19 調味料
調味料
会場に戻ると、トカゲ達の俺を見る目に尊敬が加わっていた。
調理の水準がいきなり上がった。
その背景に俺が絡んでいる。
それが、給仕の娘から伝えられたからだ。
彼らは、俺が持つワゴンの料理を見る。
すると、盛んに物欲しそうにしていた。
俺は、王と王妃に一皿づつ置くとアリサと両親の前に皿を並べた。
「これは食べられるの?」
アリサが確認してくる。
「大丈夫、いつも食べてる肉だよ」
その言葉を聞いたアリサは手で摘まんで食べ始めた。
その顔は、お預けを喰らっていた犬がようやく許しを得たようなものだ。
しかし、口に含んだ途端不味そうな顔をする。
俺は、アリサに支持を出した。
「アリサ、調味料を出してくれる」
その言葉でようやく意味が判ったようだ。
その肉には調味料がなにも使われていない。
だから、薄切りの切り身にしてきた。
後付でも調味料が絡むように考えてだった。
俺は、出された塩、砂糖、胡椒、魚醤を使い仕上げていく。
そして、改めてアリサの前に置いた。
アリサが、今度はおいしそうに食べ始める。
アリサの様子を見た両親は同様に食べ始めて嬉しそうな顔だ。
王と王妃は調味料がなくてもおいしそうに食べていた。
しかし、調味料で調理した肉を不思議そうに見ている。
俺は、王と王妃の取り分に軽く塩を振りかけた肉を差し出した。
夫妻は、興味深げに改めて肉を食べ始める。
しかし、今度は食べる速度が違う。
たちまち平らげると皿に催促が掛かった。
「まだないのか?」
どうやら、トカゲ達も塩がお好みのようだ。
しかし、俺が用意してきた肉はそれだけだった。
そこで、俺は会場に並べられていた調理済みの皿を取り寄せて塩を振る。
そして、王の前に差し出した。
王は、食べなれた雰囲気で口に入れる。
「おいしい!これがいつもの肉か?」
「王様、これが調理の真髄です。調味料を使えばこのように変わります」
「すごい!、どうかなうちの者に教えてもらえないか」
「それはすぐにでも出来ます。ただ、使いすぎには注意してください」
会場のトカゲたちも固唾を飲んで王と俺のやり取りを見ている。
俺は、彼等の口の端に涎らしき物が感じられたが見ない振りをした。
「それは高価なものなのか?」
「いえ、極ありふれた調味料です」
「人間はそのような物を使っているのか」
「はい、人間と取引すればいくらでも融通がつくものです」
「そうか、考えてみる」
王はその後、考え込むような感じだった。
「志郎、お替りはないの」
アリサから声が掛かる。
「調理場に残りがあるから取ってくる」
俺は『もう一度調理場に行こうか』と入り口を振り返る。
するとそこにはあの案内してくれた娘が見えた。
最初と同様にした料理をワゴンに乗せて運んで来るところだ。
俺が抜けた後同じように調理してくれていた事を知る。
俺が部屋に戻った後、急ぎ離れた理由はこれだった。
俺は同様に塩と胡椒を振ってアリサの要求に応えたのは当然だ。
物欲しそうにしているトカゲの娘にも同じ物を振舞う。
胡椒が彼らの感性に合うのか知りたかったからだ。
そして、どうやら問題なさそうだった。
「すごくおいしい!」
トカゲの表情は良く判らない。
しかし、その声の感じは最高の表現だった。
その後、会場は調味料の話で盛り上がっていく。
俺は塩の袋の半分をワゴンの上に持って差し出した。
今更、料理の作り直しはできない。
後付けの調味料としての使い方を彼等に教えた。
トカゲ達は、それをそれぞれ自分の食べる分に振りかけて塩の感触を味わう。
リザードはあのホットケーキの時に調味料とは出会っていた。
それで、反応は静かなものだ。
しかし、調味料が会場に与えた衝撃を嬉しそうに見ている。
こうして、勇者歓迎の宴は盛況なまま終了を迎えた。
リザードが最後まで送ってくれることになった。
そして、ゲートをくぐる。
俺達は、あの一瞬で数千キロを飛び越したのだ。
魔法の技術は魔物の方が完全に凌駕していた。
トカゲ達は、こうして魔法で空間も繋げることにおどろくばかりだ。
別れ際、リザードから声がかかる。
「しろう?そなたはなぜ食材のことが判ったのだ。娘が不思議がっていたが」
「王妃さま、・・・」
「王妃はよせ、リザードでいい」
「リザード、その件に関しては私にも判らない」
「判らないとは」
「触っただけで、調理法が頭に浮かんだだけです」
「そうか、料理長が感謝していた。そのことだけは伝えたくて」
リザードの様子はどこか変だ。
まるで、永遠に別れるような雰囲気だった。
「リー坊、なにか隠しているのではないのか?」
マイケル卿が口を挟んだ。
「勇者の目は誤魔化せなかったわね。今度人間と争うことに決ったの」
「馬鹿な、今日の宴では和やかだったではないか」
「それは、勇者が相手だからだ。事態はもう戦争寸前まで来ている」
「防げないのか」
「無理だ。人間側が引いてくれない限り。魔王はみんなを抑えていたけど限界
よ。今日の宴は壮行会を兼ねていたの」
「壮行会?」
「これから、戦いを行なうための気分の盛り上がりを促がすための宴よ」
リザードが、洞窟の入り口で寂しそうに振り返る。
そういえば、子供の姿も無かった。
今にして思えば、厨房への配慮も王妃の娘を直接つけていた。
王妃の娘ということは王女だ。
『王女にガードを頼まなくてはいけない』
上位のトカゲの前ではいくら彼等でも強引な事は控えるからだ。
トカゲ達には、それほど人間に対して不信感が募っていた。
俺は、彼等の表情が見えない。
そのために、彼等の敵意に無頓着だった事を知る。
もし見えていたら、とても彼等の前を歩けなかっただろう。




