8話 そうですハルクルファです
聖女です。
はい、聖女ですよ私。
まあ聖女なんて肩書ですけど、これには多分に政治的な理由が含まれています。
私の主な役割と言ったら、宣伝でしょうかね。
【治癒】という稀有なスキルを持って生まれた私は、教会からこの称号を与えられて今までせっせと働いてきました。たぶん、今後も。
その聖女の役目をこなすために、今日も一仕事終えたところです。
仕事は簡単。たっかいお布施を頂いて、スキルを使う。そして感謝しているところに、これも神のお導きですとか何とか言って教会とその宗教の布教。
あとは他の人がいろいろやってくれるので、私がするのはこれくらいです。
所詮は広告塔に過ぎないので、それ以上はさせてくれないということでもあります。
ああ黒い、黒いですよぉ。教会の中で立場だけは高いので、ダークな部分を半端に見るはめになって気分もダークです。
……癒しが欲しい。
そんなわけで、仕事終わりに町へと繰り出しました。
せっかく仕事で赴いた場所なので、プチ旅行を楽しませてもらいましょう。このくらいの役得は欲しいです。
散策なう。
いやぁ、独りっていいですね。お腹の中が黒そうな大人たちに囲まれてるくらいなら、私は孤独を選びますよ。
ホント、護衛とか勘弁。散策と言う名の逃走に思ったより時間が掛かりました。
さて、鬼の居ぬ間に美味しいものでも食べますか。
外見を保つために食事も制限されてるんですよ? 好きなものを食べられないとは、なんてブラックな職場でしょうか。
食事とはストレス解消になるんです。
ストレスは美容の大敵ですからねぇ。そう考えると、完全に食事を管理するなんて非効率です。
チョコレート、カスタード、生クリーム、はちみつ……。
今日の私はスイーツな気分です。聖女様はスウィーツをご希望なるぞー。
良い感じのお店を捜索します。
きょろきょろとうろついていると、細道から出てきた人にぶつかりそうになりました。相手が小さい子だったせいで気付くのが遅れたのもありますが、これは私の不注意なので素直に謝罪です。
「うん、気にしなくていいよ」
そう言ってその子はすんなり許してくれました。
でも、なんで仮面?
その子は暖かくなってきた季節なのに極端に肌の露出が少なくて、フードを深くかぶったうえに、止めに顔まで仮面で隠しています。
両手で抱える袋には食料品が入っていて、これだけ見ると子供のおつかいなのですが、格好が不審すぎです。
これは気になりますね。
あとを追いかけたい衝動に駆られますが、流石に教会の聖女がストーキングは如何なものか。
でも、気になる。
うしろ姿を追っていると、その子はお店に入っていきました。おしゃれなオープンテラスです。
おっとぉ、このお店にはフルーツ盛り沢山のパフェがあるようです。これはもう、行くしかありませんね。私はスイーツを求めてましたし、これは断じて追跡行為ではありません。
パフェを頼んで、さり気なくその子が見える席に陣取ります。
少しして、二つのパフェを持ったウェイトレスがやってきました。どうやらあの子も同じものを頼んだようです。
食べるということは、邪魔な仮面を外すということ。
さあ、そのご尊顔を拝見させていただきましょう!
なんかドキドキしてきました。
あ! ついに仮面を!
……おおおおぉ。
…………ふおおおおお!
シミ一つない色白なお肌。艶やかな黒髪とぱっちりとした黒真珠のような綺麗な瞳。
その白黒対照的な美しさが、あどけない子供の可愛らしさを際立てています。とても可愛らしく、どこを取っても綺麗と言えるその姿はどこか幻想的なくらいです。
――ズキュン!
私のハートが撃ち抜かれた音が聞こえてきました。
こんな可愛い子を見るのは生まれて初めてです。これは絶対に縁を持たなくては。
これはナンパなんていう生半可なものでは断じてありません。
これからするのはお見合いです。将来を真剣に考えたものなのです。
「お嬢さん、席空いてるし一緒に食べませんか? 同じパフェを食べる仲ですし?」
ああ! 焦り過ぎました!
同じパフェを食べる仲ってなんですか! バリバリ他人ですよ!
仮面の子は、いきなり意味不明なことを言い出した近くの席の人を見て、不思議そうに首を傾げています。
やめて! そんなピュアな目で私を見ないで! ……あ、その上目遣い最高。やっぱりもっと見てください。凝視してくれて構いません。
と、そうです。弁解しないと。
「いや、すいません。独りで食べるのもつまらないと思って声を掛けてみたんです。私、寂しがりやでして」
取り敢えずこれで反応を見ます!
「う、うん。そう、なの?」
「そうなんです! それで是非、貴女と席を共にしたいと思いまして!」
「そうなんだ……」
控え目な反応。でも相槌はしてくれています。
これは押せばいけますね。強引にならないように、けれどグイグイと意思を伝えていきましょう。
「どうですか? 良かったらパフェのお供に飲み物をごちそうしますよ」
「ん、まあ、そこまで言うなら少しの間、付き合ってもいいよ」
「本当ですか!」
付き合う! 良い響きです。
おっと、少し引かれているようです。惹かれてくれれば嬉しいんですが。違う違う、平常心平常心。
「それでは失礼して」
パフェを持って席を移動します。
「飲み物何にしますか?」
「んー……じゃあ、桃ハニー」
ウェイトレスを呼んで、追加で二人分の飲み物を注文。私も気になったので同じ物を頼みました。
「では、溶ける前に頂きましょうか」
「うわ、もう溶けてきてる」
パフェにはソフトクリームが入っているので、私が絡んでいるうちに少し溶けてきたようです。
慌てて一口目を口に入れます。
「あ、美味しい」
「うまうま」
果物が綺麗に盛り付けられたパフェは、見た目だけでなく味もなかなかのものですね。
仮面の子も気に入ったらしく、パクパク食べ進めています。
「この飲み物もいいですね。気に入りました」
「桃は正義」
途中で来た飲み物で口の中を潤しながら、至福の時を過ごします。
はあ、それにしても可愛らしいですね。食べ物を食べている姿は小動物のようで胸がときめきます。もっとよく見たいので、フードも外してくれませんかね。
こんなのが道を歩いていたらすぐに誘拐されてしまいますね。仮面を付けていたのも納得です。
それに肌も白いですし、日に弱い体質なのかもしれません。
これは保護しなくては……と、いけない。いつの間にか私が誘拐犯になるところでした。
仮面の子は私より先にパフェを食べ終わり、満足気な笑顔を見せました。
笑顔が殺人的すぎます! この笑顔を見たら一発でハートブレイクですよ! 私はすでにブレイクされてますけどね! オーバーキルです。
「? どうかしたの?」
「い、いえ、可愛い笑顔でしたので、つい見惚れてました」
私の言葉がよく分からなかったのか、怪訝そうな顔をされてしまいました。
「…………!? あ、あの」
「はい?」
何かあったのか、突然仮面の子の様子が変わりました。
「あの、その、えとえと……」
あわあわと狼狽えて、顔もどんどん赤くなってきます。
というか声の質もなんだか変わってますね。もともとはこっちの可愛らしい声なんでしょうか。すごく好みです。
それで、赤面顔を見た私の顔が緩み切ってしまうのも仕方がないことでしょう。この子が新たな表情を見せるたびに、私の中で新たな感情が芽生えてきます。これはちょっと嗜虐的。
私が自分の感情を押さえていると、仮面の子はテーブルに置いていた仮面でその赤くなった可愛らしい顔を隠してしまいました。
「それじゃ、ごちそうさま!」
「え! ちょっとまっ――」
引き留める言葉を言い終える前に、その子は店を出て行ってしまいました。
名前くらい訊きたかったんですが……。
はあ、あの子はきっとこの町の子供でしょうし、まだ機会はあると信じるしかありませんか。
せめてまた会えることを願っておきましょう。ああ、神よ。