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波濤揺蕩う神殺し  作者: 韋駄天
病の神のパレード編
70/100

神と海賊

「外が騒がしいな・・・」


キンデル総合病院の一室にて、2つの人影が対峙していた。


1つは端整な顔立ちに均整の取れた体、きらびやかな装飾と上等な服を身に着けた美女だった。


一見この場において似つかわしくないように思えるが、他ならぬ彼女こそがこの襲撃の首謀者女海賊ナタリア・スパロウなのだ。


「それが、まだ抵抗してる奴がいるみたいで・・・」


一歩離れた所で控えていた男がネズミのような動きで側ににじり寄り、耳打ちする。


「無抵抗の奴、逃げる奴は見逃す約束をしたけど・・・反抗する者の命までは保証してないね」


ナタリアは向かい合っている相手の反応をねめつけるように観察すると、嗜虐的な笑みを浮かべて唇をなめた。


「・・・」


その視線の先にはこの院長室の主にして病と物語の神マメール・レッドコームの姿があった。


ゆったりとしたエプロンドレスを身に着け、古びた車椅子に腰かけているその姿は院長というより患者であるかのような印象を受けるが、顔を覆っているガチョウに似た仮面の奥から放つ眼光は、紛れも無くシースと似たそれであった。


「殺して良い、このナタリア様に歯向かう奴がどうなるか教えてやれ」


「へいっ!」


先に視線を外したのはナタリアだった。


部下が一目散に走り去ってゆくのを見届け終えた彼女が再びマメールへと向き直った時、先ほどの鋭い視線は何処へやら、すっかり上機嫌な様子でほほ笑んでいた。


それもそのはず、彼女はここに探し物を見つけに来たのだ、それがもうすぐ手に入るとなれば頬が緩むのも当然だろう。


「さて、取引成立ね、その、え~と・・・(血)とやらを頂戴、あるんでしょ?」


ナタリアは何度も確かめるように、思い出すように催促する。


その様子にマメールは違和感を覚えたが、今は素直に従うほかない。


病院には避難はおろか寝返りすらできない重病の患者が大勢いる、貴重な資料や歴史的に価値のある品も数え切れない。


それらが全て人質にされているのだ。


「こんなもの、人間には何の役にも立ちゃしないさ」


車いすを軋ませながらマメールは懐から小さな瓶を取り出す。


中には粘性のある赤い液体が入っており、傾きに合わせて揺れる度に幻惑的な光を放った。


「そんな嘘でこのナタリア様を騙せるとでも?」


それを見たナタリアの目の色が変わる。


彼女は神とその儀式に関しては疎いが、宝の匂いには敏感で、それがすぐに特別な物であると勘づいたようだ。


「あたしゃ真実しか話さないよ」


「真実ってのは、その血が不滅の神になるための道具なんだろ? 違うかい?」


シースが参加する儀式は公にも周知されているが、その場の(神になる)とは祭事にの主役以上の意味を持たないとマメール達は説明している。


下手に隠して外に漏えいするくらいなら、儀式そのものは公開して、その一部に嘘を混ぜる事で長きに渡り秘密を守ってきたのだ。


「不滅ってのは、雨上がりの虹と一緒・・・見せかけのまやかしさね」


マメールはナタリアが口にした単語を繰り返す。


不滅。


彼女はこれまで何人もの我が子を儀式で神にさせたが、不滅であったことは一度も無かった。


「往生際の悪い事・・・まぁ良いわ、この美貌を永遠の物にできるなら、何だって構わないの・・・もうちょっと嘘の練習をしとくんだったね、おばあちゃん」


まるで聞いてきたような口ぶりに、ようやくマメールの頭の中でパズルのピースがはまった。


「ふふふ・・・」


「ちょっと、何がおかしいのさ」


小馬鹿にしたように笑うマメールに対してナタリアは棘のある口調で尋ねる。


「確かに、あたしゃあんたを騙すなんてできっこ無いさ、もうあんたは誰かに騙されてる、籠に入れられた小雀を、もう一度籠に閉じ込めるなんてできないだろ?」


マメールは確信した、目の前で強がっている小娘は、背後にいる何者かに踊らされるマリオネットに過ぎない、と。


ナタリアは駒鳥の血が神と化すために必要であると理解しながら、それ以外の知識や関心が著しく乏しいのが証拠だ。


その滑稽さに、マメールは声を上げて笑った。


「誰が小雀だこのババァ! この大海賊ナタリア様を馬鹿にすると承知しないよ!」


怒鳴り散らし、マメールのしわがれた手から小瓶をひったくるナタリア。


癇癪に歪む顔はお世辞にも美しいとは言い難かったが、駒鳥の血が放つ蠱惑的な魅力に当てられ、すぐさま恍惚の表情に変わった。


「美しい、なんて美しい赤なの・・・このナタリア様に相応しい赤じゃないの、気に入ったわ!」


「約束だ、手下を引き上げな」


今度はマメールが要求する番だった。


無法者相手にまともな交渉で約束が守られるとは思えないが、ナタリアは目当ての物を手に入れ有頂天になっている。


これ以上何かを要求するようには思えなかった。


「はいはい・・・長生きしなよ、おばあちゃん」


「おい、撤収の合図を出せ、船長の道を開けろ!」


血を手に入れた以上ナタリアとしても長居する理由は無いらしく、あっさりと部下に撤収を命令して自分も退室してゆく。


後には床に転がる調度品と、車椅子の上でうなだれているマメールのみが残された。


「シース・・・急いでおくれ・・・時間が無いよ・・・」

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