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波濤揺蕩う神殺し  作者: 韋駄天
名も無き島と神喰らい編
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疑惑の建造物前

「随分と静かですね」


「たしかに、昨日の騒ぎが嘘のようですわ」


一行は目的の建造物の前に立っていた。


木造の村の家屋とは違い、石造りで堅牢な作りをしているが小高い丘の上に建てられているため風雨の影響を受けやすいのか、所々崩れて穴が開き、壁面には苔や蔦が生い茂っている。


「そういえば聞き忘れていましたが、ここは一体何のための場所です? やっぱり神殿ですか?」


「ここ 神様の 家 ここから 神様が 水を 流す バオバオと 人間 それを 飲む 猿酒 作る 大切な 水」


バオバオが語る建物の役割に、相槌を打ちながらジェイクは聞き入る。


この場所は信仰の中心である神聖な場所であると共に、島の住民の生活基盤となる重要な水源でもあるらしい。


敵は知ってか知らずか、神の住居を図々しく占拠しているのだ。


それが、残された者達にとって、どれほど苦痛であったことだろう。


「へぇ、村に井戸が無いのでおかしいと思ったんですが・・・神様が飲料水から生活水まで全部賄ってくれたんですね、道理で・・・ライフラインを神様が握っているなら信仰対象になるのは自然ですし、シンボルはシンプルに杯・・・良いですね、実に面白い宗教体系です」


ジェイクは職業病なのか興味深そうに神殿の見物を行い、出入り口の上部にある杯のシンボルを見上げていた。


かつてこの村に住んでいた人間と神様の関係は円満に思えるが、それは物事が万事上手く行っている間の事である、村の生活と密接に結び付き過ぎた神様はその身が危ぶまれると同時に信者との関係も切れてしまうからだ。


いかに信者達が神様を敬っていようがグルグルを打ち倒す術が無ければ、生活基盤を崩された人間達は水を求めて移住せざる負えない。


「しゅうきょう たいけい?」


「あぁいえ、余計な話をしました・・・入りましょうか」


中は静まり返っている、周囲の木々もグルグルの縄張りだったこともあってか他の動物達も寄り付かないため、不自然なほど何も聞こえない。


「どうですか師匠、グルグルはいますか?」


声を潜めながらメリッサが尋ねる。


「いる 気配 する」


バオバオは2つの眼球を絶え間なく動かし、鼻を鳴らし、グルグルの気配を察知しようと必死だった。


この一戦が彼と、神と、この島の行く末を決めると言っても過言ではない。


ここで敗れれば、次の来訪者がいつやって来るかなど誰にも解らないのだ。


「気配・・・まぁ、バオバオさんが言うならそうなんでしょうが・・・」


中に踏み込んだジェイクには散らかった室内と獣臭さ以外何も読み取れない。


だが、そういった感覚で自分が劣っているのは自覚しているらしく、素直にバオバオの後に追従する。


「考えるな 感じろ」


「無茶を仰る・・・」


人間が失った動物的感覚を研ぎ澄ませながらバオバオはゆっくりと歩を進めてゆく。


神殿の内部はグルグルとその仲間達の体毛と体臭が散乱し、まるで鶏小屋のようだ。


通路から見える部屋の中はかつて酒造に使われていたのか空の樽が猿達の寝床の枯草と共にごちゃごちゃと並んでいた。


「この先 広間」


バオバオの後に忍び足でついてゆく2人は、緊張で喉を鳴らしながら広間へと足を踏み入れた。


広間はザダの教会ほどではないが、村に住んでいた人間ならば全員入ることができそうな広さは十分にあった。


中央には小さな台座があり、その周囲には円形の水場が石で造られていたが、濁った水と崩れた天井の瓦礫、枯れ葉などで埋め尽くされ、無残な姿を太陽の光の下に晒していた。


「いつも ここで 神様 人間 バオバオ達 猿酒 作って 飲んでた・・・」


バオバオは懐かしむような、それでいて悲壮感に溢れた声で話す。


その瞬間だけバオバオの背中はそれまでの頼り甲斐のあるものではなく、どこか小さく見えた。


「まさに神域ですね、それをここまで汚すとは・・・理性無き獣とは言え許される事ではないです」


荒れ果てた広間に並んでいる柱、それに刻まれた文様、台座の装飾。どれも腕のある職人による丁寧な仕事が施されている一品である事がうかがえるが、残念な事にその価値は損なわれて久しい。


ジェイクは異教徒ではあるが、神に仕える身分の者としてグルグルの所業に激しい憤りを感じずにはいられなかった。


「見てください、この織物、これを設えるのに何人の針子がどれだけ汗を流した事か・・・ワタクシは素人ですが、ここがいかに愛された場所だったのか解ります」


メリッサの足元にはずたずたに引き裂かれた敷き物が転がっていた。


汚れて色あせてはいるものの、太陽と月の下で人と猩々が踊り、杯から水が溢れる様子が刺繍で表現された物だった。


かつてはここも、この織物に描かれたような場所だったのだろう、それをジェイクとメリッサが目にする日は到底来ないだろうが。


「ジェイク メリッサ ありがとう」


感謝の言葉を述べるバオバオの言葉に、ジェイクの胸が熱くなる。


出会って間もない間柄であるというのに、もうバオバオとは何年も時間を共有したかのような気分になっていた。


これが、猿酒の生み出す友情の力とでもいうのだろうか。


「バオバオさん、一刻も早くこの神殿を卑劣な魔の手から奪還しましょう!」


義憤に燃えるジェイクは1人気を吐く。


それは、今までの彼からすれば、想像できないほどのやる気に満ちている。


「・・・ジェイク ちょっと 変」


バオバオの呟きで頭に疑問符を浮かべるジェイクだが、となりのメリッサも同意と言うように頷いている。


「はい、ジェイクさん神殿に来てからかなり饒舌ですわ」


「ぼ、僕は1人の神官としてこの神殿の歴史と学術的価値に感じ入っているのであって・・・これぐらい普通ですよ」


ジェイクは否定こそしているものの、自身の中に生まれた感情に自分でも驚いていた。


彼の人生は言うなれば、空っぽの人形だ。


ザダによって生かされ、ドツバの下で働き、冒険者になった。


そんな彼が自分の意思で他所の神殿を奪還したいなどと思う日が来るなどと誰が予想したか。


「ジェイク かなり 変」


「変じゃないです、メリッサさんならこの美しさが解りますよね? 初期ロマンネスク様式の広間式教会堂ですよ!」


そしてジェイクは何よりも、神様漬けの神様マニアであった。


彼は教団に保管されている宗教の書物を読み耽り、情報部の任務で各地の宗教施設を見てきた過去がある。


そのため彼の興味の大半は神であり、それは内外問わず、あらゆる場所や時間を問わない。


「え? えぇ・・・たしかに美しいですわね」


メリッサはジェイクと視線を合わせないようにしながら答えた。


肯定はしているものの、話がマニアック過ぎてついていけないようだ。


「美しいだけじゃないんです、この様式の神殿がここにあるという事は、ロマンネスク初期の頃、つまり今から200年前に――」


「ジェイク」


熱心に語るジェイクであったが、そこにバオバオが水を差す。


そう、彼は重要な事を忘れていた。


「来た 気を付けろ」


現在、自分達はグルグルを探して、この神殿に潜入中である事を。


「・・・あ・・・」


バオバオの言葉でようやく我に返ったジェイクは己を恥じた。


敵地のど真ん中で歴史の講義を始める愚を犯した人間など、そうそういないだろう。

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