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Ep249. もう一度、生きる人たち

アルバートが。


『村へ行きたい』


 そう言った翌日。


 俺は。


 村長の家にいた。


「保存体?」


 村長が眉を寄せる。


「人なのか?」


「人」


「でも、一度死んでる?」


「三十二年前に」


「分からん」


「だと思った」


 隣でノアが笑う。


「簡単に言うと」


「中央の泉に残ってた人の人格を」


「今、外へ出してる」


「危険は?」


「監視は必要」


「でも」


「一人で研究させない」


「勝手な術式も使わせない」


 村長は。


 しばらく考えた。


「村へ来たい理由は?」


「診療所を見たい」


「それと」


「もう一度」


「人を助ける研究がしたいって」


「信用してるのか」


 少し。


 考える。


「完全には」


 村長の眉が上がる。


「でも」


「話せる」


「危険なら止められる」


「だから」


「来ること自体は」


「俺は反対しない」


 昔の俺なら。


「大丈夫」


 そう言い切った。


 今は。


 分からないものを。


 分からないまま。


 皆で見る。


 その方がいい。


「なら」


 村長が頷く。


「村人にも説明して」


「反対がなければ」


「一度来てもらえばいい」


「いいの?」


「お前が」


「絶対安全だと言うより」


「今の言い方の方が信用できる」


「昔の俺」


「そんなに信用なかった?」


「今より面倒だった」


 ノアが。


 また笑った。


   ◇ ◇ ◇


 村会でも。


 アルバートについて説明した。


 全部の事情を。


 細かく話す必要はない。


 でも。


 隠しもしない。


「昔」


「大きな研究事故を起こした人」


「今は?」


「保存体になる予定」


「研究するのか?」


「するかもしれない」


「でも」


「単独ではさせない」


 トムが腕を組む。


「怖くないのか」


「少し」


「なら」


「何で呼ぶ」


「怖いからって」


「全部拒否するのも違うと思う」


 しばらく。


 ざわついた。


 でも。


 最後には。


「診療所に役立つなら」


「一度くらい」


「来てもいいんじゃないか」


 そんな意見が。


 多くなった。


 決定。


 条件付きで。


 アルバートの来村を認める。


   ◇ ◇ ◇


 すぐ。


 王都へ伝える。


『村』


『許可出た』


 アルバートの声。


 少し遅れて返る。


『本当に?』


「条件ある」


『何』


「単独行動なし」


「研究は複数監督」


「危険術式は禁止」


『当然だ』


「村人の中には」


「怖がる人もいる」


『それも当然だ』


「それでも来たい?」


『行きたい』


「何で」


 少し。


 間。


『完成した診療所だけではなく』


『作っている途中を見たい』


 結果ではなく。


 途中。


「分かった」


「でも」


「分離」


「急ぐなよ」


『分かっている』


 そこで。


 ネイが。


 第三の道へ入ってくる。


『アルバート』


『行く』


「寂しい?」


『うん』


「残ってって言う?」


 長い。


 沈黙。


『言わない』


「うん」


『アルバートが』


『決める』


 前なら。


 絶対に。


 手放さなかった。


「えらい」


『えらい』


「自分で言うんだ」


『良い』


 変わらないところも。


 ある。


   ◇ ◇ ◇


 その日の午後。


 白樺診療所の。


 建設が始まった。


 まだ。


 正式な建物名は。


 候補。


 でも。


 皆。


 もう。


 そう呼び始めている。


「ルーク!」


「それ運べ!」


 トムが叫ぶ。


「俺、小さい」


「軽い方だ!」


 持つ。


 重い。


「ノア」


「手伝って」


「僕も?」


「二人なら」


「せーの」


 運ぶ。


 遅い。


「邪魔だ!」


 村人に笑われる。


「手伝ってる!」


「もっと端!」


 前世の俺は。


 建物を作るなんて。


 したことがなかった。


 でも。


 土。


 木。


 汗。


 少しずつ。


 形になっていく。


 悪くない。


「休憩!」


 母。


「まだ」


「一刻経ちました」


「はい」


 逆らわない。


 最近。


 学んだ。


   ◇ ◇ ◇


 休憩中。


 ネイへ。


 景色を送る。


『何もない』


「前も言った」


『でも』


『人』


「皆で作ってる」


『ルーク』


「何」


『小さい』


「木を運べなかったこと?」


『うん』


「笑った?」


 少し。


 間。


『少し』


「ネイ」


『良い』


 腹立つ。


 でも。


 俺も笑う。


   ◇ ◇ ◇


 夕方。


 セラの。


 義足訓練。


 今日は六歩。


「昨日より一歩だけ」


「一歩は大事」


 エリシアが。


 王都から第三の道で言う。


「補助は?」


『三パーセント』


「最初だけ?」


『二秒』


 セラ。


 手すり。


 握る。


「行くよ」


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 四歩。


 五歩。


 六歩。


 最後。


 少し。


 身体が揺れた。


 でも。


 立っている。


「できた」


 リアが。


 嬉しそうに拍手する。


「六歩」


 セラ。


 息を弾ませる。


「もう一回」


「今日は終わり」


「分かってる」


 自分から。


 座る。


 それも。


 前より。


 変わった。


「明日は休む」


 セラ自身が言う。


「本当に?」


「信用して」


「……分かった」


 止めるだけじゃない。


 任せるのも。


 必要。


   ◇ ◇ ◇


 夜。


 エリシアから。


 連絡。


『ルーク』


「姉さん」


『補助台』


「何」


『完成した』


 俺の。


 医術師資格試験用。


 身体が小さいから。


 処置台へ届くための。


 安全補助台。


「もう?」


『明日送る』


「早い」


『必要』


「試験まで」


「まだ二十七日」


『倫理』


『勉強してる?』


「してる」


『一番心配』


「姉さんに言われる?」


『私は資格試験』


『倫理は高得点』


「でも」


「昔は」


「今ほど」


「患者の同意」


「気にしてなかったでしょ」


 沈黙。


『……知識と』


『実践は違う』


「俺も」


「そこ勉強する」


『一緒にやる?』


「遠隔で?」


『うん』


 姉弟で。


 医療倫理。


 勉強。


 変。


 でも。


 悪くない。


   ◇ ◇ ◇


 翌日。


 雨。


 建築は休み。


 薬師小屋には。


 三人。


 患者が来た。


 俺はまだ。


 正式な医術師ではない。


 だから。


 母とマリアの。


 補助。


 一人目。


 トム。


「腰!」


「ついに診てくれ!」


「補助だけ」


 触診。


 動き。


 痛み。


「痺れは?」


「ない」


「昨日」


「建築した?」


「した」


「休んで」


「診療所作れない」


「一日くらい」


「嫌だ」


 母。


「今日は休んでください」


「はい」


 早い。


 皆。


 母には。


 弱い。


   ◇ ◇ ◇


 二人目。


 小さな男の子。


 熱。


 咳。


 俺は。


 胸の音を確認する。


「肺は」


「大きな異常なし」


 母。


 薬。


 量。


 二人で確認。


 前世なら。


 一人で。


 即決した。


 今は。


 確認する。


 男の子が。


 不安そうに聞く。


「注射?」


「しない」


「本当?」


「今は必要ない」


「良かった」


 母親が笑う。


「ルークくん」


「本当に医者になるのね」


「試験に受かったら」


「この村で?」


「うん」


「それは助かるわ」


 ただ。


 それだけ。


 でも。


 嬉しかった。


   ◇ ◇ ◇


 夕方。


 第三の道。


 ネイ。


 いつもより。


 静か。


「どうした」


『アルバート』


「分離」


「進んだ?」


『七十三』


「また五」


『うん』


「寂しい?」


『うん』


 少し。


 間。


『ルーク』


「何」


『アルバート』


『全部』


『外に出たら』


『私』


『何になる』


「ネイ」


『それだけ?』


「それだけ」


『でも』


『中』


『誰も』


「いなくなる?」


『うん』


 ナエルも。


 外。


 アルバートも。


 外へ出ようとしている。


 今まで。


 ネイは。


 誰かを。


 中へ。


 残すことで。


 孤独から。


 逃げていた。


「一人になるの」


「怖い?」


『怖い』


「だから」


「また」


「誰か」


「中へ残したい?」


 長い。


 沈黙。


『……少し』


「でも?」


『しない』


「うん」


『怖いけど』


『しない』


 それ。


 大事。


「ネイ」


「皆」


「いつか」


「先に」


「いなくなるかも」


『うん』


 人間の。


 寿命。


 ネイの。


 寿命。


 違う。


「その怖さ」


「なくせない」


『また』


『一人』


「かもしれない」


 嘘は。


 言わない。


「でも」


「今から」


「一人になる準備だけ」


「する必要もない」


『どういう意味』


「今」


「皆いる」


『うん』


「今の記憶」


「残せる」


「手紙」


「声」


「映像」


「でも」


「人格は」


「残さない」


『本人じゃない』


「そう」


『でも』


「いたことは」


「残る」


 少し。


 間。


『それ』


『欲しい』


「じゃあ」


「皆で」


「少しずつ」


「作る」


『記録箱』


「うん」


『良い』


   ◇ ◇ ◇


 翌朝。


 エリシア。


 もう。


 試作品を作っていた。


『ネイ用』


『記録石』


「早い」


『簡単』


「何入れた?」


 少し。


 間。


『私』


「姉さん?」


『村へ行った時』


 馬車を降りた。


 最初の日。


 食卓。


 川。


 森。


 そして。


『ただいま』


 姉が。


 初めて。


 そう言った声。


 ネイ。


 長く。


 黙る。


『良い』


「姉さん」


「恥ずかしくない?」


『かなり』


「じゃあ」


「何で」


『残したいから』


 それなら。


 十分。


『ありがとう』


 ネイ。


『どういたしまして』


 姉。


 少し。


 声。


 柔らかい。


   ◇ ◇ ◇


 数日後。


 白樺診療所。


 基礎。


 半分。


 完成。


 村会でも。


 名称。


 正式に。


『白樺診療所』


 それで。


 決まった。


「まだ」


「俺」


「資格ないけど」


 トム。


「落ちたら?」


「薬師小屋拡張」


「やめて」


「なら受かれ」


「頑張る」


 前世の俺なら。


「受かる」


 と言った。


 今は。


 頑張る。


 それで。


 いい。


   ◇ ◇ ◇


 その日の午後。


 エレナから。


 連絡。


『ルーク』


「アルバート?」


『八十八』


「進んだ」


『でも』


「何」


『残り十二パーセント』


『一度に』


『分離したいと』


 俺。


 止まる。


「急いでる?」


『違う』


 アルバート本人。


 声。


『ルーク』


「聞こえる」


『私は』


『怖いまま』


『外へ出る』


「うん」


『少しずつ』


『怖さをなくそうとした』


『だが』


『多分』


『ゼロにはならない』


 そう。


 かもしれない。


『なら』


『怖いまま』


『選びたい』


「一気に十二?」


『うん』


「理由」


『村へ行きたい』


「診療所」


「まだ」


「完成してない」


『だから』


『完成する途中を』


『見たい』


 本人。


 決めた。


 でも。


 安全。


 確認。


 必要。


「俺だけで」


「良いとは」


「言わない」


『分かっている』


「エレナ」


「セオドア」


「姉さん」


「全員」


「確認」


『頼む』


   ◇ ◇ ◇


 検討。


 結果。


『十二パーセント』


『一括分離』


『実施可能』


『危険度』


『許容範囲』


「アルバート」


『やる』


「ネイ」


『怖い』


「止めたい?」


 長い。


 沈黙。


『止めない』


「うん」


『アルバートが』


『決めた』


 分離。


 開始。


『八十八』


『九十一』


『九十四』


 ネイ。


 静か。


『寂しい』


「うん」


『でも』


『大丈夫』


『九十七』


 アルバート。


『ネイ』


『何』


『ありがとう』


『嫌』


 一瞬。


 俺。


 分からない。


『ありがとう』


『嫌』


「ネイ?」


『さよなら』


『みたい』


 アルバート。


 少し。


 笑う。


『では』


『また』


 ネイ。


 長く。


 黙る。


『……また』


『話す』


『ああ』


『九十九』


 そして。


『百』


 静寂。


『アルバート・グレイ人格』


『中央泉より完全分離』


『正式保存核へ移行』


 終わった。


 三十二年。


 泉の中にいた。


 アルバートが。


 完全に。


 外へ出た。


「ネイ」


『いる』


「どう?」


『寂しい』


「うん」


『でも』


『良い』


「本当に?」


『アルバート』


『外』


「うん」


『また』


『話せる』


「うん」


『だから』


『良い』


 そして。


 別の保存核。


 アルバート。


『ルーク』


「どう?」


『怖い』


「外が?」


『ああ』


「でも?」


 少し。


 間。


『嬉しい』


「両方」


『そうだ』


「人間」


「面倒」


『本当に』


 アルバートが。


 笑った。


   ◇ ◇ ◇


 中央の泉から。


 最後の。


 人間人格が。


 完全に。


 離れた。


 ネイは。


 五百年以上ぶりに。


 誰かを。


 自分の中へ残していない。


 本当の意味で。


 一人の泉になった。


 でも。


 孤独ではない。


 第三の道がある。


 ナエル。


 リア。


 セラ。


 俺。


 皆。


 外にいる。


 外にいても。


 関係は。


 続く。


 アルバートも。


 同じ。


 三十二年ぶりに。


 誰かの中ではなく。


 自分として。


 外へ出た。


 そして。


 彼が。


 最初に望んだ場所は。


 王都の。


 立派な研究室ではなかった。


 村にある。


 まだ基礎しかできていない。


 小さな。


 白樺診療所。


『ルーク』


「何」


 アルバート。


『村へ』


『行ける日は』


『近いか』


「保存体」


「できてから」


『待つ』


「できる?」


 少し。


 間。


『最近』


『皆に』


『そればかり』


『言われる』


「俺も」


『なら』


『待つ』


「うん」


 終わったもの。


 ある。


 でも。


 その先に。


 始めたいことも。


 ある。


 アルバートも。


 ネイも。


 エリシアも。


 マティアスも。


 そして。


 俺も。


 過去を。


 消すことはできない。


 それでも。


 これから。


 何をするかは。


 自分で。


 選べる。


 もう一度。


 生きる。


 それは。


 過去を。


 やり直すことじゃない。


 過去を持ったまま。


 その先へ。


 進むことなのだ。


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