1の2 日常
日常回です
朝、カイトが目を覚ますと見知らぬ天井が広がりそこで現代の実家に帰って来た事を思い出す。
「朝…?」
まだ頭が微睡の中にある、思えば昨日、朝から走ると言われていた気がするが…。てっきりマールが叩き起こしに来ると思っていたカイトは落胆しつつ起きあがろうとする。しかし、上体を起こせない…何かが身体に巻き付いているのだ。
「ふが…」
その巻き付いた何かの正体はすぐ判明した。昨日、両親の部屋で寝た筈の栗色の少女がカイトにしがみついて間抜けヅラを晒して眠っていた。観れば部屋の扉が開いている、恐らくマールは予定通りにカイトを起こしに来たのだ。しかし、彼女は二度寝を選択したのだろう。
「起こすべきかな…」
起こしたら間違いなく彼女はカイトを外へ連れ出すだろう、そう考えたカイトは迷う事なく二度寝を選択し目を閉じる。
「は!寝ちゃってた!起きろカイトー!!」
儚い夢だったな…マールによって叩き起こされたカイトはこちらに来る際に来ていた白の上下を着せられマール主導の走り込み現代版が行われる。現代だからとマールが容赦することは無くにこやかにカイトの尻を蹴飛ばしながらひたすら走らせる。現代に来て見てわかった事がある。それは、自分の足がかなり早くなっているという事だ。全力疾走を強制されているのだから当然だろうと思われるかもしれないが、それにしたってカイトの脚はこの世界でも十分対応出来る速さを持っている。
「何ヘラヘラしてんだー!!ペース遅いぞー!」
マールの蹴りが容赦なくカイトの尻を蹴飛ばした。そうして1時間後…近所の公園で倒れた少年が発見される。
「しばらく走ってないからすーぐばてばて、やっぱ僕がいないと君はダメだね!」
負荷が足りないのか、マールはどこか物足りない様子で水道から濡らしたタオルを持ってきてカイトの顔にかける。
「はあ…ありがとう…ござい…ます」
カイトは冷たいタオルで顔を拭った。
「そういえばマール、昨日、何を言いかけていたんですか?」
カイトの問いかけに、マールは何か迷うような表情をしてから首を横に振る。
「ううん、なんでもない!朝ごはん食べよ?」
直ぐに行こうとするマールの手を取り止める。
「マール、本当に何でもないんですか?」
カイトは強くマールを問いただす、するとマールは大きなため息を吐き出した。
「昨日の亜人の匂いが気になっていたの、もし、本当にゴブリンだったなら早く対処しないと大変じゃん?」
ゴブリンはコボルト程ではないにせよ強い繁殖力を持っている。もしもマールの言うようにこの現代にゴブリンがいたのならばそれは大変な事になる。
「ひょっとして、朝から走るとか言い出したのはそれが目的?」
マールは頷く。
「うん、近くにゴブリン達がいたらママも危ないじゃん?だから、偵察も兼ねて…」
そう言うことは早めに言って欲しいものだ。
「成る程、では明日から朝のランニングはなしと?」
「ふえ?何言ってんの?朝のランニングは毎日やるよ?ゴブリンはついでに決まってんじゃん?」
慈悲はない…落胆したカイトの尻を蹴飛ばす。
「いった!?」
「休んだら家までダッシュだよ!ほら走れ走れ!!」
「ひい…」
カイトは再びマールに蹴飛ばされながら、自宅へと戻る。
「ママただいまー!!」
玄関で倒れたカイトを無慈悲に踏み越え、マールはリビングの母の元へ走っていく。
「お帰りー!でも先に手洗いとうがいね!」
「はーい!」
パタパタと走って洗面台へ向かう音が響く。
「あれ?マールちゃんカイトは?」
「玄関でへばってるよ?」
「ええ…」
母はリビングから顔を出して玄関で倒れているカイトを見る。
「全く、だらしない…マールちゃんを見習いなさいよ!」
車みたいなスピードで1時間以上走り回らされてから言っていただきたい。
「マールちゃん、カイトの朝ごはんも食べちゃって?」
「ええー!?いいの!?」
「いい、いい、へばってるやつが悪いんだから!」
…理不尽である。
「カイト?あんたいつまでもへばってんじゃないわよ?今日はこの後忙しいんだから!」
「は…はい」
理不尽である、母は玄関でへばっていたカイトを立たせると外行きの服を投げつけ、一緒におにぎりも渡される。
「マールちゃんおいで?お洋服着るよ?」
「えー?それ動き辛い…」
「可愛いんだから動き辛いくらいでいいのよ!」
母はマールを部屋に連れて行き、洋服を選んでいた。さっさと着付けたカイトはリビングでおにぎりを齧りながら待っていると、外行きにおめかしされた母とマールが降りてくる。
「いくわよカイト!!」
「は、はいはい…」
玄関では既に母とマールが待っており、マールはんべっとイタズラに舌を出して変な顔を向けてくる。
「マール、後で覚えておけよ…」
「ふふん?もやしが吠えるじゃん??」
「ほら、喧嘩しないの!」
そう言って母はマールとカイトを外に連れ出すと、玄関から出て直ぐの隣の駐車スペースに停車された軽自動車に二人を乗せる。マールは好奇心を抑えきれない様子ではしゃいでおり、助手席に座ると直ぐに窓にへばりついている。カイトはその背後の座席に座った。
「カイト、マールちゃんにベルトをつけてあげて」
「わかりました…」
初めてのお出かけにはしゃぐマールはベルトを嫌がりカイトの手をべしりと叩く。
「これ嫌い!」
「おとなしく着けましょうね?」
見かねた母が手を伸ばしてベルトを取り付けた。
「はーい!」
まるで幼児のように手を上げながら大人しくなる。マールは母の言うことは良く聞くようだ。こうして家を出たカイト達は最寄りの大型デパートへと向かう。当然、現代日本のデパートなんてマールには初ものであり、賑わう日中の人混みに感激していた。
「人がいっぱい!!カイトの世界ってこんなに人が沢山いるんだね!!」
あちらの世界でも人混みはないわけではないが、これ程混み合った人混みは初めてなのだろう。
「こんなのほんの一握りです、まだまだいますよ?」
「へえー!!」
「二人とも!置いていくよ?」
母に呼ばれ、マールは笑顔でかけて行き手を繋ぐ。
「じゃあ先ずは日用品からね、歯ブラシと歯磨き粉、それから毎日の下着と…」
母はスマホのメモ帳を見ながら買うべきものをまとめたリストをスクロールしている。
「ママ、ずっと気になってたんだけど、それなあに?」
マールは横からスマートフォンを覗き込む。
「マールちゃんにはまだ早いわ?」
母は素早くマールから携帯を離す。
「ええ!?僕、13だよ?あと3年で成人なんだよ?」
必死に食い下がる、正直、マールの年齢は曖昧である。なぜならば、現代よりもはるかに遅い時の流れの中にあるためである。故に現代人よりも遥かに寿命も長くある。外見だけならどう見ても幼児なのだからこまりものだ。
「こちらでは成人は20からでーす!残念でしたー!」
「むむむ!みせてくれてもいいじゃん!意地悪っ!」
マールは頬を膨らませ、ムキになって母の手にあるスマホを見ようとするが、母は頑なにそれを拒否してマールにスマホを見せようとはしなかった。マールもその気になれば力でいくらでも出来るだろうが意識的にそれをしては行けないとわかってはいるのだろう。
「見せるくらいは良いのでは?」
「ダメ!異世界に帰るのに、こんなものに依存させるわけには行かないでしょ?」
母の言葉はごもっともである、ただ、マールは腑に落ちないようだった。
「でも、こっちにいる間連絡が取れないのは困るわねえ…そうだ!代わりに携帯電話は買ってあげる!」
「ママのがいい…!」
マールはまだムキになっている。
「じゃあ買ってあげないわよ?ママの言う事が聞けないならいらないわよね?」
そういわれるとマールに反論はできない。
「うう…」
「ほらマール、いつまでも見苦しいですよ」
次の瞬間脛を蹴飛ばされた。何で?スマートフォンを買ってもらえず不貞腐れて拗ねていたマールだが、デパートを回り始めると直ぐに機嫌を直した。しかし、母も母でマールには激甘な様子でさっさと日用品を購入すればさっさと洋服屋へと向かいマールを着せ替え人形のように様々な服を着せていく。元々素材が良いマールは何を着ても大体似合っている為、着せる服着せる服全てを購入してい
「あ、そうだ…あなた達、毎朝走るんだったら運動用品も見にいく?」
「靴?…靴なら僕はこれがあるよ?」
それはサンダルである。ベルラートでは主流な履き物であり魔獣の皮を編み上げて作られたマールお手製のものである。
「甘いわねマールちゃん、現代日本の靴を甘くみちゃいけないわ」
母の言葉に、マールは鍛冶屋の血を刺激されたのか不敵に笑い返す。
「ふーん?僕よりすごいわけないんだから…」
ビフォー
「カイト!?これすごい!!」
アフター…運動靴を試着したマールはその踏みしめる感触を確かめている。
「…これ、僕達の世界でも作れるかな…」
流石鍛冶屋の娘だけあり、自分でも作れそうなものに関しては異常な勤勉さを見せる。いつになく真剣な顔でスニーカーをまじまじと見つめてその技術を盗もうとしていた、ゴムがあればどうにかなるだろうが…ゼノリコが許すかが問題である。
「カイト、それでいいの?」
母に声をかけられ、我に帰ったカイトも、マールお手製のサンダルと、運動靴の性能差に愕然としていた。大地の感触がそのまま帰ってこないだけでも感動ものである。
「はい、私はこれで大丈夫です」
「じゃあ僕もそれにするー!」
マールは誰かに影響されやすいからかカイトと同じ種類の色違いを選んだ。一緒に運動用のシャツやハーフパンツなども一緒に購入しスポーツコーナーからはなれ、そのタイミングでマールは盛大に腹を鳴らした。
「ご飯にしよっか?」
その足でデパートの最上階へと向かう。最上階には飲食コーナーで溢れており、フロア全体に良い匂いが充満しており、マールの腹の虫が合唱を開始する。
「お腹すいた…」
よだれが垂れ始め、飢えて目が空になってきている。ただ、デパート内の飲食店はどこも高い、少ないが定番でありマールの腹を満足させるものがあるかが不安になる。
「大丈夫よカイト、ちゃんと調べて来てるから」
そう言って母は自信を見せて足を運んだのは、下のエスカレーター側にある海鮮丼の店だった。そのお店のコーナーの入り口には食べれれば無料と書かれた極み天丼なるものがある。ちゃんこ鍋のようなお椀に山盛りのご飯の上にこれでもかと海鮮揚げが乗っている。一杯1万円、十人前と書かれているチャレンジメニューだった、今までクリアできたものがいない為かお代わり自由などという自殺行為な文字が書かれていた。
「これならマールちゃんでも満足できるでしょ?」
母の問いかけにカイトは苦笑する。流石に全部は無理だろう…カイトもそう考えていた、しかし現実は非情である。
「お代わり!!!」
チャレンジメニューの極み天丼、ちゃんこ鍋ののような空の器に二つ目の器が重なった…一週間分の食糧を三日で食い尽くす冒険者が、この程度で満足するわけがないのだ。店主はこの日、お代わり自由などという文字を踊らせてしまった事を未来永劫後悔することになるだろう。
「マールちゃん、まだ食べるの?」
「うん!すっごく美味しい!こんなに食べれて無料でお代わりまで出来るなんて凄いいいお店だね!」
違う、そのメニューは食べられる前提で作られてはいないんだ…そうして律儀に3杯目の極み天丼がやって来る。一杯目の時は目を輝かせていたマールを微笑ましくみていた店員も、今は顔面蒼白である。その後ろから店主らしき姿がある。
「あ、あの…お母さん少し…」
店主が母に渋い顔をしながら語りかけると、意図を察した母は苦笑する。
「マールちゃん、お店のご飯無くなっちゃったから今日はそれが最後だって」
マールは見るからにシュンとなる。
「そうなんだ…残念」
とても残念そうにしながらも、来てから僅かな時間ですでに半分無くなった極み天丼を平らげにかかった。それを見て店主はホッと胸を撫で下ろした。これ以降このフードエリアでお代わり自由のチャレンジメニューは姿を消すことになるだろう。
「はー…いっぱい食べた!」
その小さな体のどこにあの馬鹿げた量の極み天丼が3杯も入るのか。
「満足した?」
「うん!腹6分目って感じ!」
まだ4割も残っているのか…カイトは思わず呆れてしまう。母は立ち上がると会計へ向かった。
「こっちのご飯は栄養価が高いので…向こうよりも満腹感は多いはずなのですが…本当に大丈夫ですか?吐いたりしないでくださいよマール」
「吐くまでなんて食べるわけないじゃん?すっごく美味しかったし!あと3杯は全然いけそう!」
さいですか…母は向こうで店主と話している恐らく極み天丼3杯分の料金を律儀に支払ったのだろう…店主は泣きながら何度も頭を下げていた。
食事を終えたカイト達は母に連れられ、その足で電気屋へ行き子供用の携帯電話を二つ購入してマールとカイトに渡した。
「携帯!!」
先程スマホがもらえなくて拗ねていたマールだったが、買ってもらえた子供携帯がよっぽど嬉しいのか、ずっと抱きしめている。
「あとは晩御飯の食材ね?たくさん買っておかなくちゃ…」
マールの食べっぷりをみて、一日の量を察したらしい。
「うん!晩御飯なあに?」
「そうねえ…今日はオムライスかしらね♪」
自慢ではないが母は料理上手である、カイトは生前、彼女の作るオムライスが好物であった。それを知ってか知らずか…。
「オムライスってなあに?」
マールは興味深そうに聞いてきた。
「ふふ、カイトの好物なの。小さい頃から私の作るオムライスが好きでね?」
「えー…カイトの好物?」
「あら、カイトの好物は嫌?」
「いや…カイトって僕の世界で唯一好みって言った食べ物がクコの実っていうすっごく苦い豆だったから…」
聞いていた母はクスリと笑うとマールの頭を撫でた。
「大丈夫よ、ママを信じて?」
そうしてマールと手を繋ぐ、マールは本当に嬉しそうに頷いた。夕食の買い物を済ませ、あとは帰るだけとなったタイミングで母はトイレへと向かう。
「二人ともそこにいてね?」
トイレの外に置かれたベンチに座って待っていた。
「カイト、ちょっとこれ持ってて?」
マールは唐突にカイトに自分の子供携帯を手渡す。
「?」
今尚大事に抱えていた子供携帯の箱を唐突に差し出してきたことに訝しんでいると、マールは歩いて行きベンチに座っていた男の首を唐突に掴んで絞めあげる。
「がっ!?」
男は驚愕に目を見開き、息ができずにマールの手を必死にタップしている。
「ちょっ…マール!?何して!?」
「このおっちゃん、さっきからずっとついてきてたの」
デパートの中なのだからたまたま一緒の道を通ることはよくあることではある、しかしマールは無表情になり明らかな臨戦体勢で敵意をしめしていた。
「がっ…!ご……」
男は白目をむき、意識が飛びかけているのがわかる。マールはこのままだと殺してしまうだろう。
「マール、やめなさい」
「…ち…わかったよ…」
マールがちらりとこちらを見ると締め上げていた男の首を開放する。
「ぶは!!ゴホッ!ゴホゴホッ!!い、いきなり、な…何をするんだ君達は!?何をしているか分かっているのか!!」
「へえ?人違いだ、とかついてきていた事に関しては否定しないんですね?」
屁理屈だ、カイトは敢えてカマをかけてみた。男はハッと口を開いて目を見開き、わかりやすく反応を示した。
「やむを得ん、対象を確保する」
男ははっきりとそう口にだすと、カイトを突き飛ばしつつ背後にいたマールにつかみ掛かり、そしてその首筋に何かをあてがいバチバチと音が迸る。それがスタンガンだと認識するまでに時間は掛からなかった。
「痛いじゃんか…」
マールは特に動じる事なくスタンガンを浴びていたが、男の両腕を掴んで力づくで引き剥がす。
「がああああ!!!」
急に男が声を上げて痛がり始めた、マールとしてはただ握って引き剥がしただけだが、彼女の常軌を逸した握力で両腕を握られればそうもなる。むしろ握りつぶされていないだけ彼女は本気で握り込んではいないのだろう。
「そこまでよおちびちゃん」
誰かが背後からカイトを羽交締めにして何かを首に当てがいつつマールから距離を取り、マールは人形のように無表情のままこちらに顔を向けた。
「お姉さんそれはダメです、やめたほうがいい」
カイトは物怖じせずに自分を羽交締めにしている女性に忠告する。
「そんなハッタリは効かないわ、おチビちゃん聞こえないの?仲間を離しなさい、お友達がどうなってもいいの?」
ハッタリではない、マールは彼女がスタンガンを使おうものなら確実に彼女を殺害してしまうだろう。
「…マール、大丈夫です。ここは私に任せてはくれませんか?」
マールは一度だけチラリとカイトに目を向けると、大きなため息を吐き出し背を向けてきた。
「良かった、なら場所を変えましょ?本田、いつまで痛がっているの?」
「で、でも姉さん…多分これ、腕折れて…」
「うるさい!!いいからおチビちゃんを連れてきなさい!」
暫くして母がトイレから戻ってくる。
「お待たせー!…あれ?カイト?マール?」
その場にはすでにマールとカイトの姿は無かった。
謎の女性と本田と呼ばれた男に連れてこられたのは1Fにあるフードコーナーだった。カイトの隣にマール、そして向かいに二人の男女がいる。
「それで?私達に何のようでしょうか」
カイトの問いかけに女は懐から何かを取り出して机に置く、それは彼女の警察手帳だった。名前 篠原 楓と書かれた名前の横に彼女の顔写真がある。
「私は、魔法少女保護対策課の篠原、こっちは本田です」
「ほ、本田っす!」
優しそうな顔つきの本田は頭をかきながらにこやかに自己紹介をした。先程マールの首にスタンガンを押し当てたとは思えない人当たりの良さである。そんなふざけた課があるのかとカイトは訝しむが、テーブルの上にある警察手帳は偽物には見えない。
「カイト、カイト!これなに?食べたい!」
マールはさっきあれほど極み天丼を食べたのに店員から渡されたレシピからドデカいパフェを眺めている。カイトはチラリと篠原を見ると、彼女は静かに頷いた。
「コーヒーを三つ、それからこのパフェをください」
カイトは側にいた店員に声をかけてから注目を取り付ける。
「……いきなり呼びつけてごめんなさいね、わたし達はあなたの隣にいるその子のような得意な身体能力を持つ子供を保護する活動をしているの」
篠原の紹介にカイトは首を傾げて見せる。
「…特異な…体質ですか?皆目見当もつきませんね、わたしとマールは遠路はるばる日本にある実家へ帰って来ただけなんですが…」
「…じ、実家?」
本田はそう聞き返して来て不安そうに隣の篠原を見るが、篠原は渋い顔をする。
「あくまでもシラをきるつもりね?さっき、本田を殺す気だったのは見てわかった、あなたのような外見の子が大の大人をしめ殺そうとして…スタンガンを浴びせられてもびくともしない…そんなことあり得ると思う?」
隣のマールが手を掴んできた。
『殺す?』
ぶっそうな事を聞いてきた、マールは先程のことも根に持っていそうではあるが…カイトは首を横に振る。
「子供をつけまわした挙句、スタンガンで襲いかかって来た謎の暴漢二人には言われたくないセリフですね、我々からしたらあなた達の方が非常識でありえないですね」
「結構痛かった」
隣を見ればしっかりスタンガンを押し当てられた首が赤くなっている。篠原はカイトの顔をジッと睨みつけている。
「それは申し訳ないと思っているわ、でも仕方ないじゃない?こちらだって、まさか気取られるとは思わなかったのだから…」
「お昼ご飯あたりからずっとついて来てたよね?」
マールの問いかけに篠原は頷く。
「ええ、私達の保護している魔法少女もみんな大食いなの、だからもしかしたら?と思って後をつけていたのよ」
そこで、本田という男がマールにより襲われ…今に至るというわけだ。
「…あの、さっきから言っている魔法少女とは?」
カイトの問いかけにに篠原は数秒考えてからやってきたコーヒーを一口すすりつつ口を開いた。
「今から数年前、日本の至る所で人型の化け物が現れるようになったの。そいつらは人型をしていても意思の疎通はできず、率先して殺しに来る事」
カイトの手を握っていたマールの手に力が籠る。そう、そんな特徴を持つ生物など、亜人以外に存在しないからだ。篠崎は気にせず続ける。
「その化け物達はどれも強力で、数が多かった。地方自治の警察では歯が立たなかった。そんなある日、化け物と戦える力を持った少女達が現れ始めた。少女達は特異な体質を持っており、外見こそは人と変わらないものの、異常な身体能力を持っていた。そんな特異体質の少女達が…魔法少女よ」
篠原はマールを見た。
「私達はそんな魔法少女達を保護し、彼女達がそんな怪物達と戦えるよう支援したり、あなたのように突発で出現した魔法少女を保護するのが私達、魔法少女保護対策課の仕事なのよ…」
「それで、マールをスカウトしようと近づいてきた…と?」
カイトの返答に篠原は小さく頷く。
「その子はただの魔法少女じゃない。きっと保護している魔法少女達の誰よりも強いだなら…」
「お断りします」
篠原の言葉を最後まで聞くことなくカイトはキッパリと断った。
「魔法少女を保護?程よく一箇所に集め駆除しやすくしているだけですよね?」
本田も篠崎も図星なのか、渋い顔をしていた。
「その怪物達がいなくなったら魔法少女たちの身柄はどうするつもりですか?用済みになった軍用犬達の様に毒を食べさせて屠殺しますか?それとも人類のためだとか言って身体を捌くのでしょうか?…そっちはもう既にしていそうですね?」
「そ、そんな事はしないわ!!私達は…」
カイトは殺意すら籠った目を篠崎へ向けていた。
「あなた方は既にマールや私に手を出している、信用しろと言うのがまず不可能である事を自覚するべきです」
そこで大きなパフェが来て退屈そうだったマールは瞳を輝かせて食べ始める。
「話は以上です、マールが食べ終えたら帰ります」
しかし、気がつけば周囲を彼女の仲間だろう私服警官達に囲まれている事に気がつく。
「あなたに拒否権はない、魔法少女は保護されなくてはならないのよ。」
篠崎はそう告げると、美味しそうにパフェを頬張っているマールに目を向けた。
「マール、彼女達は敵と考えて良いでしょう」
「僕にとっては初めから敵だけどね♪」
マールはパフェを空にして、手にしたスプーンを置き席を立つ。
「動かないで!」
篠崎は直ぐに懐から拳銃を抜いてマールに向けた。
「いいわ、彼女をとらえなさい!」
篠崎が声を張った次の瞬間、コーヒーカップのコーヒーが跳ね上がり彼女の腕を掴むと包み込む。
「な!?…」
コーヒーはほぼ飲んでいた筈だが、篠崎は直ぐに本田を見るが本田もコーヒーカップから飛び出してきたコーヒーに捕まっている。それだけではない、周囲を固めていた捜査官達も全員水に捕まっていた。
「なに…これ?」
篠崎は体に巻き付くコーヒーを引き剥がそうと力を込めるがびくともしなあい。本田も、捜査官達も同じように力をこめているが水の縄はびくともしない、カイトはそんな動けない篠崎の前まで行く。
「魔法少女対策とか言っているのに、本物の魔術は初めてですか?」
カイトは不敵な笑みを浮かべる。
「あ…あなた達、私たちにこんな事をして…タダで済むと…ッ」
「この魔術、捕まえた対象を圧壊させて殺害する恐ろしい魔術なんですよ」
負け惜しみを吠える篠崎と本田に告げると二人は明らかに狼狽している。
「二度と我々には関わらないで頂けると助かります、行きますよマール」
「パフェ、ご馳走さま!」
カイトは踵を返すとマールと手を繋いで歩いて行くと身体を拘束していた水が力を失う。
「し、篠崎先輩?」
ずぶ濡れになりながらも本田は篠崎に顔を向ける。
「…き、規格外だわ…何としても手に入れる。魔法少女を呼びなさい!」
「でも先輩、二度と関わるなっていってましたよ?」
「何を言ってるの!あんな力が使える魔法少女をの晒しにするなんて選択肢は無いわ、それこそ危険よ!」
篠崎はそう言って無線を手にした。
「カイト…あの人達諦めるかな?」
マールは後ろを観ながら問いかけた。
「そんなわけないですね、あの手の人たちは諦めないでしょう」
それを聞いたマールは静かに笑う。
「…そっか」
それ以上、彼女は何も言わなかった。
「…しかしマール、彼女がいうにはこちらの世界に亜人がいるのは確実な様です」
「え…さっきの話ってそういうのだったの?難しくて聞いてなかったや!」
パフェを食べるのに夢中になっていたのもあるのだろう。
「マール、我々が此方にきた時の事、覚えていますか?」
それを聞いたマールは、直ぐに息を呑む。
「…あ…ゴブリン…」
カイトは無言で頷いて見せた。
「なら、戻ってあの人達に協力した方が良くない?」
「いえ…それは次の機会にしましょう」
カイトが篠崎ならば、どう足掻いてもマールという強力なコマは欲しくて仕方がないだろう、次は確実に魔法少女とやらをマールにぶつけてくる事は間違いない。
「もしかして冒険者だったりしてね!」
マールはそんなことを笑いながら口にした。
「笑い事ではありませんよ?複数人の冒険者を同時に相手しなければならなくなる可能性があるんですよ?」
そんなカイトにマールは不敵に笑う。
「こんな生ぬるい世界で育った冒険者が僕に勝てると思うの?」
それは、ごもっともではある。
「何事にも油断は禁物ですよ」
「あはは、わかってるよー!」
そこで、マールはハッとなり、みるみる顔が青くなっていく。
「?どうしました?やはり心配が?」
カイトの問いかけにマールは首を横に振りながら震えた声で口にする。
「ママ…置いてきちゃった…」
「………あっ……」
すっかり忘れていた。案の定、母からの鬼電がカイトの子供携帯に死ぬほど掛かってきていた。カイトが折り返すと母は秒で出るなり、しこたま怒鳴られた。記録の途中でもしこたま怒られたものの、マールは隠さずにあった出来事を話すと母は理解し許してくれた。
「話はわかったわ、あなた達の世界にいる亜人って化け物がこの世界にも来てると…亜人ねえ」
半信半疑にききながら、開放型のリビングで鶏肉を焼きつつ母が復唱する。
「ママ!信じて!亜人はすっごく危ないんだよ!であったら殺されちゃうんだから!!」
マールは大袈裟に体を使って可愛らしく危なさを表現している。うん、可愛いね。母はそんな必死なマールを微笑ましく見ていた。
「我々の世界でも亜人は人類の脅威となっており戦争状態になっています。彼等との対話はほぼ不可能です」
カイトが補足し、母は頷く。
「で、この世界で亜人に対抗する警察の人達があなた達に接触してきたと?…」
「うん、僕がすごい力をもった魔法少女だから一緒にこいとかなんとか…」
「アニメや漫画の中の魔法少女とは違うのよね?」
「ただいま!」
そこで玄関の扉が開け放たれ、父の声が響く。
「パパだ!」
すっかりマールは父をパパと呼ぶ様になっておりパタパタと走って出迎えに行く。
「お帰りー!」
「おおマール!ただいまー!」
おかしい、今まで聞いたことの無い威厳ある父の甘い声がしてくる。そうして、リビングにマールを抱き抱えて入ってくるとその顔は最早デレデレである。
「この人、実は娘が欲しかったみたいなのよ」
「悪かったですね!生まれたのがダメ息子で!」
何年振りかの一家団欒、そこには笑顔と暖かさに溢れていた。マールもすっかり両親に懐いており、両親も両親でマールを実の娘の様に猫可愛がりしている。
「あ…訓練しなくちゃ…」
父とベタベタしていたマールは急に服を脱ぎシャツとパンツ姿になる。
「こらマール、男性の前でそんなに無防備に下着姿になるんじゃない」
父もマールを叱る、もっと言ってやってくれ。
「でも汗だくになっちゃうし…パパとカイトしかいないからいーじゃん…」
「汗だく…?そういえば訓練とか言ってたな」
「見ない方がいいですよ?マールの訓練は理解できない次元なので…」
カイトはそういいながらテレビをつけ、ニュースを眺める。いつもの様な事故や世界の情勢がながれだす。
「ん…んん…?」
父は訝しんでいたのだが、次の瞬間全てを理解した。マールは唐突に天井に張り付き蝙蝠の様に天井にぶら下がる。
「ま、マール…それどうやってるの?」
「ん?パパもやってみる?めっちゃ疲れるよ?」
誘うな!
「ふむふむ、こうかい?」
「そうそう、それで手のひらにこうぐっ!て力を意識してえ…」
やろうとすな!
当然ただの人間にマールの謎訓練ができるわけがなく…。
「おお、少し出来た!」
「パパすごい!!」
マジか…カイトは見ると、壁に張り付いて握ってもいないのに体を持ち上げている父の姿があった。
「………まさかね?」
カイトは目を凝らして父を見る、その頭上に数字はなかった、しかし、何かを察知したマールは唐突に床へおりる。
「カイト!!パパとママを!!」
脱ぎ捨てた服を手早く着込み、ベルトに下げたステッキを手に取ったマールは直ぐに窓から飛び出した。カイトはマールに言われた通りに父を母のいる剥き出しのキッチンの内側へ追いやる。
「カイト…?」
「マールはどうした」
「二人とも身を低くしていてください、何があっても出てこないように」
カイトもマールを追いかけて外に出ると何かが庭の柔らかい地面に落ちる、それは可憐な少女であった。
「ギャッ!!!」
どしゃりと嫌な音が響き、その腹にマールが落ちて来て踏み潰したり
「ぐっ…え!!」
鳩尾を深々と抉られ、気を失ったのかそのまま動かなくなった。
「何者です?」
カイトの問いかけにマールは目を向ける。
「みればわかるよ」
こっちをみながら眉間を指差した、カイトはマールの指示通りに眉間に力をいれると少女の頭上に数字が浮かび上がる。
「やはり、冒険者でしたか…つまり彼女が」
「うん、魔法少女って呼ばれてる人たちだね。ただのスカウトじゃんね」
マールはケラケラ笑いながら立ち上がる。数字は一桁であり、蘇生すら出来ない小さな数字である。しかもスカウトにも関わらず偵察用の装備や短剣や片手剣すら持っていない。
「ふう…仕方ないですね、マール、一緒に来てください」
「了解」
庭からそとにでると、そこには二人がいた。
「…うそ、魔法少女…いや、青葉をどうしたの?」
「スカウトなんかで僕が捕まえられるわけないじゃん、お姉さん…」
「す…スカウト?」
「あの子の神託です、まさか、魔法少女だなんだと大層な呼び名をつけておきながらそんなことも知らないのですか?」
篠崎は口を開ける。
「いいですよ、あなた達に協力してあげましょう」
「え?そんなにあっさり?」
「ただし、私の家族に手を出さないこと、それと魔法少女達全員の身柄と人権を保証すること…そして、我々の邪魔をしない事が条件です」
「あなた、自分が交渉できる立場にいると思うの?」
「交渉ではありません、我々が手を貸す条件です。守れないなら手は貸さないし、あなた達の保護という名目で確保している魔法少女…いいえ。冒険者達は全員こちらで身柄を確保し、私の国に連れ帰ります。亜人達の対処はあなた達が身をもってすれば良い」
「あ…じん?…冒険者?…あなた達は何を言って…」
「今日のところは帰って下さい、明日、我々からそちらに行きますので…できれば、家の敷地に勝手に入ったスカウトも連れ帰って下さいね」
カイトはマールの手を取ると玄関から帰って行った。
「……あの子達…何者なんですかね?」
本田の問いかけに、篠崎は口惜しげに歯を食いしばる。
「知るわけないじゃない…撤収よ」
篠崎の言葉で、周囲の警戒に散っていた捜査員達が解散する。
「カイト、全員帰っていったよ?」
念の為玄関に待たせていたマールはにこやかに告げながらリビングへ戻ってきた。
「やれやれ…」
前途多難、明日からは面倒ごとになりそうだとカイトはため息を漏らした。
「とりあえず…オムライスをたべましょう…ね」
好物のオムライスを食べてから考えるとしよう…
今回はため回次回から動きます




