神々しき暗がりで
(神殿の深部、大会議室にて)
「これで全員揃ったかな?」
商工会の長フィオーレが小走りで入って来たのを確認すると、エグペルは室内をぐるりと見回す。
テーブルには情報部のドツバ、主席専属秘書ウィドウ、そして秘宝管理局の長トライントンがそれぞれ席に付いていた。
「うん? ツェリの姿が見えないが?」
商工会の長フィオーレは自分の席に座ると、いつも隣に座っている治安維持局のツェリがいない事に気付く。
彼はとにかく厳格な人物であり、どんな集まりにも遅刻した事が無いので、これは非常に珍しい事だった。
「ツェリ君はどうしても外せない用事があるので、今日は欠席だ」
教団の幹部が集まるこの会議はほとんどの場合において全員集合が前提に開かれるが、1つだけ例外がある。
司教エグペルよりも上の存在、つまりザダの命令によって行動している時である。
「そうか・・・いや、遅れてすまない、取引先との値段交渉が長引いてな」
フィオーレは遅れた事を謝罪しながら、凝り固まった肩や首をほぐす。
かなり交渉が難航したらしく、いつもクールな彼女の顔にも多少の疲れが見えた。
「まだ買い叩こうとする商人がいるの? 失礼しちゃうわ、ウチの職人達を干からびさせるつもりなら受けて立とうじゃないの!」
これには政治に携わるウィドウも黙っていられないらしく、テーブルを叩いて怒りをあらわにした。
単価を下げる事は簡単だ。
フィオーレが一言発すれば、バッカニアの職人達はそれに従うだろう。
しかし、そのしわ寄せは必ず弱者の所で集中する事を彼女たちは知っている。
その者が潰れれば次へ、またその次へ、ドミノ倒しのようにバッカニアの真珠産業が崩壊を始めるのだ。
それを許容するほど、フィオーレは甘い女ではない。
「そうだな・・・これからの宣伝広告は真珠細工に対して理解と信頼を得られる方向へ舵を取る事にするかな・・・目下の課題としよう」
教団にとって人間とは搾取の対象ではなく、誰もがザダの信者候補である。
逆らう邪魔者を排除する事はあっても、卵を産む鶏を殺す事は無い。
教団の目標はあくまで布教活動、それを幹部達が忘れた日は無かった。
「ちょっと2人共、アクセの話も良いけど、今日はそうじゃないでしょ!」
会議が始まる前にも関わらず、話が脱線している事に注意するトライントン。
多忙な幹部達がこの場に集まったのは井戸端会議をするためではない。
「うむ・・・今日皆を集めたのは他でもない、今後の秘宝の取り扱いについてじゃ」
すかさずエグペルが会議の主題に話を移すが、どうもフィオーレはピンと来ないらしく、不思議そうな顔をしている。
「うん?何を言われるかと思えば・・・」
「や~だもう司祭様ったら・・・秘宝は管理局と情報部が連携して保管しているはずじゃないの?」
2人が驚くのも無理は無かった。
神殿の警備は固く、盗難はおろかまともに入り込んだ部外者はいない。
最近では唯一例外的にメリッサが入ったぐらいだろう。
わざわざ改めるような事案とは思えなかった。
「それがね、このお馬鹿なドツバしゃんが、あちしの静止を無視して持ち出しちゃったのよ、皆がどう思うか聞かせてくだしゃい!」
しかし、トライントンの一言で部屋の空気が一変する。
幹部が秘宝を無断で持ち出したという異常事態に全員がドツバへと視線を集中させるが、注目されたドツバは会議が始まった時と同じように口を閉ざしている。
「そうだな、まずは何に使ったのか聞きたい・・・持ち出して(はいお終い)という事もあるまい?」
最初に質問したのはフィオーレだった。
彼女はまず糾弾ではなく、結果を聞く事から始めた。
何よりもそこに利が生まれるかが気になる。
経済を担当する彼女らしい切り口だった。
「ちょっとフィオーレ! 話をややこしくしないで頂戴、法ではどう決められているの? まさか曖昧なんて事は無いでしょうね?」
すかさずウィドウが教団の法についてエグペルに尋ねる。
普段は自分本位に振る舞っている彼女も、話し合いの席では至極まともである。
そうでなければ、国家主席やその周囲からの信頼は得られない。
「あ~・・・秘宝は全てそれ毎に設けられている管理方法に則り保管する事・・・持ち出しについても同じ・・・との記載があるね」
エグペルが分厚い本のページをめくり、内容に目を通しながら答えると、自分が危惧したような状態では無いと解り、ウィドウは胸を撫で下ろす。
「今回持ち出された秘宝は?」
「・・・珊瑚冠1人以上の承認でしゅ」
トライントンが書類の束から芸術の神の秘宝についての記載を読み上げる。
いかに優れた神の遺物であれ、使い道が解らない物に評価を下す事は難しい。
秘宝の解明が進んでいない事もあり、その評価は他の平凡な秘宝と同じであった。
「それでは罪に問えないな」
「なじぇ!?」
フィオーレの言葉に、トライントンが声を上げる。
彼女はもっと幹部達がドツバを責めると予想していたのだが、想定よりもはるかに他の幹部は冷静だった。
「ドツバも珊瑚冠の1人だ」
珊瑚冠とはエグペル含む幹部達6人の教団内における役職である。
部門分けされた教団の活動目的ごとに1人任命され、教団が大きくなればなるほど、更にその人数が増えていくだろう。
「借りる人間が許可を出すなんて話、あちし聞いた事無いわよ!」
トライントンは憤慨した。
いかに幹部とは言え、誰の了解も得ずに秘宝を好き放題に持ち出す事が許されれば、いずれトラブルを引き起こす事になりかねない。
彼女は秘宝管理局の長として、これを見過ごすことはできなかった。
「借りたいと言ったのは俺の部下だ、俺じゃねぇ」
今まで黙っていたドツバが初めて口を開いたかと思えば、それはエグペルでさえ初耳だった。
しかし、その話が本当であればもうドツバを罪に問う事はできない。
話し合いの意味が亡くなった会議室は一気に静かになった。
「そうね・・・これを機に教団の法を見直してみましょう? 制定してからかなり年月が経ってるじゃない、時代や情勢にそぐわないものもあるわよ、そうよね司教様?」
そして、行き場を失った議題をウィドウが纏めると、それに異議を申し立てる者は無かった。
「ウィドウ君は良い事を言ってくれた、全ての物は流転する、法も古い皮を脱ぎ捨てる時が来たのかもしれないね」
エグペルがそれに同意した事で会議室が解散ムードに包まれる。
しかし、それに納得していない者が1人いた。
「ぐぎぎぎ・・・」
トライトンは椅子に座ったまま、口惜しさに歯を食いしばっていた。
言動は幼いが血族の中でも古参である彼女には神の蔵を任されている自負がある。
厳格に管理されているからこそトラブルが今まで1度も発生していないというのに、無理矢理秘宝を持ち出したドツバがあっさり許された事に不満を持っているようだった。
「しょ~がないわね~この子ったら・・・何かトライントンを納得させるような話はないの?」
そんなトライントンの気持ちを汲んでか、ウィドウが何か収穫は無かったのかドツバに尋ねる。
研究に役立てる何かがあったならば、少しは彼女の慰めになると考えたのだろう。
「あぁ、あれは神を造る為の血になる事が解った、心臓も蔵に保管してある、やろうと思えば造れると思うぜ・・・神を」
赤絵具は駒鳥の血の代わりとなり、シースに神の力を吹き込んだ。
そしてヤマトで回収した龍の顎の玉は心臓となりえる事がアコとの一件から解る。
この2つが合わされば、キンデルで行われた儀式を模倣することは可能。
そうドツバは考えていた。
「素晴らしい、何とか量産したいものだな」
「そんなポンポン神様が生まれるわけ無いでしょ、イワシじゃないんだから!」
収束しかけた話題がまた盛り返してきたので、エグペルはこの場をおさめる言葉を探すが、その前に誰かが部屋の扉をノックした。
「エグペル様、会議中失礼します、お客様がいらしております」
扉を開けて顔を覗かせたのは教会の門番をしている血族だった。
誰かがエグペルを訪ねて来たようだが、当の本人は首をかしげている。
「はて? 今日は誰とも会う予定は無かったはずだが・・・申し訳ないが日を改めてもらうように伝えてもらえるかな?」
幹部の会議を放り出してまで、アポ無しの相手に会う義理は無い。
エグペルは出直してもらうように伝えたが、門番に下がる様子はない。
そして足早にエグペルの席まで近寄ると、そっと耳打ちをした。
「それが・・・自分はキンデルから来た神だ、約束通り儀式の詳細を伝えに来たと、その者は仰っています」
「何、キンデルの儀式!?」
エグペルは珍しく動揺するが、それは彼の言葉を聞いた他の幹部達も同じようで、騒がしかった室内は水を打ったように静まり返る。
誰もが秘宝の管理についてなど忘れ、今最も議論を重ねるべき事について興味津々のようだ。
「こちらまで丁重にお連れしなさい」
それを肌で感じ取ったエグペルは客人を連れてくるように命じると、門番は部屋から出てゆく。
再び外から足音が聞こえてくるまでどれ程時間が経ったか解らないが、その間幹部達全員は一切の言葉を発しなかった。
実績ある神が直々に語るのだ、その信憑性は情報部の推測の比ではない。
会議室の誰もが緊張と期待を抱いたまま客人が入ってくるのを待っていた。
「シース様・・・こちらです、どうぞ」
シース。
その名前をドツバは知っていた。
ジェイクから聞いた通り真っ赤な乗馬用コートにチェック柄のキュロット、鉄製のブーツ、アザミを思わせる赤紫の髪。
それを全て細かい泡に包まれた状態でシースはゆっくりと入室した。
「突然の訪問にも関わらず、お時間を頂いて感謝します」
シースは一歩部屋に入った所で幹部達に向かって丁寧にお辞儀をした。
普段の彼女を知っている者からすればまるで別人のように写るだろう。
いつもの奔放なシースは鳴りを潜め、神の娘として何処に出しても恥ずかしくない姿だった。
「あたしはキンデル総合病院の神マメールの娘シースだ、今日はそちらに所属しているジェイクとの約束を果たすために来た・・・キンデルの儀式、包み隠さずお伝えします」
自己紹介を終えたシースは自分の言葉が教団のトップ達にどう聞こえているのか測ろうとエグペル達の返事を待つ。
パレードが始まり有耶無耶になってしまったが、彼女はジェイクとの約束を覚えていた。
そのために母マメールの許可を得てまで教団の門を叩いたのだ。
「それはそれは、喜んで拝聴させて頂きますとも・・・皆もそれで良いかな?」
エグペルは友好的な笑みを浮かべたまま目線で他の幹部達に了承を取るが、当然反対する者は皆無だ。
神を造る儀式。
おいそれと信じる事は危険だが、それが本当に可能となれば教団の更なる力となる事は間違いない。
これを聞き逃す事はできなかった。
「キンデルの儀式に必要な物は駒鳥の血、そして心臓、これ等を組み合わせれば対象を神にできると世間には説明しているが・・・本当はもう1つ必要な物がある」
シースの話を幹部達は無言で聞き入る。
そして、表情こそ出さないが、全員が少なからず衝撃を受けていた。
キンデルの儀式は血と心臓だけでは成立しない。
それは今までの調査を覆す事実だ。
恐らくマメール本人と、一部の血族以外には極秘とされる情報なのだろう。
「その必要な物とは?」
エグペルが幹部を代表してシースと会話するが、何気ないその問いかけすら、何処か彼女を急かしているように聞こえた。
「それは神、神の力そのもの・・・キンデルの儀式は神を造り出す訳じゃあない、神の力を宿す器を作り、そこに力を移すだけ・・・あたしに宿っている力は母さん・・・マメールレッドコームからの借り物なんだ」
シースが明かした儀式の最後のパーツ。
その正体に幹部達は愕然としした。
神の力など、どれだけ探した所で見つかる物ではない。
キンデルのように親子の信頼関係があれば一時貸与はできるが、それ以外の方法で手に入れるとなると、力づくで奪う以外に現実的な方法は無い。
マメールやアコが健在である事から命に影響は無いと思われるが、力を奪われた神の信仰は確実に失われるだろう。
それは神としての死と同義である。
「そうでしたか、これは貴重なお話を聞かせて頂きました、何とお礼を申し上げれば良いのやら」
エグペルは素早く立ち上がると、感謝の言葉と共に深く頭を下げた。
本来であればマメールとその親族しか知り得ない門外不出の情報。
余程ジェイクとザダの教団を信頼しているのだろう、そうでなければ外に出すには危険すぎる。
「まさか、礼をしに来たのはあたしの方だ、今回の儀式で世界中から天然痘を撲滅できる、全部ジェイクとメリッサのおかげさ、礼ならあの2人に行ってくれ・・・それじゃ」
エグペルが何度も丁寧にお礼をするので、シースは少々恐縮した様子でそそくさとその場を立ち去ろうとした。
彼女は礼をされるために来たのではない、借りを返すために来たのだから。
「もう行かれるのですかな? 折角遠くからいらしたのです、一晩だけでも休んで行かれては? 精一杯おもてなしさせて頂きますぞ」
退室しようとしたシースをエグペルが呼び止めるが、彼女は一瞬足を止めたものの、振り返る事は無かった。
本当は帰って来ているジェイク達と食事と共にしたい気持ちはあるが、彼女はパレードの主として病を根絶する責務を背負っている。
それは許されない事だった。
「いや、まだパレードの途中なんだ、仲間が外で足踏みしながらあたしを待ってる・・・悪いけど、今度にするよ」
シースはエグペルの申し出をやんわり断り会議室から去って行くと、残された幹部達は互いに視線を交差させ、落ち着かない様子だった。
全員がたった今説明された事について、議論をしたくて仕方がないのだ。
「さて、会議に戻ろうか・・・またもう1つ、議題が増えてしまったからね」
いつも通りの平静を装ってはいるが、エグペルこそがこの話題について最も関心を持っていた。
神の力。
それが教団の為、ひいてはザダのためになるならば、彼は必ず手に入れる方法を探すだろう。
それが教団の血族の頂点に立つ、司教エグペルという男なのだから。




