Ep151. 初めての弟子志願
誰かに憧れること。それは成長の始まりだ。
前世の俺には、憧れた相手がいただろうか。いや。才能のある者だけを認め、追い越すことばかり考えていた。だから、誰かの背中を追いかける喜びを知らなかった。
◇ ◇ ◇
往診から二日後、朝の診療が一段落した頃だった。
「バーバラさん!」
元気な声が庭から響く。飛び込んできたのはトムだった。その後ろには、イッキも尻尾を振りながら付いてきている。
「どうしたの?」
バーバラが首を傾げる。トムは大きく息を吸い込み、勢いよく頭を下げた。
「俺! 薬師になりたい!」
一瞬、家の中が静まり返る。
「え?」
オリヴィアが目を丸くした。
「この前のおばあちゃん! バーバラさんが助けたの見て!」
トムの拳は固く握られている。
「俺も! 困ってる人を助けたい!」
真っ直ぐな目だった。バーバラは少し困ったように笑う。
「薬師はね、勉強もいっぱいしないといけないのよ?」
「する! 薬草も覚える! 字もいっぱい書く!」
迷いがない。俺はトムを見る。才能は分からない。知識もまだない。だが、人を助けたいという気持ちは本物だった。
前世の俺は、こんな弟子志願者なら、きっと断っていた。知識が足りない。基礎もない。時間の無駄だと。
だが、母は違った。
「じゃあ約束して」
「うん!」
「薬は人を助けるためのもの。自慢するためでも、お金儲けだけのためでもない」
トムは真剣な顔で頷く。
「困っている人を見たら、まずその人の話を聞くこと」
「うん!」
「そして、分からないことは、分からないって言うこと」
俺は少し驚いた。その言葉は重い。前世では、分からないと言えない医者を何人も見た。無理に診断し、患者を危険にさらす者もいた。バーバラは、最初にそこを教えるのか。
「はい!」
トムは元気よく返事をした。
「じゃあ今日は第一歩。薬棚のお掃除から始めましょうか」
「えっ? 掃除?」
「そう」
バーバラは優しく笑う。
「薬師は薬を作る前に、まず道具を大切にする人だから」
トムは少しだけ拍子抜けした顔をした。それでも、
「分かった!」
と笑顔で頷く。
◇ ◇ ◇
俺も薬棚を見上げた。医術とは、特別な魔法から始まるものではない。一枚の布で棚を拭くこと。一つの道具を丁寧に扱うこと。そんな当たり前の積み重ねこそが、やがて誰かの命を救う力になるのだと。俺はまた一つ、母から学んだ。




