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15 交渉

交渉



俺の黒い使者の効果はてきめんだ。


みんな、アリサの言う事を信じた。


魔物は、その姿や行動力から恐れられた。


しかし、意外にも牧場の人たちはそんなに恐れていない。


その理由は、子供だ。


実は子供が悪戯心に森の奥に入ってしまった。


そのまま行方不明になる。


過去に、そんな事件があった。




当然、子供は道に迷って出るに出られなくなる。


大人はロープを腰に巻いて森の奥に入るが、探せる範囲は限られていた。


あのときの俺と一緒だ。


俺はロープ無しで踏み込んで出られなくなっただけ。


その時、魔物が『その子供を追いかけるようにしてきた』という。


魔物を見て子供は恐ろしがる。


それで、子供は逃げるように動く。


そして、魔物から逃げているうちに捜索中の人の所に戻ってきた。


大人達はその時、子供の言う事は信じなかった。


『子供の歩く速度で魔物が襲ってきた』


子供にそう言われても信じられるわけがない。


しかし、アリサの話を聞けば『魔物に知性がある』という。


それなら、迷子になった子供を送り届けてくれた。


牧場の人達は、そのことに気付く。


あの小火ぼやで済んだ火事騒ぎも同様だ。


魔物が意識的に教えてくれた。


さらに、女達は魔物が『子供を育てるため仕方なく鶏を襲った』と聞いた。


彼女達は魔物に同情的になったぐらいだ。


そして、亭主に『しっかり交渉しておいで』と発破をかけていた。




男達は、魔物をまだそこまで信用していないらしい。


おっかなびっくりでついてくる。


やがて、俺たちが襲われた場所に着いた。


「おーい、交渉にきたぞー!」


俺は、大きな声で呼ぶ。


牧童頭は翻訳首輪を着けている。


けれども、他の物はつけていない。


その結果、その男たちからは、俺が魔物の遠吠えで叫んだらしい。


アリサと牧童頭の二人は平然としていたから判ったことだ。




俺の呼びかけに、魔物がゆっくりと近付いてきた。


「本当に来るとはな?」


声が聞こえるところで、魔物から声が掛かった。


「俺たちは勇者だぞ。約束は守るさ」


俺の返事に、警戒感を緩めて魔物が接近してきた。


牧童頭が話をする。


「よろしく」


「よろしく」


お互い名前を言うが、どうもその点が翻訳のうまく行かないところみたいだ。


そもそも、魔物側は名前という概念が無いようだった。


耳長とか足白とかの体の特徴を名前替わりにしていた。


結局、「にんげん、リザード」ということで落ち着いたようだ。




牧童頭は牛の飼育法を簡単に説明していた。


リザードはそれをあっさり理解していくところが凄い。


その様子から、牧童頭はいつの間にか魔物を恐れなくなっていた。


考えてみれば、山賊達をあっさり殺した実力者だ。


それなのに、俺の危機になるまで殺さなかった。


だから、魔物達は不必要に相手を殺す者達ではないことが判る。




やがて、交渉は成立したようだ。


いよいよ、豚や牛を引き渡しの段になる。


リザードが一声叫ぶ。


すると、牛と豚はまるで命令されたように動いていくではないか。


牧童達は、馬車に乗せるまで苦労していた。


それを、唖然として見送った。


牧童頭は一言告げる。


「あいつ等、俺たちよりはるかに牧童として完成してやがる。うかうか出来んな」


人間は、家畜との対話が出来ない。


なのに魔物達は、家畜に対して命令できるので、その差は大きかった。




俺とアリサは牧童達を帰すと、リザードについていく。


もう一つの荷物、小麦を三袋渡さなくてはいけないからだ。


それと、料理方法を教えないといけない。


やがて、俺が最初に焚き火した所についた。


そこから、すぐ奥に彼らの洞窟がある。


入り口には前回見たトカゲの子供がうろついていた。


俺の顔を見ると喜んで(?)寄ってくる。


そして、俺の身体の臭いを嗅ぐと今度はアリサの腕輪を狙う。


それで判った。


アリサのおやつ用に焼いたクッキーが入っている。


子供は、それを狙っているのだ。


「アリサ!、クッキーを人数分出してやってくれ」


「いやよ!これは私のおやつよ!」


「腕を食いちぎられても知らんぞ」


「それは・・・・」


アリサは、しぶしぶ呪文を唱えてクッキーの袋を出していた。


子供達三匹が嬉しそうに喜んでいた。




それを見ていたリザードは優しい顔をしていた。


ひょっとしてリザードは雌?


「それが、子供たちが騒いでいたものね」


「??」


「あの日、外に出ないように言っていたのにこの子が出て行ってしまって」


おそらく、最初に俺へ寄ってきた一匹だ。


「帰って来たら、人間がすぐ近くにいて焦ったわ。でも炎を追いかけて引き上げて

 いったから、あなた達を追いかけていたのでしょう?」


正確にはアリサを追いかけていた。


まあ、結果的には正解だ。


「それで、何を教えてくれるの」


リザードが雌と判った途端、言葉まで女言葉に変わる。


これが、『認識しなければ会話が成り立たない』という意味だ。


俺は、理解しないと通じない意味がはっきりと判る。


相手のことを理解しなくては会話が成り立たない。


相手を『魔物』と言っている内は絶対に会話は不可能だった。




俺は子供達に好評なクッキーを教えてやりたかった。


けれども、ここにはオーブンがない。


そこで、簡単なフライパンで焼くホットケーキを教えた。


アリサが食器を持っていた。


俺がアリサに趣旨を伝えると、アリサがそれを出して準備していく。


そこではたと気付いた。


『リザード達は火を扱えるのか?』


俺は、リザードに確認する。


「火の使い方は判ります?」


すると、リザードは少しむっとした表情で動き出した。


俺は、トカゲの表情が判るほどに打ち解けてきた事を知った。




リザードは俺が焚き火したところに行くと呪文を唱える。


アリサはその言葉を聞いて驚いていた。


それは、人間界に伝わるありふれた火の呪文だった。


火はすぐに点火して焚き火が燃え始める。


俺はアリサに言って、フライパンと油を出してもらう。


すると、リザードは別の呪文を唱える。


それを見た途端、アリサはフライパンを落っことした。


火の上には空気のフライパンが掛かる。


人間にはとても真似の出来ないはるかに高度な魔法だ。


俺は、それをアリサに教えられた。



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