バレンタイン・イブ
フライングソーサー事件の前日。
バレンタイン・イブ。
相羽美夏は悩んでいた。
「あっちゃーー……」
アタシはジーザス!なんてこったいと心の中で叫びながら天を仰いだ………室内だけど。
深夜2時、家族に隠れてのチョコ作り。
14歳にして初めての手作りバレンタインチョコは………
「湯煎って………お湯に溶かすことじゃないのかよぅ………」
実に、初歩的なミスで終わった。
おかしいおかしいなんか変だと思いながら突っ走った結果、見事に大失敗アッチャーー。
お鍋にチョコレート。
ドロドロに溶けて、お湯で薄められたチョコレート。
ココアよりも薄くなった、元チョコレート汁。
何時間か煮込み続けて水分を飛ばせば、またチョコレートに戻るかもしれないけど………
「あー!もうやーめた!!」
鍋のチョコのなれの果てをキッチンに流す。甘い匂いが鼻につく。
おこづかいをはたいて買った、チョコレートの99%がお湯と共に流れていく。
それが、アタシの恋心も一緒に流れていくようで、気分が悪い。
「寝よ寝よ、どうせこんなの作っても勝てっこないんだし」
後片付けもせずにアタシは台所を出て、部屋に戻り、布団にダイブ!枕に顔を埋める。
深いため息。
勝てっこない。
そう、勝てっこない。
6人。
それが、宮瀬にチョコをあげる事を宣言してる人数。同学年だけじゃなくって、先輩・後輩にも上げるつもりの人がいるらしい。
6人!すごい、バスケのチームが作れるやん!控えまでついて!
当日になれば、もっと多くの人が宮瀬にチョコを渡すかもしれない。もしかしたら、2桁にまで達するかもしれない。
その中には、きっと、アタシなんかより、綺麗で、可愛くて、女らしい子もいるのだろう。
(あのエロメガネ……誰かと付き合うのかな)
事前情報で一番綺麗なのは宝城先輩だ。
背も高くて、すごく女らしい。
アタシには無い”色気”がある。
胸もおっきい。
てゆーか、同じ中学生であのケバさはどうかとアタシには思うんですけど!?
(でも、男の子としては………そーゆーのが、好き………なの、かな?)
対抗に上がるのは、山口さんか。
天然のおばかさんだけど、見た目だけなら本当に可愛い。ロリコンに好かれるタイプよね。
女のアタシからすると、うざいだけなんだけど、あーゆー底抜けの明るさ(てんしんらんまん、とかいうんだっけ?)は男に魅力的に写るものなのだろう。
声もアニメっぽいし。
そして………檜山さん。
身長173センチの檜山さんと、178センチの、宮瀬。
この二人が並んでいると、なんというか………すごく、『絵になる』。
モデルみたいに綺麗で、頭が良くて、運動も出来て………二人ともメガネかけてるし。
小五の頃から足掛け四年、二人は連続で同じクラス、学年が変わってもずっと『一組』同士だった二人には………なんというか、『絆』みたいなものを感じる。
それが、男女間の『友情』に過ぎないのか………それとも、もっと深いものなのか………
――――対して、アタシの方は?
チビで。
色黒で。
ぺったんで。
口が悪くて。
女らしさでは敵わない。
可愛らしさでは太刀打ちできない。
セクシーさでは、勝負にもならない。
家事もへたくそで、チョコレート一つ満足に作る事ができやしない。
こんなアタシが、宮瀬に告ったところで、他の女の子達に勝てる筈がない。
チョコ作りが失敗したのも正解なんだ。
アタシに恋愛なんて似合わない。
少女マンガみたいな女々しい恋物語よりも、少年漫画みたいな友情!努力!勝利!な方がアタシの性にはあってるし。
(………アタシは、宮瀬との関係を、壊したくないし………)
ぎゅっと、枕を抱きしめる。
(そもそも、アタシは何でアイツなんか好きになったんだっけ?)
宮瀬直樹。
メガネで、地味で、根暗。
背が高い癖に影が薄く、いつもクラスに居るのか居ないのか良く分からない奴。
小4の時以来、久しぶりに同じクラスになった時も身長以外は、イメージに変わりは無かった。
「相変わらず変わってないなー、へぼメガネ。変わったのは身長くらいか?」
「そーゆー相羽さんもイメージ変わってないね。身長もあんまり変わってないし」
「うっせーー!!これから伸びるんだよー!!」
「可哀想に………なまじ人より早く二次性徴が来た分、成長が止まるのも早いなんて………どんどんみんなに抜かれていくなんて………かわいそうに」
「二回も!!二回も可哀想になんて言うんじゃねぇーー!!」
久々同じクラスになった時の初めての会話はアタシのチョップが炸裂した。
成績は並以下。
髪はぼさぼさ、オシャレになんかてんで無頓着。
背が高い事だけが、唯一の取得。
「おいコラ、デカメガネ!その身長もったいないからアタシに20センチくらいよこせ!」
「うーん、ほんとにあげられるものなら、あげたいもんだけどねぇ」
ほとんどクラスメイトと会話をしない宮瀬だけど、アタシは結構宮瀬に話かけた。
アタシと宮瀬の話題は常に共通していた。
「ねえ、あの試合見た!?やっぱりT−MACすっごいよね!」
「ああ、まさか残り35秒で12点差を一人で逆転するとは思わなかったよ」
私達の会話は90%以上がバスケ。
BSでやってるNBAの感想とか、どの選手がすごいとか、ほとんどがそんな感じ。
アタシはバスケマニアで。
宮瀬のほうはマニアを通り越して、完全にNBAオタクだった。
NBAの30球団、選手総勢300人超のデータまでほぼ完璧に暗記しているほどである。
往年の名選手、名試合、各選手の笑える・泣けるエピソードなんぞも取り揃えていて、バスケ好きにとっては、相当面白い話をする。
が、バスケを知らない人や興味ない人には、全くつまらない事この上ない。
アタシは、宮瀬のバスケ話は結構好きだ。
特に『空飛ぶ冷蔵庫』の話には大爆笑だった。
ほかの人間は「オタクキモイ」って感じであんまり相手にしてなかったけど。
「てゆか、メガネさ?アンタその暗記力勉強に活かしたら、相当点とれね?」
「興味ないことに、無駄な能力を使いたくない」
アタシにとって宮瀬はバスケ話が出来る友達。
それ以上でも、それ以下でもなく。
ただの、友達。
単なる、友達。
他にもたくさん友達がいて、その中の一人。
それだけ。
それだけ、だった。
――――あの日までは。
――――あの時までは。
それだけ、だった――――はず、なのに。