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波濤揺蕩う神殺し  作者: 韋駄天
名も無き島と神喰らい編
9/100

諜報部イグニスの報告

真っ先に感じたのは水温の違い、バッカニアの海よりもはるかに水温が高い、温暖な地域である事がわかる。



加えて透明度が高く海中からでも太陽がまぶしく、足元の砂は雪原であるかのように白い。


そこに色とりどりの小さな魚達が彩る景色はまさに楽園、(門)を隔てたバッカニアとはまさに異世界であった。


「(門)を閉じます!」


声に振り返ると小さくなってゆく(門)の横には教団のローブを着た血族が立っていた。


ドツバの言っていた先発隊である。


「無事の到着何よりでありますジェイク殿!」


ビシリッと音が出そうなほど見事な敬礼をする先発隊にジェイクは軽く会釈を返した。


フードを被ったままでもわかる黒い鱗とワニのように長いアゴ、彼はドツバの部下でありジェイクの先輩にあたるイグニス、基本的に働かないドツバの代わりに仲間達の集めた情報をまとめるのが役目である。


「お疲れさまです、早速なんですが、この地域に関しての情報をお願いします」


「はっ! では任務遂行のため砂浜に上陸いたします、自分に続いて欲しいのであります!」


イグニスに促されるままジェイクは陸へと上がると、唐突に吹いた潮風に故郷との温度差を感じた、砂浜から見える植物も、彼の目にしたことのない種類ばかり。


繋いでいた手を放すとメリッサを包んでいた泡は消えたが、同時に振り絞っていた気力も尽きたらしく、彼女はフラフラと足取りで今にも倒れそうだった。


「はぁ、はぁ・・・ワタクシ少し休みたいです・・・その・・・」


「申し遅れました、自分の事はイグニスとお呼び下さいメリッサ殿! 御用は遠慮なく申し付け下さい!」 


イグニスは気を付けの姿勢を保ったまま砂浜で叫ぶ。


海中でもやかましかったが、地上だと3割増しで鼓膜と頭に響く声はただでさえ不調なメリッサの体力に止めを刺すには十分すぎた。


「ちょっと彼女に神殿はショックが大きかったみたいですね、僕が後で伝えますので、木陰で休んでいてください」


逃亡生活と神殿での心労が重なったのか、メリッサは疲弊しきっていた。


再びジェイクに手を引かれて近くの木にもたれ掛かるように座ると、ボーッと海の彼方を見つめ始める。


「了解でありますジェイク殿、メリッサ殿には小休止を取って頂き、我々で任務続行といたしましょう!」


そう言うとイグニスは落ちていた棒切れを使って砂浜に地図を描いてゆく。


「現在地はこの地点、ここからこの道を直進しますと三叉路に突き当たりますので、そこを左折して頂ければ、間もなく廃村に到達します・・・ジェイク殿にはその奥にある奇怪な建造物の調査をお願いします」


「廃村という事は現地に人はいなそうですね・・・それで、その建造物についてもう少し詳しく聞いても良いです?」


イグニスの説明は丁寧で解りやすく、地図も綺麗でジェイクはすぐに情報が頭に入って来た。


更に必要な情報を聞こうとした所で、突然イグニスの顔が曇る。


「それが・・・建造物の調査中に未確認生物に妨害され、海中に転進を余儀なくされました、これも自分の不徳の致すところであります!」


今にも泣き出しそうな震え声で報告するイグニス。


己の失敗を悔いているのだろうが、彼が感極まって泣き出すのは日常茶飯事であり、特にジェイクはそれに驚く様子は無い。


「そんなに責任を感じなくても大丈夫ですよ・・・それで、一体どんな生き物に邪魔されたのですか?」


ジェイクが肩を優しく叩いて慰めると、イグニスはすぐさま我を取り戻した様子で、姿勢を正す。


「はっ! 敵性生物は赤い鼻、青い頬、黄色い顎ヒゲ、黒い体毛に覆われており体長は1メートル弱、見た目は猿に酷似しております、非常に好戦的で、自分を発見するやいなや群れで襲い掛かって参りました! 海では一騎当千の我々も地上ではまな板の上の鯉・・・そこでジェイク殿率いる陸上部隊に応援を要請した次第であります!」


イグニスは身振り手振りを使い襲われた猿の様子を伝える。


少々誇張気味な説明だが、逃げながらも特徴を捉えてくれた事にジェイクは内心感嘆する。


必ず彼の働きに報いると誓ったジェイクであったが、期待のジェイク率いる陸上部隊は彼含め2人しかいない、あまりにも頼りない応援である。


「なるほど、奇妙な顔をした猿の群れ・・・村に人がいないのにも関係しているかもしれませんね」


「素晴らしい! そこに気付かれるとは・・しかしながら、我々の最優先任務は建造物の調査であります! 関連性は大いにありますが、順序を持って当たる方が賢明かと思われます!」


ジェイクは猿と村の関係が気になるようだったが、教団の目的が秘宝の回収である以上、最優先事項に的を絞らなければならない。


それが現場で動くジェイクが最も留意する事である。


「解りました、メリッサさんが回復したら、早速村に向かってみます」


「はっ! 自分は海中で待機して任務を続けます・・・ジェイク殿、ご武運を!」


最後にビシッと敬礼をするとイグニスは海に潜って見えなくなった。


ジェイクはそれを見送ると、木陰で休んでいるメリッサに歩み寄る。


「体調はどうですか?」


「なんとか、歩けそうです・・・」


メリッサはジェイクの手を借りて立ち上がると、衣類についた砂を払った。


あまり長い休息とは言えなかったが、海中に比べれば異国の地といえど彼女の良く知る地上である。


彼女からしてみれば、ようやく自分の領域に帰って来た気分であろう。


「では出発しましょう、辛くなったら言ってください」


ジェイクはイグニスに教わった道を進んでいく、たしかに人の手によって造られた手すりや階段が所々にあるが、どれも腐っていたり、苔むしていたりとしばらく人間が訪れた痕跡が無い、人がいなくなってからかなり時間がたっている事が伺える。


「いくつか聞いてもよろしいかしら?」


「どうぞ、僕に答えられる範囲なら」


道の周りは髙い樹木が生い茂り、地面に差す光はごく僅かである。


「あの神殿は・・・一体何かしら?」


「あそこは血族達の・・・言い直せばザダ様が生んだ子供たちの住処ですね、あそこの最奥にザダ様の部屋がある・・・らしいです」


神官であるジェイクですら、神の自室に立ち入った事は無く、噂程度に聞くだけである。


もっとも、その扉の前に立ったとして、彼が中に入る事は死を意味するのだが。


「ザダとその血族達は、最終的に人間をどうするつもりなの?」


二人の到来を真っ先に察知した鳥達が、見慣れぬ人間の到来に沸き立てると、それに乗じたもの達が葉を揺らし、木々を鳴らした。


「ん~どうでしょう?血族達も一枚岩ではないので・・・人間と共存する派閥と完全支配しようとする派閥に分かれている感じですね、現在は共存派が大半を占めてますけど、あんまり宝探しが上手くいかないようなら、また意見が変わるかもしれませんね」


「つまりワタクシ達の活躍しだいで、彼らの今後の方向性が決まると?・・・わっ!」


水分を含んだ苔が隙間なく生えた地面が、メリッサのブーツを滑らせる。


「おっと!・・・かもしれませんね、でも僕は無茶だと思いますよ・・・バッカニアだけならともかく世界中の人間を支配するだなんて、非現実的な意見です」


危うく転ぶ寸前の所でジェイクはメリッサの腕を掴んで助けた。


バッカニアで育った彼は悪い足場は歩きなれており、靴にも滑り止めの加工がしてある。


「どうも・・・最後にもう一つ、あの(門)と呼ばれていた光の輪は?」


最後にして最大の疑問、それはジェイク達が行使する(門)と呼ばれる神秘術だった。


神はその力や役割に応じた奇跡を信者や神官達に分け与えるが、ザダはその中でも群を抜いて特異である。


「(門)は神秘術の基礎にして最高の術、あの光の輪は使い手とザダ様の神殿を繋ぐ穴です、それもありとあらゆる障害、距離を無視して」


「にわかには信じがたい話ですわね」


ジェイクがメリッサに出会った時、彼女を拘束したフジツボも神殿で飼育されているものであり、様々な用途に応じて生物を(門)から呼び出す、それがザダの神秘術の真髄。


そして血族達は日夜新たな水生動植物の繁殖法を模索している。


「でも僕たちは(門)を通ってこの島に来た、それは事実です」


ジェイクの言う通り、いかに信じがたい現象を否定しようとも、眼の前で起こっている以上それは現実である。


メリッサはこの短期間で起きた数々の常識を揺るがす事実に、脳が理解をが追いつかないようだ。


「はぁ・・・ワタクシ頭がどうにかなってしまいそうですわ・・・」


「その内慣れますよ・・・ん?」


ジェイクは辺りを見回すが、目に入るものは木の幹と落ち葉ばかりで。感じた違和感も嘘のように消え失せた。


「何かありました?」


「いえ、何か視線を感じたような気がして・・・報告されていた猿かもしれません、赤い鼻に青い頬、黄色い顎ヒゲをもっているとか」


ジェイクはここに来て、イグニスから利いた今回の壁となる敵の情報を共有した。


もしかすれば、あちらも自分たちの到来に気付いている可能性がある。


そうなれば、待ち伏せにも警戒しなければならない。


「あら、オシャレなお猿さんですこと」


「見つかって追われたらしいので、1匹ならともかく群れで襲われると危険です、用心して進みましょう」


どこか危機感の薄いメリッサを諭すようにジェイクは話すと、再び道を進み始めた。


不自然に揺れる一本の樹に気づかないまま。

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