神殺し 発つ
「や、やりました・・・?」
最初に口を開いたのはジェイクだったが、まだ決着がついたことに信じられないようだった。
「やった バオバオ達 勝った」
緊張が解けたジェイクとグルグルは、力が抜けたのか、それとも疲労がピークに達したのか、倒れ込むようにに腰下ろした。
「師匠、大丈夫ですか?」
ようやく泥から抜け出したメリッサがバオバオの下へ駆け寄る、事はできないので転げ寄るという表現が近いのだろうか。
メリッサは懐からハンカチを取り出すと、それを千裂き、包帯代わりに巻き始めた。
「あぁ、メリッサさん、止血なら先に・・・」
ジェイクも体にムチ打ち立ち上がると、まず傷口に瓢箪の水をかけ洗い流し、その後懐から海藻の干物を取り出した。
「これは殺菌と止血効果のある海藻です、これを当てたあとに、包帯をお願いします」
ジェイクの指しだされた海藻を受け取ると、メリッサは再び作業を再開する。
その間も、傷口からは血が流れ続けているはずだが、バオバオは微動だにせず治療を受けていた。
痛みに呻く事も無く、全てをやり終えたような満足気な顔のまま。
「ありがとう ジェイク メリッサ」
「お礼だなんて、ワタクシ何もできませんでしたわ・・・とんだ足手まといです」
「僕もですよ、結局何から何までバオバオさん頼みでした、作戦とはいえ、あんな杭みたいな牙に噛みつかれるなんて・・・脱帽です」
ジェイクとメリッサは己の無力さに打ちひしがれる他なかった。
うつむくか、はたまた涙ぐみながら必死に手を動かす、それくらいしかできる事がない、そう思い込んでいた。
「足手まとい 違う 一緒に 戦って くれた それで バオバオ 怖い 気持ち 無くなった・・・ありがとう」
酒、技、どれだけ積み上げてもグルグルには及ばなかった過去はバオバオを恐怖で縛りつけた。
それを打ち砕いたのは、2人の友人の存在に他ならない。
「師匠・・・」
「さて と・・・あいてて」
バオバオは巻かれた包帯の具合を確かめながら立ち上がる。
「あ、駄目ですよバオバオさん、しばらく安静にしてないと」
「ジェイク メリッサ 約束 守った バオバオも 約束 守る」
そう言うとバオバオはグルグルの死体へと近寄って行った。
そうだ、彼はまだ約束を果たしていない所か、神様を助けてすらいない。
「ウホッ! ウホホッ! 神様!」
バオバオは赤黒い塊の中から、小さな杯を取り出す。
ヘドロと血に塗れて汚れてはいるが、その奥には重厚さを感じさせる金色が垣間見えた。
「「おぉ~」」
ジェイクとメリッサが同時に感嘆の声を上げる。
一見小さな飾り気の無い金の杯に見えるが、ため息が漏れるほど人間を引き付ける何かがあった。
それがきっと神なのだろう。
バオバオは付着した汚れを手でふき取り、広間の中央の水場へと歩き出すと、水場の瓦礫を上り、台座の上へ杯をそっと乗せた。
「ジェイク 今から 神様 呼ぶ」
「呼ぶ? つまり、その金の杯に神様が宿っているという事ですか?」
ジェイクの問いに、バオバオは首を振る。
それはつまり、ジェイクの知らない未知の方法で神を降臨させるという事だ。
「今から バオバオ 神様と 交代 する」
「え? 交代?」
ジェイクの疑問をよそに、バオバオは瓦礫に胡坐をかき、2度深く頭を下げ、その後柏手で2度音を立てた。
「かけまくも畏き 大雫神 父母に長久の安らぎを与え給え 子々に恒久の繁栄をもたらし給え 民草の永久の営みを守り給えと 畏み畏みもうす」
「師匠は何を言ってますのジェイクさん?」
突然何かを呟き始めたバオバオに、メリッサは置いてけぼりを喰らったようだ。
「あれは祝詞という神様を崇め称えて加護を受けるための祈りの一種ですよ・・・バオバオさんはここの神官だったのかもしれません」
「へぇ・・・人に歴史あり、ですわね」
ジェイクの解説に、メリッサは感嘆の声を漏らす。
大酒飲みでなおかつ武闘派な神官など、メリッサの故郷では全く考えられないのだろう。
「人じゃないですけどね・・・うっ!」
次の瞬間、神殿の内部が急に明るくなった。
光源に目を向けると、なんとバオバオが黄金色の光を纏っているではないか。
信じられない光景に2人が言葉を失っていると、バオバオが2人の方へと向き直った。
その顔はいつもの柔和な表情ではなく、別人のように凛々しい顔をしている。
「旅人よ、不覚にも卑しい獣の虜となり果てた我が身を取り戻してくれた礼を、まずはさせてくれ・・・感謝する」
深々と頭を下げた光るバオバオに、ジェイク達も思わず頭を下げた。
さっきまでのバオバオとは違う、別人だ。
ジェイクは察した、これは交神による神下しだ、神がバオバオの体に宿り語りかけている、メリッサに教えていた酔拳の奥義が、目の前で起こっている。
「本来ならば名乗るのが筋であるが、我が名は神代の頃より与えられてはいない、ただ村の者には雫の神と呼ばれている・・・無礼を許せ」
「そんな無礼だなんて・・・」
ジェイクとメリッサは思わず恐れ多い心持ちとなり、腰が引ける。
無理も無い、今彼等の目の前にいるのは、バオバオの姿を借りた神である。
「さて・・・我はともかく貴公等の時間は有限だ、本題に入ろう」
どうやら雫の神はジェイク達がここに来た理由を知っているらしい。
だが、言わなくてはならない、それがジェイクの仕事だ。
「あの、え~っと・・・僕達は各地を旅して、神様の残した宝を探しているんです」
なるべく機嫌を損ねないように、曖昧な物言いをするジェイクであるが、要するに秘宝が欲しい、という事を何とか伝えるジェイク。
だが、その言葉を聞いた雫の神は打ちのめされたような顔をした後に、黙って首を振った。
「なんと詫びれば良いのか・・・我らはその日を生きる民、黄金や財宝をため込む蔵があればいくらでも差し出したのだが・・・ここには酒樽を寝かせるだけの酒蔵しか無い、それすら皆あやつらに飲み干されてしまった、口惜しい、真に口惜しいが・・・貴公等に渡す物はたしかにあるぞ」
「え、でも今何もないって・・・」
雫の神は歯を見せて笑うと、台座の上にある黄金の杯を手に取った。
「無ければ、作れば良いのだ!」
そう叫ぶと、杯の端を指で掴み、力任せへし折った。
「あぁ! 金の杯が!」
「いや、これで良い・・・この杯を見る度に貴公等の働きと、この身の不徳を思い出す、それに我も神としての意地がある、命を賭して戦った勇ある者達に・・・つまらぬ意地を張らせてくれ」
親指を先ほどの大きさに千切れた金の破片を砕かれた瓢箪の中に放り入れると、瓢箪は見る見る内に金の膜に覆われ、破損は時間が巻き戻ったかのように修復された。
「これを授ける、その酒器からは泉のように神殺しの酒が溢れだすだろう」
「神・・・殺し?」
震える手で酒器を受け取るジェイク。
神殺し、とはどういう事か、文字通りだとすれば、あまりにも危険すぎる。
「ぐははは! 失敬、神殺しとは吹いた物よな、神すら酔わせる名酒だ、宴席で思う存分味わってくれ」
「なんだ、ビックリした・・・」
種明かしをされたジェイクは思わずため息をつく。
そんなに簡単に神殺しの宝など作られる物ではない、作られてしまうべきものではない。
「さて、旅の目的を果たした所で、不躾ながら1つ頼まれてくれんか?」
「はい、何でしょう?」
聞き返したメリッサに対して、雫の神は欠けた黄金の杯に神殺しを注いで答えた。
「一献、付き合って欲しい」
「喜んで」「もちろんです」
メリッサとジェイクは間髪入れずに返事をすると、神は思わず破顔する。
2人はすぐさま荷物から自分のカップを取り出し、雫の神の酌を受けた。
注がれた酒は解けた黄金のような色をしている、まさに神が作りし酒だ、人の世の物ではない。
「何たる喜ばしい日だ、これほど杯が眩しく映る日が来るとは思わなんだ・・・この良き日の出会いに!」
「「「乾杯!」」」
2人と1柱は一息に、神殺しを飲み干す。
その瞬間だけは、世界にこの場の者以外全ての生命が消え去ったかのように静かだった。
いや、必要ないのだ。
誰もこの瞬間を邪魔する事はできない。
「まだ、旅を続けるのだな?」
最初に口を開いたのは雫の神だった。
ジェイク達は神を救い出し、対価として宝を授かり、神の提案を受け、そして済ませた。
この地ですべき事は全て終わった。
それが来たを理解したかのように、どこか寂し気な声だった。
「はい、ワタクシ決めました! 世界中を回って困っている人を助けます、そして猿酒をご一緒させて頂くのです!」
「僕もです、秘宝はもちろんですけど・・・世界を回って神のあり方を探し続けます、それでバオバオさんや雫の神様みたいな人と、お知り合いになりたいです」
雫の神は一瞬でもこの喜ばしい席に暗い影を落とした事を恥じた。
「では今すぐ発てい、世界が貴公等を欲しているぞ!」
これ以上恥の上塗りをするわけにはいかない、雫の神はあらん限りの声で叫び、2人に檄を飛ばした。
「はい、ワタクシは今日という日を絶対に忘れません、神様」
「バオバオさんによろしく伝えてください、酒器・・・有難うございます」
2人は立ち上がる、そうだ、雫の神の言う通り時間は有限だ、次なる冒険を求めて、2人は雫の神に背を向けた。
世界は乾き切っている、故に彼等のような存在を必要としているのだ。
目の覚めるような歓喜と、夢見るような時を与える、神殺しのような人間を。
「忘れるな友よ! 猿酒に満たされた杯ある限り、我らは席を共にしている、その時にまた会おうぞ!」
その言葉を背で聞きながら、ジェイクとメリッサは神殿の出口へと歩き出す。
地面を覆っていたヘドロはいつのまにか乾いていた。
静かになった広間で、雫の神の体から黄金の光が消えてゆく。
「バオバオ、許せ・・・今日の神は泣き上戸なようだ」
それを最後に、その肉体から光が消えた、神は再び杯に帰ったのだ。
「知ってる バオバオも 同じ だから」
涙で別れの席を湿らせるなど、似合わない。
しかし、こらえる事もできない。
だから1匹と1柱が流した別れの涙は、地に落ちることなく、欠けた黄金の杯を濡らしていた。




