宮瀬直樹は平穏な日常を送りたい。
返ってくる言葉はいつも同じ
――――信じられない
返す言葉もまた、いつも同じ
――――俺も
僕も、
私も、信じられない
相手の否定に同意を示しつつも、続く言葉に理解を求める。
――――けど、見たんだ。
――――この目で、
――――宮瀬の
――――NBAばりの
ス ラ ム ダ ン ク を
クラスマッチの後、何度、何十度、何百度、その問いと答えが繰り返されたのか。
放課後までには、”60秒の宮瀬タイム”は学年全てに知れ渡っていた。
様々な目撃証言を交えながら。
<証言1> 山口 春菜 aka はるちゃん
「もおー、とにかくすごかったの!!
ガーって、ギューンって、バーンって!!
誰も宮瀬くんを止めらんないし、宮瀬くんは止まんないの!!」
「0対6で勝ってたのに、最後のたった60秒で逆転負けしちゃったのよ!!
そんでもって、最後はゴールに直接ガシャーンよ!!
あたしもうびっくりしちゃったの!分かる!?アタシのこの感動!!」
いや、わからん。
<証言2> 前橋 結
「同じ日本人とは思えない動きだった」
「リバウンドに入ろうとした瞬間に、もう宮瀬の身体が俺の前を飛んでて………
信じられるか!?俺の目の高さの所に、アイツの腰が来てたんだぞ!!」
「ダンクは鬼頭で見慣れてるつもりだったんだけど………本当のスラムダンクっていうのは、迫力が段違いなんだな」
<証言3> 折田 忠
「別に信じらんちゃ、よかよか」
「あれは、自分の目ん玉で見らんちゃ信じられんもんやけん」
<証言4> 後田 啓介
「俺より速い奴を、初めて見た………」
「全力で走っても、それでも引き離されたのは………あれが生まれて初めてだ」
「ダンク?ああ………度肝を抜かれたよ!!」
<証言5> 吉川 みく aka きーちゃん
「いやー、いいもん見せてもらったよ」
「TVでしかみれないような極上のスラムダンクをさ、おんなじコートに立って、たった数メートルの距離で見れたんだよ!!
何万も金出して、スーパーコートサイドの席をゲットしても得られないくらいの大興奮だったね!!」
<証言6> 檜山 文子
「推定ですけれども、90センチはジャンプしてました」
「リングの高さが305センチ、
宮瀬君の身長が178センチ、
腕を伸ばして、推定230〜240センチ、
リングよりもボール一個近く宮瀬君の手が高かったから、最高到達点が320センチほどと仮定します」
「とても、中学生の………いえ、日本人のバネとは思えないほどのジャンプ力でした」
<証言7> 相羽 美夏
「えっと、あの………その………なんか、すごかった」
<証言8> 猿渡 哲弥 (体育教師 試合時、審判)
「――――俺も長年体育教師やってきたが」
「あんな凄い生徒は見たことない。
いや、日体大(日暮里体育大学)のバスケ部でも、あの身長であんなダンクが出来る奴は………いなかったな」
「ダンク以外でも、あらゆるプレイが、天才的だった」
<証言9> 鬼頭 大樹
「――――もう、忘れたい」
目撃者、総数55人。
各々、クラスメイトに、部活で先輩に後輩に、下校中に友達に、帰ってから親兄弟にその日の衝撃を伝え………
翌日には、もう学校全体に宮瀬 直樹の名が轟いていた。
宮瀬はクラスマッチの活躍などなかったかのように、それまで通りに、のんびりと、ぼんやりと地味ーに学校生活を送っている。
しかし、宮瀬を見る目は変わった。
しかし、宮瀬を取り巻く環境は変わった。
今まで、宮瀬に興味を持たなかった奴らが、やたらと宮瀬に絡むようになってきた。
宮瀬をアイドル視する奴らの登場である。
当下校時には、先輩後輩問わず、好奇の視線に当てられ、
「ほら!ほらほら見て!!あれよあれ!あれが宮瀬くんよ!!」
「ええ!あの子が!?
普通にしか見えないんだけど、てゆかイケてな〜い」
「そこがイイんじゃない!」
ピーピーピーピー外野のうるさい事。
「宮瀬ーー!!頼む!バスケ部に入ってくれーー!!」
「お前の力で、俺たちを………全国に連れて行ってくれーー!!」
休み時間毎の、前橋と後田によるバスケ部への勧誘はもはや一組の名物となった。
周囲の激変に、宮瀬は、ふぅ、っと溜息一つ。
「みんな、早く忘れてくれないかなぁ………」