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波濤揺蕩う神殺し  作者: 韋駄天
芸術の街アンチェイン編
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衝撃

「これは・・・何と形容したら良いのかしら・・・」


「僕にもサッパリです」


アンチェインの街並みは奇怪、としか言いようがなかった。


とにかく自然物が一切存在しない、一歩足を踏み込めばそこは絵画の世界だ。


壁、樹、道、その全てがこの街の住人にとっては展覧会場なのだ、石づくりの道を泳ぐ魚、壁のシダ植物に張り付くトカゲ、茂みの奥から飛びかからんとするライオン、樹上からこちらを見下ろす木彫りのハト、レストランらしき店舗には晩餐会を開く人々、看板には頬を釣り上げて笑う太陽、鼻提灯を浮かべる月、全て誰かの作品だ。


道端では子供から杖をついた老人まで思いのままに絵を描いている。


壁であれば筆を走らせ虹を作り、土がむき出しであれば石灰の粉を用いて自画像を描く。


それを誰も気にする所か咎めない、この街アンチェインでは散歩をしたりお茶をする事と同じレベルで住人が創作活動を行っている。


それを2人は唖然と眺めていた。


「これは、踏んでも・・・」


「大丈夫だと思いますよ・・・たぶん」


道行く人々は道路に描かれた絵を時折立ち止まって関心したかのように唸る者もいるが、ほとんどの人間は気にも留めずに踏みつけている。


とくに人通りの多い道の真ん中は、かすれたように消えかかっている物も多い。


この街ではジェイク達の常識は通用しない・・・が、それでも良心が痛む二人は、なるべく消えかかっている所に足を置くように気を付けながらアンチェインへと踏み込んだ。


「ドーベルマンさん・・・という方は、どこに行けばお会いできるのかしら?」


「まずはここの冒険者組合か、人の集まる所に向かいましょう・・・そこで情報を仕入れて・・・あっ!」


ジェイクは街を眺めながら歩いているせいで足元を良く見ていなかった。


そのせいで地面に羊の群れを描いている中年男性のチョークを踏みつけてしまう。


「ご、ごめんなさい」


白のチョークはジェイクの靴の下で粉々に割れている、羊の群れの横にできた白い粉の山は、まるでチョークの羊から刈り取った羊毛のようだ。


「いや、気にすんな・・・これくらいどうってことねぇ」


男は意に介さず手を動かし続ける。


それ所か羊毛の隣に毛を駆られた後の羊まで書き始めた、トラブルに動じない所か逆に利用するその創作意欲にジェイクは半ば感嘆し、半ば飽きれた。


「いえ、弁償します」


「弁償って大げさな・・・そっか、あんた旅の人か、変わった格好してるもんな、ふ~ん・・・」


ようやく顔を上げた男はジェイクの恰好を上から下まで品定めをするかのようにじっと見つめている。


「え~っと・・・何か?」


「いや、その妙なデザインのローブを身に着けたあんたに、ちょっとビビッと来てな」


「そう・・・ですか」


ジェイクは改めて自分の恰好を確認する、胸の刺繍以外は特に飾り気の無いただのローブだ、長年着古しているので擦り切れやほつれは当たり前だ、しかし教団のローブは海水を吸収すると、えも言われぬ深い海底のような色を纏う。


それが男の琴線に触れたのだろうか。


「あんたを描かせてほしい」


「えぇ!?」


「頼むよ、な、良いだろ?」


「いや、僕はこれから仕事でこの街の情報収集を・・・」


断ろうとするジェイクの袖を掴み、男は必死に引き留める、まるで性質の悪い客引きのようだ。


「解った、じゃあ俺が知ってる事なんでも教えてやる、それで良いだろ?」


ジェイクはメリッサの方に目配せをしたが、彼女は無言で頷いている。


労せずして情報源になる人物が向こうからやって来たのだ、拒む理由はない。


絵のモデルになるジェイク以外は。


「はぁ・・・仕方ない、解りました・・・」


「あんがとな兄ちゃん! 安心しな、男前に描いてやるって」


抵抗を止めたジェイクが脱力すると、男は親指を立ててほほ笑む。


「それはどうも・・・ありがとうございます」


「礼には及ばねぇよ、ささっ、ついてきな、鉛筆屋に行くから」


「鉛筆屋?」


ジェイクの疑問に中年の男は答えることなく足早に進んでいく、どうやら歩きながらも自分の世界に入っているようだ。


ウキウキと小走りをする男の背を、ジェイクはこの旅の行く末を案じながらついてゆく。


「ジェイクさん、きっと大丈夫ですよ、悪い人ではなさそうです」


「いや、そこは気にして無いんですが・・・僕に絵のモデルなんて本当に務まるのか・・・」


「何か問題でも? 絵のモデルになれるなんて名誉な事ではありませんか?」


「メリッサさんにとってはそうかもしれませんが、僕はちょっと・・・」


2人は今まで旅を続けてきたが、考え方、生き方、物の捉え方で食い違う所は多々存在した、ジェイクはどちらかと言えば狭いコミュニティで生きてきた、教団の教えに従い神のため生き、清貧に過ごし、常に謙虚である事を求められ、滅私奉公を求められてきた。


信仰のために命すら捧げる覚悟はある、神官としてザダに認められている自負もある・・・が、血族達が運営する教団では頭数の1人に過ぎず、大衆の中の一市民に過ぎない彼は、他人から注目を浴びるような事は好まない。


「むっ・・・前々から思っていましたが、ジェイクさんはもっと自分に自信を持つべきです」


対するメリッサは銘家生まれのお嬢様、花よ蝶よと育てられ、貴族としての教養と淑女としての嗜みを叩きこまれ、やがて支配階級の人間の妻となる・・・はずだった身だ。


彼女は神に敬意をはらってはいるが、何よりも重きを置いているのは自分の中に流れる(血)である。

信仰を柱とするジェイクとは違い、彼女が信じる物は自分の中にあり、羨望の眼差しを向けられる事は己のみならず血筋にとっての誉れであると感じるからだ。


「貴方は自分が思っている以上に魅力的で頼れる人間ですよ!」


「はえ!?」


突然の事にジェイクは素っ頓狂な声を上げる。


教団やドツバから労いの言葉を受ける事はあったが、同年代の異性に(魅力的)、(頼れる人間)、そんな褒め言葉を使われた事は無いジェイクは思わず赤面した。


ジェイクの方にも多少問題はあるが、恥ずかしげもなくそんな言葉を口にするメリッサは間違いなく危険だ、耐性の無い男はそれだけで眠れぬ夜を過ごす事になる。


「師匠は敵を知り己を知れば百戦危うからずと、仰いました・・・ジェイクさんは敵を分析する事はできても、自分を過少評価しすぎです、これを機にモデルに挑戦して、他人から自分がどう見えているか一度客観的に確認すべきです」


「は、はい・・・解りました、急ぎましょう」


いつもなら一言二言余計な言葉がついてきそうな物だが、思考回路が焼き付いている今の彼には言われるがままだ。


「あっ! 置いていかないでください~」

メリッサから顔を背けながら男の後を追うジェイク、今はとても彼女と顔を合わせる事はできそうもない。


「お~いあんたら、こっちだ」


男に導かれるままに細い路地に入ると、そこには巨大なスケッチブックをそのまま壁に貼り付けたような店舗が存在した。


針葉樹の老木に寄り添うように建った山小屋、その後方に雪を被った髙山が全て色鉛筆で描かれている。


その山小屋の扉の部分だけは本物の扉になっており、男はその中に入っていった。

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