師
「ここが報告にあった村・・・」
ジェイクとメリッサを待っていたのは小さな集落だった、住居の数から人口は100人にも満たない規模である事がわかるが、出迎える者などいない。
「人気がありませんわね・・・どなたかいらっしゃいませんか~」
メリッサは膝近くまである草を踏みつけながら最寄りの民家をのぞき込む。
崩れた土壁からは骨組みの木がむき出しになっており、所々穴も開いている、明らかに人間が管理している様子はない。
「いえ、報告によれば現地人はいなかったとの・・・」
「ここに いるぞ」
背後の声にジェイクはとっさに振り返ると、そこには大きな猿のような生き物がいた。
体長180cmほどの体を赤みがかった茶色の体毛をもち、その毛はゴワゴワと荒く長い。
顔の周りは毛が無く皮膚は黒いが、肥大した頬肉とのど袋をもち、手には漆塗りの瓢箪をいくつも持っていた。
「きゃあ! 猿・・・いえ、猩々です!ワタクシ本物初めて見ました・・・」
「人間 久しぶり 見た バオバオの 名前 バオバオ お前は?」
バオバオと名乗る猩々(ショウジョウ)はその場から動かずに尋ねた。
「僕の名前はジェイクといいます、こちらはメリッサ、この島の神殿を調査しに来ました、先日僕と同じ恰好をした人が来たと思うんですが、見ませんでした?」
奇襲されなかった所から敵意ある相手でないようだが、警戒は怠らずに一定の距離を保ったままジェイクは会話を続けた。
「見た あれ 人間と 違う 歩く 魚 初めて 見た だから 隠れてた」
血族達は地上にいる間人間の姿に化けているが、バオバオはそれを容易く見破った上に人語まで話している、人間と同じ、もしくはそれ以上の知能を持ち合わせているようだ。
「そうでしたか・・・ちなみに赤い鼻に青い頬、黄色い顎ヒゲの猿は知ってます?」
「知ってる あいつら グルグルの 仲間 グルグル 悪い奴」
「悪い奴?」
オウム返しをするジェイクに、バオバオはさらに続ける。
「昔 この島 神様 いた 神様 綺麗な水 出してた 人間とバオバオ それで猿酒
造って 飲んでた でも グルグルが 神様 食べた 人間 逃げた でも バオバオ 逃げない 神様 助ける」
「なるほど、その奇妙な猿達はグルグルというリーダーがいるのですね、しかも・・・神様を食べた?」
「神様 食べて グルグル 強くなった バオバオ 勝てない だから 待ってた 人間 来るの ずっと 待ってた」
憎々しげにバオバオは呟くと、もっていた瓢箪の栓を開け、中身を飲み始めた。
「可愛そうに・・・バオバオさん」
「ふぅ・・・ジェイク メリッサ 助けて 欲しい」
飲み終えたバオバオは2人を見つめると、懇願するような眼で頭を下げた。
「手を貸してあげましょうジェイクさん! 放ってはおけません」
メリッサはバオバオに同情しているようで、協力を申し出る。
一般人ならば戯言で片づけそうな内容だが、バオバオの話が本当ならば、秘宝へと繋がる可能性がある。
ジェイクにとっても、都合の良い話ではあった。
「ふぅ~む・・・仕方ありませんね、でも一つ条件があります」
「なんだ?」
ならば、やる事は一つ。
「神様を助けたら 神様の持っている宝を1つ報酬として頂きたいのですが」
「ちょっとジェイクさん!」
メリッサは無償で協力するつもりらしいが、それはお人よしの考えである。
物事には対価がつきものであり、無償で何かが手に入るほど世の中は甘くない。
裏を返せば報酬を求めるという事は、それを得るまで仕事にあたるという証に他ならない。
「う~ 神様の 宝 神様の 物 勝手に 決めるの 良くない 代わりに バオバオの 宝 やる 神様の 宝 助けた 後 お願いする」
むしろ本当に恐ろしいのは報酬を求める者よりも、求めない者の方にある。
(喜んで協力しよう)と握手を求めながら、逆の手で懐の刃物を握りしめる人間がいる事をジェイクは知っている。
無論、メリッサのような無害な人間もいるが、はたしてそれを誰が証明できるだろうか?
「解りました、宝は神様を救出して直接交渉するという事で行きましょう」
「ウホホホ~ホ! バオバオ 嬉しい!」
かくして交渉は成立した、バオバオは歓喜のあまり手を叩いて騒いでいる。
「猿酒 飲むか?」
「猿酒? お酒ですか?」
バオバオは手にしていた瓢箪を1つ差し出し、栓を抜いた。
「猿酒 バオバオが 造った 果物の 酒 飲めば 皆 友達」
2人は近寄って鼻を鳴らすと、飲み口からの匂いはたしかに果実のものだが、同時に強い酒気も漂っている。
「う~ん、良い香り・・・一杯頂こうかしら?」
「あぁ~僕は遠慮しておきます、飲みすぎると術の制御が効かなくなって困るので」
早速マイカップを取り出して試飲するメリッサ、得体の知れない地でこの肝の太さ、彼女が本気で冒険者を目指すのならば大いに助けとなる資質だろう。
「あら! すっごく甘くて美味しい! うふふふ・・・もう一杯頂こうかしら!」
「いいぞ 飲め 飲め 猿酒 飲めば 皆 友達 ウホホ!」
メリッサはお酌された猿酒を舌の上で転がしている、バナナやヤシの実をベースにした果実の甘味と雑味を感じながら杯を飲み干すと、喉を焼くようなアルコールの混じった呼気を鼻腔から吐き出した。
成人したばかりのジェイクと違って、彼女は酒を嗜む方法を知っているようだ。
「ジェイク これ やる」
「これは?」
バオバオがジェイクに差し出した瓢箪は猿酒が入っていた物によく似ているが漆の色が黒ではなく明るい朱色になっている。
「神様の 水 入ってる 飲んでも すぐ 増える バオバオの 宝物 こっち 猿酒 入ってる メリッサに やる」
「あら素敵、見てくださいこの光沢、それに上品な漆黒・・・質の良い漆と熟練の職人の技無くしては作れません、それに・・・味も素敵!」
メリッサはもらった瓢箪から早速猿酒をあおる、ここまでに汗を流してたどり着いたとはいえ、流石に飲みすぎである。
今まで機会に恵まれなかっただけで、彼女はかなりの酒好きであるようだ。
「あまり飲みすぎないで下さいね、これから調査ですから」
「!? 来た 気を付けろ」
仕事中であるジェイクはメリッサを嗜めようとするが、突然の物音とバオバオの忠告に身構えた。
「え、何がですか?」
「グルグルの 仲間 来た あいつら やっつける・・・ングング」
敵の気配を感じ取ったバオバオはどうやら戦うつもりらしいが、何故か酒をがぶ飲みする。
ジェイクはこれから危険に向かおうとする者が、これほどに飲酒する行為を初めて目撃したようで、目を丸くしている。
「えっ、そんなにお酒飲んで大丈夫ですか?」
「大丈夫 バオバオ 飲むほど 強くなる ウホホッ」
そう言いながらバオバオは音の方向へ歩いてゆくが、誰がどう見ても千鳥足で戦いなどできるようには見えない。
「ギィッギィッギィ」
茂みの中から姿を現したそれは、赤い鼻に青い頬、黄色い顎ヒゲをもつ、イグニスの情報通りの猿だった。
二人と一匹を威嚇するように唸る猿達は、最初に一匹を皮切りにぞろぞろと姿を現す。
向かい合うバオバオは両手を上げて構えを取ってはいるものの体はフラフラと左右に揺れて、立っているのも危うく見える。
「ウホホッ どうした? かかってこい」
敵を挑発しながらもさらに酒をあおろうとした瞬間一番近くにいた猿がバオバオに飛びかかる。
「危ない!」
ジェイクは思わず叫ぶ。
だが、それは杞憂に終わった。
バオバオは右手で酒を飲みながら左手でハエでも扱うかのように叩き落す。
それを合図に次々と猿達が飛びかかるが、バオバオの長い腕はムチのように敵を撃ち倒してゆく、あるものは鼻を潰され鼻血を流し、またあるものは眉間に一撃を受け地面をのたうちまわる。
そうしてジェイク達があっけにとられてる間に全ては終わり、グルグルの部下達は全員地面に転がっていた。
「ウホホッ お前ら 弱い バオバオの 酔拳に 勝てない」
「すごいですバオバオさん! 全部的確に急所へ打ち込んでました!」
状況が理解できないジェイクをよそに、メリッサはバオバオの技を褒めちぎる。
あまりの速さにジェイクは目視するのがやっとであったが、彼女はその技の正確さを解っているようだ。
「え!? メリッサさんわかるの?」
ジェイクはこの数分の間に驚きっぱなしである。
彼は失念していたが、彼女は密航した当初は剣で港の船乗りたちを圧倒していた。
少なくとも、多少武術の心得はあるという事だろう。
「はい、解るのです、何しろ・・・」
その時、隠れていた猿がメリッサに背後から飛びかかる、鋭い爪が突き刺さると思った瞬間、彼女はスルリと身を翻しその腕を払いのけ顎へ持っていた瓢箪ごと拳を振りぬいた。
猿は悲鳴を上げることもなく地面に落下し、気を失った。
「ふぅ・・・この通りですわ」
一連の動きは長年鍛錬した舞踏家の動きそのものであったが、何よりもバオバオの拳法と瓜二つだった。
その光景に、メリッサの力には、何か隠された秘密がある事は明白だ。
ジェイクはそう認識したが、それ以上のことはさっぱり解らない。
「・・・もう少し、詳しく聞かせてもらってもいいですか?」
素直に説明を求めるジェイクに、メリッサは頷く。
「はい、全てはフロストベル家の家宝であるこの腕輪(同調の綺羅星)にございます、これを身に着ければ、物に宿った記憶を呼び出し、かつての持ち主の知識と技術を得る事ができるのです」
メリッサは袖をまくり手首にはめた腕輪を見せた、材質はただの黒い石に見えるが、綺羅星を名乗るだけに宇宙から飛来した未知の物質を削りだして作られた一点物であり、メリッサの故郷の神の祝福を受けている。
「ではこの間の剣技はもしかして・・・」
「あれは父の剣で父の技を真似しただけです・・・ごめんなさい、黙っていて・・・本当のワタクシは、剣をまともに握ったこともない非力な女なのです」
女神エメラルダはナハトの民を我が子のように愛し慈しみ、あらゆる脅威を排除、種として繁栄させるべきと考えている神である。
神としての力は人体に張り巡らされた気脈と呼ばれる力の流れをコントロールをし、人の限界を超えた身体及び思考能力を得る事にある。
「ウハハハ メリッサ 酔拳 上手 でも まだ 動き 固い」
「見抜かれてしまいましたか・・・ワタクシはまだまだ未熟者、この腕輪の力を完璧に引き出しているとは言いがたいのです」
メリッサの腕輪は女神と隕石の力を借り、物質から記憶を読み取る力を宿した紛れもない神の宝であるが、それは同時に自身の身を危険にさらすことになる。
「大丈夫 バオバオ メリッサに 酔拳 教える もっと 強く なれる」
「それは心強い! ではこれからバオバオさんの事を師匠と仰ぐ事にしますわ」
メリッサはバオバオの毛深い腕をガッシリと掴むと、バオバオもそれに応ずるように握り返した、かくして新たな師弟関係がここに生まれたのである。
「早速仲良くなったのは結構ですが、あまりモタモタしてるとおかわりがきますよ、何か対策を立てないと・・・」
「逃げる? 隠れる?」
「そうですね、それよりもいっその事・・・」
こうしてグルグルとその手下達への対策会議が始まったのであった。




