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2話「鮮血の天使」

 聖職者は非暴力を象徴する存在だった……らしい。


 現在のこの世界ではそんな常識はない、僕ら聖職者だって武器なり魔法なりを使って戦う時代だ。

 でも、やっぱりそういうのは向き不向きがあって、つまり僕みたいな平和主義者は戦場に出ても役立たずなのだ。

 虫を殺したことがないというわけではないが、例え相手が魔物だとしても毅然として力を振るう事は出来ない、霊体を浄化するのと生き物を傷つけるのは違う。



「はっ、はっ、はっ、くそっ! くそおお!!」



 初等魔法すら会得していない、僕が持つ兵装はたった一つ、『聖剣フルンティング』と呼ばれるもの。

 しかし何故かこの聖剣、特別な力を発揮しないしそれどころかただの鋼鉄の剣としても機能しない。

 切れ味が悪すぎて純然たる鈍器にしかならない。


 そんなわけで戦う術を持たない回復、浄化要員の『プリースト』である僕は旅の途中で仲間とはぐれ、野生のウェアウルフの群れに追いかけられていた。



「うわあああっ、くそっ! くそっ! 来るなああああ!!!」


『グルルルルルッ!!!』『ガウガウッ!!』


「よっ、ほっ! うわあっ!」



 ウェアウルフ達の攻撃を躱しながら斜面を走って下る。

 一応戦場に出るための相応の訓練は受けていたからウェアウルフと同じ速度で山を下りながら攻撃を躱すのは難ではないが、問題はこちらからの決定打がない。


 格闘技は会得している、だがそれは護身術に過ぎずこちらから手を出す術に関してはめっきりど素人。

 故に聖剣の力に頼ろうと思ったのだが、肝心の聖剣はうんともすんとも言わないポンコツのガラクタ。

 どうしようもない絶体絶命だ。



「わっ、女の子!? ど、どいてくれえええ!!!」


「……は?」



 猛スピードでウェアウルフ達と下山を嗜んでいたら突然現れた少女に正面衝突する。


「がっ、いでっ、いでででででっ!!」


 咄嗟の事で判断が遅れてしまったが、なんとか少女を抱え受け身を取る事には成功した。

 が、勢いがついていた為どうしてもブレーキをかける事は出来ずそのまま転がり落ち、下にあったボロ小屋に少女諸共突っ込んでしまった。



「いててて……」


っ、何なんだよ今度は……」


「あ、ごめん。怪我はないかい? ……はっ!」



 頭をさすりながら立ち上がる少女の姿が逆光を浴びており、そのシルエットがあまりにも神々しく天使にさえ見えた。

 まだ幼く柔い、容易く張り裂けてしまえる程に華奢な手足。

 腰まで伸びる黄金の髪は、まるで粒子を放ってるが如く煌びやか。

 完成されたボディーライン、プリッと柔らかそうな尻肉、穢れを知らない処女の、いや少女の肢体に、僕は奇しくも釘付けになっていた。



「げっ、布がどっか行っちまった。ごめんね兄ちゃん、屋外なのに全裸を晒しちゃって」


「天使だ……」


「? 何言って」


 ズシュッ。

 果実に刃物を通したかのような音が鳴り響いた。


「しまっ!」


 すっかり念頭から抜けていた、今僕はウェアウルフの群れに追われていたんだ。

 気付けば、僕と少女はさっきのウェアウルフ達に囲まれていた、退路は絶たれている。

 ていうか少女は既にウェアウルフの爪によって腹部を貫かれている、早くこいつらをどうにかして治癒しないと絶命してしまうじゃないか!


「くっそ……どうすれば」


 一応フルンティングを抜いてみるけどやはり聖剣が魅せる奇蹟というやつは発動しなかった、依然としてただの鉄塊のままだ。



「いってぇ……」


『グルッ?』


「あーもう、いい加減離せ犬っころ!!」


『ガッ……!?』



 爪で腹部を貫かれている少女が、そのままの状態で背後にいるウェアウルフに肘打ちをした。

 ウェアウルフの顔がひしゃげた、意識を失ったのか絶命したのかウェアウルフはその場でパタンと倒れこんだ。

 少女は自分に刺さっているウェアウルフの爪を腕で押して引き抜く、すると彼女の傷は肉を焼いた時のような音と煙を立て再生した。



「ふう。不死身なのは知ってたが、腕力も相当強いんだなこの身体。よし、おいあんた」


「な、なんだい?」


「俺にはどうやら家がないらしい。匿ってくれ」


「へっ、匿う!? そんな事言われても、僕も旅をしてる身だから」


「そっか。なんの旅?」


「なんのって……えっと、簡単に言えば犯罪者を捕まえるための旅だけど」


「なんだそりゃ。あんた警察かなんかなの?」


「いや、僕はしがない聖職者さ。ただ、僕と一緒に旅をしていた勇者様とその御一行とはぐれちゃって」


「あー、そういうやつね」


 少女は二、三回屈伸運動をし、ぴょんぴょんと跳ねる。


「じゃ、こいつらを頑張って倒してみるから終わったら俺をパーティーメンバーにしてくれ。なにぶん、一人で行動すると人間以上に生きにくい生物みたいだからさ」


 そう言った彼女の背中には翼が生えた、漆黒で、彼女の姿を覆い隠してしまうサイズの翼。

 背中に収納されていたのか、にしては大きな翼だ。


「まだ身体の操作に慣れてないから手荒になるけど、許して、ね!!」


 床を蹴り姿が消えた、かと思えば視線の先にいたウェアウルフの身体が弾け飛び拳を突き出した少女がそこに立っていた。

 一瞬のうちに懐に潜り込みウェアウルフに拳を叩き込んだ、明らかに少女の身には余る力を行使したのだ。


「いっだい!! あー、今のが百パーセントっぽいかな……。こっちも骨がバキバキになるけど再生するから関係ないか」



 血飛沫を上げ、しかし同時に再生する右腕を振り、すぐ隣にいたウェアウルフにゲンコツを振りかぶる。

 まるで素人の喧嘩を見ているようだったがそれは挙動の話であって速度が人間基準じゃない、力もさる事ながら脚力……いや、翼も使って上手く方向に修正をかけながらブーストをかけているのか。



『グルルルルッ!!』


「ははっ、痛いなあ!」



 足がもつれフラついている瞬間に背後にいたウェアウルフに首筋を噛まれようと関係なし、そのままウェアウルフの頭を掴んで引きちぎってしまう。


 化け物だ。

 この少女は人間じゃない。

 こいつは何なんだ? 人に似た姿をし、人の言語を喋るこいつは一体何だというんだ?


「はあ、こんな所か」


 あっという間にウェアウルフの群れを片付けてしまった少女は、顔に付着した血液を手で拭い僕を見た。


「で、どうかな? 俺を仲間にしてくれってお願いだけど、やっぱりダメかな?」


 彼女は部屋に散乱していた布を拾い上げ、それを纏って裸体を隠す。

 翼も隠し、今の彼女はただの返り血を浴びた少女という姿を取っている。

 しかし彼女はただの少女ではない、翼を生やし鋭い爪と牙を持つ化け物だった。

 別に仲間にする事は構わない、というかこの子の力でも借りないと一人じゃ旅なんか出来ない、僕だけじゃどこぞの街に着くのにも力不足だ。



「……君は、一体何なんだ?」


 仲間にするのであれば聞いておかなくてはならない質問だった。

 目の前の怪物が一体何なのか、僕に危害を与える危険性はないのか。


「俺は……多分吸血鬼だな」


「吸血鬼?」


「ああ。傷ついても再生する身体を持ち太陽の陽で身体が燃える、鏡には映らず十字架や杭で穿たれた傷は癒えない。どれも目で確認した事だから間違いない筈だ」


「吸血鬼……まさか、そんな事」



 ある筈ない、何故なら吸血鬼はもう600年も前に滅んでいる筈なのだから。

 そう伝えようと思ったが、僕はそれを口には出さなかった。

 彼女の様子、少し変なのだ。何というか、まるで目覚めたばかりで自分の事がよく分かってないかのような。


「ん? どうした、何か顔についてる?」


「いや」


 もし本当に彼女が吸血鬼ならこういう想定が出来ないだろうか?

 例えば彼女が本当に吸血鬼なら、今から600年前。吸血鬼が滅亡に追い込まれており最後の灯火が変えようとしている渦中での話。

 自身が滅ぶのを悟った吸血鬼が自身の赤子の心臓に杭を打ちどこかに隠した。


 吸血鬼は杭を心臓に打ち込まれるとそれが引き抜かれるか杭が朽ちるまで時間が止まってしまう、という伝承がある。

 つまり、最後の吸血鬼によって杭を打たれた彼女は時間が停止し、杭が朽ちた後にゆったりと歳を取り今の状態で意識を覚醒させたとか。


 だが、吸血鬼は不死身ではない。

 彼女の言った通り太陽の陽に浴びせれば死ぬのだ、それ以外に聖水をかけたり、普通に心臓を潰しても抜き取られても死んでしまう。

 まあこちらに関しては単純に彼女が試していないから知らないだけという可能性が高いが。



「……一つ疑問だが、喉は乾かないのか?」


「喉? ああ、そういえば乾くな。いくら水を飲んでも心なしか乾いてる気がするよ」


「そうか。まあそうだよな」


「? 今の質問、一体何の事だよ?」


「いや。単純に君が吸血鬼なら血を飲まないと死んでしまうから。その予兆が現れていてもおかしくないと思っただけさ」


「ッ! た、確かに! どうしよう、あっ!」



 少女はウェアウルフの死骸に近付き、その血液に口を付けた。

 初めは口を離し微妙な顔をしていたが、吸っているうちに目が赤くなり、その顔から表情が零れ落ち、何も示さずに血を飲み続けた。

 やがて、血をある程度飲んだ少女は顔を上げ、ボーッと数秒間一定の場所を見つめる。すると、彼女の瞳が赤から金に変わった。



「どうだい? 血を飲んだ気分は」


「特段美味いわけじゃないが……分からない。なんか、身体の内側が潤されていくというか、今までにない感覚を味わったよ。喉の乾きも解消されたし」


「そっか。人以外の血でも大丈夫なんだな。なら、一応不安は払拭されたよ」



 僕は床に座り込む少女に近付き手を差し出す。

 正直彼女も人外なのだから、それに魔に属する種族なのだから僕みたいな非力な聖職者が仲間として迎え入れるのはある種自殺行為にも思える。

 それでも彼女の力が必要だ。僕が教会から言い渡された仕事内容である『邪心十司卿の拘束、殺害』は、彼女の強力な力がなければ成し得ない。



「これからよろしくね、吸血鬼のお嬢さん」


「え、いいのか!? 俺が仲間に加わっても」


「ああ。でもしっかり仕事はこなしてもらうよ。それに、僕のパートナーになるわけだから、僕への反逆行為も禁止。というわけで一応、使い魔契約(ギア・スレイブ)をさせてもらうよ」


「使い魔契約? なにそれ」


「君が僕に逆らえなくなる首輪みたいなものだね。仲間になるのは良いけど、だからといって喉がカラカラになって噛み付かれても困るからさ」


「……まあいいけど」


「結構あっさり受け入れるんだね」


「今は生きれたらそれでいい、それ以外に明確な目標とかないからな。居場所があれば今はいいよ」


「そっか。それじゃ、君の名前を教えてもらえるかな?」


「名前?」


「うん名前」



 床にウェアウルフの血で魔法陣を描き、支度をしながら待っていると彼女から衝撃的な言葉が発せられた。



「俺、自分の名前を知らない」


「えっ?」


「名前って、テキトーな名前でいいのか?」


「ダメだよ! 親につけられた名前とかもしくは個体としてハッキリと判別出来るちゃんとした名前がないと! 即席で作った名前は効力が薄い!」


「えぇ……」



 参ったな、まさか名前を知らないだなんて……。

 ん? そういえばこの子、やけに古臭い首輪をしてるな。さっきまで目線が上からだったから気付かなかったけど。



「……あ、君さ。その首にしてるの、目覚めた時からあった?」


「ん? うおっ、付いてたのかこんなん」


「今気付いたんだ……ちょいと失礼」



 少女の首元に顔を近づける、首輪をよーく凝視する為だ。

 そしてよく見てみると、やはり名前らしき物が書いてあった。



「フェル……メール? って書いてあるね」


「なんだそりゃ。この世界の造語?」


「あまり聞かない音の響きだから名前じゃないかい? 例えばだけど君の名前とか」


「もしそうだった場合、使い魔契約とやらに利用出来るのか」


「君がフェルメールという単語を自分の名前として受け入れるならね」


「受け入れる。いいよ、俺はフェルメールだ」


「じゃあオーケーだ。始めるよ、儀式を」



 魔法陣は描き終えてある。その陣の中にフェルメールを入れ、僕は陣から出て手の平をナイフで切る。


「うっ! くっ……」


 僕の血を浴びたフェルメールが顔を赤らめて呻く。


「汝、我の鮮血を浴びし従属の証を示せ」


 顔を上げ僕の血を指で舐めとりながら、首に付いている首輪の下に契約の印として黒い紋様が浮き出る。


「従属の証は胴と頭蓋を繋ぐ首筋に。隷属の意は生命の根源であるその心臓に」


「んっ……ぅあっ、はぁっ……」


 ……初めて使い魔契約をするが、こんなにエロいのか? なんかフェルメールのやつ、自身の身体を抱いて蹲りながら時折ビクンッと背中が跳ねてるんだけど。


「我を主人と認めよ。自身を従者と認めよ。汝は我の手足にして心臓。我は汝の思慮にして心象」


「んっくっ……あぁ! あんっ……んはっ、はぁ! ……んあっ」


 魔法陣が光りだすとフェルメールの声、息遣いが余計に強く官能的になる。

 なんか、性的なイタズラをしてるようだ。俄然やる気が増してくる。

 あーいや、言い方が悪かったな。リビドーが駆り立てられる。たまらない。


「汝の魂に、魂魄こんぱくに呪縛を掛ける。そして隷属の証を刻みつけるのだ。空の器を、我の血で満たすのだ!」


 詠唱は成功、魔法陣も光っていてフェルメールの首にも契約の証である黒い輪っかの紋様が浮かんでいるので成功なのだろう。

 さっきまで喘いでいたフェルメールは全く喘がなくなり、代わりに儀式が終わると涙を目一杯に溜めて僕に抗議してきた。


「い、いきなり何するんだよ!」


「いや、そういう儀式だから」


「絶対不必要な感覚が俺に押し寄せてきた! 絶対に!!」


「何、もしかして使い魔契約の儀式で気持ちよくなっちゃったの?」


「……っ、そんな事」


「図星かー。あはは、君、見かけによらずエッチなんだね〜。ま、男に裸を見られても平然としてられるならエッチなのも納得だけど〜」


「……」


 あ、凄い睨んでる、もうやめとこ。


「ご、ごめんごめん。馬鹿にしすぎたよね、謝るからそんなに睨まないで」


「……お前名前は」


「あ、ああ。僕はヴァーレスク・レディオン、ルチア聖堂会に勤務する元神父だよ。よろしく」


「神父か、吸血鬼の天敵だな。よろしく」


 何その含みのある言い方、それでもって握手の力が異様に強いぞ?

 どうやら完全に機嫌を損ねてしまったらしい、仕方がないので太陽光が苦痛だと言う彼女をお姫様抱っこしてその上から布を被せた状態で最寄りの街へと行く事にした。

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