表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武装法人二階堂商会 外伝 白光の魔導士、錬金都市を往く  作者: InnocentBlue


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/7

第二章 錬金都市エクリヴァル ー 静かな不発


 二日目は、特に――何も起きなかった。


 少なくとも、目に見える範囲では。


 爆発もなければ、暴走する錬金術師もいない。禁炉が開くことも、塔が崩れることもなく、街はただ、いつも通りに稼働していた。


 エクリヴァルは、そういう街だ。


 危険がないから静かなのではない。危険が日常に溶け込んでいるから、静かに見える。


 ルーチェは朝から歩いていた。


 研究塔の影が伸びる通り。錬金具を扱う露店が並ぶ小路。古い石畳の下で、魔力の脈がかすかに脈打つ区域。


 どこも「異常」ではない。だが同時に、「正常」とも言い切れない。


 焦げた薬品の匂い。甘すぎる触媒の蒸気。

 人の声に混じる、魔法陣の起動音。

 すべてが混ざり合い、街の呼吸を形作っている。

 ルーチェはその中を、迷いなく進む。


 地図は――ほとんど見ていなかった。


 角を曲がる前に立ち止まり、風の流れを読み、塔の配置を見上げ、地下から上がる魔力の濃淡を感じ取る。


 そして、進む。


 社員が気づいたときには、


 「あ、そこは地図に――」


 と言いかけた道が、すでに正解であることが多かった。


「……ルーチェ様」


 昼前。小さな文献館を出たところで、社員が声をかける。


「本日は、成果は……」

「うむ」


 ルーチェは即答した。


「特にないでござる」


 否定でも、落胆でもない。事実をそのまま並べた声だ。


 古文書は調べた。錬金史の写本も確認した。覚醒に関する理論書も数冊、目を通した。


 だが――


 テリアに直接結びつく記述は、どこにもなかった。


 ホーリードラゴンの覚醒。

 環境魔力による共鳴。

 都市型魔導炉の影響。


 どれも可能性としては書かれている。

 だが「それだ」と言える確証はない。


「……普通でござるな」


 ルーチェは、ぽつりと呟いた。


 社員が一瞬、言葉を選ぶ。


「普通、ですか?」


「うむ」


 ルーチェは歩きながら続ける。


「この街は、異常が多すぎて、どれが原因か分からぬでござる」


 それは批判ではない。観察結果だ。


「一つひとつは強いが、強すぎて、逆に決め手にならぬ」


 社員は息を呑む。


 的確すぎる分析だった。


 テリアは、ルーチェの肩で静かにしていた。


 眠ってはいない。だが、起きてもいない。


 黄金の瞳は半分だけ開き、街の魔力に反応するたび、わずかに瞬く。


 怖がっている様子はない。だが、落ち着いてもいない。


 まるで――


 何かを待っているようだった。


「……焦れておるな」


 ルーチェは、誰に言うでもなく呟く。テリアの小さな爪が、外套を軽く掴んだ。


「大丈夫でござる」


 指先で、そっと撫でる。


「一日で答えが出ぬのは、想定内じゃ」


 そう言い切れるのは、旅慣れているからではない。


 命を預かる側の覚悟を、すでに持っているからだ。


 夕方。


 宿へ戻る前に、もう一箇所だけ立ち寄る。


 街外れ。

 廃棄された旧錬金工房の跡地。


 公式記録からは消され、

 地図にも「空白」として残されている区域。


「ここは……」


 社員が言いかけて、口を閉じる。

 ルーチェは足を止め、空気を嗅いだ。

 古い炉の匂い。失敗した実験の残滓。そして――微かだが、確かに。


 テリアの魔力と、似た揺れ。だが、それはすぐに霧散した。


「……過去の痕跡でござるな」


 期待も落胆もない声。


 ただ、「今ではない」と理解しただけ。


 夜。


 宿の部屋は静かだった。


 二重の鍵。遮音の結界。

 外の音は、ほとんど届かない。

 ルーチェは椅子に腰掛け、テリアを膝に乗せる。


「今日は、ここまでじゃ」


 テリアは小さく鳴き、丸くなる。


 白光が、ほのかに部屋を満たす。

 眠りを守るための、最低限の光。


 ルーチェは目を閉じる。


 二日目は、特に何も起きなかった。


 ――だが。


 何も起きなかったという事実そのものが、この街では、不自然なのだと。


 白光の魔導士は、その違和感を、静かに胸に刻んだ。


 嵐は、まだ来ていない。


 ただ――

 確実に、溜まっている。





 三日目の朝は、穏やかだった。

 錬金都市エクリヴァルは、夜の炉火を落とすと、

 まるで何事もなかったかのように理知的な顔をする。

 白い塔は静かに立ち、

 街路には紙と革と金属の匂いが混じる。

 ルーチェは、古書館の扉をくぐっていた。

 目的は明確だ。

 覚醒、共鳴、竜種、都市魔力。

 昨日と同じく、調査だ。


 ……そのはずだった。


 エクリヴァルの裏通り。

 研究塔の影から少し外れた場所に、その書店はあった。

 間口は狭く、看板も小さい。

 派手な魔導紋も、呼び込みの声もない。

 だが、扉の前に立った瞬間――

 紙と革と、ほんのりと古い魔力の匂いが鼻をくすぐった。

 ルーチェは、足を止める。


「……ここでござるな」


 確信めいた呟きだった。

 中は静かだった。広くはない。

 だが、棚は天井近くまで積み上げられ、一冊一冊が、慎重に選ばれて並んでいる。

 新刊は少ない。

 代わりにあるのは、刷り直されなくなった理論書、

 研究者の私家版、正史からこぼれ落ちた覚書のような本ばかり。

 魔導理論。錬金実験録。失敗事例集。

 禁忌指定前に書かれ、そのまま忘れ去られた原典。

 店主は奥で帳簿をつけており、客を気にする様子もない。

 ルーチェは、自然と棚の奥へと足を向けていた。

 目的の棚を探している――

 というより、魔力の流れに導かれている。

 この店には、表に出ない知識が、静かに眠っている。

 そして。ふと、一本の背表紙が目に入った。



 白地に、金色の箔押し。

 古くも新しくもない、控えめな装丁。

 それだけなら、見逃していたかもしれない。


 だが、その著者名を見た瞬間――


 ルーチェは、ぴたりと動きを止めた。


「――――ふぉぉっ!?」


 思わず、声が漏れた。

 店内の空気が、一瞬だけ止まる。

 社員がびくりと肩を揺らし、店主がちらりと顔を上げる。

 だが、ルーチェはそれどころではなかった。


「わ、わが師……アルマさまが……書いた書物でござる!?」


 両手で本を取り上げ、信じられないものを見る目で表紙を凝視する。


「知りなんだ……!このような街の、このような店に……!」


 声は低い。

 だが、抑えきれていない。

 白光が、ほんのりと外套の内で揺れた。

 師の名。確かな筆致。

 記憶にある、あの理論構成。

 間違えようがなかった。


 ルーチェは、我慢できずに近くの小卓へ向かう。

 店の隅に置かれた、

 客用の簡素な閲覧机。

 椅子を引き、腰を下ろす。

 そっと、本を開いた。


 そして――


 ルーチェは、完全に没頭した。

 内容は、光魔法と錬金術の相互干渉について。

 白光を「結果」ではなく「過程」として扱い、

 錬金反応の媒介として組み込む理論。

 魔力回路を光で安定させ、触媒の暴走を抑制する設計。

 そして何より。光を力ではなく、秩序として定義している。


「……なるほど……」


 ページをめくる指が、止まらない。


「このような術式が……拙者は、知らなかったでござる……」


 行間に、師の声が聞こえる気がした。


 『力を出すな。整えろ。光は、導くものだ』


「……さすがは、アルマ師」


 自然と、微笑みが浮かぶ。時間が、溶けていく。



 どれほど経っただろう。


 はっと、我に返る。周囲の音が戻ってくる。

 紙をめくる音。羽ペンの走る音。

 遠くの時計の、低い刻み。


「……いかん」


 ルーチェは、本を閉じた。


「いかん、いかんでござる」


 自分に言い聞かせるように、もう一度。


「先んじてこの都市に来ている目的は――テリア殿の謎を解明するため」


 師の教えに浸るのは、楽しい。

 だが、今は違う。

 守るべき命が、ここにある。

 肩を見る。

 テリアは、静かにこちらを見ていた。

 まるで「戻ってきたな」とでも言うように。


「すまぬでござる」


 小さく謝り、それから――

 もう一度、本を見る。

 そして、何事もなかったように立ち上がり、

 受付へ向かった。





「……こちらを」


 差し出されたのは、

 さきほどの書物――だけではなかった。

 白地に金箔の一冊。

 その下に、やや薄手の理論書が二冊。

 さらにその横に、古びた背表紙が一冊。

 静かに、しかし確実に、増えている。

 社員が少し遅れて、目を見開いた。


「……ご購入、ですか?」

「うむ」


 即答だった。迷いがない。言い訳もない。


「後で読むためでござる」


 嘘ではない。ただし――

 「後で」が、いつなのかは誰も知らない。

 会計を済ませ、本を一冊ずつ丁寧に受け取る。

 外套の内側へ、順に収めていく所作は、

 まるで大事な魔導具を仕舞うかのようだ。

 最後の一冊を入れ終えたところで、

 ルーチェは、ふと動きを止めた。

 外套の内側を、指で軽く数える。


「……」


 一呼吸分、考える。


「……うむ」


 小さく、頷く。


「このくらいなら……まだ、許容範囲でござるな」

「許容範囲……?」


 社員が思わず聞き返す。ルーチェは、少しだけ視線を逸らした。


「これ以上増えると、あとで氷の副社長殿に、静かに……しかし確実に……お叱りを受けるでござる」


 妙に具体的だった。

 あの冷え切った視線を、すでに脳内で一度浴びている顔である。


「調査費の範囲内ですよねと、穏やかな声で確認されるのが……なかなかに、堪えるでござる」


 社員は、そっと目を逸らした。分かる。とても、分かる。

 ルーチェは外套の留め具を整え、満足げに息をつく。本は増えた。

 だが、目的は忘れていない――つもりだ。


「……さて」


 声を切り替える。


「これ以上は、我慢でござる」


 本当に我慢できるかは、次の書店次第である。

 白光の魔導士は、ちゃっかりと知識を懐に収めながら、何事もなかった顔で店を後にした。

 戦利品の重みを、外套の内に感じながら。





 古書館を出たら、昼の光が、街路を照らしている。

 塔の白が反射し、石畳に淡い影を落とす。

 ルーチェは一度だけ、深呼吸した。


「……よし」


 声の調子が変わる。

 研究者の顔から、守る者の顔へ。


「必ず、みつけるでござる」


 肩のテリアが、小さく鳴いた。

 白光の魔導士は、師の知と、現在の使命を両方胸に抱き、


 再び――

 錬金都市エクリヴァルの奥へと歩き出そうとした。


「……ルーチェ様」


 その背後から、控えめな声。

 足を止める。振り返ると、荷物を抱えた社員が、穏やかな表情で立っていた。

 穏やかすぎる表情で。


「一つだけ、よろしいでしょうか」

「……うむ?」


 その瞬間。

 ルーチェの肩が、ほんのわずかに跳ねた。


「本日の調査、とても順調かと思いますが――」


 少し、間を置く。


「……あまり、購入しすぎないでくださいね」

「……」


 空気が止まる。

 ルーチェは、外套の内側を、無意識に押さえた。


 ぎくり。


「……あ、あれは……」


 言いかけて、口をつぐむ。

 言い訳が思いつかない。

 いや、思いついてはいるが、どれも氷の副社長殿の前では無力だ。


「調査費の範囲内ではありますが」


 社員は、にこやかに続ける。


「帳簿を拝見するのは、最終的に……あの方ですので」

「……」


 脳裏に、氷点下の視線がよぎった。

 静かな声。丁寧な確認。

 逃げ場のない論理。


「……善処するでござる」


 小さく、だが真剣に答える。

 テリアが、くすりと鳴いた――

 ような気がした。


「よろしいかと存じます」


 社員は軽く会釈し、再び歩き出す。


 ルーチェは一歩遅れて、ついていく。

 決意は揺らがない。使命も変わらない。

 ただ一つ。

 次の書店では、深呼吸をしてから入ろう。

 白光の魔導士は、

 そんな実に人間らしい誓いを胸に、

 再びエクリヴァルの街へ溶け込んでいった。

お付き合いいただき、ありがとうございます。ここまで読んでくださったあなたに、心からの感謝を。

少しでも面白いと思ったら☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂ければと思います。一つひとつの応援が、次の物語を生み出す力になるんです。これからも、どうぞ気軽に見守っていただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ