偉大なる言い出しっぺの功績
「………十年?」
「はい」
「………一歩も?」
「はい」
「………進展なし?」
「はい」
あんぐりと目と口をあけたクラスメイトに、檜山さんが答える。
「『準備』が整っていない、とプロ化への移行は年々見送られました」
「なんでまたそんなに遅れるのかねえ」 呆れに呆れた折田は呟く。
「一番の問題はお金ですね。
野球でもサッカーでもほとんどのプロチームが赤字という中で、バスケットで黒字になるビジネスモデルを描く事ができなかった。
それで更に金銭的負担を負うのをスポンサーが嫌がったのでしょう」
「一応Jリーグには黒字のチームあるぞ、浦和とか」
「野球に黒字チームってあったっちゃが?」
有田は自慢気に、折田は首を捻る。
「何にしろ大半は赤字やん」
きーちゃんが笑った。
………消滅したチームもあったしな…と、有田が小さく小さく呟いた。
「次に、各都道府県の体育協会の抵抗です」
「なんでそんなもんが抵抗すっとや?」 折田が首を捻る。
「興業権のないアマチュアリーグの試合では、チケット収入は各体育協会の懐に入ります」
「へー、そうなんだ」
ブームの残り火、とはいえアマチュアリーグの試合にしてはかなり多い観客動員をしていた。
「費用負担ゼロなのに興業収入をもたらすバスケットは、各体育協会は手放すにはあまりに惜しい存在なのです」
今この体育館にいるのが2000人くらいか。チケットの値段が二千円くらい。掛けると四百万か。リーグで何十試合かやるから…『億』に届くなあ。
「プロ化する事で貴重な収入源が減る事を嫌った各地方体育協会の強い抵抗、プロ化する事で宣伝塔としての役割が薄れる事を拒んだ各企業などの反対…
プロ化しないまま、そのまま十年以上の時が過ぎて…
その間にチームは続々と解散し、多くの有力選手達が行き場を無くし…」
「もたもたしてるうちにロシア・リトアニア・ギリシャ・フランス・オーストラリア・アルゼンチン・中国・韓国など世界各地ではバスケットのプロリーグができて、実力急成長」 前橋が自嘲気味に笑い、
「こないだ日本でやった世界バスケじゃギリシャがアメリカを倒しちまった。たった十年でアメリカと世界の差は縮まった」
後田が続ける。
「なのに、日本と世界の差は開く一方」 きーちゃんがこれみよがしに大きなため息をついた。
「そこで、声を上げたのが、新潟でした」
「新潟?なんで新潟なんか…」
「………もしかして、アルビレックスのあの人か?」
首を捻るクラスメイトの中で、サッカー部の有田が何かに気付いた。
「『偉大なる言い出しっぺ』、美川光徳か!?」
「その通りです」
檜山さんが微笑み、流石サッカー部と呟いた。
「えーっと、誰それ?」
「Jリーグの新潟チームを作った人だよ。作っただけじゃなくて、新潟でサッカー人気を爆発させて、おまけに根付かせた人でもある」
「一向にプロ化を進めない協会に業を煮やした新潟の美川氏が協会を公然と批判。
埼玉と協同して日本リーグを離反・独立。
完全プロ化を目的に新リーグを設立しました」
「なるほど美川さんバスケでもやらかしたわけか……」
なんだか有田がやたらと納得している。
「協会が十年以上かかっても終わらなかった『準備』をたったの半年で完了させて出来上がったのが……」
「それが、このJBAです」
「………よく、調べたなぁ」
アタシは感心しまくる。
「そんな歴史があったとはなあ」
「だからお前らもチケット買ってくれよ。このチーム、だけじゃなくって、どのチームもいつ経営破綻してもおかしくないんだからよ」
「なんだ。やっぱり経営は苦しいのか」
「ええ、嫌がらせされてますから」