裏プロローグ
アタシのドキドキ、止まんない。
(こんなこと、生まれて初めてだもん)
高鳥中学校2年1組、相羽美夏は人生初の試練を迎えていた。
2月14日。
本日まさしくバレンタインデー。
乙女のケジメをつける日に、
廊下の曲がり角に隠れて、
『武器』をこの手に、奴を待つ。
「宮瀬君、お願い、これ…もらってほしいの」
「あ、ありがとうございます。先輩」
「私、すぐ卒業しちゃうから、返事は早くしてね。ホワイトデーまで、待てないから」
「は、はい。先輩」
「おいおいナーオキー、モテモテじゃねーか」
「これでいったい何個めだー」
廊下に立ち尽くす直樹に、下校するクラスメイト達がはやしたてる。嫉妬と羨望の混じった声色で。
少しズレた眼鏡を直しつつ、直樹は素直に問いに答えた。
「ええっと………これで8個目」
「マジかよ!すげーな!!」
「俺なんて、義理ですら1個ももらってねーのに………(泣)」
クラスメイト達が驚愕の声を上げる中、アタシはまだかまだかと待ち構えていた。
世界中から注目される男を。
伝説を越えて、『歴史』を刻み込む男を。
止まんないドキドキ。
「宮瀬くーん、私もチョコ作ってきたんだけど」
「もらってくれないかなー?私達二人で作った自信作なんだけどー」
更に他クラスの二人の女子が、直樹の下校を待ち伏せしていた。
左右同時にチョコを渡される。
「あ、ありがと」
多少面食らいながら、直樹がそのチョコを受け取ろうとした………その時!
(ええい!これ以上待てるかぁーー!!)
「コラーこのエロメガネ!!にやついてんじゃねーぞぉ!!」
アタシの口は勝手に怒鳴り声を上げていた。
アタシの足は勝手に廊下に動き出していた。
直樹にチョコを渡しにきた女生徒、直樹を取り巻くクラスメイトだけでなく、驚いた下校途中の生徒達までもが足を止め、アタシに視線が集中する。
「相羽?」
「あいばさん?」
宮瀬が、アタシに、気付く。
眼鏡越しの瞳が、きょとん、とアタシを見ている。
「チョコもらったくらいでニヤケてんじゃねーぞ、このスケベメガネ!」
「な、なに怒ってるのさ、相羽さん」
「べ、べぇつに怒ってなんかいねーーー!!」
アタシの舌は口は、勝手に言葉をまくし立てる。
しどろもどろになる直樹を、多くの生徒達が様子を見守っている。
数ヶ月前の”伝説”の当事者同士のケンカ?は生徒達のいい見物になっていた。
「お前みたいな甘党メガネには!」
アタシは投球フォームを取る。
大きく振り上げた足。
ひらめくスカート。
パンツ見えるかもしれないけど、そんなこと気にしちゃいられない。
「こいつをくれてやらーーーーーーー!!」
(くらえこの鈍感ヤロー!アタシの…気持ちを!!)
右手に掴んでいた『武器』をサイドスローで放り投げる!
「な!?」
意味不明の行動に、直樹は呻き、そして目撃する。
空を切って飛び、風に乗って走る、謎の飛行円盤を。
廊下に立ち止まるクラスメイトの頭上を越えて、一クラス分数十メートルの距離を越えて自分目掛けて飛んでくるフライングソーサーに直樹の目は釘付けになり………
激しい横回転でカーブの掛かったフライングソーサーは、自由を求めて開いた窓から外へと進路を変える。
「あ、外にでるぞ!!」
誰かの言葉で、直樹は反射的に動いた。
フライングソーサーの進路を予測し、最短距離を突っ走る。真横を駆け抜けられた女子が小さく悲鳴を上げる。
だが間に合わない、飛行円盤はその全体を狭い教室から大空へと移して――――
ドン!という鈍い音。一切減速せず、廊下の壁に腰をぶちあてながら、伸ばした右手は
「おお!?取りやがった!」
「宮瀬!超ファインプレー!!」
窓から体を半ば投げ出して、間一髪でソレを掴んだ。
「イタタタ………こ、腰いたい………」
少しだけ涙目になった直樹が腰をさすりながら体を戻す。勢いを殺しきれず転落しそうになったのは秘密だ。
「ほんとに…とっちゃった…」
廊下の端で、美夏が何かを呟いたけれど、間が開きすぎて、そのつぶやきは直樹の耳までは届かない。
直樹は痛めながら手にしたものに視線を落とす。
それは――――
「………………………………せんべい?」
顔より大きな巨大せんべい。ひっついた海苔も、これでもか!というくらい大きい。
そっけない透明ビニールのラッピングが、なんとなく座布団を思わせる。
バレンタインデイに、でかいせんべい。
今年から、自分の知らない間にバレンタインのルールが何か変わったのだろうか?
「なんで、せんべい?」
不思議で仕方ない、という表情を顔に張り付かせて直樹はアタシに問いかける。
そしてその質問は、この場にいる何十人というクラスメイト達も同じ思いであった。
なんで?
バレンタインにせんべいを?
(いよっし!これで誰も気付きやしない!)
「甘いもんばっか食ってたら飽きるだろーが」
腕を組んで横を向いて踏ん反りかえって、ツーンとした表情を作る。
「………………まぁ、そうだね」
納得できない、という言葉を顔に張り付けて、。
美夏の瞳の強い眼差しを受ける。苛立ちと、それ以外の何か強い感情に瞳を潤ませて。
「急にモテるようになったからって、イ、イイ気になってるんじゃねーぞ!」
あっかんべーー、と舌をだして、アタシは踵を返す。脱兎のごとく。
きょとん、としたみんなを残して。
「あっ、逃げた」