芸術の街を目指して
「おう、来たか・・・良~しお前ら、(開門)の準備だ、アンチェインに繋げろ!」
ジェイクとメリッサはザダの神殿内部に潜っていた。
すでに何度もここを訪れているはずだが、メリッサは相変わらずカチカチに緊張していた。
血族達が数人ジェイク達の前に集まり、両手を上げて祈りの言葉を呟き始める。
もっとも、メリッサには相変わらずあぶくの音しか聞き取れないのだが。
「そうだジェイク、技術部から良いもんもらってきたぜ・・・ほれっ」
ドツバが放り投げたのは3つの袋だった、その内2つは何か生物が入っているかのように蠢いているが、最後の1つは他の袋よりも小さく、中身も動いていない。
「もらってきたって・・・また無理やり持ってきたんでしょう?」
「一緒だ一緒、だいたいある物を使わんでどうする! あいつらはどうせ後生大事にしまっておいてそれっきりだ、俺が世の中に出して有効活用させてやるんだ、有難く思ってもらわにゃならん」
「それはどうも・・・」
ジェイクは心にもない礼を言いながら3つの袋を懐にしまった。
蠢く物体はほんのり熱を帯びているようで、ほのかに温かい。
「ドツバ様、(門)の構築が完了しました」
「よっしゃあ! 今日こそは前みたいな奴を持ってこいよ!」
ドツバはジェイクの背中を思い切りたたくと、海中でジェイクは1回転するハメになった。
「そんなにたくさんお酒の秘宝なんてあるとは思えませんけど・・・とにかく行ってきます」
過剰な気合を入れられたジェイクは背中をさすりながらメリッサの手を引き、光の輪をくぐった。
その瞬間、肌を針が刺すような感覚がジェイクを襲う、冷たい、バッカニアの冬場と比べても遜色ない水温と、濁って良く見えない海水からまばらに見える揺らめく海藻。
バオバオと出会った場所とは真逆の世界だった。
「(門)を閉じます」
光の輪のすぐ横には、いつものワニ頭の情報班、イグニスの姿があった。
「お、おおおお待ちしておりましたジェイク殿!」
「お疲れさまです・・・大丈夫ですか?」
海中で一分の隙も無い敬礼をするイグニスであったが、寒さのあまりシバリングで震えている。
耳を塞ぎたくなるような大声も鳴りを潜め、思わずジェイクも心配の声をかけた。
「こ、この地域の調査はこたえるであります・・・何しろバッカニアよりはるかにさむ、さむさむ、寒いであります!」
「血族は海中の方が良さそうですね・・・このまま報告はできますか?」
「も、申し訳ありません、が・・・お言葉に甘えさせて頂きます、この先の海岸から3時の方向に存在する都市アンチェインからの情報によれば、付近のカーブル山に芸術の神が残した画材が眠っているとの情報を入手したであります、しかし山には危険な肉食獣が多数生息しており、現地の住民は猟師以外滅多に立ち入らないとの事であります」
「山、ですか・・・うぅ~んまいったな・・・」
ジェイクは頭を抱えた、(山)を探せと言われて当てもなく彷徨えるほど彼に山登りの経験は無い。
調査の長期化に加えて遭難のリスクも考えれば途方もない時間がかかる。
「ご安心くださ・・・いっきし! 自分の調査により山に唯一居住している男が存在するとの情報を入手致しました、地域住民からはドーベルマンと呼称されている老人であります、人相は大きな鼻、白髪に口ひげ、分厚い眼鏡が特徴であるとの事、まずはその人物に接触を図ることが最善かと思われます!」
「ほっ・・・良かった・・・」
イグニスの調査が中途半端で無かった事に胸を撫で下ろすジェイク。
現地人にガイドを頼むことができれば、何の手がかりもなく探し続ける事に比べて調査に雲泥の差が出る。
「はっ! お役に立てたようで何よりであります・・・所で、ジェイク殿は不知火出目金の補給は受けましたか?」
「出目金・・・もしかしてこれですか? たしかに何か動いてるみたいですけど・・・」
ジェイクは内ポケットで蠢いている巾着袋を取り出した。
紐を緩めて中をのぞき込むと、まるで真っ赤な炎のように揺れる尾と背びれが特徴的な金魚がジェイクを見上げていた。
逃げたり暴れる様子は無い、かなり大人しい性格の生物らしい。
「小袋の餌を定期的に与えれば、放熱を行い寒冷地でも継続的に暖を取れる優れものですが、専用の飼育袋から外に出す事は呼吸困難で死ぬ恐れがあるため禁止されております・・・自分も1匹賜りましたが、不覚にも餌袋を無くしてしまい・・・ぶぇっくし!」
「アハハ・・・僕も気を付けます、ありがとうございました、お大事に」
ジェイクは巾着の紐を締め直すと、イグニスに別れを告げ、浜へと進み始めた。
「はっ! それではご多幸と健康をお祈りいたします!」
イグニスに送られながら海岸へ上がると同時に身を切るような風が晒され、ジェイクは思わず身を固く縮めた。
その拍子にメリッサを掴んでいた腕が外れ、メリッサは泡から解放された。
「うぅ、これはたしかに・・・」「はぁ~やっと地上に・・・」
「「寒い!」」
震えながら周りを見回すと、流木、砕けた貝殻、干からびたクラゲ、腐った海藻。
寄せては返す波は黒々と濁り、メリッサは幼い頃受けた絵画の講義を思い出していた、赤、青、緑、様々な絵具を混ぜたらこの海の色になるかもしれない。
「まるで筆洗いですわね・・・芸術は結構ですけれど、神様は景観にも気を配って頂きたい物ですわ」
「とにかく今は町を目指しましょう、ここにいると僕達もイグニスさんと仲良く病院に通うハメになります」
ジェイクが指す先の海岸線沿いに町が見える、大小様々な青い屋根が連なる奇妙な街並みの塊が、数々の著名な彫刻家、絵描きを輩出した芸術の町アンチェインである。
ジェイクは懐から巾着袋を取り出すと、一番小さな袋から餌をひとつまみ出目金に与えてみた。
金魚はパクパクと口を開き餌を食べ終えると、急に全身が鮮やかな色に変わり始め、熱を帯びるようになった。
「おぉ、すごい! 温かい・・・はい、メリッサさんどうぞ」
「どうも、ウフフフ・・・所で、先ほどは泡で良く見えなかったのですが、この袋は一体?」
メリッサは受け取った袋を好機の眼差しで見つめている。
「金魚が入ってます」
「金魚?・・・あら素敵! なんて綺麗で可愛らしいのかしら!」
メリッサは金魚を初めて見たようだが、クリクリとした大きな目を持つ不知火出目金をいたく気に入ったようだ。
自分を見上げる金魚に彼女は人差し指を近づけて恐る恐る触れてみると、その指を金魚は口でくわえようと何度も指を甘噛みする。
その仕草がまたメリッサの心を捕らえたようで、何度もメリッサは金魚を指で優しく撫で、金魚はそれに応えるかのように指をくわえた。
「・・・そろそろ良いですか?」
「あっ! いけない、ワタクシとした事が、つい夢中に・・・」
メリッサは赤面しながら金魚に別れを告げ、巾着の紐を絞めた。
「この品種は無理ですけど、普通の観賞魚ならバッカニアで業者が繁殖させてますよ、帰ったら見てみます?」
「う~ん・・・止めておきます、今のワタクシは自分1人で精一杯で・・・不幸にさせてしまうだけでしょう」
生物を飼う以上は責任が付きまとう、金魚は観賞用とはいえ無機物の人形ではない。
命あるものを管理するという事は、最後まで面倒を見るという事だ、その重さをメリッサは知っている。
今の彼女が無理に金魚を手に入れた所で、悲劇が1つ増えるだけだろう。
「たしかにそうですね、救貧院には水槽を置く場所も無いですし・・・何か良い方法を考えてみましょうか」
そうして2人は目的地のアンチェインへと歩き出す。
まるで子供が積み重ねた積み木のような家が立ち並ぶ不思議な街並みには、一体何が待っているのか、ジェイクは期待と不安を胸に秘めながら歩を進めてゆく。
「はい、今は無理でも・・・いつかカトリーヌのために立派な邸宅を手に入れてみせますわ!」
ジェイクの後ろをついてゆくメリッサは、両の手を握りしめ、決意に燃える。
「カト・・・え? もしかして、もう名前決まってるんですか?」
「もちろんです!」
メリッサは満面の笑みで答えた。
「気が早いですね・・・」
「そんな事はありません、姓名は一生を運命づける重要な意味を持つのです、フロストハウス家の一員として相応しい名前をワタクシが名付けて差し上げるのは当然の事ですわ」
新たに家族となる者の将来を思い名付け親になるという事は、人生でそう何度もある行為ではない。
メリッサの言う通り運命を決める・・・とまでは断言できないが、送り手から込められたメッセージが受け手に伝われば、あるいはその人生を左右するのかもしれない。
金魚がそれを受け止められるかどうかは疑問ではあるが。
「まぁ、考えるだけなら自由ですけど、今は仕事の方に集中して下さいね」
「は~い」
ジェイクの言う通り、今は秘宝を求める旅の最中。
気を引き締めなければ、親から授かったその名も、命ごと大地に返す事になるかもしれない。




