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『伝説』の試合

 数ヶ月前に思いを馳せる。


 アタシが宮瀬をただの友達と思えなくなった日の事を。


 学校中が、宮瀬をただのNBAマニアだと思わなくなった日の事を。


 ―――『伝説』になったクラスマッチの事を。

「だ?」

     「ん?」

          「じ?」

               「ょ?」


          「『………《混合》チーームゥ!?』」

           体育館にええーーっという悲鳴が上がる。


「しゃーねーだろ、人数足らねーんだからよ」

 アタシ達の抗議は、サル面中年体育教師猿渡に見事にスルーされた。


 アタシ達、タカチュー(高鳥中学校)のクラスマッチは生徒の選択式になっている。

 男子は野球・サッカー・バスケのうちのどれか。

 女子はソフトボール・バレー・バスケの内から一つ。 


 当然、バスケ部のアタシはバスケを選んだ。バスケ以外は考えられなかった。


 でもクラスマッチは体育祭ほど盛り上がるわけでもなく、みんな熱心なわけでもない。

 まあ、学校行事では微妙なもんではある。

 好きな競技を選択できるといっても好きなように、というより消去法で選ぶ人が多い。

 曰く、外でソフトボールは日焼けするからイヤ!とか。

 曰く、バレーボールはレシーブすると痛いから、とか。

 曰く、サッカーは痛いしキツイから嫌だ、とか。


 その中で、今年は、バスケの参加者は輪を掛けて極端に少なかった。なぜならそれは………


「おりゃーー!!」

 バカっぽい気合と共に、バスケのリングが金属製の悲鳴を上げる。

 おおーーっという歓声。

「すっげーー!ダンクだ」

「私、見たの初めてー」

 騒ぎの中心人物は空に浮いていた………リングを掴んで。


「あのバカのせいか………」

 アタシははぁっと溜息をつく。

 日本じゃあ珍しい『生』ダンクを見せる男、8組の鬼頭に対して。

 中学生離れした、日本人離れした194センチの巨体。

 部活でのバスケの練習に留まらず、実家が柔道をやってるとかで、実家でも鍛え上げた体が異常にごつごつとして、まさに『鬼』のような大男だ。

 万年一回戦止まりだったうちの弱小男子バスケ部を県大会ベスト4まで伸し上げた奴だ。

 今年は全国を間違いなく狙えるとまで言われている。なんかバスケ雑誌の取材まで来てた程だし。

 アイツが去年大暴れしたせいで、クラスマッチ・男子バスケはケガ人が続出。

 その所為で、今年のクラスマッチ・バスケに男子がほとんど参加しなくなった、というわけだ。


「今年もアイツらが優勝かなあ」

「勝てるわけないわよねー、あんなのと」

 諦めモードが周りの生徒の口をついて出てくる。 


 更に悪いことに、8組には鬼頭だけでなく男バスの中心メンバーが揃ってやがる。


 ポイントガードの後田。

 確実なボール運びと、ミスの少ないプレイが出来る。素人では止められない。

 

 フォワードに、前橋。

 テクニック抜群のシューターで、シュートレンジが広く、素人には太刀打ちできない。


 更に、センターに鬼頭。

 194センチの巨体がゴール下にあるだけで、素人には勝ち目がない。


 勝てる要素がない。

 そんなわけで、少しでも体育にイイ点が欲しい男子はサッカーと野球に移ったというわけだ。

 見るとほとんどのクラスで、バスケに参加してる男子は5人以下。確かにチームすら作れない。これじゃあクラスマッチが成り立たない。

(なんだよ男子、なっさけないなぁ………鬼頭程度のデカいだけの奴にびびっちゃってさ)

 声には出さないけど、胸の奥でちょっと運動場側にいる男子どもを非難する。

「だからって、さわやかにやろうとしてた女子を巻き込むなよな」

 アタシは腕を組んで抗議をするが、サル面体育教師は取り合わない。


「そういや、相羽さんってさ」

「あん?」

 いきなり声を掛けられて振り返る。

 珍しい、宮瀬の方から話しかけてきた。

 ぼさぼさの頭を左手でかきながら、アタシに質問してくる。


「スラムダンクが出来る男以外はつきあわねーー!とか小学生の頃言ってたよね」

「ああ、言ってたけど?ソレが何か?」

 何が言いたいのか、やたらと

「じゃあ………さ、つ…付き合っちゃうの?あの、鬼頭君と」

「は?」

 言ってる意味が分からず、硬直するアタシ。

 一拍置いて、息を飲み込んで、やっとこさ意味を理解。

 して、叫ぶ。

「あ、ありえねーーーーーーーー!!」


 アタシは力イッパイ否定する。

 なにを言い出すかこのヘボメガネは!?


「なんでアタシがあんなキリンと!?

 いい、このヘンテコメガネ!」

 たじろぐ宮瀬にアタシはビシイィ!!と指を突きつけた。

「あんなちょっと背が高いからってダンクできるような奴と、アタシが理想とする『スラムダンク・アーティスト』とは全然別物なのよ!

 アタシが惚れるのはエア・ジョーダンみたいなとてつもないスラムダンクが出来る人で、だ・ん・じて・あんな芋ダンクのヘナチョコとは違うの!分かった!?」


 日頃NBAを見てるバスケOTAKUとは思えない的外れな発言にアタシは断固として抗議する。

 お前はビッグ・ジョージの『身長231センチだから手を伸ばせば出来るよダンク』と、エア・ジョーダンの『130センチ飛べるから、目の高さにリングがあるよダンク』を同列に並べるとは何たる侮辱か。



「はあ、分かったけど………でもそれじゃあ、日本人の99.999%ぐらいは恋愛対象外になるねぇ」


 宮瀬は苦笑する。

 アタシは胸を張って宣言する。


「アタシは!

 カッコイイダンクが出来る奴以外!

 興味なし!!」


 言い切る。宣言する。


 結局、男女混合は撤回されず、各組チームが作られることになった。


「身長だけなら、うちもそんなに悪くないわねー」


 アタシ   (♀)  147

 折田    (♂)  165

 きーちゃん (♀)  166

 檜山さん  (♀)  173

 宮瀬    (♂)  178


 平均身長165.8はなかなか高いと思う。



 最高平均身長、8組の


 後田    (♂)  159

 前橋    (♂)  172

 鬼頭    (♂)  194

 遠藤さん  (♀)  151

 山口さん  (♀)  155


 平均身長166.2の次に高い。


「あまり、私に期待はしないで。球技は苦手なの」

 メガネを直しながら、学年女子で2番目に背が高い檜山さんが話しかけてくる。

「またまたー、県大会2位取ったんだから運動神経は高いでしょう」

「それは水泳の話よ。今回は関係ないし、本当に球技は苦手なの」

「でもゴール下に檜山さんがいてくれると心強いわー。はっきりいって、運動オンチで、バスケは見るだけ専門な宮瀬よりも期待してるから!」

「はいはい、どうせ僕は見る専ですよ」

 ぼやく宮瀬は無視して、親指をビシっと立ててウィンクするアタシに檜山さんは溜息をつき、

「………まあ、やれるだけやるわ」

 とだけ言って準備の柔軟を始めた。

(――――むむ)

 ジャージの上からでも主張する檜山さんのナイスボディにチョイと心を奪われそうになる。

「羨ましいかい?檜山さんの………か・ら・だ………♪」

「な、なんば言いよっとね、きーちゃん」

 別に羨ましくなんかないやい。胸なんて、なくっても………なくっても!!


 と、思いつつも脳裏に閃くのは、檜山さんの写真がデカデカと掲載された県大会の時の新聞。

ああ、あれはデカかった。同じ中学生とは思えねーくらいに!!


挿絵(By みてみん)



 時間が来て、各地でそれぞれのクラスマッチが開始された。

 運動場ではソフトボール、野球、サッカーが始まったようだ。


 カキイイィィィィン、なーんて打球音とか、ゴールした時の大興奮の歓声なんかが聞こえてくる。


 体育館のもう一つのコートでは女だらけのバレー大会が始まって、黄色いにぎやかな声が体育館中に反響する。


 バスケのクラスマッチも開始されて、いきなり第一試合から登場することになったアタシ達のチームがコートに出陣する。


 ルールは一試合6分間。

 七点先取したほうが勝利。

 または6分経過時点で点数の多いほうが勝利。

 同点の場合は2分延長オーバータイム。

 

 各クラスマッチは全てトーナメント制。

 初戦で負ければ、後は一日ボケっと見ているだけになる。


「さっさと負けよーぜ」

 そんな発言もチラホラと聞こえてくる。


 どうせ8組には勝てないから。

 どうせ鬼頭には勝てないから。


 さっさと負けてサボりたい。

 やる気の無い奴が、このバスケの会場には大勢いる。


 やる気の無い顔、やる気の無い目。

 アタシの一番嫌いなものが、溢れてる。


 なんか、凄くイライラする。


 だからアタシは宣言した。


「いい!みんな、や・る・か・ら・に・は〜〜………目指すぞ!優勝!!」

「おおーー!」

 相棒のきーちゃんがノリノリで返事をして、

「おー………」

 男二人は適当に答え、

「はぁ………」

 檜山さんはため息だけをついた。


 うん!連帯感皆無だ!!不安感最高潮!!



 ――――実際試合をしてみると、アタシ達のチームは予想以上にまとまっていた。


 試合時間、3分25秒。

 7 − 2であっさり2組を倒した。


 アタシが5得点、きーちゃんが2得点で7点先取。

 試合時間半分近くを残しての大・勝・利!


 宮瀬、檜山さんのメガネツインタワーが、迫力はないけど、堅実にしっかりとゴール下で縁の下の力持ちをやってくれるお陰で、アウトサイドでアタシときーちゃんがのびのびとプレイできる。


 女バス仲間のきーちゃんも

「檜山さーん、ほんとに女バスに入ってくれると嬉しいんだけどー」

 熱心に勧誘するほど檜山さんの影響は大きかった。

「私は、水泳部の方が大切だから。それに、身長だけで期待されても、そんなに嬉しくない」

「もー、檜山さんそんなこと言わずにー」

 やっぱり背が高いのはバスケでは有利だ。

 それに足も速いし、基礎体力と運動神経の高さが経験の無さを補ってる。

 

「きつかー、バスケってなんでこげんきつかとねー」

 デブの折田も、見た目の割には良く動いて意外な健闘をしてくれてる。得点こそ無いけど、ディフェンスで役に立ってる。これはほんとに予想外だった。

 宮瀬がチームに連れてきた時は思わずブーイングしちゃったけど、こりゃ拾いものじゃないかな?


 宮瀬は、ゴール下に立ってるだけでいいや、と思ってたけど、

「エビメガネさ、あんた意外に跳べるのね」

「なんで今回はエビなのかわかんないけど…まあ、ジャンプ力だけは鍛えてるから」

 宮瀬は足も遅いし、動きもぎこちないけど、ジャンプ力だけは平均以上に高かった。

「ふ〜ん………60センチくらいは跳んでるんじゃない?」

「さあ?最近測ったことないからわかんないな」

 中学生なら50センチも跳べればいい方なのに宮瀬はその平均をあっさりと超えている。

「結構跳んどったやん、さっきの試合。リングに指届きそうやったし」


 305センチ。

 それがバスケのリングの高さ。

 男子でも、全力で跳んでバックボードの一番下(275センチ)に指がつくのがほとんどで、リングにはかすりもしない中、リバウンドを取りにいく宮瀬の手は、そのリングとほとんど同じところまで到達していた。


 宮瀬は左手でポリポリと後頭部をかきながら笑った。

「まあ、NBAとは比べ物にならないけどね」

「当たり前だ、バーカ」

 198センチで130センチ跳ぶやつが居たり、210センチの怪物がジャンプ力100超えてたりする世界と比較しちゃだめだろ。

「悲しいかなアタシ達はバスケ後進国日本人なのですから」

 突き放すアタシの言葉に、

「そーだね。でも………」

 宮瀬は、珍しく反論した。

「でもさ、いつか日本のバスケだって………」

 どこか遠くをみる横顔は、

「アメリカに追いつく日が来てほしいって、僕は思うよ」

 なんだかいつもより、ちょっと違って見えた。

「語るなって、ばーか」


 1試合目を終えて、


「やっぱ男子と一緒だとスピードが違うわね」

「ほんと、いつもできるプレイが通用しないしね」


 アタシときーちゃんは、この男女混合バスケを楽しんでいた。

 たとえ素人でも、男子の体力はやっぱり女子とは違う。女バスでいろんなとこと試合もしてきたけど、それらとは違う、一味違った緊張感とダイナミックさがあった。


 うん、楽しい。

 アタシは、間違いなく、このクラスマッチを楽しんでた。


 何より、宮瀬と一緒にバスケが出来るのが楽しかった。


 アタシが落としたシュートを、宮瀬がリバウンドを取って、アタシにボールを返してくれる。

 アタシがミスして抜かれた相手を、宮瀬が止めてくれる。


 バスケの話が面白いだけじゃなくて、バスケ自体でも、宮瀬が頼りになるって分かった。これは大きな発見!


 宮瀬と一緒にバスケの思い出が作れて、

 宮瀬と一緒にバスケの賞が取れる。


 それが、楽しかった。

「何にやついてんの?美夏」

「あ、う、うあ、いやいや、なんでもねーよ!」



「………最悪だわ」

 対して、檜山さんは眼鏡の奥で怖い目をしていた。

「バスケって………ここまで接触が多いなんて知らなかったわ………」

 両腕を胸の前で交差して、溜息をつく。

「ゴール下はどうしてもねぇ………」

 同じゴール下組の宮瀬が、まあまあとなだめる。

「ど、どうだった!?」

「な、なんかすっげー柔らかかった!ふよってしたぜ!ふよって!!」

 感触について、

「いや〜、この試合最高だよ」


「………最悪だわ………」




「勝つためには私がゴール下にいた方がいいんでしょう?

 ………いいわよ、今日一日くらい我慢するわ」





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