プロローグ
高鳥中学校にてUFO(未確認飛行物体)の一種、フライングソーサー(飛行円盤)が多数の生徒に目撃される。
うち、生徒一名がフライングソーサーと接触。
それが、少年と少女の運命を変える事件へと発展する。
以下は、その事件の詳細である。
嘘だけどな。
福岡県福岡市
高鳥中学校にてUFO(未確認飛行物体)の一種、フライングソーサー(飛行円盤)が多数の生徒に目撃される。
うち、生徒一名がフライングソーサーと接触。
それが、少年と少女の運命を変える事件へと発展する。
以下は、その事件の詳細である。
―――――――――――――――――――――――――――――
(こんなこと………生まれて初めてだ)
高鳥中学校2年1組、宮瀬直樹は人生初の感動を味わっていた。
「宮瀬君、お願い、これ…もらってほしいの」
「あ、ありがとうございます。先輩」
「私、すぐ卒業しちゃうから、返事は早くしてね。ホワイトデーまで、待てないから」
「は、はい。先輩」
わざわざ二年生の廊下まで降りてきてくれたタカチューナンバーワンの美人と名高い宝城先輩は、衆人環視の中、好奇の視線も意に介さず、大胆に可愛くラッピングされた小箱を押し付けて、色っぽい流し目と、色気のある微笑を印象づけて悠然と去っていった。
「おいおいナーオキー、モテモテじゃねーか」
「これでいったい何個めだー」
廊下に立ち尽くす直樹に、下校するクラスメイト達がはやしたてる。
嫉妬と羨望の混じった声色で。
少しズレた眼鏡を直しつつ、直樹は素直に問いに答えた。
「ええっと………これで8個目」
「マジかよ!すげーな!!」
「俺なんて、俺なんて………義理ですら1個ももらってねーのに………」
クラスメイト達が驚愕の声を上げ、よよとすすり泣く中、実際、一番驚いているのは、直樹自身だった。
――――宮瀬直樹はあまり目立つタイプの人間ではない。
積極的に話の輪に加わることはせず、クラスのはじっこで、ぼーっとしている事が多い。
成績は平均点スレスレ。
交友関係は、狭い。それほど友達と呼べる人数は多くなく、その大半とも、付き合いは薄い。
178センチと幾分長身ではあるが、学年全体ではせいぜい5番目に高い程度でしかない。そもそもいつも猫背にしているせいで、いつもはもう少し小さく見える。
かなり視力が悪いために分厚いメガネをかけ、乏しい表情の変化がそのメガネのせいで更に分かりづらくなっている。長くぼさぼさの髪が顔にかかり、陰気さに拍車がかかっている。
――――眼鏡で、地味で、根暗。
それが一年前までの直樹への評価・イメージ。
空気のような、居ても居なくても変わらない存在に過ぎなかった。
だが、その評価は数ヶ月前の”伝説”によって急変していた。
「宮瀬くーん、私もチョコ作ってきたんだけど」
「もらってくれないかなー?私達二人で作った自信作なんだけどー」
更に他クラスの二人の女子が、直樹の下校を待ち伏せしていた。
左右同時にチョコを渡される。
「あ、ありがと」
多少面食らいながら、直樹が戦果が二桁にかかるそのチョコを受け取ろうとした………その時!
「コラーこのエロメガネ!!にやついてんじゃねーぞぉ!!」
響き渡る怒声が、校舎を震撼させた。
直樹にチョコを渡しにきた女生徒、直樹を取り巻くクラスメイトだけでなく、驚いた下校途中の生徒達までもが足を止め、声の主を探す。
教室一つ分の距離を隔てた廊下の端。声の主はそこにいた。
150センチに満たない小さな体の、まるで少年のような少女だった。
「相羽?」
「あいばさん?」
「なにやってんの、みか?」
相羽美夏。読みは『あいば みか』
髪を男の子のように短くしたボーイッシュな女の子。小さいながらも、女子バスケ部期待のエースにしてキャプテン。
チョコレート・ブラウンの健康的に焼けた肌は、たゆまぬ日々の走りこみの証。生命の輝きを発散する細身の体。
小さな顔立ちに大きな瞳、野良の黒猫のような印象の少女。
見た目だけでなく、性格も言動も男っぽい少女の突然の乱入に、観衆はどよめく。
「チョ、チョコもらったくらいでニヤケてんじゃねーぞ、このス、スケベメガネー!」
「な、なに怒ってるのさ、相羽さん」
「べ、べぇつに怒ってなんかいねーーー!!」
声を荒げる相羽と、しどろもどろになる直樹を、多くの生徒達が様子を見守っている。
数ヶ月前の”伝説”の当事者同士のケンカ(?)は生徒達のいい見物になっていた。
「お前みたいな甘党メガネには!」
美夏が突然投球フォームを取る。
大きく振り上げた足。 ひらめくスカート。 男子が色めきたった。
「こいつをくれてやらーーーーーーー!!」
右手に掴んでいた物体をサイドスローで放り投げる!
「な!?」
意味不明の行動に、直樹は呻き、そして目撃する。
空を切って飛び、風に乗って走る、謎の飛行円盤を。
廊下に立ち止まるクラスメイトの頭上を越えて、一クラス分数十メートルの距離を越えて自分目掛けて飛んでくるフライングソーサーに直樹の目は釘付けになり………
激しい横回転でカーブの掛かったフライングソーサーは、自由を求めて開いた窓から外へと進路を変える。
「あ、外にでるぞ!!」
誰かの言葉で、直樹は反射的に動いた。
フライングソーサーの進路を予測し、最短距離を突っ走る。真横を駆け抜けられた女子が小さく悲鳴を上げる。
だが間に合わない、飛行円盤はその全体を狭い教室から大空へと移して――――
ドン!という鈍い音。一切減速せず、廊下の壁に腰をぶちあてながら、伸ばした右手は
「おお!?取りやがった!」
「宮瀬!超ファインプレー!!」
窓から体を半ば投げ出して、間一髪でソレを掴んだ。
「イタタタ………こ、腰いたい………」
少しだけ涙目になった直樹が腰をさすりながら体を戻す。勢いを殺しきれず転落しそうになったのは秘密だ。
「………………ぁ………」
廊下の端で、美夏が何かを呟いたけれど、間が開きすぎて、そのつぶやきは直樹の耳までは届かない。
直樹は痛めながら手にしたものに視線を落とす。
それは――――
「………………………………せんべい?」
顔より大きな巨大せんべい。
ひっついた海苔も、これでもか!ええいこれでもかぁ!!といわんばかりに大きい。
そっけない透明ビニールのラッピングが、なんとなく座布団を思わせる。
――――バレンタインデイに、でかいせんべい。
わけがわからない。宮瀬が首を捻った。
今年から、自分の知らない間にバレンタインのルールが何か変わったのだろうか?
「なんで、せんべい?」
不思議で仕方ない、という表情を顔に張り付かせて直樹は美夏に問いかける。
そしてその質問は、この場にいる何十人というクラスメイト達も同じ思いであった。
なんで?
バレンタインにせんべいを?
「甘いもんばっか食ってたら飽きるだろーが」
腕を組んで横を向いて踏ん反りかえって、ツーンとした表情で、美夏は言い放った。
「………………まぁ、そうだね」
そんだけの理由で?という言葉は飲み込みつつ、納得できないまま取り合えず答える。
美夏の瞳の強い眼差しを受ける。苛立ちと、それ以外の何か強い感情に瞳を潤ませて。
「急にモテるようになったからって、イ、イイ気になってるんじゃねーぞ!」
あっかんべーー、と舌をだして、小学校低学年児童みたいな真似をして美夏は去っていった。脱兎のごとく。
「あっ、逃げた」
きょとん、としたみんなを残して。
「………………いったいなんだったんだ?」
がやがやとあたりが騒がしくなる。憶測が飛び交う。
「おう、宮瀬。お前相羽とケンカでもしたとや?」
ふとっちょの折田が問う。
「いや………最近は話すらしてないんだけどさ」
「ああ、学校から禁じられとうもんなぁ、クラスで話すこともできんからケンカなんかできるハズも無かし」
掴んだせんべいを、宮瀬はシゲシゲと眺めてみた。
「わざわざバレンタインの日にせんべいを贈るということは………………」
どういうことだろうか?こういうことだろうか?
『バレンタイン→チョコレート(甘い)→好き』
これがバレンタインの公式。
でも今回は、
『バレンタイン→せんべい(塩辛い)→ 嫌い(?)』
「俺って、よっぽど相羽さんに嫌われてるのかなあ………?」
ぽりぽりと左手で頭をかきながら直樹は苦笑する。
直樹の耳を多種多様な声が耳打つ。
「なにあの子ー、感じ悪ーい」
理解不能な美夏の行動をなじる声。
「あっはっは、よっぽど嫌われたんだな、宮瀬。お前なんか嫌われることしたか?」
「いや、これといって何も覚えはないけど」
居心地悪げにせんべいに目を落とす直樹。
理解不能・意味不明。どう反応するべきかも解らない。そんな困惑が直樹の心を支配していた。
本人に尋ねたくとも、それは禁じられている。
どうしたものか、どうしようもないのか。
投げた本人の意図が確かめられないまま、この珍事は学校全体に瞬く間に伝わることになる。