Ep159. 父の紹介状
信頼とは、一日で築けるものではない。
何年も、何十年も、誠実に積み重ねた先に、ようやく生まれるものだ。
手紙を出してから三日後。昼前のことだった。
家の前で馬車の音が止まる。
「こんにちは!」
明るい声とともに、荷台から大きな木箱が降ろされた。
「町の薬種商からです。バーバラさん宛て」
随分早い。俺は少し驚いた。手紙を出してからまだ三日しか経っていない。普通ならもっと日数がかかってもおかしくないはずだ。それだけ、この依頼が急ぎだと判断されたということなのだろうか。それとも――何か別の理由があるのか。
木箱を開ける。中には乾燥薬草、包帯、薬瓶。どれも丁寧に、隙間なく詰められている。運搬中に割れたり傷んだりしないよう、細やかな配慮がなされているのが一目で分かった。この一箱に込められた手間を思うと、それだけで送り主の誠実さが伝わってくる。
その一番上に、一通の封筒が置かれていた。
「お返事ね」
バーバラが封を開く。読み進めるうちに、彼女は少しだけ目を丸くした。
◇ ◇ ◇
「どうしたの?」
オリヴィアが尋ねる。
「ふふ……懐かしい名前が書いてあるの」
バーバラは手紙を俺たちのほうへ向けた。
『エドワード殿には、昔、大変世話になった。あの方のご家族の頼みなら、喜んで力になろう』
父だ。また、父の名前だ。
「この薬種商さん、昔、お父さんと一緒に薬草を探して歩いた人なのよ」
そういう繋がりか。俺は静かに納得した。
「まだ覚えていてくれたんだ……」
そう呟くバーバラは、嬉しそうだった。長い年月が経っているはずなのに、こうして名前を覚えていてもらえる。それがどれほど得難いことか、彼女の表情を見ていると自然と伝わってきた。
手紙には続きがあった。
『薬代は急がなくてよい。困っている村人を優先してほしい』
俺は目を細める。商人でありながら、目先の利益より信用を選ぶ。いや――違う。長い目で見れば、それこそが何よりの信用になるのだ。目先の勘定を後回しにしてでも、困っている人に手を差し伸べる。そういう積み重ねが、何十年経っても色褪せない繋がりを作るのだろう。
父は、こんな人たちと信頼を築いていたのか。俺の知らない父の姿が、また一つ形になっていく気がした。
◇ ◇ ◇
「ルーク」
バーバラが箱の底から、一本の小瓶を取り出した。
「これは町でも珍しい薬なの。熱が長引いた時だけ使う、とても大切なお薬」
透明な瓶に、淡い青色の液体が揺れている。俺はそれを興味深く見つめた。成分は分からない。だが、微かに魔力を感じる。おそらく、この世界独自の調剤法によって作られたものなのだろう。
研究したい。そんな衝動が、胸の奥をふっとよぎる。前世の俺なら、間違いなくそうしていた。新しい薬を目にすれば、まず真っ先に瓶の中身を分析し、成分を突き止め、再現できるかどうかを試したはずだ。好奇心のままに、目の前の患者よりも先に、薬そのものへ手を伸ばしていただろう。
だが、今は違う。
まずは、患者のために使う。研究はその後でいい。
今の俺は、少しだけ変われているらしい。そのことに、自分でも小さな驚きを覚えた。
父が残した信頼。母が守り続ける信頼。そのどちらもが、この一本の小瓶や、丁寧に詰められた木箱の中に、確かな形で息づいている。
いつか、俺も誰かから手紙を書いてもらえるような、そんな医魔術師になりたい。
木箱いっぱいの薬よりも、一通の手紙に込められた信頼の重さを、俺は静かに胸へ刻み込んだ。




