払拭
「あぁ・・・旧ロイター時代の神殿がこんな事に・・・病院の実用性とも両立させたこの格調高い建築が解らないなんて・・・賊は目隠しのまま襲撃したのか?」
ジェイク達が病院内部に突入した時、すでにナタリア達は引き上げをほとんど終わらせていた。
追撃する事も考えたがマメールの安否を確認したいというシースの意思を尊重し、深追いはしなかった。
「この地は信仰の拠り所でありながら、医療の発展に寄与する医学の発信源です、それがどうして想像できないのか・・・誰が次に流行する病を止めると思っているのか、もぅこれだから野蛮人は・・・」
今はシースに案内され、キンデル総合病院の廊下を進んでいる。
壁や床はあちこちに破壊の痕跡があり、一部の部屋は黒こげになっている所も存在した。
数々の医療器具や寝台は使い物にならなくなり、その損害額は計り知れないだろう。
「そもそも神を信仰する事は己を律する事、謙虚を知る事・・・彼等に浜の砂一粒の信心すら無かったのが悔やまれます、やはりザダ様の布教をもっと急がなければ世界から人類の宝が失われて・・・」
キンデル総合病院でも治療不可能な発作の始まったジェイクの弁舌は誰も耳を傾けることなく続けられる。
シースは頭の中がマメールの心配で埋め尽くされまるで意に関していないが、隣で並走していたメリッサある事に気付いてジェイクの肩をつつく。
「ジェイクさん、もうすぐ院長室ですわ」
人差し指を立て(静かに)の仕草をした所でジェイクのフル回転した舌がようやく止まる。
「あ、はい・・・すみません」
スイッチが切られたジェイクが我に返ると目の前には院長室の扉、つまりマメールのすぐそばまでお近づきになれているという緊張と喜びでジェイクの胸は激しく高鳴る。
「母さん・・・ごめん、遅くなった」
きしむ扉が開かれると、そこには車椅子に揺られる仮面の老婆の姿があった。
シースが足早に駆け寄り傍らへ膝をつくと、仮面で隠されたはずのその奥が解るほど、マメールは手を広げて愛娘の帰還を歓迎した。
「お帰りシース、あたしの可愛いシース・・・そんな顔しないでおくれ、あんたは死力を尽くして心臓を手に入れた、謝る事は無いよ」
歯を食いしばり、今にも泣き出しそうなシースの手をマメールは優しく握り、労いの言葉をかける。
ジェイクはそれを見て、自分も一度は神に触れられ直接言葉をかけてほしいという欲求に駆られた。
それが例え不可能であると解っていても、だ。
「あたしがもっと早く戻っていれば、あんな奴等・・・」
「過去を悔やむのはお止め、未来は誰にも解らない、あたし等は今を生きているんだ、これからどうするかを考えるんだよ」
マメールの言葉がシースの胸を打つ。
もはや過去には捕らわれない、それは思念公園で乗り越えてきた。
今度は未来をへの憂いを絶つ時が来たと、シースは自分の頬を強く叩いて弱気や不安を振り払った。
「解った、それであいつら何か探してたみらいだけど・・・一体何を?」
「・・・駒鳥の血さ」
マメールの言葉にその場にいた3人は稲妻に撃たれたようなショックを受ける。
駒鳥の血が無ければ儀式は始められない、思念公園の努力が無駄になってしまう。
それは同時にジェイクの任務も頓挫してしまうという事だ。
「どんな奴だった?」
間髪入れずにシースが尋ねる。
彼女の目からは失意の色は消え失せ、再び闘志の炎が灯っていた。
「自分の事をナタリア様なんて言ってた高慢ちきな女だったよ」
「女海賊ナタリア・スパロウ!」
ジェイクの脳が瞬時に記憶のページをめくり、その集合体が言葉となって反射的に飛び出た。
「まさか、知っているのかジェイク?」
寝耳に水といった様子でシースが振り返る。
何の前触れも無く現れた襲撃者が残した僅かな情報から辿り着ける人間がいるとは思わなかったのだろう。
「宝物は勿論ですが、とにかく自分の美容に執着している自称(世界一美しい海賊)です、たしか教団に記録が残っていたはず・・・」
「待て、何故ザダの教団に犯罪者の情報がある?」
腕を組みながら説明するジェイクの言葉を遮り、シースは疑問を口にした。
神に仕え、布教活動をするはずの者達が海賊の事に詳しいのは明らかに不自然だ。
「教団は神の命により世界中から秘宝を集め、管理する事を重要な目的の1つにしています、そのためまずは海から・・・すでにありとあらゆる港と航路に情報網が張られています」
「おいおい・・・ジェイク、あんたはもしかしてあたしの思っている以上に大物かもな」
予想以上にジェイクの所属する教団が力を持っている事に驚嘆するシース。
冷静に考えればかなり危険な組織であると理解できるが、今のシースにとっては地獄に仏、奪われた駒鳥の血を取り戻すためならば、手段を選んではいられない。
「まさか、僕は組織の末端ですよ・・・アジトにしている場所があるはずなのですが・・・行きますよね?」
シースのヨイショを軽く受け流すと、ジェイクは簡単な質問を投げかけた。
今すぐ駒鳥の血を取り戻しに行くか、否か。
「当然だ、このまま黙って引き下がるくらいなら、死んだ方がマシだ!」
シースは1人気を吐く。
それはこの絶望的な状況においても、最後まで戦い抜くという彼女なりの意思表示だ。
「そう言うと思いましたよ・・・では、少し席を外しますね」
そうしてジェイクは廊下へと向かい、ドツバとの通信を始めた。
「ふぅ・・・しかし良く分からんな、何故そこまで知りながら放置する?」
シースは誰に尋ねるでもなく、天井に向かって呟く。
彼女にとっての神とは誰に対しても分け隔てなく優しく、時に厳しく接する母、義理や道理を尊び、悪性の腫瘍があると知れば、取り除かずにはいられない、そんな神だ。
「ワタクシの所感ですが、あの教団は平和を求めるとか、正義や善行、幸福な人生を目的としていません、それらは全て手段なのです」
メリッサは日々の生活の中で教団とその神官の観察を続け、自分なりに分析をしていた。
ザダと教団が求めているのは人との調和が織りなす平穏ではなく、神の秩序を敷く事にある。
相容れないのも当然だった。
「手段? つまり、人を助けて信仰を集めて・・・その繰り返しではないのか?」
神は人に手を差し伸べ、人は神を奉る、そしてその信仰心が神に更なる力を与える。
その循環の外側に、何かを求める意味など無いはずだった。
しかしザダの教団は組織的に活動して政治に干渉し、ビジネスに手を出し、自ら治安維持を行い、水面下で世界中から情報を集めている。
「上手く言え無いのですが・・・あの方達は様々な形で分別されている人種や国家を自分の世界に塗り替えようとしている印象を受けます」
「ふぅむ・・・あたしはまだジェイクと出会ったばかりだが、そんな感じは無いぞ?」
メリッサの説明を大人しく聞き入っていたシースであったが、その点に関しては納得していないようだった。
ジェイクは神に心酔、傾倒している、それは間違いない。
しかし教団の思想に染まっているにしては常軌を逸した言動は見られない。
「はい、だから困っているのです・・・どちらが本当のジェイクさんなのか・・・」
メリッサの胸中はざわついていた。
ジェイクはまだ心の奥底に淀みを抱えているのではないか、それがあらわになる日が来るのではないか、と。
しかしシースは(そんな事か)と肩をすくめる。
「その考えは良くないな、どんな人間も表と裏がある、どちらもあいつさ、認めてやれ」
「そう・・・ですね! ワタクシが間違っていましたわ」
ジェイクがどんな状態であれ、彼が彼自身で無くなることは無い。
本質が同じならば接し方も変える必要も無い。
そう教えられたメリッサの瞳に光が戻る。
「おぅ、重要な事は・・・どの顔でも、あいつはあんたを気にかけてる、きっと大丈夫さ」
シースは励ますようにメリッサの肩に手を置く。
「何故シースさんにはそこまで解るのですか? まだ出会ったばかりですのに」
「あたしは仕事柄色んな人間と対面する、直接話せばそいつがどんな奴か大体わかるさ」
シースは総合病院や思念公園で様々な人間と出会い、そして別れてきた。
心の重荷に押し潰されそうな者、不治の病に侵され死を待つばかりの者。
人の本質とは、そういった瀬戸際であるほど滲み出る。
2年という短い期間だが、人との出会いという1点において、彼女は非常に密度の濃い人生を送っていた。
「ジェイクはいい奴だよメリッサ、誰かを不幸にするなんてできっこない、あたしが保証するよ」
真剣に悩みに耳を傾けるシースと、その解答を真摯に受け止めるメリッサ。
2人はそんな間柄の友人を持つのは初めての経験だった。
この短い旅で得た最大の収穫とも言えるだろう。
「・・・はい、ワタクシもその点には賛成です」
悩みは尽きないが、迷いは払拭され晴れ晴れとした表情を浮かべるメリッサの顔を見て、シースも満足そうに微笑む。
「ただいま・・・あれ、何かありました?」
そこに丁度戻ってきたジェイクは、先ほどまで暗い顔をしていたとは思えないほど見違えた2人を見て呟く。
「いいや、こっちの事さ・・・それで?」
シースは結果の報告を促す。
その雰囲気はあざみ野で出会った頃に戻り、自身と余裕に満ちていた。
「はい、アジトの記録は残っていたので、そこまで送ってくれるそうです、すぐに港まで行きましょう」
「了解した・・・悪いが先に行ってくれ、あたしは母と話してからすぐに追いかける」
ジェイクとメリッサは目で合図すると、何も言わずに退室する。
2人とも解っているのだ。
これから死地へと向かう前に、シースはマメールと話す事があると。
「シース、行くのかい?」
その問いに頷くと、シースはマメールを抱擁する。
「言ってくるよ母さん・・・前に言ったね、どんなに酷い状況でも、諦めなければ道は開けるって・・・その通りだった」
「あの男は潮の香りがした、深い海から来たわだつみの使いだ、きっと力になってくれる」
マメールもシースの背中に手を回し、優しく撫でながらも謎めいた言葉で我が子を励ました。
「そっか・・・じゃあきっと、必然の出会いだったのかもな」
マメールの言葉を全て理解したわけでは無いが、シースはすでに自分の中で答えを見出していた。
引き合わせた物が何であれ、共有した時間に嘘は無い。
「急ぐんだよ、もう時間が無い・・・あんたに宿った力が今にも溢れそうなほど成長してる、心臓に血を注がないと、あんたは雨の日の西瓜みたいに弾けちまうよ」
そして次にマメールが口にした内容は不吉なものだった。
心臓に血を注ぐ、つまり儀式を完遂しなければシースの命が危うい、と。
それほどまでに神の血からは強大なのだ。
「・・・解った、なるべく早く血は取り返すよ」
自分に残された時間は多くないと知り、シースは抱擁を解いて立ち上がる。
「いいかい、あんたが無事に戻らないと、世界で数え切れないくらい人が死ぬ・・・でもね、あたしにとってもそりゃ~大事な娘なんだ・・・忘れないでおくれ」
儀式の重要性を改めて説明するマメール。
それは神であると同時に1人の母親としてシースを心配する親心の表れだった。
「大丈夫、必ず帰ると約束するよ」
マメールの言葉と決意を胸に、シースは院長室から飛び出し、2人の待つ港へと駆け出してゆく。
「マメール様、パレードの準備は・・・」
それを見届けた神官数人が入れ替わりで部屋に入ってくる。
その手には大小様々な楽器が握られていた。
「予定通りに始めるよ」
マメールはシースの帰還を信じている、だからこそ儀式の日程は変更しないと宣言した。
「我々に何かできることは?」
「少しでもお力になりたいのです」
神官達は駒鳥の血を奪還に向かっている3人への助力を申し出る。
彼等も非力ではあれども儀式のため、そしてシースとその友人のために自分たちの役割を模索していた。
「・・・あるよ、1つだけね」
そんな神官達にマメールは短く簡潔に告げる。
「信じる事さ」




