『伝説』の60秒
ボールが一組に渡され、アタシ達の攻撃から試合が再開する。
残り時間が一分を切り、電光掲示板が秒単位のカウントダウンに。
60 (ケンカ、する気?)
ボールを運びながら、アタシの胸が痛くなる。
宮瀬のあの血走った目、怒りに震えた身体を思い出して。
59 ローポストに、宮瀬が陣取る。パスを要求。
もちろん、背には鬼頭がついている。
194センチの鬼頭は、ディフェンスでも脅威。
ゴール下にその巨体がそびえるだけでも、守りは鉄壁と化す。
58 アタシはためらいながらも、要求通りにボールを宮瀬に。
宮瀬は背後に鬼頭の巨体を背負い――――
57 ここまでクラスマッチ全試合0点に抑えてきた難攻不落の鉄壁の城門は――――
今回に限って――――
ドスン、と巨体が崩れる音。
トン、とイージーなバンクショットが決まる音。
――――単なる、自動ドアだった。
56 体育館から声が消えた。
55 鬼頭がコートに尻モチをついている。
みんなが、おおきく口を開けている。
アタシの目は、まんまるになっている。
54 「ファールじゃ………」
53 「い、いや、ちゃんとしたパワープレイだ」
屈辱に顔を歪ませた鬼頭が、審判をやってる教師に噛み付くが――――
52 「ファールじゃない」
ノーファールが確認されるだけだった。
そう、宮瀬が鬼頭に勝った。
そう、178センチしかない宮瀬が、194センチの鬼頭に勝った。
「あの」宮瀬が、
「あの」鬼頭に、
パワープレイで、勝った。
2 − 6
今日初めての宮瀬のゴール。
しかも、この学校で一番得点を挙げるのが難しい奴を相手にしての、ゴール。
51 「あ、足がすべったんだよ。きっと………」
50 「まぐれよね………今の………」
49 悠然と守備に戻る宮瀬の背中を見ながら聞こえてくるのは、マジックで化かされたかのような、みんなのざわめき。
48 かくいうアタシも、今見た光景が良く理解できない。
人が半減した体育館に、低く不気味なささやき声が交わされる。誰もが、今の光景が理解できていない。
(宮瀬、あんた、一体?)
47 初失点に、そしてそれ以上に宮瀬の変貌に動揺の色が隠せない8組が目つきを変えて、アタシ達のコートに侵入してくる。
46 ドスン・ドスンと足音を立てて、鬼頭はローポストへ。
45 ――――宮瀬の待ち構える、ゴール下へ陣取る。
――――? 宮瀬の?
44 「ひ、檜山さん!?なんで!?」
檜山さんが、ゴール下から離れている。
鬼頭にマッチアップしてるのは、宮瀬だけ。
43 ボールは鬼頭の待つローポストへ。
すかさず、ドスっという鈍い音。
県内でも五指に入る鬼頭の破城槌のようなパワープレイは、
42 ――――だが、
41 宮瀬は、岩のようにビクともしない。
40 ボールが前橋に戻される。
得体の知れないモノを見る目つきで、鬼頭が宮瀬を見ている。
39 前橋はきーちゃんを振り切り、
38 ゴール下へ、飛び込んで、
37 ボールをリングへとほうり――――
36 前橋の手から離れた瞬間、
バレーボールのアタックのように、宮瀬が弾き返した。
35 「ウワ!?」「オオォヲヲ!!」
宮瀬のブロックを契機に、体育館に熱狂の火がつき始める。
ルーズボールは、ここまで全くボールに絡んだ事の無い8組女子、はるちゃんへ。
34 「え?えっ?」
試合初のボールタッチに戸惑ったはるちゃんは、
33 立ち尽くしきょろきょろして
「よこせ!!」
無人のゴール下にいる鬼頭に怒鳴られた。
32 「ひゃん!?」
はるちゃん、言われるままに鬼頭へパス。ビクつきながら。
31 無人のゴール下で、巨人がボールを掴む。
今度こそ終わった!
誰もがそう思った。
アタシですら、諦めた。
194センチの巨体、
長い腕の先が、
305センチのリングに
これまでの鬱憤を晴らすかのように、
豪快に叩きつけられなかった。
30 鬼頭の
ダンクは
宮瀬に
阻止された。
助走をつけた宮瀬のブロックは、
鬼頭の手にしていたボールだけを、
正確に叩き落とした。
29 宮瀬が守ったボールは、バックボードに当たって跳ね返り、アタシの元へ、
「え――――?あ――――?」
はるちゃん同様に、アタシは固まってしまっている。
ボールを手にしたまま、アタシの目も心も宮瀬に全てを奪われている。
柔らかく着地した宮瀬がアタシに向かってダッシュしてきて――――
28 「アイバ!!」
宮瀬が、手でパスを要求する。
塞がってない、もう一つの目が、なんて鋭いことか。
アタシは、宮瀬の勢いにビビリながら、ボールを宮瀬に託す。
27 アタシの真横を信じられない速さで駆け抜ける宮瀬を、アタシは、見送るしか出来ない。
26 「クソ!」
陸上部を差し置いて、校内一の俊足を誇る
25 後田は、これまで尽く速攻を潰してきた。
相手の速攻より早く、守備に戻る足があるから。
でも
24 スピードで
純粋なスピード勝負で
宮瀬が、後田を、
置き去りにした。
後田がどんなに全力をだしても、
追いつくどころか、
宮瀬との距離が、
引き離される
23 そのまま、誰も守るもののいないリングへ
教科書のようなレイアップ。
4 − 6
息も切らさず、悠然と戻る宮瀬を、誰もが別世界の人間を見るかのように、見始めた。
「すげー、宮瀬!すげーよ!!」
「なんだよー!お前………なんなんだよ!すげーよ!」
22 ショックを隠しきれない後田から、前橋にボールが渡される。
21 前橋がセンターサークル付近にきて、
前に上がってきた後田にボールを返そうとして………
20 そのボールを、ハヤブサのように宮瀬が掻っ攫った!
「宮瀬!?」
「また宮瀬だ!!」
期待に、みんなが沸きあがる。
19 8組側コートに両チームの残り選手が急いで移動する。
目まぐるしい攻防の転換についていくだけでも精一杯だ。
ボールを奪われた後田と前橋が、即座に宮瀬に密着マークする。
18 前橋がゴールへの進路を塞ぐ。
後田がボールを奪おうとする。
17 アタシなら2秒と持たずにボールを奪われかねない激しく執拗なマークを、
宮瀬は鼻で笑って、軽くいなす。
身体の幅を最大限に活かした、安定したドリブル。
ボールすらも自分の身体の一部のように完全なコントロール化に置いた宮瀬。
――――アレは、奪えない。
16 宮瀬の左足が、大きく前へ。 つられて、前橋が大きく後ずさる。
宮瀬の上半身は、大きく左へ。 つられて、後田の身体は左に引きずられる。
15,7 宮瀬は、右へ。
一瞬で、前橋後田を抜き去る。
宮瀬のカットインで、
男子が、怒号のようにがなり立て、
女子が、アイドルを見た時のように黄色い悲鳴を上げる。
バックラインスレスレを宮瀬が駆け抜ける。
15 ゴール右下で宮瀬が跳躍する。
14,7 ゴール真下で待ち構えた鬼頭がブロックに飛び上がる。
14,4 宮瀬が空中で姿勢を変える。ボールの持ち手を変える。
14,3 鬼頭の横を宮瀬が通り抜ける。
まるで風のように。
鬼頭は、ファールすらできない。
14,2 宮瀬は滑空する。
なんて滞空時間の長い、跳躍。
14,1 ゴール右下で飛んだ宮瀬が、
バックボードの裏を回り、
ゴール左下で、ボールを手から離した。回転をかけて。
14 ボードにあたったボールがリングに吸い込まれるのを確認すらせずに、着地した宮瀬はディフェンスに戻り始める。
風格すら漂う、その姿。
アタシは、もう、宮瀬から、目が離せない。
6 − 6
………六対六?
ロクタイロク!?
「同点!!」
「マジかよ!?」
「宮瀬!!凄すぎるぅーーー!」
「てめーー!なんだよ!今まで隠してやがったのか!」
8組のトリオはショックを受けているのか、すぐにはボールが入らない。
試合は束の間凍結し、異常事態にギャラリーのボルテージが上がる。
本能のままに、
衝動のままに、
中学のレベルじゃない、
超高校級どころのレベルじゃない、
日本人のレベルを超えた、
宮瀬のプレイを目にして――――
興奮するなという方が無理な話!!
アタシは立ち尽くしたまま、
自分がプレイしている試合だという事さえ忘れて、
宮瀬を、ただ宮瀬を見ていた。
メガネが無い宮瀬の顔。
メガネの下に隠れていた宮瀬の瞳。
13 「美夏!オール!!」
現実に戻ったのは、きーちゃんの鋭い声。
いつのまにか8組が試合を再開していた。
12 「勝てるよ!!美夏!!
あの8組に!あの男バスに!」
きーちゃんの言葉で、ようやくアタシの身体と心が勝負用に切り替わる。
折田ときーちゃんは、8組の男バストリオからボールを奪いにかかる!
11 ボール運び役の後田に、折田ときーちゃんが噛み付く。
おお、意外と連携が取れている。
うげ、と嫌そうな顔をした後田が緊急回避として前橋にボールを――――
10 そんなパス、通ると思うな!!
アタシは全速力で、後田と前橋のパスの間に突貫する。
この!と・ど・け〜〜〜!!
肩が外れそうなほど伸ばした手の先が、ボールの軌道を変える。
9,5 軌道が変わり、勢いを失ったボールは
宮瀬が、掴んだ。
9 「止めろ!」
鬼頭が、わめく!
「宮瀬を!止めろー!!」
もう、プライドなんてかなぐり捨てて、宮瀬を止める。
8 「!? チッ!!」
リングに向かいかけた宮瀬の足が一瞬止まる。
後田、前橋だけじゃなく、なんと鬼頭まで加わり、三人で宮瀬を取り囲む。
7 攻めあぐねて、宮瀬は舌打ちする。
6 ボールを取られないだけでも凄いとしかいいようがない。
5 重心を低く、ボールを床からほとんど離れないくらい超低空でバウンドさせてキープする。
4 (――――あ)
目が合う。
宮瀬が、アイコンタクトをしてくる。
人間の壁の隙間から、
宮瀬がアタシに、目で訴える。
3 宮瀬の手から、
手首のスナップだけで、
三人の囲みの間から、
弾丸のようなパスが、
2 アタシに、届く。
左斜め45度。
絶好の3ポイントラインにポジションを取ったアタシに。
宮瀬からの、ラストパスが。
1,5 アタシの身体は準備万端。
ボールを取った時点で、シュート体勢は出来ている。
アタシとリングを阻むものは何も無い。
1 ――――届け!
アタシの全身全霊を懸けた3ポイントを、う
0,8 「てやああああああああ!!」
「うきゃああああああああ!?」
打つ前に、
はるちゃんがブロック、
というよりも、
後ろから
アタシに
思いっきり飛びついてきた。
ブゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
と、無常な電子音が流れる中、
体勢を崩されて
めちゃくちゃになったシュートは空を切り、
アタシとはるちゃんはもみくちゃになってコートに倒れた。
「い、痛たたた………ご、ごめん、みなきち、だいジョブ?」
アタシの上に乗っかったはるちゃんが、心配そうに聞いてくるが………アタシは放心して応えられない。
教師の笛が鳴ったのは、やや遅れてから。