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3の2 お勉強をしましょう!

大変お待たせしました!今回はデート回につづきます

デートの終わり、カイトは帰りの電車で眠ってしまったマールを背負って帰路を歩く羽目となった。


「ふう…ふう」


マールは外見に似合わずかなり重たい、そのため、息も絶え絶えにゆっくりとしたペースで歩き続けている、時折り微笑ましい光景を見守る大人たちの視線を感じるが…今はそれらに目を向ける余裕は無い、額の汗を拭い、背後で眠る小さな勇者に目を向けた。


「すー…すー…」


起きている間は傍若無人な野生児でも眠れば愛らしい天使に早替わりするのだから困りものである。そんな可愛らしい寝息を首筋に感じながら、ずり落ちそうな彼女の身体を背負い直しながら改札口を通り抜け、通路を歩いて階段を降る。


「く…やはり時間的に厳しいかあ…」


小さくため息を漏らした、時刻は0時前、カイトは駅前のタクシー乗り場に人がいない事を願っていたがそんなことはなく、今の時間はタクシーのホームには帰って来た人々で渋滞しており、あんなところに並んだら1時間は平気で過ぎてしまう。


「………しかたない、歩くか…」


不意に、サイレントにしたマールの子供携帯がカイトの背中で振動し始めた。母の鬼電であろう…この際、電話に出て母に迎えに来てもらうという手もあるが…。


「……」


カイトはため息を漏らしながらも再びずり落ちそうなマールを背負い直すと、ゆっくりと歩き始めたのだった。額から汗をダラダラと垂らしつつひたすら歩き続けたカイトは漸く自宅の玄関へと辿り着く。


ドアノブに手をかけ、小さく押し込むとガチャリと扉は開く。


「鍵が…かかっていない?…」


カイトは不用心に感じながらも玄関に入る。


「…あんた今、何時だと思っているの?」


真っ暗な玄関、両親は二人並んで正座していた。その顔はまさに鬼である。


「ひ…ひえ…」


そこから鬼の説教が始まった、主題は大人としてのマナーや社会人のルールについて、である。話を聞いていると、どうやら門限をブッチした事よりも可愛いマールを夜遅くまで連れまわした事が逆鱗に触れたようだった。カイトはずり落ちそうになるマールを背負い直した。


「む、母さん、マールを寝かしつけて来てもいいかな?」


父が気を利かせて提案をし、母は一瞬迷う仕草をするも小さく頷く。


「…そうね」


鬼のような形相が瞬く間に綻んだ、マールの事を実の娘以上に溺愛している二人が天使の様な顔で眠る彼女を叱れるわけもない、父は背中で眠るマールを軽々と背負いあげると、寝室のある二階へ彼女を連れて行った。


「では、わたしも…」


「何を言っているのかしらカイト?あなたはそこに正座なさい?」


…この後、めちゃくちゃ怒られた。


翌日


「カイトー!!走るよー!オラ起きろ!」


しっかりと寝て元気100倍となった野生児が5時になるなり部屋に飛び込んでくると、眠るカイトの顔面を平手でべしべしと叩いてきた。


「いたい…いたいです…マール」


「起きないのがわるいの!ほら!これに着替える!」


いつの間に覚えたのか、自室のタンスのを引っ張り出しカイトの下着や体操服を投げ付けてくる。


「ま、まーる?…ですか?もう少し」


寝ぼけているとその額をデコピンに打たれる。


「いっ!?」


鞭に打たれたような激しい痛みに思わずひっくり返る。


「みんな待ってるんだからっ!はやくしろー!!」


しまいには彼女の言う【みんな】とはこの世界で知り合った冒険者体質の少女達の事である。この世界では何故か女性だけしかわかっている冒険者体質が存在しない為【魔法少女】と呼称されている。マールはそんな彼女達を近所の公園に集め訓練と称した全力の走り込みをさせているのだ。


寝不足のまま叩き起こされ、体操服に着替えさせられたカイトはマールに手を引かれて家を出ると、走って公園へと向かう。


マールが言った通り、公園では既に複数の少女達が待っていた。


「よっ、今日はいつもより遅かったな!」


燃える様な赤い長髪を邪魔にならない様にポニーテールにしてまとめた少女がこちらに気づくなりそんな事を言ってきた。


「こら、茜さん?私達が早過ぎるんです」


そんな茜を同い年とは思えない長身と見事なプロポーションを持ち金髪ブロンドの美少女が注意する。


「っせーな、仕方ねえだろ?ウチらはだらしねえのが何人かいるんだから」


そう言って茜はどこかを指差した、その指の先にはいつもの様にベンチに崩れ落ちた少女の姿がある、ふわふわとした綿飴のような髪型を揺らし大きく口を上げながらヒュー、ヒューと既に息も絶え絶えに呼吸している。その度に小柄な身体には見合わない大きな膨らみが上下しており、ついつい視線をむけてしまいそうになる。


「き、霧香…大丈夫かー?」


そんな状態の少女、白石霧香の横で中性的な黒髪の少女が黒崎綾奈が献身的に団扇で仰いであげている。霧香は声をあげる気力すら無い様子で手をひらひらと動かす、おそらくだが気にしないでと言っている気がする。


「だ、大丈夫ですか?無理しなくても…」


この魔法少女達をまとめるリーダー、ウェーブがかった黒髪ロングの少女、葵青葉は献身的に霧香を気遣い声をかける。


「だーいじょうぶやって、青葉は心配しすぎや!」


そんな青葉を諌めつつ歩いてきたのは黒髪オカッパ頭のコケシの様な印象を持った少女(女児に限りなく近い)緑川栞は大欠伸した。


「うし、みんな集まったし走るかー!おら霧香!いつまで休んでんだ?走るぞ!」


茜はそう叫ぶと霧香はゆらゆらと立ち上がり今にも倒れそうだがやる気を見せ、朝の走り込みが始まる。


茜や絵里香は前衛の信託を得ているだけあって持久力に関しては既にベルラートの冒険者達と肩を並べられる程になっており今やこの走り込みで先頭を任されている。マールはいつも通り最後尾について既にヘロヘロな霧香の尻を蹴飛ばした。


ただ、少しだけ問題も生じ始めている…。


「なんか…凄い視線を感じる」


走りながらマールが呟いた、それはそうだ…毎朝同じコースを全力疾走する少女の集団がいれば当然だが注目を集めるのは当然だ、もっとも不純な動機はないだろう、何故ならばカイトとマール以外は同じ学校指定のジャージを身に付けているからだ、おおかた陸上部の朝練か何かだと思われているだけだろう。


そうして1時間みっちりと走り込みを行った魔法少女達は、いつもの様に軽い体操の後に制服へ着替えるとそのまま学業へと向かい、公園にはカイトとマールだけが残された。


「ふう、よーしっ!」


いつもの様にみんなの背中が見えなくなるまで見送ったマールは再び準備運動を始める。


「?どうしたんですか?」


カイトが問いかけると、マールはニヤリと笑った。


「今日からは僕のメニューもやる事にした!!」


「い、今からですか!?きっちり50キロ走ったばかりですよ!?」


「あんなペースじゃ僕にはぜんっぜん足りないのっ!歩いてるのと変わんないもん!」


マールからすれば近所を散歩している程度の感覚なのだろう、そう言った彼女は公園のベンチを片手で軽々と持ち上げた。


「カイトは帰ってもいーよ?訛っているのもあるから本気でやるしついてこられないでしょ?」


マールを残して帰ったら問題が起きた時に対処が出来ない。


「大丈夫です、あなたの本気に付き合ってあげる事はできませんが終わるのを待っていますよ」


カイトはもう一つのベンチに腰掛けて笑いかけると、マールは少し気恥ずかしそうに目を逸らした。


「君に見られながらだとやり辛いんだけど……」


何やら機嫌を損ねてしまったようだ…悪態をついたのも束の間、彼女の姿がかき消える。別に魔法でもなんでもない、マールの本息は音の速さに近いようだ…指揮者の強化された視力であったとしてもその姿を肉眼で捉え切る事など出来ない。みんなで一周するのに10分前後かかるコースも、マールならば10秒とかからない。


「はー…はー…」


走り始めて約1時間…ついにマールが息を荒げながら公園へ帰ってくると手にしていた公園のベンチを元あった場所へと戻した。


「お疲れ様です」


カイトはマールに歩み寄り、買って来たミネラルウォーターを差し出そうとするが、彼女は嫌そうに手で払う。


「まだいー!!カラダを…暖めただけッ…だから!」


息が上がっているのではない、敢えて呼吸を早く、深く繰り返すことで体温を強引に一気に引き上げているのだ。マールはそう笑いながらもその場で軽い運動動作を行った、全力ランニングと呼吸で最大まで暖めた筋肉をゆっくりと時間をかけて解し…程よく身体がほぐれてから、本格的な筋力トレーニングを行いはじめる。そのトレーニングはどれも、現代では見たことのない不思議なものばかりである。座禅したまま浮いたり、逆立ちのような体勢で跳ね回ったり…独特なものである。その動作が筋肉にどう作用して何処を鍛えているのかもわからない、だが、その一見無意味な運動動作も次第に効果を現してくる。なんでって?健康的なマールの肌が真っ赤に染まりはじめたからだ。それどころか身体から湯気るほどの熱気が出始めているではないか。


「あ…あつ…」


まるで、マグマ湧き立つ火山地帯を歩いた時の様な強烈な熱気に当てられ、カイトは思わずマールから距離を取ってしまう。


「だから言ったのに…」


マールは火傷しそうな程の熱気を受けても帰ろうとしないカイトに呆れ、そうしてレイから教わった自称基礎トレーニングを続けた。


そこからさらに一時間、一通りのメニューをこなして満足したマールが運動をピタリとやめると、ベンチに座って待っていたカイトの隣へ深々と腰かける。


「あっつつ…今度こそ終わりです?」


近づくだけでも火傷しそうな熱気をまだ放出しているマールは、疲労困憊な様子で小さく頷いた。


「はいどうぞ」


彼女は差し出されたペットボトルを受け取ると封を開け飲むでもなく頭から水を被る。


彼女に触れた水がジュウウと音を立てて蒸発していく、まるでオーバーフローしたエンジンに水をかけた時のようで思わず苦笑してしまう。


「はー…きもちー…」


湯気の中からずぶ濡れなマールの姿が現れる。薄手のシャツで滝のような汗をかいた挙句水を被ったが為に、マールの衣服は透けてしまっているのだが…マールはそんな些細なことを気にしないだろう。


「でもやっぱこのメニューじゃもうものたんないや…なにより面白くない!…」


面白い、面白くないの問題なのだろうか…人外の基礎トレーニングを見せられたカイトの前で、マールは物足りなさそうにうむむーと可愛らしく唸っている。


「やっぱり戦いたいなあ…」


マールはカイトの朝練を見た後、よくギルドに依頼を見に行っていた事を思い出す。


「マールがよく訓練の後にボルドー兄弟を連れ回す乗ってひょっとして」


「ん?あれは2人が受けるだけ受けて溜め込んでるから手伝ってあげてるだけ。あいつら定期的に見てあげないと討伐依頼の紙をいっぱいため込んでるんだから!」


そうなんだ…。


「帰ったら2人が溜め込んでないか確認しなくちゃ、あの2人、気付いたら山のように依頼をため込むんだから!!」


リスかな?…


「それは…クランとして考える必要がありそうですね」


遥か遠くの異世界で2人がくしゃみをしているかもしれない。しかしながらよくよく考えればクランらしい事を何一つせず、クウとシイロやエレーネに丸投げして来てしまった事を思い出す。戻ったらもう少しだけクランリーダーらしい事をしよう、カイトはそう考えた。


「日本にはスポーツジムという運動する為の施設があります、次のデートはそういう施設を回ってもいいかもしれませんね」


そういうとマールはパッと明るくなる。


「そんな施設があるの!?ホント、カイトの世界はなんでもあるんだねっ!!」


マールは体操選手の様な動きでベンチからぴょんと飛んで立ち上がる。


「よし!帰ろっ?お腹へっちゃった!」


そう言って手を掴むと、機械的な力で引き立たされた。


「……今日はこの後どうします?」


道中、カイトは興味本位でマールに問いかけると、マールは笑いながら振り返りそして言う。


「んなの決まってんじゃん!ガランをぶっ飛ばしに行くんだよ!」


朝からのやる気に満ち溢れている理由がわかった、マールはこの異世界で、越えるべき目標を得たからだ…今、彼女の頭の中はいかにガランをボクシングでぶちのめすかでいっぱいになっている事だろう。


「おかえり、遅かったじゃない」


家に帰ると玄関に母がいた、普段と変わりなく見えるがどこと無く不気味な雰囲気を持っている。


「ママただいまー!」


マールはいつものように雑に靴を脱いで上がると、母に飛びつこうとするが、母は手でマールを制止する。


「ダーメ!お外で運動して帰って来たら何をするんだっけ?」


「シャワー!」


「わかっているなら先にすませていらっしゃい?汗でびしゃびしゃじゃない!風邪引くわよ!」


「はーいっ!!」


マールは元気よく返事をしてバタバタと騒がしくリビングの奥へと駆けていった。


「カイトも早く上がりなさい?」


カイトは生前の記憶を思い出し、顔を顰める…確か、こんな時は必ず何かがある。そう母の優しさに訝しみながら上がり、リビングのソファでマールが出てくるのを待つ事にした。


「シャワー上がったー!」


5分もしないうちに身体をサッと流しただけだろうマールが裸のまま浴室から飛び出して来た。


「こら!ちゃんと身体は拭いて来る!あと服を着なさい!」


「はーい!」


怒られているにも関わらずにこやかなまま、パタパタと走って戻っていき、下着とバスタオルを手に戻ってくる。


「ママやってー?」


「はいはい」


マールはバスタオルを母へ差し出し、母は料理の手を止めてから笑顔で応じてバスタオルを受け取り、丁寧に濡れた身体を拭いてあげている。


「いつまで見てるの?あんたも早く入って来なさい」


マールに服を着せながら、笑顔で告げられる。おかしい、こんなに優しいのは何故だ?とカイトは嫌な予感を感じながらも奥の浴室へ向かった。


「ふう、あがりました」


数分後、朝のシャワーから出てきたカイトがリビングに戻ると、既に食卓には山盛りの朝食が用意されており、母の隣に陣取ったマールは山盛りのご飯をもりもりと食べている。


「マール、醤油をください」


迎えの席に腰掛けながら告げると、マールは首を傾げる。


「しょーゆ?」


「それです」


カイトは黒い液体の入った瓶を指差す、瓶には漢字で醤油と描かれているのだが読み書きが出来ないマールは字を見る事なく瓶を手に取ると差し出して来た。


「はい!」


「ありがとうございます」


マールから受け取った醤油を小脇に置くと手を合わせる。


「いただきます」


朝食は食べ盛りのマールに合わされたものであり、ご飯に味噌汁に焼きシャケ、ソーセージに卵焼きというものであり。


「カイトの世界にもこれあるんだねっ!僕達の世界のやつの何百倍も美味しいけど!」


マールは母から教わった箸を器用に使ってソーセージを取り口に放り込んで幸せそうな顔をする。


「肉詰めは元々貴重な肉を余さず食べる為に作られた保存食ですからね…保存が効けば味は度外視です」


「なるほどねー!よくわかんないや!」


だろうな!とカイトは心底どうでも良さそうに朝食を楽しんでいるマールを見ながら苦笑する。


「あなた達の国はご飯、美味しくないの?」


母がカイトに問いかける。


「うん!こっちに比べたら全然美味しくないよっ?」


マールはにこやかに答えながら卵焼きを口に放る。


「ベルラートは此方と違い未発展な部分が実に多いので…調味料や香料など殆どありません。とりあえず腹に入ればいいという考え方が強いのです」


カイトの言葉に母は思うところがあるのか腕を組む。


「そう…なのね…成る程っ…」


そうして、よしっと何かを決意したように口を開く。


「カイトちょっとお願いがあるのだけど良いかしら?マールちゃんもいい?」


唐突な問いかけにカイトは警戒する。


「いいよー!」


しかしカイトの警戒とは裏腹に、マールは元気に快諾してしまった、唐突に母は不気味な笑みを浮かべた。


「…?」


マールは自分の置かれている状況が理解できておらず、首を傾げてから不安げにカイトを見てきた。


食後…


「やだ!!!」


母のお願いを笑顔で快諾したマールは天井に張り付いて距離を取っている。


「酷いわマールちゃん…今日はママのお願いを聞いてくれるんじゃなかったの?」


母は哀しげな声音で問いかけられると、テーブルの前で山になっている国語と算数のドリルに触れる。母のお願いとはマールに勉強を教えたいというものだった。それを聞いたマールは即座に天井に張り付いて距離をとり、今に至る。…こころよく快諾した手前、強く断れず逃げ出せはしないようだ、現に彼女は逃げ出さずにリビングにとどまっている。


「……そっ、それでも勉強はいやなの!!!どうせわかんないもん!」


天井に張り付いたまま猫の様にシャーと威嚇している。


「重症ね…」


母は困り顔で呟く。


「私も何度かマールに勉強させようと考えたのですが、あんな感じで逃げ出してしまいまして」


カイトの場合は暴力で黙らされるし、あまりしつこくいって臍を曲げてしまうと暫く口を聞いてくれなくなるため、今はあまり言わないようにしている。


「あんたが?…勉強を?…あんたが先生じゃマールじゃなくたって逃げるわよ…」


何か言いたげに笑う母にイラッとする、しかし母はカイトの事など気にする事なく天井に張り付いたまま威嚇しているマールに目を向けて手を拡げる


「おいで、大丈夫だから…ママを信じて?」


そんな母の言葉に、マールは動揺しながらも素直に降りて駆け寄るなり母に抱きつき、胸に顔を埋める。なんだろう…このやりとりは…。


「カイト、あなたの世界はどの程度の水準なの?」


母の問いかけの意図が分からず首を傾げる。


「ごめん、言い方を変えるわね。この子のように読み書きが出来ない子でも生きていけるの?」


胸に顔を埋めて甘えていたマールはびっくりした様子で目を見開いて母を見上げ、母はかつてないほど真剣な眼差しをカイトに向けていた。カイトは暫く考えた後にはっきりと告げる。


「…無理です」


「え!?」


マールは誰よりも驚愕して目を見開いていた。


「冒険者は書状による依頼を受けて食い扶持を稼ぎます、字が読めない彼女では書状を読めないため、依頼を受ける事が出来ませんし、危険な依頼を安すぎる報酬で言葉巧みに受けさせられてしまう可能性もあります」


カイトがあまりに真っ直ぐに言うのでマールはもちろん反論する。


「で、でも、いつもはカイトやクウが選んで持って来てくれるじゃん!!」


その瞳は動揺で揺れており、ショックを受けている事が表情から見て取れて良心が痛む…しかし、ここははっきりと伝えておかなければならない。


「わたしやクウがいなかったら…どうするつもりなんですか?」


「…え…あ、そ…それは…」


マールは直ぐに言葉に詰まり、俯いてしまう。


「誰かに読んでもらいますか?あなたを尊敬しているエレーネの前でも誰かに読んでもらうのでしょうか?そもそもあなたは…」


「カイト、そこまで」


唐突に母が割って入る、ハッとしたカイトは急に冷静になる、叱るつもりはなかったのだが…見ればマールはシュンとしてしまっている。


「ううっ!!…」


マールは涙目になりながらも何も言い返せず、癇癪を起こして目の前の消しゴムをつかむと投げつけて来た。無意識に熱くなったあげくかなり言いすぎてしまったようだ。


「ありがとうカイト、だいたいわかったわ」


小さくため息を吐きだした母は今にも泣き出しそうなマールの頭を掴んでワシワシと撫でる。


「マールちゃん、ママとお勉強してみない?」


母はそんなマールに優しく語りかける、マールは今にも泣きそうな顔をして首を横に振る。


「どうせわかんないもん…みんな僕のことバカだって笑うんだから」


言いすぎたせいで変に臍を曲げてしまったようだ、母の冷たい眼差しに睨まれ、カイトの背筋が凍りつく。


「だれがそんな事するの?」


「みんな!…みんな!」


てっきりカイトを睨んでくるかと思ったが、マールは涙を流しながら語りだす。


ベルラートの教会は歳の近い子供達を集め、定期的に勉強合宿のようなもをやっており、幼少期のマールはその勉強合宿に一度だけ参加した事があったのだという。幼少期のマールにとって筆は始めてみるものであった。


「成る程…それで…」


魔物や亜人との戦いに明け暮れていた彼女にとって、そこは何もかもが初めてだったはずだ、同年代の子供達も、勉強というものも…そんなことだから当然、何も知らないマールは浮いてしまい、笑いものとなったのだろう。だれよりも負けず嫌いなマールにとって、泣くほど嫌な事だったのだろう、以来、マールは勉強というものから逃げるようになったのだという。


「カイト、魔物や亜人との戦いって…?」


母の問いかけにはカイトが答える


「マールは勇者として魔王を倒すという使命を持っているのだそうです、その為、育ての親であるビルドさんはマールが物心ついた時からいかなる環境やいかなる状況であっても生き抜くことのできる訓練を優先してやらせていたのです」


それだけではいけないとゼノリコなりに気を回しての勉強合宿への勧めだったのは間違いない、ただ、物心ついてから武器を握り野山や海を駆け回ってきたマールと、当たり前のように教育され、当たり前のように読み書きが出来るように育って来た同年代と比べたら差があるのは当然だ。


「そんな経緯があったのなら先に教えて下さいよ…」


「………フンッ」


完全に臍を曲げてしまったマールはそっぽを向いてしまう。


「マール…すみませんでした、そうだと知っていたらあなたにあのような軽率な言葉は使わなかった」


カイトが素直に謝罪するとマールはチラッとこちらを見てくる。


「もういいよ、言われなれてるし…」


珍しく直ぐに許してもらえた…。


「マールちゃん、もう一回だけママにチャンスをくれないかしら?」


頭を撫でながら母は問いかけると、マールは気持ちよさそうに目を伏せながら可愛らしく唸る、本気で悩んでいるようだ…あと一押し、そんなマールに母は間髪入れずに続ける。


「ママね?マールちゃんが勉強を頑張ってくれると思って凄いご褒美を用意しているのよ?」


マールはご褒美の言葉に反応を示す。


「ご、褒美?」


かかった、母にニイッと悪戯な笑みを浮かべた。


「勉強頑張ったら3時のおやつはママの手作りケーキです」


「ケーキ!!?」


「マールちゃんが大好きな苺をたっくさんのせたタルトです」


そう言って指差した先には箱で買っただろう苺の箱が沢山詰まれている。


「タルト!…ってなに?」


さっきまでの怒りはどこへやら、カイトに聞いて来る。


「昨晩、デートの時に喫茶店であなたが食べていたケーキです」


それを聞いたマールの表情がパァッと輝いた。


「やる!べんきょー!やる!!」


こう言うところはやはり子供である、いちごタルトに見事に釣られたマールは生まれて初めて自らの意志でペンを手にとった。


「えらい!それじゃ…さっそくはじめよう!」


「はーい!!」


母はまずグーで握ったペンを矯正し、そして小学校一年生のこくごドリルを手に取ると、小さなマールを膝の上に座らせて1ページ目を捲り、ひらがなを懇切丁寧に教え始めた。


母はまずは自分がやって見せ、マールに言って聞かせてからさせて見せ、できたら沢山誉めてあげる。単純なマールはそれだけで目を輝かせて嬉しそうにペンを走らせひらがなのあを何度も書いていた。


「………」


微笑ましい親子のようなやりとりに和みながらも、カイトは気落ちしていた。その理由は簡単な話だ…こちらの言語が、あちらでは使えないからである。あちらでは読めず、書けないマールへと逆戻りになってしまう、とはいえようやく勉強に向き合ってくれたマールの出鼻を挫きたくない。だからこそカイトは落胆していても表情には出してはいなかった…せめて、母から学ぶ事で勉強の楽しさを知り、向こうに帰っても自分から勉強するようになってくれれば良いと、カイトは前向きに考える事にする。


「ん?…あれ??」


そう、考えて…カイトは不自然に気がついた。

日本語に親しみのあるカイトが日本語が読めるのは当たり前である、日本人なのだから日本語を日本語として認識するのは異世界から帰ってきたからとはいえ当たり前なのだ…だがマールはどうだ?


向こうとは言語が違うのだ、マールは当然異世界の言葉で喋っているはずなのだ…だがどうだ?今、母や、こちらの人々と普通に会話ができているではないか。


「え…え?」


今まで、当たり前すぎて考える事さえしなかった不自然…思い返せば不思議な場面はいくらでもあった。彼女は鉄心のいる鍛冶屋に行く際、カイトの買った地方新聞の文字を辿々しくだが読んでいたではないか…字の読み書きができないのだからこちらの言語などわかる訳がない。そんなマールが何故、辿々しくも文字を読み取る事が出来たのだろうか?昨日のデートでもそうだ、一緒に観たB級のサメ映画、あれは不人気な作品であるが為に日本語の吹き替えなど存在しない字幕の作品だったはずだ。だが…カイトはあの映画の内容を無意識のうちに日本語で認識していた。


「ま、マー…マールッ!」


カイトは思わずマールを呼ぶと、2人が邪魔すんなと言いたげに睨んでくる。


「…あなた昨日のサメ映画の内容は覚えていますか?!!」


「え…ええ?…」


唐突な問いに母とマールはキョトンとしており訝しむような顔をしている。


「な…なんなのいきなり?」


「母さん、これはとても重要な事なんです!」


勢いで母をドン引きさせて黙らせる。


「君が1番喜んでいたシーンありますよね?黒人の牧師さんがサメに囲まれた絶望的な場面で武器を手に無双するシーンなんですが」


「あー…あそこか!!かっこよかったよね!手の武器?を撃ちまくってサメ達を次々やっつけた後に【鉛玉で腹一杯だろ?クソ野郎】て文句いいながらタバコ吸ってたの痺れたぁ…」


よっぽどお気に入りのシーンだったのだろう、マールは黒人牧師の表情まで真似をして全く似ていない声真似をしてみせた。


「やっぱりそうですか!!!君にはあのセリフが聞こえていたんですね??」


カイトは素早く立ち上がるとマールに飛びついた。


「ひゃ!?え…ええ…?」


咄嗟のことに驚きドン引きしているマールの手を強く握る。


「やっぱり君は最高だ!!ありがとうマール!!大好きだ!!」


カイトは言いたい事を大声で叫び散らすと、もうダッシュでリビングを飛び出し階段を駆け上がって行った。


「なに…?あいつ」


リビングに残された母はそう言ってからマールを見ると、マールは怒るでも驚くでもなく…ただ嬉しそうに握られた手を撫でていた。


階段を駆け上がり、派手な勢いで飛び込んだのは兄、陸兎の部屋である。なぜここに来たのか、彼の部屋には生前のカイトは読み込めずに諦めたドイツ語の医術書がいくつもあるからだ。


マールの目にはあらゆる言語や文書が、慣れ親しんだ言語で見えている可能性を考えた、で、あるならばカイトの目にはドイツ語も日本語で映るのではないか?そう考えながら一冊の医術書を手に取る、生前、カイトが辞書を引きながら苦労して読んだ解剖の手順が書かれたものだ。


「やはり…!」


ページを開いたカイトは唸るように声を張る。それもそのはず、生前は訳のわからないドイツ語の羅列だった筈の医術書が全て日本語で…違う、カイトの読みやすい言語で【見えている】のだ。カイトは手にした医術書を本棚へ戻し、自室に戻るなり携帯を手に取ると唐突に電話をかけた。


『はいもしもし』


受話器越しに中性的なハスキーな声が聞こえて来る。


『あのなあ、カイト…今何時だと思ってんだ?特別学級とはいえ、一応授業中なんだぜあたしらは』


電話の先は綾奈である、電話越しに柔らかい霧香の笑い声も聴こえる。彼女と霧香は来年、茜と同じ学年に編入する為、篠崎が用意した特別学級で遅れた分の学力を補填している。


「すみません、今すぐに、どうしても確認したい事がありまして…少しだけお時間をください」


『あん?…それは構わないけど…そっち行った方がいい感じの事態か?』


「その場で大丈夫ですよ、ようがあるのは先生なので…変わっていただけますか?」


『お…おう…?先生!あたしの友達が先生と話したいんだって』


『はいはい、変わりました』


聞き覚えのない優しげな女性の声が聞こえる。


「少し、2人についてお聞きしたい事があるのですが、よろしいですか?」


『それはいいですけど…あなたはどなた様?』


『カイト、魔法少女対策課の人だ』


綾奈のフォローが入る。


『し、失礼しました…カイトさん、なんでしょう?』


唐突に声音が変わりかしこまるので、篠崎達が彼らからどう見られているかわかってしまう。


「2人の英語の成績はどうですか?」


『英語…ですか、とても優秀ですよ?むしろ1番得意なのではないか?と言うくらいです』


綾奈達は孤児院を抜け出し、学びとはかけ離れた生活を送っていた。ある程度の読み書きはできても初めて触れるはずの英語の読み書きの成績だけがずば抜けて高いなんてことは本来はあり得ないことだ。


「ちょと、なんでもいいので難しい英文を何個か書いて2人に読ませてもらえませんか?…」


『は…はあ…わかりました』


そういうと、電話越しにチョークを叩く音が聴こえてくる。


『2人ともこれを読んでくれる?』


『あ?…そんなんでいいのかよ…ええと、お父さんお父さん、魔王がいるよ』


『たしかー…まおーのかしゅだよねー?』


柔らかい霧香の間延びした声も聴こえてくる、やはりそう【読めて】いる。


「ありがとうございます、助かりました」


カイトは直ぐに電話を切る。そして仮説が確信へと変わった。つまり、我々冒険者は文字や言語を自動的に変換して見て、聞いて、話すことが出来るのだ。


例えばアメリカ人と話す時なども、カイトは日本語で話しているつもりでも相手には英語で聞こえ、彼らの話す言葉は日本語で聴こえていると言うことである。


よくよく思い返せば昨日のデートの時に相対したガランは明らかな外国人であったはずだ。


「何という事だ!!!つまり私は今、あらゆる言語を認識できている文字で読む事がで切ると言う事か!!?」


カイトは歓喜のあまり奇声に近い声を張り上げた。それもそのはず、彼は生前、手当たり次第に買い漁った戦術書の中に、翻訳もまともにされておらず、翻訳もできない古い書物がいくつもあったのだ。


「この冒険者の目があれば自分に分かる文字で解釈する事ができる!!」


カイトは素早く本棚にある戦術書を引っ張り出して来てはページを開く。


「…読める!!」


手に取ったのは古いマケドニアとペルシアが行ったとされるガウガメラの戦いに関する書物である。図書館に寄贈されるくらいに古く、紙は黄ばんでおり翻訳などされていないものだった。それが今のカイトの目には全て日本語で映っている。


「フハハハハ!!読めるっ!!読めるぞっ!!」


古いアニメ映画の悪役のように、カイトは笑いながら戦術書を読んだ。


「…気持ち悪る」


時折2階から聴こえて来る歓喜の奇声を聴き、マールはひらがなをなぞりながら呟いた。


「マールちゃん、あいつのどこがいいの?…」


「え?」


母の問いかけにマールは目を丸くする。


「だってあいつ、コイビトなんでしょ?」


その問いにマールは考える。


「僕はコイビトってのがなんなのか良くわからないんだけど…」


「え?なに?あいつ何もわからないマールちゃんをコイビトって言ってるの?」


母はドン引きしたような顔で携帯を取り出し、通報しようとした。


「うーん、強いていうなら…ムカつくとこかな」


マールははっきりと言った。


「ムカつく?」


「うん…カイトって見てると殴りたくなるんだ、よわっちいくせして偉そーだし、上から目線でバカにして来るし…」


カイト、嫌われてるのかしら?…と母は少し同情するが、マールの表情には嫌悪や憎悪は無くただただ穏やかで、文句を言いながらもその表情は明るくとても楽しそうだった。


「でも不思議なんだ…殴りたくなるほどムカつくのに…あいつの側を離れたいとは思わないの。ううん?あいつが側にいないと嫌な気持ちに…なるんだ」


そんなマールの素直な吐露に、母は思わず頭を撫で回していた。


それから…


何時間経ったのだろうか…自室に飛び込んだカイトは、本棚にあった翻訳されていない戦術書を次々と取り出して勉強机の上に山積みにしながら狂ったように読み耽っていた。


この世界には、夥しい数の戦争がある…その戦争の中には星の数程の戦術が使われてきた。戦術とは人と人とが互いの全てを賭けて争う事で築き上げて来た叡智の結晶だ、生前、何も持つ事ができなかったカイトにとっては、その叡智の結晶に触れられる事がなによりの快感だったのだ。


「次はフィリッポス二世!!!」


一つの戦術史を読み終え、新たな戦術史を興奮しながら手に取ったのはとても古いフィリッポス二世についての事が書かれた戦術書である、カイトは喜び勇んでページを開くと、やはり未翻訳の古代の字で書かれていた書物は日本語で読める。


「ふ…ふふふ…」


もしももう少し身体が成長していたならば、射精しっぱなしだっただろう。カイトは喜びのあまり笑みを溢し読み込めば読み込むほど向こうの世界でこの学んだ戦術を試してみたいと思う様になった。


「いや!現代ならば試せるではないか!!」


カイトは興奮気味にパソコンを立ち上げ、贔屓していた戦争シミュレーションのゲームを起動する。このゲームはあらゆるデータを入力し、思い通りの戦争を再現する事が出来るのだ。カイトは記憶している異世界での戦闘を次々と入力して再現していく。


まず、カイトが再現したのは…


「それなあに?」


誰かに聞かれた。


「これは鉄の国を奪還する時の戦闘を再現してみました。上がリザードマン達、下が私達で…」


見ればマールが隣で画面を見ていた。


「うわっ!?マール!?」


思わず飛び退くが、マールは気にせず画面をじっと見つめる。


「あの時こうなっていたんだ…あの時は僕達が転生者を倒す為に内に入り込んでいたよね?なんだっけ…えー…とろいうま作戦」


「トロイの木馬作戦です」


「そー!それ!」


「このシミュレーションでは、一先ずは木馬組と転生者は抜きで考え、転生者の代わりにリザードマンの王を配置しています」


「リザードマンの王様がいたらここにいるみんなじゃ絶対に勝てないとおもうよ?」


「いるんですか?リザードマンに王が?」


カイトが聞き返すとマールは大きく頷く。


「うん、ロードってのいるじゃん?そのロードがさらに戦い続けて生き抜くとキングになるんだってまあ、大概はロードの時点で倒されちゃって生き残る事自体稀も稀なんだけどね…」


マールは知っていそうな様子を見せる。


「遭遇したことがあるんです?キングに…」


問いかけると、マールは小さく頷いた。


「一度だけね?僕が遭遇したのはオークキングだったかな…一緒に戦ってたみんなが一瞬で真っ二つにされて殺されちゃってさ…あの時は本当に驚いた」


「…その時はどうしたんですか?」


「ディートリヒとヒューゴが駆けつけてくれて死なずには済んだよ?でもあの時、不治の呪いのかかった剣で右腕を跳ねられちゃってさあ…あれすっごくいたかったんだよ?ちょっとだけ傷、残ってるし」


マールはそう言って右腕の袖を捲ると斬られた部分を見せてきた。確かによく見なければわからない小さな傷跡がある。


「…冒険者って傷跡残るんですね」


「大怪我したらのこるんだっ!そういう君だって怪我残ってるじゃん?」


マールはカイトの右腕を掴むと小さなひび割れのようなわずかな筋のようなものがせこにはあった。


「え?こんな所、怪我していましたっけ?」


「アリエッタにやられたじゃん…」


あの時か…。


「…お、思い出したくなかった…」


腕を千切られる痛みを思い出して顔を顰めてしまう。


「あはは…」


そんなカイトを、マールは笑いながら見つめていた。


「で?マール、なにか用ですか?」


カイトが問いかけると、マールはハッとする。


「そうだ!お昼だから呼びにきたんだった!」


「…ああ、成る程…急ぎましょうか」


カイトはマールに手を引かれてリビングに戻り、昼食を終えると、マールは再び勉強に戻った。母の教え方がいいのかはわからないが、たった数時間でマールはすっかり勉強に抵抗がなくなった様子で自ら進んでペンを手に取り小学2年生の国語ドリルに取り掛かっている。みれば既に小学1年の算数ドリルは終わっており、今始めている国語のドリルも既に8割は終わっている。相変わらず彼女らしいぶっきらぼうで雑な字ではある…。


「では、わたしも勉強にもどりますかね」


集中しているマールをその場に残して自室へ戻ったカイトは、再び戦術シュミレーションに没頭する。人類史に存在するあらゆる戦場を再現し、再現された戦術による動きを学ぶ、生前のカイトもこれに明け暮れていた事を思い出す。


ピンポーン…


何時間もたった時、唐突にインターフォンが鳴り響く。


「はいはーい!!」


素早くマールが対応する、きっと郵便物か何かだろう…


「あれ!?みんなどうしたの!?」


え?…だれ?


「カイト?…まあいいや、カイトなら部屋にいるから上がってー?」


上がって?い、いやまて…カイトはパッと振り返ると、栞が駆け上がって来る。


「わはは!カイト、きたでー!!」


ニッコニコの栞は駆け足で部屋に入るなり、カイトのベッドに飛び込んだ。何してんのこいつ…!?


「おら栞、気持ち悪いことしてんじゃねえ…」


遅れて茜や絵里香、青葉が部屋に入って来て、手狭なカイトの部屋は四人の魔法少女達の来訪でより狭くなる。


「ちょ…ちょっと…?なんなんです!?」


予想もしていなかった来訪の理由を、茜に問いかけた、しかし茜は肩をすくめる。


「あたしもわかんねえ…綾奈に集められたんだよ、なあ?」


「ええ、こんな感じで…」


絵里香はバッグからスマホを取り出してカイトに見せる、魔法少女達のグループLINEにカイトの家、全員集合と書いてあった。


「おい綾奈ァッ!」


茜はすぐに下でマールと遊んでいる綾奈を呼ぶと、中性的な顔立ちの黒髪の少女、綾奈が階段を駆け上がって来る。


「なんだよ?」


「なんだじゃねえよ、あたしらまで呼んだ理由を説明しろよ」


最後にふわふわとした綿飴のような髪型の霧香がお盆を抱えたマールと共に上がってくる。



「きりちゃんもまーちゃんとべんきょーしようかな?」


「え?する?今しょーがくにねんせい?だけど」


「えー!?まじ?あはは!いっしょー!」


2人はとても楽しそうだね…カイトは苦笑しながらも綾奈を見る。


「俺もわかんねえが、カイトが昼に電話をかけて来たんだよ、先生となんか話して急に文書を読まされたんだ…魔王の歌詞だな」


ああ、成る程…それを聞くために態々来たのか…しかも他の魔法少女達を全員つれて?ホウレンソウができていて素晴らしいと誉めるべきかどうか。


「それは確かに意味がわかりませんね…?カイト、説明願いますか?」


絵里香に説明を求められ、カイトは頬をかく。


「しかたないですね」


カイトは山積みの古文書から一つを取って、それを絵里香へ渡す。


「?…ガウガメラの戦い?随分古い本ですね…」


絵里香はパラパラとページをめくり、内容に目を通す。


「内容、読めますか?」


カイトの問いかけに絵里香は訝しみながらも顔をあげ、茜わ青葉も横から本を見る…2人もやはり内容が読めるようだった。2人の視線はしっかりと文書を追いかけいる。


「うちもみたい!」


栞はベッドの上ではしゃぎ始める。


「ああ!栞!そこは僕の特等席だぞっ!!」


いや、私のベッドです…ベッドに寝ている栞に気がついたマールが即座に栞を追い出そうとする。


「たのしそー!きりちゃんもやるー!」


ふわふわな霧香も参戦し、3匹の小猿がカイトのベッドの取り合いを始めた。


「で?カイト、このボロい本がなんなんだ?」


茜は口調の割に几帳面で勤勉な性格をしており、他の古文書にも目を通している。


「あなた達が今読めている本は、古代ギリシア語で書かれているんです…」


パサ…と絵里香は本を落とし、茜も目を丸くしている。


「で、ですがこれ…日本語で書かれていますよ?」


青葉は素早く拾ってページの内容を流し見る。


「…そう見えているんです」


「つまり、冒険者体質の人間は…文字を自動的に知っている字に変換して見ている…と?」


絵里香は本当に察しがいい。


「それだけではありません、言葉も勝手に変換されます…聞くことも、話すことも可能です」


「んなバカな?…」


疑心暗鬼な茜に、カイトはパソコンに向き直り戦術シミュレーションを閉じると適当な字幕映画をサブスクで購入するとすぐさま再生した。


「おい、なんだ?なんでいきなり映画なんて…」


カイトは気にせず早送りで本編を再生する。


「………え?」


不自然に気がついたのは青葉だった。


「字幕があるのに…日本語で聞こえます…」


「設定間違えてんじゃね?」


茜はカイトからリモコンを奪うと設定を手に取り、そして驚愕する。


「なんだこりゃ…」


字幕の表記が日本語で、並んでいるのだ。


「……で、ですがわたしは今日、普通に英語の授業をしていまし…あれ?」


言葉の途中で青葉は目を見開く。


「たしかに、日本語に見えていたような気がする…」


「ええ、事実に気づかないと認識できないようなんです…いや、当たり前すぎて認識する事をしていない…といったところでしょうね」


カイトはそう言ってベッドに目を向ける、さっきまで騒がしかった三人の姿が消えている。


「あれ?マール達は?」


気付けば綾奈の姿もない。


「ついさっきみんなで一階におりてったぜ?」


子供か!…子供だったわ。一回から甘い匂いが漂っているので、おそらく母のケーキ作りを観に行ったのだろう。


「とまあ、そんな感じの発見があったので…確認の為に小回りのきく綾奈に連絡したんですよ…お騒がせさてすみません」


「…凄い発見ですよ?…これ」


絵里香は素直にそう告げた。


「我々は海外でも通訳なしで活動ができる…という事です」


絵里香はやはりそれを考えるだろうな。


「紛争地帯に介入しようだなんてバカな事は考えないでくださいね?」


カイトは絵里香に釘を刺すように告げた、絵里香はギョッとこちらをみた。


「我々は兵器ではない、人間です。だから人の命を守る為に人を殺してはならないんです…我々が命を奪う相手は亜人と魔物だけであるべきです。今は、人間に敵を増やすべきじゃないですから」


「そ、そんなことはわかっていますよっ!」


珍しく絵里香はムキになって怒るとそっぽを向く、おそらく図星だったのだろう、茜と目が合うと、彼女は肩をすくめてみせた。すると一階からマールたちの笑い声が聞こえて来る。


「はー、あたしらも下に行くか?」


「そ、そうですね」


茜は青葉を誘い、部屋から出ようとしたその時。


突如として大きな揺れがカイトの自宅を襲った。


「絵里香はそっち!!青葉はカイトを!」


「わかりました!」「はい!」


大きな揺れを察した茜は即座に大きな本棚の前にたつなり、小さな体で本が落ちないように支えながらも弾けるように2人に指示を飛ばし、絵里香は手近なタンスやクローゼットに触れて押さえつけ、青葉はカイトを掴んで持ち上げるとベッドへと避難させる。


「だいぶデカいな…まだ揺れてる」


カイトは窓の外を見る、振動6か7はありそうな直下型地震に襲われた街並みは特に変わり映えはしない、地震大国である日本では地震対策が徹底されており、想定されている震度の地震ならば倒壊するような事はないだろう、今ならどうにでもなる。


「あん?揺れがとまった?」


あれほどに凄まじい揺れだったにも関わらず、唐突に揺れがピタリと止んだのだ。


「みんな無事!?」


マールが刀の持ち手のような杖を手に2階へ駆け上がって来る。


「やはりあなたでしたか、どうやって揺れを?」


「んっとね、【アースクエイク】をつかって家の周りだけ揺れを相殺した」


そんな事ができるのか?…彼女のいう土属性の初級魔術のアースクエイクは地面を揺らす魔術である。無詠唱で扱え、地中に隠れた敵を炙り出したりするために使われるのだが、マールはそれを咄嗟に使って相殺したというのだ。


「私達は無事です」


青葉はすぐにスマホ端末に目を向けて目を見開く。


「か…カイト…震源…東京ここじゃないみたいです…」


青葉の言葉に全員の血の気が引き、カイトはすぐさまパソコンをテレビに切り替えた。


震源地は神奈川県であり、神奈川県を襲った推定震度は10から11という凄まじいものであった。7から9の耐震対策を施された民家は漏れなく倒壊し、コンクリートは砕け、水道管は破裂、土砂は崩れて絨毯のように倒壊した民家を飲み込んで…そんな光景がテレビに映し出されていた。


「カイト…」


振り返れば、マールの美しい翡翠色の瞳がカイトを真っ直ぐに見つめていた。


「助けに行こうっ!」

次回はもう少し早くできるように頑張ります

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