで僕は、ここにいる四人の50%が王子様であるというどうでもいい事実に気付いた。

 それを言うと、50%が異世界人というすごい状況でもあるのだが。


 しかもフレイまで王子様だ。

 王子様率が高いなと僕が思っているとそこでエリュシオンが僕の方を見て、


「……カズキよりも大人しそうな子だね」

「エリュシオン、それはどういう意味だ」

「いや、ラズも気に入っているみたいだし、相性もいいみたいだから“良かった”と」

「……そうだね」


 そこでカズキとエリュシオンが意味ありげに僕とラズを見る。

 なんでだろうと思っているとそこでカズキが、


「ラズ、その、前も言ったけれど“ごめん”」

「? 俺は、何かカズキに“謝られる”事があったのか?」

「! ……そういえば、記憶が幾つか欠如しているんだっけ。僕の事は何処まで覚えているの? “黒の石板”にラズが触れることになった切っ掛けとか……」


 カズキが、不安そうに恐る恐るといったようにラズに問いかける。

 ラズは考え込むように黙ってから、


「幾つかの戦闘、カレナの丘の出来事といった事は覚えているが……そういえば“黒の石板”にどうして俺が触れることになったのか、といったあたりは完全に思い出せないな」

「そ、そうなんだ。うん、思い出せないならこれからでいいと思う」


 カズキはそう言いながらもどこか安堵しているようだった。

 “黒の石板”にラズが触れたのは、彼等、デザイナーズチャイルド達の力でおかしくなった獣人の王に対抗するため、と聞いた気がする。

 でもカズキ達の様子からすると、他にも何かがあったのだろうか?


 そしてそんなカズキのすぐそばにいるエリュシオンの様子を見る。

 相変わらず微笑みを浮かべているが、エリュシオンは、何処か勝利者のような笑みを浮かべている気がする。

 僕の錯覚かもしれないけれど。


 と、そこでエリュシオンが、


「それで魔王の事をどうして調べているのかな?」

「あ、はい、実は……」


 きかれたので僕は、列車内でたまたま会いに来たケリュケイオンから話を聞いた話をする。

 彼らが、過去の魔法文明によって作られたデザイナーズチャイルドであり、その昔、四賢人と呼ばれていた人物達であるといった話や、彼らと魔王が関係しているといった話、他にも僕達の世界の話が幾らか流れてきているらしいと伝える。

 そこでカズキが、


「リトはずいぶん神話に詳しいね」

「……中二病を患った時に、つい」

「あ……うん」


 カズキが微妙な反応をする。

 僕はそれがちょっとというかかなり恥ずかしい気がしたが、多分気のせいと言い聞かせた。

 そこでエリュシオンが今の話を聞いて、

 

「なるほど。過去の偉人達でもあると。そして彼らは今度は竜族の浮遊大陸でも……だがあの強力な魔物の発生は、どういった理由で発生しているのか? そしてブラックベルとシエルと連絡がつかない件は即急に対応しないといけないな。そして、ラズ」


 エリュシオンが改めたように、ラズの名前を呼んだ。

 その声音が前と違っていて僕は不安を覚える。と、


「魔王になってくれとラズは言われたか?」


 エリュシオンは笑顔のままだけれど、瞳が笑っていない。

 冷酷な感情もその奥の方でちらついているように見える。

 僕はつい、ラズの手をぎゅっと強く握りしめてしまう。


 するとラズは僕の方をちらりと見てから微笑み、


「いや、俺が会った時には“言われていない”」


 そう答えたのだった。








 確かに、あのデザイナーズチャイルドと会った時にラズは、魔王になってくれとは言われていなかったと思う。

 でもそれをこのエリュシオンは信じてくれるだろうか? と僕は思ったけれど杞憂だったようだ。


「なるほど、接触しても誘わなかったと。他に、彼らと接触した時に何かありませんでしたか?」

「えーと、僕が死にかけてラズの、竜族の“逆鱗”に触れてしまったりとかありました」


 思い出してそう告げると、エリュシオンが目を瞬かせてから僕を見て、次にラズを見て、


「なるほど、お気に入りか。ラズの“逆鱗”にふれるほどの……ね」

「は、はい、そうらしいです」

「嬉しそうだね」

「そ、それはその、好意を持ってもらえているのは普通は嬉しいものでは?」


 そう返しながらも今の会話には何か意味深なものが含まれていた気がして、そしてそれを言ったエリュシオンは、


「でも殺されかけた、か。異世界人は見かけによらず、恐ろしいほどの戦闘能力を有しているのかと思ったがそういうわけではないのか」

「は、はい。この世界での戦闘は、僕の場合今の所、特殊能力チートだのみですし」

「でも異世界人だから、強力な特殊能力チートでは?」

「え、えっと、コピー能力です」

「……相手の魔法を見て真似をするような能力?」

「い、いえ、“概念”に作用するので、この世界に来ると僕の持ってきたものにはとても強力な効果がつくので、それをコピーして発動させて、攻撃魔法などにしています」

「それは……強力だ。でも死にかけたと聞いたが?」

「え、えっと僕、油断していたみたいで」

「……油断か。そういえばカズキもよく油断していたね」


 笑われてしまったカズキが、エリュシオンと名前を呼んで怒っている。

 そしてそれを適当にあしらったエリュシオンが、


「でもここで私達に会えたのは良かったね。カズキの転移能力を使えば一瞬で首都の“ミラードール”まで移動できる」

「あ、そうなのですか。そうなると電車で移動するよりも早いかも」

「とはいう物の数日ですぐに、この獣人の国まで移動することになりそうだ。そこから列車で竜の国を目指すことになるだろう、シエルとブラックベルの様子が気がかりだから」


 エリュシオンはそう語るも、どうして途中から列車なのだろうと僕は思って、


「? あ、そういえば一度移動した所でないと、カズキは転移できないのでしたっけ」

「ブラックベルかシエルから聞いたのかな? そうだよ。一度その場所に行ったという“経験”が無いと、その場所にカズキは転移できないんだ」


 そう答えるエリュシオンに僕は思いついた。


「もしかして、僕のコピー能力で、カズキにこれまで移動した場所の“経験”を映すことが出来るかも」

「……なんだって?」

「そうすれば一瞬で海も越えられるし、浮遊大陸の傍まで移動できます」

「……確か浮遊大陸から落ちてきたラズと出会ったと言っていたから、なるほど。試してみる価値はあるね。シエルとも連絡がつかないし」


 ぽつりと深刻そうにエリュシオンは呟く。

 ただ連絡はつかないと聞いて僕はラズに、


「またあの幽霊化が起こっていたりしないよね?」

「ないと思う。あれはそう簡単には起動できないし」

「幽霊化して見えなくなっていたんだよね……そういえばあのシエルは“黒の石板”に適性があったんだよね? なんで見えなくなっていたんだろう?」

「シエルは適性があるから他の場所にその時はいたんだろう。でもあの遺跡の効果は、確か幽霊の時の記憶はなくなるはず。……そう何度もアレが簡単に起動するはずはない視させられない。普通の人であれば存在も見せることが出来ないし、感知できない程度に希薄化し、いずれ消滅するから」

「“黒の石板”に似ている?」

「そう、その効果と同じものを引き起こせるものがたまたま眠っていた。全く余計なものを置いておいたものだ」


 といった話をしているとエリュシオンが聞いてきたので、シエルたちに起こった出来事を話すと、


「その装置も調べたいのですが、もう無理ですか?」

「……無理だ」

「残念です」


 ラズに聞いたエリュシオンが、残念そうにそう答えたのだった。









 こうして一通り話した僕達だが、そこでカズキが“黒の石板”を見て、


「でもこれ、持って帰れないかな。そして解析したい」

「駄目だ」


 カズキの言葉にラズが、無表情になって強い口調で告げる。

 それにカズキは一瞬驚いたようにラズを見て目を見張るけれど、すぐに悲し気に微笑み、


「やっぱりラズは少し変わったね」

「そう、か?」

「うん。やっぱり、“異界”の知識に触れたから、“厳しい”感じになって、あの人達側の行動原理でも動くようになっている気がする」

「……」

「あ、で、でも、ラズが、ラズだっているのは変わっていないから、多分、その、ちょっと前と変わったねってくらいで……」


 慌てて取り繕うカズキに、やけにラズがしょんぼりとうつ向いている気がする。

 だからラズの手をぎゅっと握って、


「新しい知識を得たら考えが少し変わったりするものだよ。ラズ自身がそこまで変わっているわけではないよ、きっと」

「う、うん。……リトはラズが大事なんだね」

「? うん、そうだけれど、それがどうしたの?」


 そう問いかけるとカズキは小さく笑って、


「ラズはリトが“今”は一番好き?」

「? そうだが」

「そっか……うん、よかった、かな」


 カズキは困ったような、けれど嬉しそうな顔で笑った。

 何がそんなに嬉しいのだろう? そう僕は思っているとそこでエリュシオンが、


「さて、一通りの話は聞いて、この“黒の石板”には触れられないとなると、一度獣人の城に戻った方が良いかもしれない。そこで、あの性格の悪いハーフエルフの魔法使いと、久しぶりに話をしないといけませんしね」


 といい、そして僕達はカズキの力を借りて城に戻ったのだった。







 城に戻ってから、正確には買う気たちにあてがわれた客室に戻ってすぐ、僕はカズキにコピー能力でそれまで過ごしてきた場所の“経験”をコピーするよう頑張ってみた。


「コピー」


 そういったことが出来るように頭の中で思い浮かべて僕は、カズキに特殊能力チートを使う。

 僕の体から放たれた光がすうっとカズキの中に取り込まれる。と、


「……これなら転移できるかも」

「本当! というかそういうのがすぐに分かるんだ」

「うん、そういう感覚ってない? リトは」

「うーん、全くないかな」


 特殊能力チートの性質かなといった話をしているとそこでドアが叩かれる。

 現れたのはリフとフレイだった。

 丁度気配がしたからお話をしに来たらしい。


 そこで込み入った話になるので、との事で僕とカズキ、フレイは部屋を追い出されてしまったのだった。

 









 部屋にいたラズ、リフ、エリュシオンは情報交換も兼ねて話をしていた。

 まずはエリュシオンがリフに、


「やあ、陰険腹黒魔法使い、久しぶりだね」

「貴方の方こそ、相変わらず装えているように見えて滲みだすような性格の悪さが言葉の端端に下品に出ておりますよ?」

「ははは、こう見えても王子なのだが、歯に衣着せぬ物言いは相変わらずだね」

「敬意を示す以前に、私は貴方が“とても”嫌いですからね」

「それは奇遇だ。私も君が非常に嫌いだよ。何度先の大戦で煮え湯を飲まされたことか」

「それを聞いて私は心地よい気持ちになりますね。私も何度私の考えた策略を台無しにしてくれたことか」

「それで駄目であればご本人が直々に、魔法攻撃してくるのもまた、ね。他に使える手がなかったのですか?」

「凶悪な力を持つ、貴方方相手ともなれば私が出ていくしかないでしょう」

「それはそれは。人事不足ですね」

「とはいえそちらは一国ではなく二国以上の同盟に、異世界人まで仲間にしているという状況。数の利で、我々がじり貧になるのは当然と言いたい所ですが、我が主もとても強いですからね」

「君たちの方にもデザイナーズチャイルドがついていたから、我々も苦戦したけれどね」

「おや、ラズ達からお話を?」

「ああ、聞いているよ。そして、君のような性格と能力は別で考えなければならないような人物に、特別に私が動いて魔王関連の資料を読めるように手配しようというわけだ」

「あの、男性にしては可愛らしいが凶悪な英雄の一人、シエルから聞いているのでは?」

「彼とは連絡が取れなくてね。その話もこちらに来ていなかった」


 そこまで話して、堂々とお互いにののしり合いをしているのをリフとエリュシオンは止めた。

 深刻そうな様子の二人だが、それを見ながら今までの会話を聞いていたラズは、その辺りの出来事はよく思い出せないことに気付いた。

 そして今もそうだ。


 戦闘があったのは覚えているし、リフやエリュシオンもいたのは覚えている。

 だが肝心の戦闘の記憶は抜けている。

 それこそカズキがどう戦っていたのかすらも。


 思いのほか、多くの記憶を自分が失っていることに気付き、ラズは愕然とする。

 とそこで気づけば何やら話していたりづとエリュシオンがラズを見ていた。

 なんだろうとラズは見ているとそこでエリュシオンが、


「ラズは、実際にどこまでカズキの事を思い出しているんだ?」

「……それが、ほとんど思い出せていない」

「そう、なのか。……ラズの傍にいた異世界人がカズキにどことなく似ているが、その……“代わり”なのか?」

「だれが?」

「……いや、いい。私がただ、その……思う所があっただけだ。やけに一緒に居るあの異世界人であるリトに懐いている気がしたから。会ってそれほど時間がたっていないのだろう?」


 エリュシオンの言葉にラズは言い返せなかった。

 確かにラズはリトに出会ってそれほど時間はたっていない。けれど。


「……俺が記憶を失って追われている所で、出会った。あの時俺を怖くないと言ってくれたのはリトだけだったから、依存はしてしまったかもしれない」

「それは……」

「けれど短い間とはいえ一緒に居て俺は、リトと一緒に居たいと思った。もっとリトとの距離が縮まればいいと今も思っている。それにリトを傷つけるのであれば、たとえ過去の仲間とはいえ全員の敵に回ってもいいと思っている」


 それはラズの紛れもない本心だった。

 そしてその言葉に、エリュシオンは何も言えなくなってしまう。

 と、リフは嗤った。


「竜の記憶喪失の貴方の仲間は、あの新しく来た異世界人に御注進のようですね。私が見ていてもそうでしたが。そしてそれは、カズキの恋人であるエリュシオン、あなたにとっても都合が良いのでは?」


 そこでカズキの恋人のエリュシオンと聞いて、ラズは締め付けられるような心の痛みを感じる。

 けれど理由は少しも分からない。

 そんなラズにエリュシオンは小さく舌打ちをしてからリフに、


「別に話さなくてもいいんでしょう」

「そうですね。この様子では何も思い出せていないようですし……“逆鱗”に触れるのは今は、リトだけといった所でしょう。ただラズのそれに今の状態で触れると、どうなるのかは我々にも分からない危険な状態になるようです。しかも、それもあのデザイナーズチャイルドの目的でもあるようですね」

「ラズを、ね。……分かった、昔の仲間であり友人でもあるラズのためだ。私もできる限りのことをしよう。……それに、私が負い目を感じることは、ラズは覚えていないようだしね」


 そこで小さくエリュシオンが言葉を付け加えるも、ラズは聞き取れない。

 それからこれまで出会った魔物の異常なども含めて意見交換をしていると、部屋のドアがそこで叩かれたのだった。 













 そして追い出された僕たちはふて寝をした次の日。

 朝食のその場所にはすでにラズがいて、そして、カズキと話をしている。


「それでその時ラズが……」

「俺はそんな事をしていたのか」


 と言って楽しそうに談笑している。

 僕が知らない、ラズの英雄時代。

 何があったのか、僕は何も知らない。


 僕が一緒に過ごしていたわけではない、過去の出来事。

 僕の知らないラズと、カズキ達の絆。

 それがラズをあんな風に笑顔にさせるのだ。


 誰にだって過去はある、そして僕だってたまたまラズに出っただけで……。


「僕、本当に“たまたま”ラズに出会っただけなのかな?」


 ふと思って呟いてみるけれど、あの腹の中に一物あるような“幽霊”達を考えると、他にも何か意味があったのだろうか?

 そう僕が思いつつも、ラズがカズキと話しているのが楽しそうだと再び見ていて思う。

 本当は、ラズの腕を引っ張って行きたい気持ちにもなるけれど、それはそれでどうなのだろう。


 ラズが楽しそうなのは事実だから。

 一緒に来たフレイも僕とラズの方を交互に見て何を言うべきか迷っているようだった。


「まったく、君にはもっとしっかりしてもらいたいな」


 そこで背後から声がする。

 振り向くとエリュシオンという人物がそこに立っていた。

 深々と嘆息してから僕を見て、


「君は見ているだけなのかな?」

「な、何がですか?」

「ラズとカズキの事だよ」

「……楽しそうですね。久しぶりに仲間に遭えたから嬉しいのかな?」

「それは、本気で言っているのかな? それとも……何も聞いていない? そう言えば、ラズはカズキの事をあまり“覚えていない”のか。そして、君も話していないと」


 エリュシオンは、ちらりとフレイの方を見てそう告げた。

 フレイはびくりと震えてからエリュシオンを睨み付けるように見て、


「別に伝える必要はないでしょう。それはリトとラズが決める事です」

「でももしも思い出してしまったラズはどんな行動をとるのか、私も不安な部分があるのですよ。……それに今は竜の国があの状態ですからね」

「相変わらずお前は腹黒い」

「貴方が素直すぎるのでは? 獣人の王子様」


 そうフレイに返したエリュシオンは、ラズとカズキの元に言ってカズキに抱きつく。

 それから何かをラズにエリュシオンが言うと、ラズが振り返る。

 僕に気付いたらしいラズは笑顔で手招きする。


 だから僕は呼ばれるようにそちらに行く。

 そこでラズに僕は抱きしめられた。


「今朝はどうして、突然ベッドからいなくなったのかな?」

「え、えっと、なんとなく外の空気が吸いたくなったから」

「そうなのか?」

「そうなのです」


 そう言って誤魔化した。

 抱きしめられたら、僕が全てがどうでも良くなってしまったから、というのもある。

 また、それ以上はラズは僕に聞いてこなかったので、僕が黙ってると、そこでエリュシオンが、


「先ほどリフと話し合っているんだけれど、朝食を食べてすぐに、カズキの力で首都に転移して、情報を集めようという話になっているんだけれど、他の人達はそれでいいかな?」


 いつの間にかリフと話して決めていたらしい情報を、僕達に話したのだった。









 こうして首都に移動したの僕たちだけれど。

 そのお城の一室に僕たちは案内された。

 この部屋が部屋は僕達が泊まる部屋らしい。

 そこでフレイが部屋に備え付けてあったポットに茶葉を入れて、魔法でお湯を入れて三人分の紅茶を入れた。


「僕、直々のお茶だ!」

「ありがとう、フレイ」

「ありがとうございます」


 僕とカズキはお礼を言ってお茶を貰い、部屋にあったテーブルにつく。

 四人掛けのテーブルだった。

 そしてクッキーが置かれていたのでそれを摘まみながら、そこでカズキが、


「部屋割りはどうする?」


 と聞いてきた。

 なんでもこの部屋と隣の客室が僕達の部屋であるらしい。

 どちらも二人部屋で、ここを僕とフレイで泊まるか、僕とラズで泊まるか好きにしていいよとカズキに僕とフレイは言われたが、そこでフレイが、


「リトと一緒の部屋でお泊り……でもリフと……それにリフとラズを一緒にするのは危険気がするから、リトとラズで使ってもらおう。それにリトもラズと一緒の方がいいでしょう?」

「……うん、ラズと一緒の方がいいかな。何だか安心するし」


 少し考えて、フレイと一緒も楽しそうだなと思いつつ、あのラズとリフの過去を考えると一緒の部屋はどうかなと僕は思った。

 それに何だか、なんとなくだけれどラズと一緒に居たい。

 カズキを見ているとそう思ってしまう。


 そこでカズキと目が合った。

 カズキがそこでにこりと微笑み、


「それでリトはラズが好きなのかな?」

「ごふっ」


 今、口の中に何も含んでいなくて良かったと思った。

 何を突然聞くんだと僕は思いながら、


「そ、そういう対象としては見ていないよ! い、一緒に居ると心地いとか、多分、そう……」


 段々に声が小さくなってしまうのは、僕がまだ向き合う“勇気”のない感情に対してだ。

 僕はラズに対して“本当”はどう思っているんだろう?

 カズキにはエリュシオンという恋人がいる。


 それに僕は“安心”している。

 ラズは、もしかして、記憶が戻る前は……。


 僕の中に渦巻く疑念と、僕がまだ認められない気持ちと、それ所ではない事象が頭の中で混ざる。

 どうしよう……。

 そう思っていると、ドアがガタンと音を立てた。


 振り返ると、ラズが少し扉を開けてこちらを見ている。

 その瞳にあるのは“悲しみ”に見えて僕は、酷く罪悪感を覚える。


「ラ、ラズ……えっと、どうしたのかな?」

「……いや、少しリトの顔が見たかっただけだから。この部屋は近いし」

「あ、うん、そうだったんだ」


 そこまで話して僕は気づく。


「どうしてラズはこの部屋に?」

「……いや、リトがどうしているかと思ったから。でも、少し一人になりたいからそっとしておいてもらえないか」

「う、うん、分かった」


 その時僕は、自分の中にある後ろめたさからだろう、ラズを一人にして見送ってしまった。

 後から考えればこの時僕はラズを引き留めるべきだったのかもしれない。

 そしてどうしてこんなすぐにラズは、僕に会いに来たのかを考えた方が良かったのかもしれない。


 エリュシオンはラズをある意味で警戒していて、ラズがそれに不安を抱いていて……それもあって僕に会いに来たのにこの時僕は気づかなかったのだ。

 そしてそれを僕が知るのは、もう少し後の事だったのだった。






 城を抜け出したラズ、だが。


「こんにちは、ラズ様」


 白い髪の男が、ラズに微笑みながら話しかけてきたのだった。








 ラズは声をかけてきた人物に、不機嫌になる。

 一度見たら忘れられなくなりそうな、灰色の瞳に白い髪。

 美形の男。

 リトを傷つけた者達の仲間で、先の大戦の引き金を引き、遥か昔は四賢人と呼ばれていたらしい……あの人達の、昔の仲間が作り上げたデザイナーズチャイルド。


 そしてラズに船に乗っている時に“魔王”へとお誘いをしてきた人物だ。

 名前は、


「エウロパ」

「覚えていていただけましたか」


 ラズが名前を呼ぶと、ほんの少し目元が柔らかくなリエウロパは答えた。

 だが、彼が“敵”である事には変わらない。

 そう思ってラズが警戒をしていると、エウロパは笑う。


「その顔、警戒するように私を見るその表情、なるほど」

「……何が、なるほど、なんだ?」


 ラズは警戒して問いかける。

 目の前にいるこの人物は、先の大戦でラズを苦しめた人物の一人でもある。

 今は平穏な時代になって、なんだかんだ言ってあの敵であったリフやフレイと共闘してはいるが、彼の場合は“別”だ。


 何が目的なのか。

 今の言葉にどんな意味があるのか。

 わずかな言葉の変化にどういった“悪意”が潜んでいるのか。


 ラズはそれらを表情からも読み取ろうとした。

 するとエウロパは“苦笑”した。

 そのあたかも“本能に感情がある”ような様子にラズは、あの電車の中で聞いたケリュケイオンの話を思い出して、これはただ“真似ている”だけなのか? と思う。


 けれど奇妙な不安がラズの中に残る。

 そこでエウロパは、 


「ラズ様は、貴方のお兄様に本当によく似ている」

「……どうしてすぐ兄と比べる?」

「今我々が手を組み、共に歩んでいるのは貴方のお兄様なのですよ」


 薄く笑うようにエウロパは告げる。

 まさかそのような答えが返ってくるとは思わず、そして今、兄に近づき破滅に向かわせようとしているのかと思いラズは睨み付ける。

 けれどそれにエウロパは、


「そんな目で見ないでいただきたい。我々は“今”は、“貴方”の大切な方々の“味方”ですよ」

「唆した、の間違いじゃないのか?」

「酷い言い草です。これほどまでに“献身的”に私は尽くしているというのに」


 そう言ってエウロパは笑う。

 だが、ラズからすればそれらも全て白々しく聞こえる。

 何の打算もなく兄達にこの人物が近づくと思えない。


 それに、今回で二度もエウロパはラズに接触してきているというのに、


「兄は俺を探すようには言っていなかったのか」


 居場所が分かっているのに、このエウロパは伝えようともしていないようなのだ。

 いったい何が目的なのだろう、そう思っているとエウロパは、


「まずは貴方様を“魔王”になって頂きたかったのです。それに、この世界にラズ様が戻ってきているのはお教えしましたよ? そのうえで、探す力をお貸ししましょうか? と“口説き”ましたね。特に私は、熱烈に、ね」

「俺が戻ってきているのを教えて、見つけられずにいたから、そうやって兄様を唆したのか!」

「仕方がないでしょう。戻ってきた時はまだラズ様は、今以上に普通ではなく、“竜族”の監視網も捜索網の魔法全てから“見えない”状態でしたから」

「……」


 全く気付かなかった話をされて、ラズは沈黙しかできない。

 嘘だと言いたい反面、もしかしてという気持ちがあって、何も言い返せない。

 そこでエウロパが嗤った。


「ラズ様は、欲しい相手はいないのですか? “魔王”という巨大な力をもってすれば、今以上に思いのままに出来ますよ?」


 そう、囁いたのだった。











 “魔王”になれば何でも思いのままですよ、とエウロパは言った。

 だがラズとしては、


「思いのまま? 生憎と世界を支配したいといった欲望は持ち合わせていない」

「そうですか? 本当に“欲しい”物は何もないのですか? 例えば……貴方が一緒に行動している、リトという少年はどうですか」


 その言葉にラズは、一瞬躊躇した。

 同時に先ほど聞いてしまったあの言葉が脳裏によぎる。

 好きな対象とは見ていない。

 

 リトには、ラズへの恋愛感情がない。

 一緒に居ると楽しいといった、好意しかない。

 まだ出会ってそれほど経っていないのだから当然だ、と思うのに時間の問題ではないと、ラズはすぐに思う。


 初めて出会った時、何とか引きずり出してくれた彼を初めて見たラズは、可愛いと思った。

 けれどあの浮遊大陸にいた時のように、目の前の彼にも怯えられて、遠巻きにされるのではと思った。

 それは“嫌”だが、“仕方のない事”だと思った。


 だが彼は、リトは怖がるどころかラズを助けてまでくれた。

 異世界人で呼び出されたばかりだから不安だったのもあるだろう。

 そしてあの人達のお眼鏡にかなった人物であるだけに“善良”であるようだった。


 理由があったとはいえ、それはラズにとって心に響く出来事だった。

 しかも見た目も好みで性格も……。

 けれどもし気づかれたなら逃げられてしまうような気がして自制した。


 それでも気になって、我慢できなくて少しだけ……そう思って色々しまった。

 その気になれば、今のラズならばすでに、今の自分の力だけで、力に物を言わせてリトを奪うことが出来る 

 それをしないのは、ラズがリトを“愛して”いるからだ。


 だから力で思いのままには出来ない。

 リトにもラズを好きになって欲しいから。

 だから、


「俺には“魔王”になって、その力でリトを手に入れた所で、リトが俺を好きになってくれるわけではないからお断りする」


 そういい返した。

 けれど“感情”を手に入れていないはずのこのエウロパはそう言って納得してくれるだろうかと思っているとそこでエウロパがポツリと、


「……面倒くさいですね」

「……え?」

「いえ、あのリトという人物はラズ様の事を……そうですね、ただの“友人”のように思っているように見えます。いかがですか?」


 そこでエウロパが、ラズの心をえぐるような言葉を発する。

 何でここでとラズが思っているとそこで、


「欲しいなら、力づくで奪えばいいではありませんか。“魔王”になればもっと強い力が手に入りますよ? あちら側になりたての人間は制限が緩いのです。それを利用して、“魔王”になっていただきたいのです」

「……“魔王”になった姿を俺は、リトに見られたくない。“敵”になるから」

「……なるほど」

「それに、敵になってリトに何かを言われるのは、辛い」

「……なるほど。ですが何か言われる前に体から落としてしまえばよいのでは?」

「……リトに抵抗されたら受け入れられなかったなら、立ち直れない」

「……なるほど。全てはあのリトという人物に対して、と。そしてそのリトという人物に、ラズ様は劣情を抱いていると」

「……欲望はある」


 そう答えながらもどうしてラズは自分からそんな事を答えてしまったのかと思う。

 やはり先ほどのリトの言葉がラズの中に残っていたからなのか……そう思っているとそこでエウロパが、


「分かりました」

「……おい、何をする気だ」

「大丈夫です、長い間生きていますから。我々はラズ様を“魔王”としてお迎えしたい、それだけなのです」


 そう答えるエウロパ。

 その答えが大丈夫でなかったとラズが気付くのはもう少し後になる。

 けれど今はラズにとってこの“魔王”への勧誘は警戒すべきものになっていた。


 だからその“魔王”の件にばかり注意が向いていて、そして、


「その“魔王”の存在は、お前達が俺を利用しようとしてでっち上げた何かかもしれない。だから……」

「そういえば城の図書室で“魔王”についての情報を集めているのでしたか」

「! どうしてそれを!」

「あの程度のセキュリティは我々にとってないも同然です。“全部”知っていますよ。ですが、無駄な努力でしょうね。過去を調べたところで彼らに情報は得られませんよ」


 嘲笑うかのようにエウロパは告げ、更に付け加える。


「大災厄すら、すでに忘れられた過去なのですから、“魔王”の存在など、砂粒ほども残っていませんよ」


 そうおかしそうに笑いながら、エウロパは告げたのだった。









 こちらの情報が筒抜けだとラズは知った。

 しかも“魔王”の情報はこちらにはあまりないらしい。

 情報面で圧倒的にこちらが不利なのか? とラズは思うものの、


「エウロパ、お前の言う言葉が本当にそうなのかは俺には分からない」

「信用して頂けないのですが。ですが、それならば……我々にも考えがあります」

「……何をする気だ?」

「それは後ほどのお楽しみ、ですね」


 エウロパはそう言って笑う。

 ラズはこう、誤魔化されるのが眉を寄せるがそこで、


「本当にお兄様にそっくりですね。そういった表情が特にね」

「……そんな風にけむに巻くようにもったいぶって言うからだ。不愉快な気持ちになる。……兄様にも嫌われるだろうな」


 兄に似ていると言われたのと、誤魔化して答えないエウロパの様子、そしていまだにラズの中に残っているリトの先ほどの言葉が、ラズの余裕をなくしていた。

 だから八つ当たり気味にそういったのだが、そこでエウロパが驚いたような顔をした。

 まるで感情があるかのような、そんな傷ついたような表情。


 けれど、すぐにそれは消え失せて張り付いたような笑みがエウロパに浮かぶ。


「どのみち貴方は、我々の方に来ることになるでしょう」

「“魔王”に俺はならない」

「どうでしょうか? 少なくとも貴方の想像する“魔王”とは違ったものかもしれませんよ?」

「詳しい話を聞くつもりもない。話を聞けば……お前の口車に乗る可能性だってあるからな」


 ラズのその答えも、エウロパの笑いを誘うったようだった。

 

「なるほど、私のいう事は全て信用にならないと」

「そうだ」

「ですが貴方はいずれ、こちら側に来ると思いますよ? それも近いうちに、ね」

「なるわけがないだろう」

「それに我々の方に来て頂ければ、すぐにでも貴方のお兄様にお会いできますよ。場所を転移する能力が、そこそこありますからね。その能力は、ラズ様は使えな能力になっているでしょう?」

「……どうしてそう思う?」

「ずっと見ていましたが、使う様子がありませんでしたから。ただ力の使い方がまだあまりよく分かっていないようには見受けられましたがね」


 ずっと観察されて、魔法の使い方が拙いと思われていたらしい。

 気色が悪い、そうラズは思った。

 そして言い返す。


「リトだってこちらにいる。だから俺がそちらに向かうはずがない」

「……あのリトという異世界人が、貴方様を引き留めている存在そのものなのですね。ふむ」

「リトに次に手を出したら……」

「ラズ様にとってどれだけ大切なのかはよく分かりました。ですが……それも含めて貴方様はこちらに来ることになるでしょう」


 まるでそうなることが確定しているかのようにエウロパは笑いながら語る。

 

「どうしてそう自身を持って言える」

「言えますよ。私達は長い間、生きて、“魔王”の存在もあの人達の事も知っていて、そしてこの世界の人間や異世界人とも接触したことがありますからね。……だからラズ様がいずれどうなるのか、予測が立てやすいのです」

「過去にそうだったからといって、今がそうなるとは限らないだろう?」

「……人間の本質は、過去とそれほど変わりませんよ」


 エウロパがそういうのを聞きながらラズは言い返す。


「お前達に“今”が見えていないだけでは?」

「……そうですね。……それならばそれで“いい”のですが、ね」


 そう答えてエウロパは、ではまた会いましょうとどこかに去っていったのだった。









 そこで首都の図書館で調べ物をしていたエリュシオンと、外に出て行ったラズが僕たちの部屋に戻ってきた。

 そこでエリュシオンが一度深くため息をついてから深刻そうな顔になりラズの方を見て、


「ラズも“戻って”来ていたのか。それも含めて、“魔王”についてや“四賢人”などと言うデザイナ-ズチャイルドの話を調べました。……分かっている範囲の話をしようと思う」


 そうエリュシオンは僕達の方を見て言う。

 それを聞いていたフレイが耳をピクリと動かして、


「そうだ、さっきリト達とも話していたのだけれど、ラズを“魔王”にする“原理”はもしかしたなら、その……僕の父をあんな風にしたものと同じではないかと思って」

「それは、獣人の王、イザク・ニヨルド王のようなあの“狂気”にラズが苛まれることになるかもしれない、と?」

「可能性の話だよ。それにラズは今は僕達と同じではないから、違う結果になるかもしれない」

「曖昧な予測で我々は動くわけにはいきません。……ですがラズが“魔王”になる、その“危険性”についてまた一つ新たな懸念が生まれたといった所でしょう。それで、そろそろ調べた範囲内の話をさせて頂いても構いませんか?」


 そう、エリュシオンは言ったのだった。










 エリュシオン達が調べてきた、“魔王”に関する話。

 だがそこでエリュシオンは付け加えた。


「調べた範囲ではそれほど新しい話はありませんでした。むしろ今までの話の再確認程度ですね。やはり、“魔王”と言っても今の所危険な存在という意味ではないようです。正確には、危険と言える場合と言えない場合の両方があるようです」


 そう言ってちらりとラズの様子をうかがってからエリュシオンは続けた。


「この世界に来ると“魔王”になるといった話や、その上位存在になると“感情”が無くなるとか書かれている物もありました。また、古い文献で、魔王の中で最上級のものは、魔神と呼ばれ、それをユピテルと呼んでいるようでした。写本の方でも、“四賢人”の長として一緒に居た記述も見つけました。ただ、魔法文明のデザイナーズチャイルドといった話は全く分かりませんでしたが。また、デザイナーズチャイルドである“四賢人”や“魔王”……“魔神”によって、この世界の“大災厄”という崩壊現象が抑えられたことも、ここまでは今の所分かっている話の再確認です」


 再確認といったからには、それよりも更に分かった事があるのだろう。

 けれど一番初めに言ったように、分かった事はそれほど多くないのかもしれない。

 そう思って僕は話を聞いていると、


「分かったのはその“四賢人”が言うにはこの世界には二つの魔力の属性があり、その内、“光”の属性を我々が使っていること、魔法文明では両方を使っていた事などを話していたらしい。もっとも我々の使う魔法は“光”の属性であり、人のみならずこの世界の維持に“光”の属性ばかりが使われてしまう事象が起こっている、と言っていたようです」


 どうやらこの世界の場合は魔力は光と闇に本来分類され、現在、光ばかりの力が使われているらしい。

 でもその魔力や、数多った片割れの闇の魔力はどうなっているのだろうと思っているとエリュシオンがさらに続ける。


「その魔力はさらに深い場所から湧き出る水のようなもので、この世界に触れているある場所に一度集められ、そこからこの世界に入り込みこの世界の事象を動かしているそうです。またその闇の巨大な力は、“魔王”や“魔神”の持つものでもあるようです。同時に“大災厄”等にも関連しているらしいといった断片的な記述がみられましたが……それ以上は分かりませんでした。ただこの闇の魔力自体はただの魔力の属性であり、これの影響で“魔王”が破壊などに走るわけではないようです。見ている反の記述では、殺戮が起こっている場合といない場合が存在していましたから。ここまでが調べた範囲で分かった話です。そしてこれと関係があるのかは分かりませんが、一つの憂慮すべき話があります」


 どうやら闇の魔力を手に入れても、突然殺戮に走ったりはしないらしい。

 あくまでもただの魔力の属性という話なだけのようだった。

 そこでエリュシオンが、あまり考えたくないというかのように、


「これまで魔王が生まれたり、“炎獣”が生まれるのを予兆と考えるなら、“大災厄”の周期がだんだん短くなっているのではといった話があります。決定的な修正が行われていない、その可能性もあるかもしれません。あくまでも可能性ですが……何か質問はありますか?」


 そう付け加えて質問を募る。

 だから僕が手を挙げて、


「その余っていると思われる闇の魔力はどうなっているのでしょうか?」

「それが“大災厄”に影響をしているのかもしれない。ただそうなってくると“魔王”というものがその“闇の魔力”事態を“制御(コントロール)”している役割があるのかもしれない。現に“炎獣”は一時期出現が収まっていた」


 悩むようにエリュシオンが呟くとそこでフレイが、


「リフ、そう言えばああいった“炎獣”達は、僕達の影響じゃないって言っていたらしいけれど、誰からその話を聞いたの?」

「……あのデザイナーズチャイルドの一人です。本当かどうか怪しいと思いましたが、こうなってくるとその話も真実味を帯びてきましたね」


 嘆息するようにリフが答え、そこでカズキが眉を寄せて、


「そうなると、ラズを“魔王”か“魔神”にした方がいいって話になるのかな」

「カズキ、それは違う。あのデザイナーズチャイルドは彼等の何かの目的のために動いているのであって、たまたま“大災厄”を止めているだけかもしれない。彼らの考えている行動が、我々にとって最善かどうかはまた別の話だ。……ラズが下手をすると獣人の王の、二の舞になるかもしれない」


 そこまで放したエリュシオンは深く大きく息を吐いてからラズを見た。


「ラズ、これからの“もしも”の事を考えて……君はここで“保護”という形でここに残ってもらい、今後、ノエルたちの救出も含めて一切、関わらないで欲しい」


 そう、エリュシオンが告げたのだった。








 ラズに、今回の件にはこれ以上関わるな、といったエリュシオン。

 どういうことだと僕は思って、ラズも同じであったらしく、


「俺に関わるなって……竜の国は俺の故郷だ」

「だが追われていたんだろう? それに捕まえた者達……先の“黒の石板”を奪おうとした者達から話を聞くと、現在二つの派閥で別れて戦っているらしい」

「そうなのか? 兄さん達は……」

「穏健派だ。なんでも平和な時代に突入し、浮遊大陸内での闘争が激化していらしい。このままでいい派と、いまこそ竜族が地上の全てを支配するといった派と。……それに浮遊大陸自体の動きがおかしいそうだ。何でも以前よりもさらに低い高度に浮かんでいるとかなんとか」

「それに俺が巻き込まれるかもしれないと?」

「それもある。ラズ、お前は一番大人しい優等生に見えて、“無茶”をする。……“逆鱗”に触れて、昔とは違うお前がどうなってしまうのか……その不安もある。あのデザイナーズチャイルドは、お前が“今”大事にしているそのリトを意図的に傷つけて、それを引き起こそうとしたのだろう?」

「それは……」

「そもそも昔から単独で行動して、陽動も一人でやる……そんな所があった。そして思いっきりの良い所もあったから……カズキが大怪我をした時なんて、別人のように凶悪になっていたからな」

「そうだったのか?」


 不思議そうにラズがエリュシオンに聞き、ラズが僕の手を握った。


 だから安心させるようにと思って見上げると、案の定、不安そうなラズが微笑んだ。

 それを見ていたリフがエリュシオンに、


「ラズは、あの人達の話では、制限がなく“危うい”状態であるようです。ですが、大切な人と遭遇して抑えられたりする“意識”や、気持ちの持ちようでうまくコントロールできるようになっているようです。ですから冗談でもきつい物言いはしないよう注意してください」

「……先ほどの冗談をいった時も怪物の気配が消えたが……」

「リトが怪我をした時も、“逆鱗”に触れたらしくそれ以上に恐ろしい事になりそうでした。今穏やかなのはリトのお陰かもしれません」


 そう言われて僕は、ほんの少し得意な気持ちになる。

 僕がラズの“特別”な気がして。

 そう思っていると今度は僕はラズに後ろから抱きしめられたのだが、


「お、重い~」

「……俺の気持ち全部をリトに受け取ってもらおう」

「重いよ~」


 僕がじたばたしていると、それを見ていたエリュシオンが、


「リトに本当に懐いているな。これは一緒にしておいた方が良さそうか。リト、君もしばらく事が終わるまでここにラズと一緒に滞在してもらえないだろうか?」

「それは構いませんが……」


 けれどそこでラズが声を上げる。


「俺は兄さん達が心配だから、一緒に行かせてほしい」


 だがそれを聞いたエリュシオンは首を振り、


「……ラズ、今お前は以前よりも巨大な力を持っていて、それが感情によって左右されやすいように聞こえる」

「それは……」

「出来るだけここで留守番をしていてもらいたい。……“魔王”になると先の大戦の獣王のようになってしまっては……取り返しがつかない。それも不安要素の一つだ」

「だが、俺は“魔王”になるつもりはない」


 言い切ったラズを見てエリュシオンは口をつぐんだ。

 けれどすぐに、深々とため息をついて、


「ラズ、お前は先ほどデザイナーズチャイルドと接触したな」


 全員の視線がラズに集まる。

 僕も、さっきラズがどこかに行ってしまった事しか知らなくて、不安を掻き立てられる。

 さらにエリュシオンが、


「そこで“魔王”に誘われたな? 様子見でつけさせていたものがいて、そのものが全部聞いていたし、見ていた。ラズが今は一番狙われやすいからな」

「……そうか」

「ああ。こうして接触して“誘惑”してくる以上、ここで待っていてもらった方がいい、それが我々の判断だ」


 強い口調で告げられて、ラズはそれ以上言い返せなかったようだ。

 しばらく沈黙してから、そこでカズキが話を変えようと、


「ま、まあ、難しい話はこれくらいにして、そう言えばリト、前から聞きたかったのだけれどどんな物を持ってこれたのかな?」

「う、うん、丁度、姉さんに布などを買ってくるよう頼まれて……あと、あの人達に僕、何かされているみたいなんだけれど、それにラズが触れようとした時に……隠しておいた本とか……」

「あ、うん……で、でも布とか見せてもらえるかな。すごい効果があるんだよね?」


 というわけで僕は、カズキ達に見せようとしたのだけれど、


「……エリュシオンみたいなことが出来るんだね、このリュック」

「? ラズが昔誰かが持っていたような気がすると言って作ってくれたんだ」

「そうなんだ。でもエリュシオンの能力は物を縮小して持ち運んだりできる能力だから、少し違うよ。……ラズは本当に色々な事が出来るようになっているね」


 ふと寂しそうに笑うカズキ。

 それにラズの表情に影が差すのを見て僕は、


「そ、そう言えば、僕の宝物……そっちにはどんな効果があるのか、ラズに見てもらっていなかった。教えてもらっていいかな?」

「……分かった」

「た、ただこれ自体はあまり見ないで欲しいな」

「? ただの布と本だろう?」

「え、えっとお願いします」


 僕はそうとしか言えなかった。

 けれどラズはそれで納得してくれたらしい。

 そして“鑑定スキル”で見て、


「“属性反転”、“魔法の固定”、あとは最上級の回復法と攻撃魔法のようだな」

「またなんだか凄そうな効果が……」

「だがこの布なんかで服を作ったら伝説の防具が作れそうだ」

「……この布とかレースを使ったら女物みたいになっちゃうよ」


 そんな話をしているとカズキが、


「そう言えば女物の服で思い出したけれど、今回は僕とリトとフレイで女の子の恰好をしていたけれど、昔は全員女装したんだよね」

「……ラズも?」


 そう問いかけると、カズキは頷き、


「ラズもエリュシオンも綺麗だったよ。今はここにいないノエルも。……唯一に合わなかったのはブラックベルだけだった」


 そういった話を聞きながら、あの筋肉ムキムキのブラックベルを思い出して、確かに似合わないなと思っているとふとラズが呟いた。


「……そう言えばカズキも綺麗だった」


 その時の声が優し気で、ラズの表情も……僕の胸がざわりとする。

 そこで、突然部屋の扉が開いた。


「大変です! 都市の東側の森で、“氷獣”が現れました! すでに討伐に向かっていますが……」

「わかった。我々もすぐに向かう」


 伝令の人に、エリュシオンはすぐに答えたのだった。


 










 “氷獣”が現れた。

 それを聞いてエリュシオン達はすぐにそちらに向かおうとしてラズも、そこに向かおうとするけれど……。


「ラズ、お前はここに残れ」

「……俺も戦える。エリュシオン達だけでも倒せるだろうが、手はあった方がいいだろう? それにここは都市。早めにけりをつけないといけないのでは?」

「……そうだな。今のお前がどの程度の力なのかを見ても良いかもしれない」


 何処かエリュシオンは苛立ったように答える。

 そして僕も先ほどのラズが、カズキが綺麗だったと言ったあの表情が、僕の中で不安となってくすぶっている。

 これは一体なんだろう、そう僕は思いつつも、他の人達が向かったので僕も歩き出したのだった。











 呼ばれた先に、それはいた。

 周囲には氷漬けにされた木々と、負傷した人を回収すしている人達……その先で戦闘が行われているようだった。

 そしてエリュシオン達は戦闘に向かう。


「リトはこの辺りで待っていてくれ」

「え? でも……」

「必要になったら呼ぶから」


 という事で、予備戦力? として一緒に様子を見に来たリフとフレイと僕は戦闘の様子を見ていた。

 ラズやエリュシオン達は基本剣を使い、カズキは魔法という様子だった。

 三人そろって息の合った攻撃。


 記憶にはなくとも、ラズが覚えている物があるのだろうか?

 僕の割って入れない過去の絆のようなものが見える。

 それにカズキは彼等と一緒に立ち回りが出来るようだ。


 彼の転移能力を使い次々と魔法攻撃を当てている。

 氷系の魔物であるから、炎の攻撃が多いようだった。

 赤い炎がちらつくそれを見ながら、ラズやエリュシオンが特に呪文を唱えずに攻撃しているのを目撃する。


 そこで苦々しそうにリフが、


「相変わらず特に呪文を使わずに魔法攻撃をするのか」

「あの~、もしかして呪文を唱えないで攻撃できるのって珍しのですか? ラズは珍しくないと言っていたのですが僕には引っかかっていて……」


 リフにそう聞くと、僕の方をじっと見てから頷き、


「ええ、高度な魔法使いでなければできない芸当で、あんな風に次々と無演唱で攻撃するのは異常と言えそうですね。それが今は三人ですがかつては五人……僕の苦労が分かるでしょう?」


 ため息をついたリフに、そう言えばこの人敵対してたっけと今更ながら思い出す。

 そしてその戦闘の光景を見ていたフレイが、


「やっぱり息があっている。……“英雄”の一人だ」

「そうなんだね……でも、ラズの動きが何だかぎこちない気がする」


 ふと見ていて呟いた僕の言葉にフレイとリフが首をかしげる。

 でも僕にはそう見える。

 魔法に関して“抵抗”があるような……。


 そこで突如、氷の鋭い槍が発生して、ラズのすぐそばを通る。そして


「っ痛」


 完全によけきれなかったのかカズキの手の甲に一筋の赤い傷を作る。


「カズキ!」

「大丈夫! この程度……え?」


 エリュシオンがカズキの怪我に反応して焦ったような声を上げた。

 けれどすぐに、カズキと共に疑問符を浮かべる。

 彼らの傍にいたラズが、怒りをたたえた瞳で、表情無く“氷獣”を見ている。


 同時に、“氷獣”が凍り付いたかのように動きを止め、すぐに斜めにずれたかと思うと、いくつもの塊状になって周りに落ちていく。

 ラズは何をしたのだろう?

 それは分からないが、以前ブラックベルと“炎獣”との戦闘の時は、こんな風ではなかった。


 嫌な予感がする、そう僕が思っているとそこでエリュシオンがカズキのけがを治しながら、疑惑の目を向けていた。


「初めから、一瞬で“氷獣”を倒せるのに出し惜しみをしていたのか?」

「……違う。ここまで出来るとは思わなかった」

「……“嘘”だ。最後に私達がラズに出会った時は……どうして戦闘の時にそれを使わない! それも、カズキが怪我をした時だけ……お前は今も……」


 段々と声が小さくなっていくエリュシオン。

 そしてうつ向くラズは自分の手を見ている。

 そこで僕は“黒の石板”を列車で回収した時にラズが意図せず強い結界を呼び出したことを思い出す。


 あの時と同じで、そしてこれはケリュケイオン達が言っていた“危うい”を示しているのではないのか?

 ラズ自身の制御から離れている、そんな不安を抱えながら僕はラズの元に向かい、エリュシオンとラズの間に僕は入り、エリュシオンと向かい合う。


「ラズは、記憶喪失の影響もあって、まだ力を正確に把握していないようなんです」

「だが、今使って見せたあれは……」

「それに力のタガ少し今は外れているだけで、この前のブラックベルと一緒に“炎獣”を倒した時はこんな風なことは出来なかったのです!」

「……力のタガが外れて危うい状況、か」


 エリュシオンはそう小さく呟き、それ以上は何も言わずにその場を去って、他の戦闘をしていた人たちと話をし始める。

 カズキもエリュシオンとラズの方を見比べてからエリュシオンの方に向かう。

 そこで、そこまではなれていないせいだろう。


 口々に、心無い言葉が彼らの兵の間で聞こえる。

 竜族だから、わざと手を抜いたのでは。

 本当はエリュシオン様に怪我をさせるつもりでは。

 

 一緒に居るカズキ様を、忘れられないのでは。

 だから力を隠していたのでは。

 竜族のやりそうなことだ、彼ら利己主義者だ。


 そう言った竜族への悪い感情が、彼らの口からあふれている。

 どういった事が彼等と竜族の間にあったのかは分からないけれど、ラズは確かに“氷獣”を倒したというのに。

 一言言ってやりたいような感覚に落ちいた僕の背後から、誰かが覆いかぶさってきた。


「ラズ、重い……」

「……どうして竜族に、こんな悪感情が多くなっている? 前はこんな風ではなかったのに」

「そうだったんだ。また、何か思い出したの?」

「……ああ。……兄さん」


 不安そうにか細い声でラズが呟く。

 彼の兄達も含めて何をしているのか、大丈夫なのか? ラズは不安なのだろう。

 そこで僕は気づく。


 抱きついてきている、ラズの手がほんのりと薄くなって、あのケリュケイオン達のような“幽霊”のようになっている。

 僕はぞっとして、そのラズの手に僕の手を重ねると、ラズが小さく弱音を吐く。


「もう俺は彼らの仲間じゃないのか。記憶にないから、俺の中では友情といったものが欠落しているのか……でも、信じてもらえなかった」

「ラズ……」


 そこで僕達に近づいてきたリフとフレイ、そこでリフがラズの様子に気付いたようだ。


「……うっすらと消えていますね。そして先ほどの会話は聞こえていましたが……もしかしたなら、ラズ、貴方は“約束”があったからラズは戻って来れたがそれが、“友との絆”であったがために途切れかけて、あの、ケリュケイオンのような状態に戻ろうとしているのかもしれません」


 そんな、衝撃的な事を呟いたのだった。











 結局僕にくっついていたらラズは元に戻ったらしい。

 ここは僕達にあてがわれた客室だ。

 あれからなんやかんやでこの部屋に僕達は戻ってきて休むことに。


 ラズはいつものように微笑んで僕に抱きついたりしている。

 けれどふっと悲しげな表情をして、


「……兄さん達の手助けをしたい。そのために接触ができないか。こんな風に竜族に対して悪い感情が溢れているのは……よくない」

「でもラズの事を狙っている別の勢力があるなら、ここにいた方がお兄さんの迷惑にならない……かも」

「何もせずここで待つのか? 力があるのに」


 小さく悔しそうにラズが呟く。

 そこで待ったうっすらとラズの手の色が薄くなり、僕は慌てて手を握る。


「僕は、ラズと一緒に居たいよ」

「リト……」

「ラズがカズキを気にしているのは知っているけれど、ラズと僕はもう少し一緒に居たいな」


 僕がそう告げるとラズは黙ってしまった。

 そして次にラズは僕を見て、


「俺は、そんなにカズキを気にしているように見えるのか?」

「え? えっと、なんとなく優し気に微笑んだりしていた、かも?」

「……カズキは、リトに似ているから、重なる」


 その言葉に僕はどう答えればいいのか分からなかった。

 だって、それでは僕は……。


「僕は、ラズにとってカズキの“代わり”なのかな?」

「それはない。俺が一番好きなのは、リトだし。……大好きだから、守りたいし、怪我はさせたくないと思う」

「そ、そうなんだ……」


 僕は、そうとしか答えられなかった。

 だって僕は、もしかしてラズがカズキを……そう思ってしまったから。

 嬉しいといった気持ちが僕の中で生まれて、そんな僕の頭をラズが撫でてくる。


 心地よさにぼんやりしているとそこでラズが、


「……これから何があっても、また、リトは俺と一緒に居てくれるか?」

「? うん、もちろんだよ」


 僕は自然とそういった言葉が口から出た。

 それにラズがいつも以上に嬉しそうに微笑んで僕を抱きしめる。

 それから耳元で、


「……戻ってきたら、リトに伝えたいことがある」


 何かを決意したような声で僕に告げる。

 僕は、得体のしれない不安を覚える。

 そしてラズは僕から離れて、部屋の外の扉に向かっていき、


「ラズ、何処に行くの?」

「……外の空気を吸ってくる」

「……嘘の気がする」


 僕がそう返すと、ラズが小さく笑った。


「リトは俺をよく見ている。……“正解”だ」


 そこで、僕の意識が急激に遠のいたのだった。  








 そしてドアの方に向かおうとしてから、すぐに窓の方に踵を返して窓を開けた。

 空は濃紺の布を広げたようで、雲一つない。


 涼やかな夜風がラズの頬を撫ぜる。

 抜け出すには丁度いい天気だとラズは思い、そこでもう一度振り返りリトを見る。


「必ず戻ってくるから少しだけ待っていて欲しい」


 そう小さく呟き、ラズは窓から地面に向かい、飛び降りたのだった。









 僕は、どれくらい眠っていたのだろう?

 誰かが僕の体を揺さぶるのを感じる。


「リト、起きて、ラズが!」


 焦るようなフレイの声に僕ははっと目を覚ました。

 そう言えば僕は、意識を失う前にラズが何かをしようとしているのを感じ取ったのだ。

 僕は胸騒ぎのようなものを覚えているとそこでリフが、深々と嘆息し、


「エリュシオンやカズキが今部屋の外で待っています。またラズが“無茶”をしたと怒っています」

「“無茶”?」


 嫌な予感がして僕はそう聞き返すとリフは、


「ラズが、デザイナーズチャイルドの一人と、先ほど接触したようです」


 そう告げたのだった。









 一人で都市に出てくれば、何処からともなく現れるだろう……そんな適当な理由でここに出てきたが、あの様子では俺がどう感じているのか、出てきたのもすでに気づいているのだろうなとラズは思った。

 案の定、少し人けのない道を歩いた先で、黄色い魔法の明かりがともる街灯の下に白い髪の男が立っている。


「そろそろいらっしゃる頃だと思いました」

「……全部筒抜けだな」

「ええ。この程度であれば」


 笑顔でそう答えるエウロパ。

 そして確信めいたた表情で、


「それでは、“魔王”になって頂けるのですか?」

「構わない。気に入らなければ……今の俺ならきっとそれも含めて、お前ごと叩き伏せれるだろうからな」

「それはそうでしょうね。貴方は、あの方達と同じですから。ですがそうなると、“あれ”を使う機会がありそうにありませんね」

「“あれ”?」

「昔の古い魔法文明の遺産であり殺戮兵器のような物でしょうか。いざとなったら“使おう”かと思っていたのですが、ラズ様が来られるのであれば必要なさそうですね」

「……俺の故郷で本当に何をする気なんだ」

「単に、貴方のお兄様に“害”を成す方々を一掃しようかと思っただけです。邪魔ですし」


 邪魔と言い切ったエウロパを見て、自分にあだ名すものは事務的に排除するのだろうかとラズは思う。だが、


「敵対勢力の中には、貴方のお兄様に懸想する方もいますから一緒に抹殺してしまおうと思ったのですが、残念です。ですが貴方のお兄様に似ているラズ様が我々の新しい“魔王”になって頂けるならそれはそれで……」

「……一つ聞いていいか?」

「何でしょう?」

「お前は、俺があの人達と同じだから“魔王”にしたいのか? それとも兄に似ているからなのか?」

「? もちろん、あの方達と同じだからです」


 不思議そうにエウロパが返してきて、変なニュアンスが前からあったようだが、気のせいかとラズは思った。

 だが妙なものを感じて、この推測が当たっていたらいたで嫌なような気がしながらラズは、エウロパに問いかける。


「エウロパ、お前は俺の兄が“好き”なのか?」

「“好き”ですよ。それが何か?」


 あっさりと答えたその答えにラズは少し考えてから、


「どちらの兄だ?」

「長兄の方ですね」

「ナイン兄さんの方か」

「はい」


 笑顔で答えるエウロパにラズは以前聞いたケリュケイオンの説明を思い出しながら

、“間違っているじゃないか”と心の中で悪態をついた。

 けれどそれをそのまま口にするのははばかられて、


「エウロパ、お前にはとても“感情”があるように見える」

「それは“嬉しい”ですね。ありがとうございます」


 目を瞬かせて、次に上機嫌に答えるエウロパを見ながらラズは、この“無邪気な子供”にも感じられてしまった危険人物に、


「それで“魔王”になる前に幾つか質問しても構わないか?」

「それは構いませんが、貴方を監視していた方が私との接触を知ったらしく連絡をしていましたから、それほど時間はありませんよ?」

「……それでまず、ケリュケイオンが言っていた話は本当か? お前達が古い魔法文明によって作られたデザイナーチャイルドであり“四賢人”の一人……」

「おや? そんな事を聞いたのですか。そう言えばあの方たちの中にそう言った名前の方がいましたね。あの方が仲間になる貴方に嘘はつきませんよ」


 その答えを聞きながら、ラズは聞きたいことを幾つも頭の中に思い浮かべ組み立てていく。そして、


「“魔王”になった場合、獣王のようになるのか?」

「人間でなくあの方達と同じ貴方が、力には溺れることなど“出来ません”。正気のまま巨大な力を制御しないといけなくなります」

「そうなのか。“魔王”になる過程は、あの獣王の物と同じだと」

「そうです」


 建てた仮説がその通りで、ラズは眩暈がする。

 だがこのデザイナーズチャイルドが本当の事を言うとは限らない。

 そもそも、縦横のようにできるのだとしたら、


「それで……獣王のように、兄さん達を“魔王”にする事は可能なのか?」

「可能です」

「それで、兄さん達を“魔王”にしたのか?」

「いいえ」

「何故? 手っ取り早いのでは?」


 そう質問すると、エウロパは困ったように笑った。


「彼、ナインにはそうなって欲しくありませんし、貴方のもう一人のお兄様のマリルにもそれを進めては、ナインに嫌われてしまう気がしましたから」

「……そうか。それでそのことはお前の仲間は知っているのか?」

「ええ。よく分からないがエウロパが言うならばそれでいいと。どの道、貴方様と関係のある方ですから、恩を売っておいて損はないだろうと仲間は思っています」


 それを聞きながらも、ラズはこのエウロパが本当に“感情”で動いているのか、“打算”で動いているのか、どちらだろうと考える。

 けれど、今はそれを考えるよりもさらに情報を聞き出さないといけない。


「お前達の目的は、“魔王”を作り出すことにより、“大災厄”を回避する事か?」

「それは最終目標です。ですが今度こそ、竜族である貴方であれば“魔神”として最上級の力を得られるのでは、と考えているのです」


 それを聞きながらラズは、


「俺が、制限が緩い……あの人達と同じだから、“魔王”に選んだのか?」

「幼子のような強い力を持った“魔王”を我々が望んでいるか、という問いには、“違います”とだけ答えましょう。むしろ竜族であったことも、我々の期待が大きくなっている部分でもあります」


 そこでエウロパは一度言葉を区切り、つづけた。


「我々は“魔神”を異界の言葉でユピテルと呼んでいますが、それはあの人達と同じものを示す“天空の神”からとっている言葉です。異界に行ってしまった彼らはこの世界の外、つまり天空の遥か彼方に行ってしまった事から“天空の神”になぞらえて、地上に降り立った“魔王”となった貴方方をそう呼ぶことにしています」

「異界の言葉か……お前達が5人目と呼んでいるのがそれか」

「そうですね。いつでも我々は“主”である“魔王”であり“魔神”でもある人物を求めているのです」


 その答えを聞きながら、ユピテルとはこのデザイナーズチャイルドの主であり、仲間であり、“魔王”という大きなくくりの中の更に一部である“魔神”を示しているのだと理解した。

 だがそうなってくると、


「俺が竜族なのが、期待が高くなるとは?」

「気象関係の力を竜族の王族は使うでしょう? それをさらに強め“世界”に影響を示す力……それは、“大災厄”を引き起こすきっかけを以前よりも強く修正でき、もしくは消失できるのではと、そう我々は期待しているのです」


 このエウロパが、意外なものを望んでいるのを聞きながらラズは、


「この“魔王”とはその“大災厄”を退けるために必要なのか?」

「はい、今までは延命処置のような事しかできていませんでしたが、今回は完全にそれを取り除けるのではないかと思っているのです」

「方法は決まっているのか?」

「大体の手順は決まっています。理論上はどうすればいいのかは分かっていますが、実際にやってみなければ分からないというのもあります」

 

 微笑んだエウロパを見ながらラズは、今の矛盾を指摘する。


「俺にどうこうできるのでは、魔法文明のあの人達がすでに何とかしているのでは?」

「耳が痛い話です。ですがあの方々と言えど万能ではありませんから。……我々は何度でもそれを、“挑戦”します」

「あの人達は挑戦しなかったのか?」

「それは……」


 そこで初めてエウロパが口ごもる。

 つまり彼等にも出来なかったことを、ここにいるエウロパはやらせようとしているようだった。

 とんでもない無茶な事をさせられそうになっている、そうラズは感じたものの、


「その延命措置には必要だと? そして今、他に候補はいないのか? そしてその延命措置は今すぐに始めないといけないほどに切羽詰まっているのか?」

「一つ目の答えは、必要です。二つ目は……私は望みません。三つめは、既に“炎獣”が生まれたりしている以上……今回やけに延命期間が短いですが、終わりは近い状況です」

「なるほど。それでその候補は兄達しかいないのか?」

「ええ、話を聞いてもらえる相手も含めて彼らが一番の適任になるでしょう」


 ラズは、自分がやらなければ兄達にその役目が回るかもしれないと気づいた。

 それならばラズがやるしかない。そして、


「“魔王”を引き受けたなら、すぐにでも兄さん達の元に案内してもらえるか?」

「もちろんですとも。それに、その状態になれば幾つかの制限が外れるかもしれませんので、ラズ様自身のお力で兄い様たちの所に戻れるかもしれません」

「そんなに強い力を手に入れるのか?」

「ええ、そうです。もっとも、本当であれば“逆鱗”に触れた状態で“魔王”になってもらい、いつも以上に力を強めた状態でその力を振るってもらう案もありましたが、この状況ではこれが一番上出来でしょう」


 そう答えられて、ラズは一瞬リトが大怪我をしたのではと感じたあの時の記憶が浮かび上がり、怒りを覚えた。

 だが今はこのエウロパに手を貸してもらわなければ、先の大戦のような状況に竜族はなりかねないだろう。

 だから危険な目は少しでも早めに摘まなければならない。


 問題がありそうであればラズの力でエウロパ事態をどうにかする、それだけの力が今はラズにはあるのだから大丈夫だとラズは自分に言い聞かせる。

 そこでもう2つ疑問が浮かび、問いかける。


「俺がここに来ないかもしれないと、お前は考えていたのか?」

「いえ、人間は、違うものを恐れて孤独になる。だからより近く、“同じ”物に集まろうとする。だから我々の方に集まるだろうと考えていました。そう言った理由からこちらでお待ちしていたのですよ」

「そうか……」


 それを聞きながらエリュシオンの“冗談”や、“氷獣”との戦闘の時の会話を思い出しながら、ラズは確かにそうだと気付く。

 長い歳月、“人間”を見てきたこのエウロパ達だから予測が出来たのかもしれない。

 ラズがこちらに来ると。


 そしてラズはそこで最後の質問をする事にした。


「どうしてそこまで、“大災厄”を止めようとする? この世界にすむお前達は、死ぬ可能性があるからか?」

「確かに不老不死と言えど“大災厄”ではここに居れば死にますが、一応は我々の“親”である博士が我々が大丈夫であるように……異界の一部に避難し、別世界に渡る手順は整えてくれています」

「そうなのか」

「ええ。ですが……この世界は、我々の“親”である“博士”が生まれた世界でもあります。ここでまた、かつてのように“博士”の仲間であるあの方達と一緒に居られるかもしれないと思うのです。だから、“大災厄”を戻せばまた昔のようになれるのではと考えているのです」


 意外な答え、そしてこのエウロパたちデザイナーズチャイルド達の“執着”に気づきラズは、


「恋いしいのか? “仲間”が」

「? よく分かりません。そう言えば、あの方々にはよく“怒られ”てしまいますね。“魔王”の“心”を“傷つける”ようなことをして、と」


 不思議そうにエウロパは言う。

 その辺りは“まだ”エウロパには分からないらしい。

 “魔王”の“心”を“傷つける”のはおそらく、まだこのデザイナーズチャイルドに感情がまだ希薄だから、その機微がよく分からないのかもしれない。


 けれで今聞いた範囲では、


「本当に感情があるように見えるな」

「そうですか? またそう言ってもらえて嬉しいです。ですが、そろそろ“魔王”に変わって頂いてもよろしいですか?」

「分かった。それで、俺はどうすればいい?」

「私の手を握って頂ければ、すぐにでも」


 そう言って、エウロパが自身の手を差し出す。

 それをラズが、一瞬躊躇しながらも握る。

 冷たい手だった。 


 けれどすぐに、体に何か電流のようなものが大きく走る。

 体が微かに弛緩して、同時に自分の中の“何か”が変化して、脳裏に幾つもの光景が浮かび上がる。 


………………思い出した。


 そこでエウロパの手が放されて、ラズに問いかける。


「これで終了です。いかがですか?」

「ああ、全部思い出した。俺がどうして、こうなったのか」

「あの方達の仲間入りをしたのか、ですか?」

「そうだ。……カズキに振られたのもあり自棄になって自分がその役目を背負ったはず」

「そうだったのですか。……どうやらギリギリ、彼等の邪魔が入らずに済んだようです」

「……そうだな」


 エウロパのその言葉にラズは、やって来た人物達……その中の、焦ったようなリトの顔を見て、微笑んだのだった。












 ラズが、デザイナーズチャイルドたちと一緒に行ってしまった。

 それに衝撃を受ける僕だけれど、


「あの、僕が今まで過ごした場所の経験を、前にカズキにコピーしました。……だから、これまで僕がたどった場所や、浮遊大陸近くまでカズキの力で移動できるはずですが、どうでしょうか」


 そうすればすぐにでもラズを追いかけられる。

 それこそ今すぐにでも……そう焦る僕の肩を軽くリフが叩き、そしてフレイが手を握る。

 それからカズキが、


「リト、落ち着いて。……とりあえず一旦、城に戻ろう」

 

 そう言われて僕達は城に戻る。

 部屋の中の一室に一同集合している状態だ。

 今後の予定について話し合うつもりだが、どうやらエリュシオンの“仕事”の調整が先のようだった。


 そう言った理由から今は誰も話し合いをしていない状況だが、僕はそわそわしてしまって、ラズの半身である球を眺めたりしている。

 そこでふと気づいた。


「そうだ、カズキの転移能力をコピーすれば……」

「リトは戦闘が得意なの?」


 フランにそう言われて僕はそれ以上の反撃が出来なくなってしまう。

 ラズ……しかも“魔王”になってデザイナーズチャイルドについていってしまうし、大丈夫だろうか?

 そう僕が思っているとエリュシオンが、


「明日、浮遊大陸に向けて出発する。実際の状況の確認作業も兼ねることにした。浮遊大陸に最も近い場所の前に、シエルの泊まっていた宿なども事前に確認して、現地の状況も確認する。……今日は、“氷獣”等の件、ラズの件も含めて、皆疲れている。一晩眠り、頭を冷やしてから行動する。また、夜のうちに必要な物があればこちらで用意するが……」


 そう言った話をする。

 でも僕はどうして今日じゃないんだ、すぐに行かないんだと、焦る気持ちでいっぱいになってしまう。

 それが顔に出ていたのかもしれない。

 

 フレイが心配そうにのぞき込み、


「リト、今日は一緒に寝る?」

「……大丈夫」

「そうは見えないけれど……分かったよ」


 フレイがそう言って、離れて行ったかと思うと何かを持ってきた。

 そして、しゅっと何かを僕の顔にかける。

 何をする!


 そう僕は思ったけれど、


「リトは今何をするか分からないから、ごめんね。連れて行くから今日はゆっくり寝て、頭を休めようね。動揺しているから」


 フレイのその声を聞きながら、ラズといい、フレイといい、僕の意思は……と、消えていく意識の中で僕は思ったのだった。









 次の日の朝、僕は目を覚ました。

 

「……フレイ、酷い」


 そこで背伸びをして、自分の首にまだラズの球がかかっているのを確認した。

 ラズは何をしているのだろう、そんな不安を覚えながら僕は起き上がる。

 と、僕の扉を叩く音がした。


「リト、起きている? エリュシオンがそろそろお起こして食事をしてから、リトを連れて行こうって話になっていたけれど」

「! 起きてます!」


 僕はそう答えて慌てて起き上がって支度をする。

 それからフレイと一緒に食事をする場所に向かい、それからエリュシオン達からまず、シエルのいたあの港町でシエルの泊まっていた宿を軽く確認するといった話になる。

 何かシエルの痕跡が残っていればいいが、とエリュシオンは呟いていた。


 そして付け加えるように、更にラズまで好き勝手行動して俺の心労をさらに増やす気かと言っていて、カズキに慰められていた。

 その様子を見ながら僕は、この二人は恋人同士なんだなと思いつつ、ラズはカズキを好きだったみたいだけれど、今は、僕の方を好きみたいだけれど、でも、置いていくのは……と僕は悩み始めてしまう。

 ここに来て初めて出会った相手で、僕はラズと一緒に居て、僕は、ラズがいないとこんなにも“不安”になってしまう自分に今更ながら気づいた。


「ラズは取り戻す」


 小さく僕が呟くとそれを聞いていたフレイが、そうだねと答える。

 そして僕達は、カズキの力を使い、まずはシエルと初めてであったあの港町に向かったのだった。









 “アポートスの町”に僕達はやって来た。

 以前と変わらない潮風の吹く穏やかな港町。

 何も変わってはいないけれど、


「とりあえずうまく転移は行ったみたいだね。町を見下ろせるいい場所にやって来たね」


 そうカズキが言うのを聞きながら、僕は、ここって僕がトマトケチャップで大変なことになった場所だよなと思った。

 でも良い眺めだねとカズキやエリュシオンが言っているので僕はそれ以上何も言わずにいた。

 いきなり町中に現れても不審者と思われてしまうので、ちょっと離れた人があまりいなさそうな場所を地図で確認して決定したのだが……まさかここになるとは思わなかった。と、


『くすくす』


 笑い声が聞こえて周りを見ます。

 また、あのケリュケイオン達がどこかで見て嗤っているのかもしれない。

 そういえば以前もうっすらと声が聞こえていたりした様な気がする。


 ここや始めに僕がやって来た場所は、魔法文明に近い場所であるのかもしれない。

 だから、彼等の声が聞こえるのだろうか?

 そう思っているとそこで、


「リト、早速だけれどシエルの泊まっていた宿に案内してもらえないかな」

 

 カズキに言われて僕達は歩きだす。

 大戦が終わったとはいえ、カズキはリフやフレイに話しかけるのは何処か苦手のようだった。

 そして宿にやってくると、前払いの料金が払われているので未だに宿はそのままにしているが、借りている人が戻ってこないと宿の主人に言われ、適当な理由を説明しておく。


 また、自分達は彼の友人で、そこにある物の幾つかを回収してきて欲しいと言われたのだ、といった話も伝える。

 以前、シエルの部屋を僕達が訪れたのをここの主人が知っていたので、その辺りの話はすんなり信じてもらえた。

 そしてシエルの部屋を探してみたけれど、


『くすくす』

「またケリュケイオン達の笑い声が聞こえる。あ、もしかして質問したら答えてくれますか~」


 ふと僕は気づいて、その声に問いかけると、何もない空間から紙が一枚落ちてきた。

 そこには“審議中”といった文字が書かれている。

 どうやら彼等の中でお話合いが行われているらしい。


 と、そこでふっと天井から見覚えのある人物が顔を出した。


「ケリュケイオン!」

『うん、この前僕が一番いい思いをしたから、説明関係の面倒ごとを押し付けられちゃった……』

「答えてくれるんだ」

『ラズはリトを好きで、リトがラズを好きみたいだからね。それに僕達が異世界人を呼んでこうやって動いてもらっているわけだから、少しはお話しておこうかなって』

「でもこの世界を楽しんでね、なのにこんな風になるとは思いませんでした」

『うん……まあ、気に入ってもらってちょっとお手伝いしてもらえないかな~、といった打算も僕たちにはあったからね』

「打算ですか?」

『うん、以前……君の世界ではアプリと呼ばれる異世界召喚と、その時の……難しい説明を省くとして、特殊能力チートを持たせてこちらに送るんだけれど、その人の選択した能力と、その人の性質が最大限に組み合わさるとその特殊能力チートが強く発現しやすいんだ。そして君の選んだコピー能力は“修復”に使える。事前に性格などの様子も見て選んだ人の中で、君が一番僕達の“望み”に適応していたんだ』

「“望み”?」

『……もう話してもいいかな。どう? いい? うん、分かった。えっとね……僕達にとっては“大災厄”って、決定的な修正が出来ない状況なんだ。これが前提条件だよ』


 そう言うのを聞きながら今までどうしてそんなものを放置してきたのか、そしてこの人達はと僕は思いながら、


「何でも出来るといったそんな存在だったのでは?」

『うーん、赤ん坊にとっては、大きくなった方の人の方が“何でもできる”ように見えるでしょう? でも、いざ大きくなってみれば、“出来る事は限られている”と気づく、そんな状態かな。それでも今のこの世界の人達の中では、“一番出来る事が多い”から“神様”と同じような扱いだけれどね』


 そこまで話してから、ケリュケイオンは天井付近をくるりと円を描くように飛んでから再び宙を漂いつつ、


『それでその決定的な修正が出来ない状況というのが、この世界の存在の欠陥のせいなんだ。つまりこの世界には“足りない物”があるんだよね』 

「“足りない物”ですか?」


 どうやらこの世界を構成するうえで必要不可欠なものが無いらしい。

 よく分からないのでそのまま黙って僕は話を聞く。と、


『“足りない物”は僕達がその存在に気づく前に壊れてしまったものなんだ。魔力の“属性変換”といった機構で、“闇の魔力”が多すぎた場合“闇の魔力”を“光の魔力”に変換するものなんだ。でもそれが壊れたせいでこの世界は“不完全”な形になり、“大災厄”といった形で崩壊しかかっているんだ』

「“闇の魔力”というと“魔王”に関係するのですか?」

『うん“魔王”によって過剰になったその力を受け流したりといった措置が、幾らか行えるようになるんだ。といっても詳しい説明というか細かな理論があるからその辺は省くけれど、この世界にもう一度戻ってきた時が一番、それが出来るんだ』

「でもこれまでも何度も“魔王”は現れていましたよね?」

『“魔王”はただの延命措置でしかないからね』

「それの手伝いをし続けるのは、やはりケリュケイオン達がこの世界に愛着があるからですか?」

『それもそうだね。僕達の世界はここだからね。それにあの子達……僕の仲間が作ったデザイナーズチャイルド達も気になるし。あの子達も、僕達がここに戻ってきて欲しいといった感情がうっすらとは芽生えているようないないような感じだから、時々見守ってはいるんだよね』


 といった説明を受けた僕は、この凄い知識と力を持つ人であるえりゅ警音を見ながら、


「今の話を聞いているとケリュケイオンも随分と人間のような感情があって、“欲望”のようなものがあるのですね」

『うん。その辺りを間違えられることは結構あるけれどね。今の所までの説明で何か聞きたいことがある?」

「あ、僕がまず聞きたいです」

『リトが聞きたいんだ、だったらサービスしちゃうよ~』


 その言葉を聞きながら、この人達は一体どこでこんな言葉を学習しているんだろうと僕が思いつつ、


「僕のその能力で、その壊れた世界の部分を修正して欲しい、という事ですか?」

『もし出来るならそこまでして欲しいけれど……今まで見た範囲では難しいかもしれない。それにあまりにも古すぎて、そのせいでリトが再生できるかどうか。その“属性変換”機構が壊れてもう残っていない状態で、しかも認識しないといけない規模が大きすぎるから。もし出来るならそれでいいのだけれど、そちらは宝くじを買うような条件かな』

「では別の目的があると?」

『うん、“大災厄”の変化の修正程度であればリトでもできるから。だからこの世界を楽しんで愛着を持ってくれないかなって。それが一番の目的、そしてもう一つ、可能であればして欲しい目的があったんだ』


 にこにこと笑いながらケリュケイオンは一度言葉を切り、


『以前の“属性変換”機構の代替物をコピー能力で作成し、維持に回せないか、といった案があってね。そしてそれを行ってから後にゆっくり調べていき、どうしてそれが壊れたのか、再生可能化の検討を行なおうといった話になっていたんだ。それが君をこの世界に呼んだ“能力”といった意味での理由』

「? “能力”以外で、僕をこの世界に呼んだ理由があるのですか?」

『……もう言っていいかな。事前にどの子がいいかといったものもこちらから事前調査をしたのだけれど、その辺りの記憶はまだラズは思い出していないのだけれど……この子が、リトがいいってラズが指名をしたんだよね。それで時間差はあるけれど、この世界にリトを呼んだんだ』


 ケリュケイオンがどことなくニマニマしている気がするが、だが、そうなってくるとラズは僕が知らないうちにこう……。

 新たな情報に僕が頬が熱くなっているのを感じているとそこでケリュケイオンがさらに、


『そういえば船酔いしていた時ラズは、酔い止めの薬を口移しでリトに飲ませていたよ。あれは“キス”だね』

「!」

『海をわたる時、竜族の傍受、妨害系の魔法の影響があって、船酔いみたいなものにリトはなったみたいだね。呼んだ人によって影響は異なるけれど、リトはそういったものに弱かったみたいだね。だからカズキに転移の魔法でここまで連れてきてもらえて良かったね』

「……そう言えばシエルが、ノイズが入って通信が出来ないって話していた時があったような」

『そうそう、竜族のそれの影響だよ。ゴンドワナ大陸の方に連絡出来ないように、そしてどういった行動をしているのかこちらの情報を集めていたんだ。元々ここ一帯も昔は竜族の支配地域だったし、今だって列車の類は作らせいないのは有名だしね』


 ケリュケイオンの話を聞きながら僕は、列車の話は以前リフに聞いていたから僕も知っていた。

 でもそれを考えると、


「竜族は結構、魔法文明の技術を使っているのですか?」

『うん、そして改造したり、再現したりと色々やっているね。以前リト達が入り込んだあの泉の観光地も、一部竜族が改造した後があったでしょう? 古代の竜族の文字。あのあたりも全部元々は竜族の支配地域だったんだけれど……“浮遊大陸”を、僕達の技術を一部流用して作った後はそちらに移動して、究極の“引きこもり”状態になってからは地上にはあまり降りてこなくなったね。元々はあれも“大災厄”対策だったのだけれど、もうみんな“忘れて”いるようだね。その技術部分も古くなって大変なことになっているようだし。それらが複雑に絡み合って、竜族の内部は二つに分かれて抗争、それにラズ達も巻き込まれていると』

「え?」

『ちょっとサービスしすぎたね。話は大体ここまで。……魔法文明の影響が強いからここや、多分リトが一番初めにいたあの町でも僕達は姿を現せられるから、もし何かあった時は、状況によっては手助けするよ。じゃあ……』


 そこで消えようとしたケリュケイオンに僕は、あと一つ気になる事を聞くことにする。

 以前ケリュケイオン自身が言っていた事だ。つまり、


「あと一つ質問があります。以前列車でケリュケイオンにあった時、“魔王”になると傷つくと聞いた気がするのですがラズは大丈夫でしょうか?」

『あれはその……あのデザイナーズチャイルドは感情の機微がその、ね? うん、なんというかこう……悪気はないんだけれど、“魔王”のためを思ってした行動が……ね。そう言った意味でもリトは“気を付けてね”』


 ケリュケイオンは言葉を濁しながら言うが、そんな風に言いつつ僕に忠告されてもどうしろというんだと僕は思った。

 それだけ言うと、ばいばーいと言ってケリュケイオンはいなくなってしまう。

 色々な話が聞けたものの、中途半端な気がした。


 けれど現状ではラズと合流しない事には、そのケリュケイオン達の望みや“大災厄”がらみの話はどうにもなりそうにない。

 そこで部屋の扉を叩く音がした。

 誰だろうと思っていると、扉の下の方から紙が入れられる。


 その紙には、エウロパといった名前が書かれている。

 デザイナーズチャイルドの一人のなまえだ。

 そしてその紙に書かれていた内容は、


『ラズ様は浮遊大陸にいますよ。ブラックベルやシエルと一緒に居ます』


 読み上げたリフが即座に扉を開けて左右を確認するも、


「誰もいません」


 それに苦々しそうにエリュシオンは呟いた。


「我々の動きは筒抜け、か。不愉快な招待状だ」


 そう言ってから、もうこの部屋には特に調べる物はなさそうだといった話になり、僕が一番初めに降り立った町に移動することになったのだった。










 こうして僕達は、僕とラズの出会った始まりの町にやって来た。

 一番初めにやって来た町で、色々ありすぎたせいか酷く昔の事のように思える。

 しかも、町の人に聞いた話によると、


「“浮遊大陸”とは、元々は一週間に一度定期便が出ていますが、最近は検査が厳しく、浮遊大陸のギルドは、竜族以外は避難したらしいと聞いています。何でも竜族の方の過激派が、竜族以外に辛く当たるため避難したといった話が流れていましたね」


 といった話を聞き宿で休みを取ることにしたのだけれど、そこでカズキが、


「リト、フレイ、後ろ!」


 そこで僕は振り返る。

 鮮やかな赤い髪と青い髪。

 見覚えのあるそれにぞっとして、けれど目の前に伸ばされた手で視界をふさがれ……そのまま意識を失ったのだった。







 エリュシオンとリフは、はじかれたように叫ぶカズキの声を聞いた。

 慌てて窓の外を見ると、そこには以前遭遇したデザイナーズチャイルの二人が、丁度リトとフレイを捕らえ消え去る所だった。

 カズキが焦ったように二人の名前を呼んでいて、そしてエリュシオンも突然のことに理解が追い付かない。


 だがすぐに、エリュシオンはすぐに別の危険人物に気付く。

 エリュシオンはリフの方を見て、


「気持ちはわかるが、落ち着いて……」

「落ち着いていますとも」


 そう、やけに感情のない声でリフが答えたのだった。








 フレイは目を覚ました。

 まず初めに目の映った天井は、白く滑らかだった。

 こんな照明すらない奇妙な天井は見たことがなかった。


 けれど簡素なものであるのに、町の宿屋といった物の作りとはまるで違っている。

 フレイが眠っているベッド自身も特に装飾もないだけでなく、壁自体も接合面が見えないくらいに滑らかで、窓以外には銀色の金属光沢のある壁に埋め込むように絵が一枚張られている。

 花畑の絵だった。


 長閑な青空の下で、色とりどりの花々が描かれているが、それを少し見ているとふわふわと黄色い蝶が飛んできて、そのまま絵の外に消えて行った。


「……」


 しばらく呆然とフレイはその絵を見ていると、次に白い雲が流れていく。

 まるで映画のフィルムのように、ただの絵であるはずなのに刻々と世界は変化している。


「何、これ」


 わけの分からない奇妙な部屋と絵。

 あまりにも不気味なそれに、フレイはそっとベッドから起き上がり周りを見渡すと、ベッドのすぐそばに靴が置かれていた。

 その靴を履き、この奇妙な絵や半だろうと思って様子を見るべく、フレイはその絵のある壁と反対側の壁に向かっていき、そっと触れてみた。


 触れた場所から白い光の線が走り、壁が少しせり出す。

 衣装棚のような形に見えるそれには取ってのようなくぼみが出現していた。

 試しに開いてみると、中は壁と同じ銀色だが、猫耳のような柄の水色のパジャマがかかっていた。


 他には、どことなく竜族が来ていそうな服が何枚かかかっている。

 とりあえずその扉を閉じて、フレイは他の壁の部分に触れる。

 すると今度は扉が一枚の小さな棚のようなものが現れる。


 そちらもとってのくぼみに手を入れて引くと、その扉は先ほどの物よりも厚く、中からはひんやりとした空気が流れ込んできた。


「冷蔵庫みたいだ。しかも飲み物や固形の食べ物はあるけれど、全部、青色……の紙で包まれているだけなんだ。……でも何だか気持ちが悪い」


 そう呟いてフレイは冷蔵庫の扉を閉めた。

 と、扉の方から、トントンといった音がして、


「一体誰に合わせようとしているんだ?」

「いえいえ、すぐに分かりますよ」


 そんなラズと、見知らぬ人物だが何処かで聞いた事がある気のする声と共に、部屋の扉が横に引かれていくのをフレイは見た。

 現れたのは白い髪の笑顔に美形の男と、そして不機嫌そうなラズだった。

 そこでフレイはラズと目が合った。


 しばらくの沈黙の後、ラズが、エウロパの胸ぐらをつかみ、


「……どういうことだ?」

「ご説明しますから、放していただけませんか」

「……分かった」


 怒りを抑えるかのようにラズが言うとエウロパが、


「戦力が多いとよいのでは、という理由もあり連れてきました」

「……」

「そしてラズ様が、あのリトという異世界人を酷くお気に入りのようでしたので、真の実力を出してもらうに飼腫れの存在がラズ様の傍にいた方が良く、本当は連れて行きたいのだろうと思い、連れてきました」

「……お前、死にたいのか?」

「? 何がでしょうか?」


 エウロパはそこで笑顔のまま答える。

 だがそれにラズはさらに苛立ったように、


「危険だから遠ざけたというのに」

「今のラズ様のお力をもってすれば、そんな危険はないと思えますが」

「……“魔王”としての力が強くとも、“もしも”の事がある」

「考え過ぎではないでしょうか? 今までの“魔王”の方々は、恋人と一緒におり、余裕で守っていられましたが」

「だが……」


 ラズが言い返そうとすると、


「好きな相手は“一緒に居たい”物でしょう? 何故、“遠ざける”のですか?」


 心底不思議そうな顔でエウロパはラズを見る。

 そこでフレイも、そしてラズも、このエウロパが、その恋人を危険にさらす危機について“理解できていない”のだと気付く。

 価値観の違いだろうとフレイは思ったが、ラズはその辺りの感情の機微がエウロパにはまだ育っておらず、そう言えば“魔王”がこのデザイナーズチャイルド達に心に傷を負わされると聞いた気がしたがまさか……と思った。


 とはいえ、今は手を組んでいるエウロパに関しては自分にも責任があるとラズは考えて、


「フレイ、すまない。まさかたった二日でこんな事になるとは思わず……危険が無いようにはするから、安心して待って欲しい。何であれば、今すぐにでもリフ達の所に……」

「二日たっているなら、今日、リフ達は定期便でこちらに来るはずです」

「……なんだって?」

「以前、リトの経験をカズキにコピーしたから、今の話だと昨日にはこのすぐそばの町までエリュシオン達と一緒に来ています」

「なんてことだ……定期便の時刻は?」


 そこでラズが小さく呟き、何かを調べ始めた。

 そしてあと一時間しかないと呟いてから、


「とりあえずここにリトも連れてくる。それからエリュシオン達に渡して……こうなったら、事情を説明してこちらで“保護”する。こんな大変な時期なのに……」

「お仲間なのですから、手伝って頂けばいいのでは?」

「……これは竜族の問題だ。“仲間”をそれに巻き込んで危険にさらすわけにはいかない」


 そうラズは言い切り、次にフレイを見て、


「ここで休んで待っていて欲しい。確かここには客用の部屋で服などは一通りそろっていたはず。飲み物や食べ物、それは自由にして欲しい。お手洗いなどは、一番端のその壁に触れると……」

「食べ物のような物ってあの、青い固形物や、入れ物に入った物?」

「青? そう言ったものもあったが色々な色の物が混ぜておいてあったはず……」


 ラズが不思議そうに呟くとそこでエウロパが手を上げる。


「私が全て青色に統一しておきました。違う色が混ざるよりは同じものが集まっていた方がいいかと」

「……だそうだ」


 疲れたようにラズが答えるのを聞きながら、やはりデザイナーズチャイルドは感覚が違うようだとフレイは思う。

 そこでラズが、


「だがいつまでもここにいるよりは……リトに会いたい。そしてここに連れてくる。案内してくれ」

「……分かりましたが、場所だけでよろしいですか? “お二人”のお時間を邪魔したくないですから」

「……そうだな。リトを見たら怒りで、エウロパ、お前を殴りかねないからな」


 ラズがそう答えると、エウロパは困りましたねと、苦笑のような表情をしたのだった。









 謎の部屋にとらえられた僕はラズを見て安堵する。


「た、助かった、本当に何をされたのかと」

「……俺も何が起こったのかと思った」

「あ……うん。でもこの体で誰かを慰めろみたいに、デザイナーズチャイルドの一人らしき人に言われて……」

「……エウロパ」


 頭痛がしたようにラズが呟くのが聞こえた。

 その名前には覚えがあり、そしてデザイナーズチャイルドの一人だと思い出す。

 その人物が僕をこんな風にしてラズに差し出そうとしたらしい。


 と、そこで僕は自分の恰好に気づいた。


「……なんだか僕、凄くえっちな服を着せられている気が」

「俺もそう思う。目の毒だから早く鎖をはずして……着れそうな服を呼び寄せる」

「う、うん」


 そう言ってラズはすぐに鎖を解いて、ローブのようなものを僕に差し出した。

 持ってみると軽くて柔らかい布でできていた。

 それをかぶるとそこでラズが、


「まさかリトをここに連れてくるとは思わなかった。しかもフレイも攫ってくるし……それにもうすぐエリュシオン達もこの浮遊大陸に来ると……。こんな危険な場所に連れてきたくなかったし、巻き込みたくもなかったのに」

「で、でも僕、ラズのお手伝いがしたくて、それに心配で……あ」


 そこでラズが僕を抱きしめた。

 とても心地よくて安心すると思いながら僕もラズの背に手を伸ばす。

 しばらくそうしてからラズは僕から体を放し、


「こうなってしまっては仕方がない。……リトは、必ず俺が守るから」


 真剣な表情でそう告げるラズ。

 そこで僕は振動を感じたのだった。

  







 小さく振動がして、ラズが慌ててそちらに向かおうとする。だから、


「僕も行く!」

「リトは危険だから止めろ!」

「……今度は油断しないじゃら大丈夫!」

「……フレイ達の部屋に届けるには……だが今の振動のあたりで、エリュシオン達の魔力を感じる」

「え? もうここに来たの? 明日じゃ……」

「リト達が来てから一晩たっているらしい。あのエウロパが言うには、だが」


 それを聞いて僕は、何時の間にと思った。

 そしてラズが、


「転移を使うとこの“浮遊大陸”のこの“城”では“俺”を認識できなくなるかもしれないから使えない。……だが場所は近いようだから良かった。戦闘を止めさせて、事情説明と“保護”をしてやる」


 そう呟き、少しだけ“保護”という時にラズが意地悪そうに笑ったのを僕は見た。

 ラズも、自分の力に自信があるような、負けず嫌いな部分があるのかもしれない。

 そう思って走りながら僕は周りの廊下を見る。


 今の所竜族の、ラズ以外の人間とは会っていない。

 けれどこの場所の雰囲気。

 細かな装飾すらない単純な美しさを表現したようなこの場所は、僕達が想像していた“未来”に近い場所に感じる。


 中の構造もそう。

 それが浮遊大陸。

 ここがラズの住む故郷。


 もっと昔のラズが知りたいと僕は思う。

 “英雄”と呼ばれる前のラズの存在が知りたい。

 けれど今はそれどころではないから、聞けないが。


 そう思って僕はラズと一緒に走って……そこで、竜族と戦闘になっていたリフ達を目撃したのだった。










 時刻は、フレイが目が覚めた頃。

 丁度その頃、“浮遊大陸”の定期便に乗っていた。

 その船……魔力で浮かぶ船のようなものの中にエリュシオン達はいた。


 乗っているのは、この船の運転員である竜族と、乗務員である竜族のみ。

 悪い事は言わないから、戻るといいと親切に言ってくれた竜族の人もいたが、どうしても友人に関する事で会わないといけないからと言って、乗り込むことになった。

 そして現在船は出向し、小声でエリュシオンとカズキは話していた。


「まずは普通に検問を通り中に入れるか、だが……私の身分を明かして、それで通れるかどうかといった所でしょうか」

「うん、それが一番かな。エリュシオンは一応は王子様だから無下にできないだろうし」


 そう言った話をしながら、カズキとエリュシオンは一緒にリフの様子をうかがう。

 あの以前は敵だったハーフエルフは、フレイが攫われてからやけに大人しい。

 嵐の前の静けさのような物を感じるも、案外冷静にフレイの救出を考えているのかもしれないといった結論になり、そっとしておくことにした。


 そして、船が無事“浮遊大陸”に辿り着いて、そこの門の周辺に降り立つ。

 妙に武装した竜族が、“浮遊大陸”の玄関口のような場所に集まっているような気がしたエリュシオンだが、不穏なためにこうなっているかもしれないと考える。

 それよりも、と思いエリュシオンは周りを見回した。


 竜族の都市。

 10年先の魔法技術に満たされていると聞いたが、本当にそうなのだろうかと疑問を持つ。

 今たっている地面はなめらかで、幾つもの円の形をした青い線が引かれて、それを目印にして船は止まったようだった。

 

 そもそもこの空飛ぶ船と称するこれも、この“浮遊大陸”の魔法技術らしいが、こんなもの、一体どうやって作るのか?

 実際に目にして分かるこの“浮遊大陸”は、エリュシオンが想像する以上に“進んで”いて“異常”な存在なのかもしれない。

 そう思っているとカズキが呟いた。


「まるで僕達の世界の“近未来”を描いたような場所」

「そうなのか?」

「うん……時々ラズが不思議な答えを言っていたけれど、今ならわかる気がする。ここがラズがずっと暮らしていた場所だったんだ」


 カズキがそう呟き、周りを見回す。

 リフは黙ったまま大人しくついてきてくれている。

 それは今の所安心だがとエリュシオンはその時思っていた。


 だが、すぐにこの“浮遊大陸”の“門番”なる人物が、にやにやと嫌な笑い、


「お通しできませんな。たとえ王子様だとしても、それは出来ませんね」

「……どうしてですか」

「貴方が人間だからです。でる分には構わないんですが入るとなるとねぇ」


 そう言って他の人達と一緒に笑う。

 ここまで連れてきてくれた船の竜族が、どことなくやはりといったような申すわけ無さそうな顔をしている。

 すでに以前からこのような状態だったのかもしれない。


 だが、ここで引き下がるわけには……そう思っているとそこで、


「やはりこの便で来ましたか」

「予想通り、か」

「……ようやく普通の運動が出来る。事務仕事ばかりなのは辛かった」

「カリストは、エウロパに雑用を凄く押し付けられていたからね。そちらの方が得意だから」

「……イオとガニメデが羨ましかった」

「まあまあ、それで、今回は“案内”だけのはずだが」

「大人しくついてきてくれる方々ではないですよね」


 口々に話すその笑顔の三人組。

 美形の男達で、それぞれが鮮やかな、赤、青、緑色の髪をしている。

 デザイナーズチャイルド達がどうして今、目の前に現れたのか?


 だが、“案内”と言っていたが……と、エリュシオンが悩んでいるとそこで、


「どいてください」


 短く一言告げて、リフの周囲で魔力が膨れ上がる。

 エリュシオンやカズキが止める間もなく……元々リフは、“英雄”数人を独りで相手に出来る程度の実力者。

 この程度は容易だったと言えるが……。

 

 そこで一気にその三人に向かって、炎の塊が幾つも撃ちこまれる。

 いきなり巨大な魔法。

 あまりなその攻撃に、エリュシオンはリフに、


「リフ、突然何をしているんだ!」

「この程度で倒れるほど、彼等は“やわ”ではありませんよ」 

「だからと言って、ここは竜族の……」

「竜族がどうなろうと、知った事ではありません。フレイに手を出した事を後悔させてあげましょう」


 淡々と告げるリフに、実は静かに怒り狂っていたのだとエリュシオンは知る。

 敵として戦闘していた時は大抵このような雰囲気で冷静冷徹に攻撃を仕掛けてくるような危険な存在であったが、まさかここまで隠せるとはエリュシオンも、そしてカズキも思っていなかった。

 すると先ほどの炎の攻撃の後、デザイナーズチャイルド達が、一部焦げた状態で姿を現す。


「過激な攻撃だね、どうする?」

「好きな方と戦えばいい」

「では一人一人ずつ」


 そう言って目配せをして、デザイナーズチャイルド達が、エリュシオン達に向かって走ってくる。

 それにエリュシオンが、


「仕方がない、ここで戦闘か」


 そう呟いたのだった。











 僕達がその場所に辿り着いたのは、リフ達が、デザイナーズチャイルド達三人ほどを、地面に沈めた所だったようだ。

 最後の爆音で、ようやくカズキが三人目を倒したらしい。

 どうして分かったかというと、三人目が倒れた所を目撃したからだ。


 ただ今の戦闘で周りの竜族の様子が、警戒するものに変わっている。

 だから僕は手を振り、


「カズキ、エリュシオン、リフ~」

「! リト! 無事だったんだ!」


 カズキが嬉しそうに声を上げる。

 そしてそのすぐそばにラズがいるのに気づいて微妙な顔になるが、そこでラズが、


「すまない、エウロパが勝手にリトとフレイをここに連れてきていた。フレイは俺の方で“保護”している。……今、この“浮遊大陸”は不穏な状況だ。だがここなら、そうだな。今すぐ、フレイを連れてくるから、リトを連れて“帰って”くれないか!」


 そこでラズが僕の手を掴んで、そう叫んだ。

 僕はえっと思ってラズを見上げる。


「ど、どうして」

「危険だからだ。そしてこれは、俺達竜族の問題だ。だから……友人や大切なリトを巻き込むわけにはいかない!」


 ラズがそう僕達に言う。

 でも僕は何か手伝えないか、そう、思っている所で、


「ふむ。あの気色悪い外からの怪しい輩の三人が倒されたと。これは……好都合ですね」


 そう言って、そこでやけに武装をした人たちと、ラズに似た人物が一人、頭から血を流した状態で担がれているのを目撃する。

 その人物が語る。


「ふむ、この世界の“英雄”の方々とそして、ラズ様方。全員、上手く捕らえられれば今後、王族といった穏健派との交渉材料になるでしょうか」


 どうやら彼等は、ラズ達とは敵対する竜族であるらしい。

 そう思っているとそこでラズが呟いた。


「マリル、兄さん……」


 それに気づいたのか、その敵対しているらしい竜族が告げた。


「ああ、彼ですか? あまりにも抵抗が酷いので……“殺しました”よ」


 にやにやと嫌な笑いを浮かべながら告げるその敵対しているらしい、名前の知らない竜族がは余裕めいてそう告げる。

 でも僕はそこで気づいた。

 ラズが驚愕の表情で凍り付き、そして、風船がわれて周りに一気に巨大な魔力が噴き出すのを感じる。


 以前よりも鋭敏になった魔力を感じ取れる器官が悲鳴を上げるような“痛み”を感じる。

 どうやらラズの“逆鱗”に触れてしまったらしい。

 人の姿をしたラズが、ガラスのように砕け散り、白い光が溢れ出す。

 それはどんどん膨れ上がり、僕の身長数倍、数十倍といった大きさになる。


 やがてずるりと光が収まった場所から、光沢のあるうろこが見えた。

 白く、背中に大きな翼の生えた、僕の世界のファンタジーに出てくるような大きな“竜”がそこにいた。

 瞳の赤だけはラズと同じで、首にかける紐には特殊な効果があったのか、あの球が結ばれた状態で首のあたりに留まっている。


 だが、その圧倒的な魔力だけでなく、この白い竜の様子に僕は一瞬魅入られた。

 陽の光の中で白くたたずむその竜は、神々しさすらも感じる。

 そう思っていると、敵として現れた竜族の人は、


「白い竜、だと? どうしてそんなものがここに……王族は黒髪で、その色と同じ竜であったはずなのに!」


 そう叫んで、けれど彼等もまた竜の姿に変化する。

 色とりどりの存在だが、ラズほど大きくはなく、魔力も小さい。

 そして竜と竜同士の戦いが始まる。


 炎、氷、雷……次々と光の魔法陣が浮かび上がってラズに攻撃するが、人睨みだけ?すぐに消え失せて、代わりに小さくラズが“鳴き声”のようなものが発せられると、周囲に金色の魔法陣が幾つも浮かび上がり、白い光の筋が竜を攻撃していく。

 それでもまだ同じ竜であるからか、手加減はしているようだった。

 と、そこで、


「この、“バケモノ”が!」


 竜族のその声に、一瞬ラズが反応した。

 その言葉はラズにとって、“心”を強く傷つける物であったらしい。

 そしてその反応が、“油断”になった。


 何かが目にもとまらぬ速さで、竜となったラズに打ち込まれる。

 正確なそれは、ラズの胸にかかっていた、あの球に向けられて売ったもののようだった。と、


「これで終わりだ、“バケモノ”め……!」


 そう初めは笑っていたその竜族はすぐに大人しくなった。

 ラズがすっとそちら側に首をもたげて、赤い瞳で見つめている。

 竜族はがたがたと震えてラズを見て、そこでラズの口の部分が大きく開いて、炎を吐き出した。


 悲鳴は聞こえなかったが、どうにか防御できたらしくふらふらとした様子で地面に倒れる。

 どうやらラズはぎりぎり倒せる程度に力を上手く制限して倒しているらしい。

 “逆鱗”に触れたがために意識が怒りで我を忘れるかもしれないと思ったがそんな事は無いようだ。


 もしかしたなら、すでに“魔王”となっているから大丈夫であるのかもしれない、と僕は思い当たる。

 後でラズに聞いてみようと思いつつ、でもそういえばあの球を壊されてもどうしてラズは大丈夫なのだろうと僕は考えて……“魔王”となった影響なのか、それとも元からそこまで影響しないのか……そして僕がラズの球を増やして今持っているからなのか、どれだろうと思う。


『ラズがその球を持っているからだよ~、だから、それが壊れるとラズは不安定になって僕達の世界に戻るかも~』


 そこでケリュケイオンの声が聞こえて、周りを僕は見まわすが特に姿は見えない。

 相変わらず自由すぎる、そう僕は思っているとそこで、


『そろそろラズを戻してあげなよ~、リトのコピー能力でね』


 そう笑うように言われて僕は慌ててラズに触れる。

 すぐそばにある白いその肌は、ほんのりと温かい。

 元のラズに戻って欲しい、そう僕は願うとすうっと白い竜の姿が消えて僕の目の前にい何時もよくしているラズが現れる……けれど。


「う……」


 小さく呻いてラズが倒れ掛かる。

 そんなラズを僕は慌てて何とか抱き留める。

 額に冷汗が湧いているラズを抱き留めているとラズが、


「俺、は……マリル、兄さん……」

「分かった。カズキ、エリュシオンさんたち誰でもいいから、ラズのお兄さんの様子を見てもらっていいですか! あの倒れた竜族たちの所に居ますから! ラズが気にしています!」


 僕のその言葉にラズがすぐさま、ラズのお兄さんに駆け寄り様子を見て、


「息があるみたいです。これから治療します!」


 そう、カズキの声が聞こえた。

 それはラズにも聞こえたらしく、安堵の息をラズはこぼす。

 けれど、心が少しでも休まる時間は、それほどなかった。


 先ほどの戦闘の様子に気付いたのか、またしても大量の竜族の武装した人物達が現れたのだった。













 現れた竜族の人物達もまた、ラズの敵のようだった。

 先ほどと装備が同じで、けれど先ほどと同じようににやにやとこちらを見て嗤っている。


「戦闘があったようでしたから見に来ましたが、これは好都合ですね。ラズ様がこちらに居て、そしてあの最近、王子達に接触していた輩の仲間が三人、人間どもの“英雄”が数人……獣人の国のあのハーフエルフまで……これだけ入れば十分に、人質としての勝ちもありますし、洗脳して扱っても良さそうですね」

「お前、誰だ?」


 そこでラズがぼんやりしながら、そう告げた。

 その竜族はそこで、機嫌が悪そうに唇の端を上げて、


「ラズ様がこの世界にいた頃はまだ、その他大勢の兵の一人でしたからね。あれから子爵の位置まで上り詰めたのですよ。名前はサンダラと申します」

「……そうなのか。だがお前達に捕まえられるほど“まだ”俺は弱っていない」


 ラズがそう答えて、僕から手を放し、自信の後ろに僕を隠す。

 僕を守ろうとしているのは分かるけれど、僕は何かお手伝いできないだろうか?

 そう僕が思っているとそこで、そのサンドラが、


「ですがこの“浮遊大陸”は寿命なのです。どう修正してもいつか地上に降りてしまう運命なのです」

「……中心部がおかしいと?」

「そうです。過去の魔法文明の遺産を幾らか使っているがために修理も困難なのです。これを機にこんな小さな場所ではなく世界を手に入れましょう。我々にはそれだけの力がある」

「折角平和になったのに?」

「その油断を利用させていただきます」

「話にならない……」


 そこでラズはそう苛立ったように呟く。

 ラズ自身がこの世界の“自分”をある意味で犠牲にしてまで平穏を手に入れたのに、それを乱そうとしているのだから苛立ちがあるのだろう。

 だが、その感情の動きと共に、ふわりと濃密で恐ろしい魔力のようなものが香る。


 それにその竜族のサンドラも気づいたらしく、悲鳴を上げる。


「バ、“バケモノ”」

「お前達はすぐに、そう俺の事を言うな」


 その声には冷たさと寂しさが混ざっているように思えて、僕はそっとラズの手を握る。

 それにラズが僕の方を見て微笑んでから、まっ直ぐにサンドラを見て、


「お前達は排除する。敵対するなら俺も容赦はしない」

「何が“黒の石板”に触れた者だ。その程度で我々に勝てると思うなよ」


 サンドラがそう言って周りに仲間に合図をしようとした所で、誰かがかけてくるのが見える。

 それに一番反応したのはリフだった。


「フレイ!」

「リフ、何だか爆音がしたからみんなで来たよ」


 そう言って現れたフレイは、一緒に、ラズの兄であるナインとブラックベル、シエル、竜族のナイン側の部下たちとそして……。


「おやおや、仲間のデザイナーズチャイルドはやられてしまったようですね。……気絶程度で済んでよかった」

「お前は……どうしてナイン兄さんを連れてきた」


 相変わらずの笑顔のエウロパに、ラズが怒ったように聞くとナインが、


「僕が連れてくるように言ったのです。ラズやマリルが巻き込まれているのではないかと。僕も襲われましたがエウロパが何とかしてくれてそれで……。そして事情を放したら、ラズ、貴方のご友人も手伝って頂けると聞き……昔貴方から話を聞いていたため手伝って頂こうといった話に」

「……巻き込みたくなかったのに」


 それにブラックベル達が水臭いぞといった話をしている。

 けれどラズは不機嫌そうだった。

 だがそれらを見ていたサンドラが、


「たかだか人間が数人増えた程度で、我々のような誇り高い竜族が、負けるはずがない!」

「……ここにはラズ様もいますし面倒ですから、これを使ってしまってもよろしいですか?」


 そこでエウロパが、何かはこのようなものを取り出した。

 それは奇妙な四角い箱の形をしていて、それを見せながらエウロパは、


「実はこれ、敵対人物達をすでに捕捉し、関係ない人も巻き添えで一瞬にして消滅させる過去の貴重な道具なのですが……あの方達が使用を禁止にしていて全部廃棄したはずなのですが、たまたま手に入りまして使ってみたいのです」

「……止めろ」

「ラズ様がいらっしゃいますし、ナインたちは私が何とかしますのでこれで終わらせてしまいましょう。これだけの人数、しかもここでは見えない広範囲の“敵”を一瞬で捕捉し倒せます。……これ以上、ナインに手を出すようなことはやめていただきたいですから」


 相変わらずエウロパは笑顔だが、ナインに手を出すといったくだりでその笑顔に微かに影がさす。

 まるで“気に入らない”というかのような感情があるかのように。

 けれど関係のない人達全員をも巻き込むような殺戮の道具を使うのは……そう思っていると、ふっとエウロパの背後にケリュケイオンが半透明な状態で姿を現した。


 何をする気だろうと思っているとそのまま背後から手を伸ばし、エウロパの手に握られた箱を持ち上げて、珍しく無表情になったエウロパに、


『没収です』

「……ですが」

『ですがも何もありません。全く、本当に悪い子なんだから……』


 怒ったようにそれを持って、ケリュケイオンはどこかに行ってしまう。

 そう言えばここは“浮遊大陸”で、魔法文明の一部が使われていると言っていた。

 その影響で出てこれたのだろうとは推測できた僕だけれど、良かったと安堵するよりは、突然出てきてあの人は何をやっているんだろうという気がしないでもなかった。だが、その今の話は、サンドラにとってもおかしなやり取りに見えたらしく、


「そんな道具が無くても我々に勝てると思っているのか! 行くぞ!」


 そうサンドラが叫んで僕達の方に竜族が襲い掛かってくるが、そこでラズはため息をついた。

 

「この程度、道具なんて使わなくても、十分だ。今回はあの人に感謝する。……リトは俺の後ろに隠れていろ」


 そうラズが堂々と告げたのだった。








 ラズの後ろに隠れていろと言われて、僕はラズの後ろで僕は戦闘の様子を見ていた。

 ラズの英雄と呼ばれた仲間全員が戦闘に参加している。

 また、ラズのお兄さん達や、その部下の人達も戦っている。


 それでも僕を庇いながら戦うラズに僕は目を奪われていた。

 剣を持ち、必要最低限の魔法しか使わずに、相手を無力化していく。

 僕にあまり血なまぐさいものを見せない、そう言った配慮もあるらしいが……以前よりも剣の捌きに迷いがない。


 それと一緒に行っている魔法攻撃も、隙が無い。

 変わってしまったような不安と、その鮮やかな強さに僕は魅入られてしまう。

 記憶を思い出したラズ。


 そして“魔王”となって魔法関係の力も増幅されてしまっている、それが“今”。

 けれどその力は、ラズ自身によって上手く制御されているようだった。


「リト、大丈夫か?」

「う、うん」

「……少しは、いい所を見せられるか?」

「え?」

「何でもない」


 戦闘には似つかわしくない余裕めいたその言葉に僕はラズを見上げてしまうけれど、それは全部僕に向けられた思いなのかもしれない。

 そう思うとこう……。

 不謹慎ながら嬉しいといった感情が僕に生まれてしまう。


 そうしているうちに気付けば、敵対していた竜族の殆どが倒されていた。

 リフは今回、結構戦っていたように見えるが、先ほどフレイに理由を聞かれて『腹いせです』と答えていた。

 色々言ってもリフはフレイが大切であるらしい。


 そこで、ようやく追い詰められたサンドラが、


「なぜ……こんな……何なんだこの人間達は! “バケモノ”だけではなく……」

「俺は“バケモノ”じゃない」

「そう思っているのはお前だけだ。そのにじみ出る気配は間違いなく、誰もが“嫌悪”する」

「俺は、俺の大切な人さえそうでなければそれでいい」


 そう言い返してちらりと僕の方を見てラズはそう言い切り、後は一瞬だった。

 気づけばサンドラはラズの目の前で倒れていた。

 倒れる時に小さなうめき声が聞こえたが、それだけだった。


 そして残り数人を倒してラズがようやく剣を収める。


「意外に他愛もなかったな。まだどこかに隠れているかもしれないか……ナイン兄さん、場所をあとで教えてもらっていいか? ここまで弱いなら、早めに処理してしまおうと思う。……力も俺は扱えているようだから」

「そう、ですか。では後で」


 ラズの兄であるナインは驚いたようにそう答えて、先ほど倒した相手全員を拘束して部下たちに連れて行ってもらう。

 他にも、襲撃を受けたらしいラズのもう一人の兄の精密検査などをすぐに行うことになった。

 そして、この場には僕達と、倒されたデザイナーズチャイルド達が残ったが、エウロパが他の三人の様子を見て、


「どうやら気絶させられているだけのようですね。よかった」

「……結局かなり強力な攻撃でも、殺せないという事が分かりました」


 リフの言葉にエウロパは笑い、


「貴方程度のハーフエルフに倒されるほど弱くはないですから」

「……それで、どうしてフレイを攫った」

「リトもです。二人を連れてくれば貴方方は確実にこの“浮遊大陸”に来ますから戦力になるかと」

「僕が、敵側についたらどうする気ですか?」

「それはあり得ませんよ、彼等は選民思想が強く、ハーフエルフの貴方を受け入れることはないでしょう」

「……フレイに怪我がないから、今回はこの程度で済ませてやる」

「ありがとうございます」

「ですが、先の大戦で我が主、獣人王にした仕打ちは忘れません」

「? あのフレイという少年も治りましたし、この世界の延命措置もいくらか効果がありました。そして戦闘でも役に立ったでしょう? なぜそこまでわれわれを敵視するのですか?」


 そう答えたエウロパに、リフは苛立ったようだった。

 その力の関係で、獣人王が“狂った”らしいこと等は彼等にはまだ分からないらしい。

 その辺りが感情に問題がある、の部分なのだろうか?


 僕がそう思いつつただ、


「……僕は、ラズの傍に連れてこられて……あんな風にさせられたのは一体どうして?」

「それは拘束であったり貴方の服装ですか?」

「はい」


 どうしてあんなことになったのか。

 実は僕だって結構怖かったのだけれど、と僕が思っているとエウロパが、


「ラズ様が貴方をそのようにお望みでしたから」

「……え?」


 僕は、衝撃の答えにラズを見上げると、ラズが焦ったように、


「ち、違う、俺はリトが好きだけれど拒絶させられたら立ち直れないと言ったら……リトが拘束されていた」

「……確かに拒絶できないね。他にも何か言ったの?」

「色々と。後は、好きなら一緒に居たいと思うでしょう? というのがエウロパの意見だった」

「……そんなに僕が好きだったんだ」


 その問いかけにラズが、耳の方を少し赤くして頷いた。

 それだけで僕が全てを許せてしまいそうになっているのは、多分、僕がラズを好きだからだ。

 だから僕はラズに、


「僕もラズが好きだよ。だから、いなくなってすごく辛かった。二日間だけだったけれど」

「俺もリトに会いたかった。リトと一緒に本当はいたかったけれど、怪我をさせたくなかったから……」

「でも、無事会えて良かったよ」

 

 そう返すと、ラズも俺もだと答える。

 そこで、“浮遊大陸”が大きく揺れたのだった。








 轟音のような音と何かがきしむ音。

 目に見えてこの大陸の高度が下がっているのが分かる。


「な、何? あ、そう言えばこの大陸の中心部がおかしくなっているって話が……」

「リト、力を貸して欲しい。この大陸そのものを支えることは出来るが、元のあった状態に機能を戻すのは……今の俺では少し難しい」

「わ、分かった」


 そう言われて僕は即座に頷く。

 だって僕がラズの役に立てるのは、嬉しい。

 今回はラズに守られてばかりだったから。


 頷くとラズが僕を抱き上げる。

 お姫様抱っこ状態になって、僕が焦っているとそこでラズが、


「中心部に行ってくる。リトの能力ならすぐに修正できるから、しばらくこの状態で止めておくから……すぐに終わる。終わってから今後の詳しい話をしたい」

「分かった。……お友達全員も含めて、会議室に案内しておく」


 ラズの兄、ナインがそう答える。

 そしてそこで、ラズが頷くと同時に僕の視界が、暗い天井に覆われた場所に変わったのだった。








 移動したのは一瞬であったようだ。

 カリカリといった何かが削れ、きしむような音がそこかしこに聞こえる。

 白い光が線を描くようにはしるも、途中で火花を散らすようにして消え失せる。


 ここが中心部であるらしい。

 ガラクタのようなものが降り積もり、特に僕の目の前の部分は山のようになっていた。と、


「元々ここは王族しか入れないような重要な場所でもあったが、それが手入れがしにくい原因になったのかもしれない。……リト、お願いしてもいいか?」

「う、うん……過去の良い状態に……“コピー”」


 言葉に乗せるように周囲を意識しながら特殊能力チートを使う。

 周囲のガラクタの山が白い光に包まれて、すぐにまるで液体のようにとろけて周りに広がっていく。

 あのガラクタの山自体が、この中心部の壊れた一部であったのかもしれない。


 そう思っているとそこで、どんどん消えていくガラクタの中から見覚えのあるものが現れる。

 “黒の石板”だ。

 なんでこんな場所に……そう僕が思っていると、完全に周りの修正が終わったのか光が収まると同時に、そこの“黒の石板”から、にゅっとケリュケイオンが現れた。


『やあ二人とも。今回の騒動は大変だったね』

「……ええ。そしてエウロパのあの兵器を取り上げてもらえて助かりました」

「うん、今のあの子達にとっても、過ぎた“玩具”だからね。没収させてもらったよ』


 ケリュケイオンは楽しそうにそう答えて、それから周りを見回してから、


『でも綺麗に直ったね。流石は、僕達が見染めただけの事はある能力者だよ、リトは。ラズもとても気に入っていたしね~、呼ぶのならこの子がいい、いいって大騒ぎだったし』

「……何の話でしょうか」

『? ああ、この辺りの話は、まだ“魔王”になっても解放されないのかな? ふふふ、これはそのうちラズが“戻ってきた”時が楽しみだな~』


 ケリュケイオンがラズにそう言ってからかう。

 ラズは、どことなく冷や汗をかいているようだ。

 ケリュケイオンはラズがあまり知られたくない恥ずかし話を知っているようだからかもしれない。


 そこでケリュケイオンが、


『でもこれで、敵対派が活動するようになった原因でもある、この“浮遊大陸”の中心部の修正が終わったね。デザイナーズチャイルド達も“機嫌が良くなる”かもしれないね』

「……ケリュケイオン、一つ聞いていいか?」

『なんでしょう?』

「デザイナーズチャイルドに、今の話だと感情が“芽生えて”いるように聞こえたが」

『……あ、言っちゃった』


 失敗したというように笑うケリュケイオン。そこでラズがさらに、


「どうしてそれを隠した? 何か目的があったのか?」

『え~と~……僕達もね、仲間の作ったあの子達の“成長”をずっと“見守って”きた部分もあるんだ。そしてここに来てエウロパに以前よりも“強い”感情が発露したようで、それを見守りたかったんだ』

「それがどうして俺に秘密にすることになった」

『……“恋”をして、あの子達は感情を知っているようなんだよね、うん」

「……その“恋”の相手は」

『……ラズのお兄さんです』

 

 それを聞いて、よそう通りだったがやはり嫌な気持ちになったのかラズが変な顔をしている。

 そんなラズにケリュケイオンが、


『でもその前からうっすらとは“感情”があったのかもしれない。彼等を作った“博士”はこの世界にずっと残って“大災厄”をどうにか出来ないかを模索していたようだから。そしてその意思を、あのデザイナーズチャイルドは継いだのだけれど、“命令”というよりは……もっと“希望”のようなものがある、僕達の中では意見が分かれているけれど、そう僕は思うんだ。だから、ああいった形だけれどそういった“感情”の発露は喜ばしいんだ」

「……俺は少しも嬉しくない」

『ラズはブラコンだね。お兄さん達の事は言えないね』

「……」


 黙ってしまったラズにケリュケイオンは小さく笑ってから、


『じゃあ、この件が終わったら、リト、“大災厄”をどうにかする方法をラズといっしょにがんばってね。上手くいったと“観測”出来たら、また伝えに来るよ。……でも僕達の“黒の石板”ごとこんな風に起動部に組み込むなんて、昔から竜族は大胆で、僕達と親和性がいいね……でも、これが露出したからまた、王族以外は入れない、触れないよう気を付けるようにしてね』


 ケリュケイオンはそう言って、その“黒の石板”に入り込んでしまったのだった。








 戻ると、上手くいったのかと聞かれたラズが、兄達に事情を話す。

 また中心部にあれがあったことも含めて、普通に入れないよう、何か手を加えるといった話になっていた。

 また、ナインの傍にいるエウロパがやけに嬉しそうなのを見てラズは、微妙な顔をしていたので僕はラズの手を握る。


 それで少しは落ち着いたらしいラズが、修正関係の話やこれからの残党を捕らえる話などをしてから、


「俺に何をして欲しい? “魔王”として」

「“闇の魔力”の誘導でしょうか。本当であれば、この世界の欠陥をどうにか出来ればいいのですが……」

「その欠陥はどうにか出来ないのか?」

「現状では“属性変換”といったものが完全にこの世界は壊れていますから、それを回復できればいいのですが……」


 エウロパが珍しく難しそうな顔でそう答えるのを聞きながら、僕はそこで気づく。


「あの、一つよろしいでしょうか」

「何でしょう、ラズ様の恋人のリト様」

「……え~と、ケリュケイオン達から、僕の事は聞いていないのですか?」

「? 何の話でしょう?」


 不思議そうに聞き返されて、僕は嫌な予感がした。

 情報の伝達ミスがどこかであったのかもしれない。

 そう思っているとすぐに思い当たったらしい、


「この世界規模の修正の件ですか? ……特殊能力チートといえど、その範囲は今までの比ではありませんし、それを上手く“認識”し、“制御”するとなると……“魔王”となったラズ様のような力が無ければ、難しいと我々は判断しています」

「それはつまり、“魔王”となったラズに手伝ってもらえばいいという事かな?」

「……そうですが、その分、“大災厄”の誘導できる“魔力”が減り、正常でいられる期間が……」

「でも、その“大災厄”が起こる期間が短くなってきているのでしょう? だったらそろそろ手を打たないといけないのでは」


 そう返すとエウロパは少し黙ってから、仲間と相談してくると言って席を外す。

 けれどすぐに戻ってきて、


「ラズ様の選択にお任せする、そういった話になりました」

「……どうして俺に丸投げした」

「ラズ様は、我々を作り出した博士といった、あの方々と“同じ”です。ですから、きっと、“良い”選択をしてくれるでしょう、といった話になりました。また、我々の方で“お手伝い”をさせて頂きます」

「ずいぶんと素直だな」

「ええ。これで懐かしい“博士”の仲間たちであるあの方々がここに戻って来れるかもしれないのです。“指令”があるとはいえ、いつか戻ってきて欲しいと我々は思っているのです。……それは、私達が長い間抱いていた“目標”のようなものですから」


 そう答えてどこか懐かしそうに語るエウロパにラズは黙ってしまった。

 僕も、その“大災厄”をどうにかする“悲願”は、このエウロパたちにとってずっと……指令だといったものもあるのかもしれないけれど、僕達人間にとっての未来への“夢”のようなものであったのかもしれない。

 だからこの長い間ずっと、ここで、“大災厄”をどうにかしようとしていたのかもしれない。


 そして僕のコピー能力で世界規模の修正といった話が出てきたがそこで僕は、以前ケリュケイオンに言われた話を思い出す。

 それも昨日聞いた話だ。

 エウロパはそういった話もありましたが、コピー能力でそれをどうやって再現するのですかと問いかけてきて、そこでラズが、


「“属性反転”、“魔法の固定”があったな」

「……僕の宝物についていたあの属性ですか。それで、壊れた機構の代替物が作れないかな」


 気づいてしまえば後は行動するのみだった。

 僕の持ち物は丁度カズキ達が持ってきてくれたので……恥ずかしい思いをしながらそれを取り出する。

 そこでラズは僕と手を繋ぐ。


 なんでもこうすることにより僕の特殊能力チートを上手く制御してくれるらしい。

 場所はここでいいのかというと、この世界の何処に居てもこの世界に接しているのだとラズは教えてくれた。

 そして、目的の物二つに僕は触れながら、小さく、


「……“コピー”」


 能力を使う。

 体が締め付けられるような押しつぶされそうな、けれど僕の中から何かが出ていくような、そんな荒れ狂う感覚を覚える。

 一瞬の出来事に僕はふらりと倒れ込もうとすると、慌てたようにラズに抱きしめられる。


 ラズの服越しの体温に、僕は心地よくなって安堵する。

 上手くいっただろうか?

 そう僕が思っていると、突如周りに光の紙吹雪が現れる。


 ひらひらと落ちて行っては消えるその謎現象に何事かと思っていると、天井から白い幽霊が顔を出す。


『おめでとう! 成功だ!』


 そう、ケリュケイオンが僕達にそう告げたのだった。

 








 こうして僕達が結ばれた次の日。

 とりあえずはこう、ラズとそういう関係になってしまったのは黙っておこうと思ったら、速攻でバレた。

 理由は至極単純で、たまたまもう大丈夫かと近づいてきたフレイが、


「リト……ラズに抱かれてしまったね」

「! どうしてバレた!」

「においがするから。僕達獣人は鼻がいいから」


 といった事らしい。

 またフレイもリフに対して頑張ったり、今後は竜族の信頼回復、および残党等の捕縛をラズのお兄さん達は頑張るそうだ。

 その信頼関係に関してはエリュシオン達と今後話し合うという。


 またブラックベルとシエルは、しばらく二人っきりでゆっくり温泉巡りでもして遊ぼうと話しているのを聞いた。

 そして、デザイナーズチャイルド達は、悲願を達成して、“大災厄”が無くなったためケリュケイオン達が戻ってきて、新しい島というか大陸がこの世界に増えたらしく、そこに拠点を移すそうだ。

 そこに向かうそうだが、ナインが寂しそうにしているとまたエウロパが会いに来ると話していたりと、どことなくお互い両思いな雰囲気になっている。


 ラズはそれを見て微妙な顔をしているが。

 また、ラズが新しいデザイナーズチャイルド達の主であるため、主に会いにここにもこれからもよく来ると話していた。

 そう言えばこのデザイナーズチャイルドの目的は達成されたのでこれからどうするのかと思っていると、元のあの人達の大陸の都市でしばらく過ごすらしい。


 “懐かしい”場所もあるのでしばらくそこを見て回るそうだ。

 ……どこからどう見ても“感情”があるようにしか見えない。

 けれど彼等は珍しく本当に心の底から嬉しそうに笑っているようだった。


 その新たな大陸は今後どうなるのだろうかと思う。

 ちなみ後に知ることになるが、ケリュケイオン達の事や突如現れたことから“幽霊大陸”と呼ばれて怖がって皆近づかないそうだ。

 なので大きな変化はしばらく無いようだった。


 こうして僕が呼び出された理由も含めたこの世界の大きな出来事は終わり、それぞれがそれぞれの場所に向かう事となる。

 また、“大災厄”の影響で出てきた魔物達はまだ残っているので、倒す必要があるそうだ。

 他にはフレイがもう少しリフト旅がしたいと駄々をこねて、連絡をしてから二人きりの旅に向かうらしい。


 けれどまた遊ぶ約束を僕はフレイとした。

 こうして沢山の出来事が一気に決着がついたその次の日、ようやく僕は一人っきりで部屋にいる時間が出来た。

 それは竜族の客室であったので僕が、ベッドでごろごろしていると、


『リト~、はろ~』

「ケリュケイオン……今更で出てきてどうしたの?」

『酷いな~折角会いに来たのに~』

「そう言えば僕が異世界人だから、ケリュケイオン達は会いに良く来るのですか?」


 特に大きな疑問というわけではなかったのだけれど、聞いてみるとケリュケイオンは笑う。


『リトはラズを一人置いてかないと思うんだ。だからきっと僕達が側に来てくれるから、サービスしたんだよ』


 そう言われて僕は凍り付くも更にケリュケイオンが、


『ラズが大好きなリトは、ラズを置いていかないだろうと、そのうち来るのを楽しみにしているよ、新しい僕達の若い仲間としてね』


 ケリュケイオンがにこにこと笑いながら上機嫌に僕に言う、

 随分と打算的な幽霊だった。

 もうその辺りは聞きたくないので、代わりに、


「どうして僕達の世界の人間などが呼べるのですか?」

『リト達の世界はこの世界と二番目に近い異世界。だから簡単にこの世界と元の世界を行ったり来たり出来るんだ。異界の物として落ちてくるのは、リト達の世界のものが多いのも、それが理由かな。そして近いから、リト達の世界の物に僕達は介入で来たんだけれどね』


 といった説明を受ける。

 こんな異なる世界に簡単に行き来できるとは思わなかった。

 そう思っているとそこでケリュケイオンが、


『この世界を救ってくれてありがとう、リト。皆を代表してお礼を言うよ』

「いえ……僕もこの世界が好きだし、僕の大好きなラズもこの世界にいるから、救えて良かったと思います」

『見ていた通り本当にいい子だね。ラズが好きになるのもよく分かるよ。あ、見た目も可愛いよね』

「見た目は僕のコンプレックスなのですが」

『でもラズはその見た目も好きだよ』


 そう言われてしまうとそれ以上僕も言い返せない。

 そして、ケリュケイオンもまた遊びに来るよ、今度はリト達が僕達の大陸に遊びに来てねと言って去っていった。

 きっとそのうちラズと一緒に訪れることになるのだろう。


 それも楽しそうだなと思っているとラズが来て、さっきケリュケイオンが来たといった話をする。


「あの人達の招待か……リトは行ってみたいのか?」

「うん」

「だったら連れて行く」


 そうラズが言って、それからどちらともなくキスをする。

 どうもここの所はなれていてまた会うたびにキスをしている気がする。

 けれどそれが僕にとって幸せに感じるのは事実だった。


 そこで唇を放されて僕は、


「ラズ、愛してる」

「俺も、リトを愛してる」


 お互い言いあって抱きしめあう。

 それが酷く僕には心休まる。

 異世界に飛ばされた時はどうしようかと思ったけれど、こうやってラズに出会えたのは幸せだったと僕は思う。


 そしてきっと、これからも僕はラズと一緒なのだと、そう思う。

 こうして僕の異世界転移は、ハッピーエンドに終わるのでした。







「おしまい」




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