表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 縄奥
3/3

71話~百話

◆◆◆◆◆71話






 男衆たちが漁に出かけている時、女子衆たちの殆どが家を空け歩いて30分前後の雑穀畑に出かける… モンペに白いゴム長靴を履き、藁で編んだリュックサックを背負い麦わら帽子に頬かむりと、遠くから見たら男衆にしか見えない様相。


 到着すると、畑の端っこの草むらに隠しておいたスキを、辺りを窺いながら手繰り寄せ、風の方角を確かめ吸えないタバコに火を付けると、指で摘まんで空に向ける。


 タバコから立ち上った青白い煙は、浜の方角から流れた風に乗って草木の中に吸い寄せられるように消えていく… 呼吸を整え辺りに聞き耳を立て畑の周囲の草木の方向に見入る。


 風にザワツク草木の音の中、激しく鳴くセミたちと、山鳩の鳴き声を聞き分けると同時に、地を駆ける小動物生の足音を目で追うと、空を見上げながらカラスの行方を目で追い「ホッ…」と、一安心する女子衆。


 タバコが燃え尽きると、入念に消えたことを確かめ50キロはあろうかと言う、犂を「ヒョイ」と、肩に担いで畑仕事に向かった。


 浜から吹く風にタバコの煙を乗せ、人のいることを山の親父クマに知らせ、クマを嫌い攻撃するカラスの居場所で、自分の周りにクマが居ないことを知る、自然と対話の出来る仙人のような女子衆は明日も、明後日も畑仕事に精を出す。



 




◆◆◆◆◆72話






 麦わら帽子に白い手拭が、太陽の光に反射してキラキラと緑色の中をゆっくりと移動する… 山フキがバサバサと左右に揺らめき、遠くからでも何処へ移動したかがフキの葉の動きで解かる。


 動く山フキの左側を流れる小川のおとは、周りを覆う緑の中に溶け込み、その音色ねいろを隠し通す。


 キラキラ光る麦わら帽子は動きを止めると、その場に数十分留まり息を潜めるように微動だにしない。


 浜集落を南に10分程度歩き、その道から沢伝いに四・五分歩くと足元のつちから太陽に温められた黒の匂いと、三つ葉の香りが立ち込め胸の辺りを山フキの香りが充満する。


 小川の方角に顔を向け、山フキの中に屈むと「サラサラサラサラサラサラ…」と、微かに水の流れる音が聞こえ、少しずつ小川の方へ移動すると水の音は次第に大きくなって、ハッキリとその流れを感じることが出来る。


 麦わら帽子はドンドン奥へ奥へと進み、姿は見えぬものの揺らめく山フキで、その場所を容易に知ることが出来る。


 小川のへりは、石ころと砂と所々に水草が生え、右から左へと流れる川の勢いは緩てものの、時折「ボコッ! ボコボコボコ」と、段差から入り込んだ水が深みをえぐり音を出す。


 水深は全体で一尺から一尺五分と言うところだろうか… 足元とは真逆には二尺ほどの深みがあって、その中を何かが勢いよく右往左往を繰り返すのが見える…「岩魚イワナだろうか…」と、目を凝らして見入ると、気配を感じたのか水の中の物は動きを止める。


 暫く「ジッ」として、動かずに見入ると「プウゥゥーン… ブブ… プウゥ~ン」と、やぶ蚊が耳元を掠める… やぶ蚊の羽音が気になって思わず「バサッ! バサッ!」と、手で払った瞬間、向こう側の水の中にいた物達は一斉に何処かへ消えて行った。


 立ち上がって、ゴム長靴のまま小川の中に入ると、ゴム長靴伝いにヒンヤリとした水の温度を足に感じ、暫くすると額の汗も嘘のように消えていた。


 川下に背を向け屈んで見ると、川伝いに奥の方から夏山の濃厚な匂いが水の流れに重なって流れて来る… 足元の石を持って引っくり返すと、大きな鋏を持ってウチワのような尾を上下に「バシャバシャ」と、激しく打ちつけるザリガニが、地味な色の川の中に赤を添えていた。


 浜集落で川釣りを楽しむ浜人はまんども良いものだと思った………



 


 

◆◆◆◆◆73話







 遙か遠くの道から猛猛もうもうと、大きな土煙を上げ、まるで軍艦のごとく澄み切った青空の中に轟音を轟かせる物が見えた。


 土煙は青い空に何本もの山吹色の煙の柱を天高く舞い上げ「ドドドドドオォォー!」と、澄んだ空気に小刻みに轟音を伝え「ここにいるぞおぉ!」と、ばかりに自らを主張する。


 やがて土煙は浜集落へ何本もの土煙の柱を運び、轟音と地響きを集落に伝えると「ゴオォォー! ゴゴゴゴゴォー! ガタンッ! ガタンッ! ゴゴゴゴゴゴゴ…」と、轟音をトンビの鳴き声が聞こえる程に絞ると「ダッタッタッタッタッタ…」と、道幅いっぱいに、真っ黒い巨漢をゆっくりと中心部へと進めた。


 集落のアチコチから黒い巨漢に浜人が笑顔で手を振ると、端から端まで数百メートルの集落の一本道は黒い大きな一つの巨体となった。


 大きな黒が「ブルルルーン! プスプスプス…」と、馬の鳴き声のような音を立てて止まると、次々に連なった黒たちは同じ音を立て静まり返った。


 浜子たちが学校から飛び出してきて、校庭から連なった黒を小さな瞳を大きく開いて「すげえぇぇー♪」と、口々に坊主頭たちが着物の裾を捲くり上げると「綺麗♪」と、オカッパ頭たちはにウットリする。


 百台はあろうかと言う連なった黒は陸の軍艦と呼ばれ、一度ひとたび動けばその音を何キロもの彼方へその轟音と地響きを伝える。


 大きなボンネットトラックの荷台に積まれた鉱石は「キラキラ」と、太陽の光に反射し高台から見下ろせば、まるで宝石箱のような七色を見る者に優しく伝える。


 浜人たちは運転手達を労うように、お茶にお菓子で持て成し、情報交換に華を咲かせては、互いに白い歯を見せあっている。


 奥深い山から運転手達の手を伝い渡された、山の恵みに感謝する浜人たちと、浜人たちから手渡された海の恵みに頭を下げる運転手達の一時ひとときの憩い。


 先頭の黒い大きなトラックから「ブルブルブルッー! ドドドドドドオォーン!」と、大きな機関音が轟くと一斉に別れを惜しむように、手に手を取り合って最後の別れを互いに告げると、陸の軍艦たちは再び連なって集落をゆっくりと通り過ぎると「ドドドドドオオォォーン!」と、一際大きな轟音を立て、山吹色の煙の柱を何本も何百本と天高く舞い上げると「ブオォォォー! プププププウゥー!」と、警笛を鳴らして立ち去って行った。


 大きな山吹色の土煙は、集落から少しずつ離れて行くと集落はいつもと変わらぬ様相に取り戻したが、いつもと変わらぬものが一つ… 集落の左右に伸びる一本道が太陽の光に「キラキラキラキラ」と、光り輝いていた。


 近づいて見ると、道の両側にトラックから転げ落ちたのだろうか、鉱石が真珠のネックレスのように連なっていた。


 昼はキラキラと白く輝き、夕暮れ時にはキラキラと赤く輝き、その美しさは遙か海の上からも見ることが出来たと言う。


 


 


 

◆◆◆◆◆74話







 風一つない無風の朝を迎える… 外から壁伝いに枕元へ届けられる「ポチヤポチャ」と言う、屋根から落ちる雨音に目を覚まし、そっとカーテンを開けると雨で汚れの落ちた紫陽花の葉が、鮮やかな緑を曇った窓ガラスに映す。


 軒下に並べられた木樽に屋根からの雨垂れが「ポチャ… ポチャン…」と、耳障りでありなからも、雨水の有り難みを知らしめる。


 捲り上げられた布団の中から、丹前たんぜんだけを手際よく抜き取ると、温もりを逃がさぬよう手際よく畳に座って袖を通し、枕元に置いてある帯を腰に巻きつける。


 手を伸ばして、枕元の水差しから湯飲みに注いだ水を、窓の外で葉を濡らす紫陽花をみながら「ゴクリ、ゴクリ」と、浜人は乾いた喉を潤した。


 

 



◆◆◆◆◆75話






 浜集落から少し大きい隣街までクネって上り下りの多い山道が続く… 片道12キロの道は海面から数百メートルの高さに位置している。


 静まりかえった山道の何処からか「カァーン! ゴォーン!」と、何かを打ち付ける音が山中に響き渡り、時折「ズドオォーン!」と、鉄砲のような音が木々の間を勢い良く擦りぬける。


 雲一つない澄み切った青い空の下に居て、似つかわしくない音に耳を塞ぎ「キョロキョロ」と、音のする方向に顔を向けるものの方角が定まらず再び耳を澄ます。


 乾いた道をゴム長靴を履きテクテクと青い空の下、左に大海原、右に緑豊かな山々を見て歩み始めると「カァーン! ゴォーン!」と、再び響く音に歩みを止める… 麦わら帽子に海からの微風が柔らかく当たり右側の草木が軽く風に葉を揺らす。


 同じことを繰り返しながら浜集落から音のする場所を目指して歩むものの、沢伝いの道は右に向きを変え陽の光を遮る鬱蒼とした山道に突き進む。


 仄かに草木の甘い香りが漂い昼間なのに孤独を感じさせる… アチコチに立てられている「熊出没」の看板が否応無く目に飛び込み、時折あたりを覗うよに耳を澄ますものの、沢を流れる小川の「サラサラサラサラ」と言う音が全てを掻き消す。


 右から左に山道の進路が変わると、心なしか歩みが速くなり、アチコチから「パチッ! パチッ!」と、木割れの音がすると、途端に「ドキッ!」と、して立ち止まるものの辺りの様子を覗うこともなく、海の見える開けた場所に一目散に走り出す。


 鬱蒼とした草木は「ネットリ」と絡み付くような蒸し暑さを漂わせ、何処までも追いかけてくる… 振り返ることなく真っ直ぐに開けた場所だけを見詰め只管歩くと「カァーン! ゴォーン!」と言う音が一段と大きくなり、驚いたものの歩みは止まらず開けた場所へ無我夢中。


 先端部に到着し上に青空、正面に大海原を見れば海から吹く微風が心地よく襟元を通り過ぎ、沢の先端から来た道を振り返ると「真っ黒いモコモコした大きな四足の物」が、沢から駆け上がり道を横切ると山側の草木の中に駆け上って行った。


 すると突然「カアァァーン!! ゴオオォォーン!」と、さっきとは違った大きな音が立ち尽くす場所の進路方向から聞こえ、歩みを一つずつ増やして行くと何やら人の声… 耳を傾けると進路方向の二つ目の沢の下あたりから草木を通じて聞こえた人の話声に「ホッ」と、胸を撫で下ろす。


 沢の下をハッキリ見てみようと木に登ると、下からこちらを見上げた大勢の人たちが「おおぉーい! おおぉーい!」と、皆が大きな手招きをした…… 木から下りて急な沢の勾配の草木を避けて下へ下へと突き進むと、突然「ズドオォーン! キュウゥーン!」と、言う音が沢の草木を揺らした。


 続きは次回






◆◆◆◆◆76話







 突然の轟音は山々に響き渡り、下からの大勢の人たちの声を掻き消し、山鳩は驚いて鳴き声を止め辺りは静まり返った。


 転がるように草木に掴まりながら下へ降りると「大丈夫だったがやー!」と、何やら心配げな顔して向かえてくれた大勢のヘルメットの男達は、グルリ取り囲み「まんず、アンタさんも物好きな人だない! こんだどごさ来てのぉ!」と、男達は上の方を指差して「アンタさんの後ろさ、親父クマさん来とったはんでのおぅ!」と、猟銃を掲げた初老の男性。


 聞けば、隣街からようやくこの浜集落に「電気」と言うものが来るらしく、一本ずつ「電柱」と言う大きな柱を立てて歩いていると言う男達の表情は険しく、山の親父クマさんが頻繁に出没することから猟銃を持っては威嚇しての作業だと言う。


 真っ黒くコールタールを塗られた8メートルほどの柱は、ロープを使って少しずつトラックから降ろされ、目的地では手掘りによって穴が掘られ、汲んできた水と砂と小砂利でコンクリートが練られ全てを手作業で一本ずつ立てて行くと言う。


 草を大カマで刈り取り、根切りと言って草木の根を土を掘り起こしながら切ったところで、縦横1メートル、深さ2メートルから3メートル掘った後、掘った表面を、重さ50キロほどの丸太にロープを付けて、地表から何度も落として地固めをして砂を入れ平らに均した後、捨てコンと呼ばれるコンクリートを流し込み土台を作るらしかった。


 道から鬱蒼うっそうとした沢の中にいて、やぶ蚊やハチに襲われながら親父クマさんにも狙われると言う作業を、聞けばきくほど頭の下がる思いがした。


 この山の男達はやがて浜集落に電気と言う新しい「道」を作るためにやり方は違えど、今日も何処かでやぶ蚊とハチに襲われながら、一本ずつ柱を立てているのだろうか。


 





◆◆◆◆◆77話







 朝露の抜けたばかりの浜集落は活気に満ちている。 はまから聞こえて来る漁船の音と浜人はまんど達の威勢の良い声が、空を舞うカモメの鳴き声に重なる。


 集落の中心部、左右に伸びる道に黒く大きなボンネットトラックが数台並び、浜からの魚を積んだ馬車を待つ… 荷台に敷き詰められたヤマブキ色のムシロに、何度も木桶で水をかける運転手達とその様子を瞳を輝かせて見入る浜子たち。


 大きなトラックを自在に操る運転手たちは、浜子たちの憧れの的… 運転手が水を撒けば撒いたで学校で話題になり、運転手が煙草キセルに火を点ければつけたで話題になるほどだ。


 朝早くから隣街に用事のある浜人は運転手に朝ごはんを振る舞い、隣街への便乗を頼み、運転手はそれを楽しみに朝ごはんを抜いてくる者も少なくない。


 獲れ立てのマグロにイカに鮑の刺身とワカメの味噌汁に、舌鼓を打つ運転手達の顔から笑みが零れる… 浜集落のもてなしに満腹になった頃、トラックに戻ると港から運ばれた馬車から次々に威勢の良い声を出し、トラックに積まれる魚を空の上から、羨ましそうに見るカモメたち。


 トラックに便乗した数人の女子衆おんな達は、大きな唐草模様の風呂敷を担いで乗ると、大きなトラックは轟音を轟かせて、隣街を目指した。


 一時間後、女子衆達はトラックから降りると運転手たちを後ろから見送り、大きな風呂敷を担いで1軒ずつ「わがめぇー! わがめはいらねぇーがぁー!」と、山人やまんどの家の玄関先で御得意さんに声を掛けると、待ってましたとばかりに中から女子衆が出てきて、楽しげな会話に声を弾ずませ、白い米を出と交換し始めた。


 半日後、山集落で「乾燥ワカメ」を「白い米」に替えた浜集落の女子衆は、山の奥から来た鉱山のトラックに手を振ると「あめ色の美味そうなスルメ」を出して、海岸線を走る一日一本しかないバス停へと便乗した。


 山の鉱山から来たトラックの運転手おなじみさんは、口に煙草ではなく、出来立ての「スルメ」に舌鼓を打ち、女子衆と世間話に華を咲かせた。


 互いに名も知らぬ者どうし、住むところは違えど「気は心」で接していたと思う……


 






◆◆◆◆◆78話







 一本、また一本と近付く電柱… 電柱の姿は緑に覆われその姿は見えないものの「バァーン! カァーン! コォーン!」と、言う鉄砲と丸太を打つ音は日を重ねるごとに浜集落へと近付き、浜集落の外れに浜人たちが集まり腕を組み微笑む姿が日に日に数を増やしていた。


 浜子たちは音かするたび学校の窓から一斉に顔を出し、音の方向へ首を捻り、それを見ていた先生も「おいおい、今どの辺からだ!」と、慌てた様子で一段上の窓から顔出す。


 そして、時折「バァーン! バァーン!」と、続けて二発の鉄砲の音がすると「熊だぁー! 熊が出たぁー!」と、教室の中で顔を見合わせる浜子たちと、腰を屈めて顔を青ざめさせる先生は「熊か?! 熊が出たのか!?」と、心配顔の浜子達の顔を見渡す。


 三日に一度はボンネットトラックに積まれ、浜集落に運ばれて来る「大きな熊の死体」を、何度も見せられた都会から来た先生は浜子達に囲まれ「膝をガクガク」と、振るわせ、浜子達が「先生! 熊はここに来ねえから安心しなぁー♪ あっはははは♪ 熊は一年に一回しか街中さ来ないからさあー♪」と、先生の様子に談笑しながら先生を元気付けたが、一年に一度降りて来る「熊の話し」を聞いて先生は両手で頭を覆って身体を震わせた。


 太陽が沈みかけた頃、集落に轟音を響かせ黒い大きなトラックが到着すると、集落のおさは熊の引渡し承諾書の署名を、浜人達の前で、電柱屋でんきかいしゃの人達と交わしていた。


 大きなトラックの荷台は夕日に赤々と燃えるように染まっていたが、荷台の上に横たわる大きな熊と小熊を見た浜子達からは笑みは消えていた。


 浜人たちは荷台に上り小熊に見入る浜子たちを「ヒョイ、ヒョイ」と、抱きかかえては、荷台から慌てるように浜子達を降ろした。


 この日の夕食ばんげでは、熊の話に触れる浜子達は居なかったようだった……


 




◆◆◆◆◆79話







 寝苦しい夜の続く浜集落は、この日も朝から気温は25度を超え、学校裏の山々から上がった太陽が朝露を浴びた草木のしずくに照り付ける。


 太陽の光は薄暗かった山々を這うように扇状に広がり、青い海と薄黒の砂浜、そして波打ち際をキラキラと眩しいほどに輝かせた。


 山の親父クマと暮らす浜集落の限られた中の畑に、緑色の茎が人の高さにまで育ち、重そうに薄緑色の葉に包まれたトウモロコシを「ダラ~」と、交互にぶらさげる。


 畑の回りには「トゲトゲ」のついた「グスベリー」が、1センチほどの実を付け、見る者に「酸っぱさ」を思い起こさせる。


 女子衆の胸ほどの高さに実った「馬キュウリ」は、お盆用だろうか、いささか貧弱に見えるのは時期まだ早しと言うところだろうか。


 太陽に照らされて人も植物も海も空さえもが生き生きと見える夏、入り口の浜集落だった……






◆◆◆◆◆80話







 いつもと何も変わらない浜集落の朝、港へ戻る漁船の機関音がドコドコドコと集落に響き渡り、賑わう浜人はまんど達の声が宙を舞う。


 太陽が山から顔を出し辺りを這うように光を一斉に放てば、朝露で冷えた空気は一気に前日と同じ夏の温もりを取り戻す。


 アサガオが日を浴びて次々に花びらを広げ、待っていましたとばかりにミツバチたちが何処からともなく現れ花びらを「チョンチョン」と、揺れ動かす。


 港の方から「ガラガラガラ」と、木の車輪が音を響かせる荷台は、馬に引かれて集落の中心部を目指し、黒い大きなトラックの運転手たちは「今か今か」と、身を乗り出して様子を覗う。


 いつもと何も変わらない浜集落の光景、浜子たちが学校へ到着すると同時に寝静まる浜集落に異変が……「お父ちゃんのためなら! えんやこーら! どすうぅん!! お母ちゃんのためなら! えんやこーら! どすうぅん!! も一つオマケにえんやこーら!」と、楽しげな歌が何処からか聞こえてきた。


 突然の大声の歌は、寝静まった浜集落を覆い尽くし「どすうぅん!」と言う音は、地べたに響き渡り足元の鉢植えを「カタカタカタ」と、揺らした。


 歌と音の方へと急ぐ途中、何度も繰り返される「お父ちゃんのためなら! えんやこーら! どすうぅん!! お母ちゃんのためなら! えんやこーら! どすうぅん!! も一つオマケにえんやこーら!」は、近付くにつれ歌声と地響きを大きくさせた。


 大きな丸太が三本、三ツ矢のごとく立てられ丸太の天辺を港で使う艫綱が幾重にも巻かれ結ばれていて、浜子ほどの滑車に太い縄… 大勢の浜人が綱引きのように手に手に縄を持ち「お父ちゃんのためならー! えんやーこーらー!」と、力強く掛け声かければ、滑車を通された縄が太くて巨大な丸太を釣り上げ、浜人の横の木箱に立つ赤い旗を持った男が旗を振った瞬間、浜人の手から縄が一斉に離され巨大な丸太は「どおすうぅぅん!」と、轟音を立て地面に立てられた木杭を数センチ打ち込んだ。


 箱の上に立つ男が「白い旗」を頭の上に靡かせると浜人たちは「縄」を持ち旗持ちが「お父ちゃんのためならー!」と、威勢よく声を張り上げれば、男衆、女子衆入り乱れた浜人達は縄を握り締め「えんやーこーらー!」と、引く手に力を込め身体を斜めに倒して足を踏ん張り「旗持ち」が白い旗から赤い旗を振りかざし「もう一つオマケにー!!」と、威勢よく声を張り上げれば浜人達は一斉に「えんやーこーら!!」と、縄を引き旗持ちが赤い旗を降ろした瞬間、浜人たちの手から一斉に縄が離され「どかあぁーん!!」と、丸太は木杭を打ちつけた。


 そんな楽しげな歌声の中、箱の上に立つ男の後ろには「祝・○○地区電気開通」と、書かれた大きな看板と、一際ノッポの柱の天辺に「クス球」が紅白のたすきで吊るされていた。


 この日の浜集落は太陽が沈むころまで、浜人達の歌声が電気業者の掛け声と共に海に山に空に溶け込んでいた。




 ※「ヨイト巻け」は監督の側から見た言葉であり

 ※「ヨイと巻き」は労働者の側から見た言葉であるが「ヨイト巻け」の方が広く歌などで用いられることが多い。


 ※区切ってみると解かりやすい「ヨイ! と 巻け!!」と、命令口調で口に出してみる

  現場監督の側から見た命令用語であることが解かる


 ※ヨイト巻きは決して楽しい労働ではなく、むしろ重労働であり生きるための糧であったが安い賃金で男は漁から戻っての再労働

  女は女を捨てて男になって全力で縄を握り締める過酷な労働であった







◆◆◆◆◆81話






 暑かった一日が終わって夕日が沈むと、真っ暗な集落のアチコチから、揺らめくランプの光が、一つまた一つと漁火いざりびのごとく暗闇を染める。


 風もなく浜家の一つ一つから「パタパタ」と、慌しい「ウチワ」の音が聞こえそうなほどに、静まりかえった闇夜の中で、景気付けと言わんばかりに「リリリリリ… リリリリリ…」と、虫の鳴くが耳に心地いい。


 窓を開け外に目を向けると、数軒の浜家で作られた共同の外風呂から「カコーン♪ バシャ! バシャ!」と、掛湯の音が零れ、月灯りに照らされた石積みの壁からりょうが目に優しく伝わる。


 開かれた玄関と窓にかけられた竹蚊帳から、真横にランプの光が外に漏れ、外の花びらを閉じたアサガオを照らし、それを肴につかずきを傾ける。


 晩食ばんげを終え、風呂に入り床に就くまでのあいだ、集落のアチコチから聞こえ始める「トランジスタラジオ」からの雑音混じりの流行歌が闇夜を景気づけると、一瞬「リリリリリ…」と鳴いていた虫の音は静まり、時間を置いて再び「リリリリリ… リリリリリ…」と、安心したように鳴き始める。


 外風呂からの帰りだろうか「御晩でやんす… あぁ御晩でやんした…」と、行き交う女子衆おなごしゅ達の一日を終えた声が聞こえた……


 


 


◆◆◆◆◆82話






「御晩でやんしたー♪ 御晩でございますぅー♪」と、集落もドップリと暗闇につかった辺り、まるで昼間のごとく窓にブラ下がる竹蚊帳の隙間から聞こえて来る浜人たちの会釈。


 声の主は誰だろうとタバコの火の始末をして、小ランプ片手に奥の部屋から居間を通り玄関へと足を急がせると「いやぁー今日も暑いなぁ♪」と、またまた玄関の外から聞こえる浜人の会釈。


 居間の柱に掛かったゼンマイ式の時計の針は午後9時を回り、人ひとりもいるはずのない外からの声… 小ランプを持ち玄関の方へ耳を済ますと「わいわいがやがや」と、大勢の浜人の話す声や楽しげな浜子たちの声が大小の波のように聞こえて来た。


「キツネに化かされているのでは?」と、そっと足を忍ばせて開いている玄関の竹蚊帳の隙間から、辺りを覗き込んで「どってんこいた!」とばかりに腰を抜かしそうになった。


 蚊帳の外の真っ暗なはずの向こう側に、松明たいまつを燃やしてもいないのに「煌々」と、揺らめくことの無い大きな妙な光が宙に浮いていて、その下に大勢の浴衣姿の女子衆と走り回る浜子たち、そして真ん中に置かれた木箱を囲むように、男衆たちが酒を酌み交わし談笑しているのが見えた。


「やっぱりキツネに化かされているに違いない」と、手にカマを持ち「ギュッ」と、握り締めると小ランプの火を小さく絞り床に置き「藁草履わらぞうり」を履いて、蚊帳から闇に紛れるように、一歩また一歩と近付く。


 近付けば近付くほどに宙に浮いた光は大きくなって、真下に居る大勢の浜人たちの賑わう声が耳に楽しげに入って来る… 道路の向こうがにいる「キツネ共」に見つからぬように他人の家の軒下で身を小さくしてかまえる。


 ジッと目を凝らして「キツネ共」を見据えると、手にカマを持って大笑いする見覚えのある浜人たちが何人も「キツネ共」から酒を振舞われ歓喜している様子が見えた。


 みんな「キツネ共」を退治にきてそのまま「化かされた」に違いないと、息を殺して出番を待つ… 空の上の真ん丸いお月さんに雲が掛かった瞬間「てやあぁぁー!」と、カマを振り上げ「この悪キツネどもおぉぉー!」と、光の下で賑わうキツネ目掛けて突進した。


 すると突然、こちらを見た浜人たちは「うわっははははははは♪ だっははははは♪」と、全員がこちらに指差して大笑いを繰り返した。


 聞けば、6日後に予定されていた集落の真ん中に立てられた街灯の試験が、繰り上がって急遽、この夜にやることになったらしく、それを知っていた者は手に「酒」を、知らなかった者はキツネに化かされていると思いこんで、手に「カマ」を持って集まったと言う。


 初めて集落に来た「電気」の光の下、集落の浜人たちは、大人も子供も夜が明けるまで、集落に来た新しい時代に感謝したと言う。


 この日から集落には数本の街灯が立てられ、街灯の下には「電池式のトランジスタラジオ」と、酒を持った浜人たちが集ったと言う。


 本来なら電気が来て「真空管ラジオ」が入ってくるはずの文明は、人々の環境に依っては電池式のラジオが先に来て、後から電気コード式の真空管ラジオの入る地域もあったと言う。


 そして、この電気は浜集落の家々を炎の揺れるランプから、揺らめくことの無い電球にと替えていったと言う………


 ※集落では電気が開通すると村を上げての御祭り騒ぎになった






◆◆◆◆◆83話







 毎夜のごとく集落の街灯の下で催される夕涼みは、漁から戻った漁師たちの憩いの場をはまからそこへと移し、漁師たちの笑い声で溢れた港は閑散としている。


 夜の暗闇を守ってきた船着場の大きなランプは姿を消し、集落から引かれた電線は何本もの電柱を経て電気で灯りを燈していた。


 集落の街灯の下には、浜人達が山から切り出して作った大きな机と、長椅子が場所ごとに用意され、持ち寄った海で獲れた乾物を肴に「トランジスタラジオ」からの流行歌を聴きながら、酒を酌み交わしては「がっはははは♪」と、声高らかに笑う声が聞こえた。


 街灯の近くの浜家からは、酒の後でと「浜海苔の握り飯」が差し入れられ、空腹で酒を飲む浜人はまんど達を大いに喜ばせた。


 それから数日したある日、夕方から濃霧警報が出されていたのをラジオで聞いていた漁師たちは、日没前に早々に船を沖から引き上げてきていた。


 濃霧は漁師達にとって「シケ」より恐ろしい自然の力とされ、腕のいい漁師でも濃霧の日は船を出さず、またの濃霧になることを知っていれば、早々に漁を終えて引き上げてくることになっていた。


 真っ白い淡い濃霧に包まれ太陽も沈んで真っ暗な中、集落の街灯の下を見れば浜人や浜子たちの姿は無く、はまから吹き上げる風に浜人たちの大声が集落に伝えられた。


 耳を澄ましながら港へ歩いて近付くと「まんだ! みえねがあぁぁー!」と、誰かの大声が聞こえたと思うと「無線! 無線!」と、声を荒げる誰かの声に只ならぬものを感じた。


 真っ暗な闇夜を包む真っ白な淡い濃霧の中、船着場に灯りが燈され何処かの船のスピーカーから無線の音声が流された…… すると「ピィー! ガガガーッ! 見えねえぇぇー! 港が見えねえぇぇー! ガガガガーッ!」と、切羽詰った漁師の声が港に響き渡ると「うわあぁぁーん! うわあぁぁーん!」と、心配して右往左往する家族達の声が港の暗闇にコダマした。


 船が一艘、機関の故障で漁から戻れぬまま、夕暮れと同時に修理して戻ったものの、揺れる船の上からは濃霧の所為で陸地が見えず立ち往生しているらしかった。


 港から何人もの漁師が来て「浜集落に灯りを燈してくれ」と頼んで回る姿がアチコチで見られると、集落は一斉にありったけのランプに火を燈した。


 その瞬間「ピィー! ガガガガーッ! 見えだぁー! 見えだどおぅぅー!」と、港の一艘の船のスピーカーから仲間の船の無線が辺りり浜人たちを沸かせた。


 濃霧の暗闇の中「ドンドンドンドン」と、弱い機関音が少しずつ港の方へ聞こえて来た時、浜人たちは一斉に船着場の先端に集まって「おぉぉーい! おぉぉーい!」と、沖に向かって叫び続けた。


 船は港に入り船着場に船を寄せた時「なしてこんな薄い濃霧で港が見えんがったとぉー?」と、漁師の一人が血相を変えて聞くと「なんもかんもねぇー! こんだら灯りだら全然、とどかねぇ!」と、怒り露に港の街灯を指差した。


 一度点灯すると同じ明るさを保ち続ける裸電球は、暗闇の中に栄えるが「揺らめく炎のランプ」と、違い例え淡い濃霧でも皆目見えないことを浜人たちは、身をもって解かったと言う。


 翌日、港の街灯はそのままに、先端には一度は外された「ランプ」が、再び炎を「ユラユラ」と、暗闇に揺らめかしたと言う。


 この数年後に点灯式の電球が開発されるまで、この「炎を揺らす油式のランプ「は大勢の漁師達の命を救ったと言う。


 そして船の一艘ごとにも「非常灯」として「油のランプ」は、常に大切に保管されたと言う………



 




◆◆◆◆◆84話






 朝から夏の小雨に包まれる浜集落は、ひっそりとポプラの木に甘露を忍ばせ、屋根伝いに大粒の雨垂れとなって軒下の乾いた土の上に滴り落ちる。


 空はドンよりと雨雲が覆い、耳を澄ませば「カラン~コロン~」と、誰かの下駄の音が静まり返った集落の中に響き渡り、下駄の音に重なるように「バシャバシャバシャ」と、幾つものゴム靴の音が水をはねる。


 幾つものゴム靴の「バシャバシャバシャ」と言う音に誘われ、傘をさす手に力を込めて歩みを速めると「カタン! コトコトコト… カタカタ… コトコト」と、言う音が大きな浜家の向こう側から聞こえて来る。


 一度立ち止まってから、そっと足音を消すように音のする浜家の角へと近付く… 向こう側は大きな広場で、はまから下げられた魚を入れる生箱なまばこが大人の倍近くに積み重なっていた。


 音はどうやら積み重なった生箱の向こうから聞こえ、音のするほうへと近付くと「カコンッ! カラカラ! カコン!」と、箱を積み重ねるような大きな音に変わった。


 そっと気付かれぬ用に、積み上げられた木箱の角から様子を覗うと「うんしょ! うんしょ! ほらよ! あらさっ!」と、音頭を取る浜子たち数人が積み上げられた箱山とは少し離れた場所に、生箱を縦横に積み足して器用に家のような物をつくっていた。


 手渡しで運ばれた生箱は高さ2メートルほどの箱家になり、最後に屋根として生箱を平らに乗せると「よぉし! 出来た!」と、組み立てハウスの周囲を「グルリ」と、見回し「よし!」と少し身体の大きい浜子が声を掛けた。


 すると、一斉に入り口から中の方へと「わあぁぁー♪」と、楽しげな声を出して飛び込んで行った… そっと、箱家の隙間から中を覗くと、ムシロに座った浜子達の前で、少し身体の大きい浜子が何やら声に強弱つけて、薄暗い中で話しているのが聞こえた。


 時折、中からは「うわぁぁー! おっかねえぇぇー! うあぁぁー!」と、恐怖にも似た叫び声が中で渦巻いた。


 すると、道の向こうからオカッパ頭にスカートを履いた浜子たち数人が来て「うぉ! 出来とるぅ!」と、箱家を見つけると「うわあぁぁー♪」と、一斉に走りより入り口から中へと入っていった。


 中からは男女の浜子たちの歓声と叫び声が聞こえ、箱家が揺れるほどに楽しげな浜子達の声は降り頻る小雨にも伝えられた。


 薄暗い中で、みんなの前に立つ少し大きな浜子の強弱つけた怪談話しから離れられなくなってしまった。


 後に浜人にこのことを聞いて見ると、港で使った生箱は大まかに洗われて集落の広場に運ばれて積み置きされるが、暖かい夏場の雨の時は遊び場として浜子たちが使うと言う。


 小雨で生箱全体に水分を与えることで、生箱は自然に洗われ、そして乾燥から守られると言う。


 夏の小雨の日には広場には大小、思い思いの組み立てハウスがアチコチに建てられ、中からは夏ならではの怪談話しに子供達の大歓声が上がっていた。


 そして雨が上がった数日後には組み立てハウスは姿を消し、適度に水分を含んで漁師達の船に積まれたと言う。


 大人と子供、共に厳しい集落で暮らす者は助け合っていることを知らされた気がする。 箱家の中から偶に聞こえる「臭えぇー! この箱家!」と、言いながらも怪談話しに聞き入る浜子達が何とも可愛らしく思えた。


 親子代々伝わる子供の箱家作りは、浜集落には欠かせない大切な行事の一つだと漁師は語っていた……






◆◆◆◆◆85話






 青い海に白波立てて港へと近付く発動機ふねを、負けるなとばかりに追う白いカモメは発動機の煙突から出る真っ黒い煙を避けるように、左へ右にと自在に宙を舞う。


 港では仲間の船からの無線の音声が、喇叭ラッパから流され、それに聞き入るように立ち尽くす浜人はまんどと、忙しく太い柱と屋根の下で生箱なまばこを用意する浜人。


 今日のりょうはどれ程どかと港を見下ろす高台で、寄港する発動機ふねを待つ老若男女、発動機が近付くに連れ機関音が「ドンドンドンドン…」と、辺りにコダマして集落を見下ろす山の草木に音が溶け込んで行く。


 大きな屋根の下から、生箱を積んだ手押し車が船着場を目指して「カタカタカタッ!」と、木の車輪を回して駆けつけると「タッタッタッタッ」と、機関の力を抑えながら発動機が船着場の横へそして「ドオォーン! ドドドドドドオォーン!」と、重々しくゆっくり動いていた発動機が、真っ黒い煙を煙突から吹き上げた。


 前に惰性で進んでいた発動機の後部から、激しく泡立つスクリューの「バシャバシャバシャッ!」と、言う渦が辺りに散らばるり、発動機はゆっくりし後進し始めた。


 前に少し進んでは、後ろに下がりを繰り返し、徐々に発動機は船着場の古タイヤを軋ませて停船した… 停船したのを見届けると空の生箱を積んだ倒し車の傍へ横付けし、船から降ろされる魚の入って重くなった生箱を「ヨイィィーッセ! ヨイッィーセッ!」と、別の浜人たち数人が船着場に積み重ねると「ほらよおぉー! 児童子わらんどたちが洗った箱だはんでぇなー♪ いい具合だぁー♪」と、嬉しそうに船の上の浜人に声かけた。


 適度に湿気を含み適度に干された生箱は、浜人から浜人へ渡され、船の上でバラ付くことなくキレイに積み上げられた。


 魚の入った生箱は手押し車に乗せられ、四本柱の大きな屋根の下に運ばれると、高さ70センチほどの床へと押し上げられ、そこへ荷車を引く馬と浜人が「ニッコリ♪」微笑みながら横付けした。


 馬車に詰まれた魚の入った生箱は「ガタガタ」と、踏み固められた道を揺れ「ギシギシ」と、軋む(きしむ)馬車の木の車輪に右に左に微動しながら、集落うえの方へと蛇行する道をゆっくりと歩んだ。


 魚を待っている黒い鉄のトラックは、前日積んで行った生箱を整理しながら、今か今かと馬車の到着を待っていた。


 手押し車から馬車へ、そして馬車からトラックへと積み替えられた生箱は、空の上から見下ろすトビに見守られ街の市場へと運ばれて行った。


 トラックから降ろされた生箱は手押し車に詰まれ、浜子達の遊び場を兼ねる箱積み場へと木の車輪の音を立てて行った。


 


 ※漁船を発動機エンジンと呼ぶ地域もこのころ数多く存在していた。

 ※児童子は「わらんど・わらしゃんど」と、呼ばれ通常「童」で「わらしゃんど」と、呼んでいた。

 ※生箱は「木の板で出来た箱」で、弾力性のある木を使用していた






◆◆◆◆◆86話







 暑さで眠りと目覚めを繰り返し、ようやく涼しくなり「ほっ」と、一息ついて窓にぶら下がる竹蚊帳に目をやれば、薄っすらと夜が明けているのに気付いた。


 ゼンマイ仕掛けの時計を見れば、長針は12を指し短針は5を指す朝の5時… 解かってはいるものの連日の暑さで眠れぬ夜を過ごしているせいか、時計を見ただけでは直ぐには思い浮かばない数字。


 寝汗で湿気を帯びた煎餅布団が「ヒンヤリ」していて心地よく、起き上がっては何度か仰向けで煎餅布団に背中を着ける。


 竹蚊帳の外から潮風が入り込み「サラサラサラ~」と、微音と共に竹蚊帳を外から内側へと押し付ける… 暑さと寝不足で火照った全身に心地よく風が馴染む。


 背中から枕元に置いてある「浴衣」を「サッ」と、背中から纏い、左手に喫煙具キセルの入った細長い巾着、右手にウチワを持って寝ぼけまなこで、部屋を出れば灯りの無い真っ暗な廊下の床板が「ヒンヤリ」と、両足を涼ませる。


 居間の窓から入る竹蚊帳越しの微風が、蚊帳の手前にある「風鈴」を「チリチリチリーン」と、鳴らし、涼しげな音を家中に流れ込ませる。


 玄関に下り下駄に足先を通せば、土間どまの涼しさが腰下に纏わり付き何とも心地よい… 帯を緩めに巻きなおして胸元に風が当たるようにし「からぁーん、ころぉーん」と、下駄のを、涼しくなった家の前から海の見える集落の外れまで鳴らし歩いた。


 切り株に腰を下ろし港を見下ろせば「ユラユラ」と、月明かりを重ねた波間が右に左にと揺らめきを見せる。


 ウチワを背中に回し帯と浴衣の間に挟みこみ、喫煙具キセルに、刻み煙草を手の平と指で「コロコロ」回すように形を整え、喫煙具の先っぽに「クィ」と、詰め込んで「マッチ棒」を、箱の火薬に擦れば「シュッ! ボウワアァァー! チリチリチリ!」と、火薬の酸っぱい匂いが顔の前に立ちこめる。


 港から押し上げられた浜風は、斜面の草木の間を擦りぬけ、仄かに甘い香りを届けた… 風が来る度に浴衣の裾を緩やかに揺らした。


 甘い香りが漂う中、一味違う煙草を楽しんだ……






◆◆◆◆◆87話







 ギラギラと焼けるような陽射しの下、不揃いだったトウモロコシも実がギッシリとつまり、薄緑色で貧弱だった茎も太く逞しくその姿を、青い海を背景に輝きを見せる。


 麦わら帽子の女子衆たちの口元が緩み、アチコチから歓喜な笑い声が飛び交えば、畑の隅で円を描くように坊主頭とオカッパ頭の浜子たちが「シャクシャクシャク♪」と、心地よい歯音を鳴らしていた。


 刈り取られたトウモロコシの出来栄えを食べて貰おうと、畑主はたぬし達が持ち寄った「実のギッシリ入った生トウモロコシ」を、夢中で食べては「甘~い♪ こっちも♪ これも♪」と、満面の笑顔で畑主たちの顔を見て大喜びする。


 浜子たちの笑顔を見て満足そうに頬を緩ませる畑主も、歓喜してホッペを膨らませる浜子達の傍で、トウモロコシの「茎」を丁寧に剥いて「ガブリ!」と、頬張れば「おっほほー♪ こりゃーええ出来だわ♪」と、茎の糖分を「チュパチュパ」と、啜った。


 僅かばかりの浜の畑のトウモロコシの刈り取りの日、集落中の浜子たちが畑に集まる一年に一度の品評会、浜子たちの喜ぶ顔が来年の収穫を占う大切な行事らしかった。


 そんな浜子達も腹が膨れて「一人、また一人」と、立ち上がると畑主に「めがったぁー♪ ごっちゃぁーん♪」と、元気一杯に声かければ畑主たちも「来年も頼むどおぅー♪」と、浜子達を見送っていた。


 この日、実りを感謝し収穫されたトウモロコシは、海を守る神社とおかを守る地蔵さん、山を守る天狗様に供えられ、各家々では仏壇に感謝の印として茹でキビを供えた。


 純真無垢なわらしたちの笑顔と笑い声を、真っ先に浜から吹く風に乗せ、神社と地蔵さんと天狗様に供える伝統は今もあるのだろうか。


 浜子達の笑顔こそが最大の供え物だと畑主たちは天を仰いで合掌していた……


 

 


◆◆◆◆◆88話






 太陽の下でギラギラと照り返す、燻銀色いぶしぎんいろした焼ける砂… 陽が上り、ゼンマイ仕掛けの腕時計が10時を示す頃、時計の針盤を覆うガラスが内側からくもり始める。


 遠くの街からボンネットバスに揺られ遊びに来た、ハイカラ帽子をかぶった子供達が波打ち際で両足を「バシャバシャ」と歓声をあげ水と戯れる。


 色鮮やかな浮き輪にくぐり、穏やかに青々とした海の上に白い波を立てて、子供らしい歓声と笑い声が辺りに響き渡り、砂の上に敷かれた「赤や青に黄色に白」のビニール製の敷物の上に腰掛けた親達が、笑顔で我が子に手を振る。


 海に浮かぶ黒い岩場の上で「キョロキョロ」と、見慣れぬ子供達に驚いたのか、辺りを見回す白いカモメと、真っ青な空の上で「ピィーヒョロヒョロヒョロ」と、円を描き飛ぶ一羽のトンビ。


 海水浴を楽しむ大勢の家族連れの後ろ側、広大な緑色した草木が上下左右を覆い、その中から「ミィーン! ミンミィィー♪ ミィーン! ミンミィィー♪」と、耳が痛くなるほどに繰り返し鳴き続けるセミ達の声は、歩いて30分の集落にも届くような勢いだ。


 額から流れ落ちる汗を手拭で拭き取りながら、何気なく集落の方に目をやると「パシャバシャ」と、波打ち際を歩いてこちらに向かうオカッパ頭と坊主頭の浜子達の姿… どの顔には街の子供のような笑顔はなく、一点を見詰めるように只管歩いている。


 街場の子供達とはまるで違う無表情、一人として笑み浮かべるものなく只管歩き続け、大歓声を上げる街場の子供達を見ることなく目の前の波打ち際を通り過ぎて外れの方へ。


 無表情な浜子たちを異様とばかりに目で追う街場の親達と、見慣れた者達が来たとばかりに黒岩から浜子たちの傍の黒岩に飛び移るカモメ。


 黒く大きな継ぎ接ぎだらけの「パンパン」に膨らんだタイヤのチューブを身体に「スッポリ」と収め、両手に大きな木桶を持って、波打ち際から徐々に深みへと移動する「オカッパ頭の浜子」に続けとばかりに、腰に鮑袋ふくろの紐を「ギュッ!」と、縛りつけ片手に鮑鍵かぎを持った坊主頭の浜子達。


 膝下まで入ったところで、水中メガネを海水でよく洗い、そこに「ペッ!」と、ツバを吐きメガネの内側にクモリ止めを施し、浜子達は次々に海の中へと自らを沈めて行った。


 オカッパ頭の浜子は黒いチューブをくぐり、両手で木桶を持ち「バシャバシャ」と、両足で水を蹴り上げ沖へ沖へと我が身を進め、その周囲に坊主頭を出して泳ぐ浜子の姿は、まるで貨物船を護衛する潜水艦のようだった。


 沖へと出て行った浜子達の姿は遠くに小さく見え、それをおかで見入る都会の親達は皆、口をポッカリあれ驚きの表情をみせていた。


 オカッパ頭の浜子が突然「ピイィィィー!」と、ホイスルを強く吹くと、周囲の坊主頭たちの泳ぎは「ピタリ」と、とまり、止まったかと思うと次々にダイビングが始まった。


 一斉にダイビングした浜子達は「一分、二分、三分」しても上がって来ず、四分目に入ろうとした辺りで一斉に海面に顔を出し、黒くキラキラ光る両手一杯のウニをオカッパ頭の浜子が持つ木桶に次々に放り込んでは、再び海底へとダイブを繰り返した。


 海底にいる間に鍵を使い「鮑」を取り息継ぎのために上がる時に、黒くて大きな「ウニ」を取って海面に顔を出すのは浜子たちの漁の仕方だ。


 浜子達が沖でダイビングを繰り返している間に、海水浴を楽しむ街場の家族達は御弁当を楽しみ、歓喜する子供達から海の様子を口々に語っていた。


 街場の家族連れが昼の休憩をとり、再び子供達に海水浴を楽しませていると、沖の方で「ピイィィィー!」と、ホイスルの音が聞こえ、沖の浜子達が一斉に陸へ進路を取った。


 波打ち際へ辿り着いた浜子達は皆「グッタリ」としていて、誰一人として話す者なく、ひたすら作業をしていた。


 腰にぶら下がって膨れあがった、黒々とした鮑の入った網袋の紐を解いて、砂の上に「ドサッ!」と、皆が置けば、それをオカッパの浜子が黒いチューブに結びつけ、全員分を結び終えると再びオカッパ頭の浜子だけが、山のようなウニの入った木桶を持って、身体をチューブにくぐらせ沖へと両足をバタ付かせ向かって行った。


 その様子を波打ち際で並んで数分、見守るように腰を下ろして一休みしていた坊主頭の浜子達、突然「スクッ」と立ち上がると一斉に波打ち際を集落に向けて歩き出した。


 異様な光景を見るように街場の親達が首を傾げ、その中の一人の母親が「ねぇ~ 君達~ 海水浴に来たんでしょ?」と、無言で歩く浜子達に少し大きな声で語りかけた。


 すると波打ち際を歩く足を止めた浜子達が、一斉に声の主の方を振り向き「海水浴? なんだそれ?」と、浜子達が聞き返し再び歩き出すと、街場の子の母親が「遊びに来たんでしょ? ここに?」と、再び聞き返した。


 その時の浜子達の「無表情」で、キツネに抓まれたような「唖然」とした顔が今も忘れらない………



 ※浜集落の浜子達には「漁」はあっても「遊び」と言う言葉も文化も存在しないことを街の人たちは知るよしもなかった。

 ※浜子達の獲った海の幸は、集落を訪れる街場の人たちに売られ、その対価は浜子達の家族の生活費に当てられていた。

 ※浜集落では大人も子供も生きるために「働く」のは自然で当たり前のことだった。


 


 


◆◆◆◆◆89話






 穏やかな波打ち際、風一つなく白波も殆ど見えない早朝の4時過ぎ。


 海に映る夜の暗さと山の草木の緑色は、凡そ日中とは比較にならない程に静寂さを保っていて、日中飛び交うカモメすらも、まだ寝入っているのだろうか。


 静まり返った波打ち際に「ザク… ザク… ザク…」と、歩く人の足音に耳を澄ますと「ザクザク」の後から「シャァー チリチリチリ」と、何かを引き摺る音が俄かに混じる。


 じっと音のする方に目を凝らせば、麦わら帽子に白い手拭の頬かむりが、何かを引き摺って波打ち際をゆっくりと動いているのが解かる。


 歩いては立ち止まり、腰を屈めては何かを拾い、引き摺る「竹籠」にそれを放り込むのを繰り返す… 浜の船着場から凡そ1キロ、湾状の砂浜を独り歩く初老の浜人。


 毎日繰り出される、街場からの大勢の海水浴客の心無い所業ゴミを、独り拾い集める光景は人の業を戒めているようだった。


 


 


◆◆◆◆◆90話






 セミの鳴き声が両手で押さえた耳の中で「みぃーんみんみぃー」と、聞こえるほどに「セミの鳴き声」が耳に着いて離れなくなった頃、一人また一人と見慣れぬ姿を見せる。


 毎日のように続く夏の日差しで、集落の土も家も草木も大海原でさえもが、その暑さで「グッタリ」して見える。


 街場から来たのか「ハイカラ」な衣服を纏った男女の若者達に「纏わり着くように」坊主頭やオカッパ頭の浜子たちが着かず離れずと言うところ。


 そんな光景を微笑ましそうに口元を緩め行き交う浜人が「おぉ! すんばらぐだなぁ♪ ずんぶハイカラすてまってぇ、はあぁー♪」と、一人の女子衆おなごしゅが、親しげに語りかけると、若者は「やぁ! こんにちは♪ ご無沙汰しております!」と、口元を「キリリ」とさせて、笑顔で会釈する。


 すると、若者の声に釣られた周りの浜子たちが「やぁ! こんにちは♪ ご無沙汰しております!」と一斉に真似をしだし、真似された若者は後頭部に手を当て、恥ずかしそうに少し離れた場所で日傘を差している、スーツ姿の女性を「チラッ」と、見て白い歯を見せた。


 そんな若者を回りで観察していた、浜子達が「わあぁーい♪ 赤くなったぁ! あげぐなったぁー♪ あははははは♪」と、若者の両手につかまり右へ左へとハシャギ回った。


 麦わら帽子の女子衆が、若者に「おめでとうさん♪」と、笑み浮かべると、若者は小さな声で「まんずはぁー♪ どんも、どんも♪」と、女子衆へ耳打ちしたようだった。


 集落から都会に出て行き夏休みで帰省した若者が、一瞬だけ集落の浜人はまんどに戻った瞬間だったようだ。


 この日、集落の浜家では遅くまで笑い声が絶えることはなかったようだ……


 いつの時代も彼女の前では格好つけたい若者なのだろうか……


 今も聞こえて来る、あの若者の『やぁ! こんにちは♪ ご無沙汰しております!』と言う元気な会釈。







◆◆◆◆◆91話






 無風… 限りなく無風の日中、浜集落に訪れる者は誰一人としてなく、空を飛び回るカモメやカラスでさえ、さの暑さから逃れるように木陰で身を伏る。


 ゼンマイ仕掛けの時計が昼の10時を指し「ゴォーン! ゴォーン!」と、薄暗い居間の大黒柱で10回分の鐘を突き、直ぐに「カッチンコッチン、カッチンコッチン」と、振り子の音を手際よく奏で始める。


 竹簾スダレの隙間から入って欲しい風は無く、女子衆の外で大根を洗う水の音が幾許いくばくかの涼しさを醸し出し、パタパタと仰ぐウチワの風がいっそう涼しさを増す。


 読み古した雑誌を持ち上げ、床に面した表紙に涼を求めるものの、直ぐに身体の熱で温まり胡坐座りの足の裏を、夏蝿が「コショコショ」と、くすぐり白いランニングシャツに汗がジワーっと滲む。


 麦藁帽子を「ヒョイッ」と、頭に乗せて首に「豆絞り(てぬぐい)」を撒き付けると「カラ~ン… コロ~ン… カラ~ン… コロ~ン…」と、下駄を引き摺り、風の舞う場所を探すように港の見える場所へと足を伸ばす。


 お日様の照り返しで、ギラギラする海面に反響したように、港の右側の砂浜で大歓声を上げる街んまちのこ達の賑やかな声が幾重にも重なり合って聞こえてくる。


 赤や黄色や青に緑と、思い思いの水着を身に纏った街ん子達が、波打ち際に白い波しぶきを上げる… すると港の方から「よいっせぇ! よいっせぇ!」と、一艘の磯舟が白い旗を靡かせて、港の水面に「バシャッ! バシャッ!」と、艪漕ぐ音を響かせ、白い波を水面に浮かべた。


 白い旗を靡かせた磯舟は「よいぃっせっ! よいぃっせっ!」と、港を出て右側の砂浜へ向かうと、人も居ない深みで艪漕ぎを止め「氷いぃぃぃー! 氷はいらんかえぇぇー! 冷たくて美味しい氷はいらんかえぇぇー!」と、数人の浜子達の声が、大歓声の街ん子の声を割るように響き渡った。


 浜辺で日傘の下にいた大人達が、一人また一人と傘から出ては「おおぉぉーい! おおぉぉーい!」と、浜子達の船に手を振って声を掛けると、浜子達は「毎度ぉぉー!」と、威勢よく声を張り上げ、水と戯れる「街ん子」たちを上手に交わし、砂浜に船をつけた。


 子供達の夏休みの過ごし方、いろいろあれど「これはこれで」いいのかも知れないと素直に思えた。


 今はもう見ることのない浜集落の思い出……



 


◆◆◆◆◆92話






 夏だと言うのに朝から空気は「ジメジメ」とし、カーテンの隙間から外を見れば小雨が夏の浜風に「ふわりふわり」と、舞い上がる。


 薄暗い寝床を抜け、土間にぶら下がる竹蚊帳の隙間から外を眺めれば、明けたばかりの小雨の中に頭の上に笠を、全身を包むようにみのを纏った年寄りたちの姿が集落のアチコチに点々と。


 集落の真ん中の左右に伸びる道路を、左に右にと誰と話す訳でもなく只管歩み始める。


 カマの入った竹籠を背負い、豆絞り(てぬぐい)が顔を覆い左右の集落の外れへと年寄り達は姿を消し去った。


 竹蚊帳の隙間から入った小雨が土間の表面に舞い降りて、乾いた土の表面に馴染むことなく点々と気泡のように二つ三つ互いに寄り添う。


 ゼンマイ仕掛けの時計は朝の五時を指し、日捲りのこよみを見て「あぁ、もうそんな時期か…」と、1枚捲り鼻をかむ。


 お日様が出る頃、小雨も早々に引き上げると集落から離れて行った年寄り達が、一人また一人と竹籠の中に瑞々しい大きな緑の葉を幾重にも重ね戻って来る。


 家を出て「ぶらり」と、集落の中に歩みを進めれば、朝だと言うのにアチコチの家々の窓から、白い湯気と「コンコンコン」と、言うまな板の音… 女子衆おなごしゅ達が騒々しく家を出たり入ったり。


 集落を港の見える場所まで下駄の音を「カランコロ~ン… カランコロ~ン…」と引き摺り、船着場を見るものの人の気配は何処にも見当たらない。


 浜を見ながら一服タバコ吸えば白い煙が天に吸い込まれるように舞い上がっては消えるを繰り返す。


 日の光が満遍なく集落と周囲の山と海を包む頃、アチコチから「カラ~ン… コロ~ン…」と、小さな下駄の音が聞こえ、音の方に目を向ければ、白地に花模様の浴衣を着た「オカッパと坊主頭の浜子」達が、手に手に四角い風呂敷包みを「重そうに抱え」ながら、左右に伸びる道路へと集まってきていた。


 浴衣姿で無表情で無言の浜子達の後ろから、浜人達が無表情で無言のまま着いて来ると、左側の集落の外れへと「カラ~ン… コロ~ン…」と、一斉に下駄の音を重ね歩いた。


 浜集落の外れに向かった浜人はまんど達は大人も子供も皆、無口で無表情のまま集落の外れから更に前へ前へと足並みを揃えた。


 右側に青々とした海を見ながら、歩くこと15分ほどすると、浜人たちは道路から「ヒョイ」と、右側の切り開かれた山道へと入り木で出来た階段をのぼりはじめた。


 階段を上り平らになっても、更に無口で無表情のまま突き進む… 道幅六尺ほどの左右に大人の胸ほどの草木が道の端を浜人達に教える。


 朝方の小雨のせいで抜かるんだ、黒土の上を「ピチャピチャ」と、何十、何百もの下駄が音を漂わせ、その音は左右の草木に吸い込まれて行く。


 街の小さな公園ほどの敷地に辿りつくと、浜人達は大人も子供も散らばって風呂敷を解いて中から重箱を出すと、朝方年寄り達が山から集めてきた虎杖いたどりの葉を皿に見立てて、重箱の中から海や山で採れた材料で作った「煮しめ」を盛り付け、一同に手を合わせた。


 一瞬、静まりかえった敷地の中に、突然浜子たちの「うわあぁぁー♪ 重たかったべー♪ あっひゃひゃひゃー♪」と、大歓声が上がり、じゃくからろうの男衆は酒を出し「まんず今年も無事に会いにこれたでー♪」と、歓喜して見せ酒を酌み交わし、女子衆は料理に握り飯を用意して「おどー! ばば! 一緒にまんま(ごはん)食うべー♪」と、笑顔っを見せた。


 八月十三日、一年に一度、御先祖様と浜人達が一同に墓の前で語らい、酒を飲み飯を食う墓参りは、墓に着くまで「何人たりとも喋ってはならない」と言う「掟」通りに、この年も無事に守られた。


 ある浜子は墓の後ろから「じじ肩さもんでやっからなぁー♪」と、抱き付いて見せ、ある浜子は「ばば御馳走ごっつぉ一緒に食うべ~♪」と、墓に押し付けると、家族が「おいおい、そこは顔でねぇーべー♪ そこだら胸の辺りだぁー♪ あっははははは♪」と、酒を飲み大笑いした。


 この日は皆、どんなことがあっても敢えて楽しげに振る舞い「御先祖様」に喜んでもらうために、思い思いに話しの種を何日も前から作って語りかける集落の行事だった。


 今もこの風習は存在していて欲しいと心から願う……



 ※子供達は学校や勉強の話し、大人達は漁の話しをして語りかけ、女達は畑の作物の話しや親戚の縁談や恋愛の話しを聞かせた。

 ※その光景はまるで本当にそこに亡くなった人が存在するかのような口ぶりである。

  


 



◆◆◆◆◆93話







 いつものように下駄を履き家を出て、集落の上の方へと歩き出す… 夏休みで閑散としている学校を見上げるように広がる小さなグランド。


 グランドを囲むポプラの木々が陽を遮るようにグランドに影を伸ばし、その部分に涼しさを求めるように虫達が羽を休め、黒いカラスは忍者のように身を潜める。


 長さ50メートる満たないグランドは、周囲を囲むポプラの木々の間に「ポツンポツン」と、大人の腰丈ほどの杭が打ち込まれ、周囲を艫綱ともづなが囲む。


 時折、浜風に乗って海水浴を楽しむ子供達の声がグランドに舞い、空を見上げると白い大きな雲が風に乗って海原から山の頂上へと消えて行く。


 グランドの端から校門を目指して歩み、階段を挟む四角い石で出来た門の前にに立ち上半身だけを覆い被せると、俄かに声にでる「うぅぅぅーん♪ 涼しい♪」と言う一言。


 ギンギンと強い日差しの下で唯一涼しさを保ち続ける、四つ角の四角い石の二つの門は、今までどれ程の人たちに抱きしめられたことか、考えると楽しくなって来る。


 火照った身体も汗引くほどに治まって、少し離れたポプラの太い幹に背凭れすれば、一人また一人と階段を上って来ては「うああぁぁー♪ ずぅーんぶ、すんずすぅぅーなぁぁ~♪」と、気持ち良さそうな声を出しては帰って行く。


 ポプラの陽影に身を潜めるカラス達も訪れる人間を見ながら、ポプラの日陰に羽を「スリスリ」していたのを覚えている。


 



◆◆◆◆◆94話






 今朝はいつもと少し違う空気が集落に流れていた…… 


 集落から突き出た半島の上を覆う雑木林が伐採され地肌が見え、数日前とは景観も夏だと言うのに寒々しかった。


 御神木を切り倒して「祟り」があるぞと騒ぐ者、新しい時代が来ると浮き足立って歓喜する者、集落では何度も議論を繰り返し、役場の提案を受けいるか否かに時間を費やしてきていた。


 半島にただ一つ残った火の見櫓が、遠く離れた役場に雇われた大勢の普請どぼく方の人たちに取り壊されようと、朝から「けたたましい」音を社裏区の隅々に響かせていた。


 集落の外れでは「地蔵様」に手を合わせて許しを乞う年老いた女子衆や、海を傾斜地から眺める神社に参拝する年老いた男たちの姿が遠くから見える。


 若い浜人達は船着場に繋がれた発動機ふねの上で「これがら~ どうなるんだぁ~?」と、岬の上で壊される火の見櫓を見上げては、神社の方へと首を捻って見渡す。


 岬で手に道具を持って働く普請方の周りを「南無妙法蓮華経」と、合掌して拝み歩く年老いた男衆と女子衆たちに「大丈夫だはんでぇ! すんぱいするなぁ!」と、作り笑顔で話しかける捻り鉢巻の普請方の人達。


 港に繋がれた大きな機械や資材を積んだ貨物船がユラユラと波に揺れ、そこから馬車で荷物を運搬しては戻る馬車と、荷物を積んだ馬車が集落で行き交う。


 狭くデコボコした道で数人の普請方の人達が「合図」を、取り合っては大声を集落に響かせ、真剣な表情が馬にも伝わったのか馬の吐息にも力が入る。


 岬に向かう途中には何本もの電柱が立てられ、馬車の通る道の端に大勢の電気業者が集い、立ち上る土ぼこりに顔を顰める。


 岬の中央では手を休めることなく普請方が黙々と土を掘り、その横で大きな丸太で出来た「タコ」を数人がかりで「よいせぇー! ドスン! よいせー! ドスン!」と、地固めに気合を込める。


 草を刈る者、木々の根を馬を使って引き抜く者、セメントと砂を混ぜ合わせる者と、集落の人口の10倍近い人たちが一斉に額から汗を流す。


 白かったシャツは次第に土で汚れ、立ち上っていた土ぼこりは落ちた汗で、湿り気を帯て水を撒いたようになり、それを案ずるかのような空をトンビがクルリと輪を描く。


 浜辺から聞こえる海水客の大歓声が風に流れて、普請方の耳に入れば一斉に浜辺を向いた日焼けした顔に笑顔が零れた……


 




◆◆◆◆◆95話





 伐採されて裸になった岬の向こうには、今まで集落からは見えなかった青々とした水平線が見え、その手前には大勢の労働者の白いシャツがうごめいている。


 天高く上っていた太陽が海に沈む時、青々としていた大海原を太陽が真赤に染め、伐採された御神体から流れ出た血の色だと年寄り達は、地蔵様へそして神社へと駆け寄った。


 毎日のように繰り返される「岬」の工事は、少しずつ集落に「明」と「暗」を見せつけ、年寄り達の神仏を拝む声は衰えることはなかった。


 港には岬の「出来事」を一目見ようとアチコチの港から漁師達が「発動機ふね」を出し、普段は静かな船着場も大勢の漁師達で賑わった。


 御神木に守られていた畑は「潮風」に晒され、その緑色の葉を「辛子色」に変え、少ない土地を耕す浜人はまんど達の目頭を熱くさせ、その傍らで左右に広がる大海原の景観に「はしゃぐ」浜子達の姿。


 今まで御神木が夕日を遮り、早々と集落を「夜」に導いていたものの、岬の工事は集落に「昼間」の長さを教えるように夕日を集落に伝えた。


 柱時計が夕方の六時を回ったと言うのに、竹蚊帳の外からは真っ赤な夕日が家中を照らし、その眩しさから逃げるように背中を向け「ラジオ」に耳を傾ける。


 港ではアチコチから集まった漁師達の「発動機ふね」が煌々と灯りを燈し、船着場ではその灯りを頼りに岬で働いた労働者たちは、桟橋の上に円を描き遅い夕飯と水風呂で汗を流した。


 仏壇に手を合わせ「南無阿弥陀仏… 南無阿弥陀仏…」と、拝む婆様を横目に、生まれて初めて見る家中に入る夕日を、浜子を抱き寄せて見入る女子衆ははおやの複雑な表情。


 毎日、手を休めず仏壇を拝み続ける年寄り達の心を少しでも癒そうと、隣街から呼び寄せた寺の住職ぼうさまが、沈む夕日に一礼し御仏の「心」を説いて回る日が続いた。


 岬の工事が進む中、年寄り達の心も住職ぼうさまの説きの御蔭で、日に日に笑顔を取り戻し工事が終わった日の夕方、住職と浜人たちは一同に学校の校庭に集まり、沈む夕日と切り倒された御神木に祈りを捧げた。


 岬に聳え立ち灯りを大海原に届ける「灯台」を、見守るかのように横一列に並んだ「御神木」で作られた「木地蔵もくじぞう」も、水平線に沈む夕日を眩しそうに見つめていた。


 その後、枯れ果てた畑には潮風に強い作物が植えられ、岬は緑一色で覆われた……


 


 


◆◆◆◆◆96話(上)






 毎夜のごとく集落外れにある集会所は大賑わいになっていた… 灯台の灯りを頼りに漁から戻った漁師達は「晩餉ばんげ」も取らずに、手に酒とツマミを持っては集会所を訪れた。


 電気の開通した浜集落にやって来た「テレビジョン」と言う箱の中で、人間が踊ったり歌ったりと摩訶不思議な物を見ようと、使われなくなった「廃屋」の集会所は普段とは違う活気に満ちていた。


 縦三尺半に横四尺半のズッシリとした木目の箱に四本の足が付いていて、その重みは床に敷かれた畳に刺さるように沈んでいる。


 その大きな箱の中央部に縦横一尺ほどの「丸みを帯びた四角い窓」がついていて、その窓の下に「ホーン」とローマ字で記された音の出る箇所がある。


 集落の一軒一軒が銭を出し合い、不足分を町役場が補填する形で、町外れの集落にやって来たと言う四本足のテレビジョンは真空管式で、見たい時間の三十分ほど前から電源を入れて置かないと見れないものであった。


 そのため飯も食わんと漁師達が集まる集会所には「テレビ番・電気番」と言う、名称で集落の一軒ずつが交代でそれを担い、漁から戻った漁師達が直ぐに見れるようにとのことだった。


 集落にテレビジョンが来たことで、集落にはそれまで無かった「番」が増えることになって行った… 街から遠く離れた集落は電波の受信感度が酷いほど悪く、標高数百メートルの裏山の天辺に中継アンテナが聳え立ち、風が吹いては支える丸太が折れ、雨が降ったと言えば支柱の足元が崩れ落ちると言う具合だった。


 そこで出来たのが「アンテナ番」だった… 腕っ節の強い男衆が交代で務めるアンテナ番は、風が強く漁に出れない男衆専任の番人で、雨風が乱れ狂う夕方から山に登り道具を手にアンテナの倒壊を防いでいた。


 そしてテレビを見れなかった番人には酒が一升与えられ、その酒を片手に別の日に他の漁師達とテレビの前で、酌み交わしながら摩訶不思議な光景に目を細めていた。


 テレビの前には漁師の他に、男衆や女子衆と商売家業に関係なく、皆が集いテレビの前に横一列に並んだ、左から「テレビ番・掃除番・前日のアンテナ番」と、その家族が優先でテレビの前を埋め、それを囲むように大勢の浜人がテレビに見入っていた。


 テレビの画面まどが明るくなったと言っては「うわあぁぁー♪ パチパチパチ♪」と、拍手が沸き起こり、画面に人の顔が出たと言っては「でだあぁー! でだでだでだあぁー!」と、大喜びの光景だった。


 番組の予定表の無いこの集落に最後に登場したのが「物書き番」で、物書き番は時間と曜日の記された「帳面ノート」に、事細かく映った番組名と出演者を書き留める役目であり、主に初老の男衆がされを担っていた。

 

 初老の男衆の帳面には、縦横に仕切られた筆で書かれた線の中に、ビッシリと内容が埋め尽くされていたが、その字は浜子こどもには難し過ぎて読める者おらず、テレビ帳面は集会所のテレビの上に誰でもが見れるように置かれていた。


 



  


◆◆◆◆◆97話(下)






 集落に一台しか無いテレビジョンは、まるで街の映画館のように毎日大盛況していた。


 昼間は浜子はまご達と母親や老婆たち、夜は漁から戻った漁師や男衆たちと、文明がもたらした一つの「灯り」は、浜集落に希望の光を届けた。


 岬の灯台に大空を照らす時「ドコドコドコドコ…」と、発動機ふねの機関音がアチコチから聞こえ、船着場に集まる男衆たちは、発動機を待つあいだ腕組みしては前夜の番組を語り合い、後ろを振り返って集落に灯された電球の明かりに「ホッ」と笑みを浮かべる。


 足元に詰まれた木箱の山に寄りかかり「はえぐ見にいきてぇーなぁー♪」と、近付く発動機の音を目で追いながら、荷車と箱の間を行ったり来たりを繰り返す。


 発動機が港に入れば普段でも活気付く港は、テレビジョン見たさに「更」に活気付き、魚を買い付けに来た街場の商家たちから「急げー!」とばかりに掛け声が掛かった。


 少し前までは夜ともなれば、買い付け商家も数少なかったが、集落に「電気」が届いてからと言うもの、道を照らす電柱の明かりでその数は何倍にも膨れ上がった。


 朝獲れる魚は商売用、夜獲れる魚は自家用と区別していた集落にとって、文明の力である「電気」は様々な人たちに様々な形でその恩恵を与えた。


 集落の道路に止められ闇夜に溶け込んでいた「大型トラック」も、今では街灯の明かりでその存在感を昼夜を問わず見せつけ、集落は港だけでなく住む者全てを活気へと導いていた。


 港からデコボコした細い道を荷車引いて歩む馬達、それを待てないとばかりにトラックの荷台から「そりゃぁ!」と、飛び降りて荷車の後ろを「よいせっ! よいせっ!」と、掛け声かけて押す運転手達。


 その荷車の少し後を「ザッザッザッ!」と、まるで兵隊さんのように足踏み揃える「ゴム靴」の音は、トラックへ近付くと「おぉーい! いぐどおぅー!」と、トラックの荷台で忙しく動き回る運転手と馬車主に伝えられ、兵隊のような足音に少し遅れて「ザッザッザッ!」と、追い付けとばかりに跡を追う。


 集落の集会所は瞬く間に人集りで溢れ、家々から持ち寄られた「酒と番餉ばんげ」に、漁師も馬車主もトラックの運転手も「まってましたぁー♪」と、大歓声が沸き起こった。


 夜の九時、商家に頼まれて来たトラックは、地響きを立て集落を離れ、後に残った馬車主と漁師達の目は「爛々」と輝き、物書き番が書いた「帳面ちょうめん」に釘付けになった。


 浜子はまご達の読めない難しい字で書かれた帳面に群がる男衆、女子衆が帰ったのを見届けると「頬をニンマリ」とさせ、テレビジョンの前に座る。


 白黒のテレビジョンに映し出された映像には「膝下を出したスカート姿の女性」が、たって何かを朗読していたようだったが、それを見るや否や「よっ! 待ってましたぁ!」と、男衆から歓声が巻き起こった。


 この当時、女性が素足を見せることの少なかった時代、テレビジョンに映った女性の素足が見たくて胸をワクワクさせる男衆の目は皆「爛々」と、輝いていた。


 そして不思議なことに、集落にテレビジョンが来てからと言うもの、アチコチでは「おめでた」が相次いで報告されたと言う。


 この後、テレビジョンは普及し数軒で「共同購入」が立ち上がり、今年は何処の家、来年は何処の家と言う具合に、テレビジョンは家々を回って歩いたと言う。


 




◆◆◆◆◆98話





 セミの泣き声と入れ替わるように、砂浜を埋め尽くした海水浴客の姿も少なくなり「夏も終わりか…」と、暑さを懐かしむかのように自然と陽のあたる場所へと足が向く。


 山々は夏の終わりも感じられないほどに緑一色に覆われているものの、空を見上げれば青々していた色が少し和らいだように思え、視線を海に向ければ浜から漂う潮風が少しだけ濃く(つよく)感じる。


 午前10時をゼンマイ式の腕時計が指した時、下の砂浜から立ち上げる「浜焼き」の煙が、一本また一本と数を増やし数キロにも及ぶ砂浜には黒とも白とも付かぬ煙の柱が空に届けとばかりに勢いを見せる。


 砂浜の見える場所へ少し歩みよれば「煙柱」の回りに、麦藁帽子が幾つも上へ下へ右へ左へと動き回り、馬橇ばそりの後ろに取り付けられた「すき」が、砂浜を掘り起こしている。


 山里の畑で見る光景が、浜集落の砂浜に不思議な光景を醸し出していた。



 ※浜焼き


 夏の終わりに海水浴客が残して行ったゴミを、馬とすきを使い砂を掘り起こし、周囲から集められた流木と一緒に燃やす行事で、単なるゴミ焼きとは意味の異なる浜集落ならではの行い。

 この浜焼きを夏の終わりとして秋を迎える準備にはいる。






◆◆◆◆◆99話





 白い足袋たびに白いタイツ、半ズボンにランニングシャツ、頭の上には外が白く内側が赤い帽子、盆を終え、漁も一段落した浜集落に遅い運動会の季節がやってきた。


 木造平屋の校舎から下へと続く傾斜地の松林の下、街の学校のグラウンドの半分にも満たない小さなグラウンドに、白線が引かれグラウンドの内側に紅白で撒かれた丸太が四本、内と外の区切りを示す。


 夏の暑さが未だ残る中、乾いた土煙が風に舞い小さなグラウンドの外側に敷かれたムシロの上を右往左往する。 黄金色に輝くムシロは、この時とばかりに「山里」の香りを「わら」に替えて浜集落に伝える。


 港で使うムシロと違い、厚みのある優しい肌触りの「ムシロ」から、遠く離れた山里の温もりが、運動会の始まるのを今か今かと待ちわびる浜人はまんど達の足元に伝えられる。


 グラウンド中央に聳え立つ数メートルの「マスト」は、港の漁船から借り受けた「ラッパ(スピーカー)」付きの丸太、そして真新しく塗られた白いペンキがその匂いを辺りに漂わせる。


 灰色の作業スボンにゴム長靴を履いた「教職員せんせいさま」達の顔から「ピリピリ」と緊張感が走り、見守る観客と行進のために並んだ児童生徒たちに伝わる。


 グラウンドの外側に居る観客たちに、運動会の手順表(わら半紙)を配る、隣り街の学校から駆けつけてくれた「モンペ姿」の女性教職員に、丁重に感謝を表す浜人達にも「ホッ」と、緊張感の取れる一時ひとときである。


 厳しい表情の教職員と校長を前に、帽子をかぶった坊主頭やオカッパ頭の浜子達が決められた通りに整列し、厳しい顔で演壇を見詰めれば、離れた街場から来た町長さんや役場の迎賓の話しを、延々一時間以上聞かされ、次々に演壇に駆け上がる漁業関係者や警察関係者、そして最後は校長先生へと話しは繋がり、二時間近く立っている浜子たちは「ピクリ」とも動かず息を殺している。


 グラウンドを囲む観客達は静まり返り、ひたすらマストから聞こえる迎賓や関係者の話しに聞き入り、誰一人として茶化す者おらず、別のマストに国旗が掲揚されると、グラウンドの観客から「うおぉぉー! パチパチパチ」と、盛大な拍手が沸き起こり運動会は開催された。


 隣り街から掛け付けた女性教職員の美しい声が、マストのラッパから観客達に種目を伝えると、ここぞとばかりに正座していた男衆達が膝たちして「うおぉぉぉー! パチパチパチ!」と、盛り上がりを見せ、周囲からは「ドッ!」と、笑い声が上がり華々しく運動会は幕を上げた。


 次々に種目が繰り広げられる中、小さな浜集落の運動会を盛り上げようと、集落の両側に延びる道から、土煙を上げ荷台に人を大勢乗せたダンプカーが何台も「ゴゴゴゴォー!」と、地響きを立て迫って来るのが見える。


 小さな浜集落の小さな運動会は大勢の観客の見守る中で、大人も子供も先生達や様々な関係者を巻き込んだ大運動会へとなった。


 グラウンドに鳴り響く「行進曲」に乗せて「パァーン! パァーン!」と、スタートガンが鳴って白い火薬の煙を上げ、辺りにマッチを擦ったような匂いが起ちこめる。


 赤組と白組に分かれた浜子達も練習の成果を見せようと、顔をしかめて頑張る姿を見せれば「孫の晴れ舞台とばかりに」涙ぐむ老婆が豆絞りで顔を覆い、足を滑らせ浜子が転べば「頑張れー! けっぱれぇぇー!」と、周囲から熱い応援の声が天を貫く。


 転倒し悔しさに涙を見せる浜子達に「よぐ、頑張ったどぉー!」と、男衆からも女子衆からも労いの声が浜子達にかけられ、大きな「赤チン(くすり)」の入った薬箱を持ち「もんぺ姿」の一人の女性が手当てに向かった。


 隣り街から応援に駆けつけた診療所の看護婦さんも、また額に鉢巻を結び真剣な表情で浜子達の傷の手当に追われていた。


 こうして、小さな浜集落の大運動会は進められて行く………






◆◆◆◆◆100話






 青く黒々した大海原をなたで切ったように、白い波しぶきを跳ね付けて進む漁船団。 色とりどりの大漁旗を風に揺らせ、マストの喇叭スピーカーから「ドンドドドドンドドド!」と、和太鼓の音が流れ、横笛の「ピィープゥーピィー」の細く澄んだ音色に重なるように「神主」の祈りが、逆巻く波の溶け込み、そして風に舞いながら天を目指す。


 浜里の年に一度の「大漁祈願祭」は、船の内と外から普段の垢を何日も掛けて洗い流した後「ピィーガガガ! ピィーガガガ!」と、互いに無線で仲間と交信しながら「神主」の乗る先導船に何艘もの船が連なる。


 青い大海原に浮く白い船から、時折「ドドドドドオォォーン!」と、神主の祈りに続けとばかりに、真っ黒い煙が轟音と共に天に向けられ「乗りおきゃく」達から、一斉に「うわあぁぁーい!」と、大歓声が巻き起こる。


 先導船からの「機関全開」の合図を受けると、船達は一斉に北へ西へ南に東へと進路を変え、逆巻く波に船首を数メートル乗り上げれば「乗り子」達から「うわあぁぁー! きえぇぇー!」と、大歓声、そして船首が数メートル下へと「一気に」落ちれば「ひょぉぉー! うわあぁぁー!」と、乗り子達の船に掴まる手に力がこもる。


 大揺れに揺れる船の上、大勢の乗り子の人数を数え、漁師は無線で「おらの発動機さぁー! 今年は8人乗せたぞぉ! これで来年は豊漁だぞぉー!」と、仲間達に伝えれば「いやいや! なんの! オラのとこだって7人乗せてるぞぉ!」と、仲間から無線がアチコチで飛び交い、その「自慢試合」に、耳を傾ける乗り子たちから「パチパチパチ!」と、大きな拍手が沸き起こった。


 神主の祈りと太鼓や横笛の音色の中、船達の「自慢試合」が繰り広げられ、中には「あいやぁ! までまでぇー! オラのとこは二人しかいねーども! 村長さんと町長さんがきってからのおぉー!」と、鼻を膨らませる何処かの漁師の声に「おぉぉー!」と、一斉に驚きの声が無線から辺りに漂う。


 船のマストのスピカーからアチコチの乗り子たちの大歓声と、漁師たちの自慢試合が三十分ほど続いた後、神主の乗った先導船から連なる船達に「ドオンッ! ドドドン! ドドドンッ!」と、太鼓の合図が入ると、突然船達は一斉に機関を静まらせた。


 大海原で渦巻くように先導船が大きな円を描きながら、ゆっくりと進めば、その後ろから二番船、三番船と船達は後を追うように渦巻きの形を取り、誘導船を中心に大きな渦巻きが完成すると、先導船の神主は太鼓と横笛の音色の中「かしこみ、かしこみ申すうぅー!」と、シャクを両手に大海原に頭を下げれば、漁師も乗り子も一堂に船の上に立ち上がり、神主が「来年の豊漁とぉー 山里の豊作おぉー 浜の神に対したてまつりぃー かしこみ祈願申し上げまするぅー!」と、船の上から樽酒を海原の神に小さな柄杓で何度も供えた後、船の上に積まれた「大根」を両手に持ち、天にかざして右へ左へと軽く振り、大根を真横に両手の平に置いて頭を深々と下げた。


 神主は大根を「海の神」に、里人からのお供えと伝えると、静かに海へと大根を供え「里ありてぇ! 浜、栄え! 浜ありてぇ! 里、栄えまするにぃー かしこみ、かしこみ豊漁、豊作の祈願申し上げまするうぅー!」と、神妙な面持ちで海に頭を下げると、船に乗った漁師も乗り子たちも一斉に頭を深々と下げ祈りを捧げた。


 この日、遥々(はるばる)浜里に来た「山里の山人やまんど」達は、浜里の大漁祈願祭の船に「山里の代表」として「乗り子」となって参加し、浜と山の栄えを皆と共に祈願し、里人たちは心の中でやがて来る厳しい冬が、浜神様のおこす浜風で和らぎますようにと合掌を繰り返した。


 浜人はまんどは山里の豊作を、山人やまんどは浜里の豊漁を互いに神様に祈願し、浜の大漁祈願祭は幕を閉じた。


 浜集落は山里から運ばれた色鮮やかな山の恵みに笑み浮かべ、そして山人たちも海の恵みに笑みを浮かべ、やがて来るであろう厳しい冬を乗り越えるべく神社の中で、神様ともども無礼講の酒を酌み交わした。


 目を閉じれば今も蘇る、大漁祈願祭の終わり大海原の船の上で酒盛りを楽しむ、浜人と山人の乗り子の笑い声、そして当時流行っていた流行歌がマストのスピーカーから「コッココココケッコォー♪ コッコココケッコォー♪ 私はミネソタの卵売りぃー♪ 私は街中の人気者ぉー♪」と、一艘の船がラジオから流れる音をスピーカーに出すと、一斉に別の船達もスピーカーから同じ曲が流された。


 凍りついた山の木々の割れる音が「カァーン! カァーン!」と、耳の奥深くにコダマし、閉じた瞼の内側に真っ赤に沈む夕焼けが蘇る。


 こうして山里の険しい森の中に住む「天狗様」の旅の話しは終わりを告げた。


 完結


 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ