宮瀬?宮瀬!宮瀬!!
フリースロー。
3ポイントのフリースローだから、3本のフリースローが撃てる。
そのうち、一本でも入れば、あたし達の勝ち。
全部外れれば、2分間の延長戦、オーバータイムに突入する。
フリースローラインに立つのは、このアタシ。
「よしよし、もう勝ったも同然だね!」
きーちゃんがアタシの背中をバンバン叩いてくる。
アタシのフリースロー成功率は、大体80%。
3本もあれば、1点なんて取って当然だ。
でも、今みんなの注目を集めてるのはアタシじゃない。
みんな、宮瀬のさっきまでのプレイに意識を奪われてる。
60秒間、ずっと宮瀬のターンだった。
60秒間、ずっとスーパー宮瀬タイムだった。
フリースローを前にして、アタシは意識を集中する。
いつものように、
いつもの練習のように、
いつもの試合のように、
深呼吸をして、
ゴール下にいる宮瀬が視界に入る度に、
トクン、と胸が高鳴る。
――――おかしい。
アタシの、
胸の
ドキドキ、
止まんない。
この60秒間の宮瀬のプレイが脳裏に閃く度に、
鼓動が、呼吸が、おかしくなる。
集中できない。
全然、集中できない。
宮瀬、アンタなんでそんなに上手いの?
宮瀬、アンタなんでそんなに速いの?
宮瀬、あんたなんでそんなに跳べるの?
「宮瀬」と「なんで」と「?」が、頭の中でぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。アタシの頭はいっぱいいっぱい。
だから、一本目のフリースローは、リングに届きすらしなかった。
「あ、あれ?」
指先が震えてる。
膝に力が入らない。
アタシが、アタシじゃなくなったみたいだ。
2本目も、外れ。
ボールは全く届く気配すらない。
「おいおい、頼むぜ〜〜」
折田の顔が焦りだす。
視界が潤む。
せっかく、せっかく宮瀬が同点にしてくれたのに、
(………最後の最後で、アタシが足を引っ張ってる)
寒気がする。
凍えそうになる。
あんなに熱かった身体から、熱が失われる。
「だ、大丈夫?」
檜山さんが不安げに覗き込んでくる。
でも、アタシは応えられない。
全く心の余裕がなくなってる。
ぽん、とアタシの頭に置かれる手。
「アイバ」
「………あ」
宮瀬が、いつの間にかアタシの間近にきてた。
「思いっきり、シュートして」
声を掛けて、
笑いかけて、
宮瀬がアタシの横を通り過ぎる。
そのまま、ゴール下を離れて………
「お、おい宮瀬!?
リバウンドは、どうすんだ!?」
「檜山さーん、俺の代わりに、リバウンド行ってくれる?」
「………いい、けど」
ゴール下には、折田と、宮瀬の代わりに檜山さんが立つ。
宮瀬は、檜山さんと場所を交換して、アタシの左後ろ、3ポイントラインの向こうに。
(………信じて、くれてる?)
最後はアタシが決めるって、信用してくれてるんだろうか?
だから、自分のリバウンドはいらない、と?
ほのかに、心が温かくなる。
――――と、思ったのも束の間
「外してもいーから、思いっきり打ってくれー」
アタシの後ろから、
宮瀬が、そんなことを大声でのたまいおった。
………………………………………(ビキ)
(外しても、いーから?)
『外しても、いーから』?
は・ず・し・て・も………いいからあぁ〜〜〜!?
アタシの頭に血が昇る。
「あ、アア、アタシを誰だと思ってんのよ!?
この!バカナオキィ!!」
ダン!と大きくボールをコートにぶつけて、バウンドしたボールを強く掴む。
「タカチュー女バス史上最強のキャプテン!
相羽美夏様に向かって!
そんな素人相手向けコメントなんかすんじゃねーーー!!」
ギン!と鋭い目つきでリングを睨む!!
「見てなよ!こんなフリースローくらい!!」
爪先から膝、腰、背中、腕へと漲らせた力をボールへと伝えて、
「スマートに!決めてやるわよぉーーー!!!!」
気合と共に、渾身の力を込めたフリースローを放ち………
(あ、やっちゃった)
心の底の、冷静な自分は、大失敗に気づいた。
今度は力みすぎたせいで、ボールが高く飛びすぎた。
沸点から氷結まで急転直下しかけた身体は………
―――― 背中 ――――
―――― アタシの目は ――――
―――― 背中に釘付けになった。――――
フリースローのボールを追いかけるように走りこんだ、
その『背中』に、アタシの視界は奪われて、
リングに蹴られたボール
空中で掴んで、
そのまま、体育館全てを揺るがすかのような衝撃で、
ボールを、リングに叩きつける。
リングに、
手をかけたまま、
空中で、浮いたままの背中に
アタシの目は 奪われて
その背中に、釘付けになって、
荒々しい、
獰猛な、
野獣のような、
―――― スラムダンクを ――――
―――― フリースローから ――――
―――― リバウンド・ダンクを ――――
叩き込んだ
宮瀬の
背中が
アタシの魂に
刻みこまれる。
無音
静寂
沈黙
8 − 6
宮瀬のダンクが
得点に加算される。
その後で
「みーーーーーーーーーーーやーーーーーーーーーーーせーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
きーちゃん、折田が狂ったように叫びながら、宮瀬に飛び掛る。
「うおおおおおおおおおおおお!!!!
すげーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!
宮瀬すげーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
残っていた観衆達も、宮瀬に群がっていく。
体育館の中は狂乱のるつぼ。
割れんばかりの嬌声が、ビリビリと窓ガラスを震わせる。
海の向こうでしか見れないようなスーパープレイを見せ付けれたみんなが、どんどん宮瀬を取り囲んでいく。
「な、なにこの騒ぎ!どうしたのよ!?」
「な、なに興奮してんの、あんた達………」
「うわ!なんで8組負けてんの!?
なんで1組が優勝してんだ!!??」
騒ぎに驚いた運動場組が、体育館のカオスな状況に仰け反りびびる。
「聞いて!聞いてよ!!
私達スゴイの見たの!
宮瀬君が!宮瀬君がね!!」
「お、落ち着けよ、宮瀬がどうしたってんだ?」
体育館組が、運動場組に必死に伝えようとするが、興奮して上手く伝えられない。
―――アタシは、腰が抜けていた。
ぺたん、とフリースローライン上で、お尻をつき………放心していた。
人の波に飲み込まれて、宮瀬の姿は、今は見えない。
でも、アタシの心臓は、ドキドキしっぱなし。
アタシのドキドキ、とまんない。
宮瀬のダンクで、
――――――――アタシの心は、奪われた。
「60秒で!」
「たった一分で!」
「0−6から!」
「宮瀬君が!」
「たった一人で!」
「逆転したの!」
へたりこんで動けないアタシの耳は、必死に運動場組に説明する山口さんのアニメ声を拾ってくる。
「最後は!外れたフリースローをダンクで押し込んで!!」
へたりこんで動けないアタシの目は、興奮しまくった体育館組のみんなが宮瀬をわっしょいわっしょい胴上げしているのを、みつけてくる。
視界の隅には、壁にもたれかかり、蒼褪めて、抜け殻のようになった鬼頭。
タカチューの、バスケ・ナンバーワンの座が交代した様が、視界に映っている。
◇ クラスマッチ全記録。
<相羽美夏>
得点 ……… 30
リバウンド ……… 2
アシスト ……… 12
ブロック ……… 0
スティール ……… 5
<鬼頭大樹>
得点 ……… 42
リバウンド ……… 13
アシスト ……… 1
ブロック ……… 9
スティール ……… 0
<宮瀬直樹>
得点 ………8
リバウンド………12
アシスト ………4
ブロック ………5
スティール………4
うち、ラスト60秒の記録。
得点 ………8
ブロック ………2
スティール………2
『伝説の試合』としてタカチューの記録と記憶に残る一戦。
この60秒で、宮瀬は、目撃者全ての尊敬を勝ち取り、
対戦相手に拭い去れぬ恐怖を与えた。