↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武装法人二階堂商会 外伝 白光の魔導士、錬金都市を往く  作者: InnocentBlue


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/7

第一章 錬金都市エクリヴァル ー 白光の魔導士


 列車は、まだ動いていなかった。

 蒸気と魔力の匂いが混じる駅構内で、巨大な鉄の塊が低く唸り声をあげている。


 まるで眠れる魔獣のようだ――

 そう思い、ルーチェは思わず足を止めた。


 これに、乗るのでござるか。

 剣も、魔法も、幾度となく経験してきた。

 だが、列車は初めてだった。

 人と荷と魔力を乗せ、決められた道を、光より遅く、

 されど確実に進む鉄の箱。

 ルーチェは小さな身体を腕に抱き直す。

 眠るテリアの呼吸は浅い。

 それでも、胸の上下は確かに、生きている証を刻んでいた。


 ――必ず、原因を突き止めるでござる。


 漣司から単独行動を許されたのは、信頼ゆえか、それとも覚悟を試されたのか。

 だが考えるまでもない。やることは一つだった。

 錬金都市エクリヴァルへ向かい、テリア覚醒の理由を探ること。


「ルーチェ様、まもなく乗車の時間です」


 社員の声に、ルーチェは一度だけ列車を見上げる。

 知らぬ世界へ踏み出すための、鉄の入口。


「……承知したでござる」


 一歩。


 白光の魔導士は、初めての列車へと足を踏み出した。 

 列車が動き出す瞬間というのは、いつも少しだけ胸が騒ぐ。

 それは旅の始まりの音であり、

 戻れぬ時間が確かに流れ出す合図だからだ。


「テリア殿のため、必ず糸口を掴むでござる」


 同行する二階堂商会社員が、静かに頷く。



◇



「ルーチェ様。この列車に乗れば、

 本日中に錬金都市エクリヴァルへ到着するそうです」


 同行の社員が、時刻表を指でなぞりながら告げた。

 ルーチェは「ほう」と小さく息を漏らし、列車を見上げた。

 艶のある鉄の車体。規則正しく並ぶ車輪。

 床下から伝わってくる低い駆動音は、腹の底で響き、

 まるで巨大な魔法陣が眠りながら呼吸しているかのようだった。

 蒸気と魔力の匂い。

 あちらこちらで鳴る笛、金具の擦れる音、荷車の軋み。

 駅構内は忙しないのに、列車だけがどっしりと落ち着いて見える。

 眠れる魔獣。いや――眠れる術式の塊。


「なんと……まるで光のような速さでござるな」


 ルーチェは真顔で頷いた。

 光。すなわち白光魔法。直線。即達。遮るものなし。


 ――なるほど、人はこれを地上で再現したのでござるか。


 自分の中で見事に納得している顔だった。


「……光ほどではないと思いますが」


 社員が、極めて現実的な訂正を入れる。


「む? そうでござるか」


 ルーチェは一度だけ瞬きをしてから、さらに真面目に考え込んだ。

 光ほどではない。つまり――少し遅い。


「では……半光くらいでござるか?」

「いえ、そういう単位ではなくてですね……」


 会話が噛み合わない。

 しかし当人は一切気にしていなかった。

 むしろ「半光」という新しい概念を自分の中で成立させ、

 満足げに小さく頷く。


「……なるほど。半光列車」

「違います!」


 社員が思わず声を上げ、慌てて咳払いする。

 周囲の乗客がちらりとこちらを見る。

 だがルーチェは、その視線を「珍しい魔導具でも見つけたのだろう」

 とでも思ったのか、気にも留めず、案内に従って歩き出した。


 ――ところが。


 ルーチェの足取りは妙に迷いがなかった。

 迷いがない、というより、正しさに一切疑いがない。

 彼女の中で「線路=一本の道」という世界が完成しているからだ。

 自信満々に、別の列車へ向かっていく。


「あっ、ルーチェ様! それは反対方向の列車です!」

「――なんと!?」


 ぴたり、と止まった。

 振り返るルーチェの表情は心底驚いたものだった。

 悪びれるとか、照れるとか、そういう色が一切ない。

 ただ純粋に、「世界の仕様が思っていたのと違う」ことへの驚きだ。


「道は同じ線路の上でござろう?

 ならば、どれも同じところへ行くのでは?」

「いえ、線路は途中で分岐しますし、行き先も違います!」

「分岐……?」


 ルーチェは「分岐」という言葉を口の中で転がし、ゆっくりと噛み砕いた。

 線路が、分岐。枝分かれ。

 一本の道が、途中で二本になる。

 いや、二本が三本になる可能性だってある。


「線路が……枝分かれ……?」


 小さく首を傾げる。

 傾げた角度が、理解できないというより、理解しようとしている角度だった。


「……魔法陣の方が、素直でござるな」


 ぼそりと本音が漏れた。社員は思わず額を押さえた。

 確かに魔法陣は分岐しない。分岐させたら爆発する。

 しかし列車は爆発しないように作ってある――

 その発想が、ルーチェの常識の外にある。

 一瞬の騒ぎ。

 駅員と社員が慌ただしく修正に入り、ルーチェは正しい列車へと導かれる。


「こちらです、ルーチェ様」

「うむ。助かるでござる」


 何事もなかったかのように頷く白光の魔導士。

 失敗を恥じる様子はなく、

 むしろ新しい知識を得た子供のように目を輝かせていた。


 ――恥じる前に、学ぶ。


 彼女の天然は、無邪気さというより、真っ直ぐさに近い。

 やがて列車は、低い音を響かせながら走り出す。

 床下の振動が、規則正しく腹に伝わる。

 窓の外、景色がゆっくりと流れ始めた。


「……おお」


 声が漏れた。馬車の揺れとも、船の浮遊感とも違う。

 一直線に押し出されるような感覚。

 それが速度を上げるごとに、体の芯に馴染んでいく。

 フランヴァルの平原が一枚の絵のように引き伸ばされていった。

 草の波が後ろへ逃げ、遠くの森が横滑りし、

 雲の影だけが追いすがってくる。


「景色が……動いておる……」


 当たり前の現象に、純粋な感動を覚える。

 その言い方が、どこか魔法の発動を見たときのものに似ていた。

 世界が、仕組みで動いている。そのことが、ただ嬉しい。

 遠くには、鉄道都市クロスヴァルの影。

 無数の線路が絡み合い、都市そのものが巨大な魔導装置のように見えた。

 ルーチェはその姿を、じっと見つめる。


「なるほど。これは……便利でござるな」


 しみじみと呟きながら、ルーチェはテリアを抱く腕に、そっと力を込める。

 眠る小さな身体は軽い。

 けれど、その軽さの中に“守るべき重さ”がある。

 初めての列車。初めての速さ。


 そして――初めて向かう、錬金都市。


「……待っておれ、テリア殿。半光でも、十分速いでござる」


 社員が「だから半光は違うんです」と言いかけて、やめた。

 今は訂正よりも、ルーチェの決意の方が大事だと分かっている。

 白光の魔導士は、知らぬ世界へと運ばれていった。

 無邪気な驚きと、静かな覚悟を、同じ腕の中に抱いたまま。



◇



 列車は、快調に走り続けていた。

 規則正しい振動。床下から伝わる、低く安定した駆動音。

 その音は、最初こそ「鉄の魔獣が唸っている」

 としか思えなかったのに、いつの間にか――

 呼吸のように馴染んでいた。

 窓際の席で、ルーチェは流れていく景色をじっと眺める。

 平原。林。街道。

 すべてが一定の速度で後ろへ消えていく。

 それは魔法みたいに見えるのに、魔法ではない。

 人が作った仕組みで、世界が動いている。


「……なるほど。歩かずとも進むとは、不思議なものでござるな」


 ルーチェの声は小さい。

 感嘆というより、確認だ。

 目の前の現象を、ちゃんと自分の世界に組み込もうとしている声。

 二階堂商会の社員たちは、交代で周囲の警戒を続けていた。

 通路側に座る者、窓の外を見張る者、荷の位置を確認する者。

 けれど肩の力は抜けている。

 この区間の列車移動が、彼らにとっては日常の移動であることが、

 所作の端々に滲んでいた。

 もちろん、油断ではない。

 この鉄路は安全だから平和なのではなく、

 危険だからこそ「慣れ」が磨かれているのだ。


「列車というものは、実に合理的でござるな」

「慣れると、馬車には戻れませんよ」


 社員が笑う。

 その笑いは、緊張を忘れた笑いではない。

 危険を知ったまま、日常を回す人間の笑いだ。


 ――そして。


 そのいつもの揺れが、ほんのわずかに変わった。

 車体の奥から、金属が噛み合う音。

 速度が落ちる直前の、空気の詰まり。

 ルーチェは言葉にしないまま、

 抱いたテリアの重さを確かめるように腕に力を込めた。


『緊急停止、緊急停止。

 前方線路上に魔物の群れを確認しました』


 車内放送が、唐突に空気を切り裂く。


 ――冷たい声。訓練された声。


 慌てていない。慌てさせないために、一定の温度で告げる声だ。

 一瞬、ざわめきが走る。だが、悲鳴は上がらない。

 乗客たちは顔を上げる。

 視線を交わし、次に来るものを理解していた。

 恐怖より先に浮かぶのは、「またか」という空気。

 この鉄路では、魔物は天災に近い。

 雨が降る。風が吹く。列車が止まる。魔物が出る。


 ――それが、日常に組み込まれてしまっている。


 誰かが小声で呟いた。


「……次の駅、遅れるな」


 別の誰かが肩をすくめる。


「いつものことだ」


 諦めでもない。受け入れでもない。

 生き延びるための処理だ。

 次の瞬間。列車が、重い衝撃と共に停止した。

 床がぐん、と沈む。荷物が軋み、吊革が一斉に揺れた。

 ルーチェの身体も前へ持っていかれそうになるが、

 足が自然に踏ん張る。

 白光の魔導士は、こういう瞬間に転ばない。

 ほぼ同時に、車両の扉が開いた。


 ――外気が流れ込む。


 鉄と草と、微かな血の匂い。

 戦場の匂いが、列車の中へ入り込んできた。

 剣士、魔導士――装備の整った者たちが、

 迷いなく外へ飛び出していく。

 クロスヴァル専属。

 鉄道を守るために配置された、戦闘要員たち。

 陣形。役割分担。

 前に出る者、後ろで詠唱を整える者、乗客を落ち着かせる者。

 誰一人、声を荒げない。むしろ静かだ。

 静かだからこそ、慣れているのが分かる。

 魔物との距離感すら、日々の巡回業務の延長。

 仕事として殺し、仕事として守る。

 そんな空気が、扉の向こうで整然と動いていた。


「……慣れておるのう」


 ルーチェは、その光景を見つめながら静かに立ち上がる。

 胸の奥に、淡い灯りが点る。

 白光の魔力が、意識の底でゆっくりと起動する。

 加勢するべきだ。守るべき命が、腕の中にある。

 そして守るべき人が、車内にもいる。

 そう判断した――その矢先だった。

 扉の向こうの空気が、別の意味で割れた。

 いつもの停止。いつもの対応。


 ――そのはずの「日常」が、ほんの一拍だけ、狂う気配がした。



◇



「……遅い。私が終わらせるね」


 軽い。あまりにも軽い声音だった。

 戦場に似つかわしくない、退屈を紛らわすような響き。

 その一言だけで、空気が――歪んだ。

 魔力の流れが乱れ、視界がわずかに揺らぐ。

 闇がそこに在るのではない。

 闇が、周囲を侵食し始めたのだ。

 前へ出たのは、一人の魔導士。

 整った顔立ち。無駄のない所作。

 黒衣は深く艶やかで、まるで夜そのものを纏っているかのようだった。


 ――美しい。


 だが、その美しさは、刃に似ていた。

 触れれば、必ず血を見る類のものだ。

 次の瞬間。闇魔法が放たれる。

 詠唱はない。躊躇もない。

 凝縮された黒が、魔物の核だけを正確に抉り抜き――爆ぜた。

 遅れて追いついた衝撃が、肉体を内側から裂き、

 骨も皮も意味を失わせる。

 吹き飛んだ肉片が雨のように散り、地面を染めた。

 悲鳴は上がらない。声帯が、叫ぶ前に蒸発した。


 ――殲滅。


 ただそれだけの結果だった。

 なのに。魔導士は、その光景を鑑賞していた。

 瞳は細められ、口元には、うっとりとした笑みが浮かんでいる。

 勝った笑みじゃない。相手を倒した達成感でもない。

 もっと浅い。もっと醜い。


 もっと本能的な――快楽。


 それも、抑えきれない種類のもの。

 肩が、ほんのわずかに震えた。呼吸が、ひとつだけ甘くなる。

 まるで喉の奥で、何かが満たされていく音を聞いているみたいに。

 そして、その満足が終点にならないことを――

 本人だけが、よく知っている。

 だが――闇は、そこで終わらなかった。

 本来なら、撃って、止める。

 魔力を収束させ、余波を切り落とし、次の標的へ移る。

 それが戦闘の理性だ。

 なのに彼女の魔力は、止まらない。止まれない。

 制御されるべき闇が、なおも膨張を続ける。

 黒は波紋のように広がり、地面を濡らす水面のように脈打ちながら、

 周囲の色を奪っていく。

 闇がある、のではない。闇が――増殖している。

 味方の陣形すら呑み込もうと、黒が指のように伸びた。

 その動きは狙いを定めた攻撃ではない。

 飢えが、勝手に手を伸ばしているだけだ。

 破壊の衝動が、魔法の縁を越えて滲み出ていた。


 壊したい。消したい。もっと、もっと。


 その欲求が、仮面の下から漏れ出しているのが、はっきりと分かった。

 声にしなくても分かる。

 目が言っている。唇が言っている。皮膚の下の刻印が、

 黒い脈動で言っている。


 ――足りない。

 ――まだ足りない。


 美しさの裏にあるのは、理性ではない。

 抑え込まれた狂気だ。

 いや、抑え込まれているふりをしている狂気だ。

 薄い膜一枚で社会をなぞり、

 戦闘が始まった瞬間にそれを破って飛び出す。


 そしてそれは――


 次の瞬間、確実に仲間をも巻き込む規模へと変わりつつあった。

 黒が、嬉しそうに広がっていく。

 彼女の笑みが、もう少しだけ深くなる。

 まるで――味方も敵も区別できないのではなく、

 区別する必要がないとでも言うみたいに。



◇



「何をしているのじゃ!」


 叫びと同時に――白光が走った。

 否、走ったのではない。切り裂いた。

 空気そのものを真っ二つに割り、

 闇の伸びる軌道へ、光が一直線に差し込む。

 ルーチェの身体が、迷いなく前へ出る。

 小さな足が一歩踏み込んだ瞬間、

 足元に展開された魔法陣が――弾けた。

 ぱ、と花が開くように。

 純白の紋が地面に刻まれ、次の刹那、光が奔流となって噴き上がる。

 眩い。熱い。だが焼き尽くすための光ではない。

 守るためだけに研がれた、刃のない鋼のような光だ。

 次の瞬間、光は盾へと形を変える。

 円弧状に広がった白光が、剣士と魔導士たちを包み込む。

 闇が触れた瞬間、激しい火花が散り、空気が悲鳴を上げた。

 白と黒が擦れ合う音が、耳ではなく骨に響く。

 踏ん張る足元が、微かにきしむ。


 ――ドン、と。


 闇と光が衝突する。

 圧縮された魔力同士の激突が衝撃波となり、大地を揺らした。

 土煙が巻き上がり、視界が一瞬、白と黒に塗り潰される。

 その中心で、ルーチェは踏みとどまっていた。

 足は動かない。腕も、揺れない。光は、揺らがない。

 守るべきものが、明確だからだ。

 ルーチェの眼は一点に据えられ、

 瞬きすら惜しむように闇の伸びを捉える。

 次にどこへ触れようとしているか。

 誰を呑み込もうとしているか。

 それを見切り、先に塞ぐ。

 白光が静かに収束していく。

 押し返すのではない。押し戻す。

 闇の指先を一つずつ折り、余剰を削ぎ落とし、

 拡がりそのものを失速させる。

 やがて、闇が押し返され、霧散する。


 ――静寂。


 砂塵の向こう。黒衣の魔導士が、ゆっくりと顔を上げた。

 視線が、重なる。ルーチェは、何も言わない。

 詠唱も、警告もない。ただ、真っ直ぐに睨んでいた。

 声を出せば、揺れる。

 言葉を挟めば、相手の闇に隙を与える。

 だから黙る。黙って、意思だけをぶつける。

 白光の奥にあるのは、怒りではない。

 恐れでもない。

 ただ一つ。


 「それ以上、踏み込むな」という命令のような意思だけだ。


 黒衣の魔導士は、ほんの一瞬、その視線を受け止める。

 刹那。感情のない、冷たい一瞥。

 そこに驚きはない。怒りもない。

 あるのは――評価ですらない、無関心。

 まるで「もう用はない」と言わんばかりに、視線が外れる。

 魔導士は踵を返した。

 白光を背に、戦場に背を向ける。

 歩みは緩やかで、迷いがない。

 開いたままの列車の扉へ向かい、振り返ることもなく、

 そのまま乗り込んでいく――

 が、扉の縁で、ほんの一瞬だけ立ち止まる。


 ――ちらり、と。


 再び投げられる一瞥。

 それは確認でも、挑発でもない。

 「覚えておく」という、無言の宣告だった。

 次の瞬間、黒衣の魔導士の姿は列車の中へと消える。

 誰も、引き留められない。

 誰も、声を出せなかった。

 残されたのは、消えかけの闇の残滓と、淡く輝く白光だけだった。



◇



「……ルーチェ様」


 背後から、控えめな声がかかる。

 戦闘の緊張がほどけきらぬまま、

 二階堂商会の社員が駆け寄ってきていた。

 ルーチェは、すぐには振り返らない。

 まず腕の中――テリアの小さな身体を、そっと抱き直す。

 微かな呼吸。かすかな温もり。

 生きている。

 その事実を確かめてから、ようやく、静かに口を開いた。


「あれは――相当な魔術師じゃ」


 断定。称賛でも、恐れでもない。

 ただ、現実だけを切り取った声だった。

 今の一撃。詠唱なし。躊躇なし。

 闇を圧縮し、芯だけを貫いて爆散させる精度。

 あれは偶然ではない。技術だ。鍛え上げた力だ。

 だからこそ、ルーチェは次を言う。


「だが、己の魔力を過信し、殺戮を楽しんでおる」


 言葉の温度は変わらない。

 けれど、刃の向きだけがはっきりする。


 強い。――だから危険なのだ。

 強いのに、止まれない。

 強いのに、止まろうともしない。


 視線はなおもテリアに向けられている。

 先ほどの惨状の影は、その瞳には宿っていなかった。

 あるのは冷静な理解だけ。

 そして、理解した上での拒絶だった。


「黒魔法を扱う者が、皆あのようではない」


 言い切って、ほんの一拍。

 ルーチェの胸の奥で、白光が静かに芯を作る。

 正しく恐れる。誤って憎まない。

 その区別は、守る者に必要な礼儀だ。


「……だが、拙者とは相容れぬ者じゃ」


 短い。けれど、揺るがない。

 守るために力を振るう者と、壊すことに酔う者。

 その境界線は、曖昧にしてはいけない。

 一度曖昧にすれば、次は守るべきものが壊れる。

 だから、ここで線を引く。

 認める。認めたうえで、決して交わらないと決める。

 やがて、最後の魔物が倒される。

 戦場のざわめきが消え、鉄道警備隊が黙々と後処理に入る。

 血と魔力の匂いが、風に流されて薄れていく。


 ――ゴトン。


 列車が、再び動き出した。ゆっくりと、確実に。

 まるで、何事もなかったかのように。

 窓の外、景色が再び流れ始める。

 白光だけが、淡く、車内に残っていた。



◇



 錬金都市エクリヴァル。

 無数の研究塔が天へと伸び、叡智と禁忌が、

 同じ地平で平然と交差する都市。

 ここでは救いすら研究対象で、

 破滅でさえ理論として棚に並べられる。


 白光の魔導士が向かう先に待つものは――

 ひとつだけ、はっきりしている。

 テリア覚醒の真実。

 その原因を掴むこと。


 眠りの奥に沈んだ命を、確かな答えで引き上げること。

 もちろん、その道の先で出会うかもしれない。

 真実ではなく、触れてはならぬ魔導の闇に。

 答えは、まだ霧の向こうだ。だが、迷いはない。

 守るべき命を胸に抱き、白き光はただ前へと進む。

 何のために行くのかを、決して取り違えないまま。


 列車は走る。


 鉄と魔力が生む軌道の上を、静かに、確実に、未来へ向かって。

 やがて辿り着くその都市で――

 テリアの覚醒をめぐる真実は、必ず形になる。

 そして同時に、光と闇は、再び相まみえる。

 物語は、そこで待っている。



◇



 ――汽笛が、短く鳴った。

 金属と魔力の匂いが混じる空気が、窓の隙間から流れ込む。

 列車は減速し、やがて重い鉄の塊が止まるという現実を思い出したように、

 ゆっくりと息をついた。

 駅舎の外には、白い塔がいくつも突き立っている。

 天へ伸びるというより、空を突き刺し、裂き、

 そこから何かを吸い上げているような形だった。


 錬金都市エクリヴァル。

 到着。

 扉が開く。


 足元の石畳は煤で黒ずみ、風は薬品の甘さと焦げた苦さを運んでくる。

 ルーチェは一歩を踏み出しかけ――

 その瞬間、腕の中の温もりが、微かに動いた。


「……?」


 眠っていたはずのテリアの身体が、ぴくり、と震える。

 小さな翼がこわばったまま開き、喉の奥から細い声が漏れた。


「きゅ……」


 その鳴き声は、泣き声に似ていた。

 けれど同時に、目覚めの合図でもあった。

 ルーチェは息を止める。

 すぐに、優しく抱え直した。


「……テリア殿」


 ホーリードラゴンの黄金の瞳が、ゆっくりと開く。

 焦点が合うまでのわずかな間、光の膜が揺れた。

 そして――テリアはルーチェを見上げ、

 確かめるように小さく鼻を鳴らした。

 ルーチェは、そっと微笑み、テリアを肩へ乗せる。

 小さな爪が外套の布を掴み、そこに居場所を作った。

 肩の重みが、祈りを“使命”に変える。

 レイヴァルでは見つけられなかったものがある。

 魔導書。歴史。失われた錬金の記録。

 残されている可能性が、この街にはある。


 だから来た。だから、ここで掴む。


 ルーチェは白い外套を整え、駅の喧騒へ視線を通す。

 人の目は鋭く、塔の影は長く、風はどこか不吉に甘い。

 それでも、足は止まらない。


「……参るでござる」


 白光の魔導士は、目覚めたホーリードラゴンを肩に乗せ、

 錬金都市エクリヴァルへ――確かに、足を踏み入れた。


◇


 宿は、二階堂商会の社員がすでに手配していた。

 エクリヴァルの宿は寝る場所ではない。隠れる場所だ。

 だから入口の鍵は二重で、窓は厚く、廊下はやけに静かだった。

 荷を置き、最低限の確認を終えた頃には、

 外はもう夕方の色になっている。

 塔群の影が長く伸び、煤けた空に炉の火だけが赤く滲んだ。


 ――普通なら、ここで一息つく。


 だが、ルーチェは外套の紐を結び直していた。

 肩のテリアが、小さく「きゅ」と鳴き、外の匂いに鼻先を揺らす。


「ルーチェ様……まさか」


 同行の社員が、半歩遅れて声をかける。


「もう今日から探されるのですか? 

 到着したばかりですし、日も――」


 ルーチェは振り返り、真顔で頷いた。

 迷いのない頷きだった。


「うむ」


 そして当たり前のことを言うように、さらりと続ける。


「まだ空いているところは、あるでござるからな」

「空いているところ……?」


 社員が首を傾げると、ルーチェは少しだけ胸を張った。

 誇るのは知識ではなく、間に合うという直感だ。


「文献が残る場所は、閉まる前が勝負でござる。

 夕方は皆、飯と酒と炉に寄る。

 ならば、今が……隙でござろう?」


 妙に筋が通っている。

 しかも、本人はそれを当然の常識として言っている。


「……承知しました。ただ、エクリヴァルの道は複雑です。

 迷われると――」

「迷わぬ」


 即答。

 ルーチェは真顔のまま、きっぱりと言い切った。

 その断言に、社員は一拍だけ黙り――

 すぐに、荷の中から地図を取り出した。

 折り畳まれた紙には、塔の区画、通りの呼称、

 禁止区域の印まで書き込まれている。


「こちらを。迷わないように」


 言い方は丁寧だが、実質は“迷前提である。

 ルーチェは地図を受け取り、じっと見つめた。

 上下を一度だけひっくり返す。

 左右も一度だけひっくり返す。

 そして、納得したように頷いた。


「……なるほど。紙の魔法陣でござるな」

「地図です」

「うむ。地図の魔法陣でござる」


 社員が遠い目をした。


 ルーチェは地図を丁寧に懐へ収め、扉へ向かう。

 肩のテリアが、不安げに翼をすぼめて外套を掴んだ。

 ルーチェはその小さな爪に、そっと指を添える。


「本日は近場のみ当たるでござるよ」


 言葉は穏やかだ。

 だがその奥にあるのは、

 今日のうちに一歩でも進めるという固い意思。

 扉を開ける。煤と薬品の匂い。

 塔の影。遠くの爆ぜる音。


 そして――知識が眠る街の気配。


 白光の魔導士は、再び街へ降り立った。

 夕方のエクリヴァルへ。眠りかけた真実を起こしに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。