Ep136. 初めての応急処置
医者に必要なのは速さだ。だが、慌てることではない。
前世の師はよく言っていた。「急げ。しかし焦るな」
その言葉の意味を、俺は何百人もの患者を診てようやく理解した。
◇ ◇ ◇
村の広場に、十人ほどの村人が集まっていた。輪の中央で、一人の少年が泣いていた。
「痛いよぉ……」
年は六歳くらい。膝を両手で押さえている。
「転んだんだ」と父親が説明した。「坂道を走っていて」
なるほど。バーバラはまず膝を見た。擦り傷だ。少し深い。砂も入っている。骨折ではない。関節も問題ない。俺も同じ結論だった。
「少し痛いけど我慢できる?」
バーバラが優しく聞くと、少年は涙を浮かべながら頷いた。偉い。
バーバラは水で傷を洗い始めた。
「いたっ!」
当然だ。砂が入っている。しかし洗わなければ化膿する。
「あと少しだからね」
母の声は落ち着いていた。その声だけで、少年は泣き止み始める。不思議な力だ。
傷を洗い終える。薬草を塗る。布を巻く。
「はい、おしまい」
「……もう?」
少年が目を丸くした。
「終わったわ。明日にはもっと楽になるから」
少年は恐る恐る立ち上がった。一歩。二歩。
「あ、歩ける!」
周囲から笑い声が上がる。父親が何度も頭を下げた。「ありがとうございます」
◇ ◇ ◇
その時、少年が俺を見た。
「ルーク!」
知り合いなのか。
「見て!」
膝を見せてくる。包帯が綺麗に巻かれている。
「よかったな」
本当はそう言いたかった。
「う!」
精一杯頷くと、少年は満足そうに笑った。そして走り出そうとして——
「こら」
バーバラに止められる。
「今日は走っちゃ駄目」
「はーい……」
しょんぼりした返事に、皆が笑う。俺も少し笑った。
◇ ◇ ◇
重い病ばかりが医療ではない。命に関わる患者ばかりでもない。
一つの擦り傷。一枚の包帯。安心させる一言。そんな小さな積み重ねが、村人の「大丈夫」を作っている。
そして俺は、その「大丈夫」を支えられる医魔術師になりたいと、初めて心から思った。




