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波濤揺蕩う神殺し  作者: 韋駄天
ナハトの争乱編
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カイン・フロストハウス

(その日の夜、フロストハウス軍の宿営地にて)


「メリッサ、人とは因果な物だな」


「はい、お父様」


2人の影がテント内部でランプを挟み会話していた。


片側は若干旅の疲れが見える物の、至って健康な様子のメリッサ。


その向かいには、土埃と汚れにまみれたゴワゴワの金髪と無精ひげに、全身鎧を纏った男。


彼こそがメリッサの父、カインフロストハウスである。


「お前をわざわざここから遠ざけたというのに、私自身の負傷が呼び戻す要因になるとは・・・」


カインは、メリッサの帰還を全面的に肯定している様子では無かった。


彼からしてみれば折角他国に愛娘を亡命させたというのに、再び戦乱の地に連れ戻されたのだ。


ここで2人に万が一があれば、その血脈は途切れてしまう。


父祖から受け継いだフロストハウス家の歴史に幕が降りてしまうのだ。


「安心しろ、何処の誰が気を回したかなど探る気は毛頭ない・・・また会えて嬉しいぞ」


だが、彼はそれを責めるほど狭量では無い。


ここで犯人を捜して罰を下した所で、部下の指揮を下げるだけ。


メリッサが故郷に戻って来たという報せは、カイン指揮下の将兵達を鼓舞する事に貢献したのもまた事実である。


「はい、ワタクシもまたお父様とこうしてお話ができるなんて・・・夢のようですわ」


カインの内心を察してか、メリッサもその事には触れなかった。


父への忠心がアーノルドに行動を起こさせた事はメリッサも良く知っている。


だからこそ、今は過去を悔やむよりも、親子の再開という現在を享受すべきだと気を回した。


「・・・変わったな、メリッサ」


カインがぽつりと呟く。


2人が離れていた期間は1年にも満たない。


人の一生から見れば短いが、親が我が子の成長を実感するには十分すぎる長さと言えよう。


「今のお前は赤子のように気負いが無く、歴戦の古兵ふるつわもののように自信に満ちている、何があった?」


カインの目の前に座っているメリッサは、確かに自分の娘ではあるが、彼の良く知る彼女の姿とはまるで違っていた。


「お父様の言いつけでバッカニアに辿り着き・・・そこで冒険者として過ごしました、その経験が今のワタクシを作っているのです」


家を出る前のメリッサは真面目で勤勉であり、父や教師の言葉を忘れない模範的な娘であったが、自分に寄せられている期待に応えようと神経を尖らせ、常に肩肘を張る姿が目立っていた。


しかし、今の彼女にその面影はない。


「旅が、お前の器量と見聞を広げたか」


カインの言葉に、メリッサは静かに頷く。


自分を成長させたのは紛れも無くバッカニアの住人達と、旅で出会った仲間達であると彼女は確信していた。


「ワタクシは、この旅を一生忘れる事はありませんわ」


書物を目で追って得られる物は限られている。


恐れ、迷い、後悔、それらの芽は孤独の中でこそ蔓延るが、他者の手を借りる事で、存外に打ち破れる物だと、彼女は学んだ。


「忘れないのは結構だが・・・何か未練があるような顔だな」


そしてカインはその成長の奥にある物を見抜いていた。


旅の記憶を思い出すたびにほほ笑む娘の姿に、自分にとって不利益な物を感じ取ったのだ。


「それは・・・」


「メリッサ、お前はフロストハウスの名に相応しい家に嫁ぐと約束したはずだ・・・あの寂れた港町の事は忘れろ」


言葉に詰まるメリッサへと、畳みかけるように忠告するカイン。


彼はバッカニアについてあまり詳しくはないが、自然と耳に入ってくる評判が無い街など、彼にとっては等しく名の無い田舎である。


そんな所に、今の彼が求める婿などいるはずもない。


「解っています!」


そんな父に、メリッサは思わず立ち上がり反発した。


バッカニア住民との出会いを、ジェイクとの旅を、その旅で巡り合った友人達の思い出を(寂れた港町)の一言で片づけられた事に激しい憤りを感じたのだ。


「・・・あっ・・・ごめんなさいお父様」


メリッサは口を真一文字に結んだままの父を見て我に返ると、再び腰を下ろした。


彼女は自分の行動を謝罪こそしたが、依然として胸の中で渦巻く感情を否定することはできなかった。


この旅の思い出は、自分の宝物であると。


「・・・まぁ、解っているなら良い」


渋い顔をしながらも、カインはひとまず娘が従ったことで矛を収めた。


彼としても、再会したばかりの娘と喧嘩をしたくはなかったのだろう。


「あの・・・何故ワタクシをバッカニアに?」


呼吸を整えたメリッサが次に話題ににしたのは、自分の避難先にバッカニアを選んだ理由だった。


犯罪率は低く食料も豊富で避難先としては悪くは無いが、そんな町は他でもある上に、そもそもフロストハウス家とは何のゆかりもない。


最悪、彼女が居場所を見つけられず餓死する可能性すらあった。


何の理由も無くカインが選ぶ場所とは思えなかった。


「あれは反乱が起こる半月ほど前だ、私の夢枕に神が降り立った」


カインは目を閉じ、記憶の糸を辿るように、ゆっくりと語った。


夢の中の神、普段の彼であれば翌日には忘れてしまうであろう無意味な夢。


しかし、恐れていた事態が現実となった時、彼は夢にすがる選択をした。


あれは天啓である、と。


「神・・・エメラルダ様かしら?」


メリッサの問いに、カインは黙って首を横に振る。


「解らん、私も直接お会いした事は無い・・・ただ――」


カインが更に会話を続けようとした所で、何者かがテントの外に走り寄る音が聞こえ、彼は話を中断した。


「カイン様! 一大事でございます!」


「どうした、奇襲か?」


外からの伝令と話すカインは落ち着き払っており、そこには確かな貫禄を感じさせた。


国内だけでなく、他国からの侵略者とも剣を交えた過去のある彼にとって、敵襲などもはや慣れた物であった。


「いえ、それが・・・ベルモンド様の部隊が敵陣へと進軍を始めました」


困惑した様子の伝令の声を聞いた瞬間、カインは反射的に立ち上がる。


「馬鹿な、血迷ったか!」


そして、娘の前で激昂した事を隠しもせずに叫び、外で待機していた伝令を震え上がらせた。


「すぐに救援に向かうぞ、あれが壊滅したら陣立てが崩れる、包囲すらままならん! 他の諸侯にも伝達しろ、急げ!」


カインが慌てるのには理由があった。


この内乱は首都だけでなく、ナハト全域へと野火のように広がり、各地で国民が蜂起をしている有り様。


そのためカインを含め他の諸侯達も、兵や指揮官を分散せざるおえなかった。


今、奪われた神殿を取り戻そうと躍起になっている者達に無理やりつき合わされて周りを固めてはいるが、本当はフロストハウス領にいる別動隊と合流したいのが本音であった。


「ははっ!」


伝令はカインの命令を聞き終えると、飛び出すように近くの陣地へと駆け出していく。


その足音を背中で聞きながら、カインは静かに戦支度を始めるのだった。


「あの戦のいろはも知らん青二才が・・・功を焦って自殺するつもりか!」


「お父様・・・」


剣を取り、兜を被り、手際よく全てを整えたカインはそのまま急ぎ足でテントから出ていこうとしたが、突然何かを思い出したように足を止め、メリッサへと振り返った。


「お前はここで待て、私は先走った味方を連れ戻しに出陣する」


テントの出入り口から夜の冷たい風メリッサへと微かに吹いた。


それは彼女の顔や体をほんのり撫でた程度であったが、彼女にかつて無いほどの寒気を与えた。


戦の気配。


死の匂い。


それは人間を心胆から凍てつかせる寒さだった。


「ワタクシも参ります」


体の震えを必死に抑え込みながら、メリッサは同行を志願した。


彼女はすでに数え気ないほど大切な物をバッカニアに置き去りにしてまで故郷に帰って来た。


もうこれ以上、何かを失いたくなかった。


「駄目だ」


だが、カインはそれを拒否した。


彼にとってメリッサは守るべき対象であり、戦場に連れ出すなどもっての他。


メリッサが守る命は彼女自身の命のみ、そう考えているのだ。


「ワタクシも戦えます!」


「駄目だ、お前はフロストハウス家の血を残す役目がある、こんな馬鹿げた戦には関わるな!」


カインはなおも食い下がるメリッサの意見を一蹴。


無理やりその場に残らせ、テントを後にした。


部下達の所へ向かう足取りは荒々しいというより、不機嫌そのもの。


彼はこの戦争を反吐が出るほどに嫌い、罵りながらも参戦し続けなければならない事に憤りを感じていた。


味方はまるで手を取り合おうとせず、自分こそが最高の手柄を立てるべきだという考えに囚われている。


敵からは目を背け、常に味方を出し抜こうとその動向に目を見張る。


それが(こんな馬鹿げた戦)という形で表に現れたのだろう。


「カイン様、全員準備万端でございます」


開けた所には既に彼の兵士たちがずらりと整列し、彼を待っていた。


兵士達も長引く戦に疲労の色が濃いが、依然としてたるんだ空気は無い。


それだけ訓練されている証拠だろう。


「よぉ~し、素早いぞ餓狼達よ、夜でもその牙を研ぐことは怠らないようだな」


カインは並んでいる全員を確認するように視線を隅から隅まで動かした。


誰もがカインの指揮下で戦い続けてきた強者ばかり。


他の諸侯の軍に比べて数は少ないが精鋭揃いであり、動きの制限される市街戦では敵無しであると彼は自負している。


「我が軍はこれより、敵中央に向かって進軍中の味方の撤退を援護する、指揮しているのはあの鼻たれベルモンドだ、あいつが泡を喰う分には歓迎しよう、まかり間違って死んだら敵には感謝状を贈っても良い」


兵士達の中で、何人かが噴き出した。


それほどに、ベルモンド軍は弱兵で知られている。


だからこそ、そのもろさを義勇兵で補おうとしたまでは良いが、彼にはそもそも連合軍という観念すらないようだ。


彼が突出して全滅すれば、もう神殿を取り戻す事は難しい。


それはつまり、政府軍の敗北を意味している。


「だが、あそこには我等と同じくナハトの大事に駆けつけた義勇兵がいる、その者達を見捨てる事はまかりならん!」


しかし、そんな事はカインにとって二の次であった。


彼が救おうとしたのは義勇兵達。


軍人ではない一般人が、故郷の為に戦おうと武器を取ったのだ。


そして、その彼等が今窮地にいる、これを見過ごす事はできない。


「いいか、救国の同士達に、本物のナハトの軍人として戦の手本を見せる時だ」


領地を預かり、軍を動かす身分であるカインにとって、彼等は仲間であると同時に、最も守るべき民でもあるのだ。


仮にこの戦に敗れる運命だとしても、義勇兵達を先に棺桶送りにさせるわけには行かない。


それが、彼なりの貴族としての矜持だった。


「総員隊列を組め、奇襲速度で凱旋門通りに向かうぞ!」


「おお!」


カインの号令に呼応する兵士たちの木霊は、夜闇の中に雄々しく響いた。


これからまた、誰かが死ぬ。


敵か、味方か、そのどちらかが。


それを知ってもなお、彼等の進軍に淀みは無く、軍靴は高らかと鳴るのであった。

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