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2の7 オーク掃討作戦

お待たせしました!長いです!

カイト達が出撃して直ぐ、唐突に転生者の少女ユズが立ち上がる。


「これは不味い!実に不味い!」


ユズは女の子はしてはならない顔で奇声を挙げると、すぐさまベッドに寝かされているマールに駆け寄りその手を取った。


「ちょ、何してんのユズ!やめなさい」


シホがユズをマールから離そうとするか、ユズはテコでも動かない、普段の非力な彼女とは思えない力でマールの手を握っていた。握られているマールは怪訝な顔をしていたが、ユズが予言を告げるとその表情が変わる。


「勇者様!どうか指揮者の側へお行きくだされ!…このままでは指揮者は死んでしまいます!」


「ユズ!なにっ…バカ!」


シホは渾身の力でようやくユズを引き剥がした。


「ごめんなさい勇者様!」


シホは深々と頭を下げたが、先程まで衰弱していたはずのマールは素早く起き上がる。


「クウ、カイト達はどこに行くって?」


マールは不調だとは思えない軽快な足取りでスタスタと歩いて窓の外、馬車の上に立つクウに声をかける。


「え?…マール?」


クウは唖然とした表情でマールを見ていた、クウはマールが戦える状態では無いのは知っている。そのマールが真っ白な顔をしたまま、立って声をかけて来ている。


「教えなさい、早くっ」


マールは怒鳴る体力もないのか、または、怒鳴る体力を使いたく無いのか、そんな声色で声を張った。クウはマールの気迫に根負けし、口を閉ざしたまま肩の力を抜くと遥か彼方を指を差した。


「おっけー、ありがと」


マールは二階の窓から飛び出ようとするが、誰かが肩を掴んで引き止める。


「まてマール、君がしているのは自殺行為だ」


ギムルだった、彼は黄金の瞳を瞬きさせマールの肩を掴んで引き寄せると、振り向かせる。


「ボクが行かなきゃなんでしょ?ユズ」


マールは実に気怠そうにユズに流し目を送る。


「はい、行くのは勇者でなければならないと告げておられます…」


ユズの言葉にマールは一瞬吐きそうに口を押さえてえづくそぶりを見せるが、直ぐに肩を掴むギムルの手に優しく触れた。


「最前線で疫病が蔓延した時に比べたら…まだ平気…なんとかなるよ…」


「君というやつは…」


ギムルも根負けし、ゆっくりマールの肩から手を離すと、医療バッグから一つの木の根を取り出してマールへ差し出した。


「魔力減退の効果がある毒草の根だ、一口で大幅に魔力を失うと言われている。この森では数分も効果は続かないだろうが…君にやろう」



「ありがとう、ギムル」


マールは根っこを受け取ると、それを躊躇なく口に放り込み咀嚼する事もなく飲み込むと踵を返してそのまま窓から飛び降りて馬車の屋根に落ちる、彼女は身軽な自身な体重を支える力もないのか、ヨロヨロしながら地面に転がり落ちると、馬車の中へ入っていく。そして長く大きな大剣をいつものように襷掛けして出て来た。


「マール!ダメです!行かせませんよ!」


シイロが慌てて屋根から降りて来てマールを止めようと立ちはだかる、しかしマールは聞かずズイズイと歩み寄ると、邪魔をするなと言いたげに睨みつけられ、シイロは何も言えずに口を閉ざしながら身を引く。


胃の中が空っぽなマールはヨロヨロとよろけるが、すぐに両手で頬を叩き気を引き締めるとその瞬間、姿が消える。凄まじい速さでカイト達の方向へ向かって行った。途中すれ違う武装オークもいたが、マールはその悉くを瞬時に真っ二つにしながら駆け抜けて行った。


一方カイト達はアルヴヘイムの街の中を駆け回っていた、石畳の街の中は火に包まれており、至る所に武装オークが松明を手に歩き回りながら、家屋に火をつけ、目についた逃げるエルフを容赦なく斬りつけ、殺害して回っていた。


「はあああ!!」


エルフを探して歩き回っていた単独のオークの頭をガルーダが一太刀で跳ね上げた。


「右に3体!エレーネ様、シュウさん!」


「御意!」「わかりました」


カイトの指示で右に向かう2人、シュウは目の前のオークに隣接するなり武装オークの空いた喉元を一突きで貫いて一体の息の根を止め、即座に引き抜いて距離を取る。


「はああああ!」


下がるシュウと入れ違うようにエレーネが頭の上で両手斧をブンブン振り回しながら飛び込むとその背後で呆然としていた2匹のオークにも襲い掛かる、1匹のオークの上半身を一撃で跳ね飛ばし、反応する暇も与えずに振り下ろした斧で2匹目のオークの頭を兜ごと叩き潰した。


「はああああ!!」


ガルーダはたまった鬱憤を解消するかのように道ゆく武装オークの集団の中に飛び込み片端から切り裂きながら切り抜け、前へ前へと突き進む。


「ガルーダさん!少し息を整えましょう、周囲警戒をしつつ、離れすぎないように願います!」


「わかっている!」


熱くなりすぎる傾向があるガルーダを諌めつつ、カイトは足を止めると、足元に横たわるオークの亡骸から兜を拾い上げた。


「ふむ…成る程」


オークの兜は青銅により造られていた。この世界の製鉄技術はカイトのいた世界のそれとは大きく異なっており、ただの青銅であってもとても頑丈な造りとなる。この世界の鍛治師の打ち上げる鎧や剣は、現代の銃器では簡単に撃ち抜く事はできないだろう。それほどに高い技術が練り込まれているのだ。で、あるにもかかわらず亜人たちの身につけた鎧の材質や作りは実に雑で大雑把である。見てくれは堅牢に見える鎧でも、その板は薄く、脆い、その上視認性が非常に悪いのだ。先程、エレーネの襲撃にオークたちが素早く反応できなかったのは、視認性の悪い兜による弊害であろう。胸当てはガルーダの斬撃により簡単に切り裂かれている、ガルーダの剣撃は確かに鋭く、並の鎧などバッサリ切り裂いてしまうのは間違いないだろう。だが、一般に流通されている鎧なら【こうはならない】カイトはオークたちの身につけた鎧が、粗悪で低品質な材質により乱造された鎧である事を見抜く。


「カイト殿、どうかしましたか?」


足を止め、オークの死体を確認しているカイトにゲイルが声を掛け表情を伺ってくる。ゲイツも側にやってきて、アンネマリーと共に周囲を警戒した。


「皆さん、集まって下さい!」


カイトの指示で周囲に散っていた三人が集まってくる。場所はおそらく街の中央に当たる大きな通りである、周囲には無惨に切り捨てられ殺害されたエルフ達が死体の道を作っている。やってきたカイト達に倒されたオークとは別に、エルフの反撃に遭い倒された武装オークも転がっている、どうやらエルフ側にもまだ戦力は残っているようだ。エルフの亡骸に武装しているエルフの姿は見受けられない事を見ると、この街の守備を担うエルフ達の実力は相当なものなのだろう。


「ガルーダさん、オーク達の強さはどんな感じでしたか?」


「…率直に言うなら弱い、小柄で反応も鈍く、まるでゴブリンを相手しているような…そんな感じだ」


ガルーダは上がった息を整えながらも剣に付いたオークの血液を地面に振り払う。


「確かに、武装は物々しいですが、ベルラートで戦うオーク達と比べると…弱く感じます」


エレーネも頷き、シュウも同じような手応えに困惑を浮かべ、そして自分達の来た道を振り返る。


「酷い事を…亜人に街を襲撃されるとこうなるのですか…」


エルフ達の亡骸には女、子供、老人、生まれたばかりの赤子や寝たきりの病人まで、容赦なく路上に引き摺り出し悉く殺害され、広い石畳みの至る所に野晒しにされていた。エルフ達から流れ出る血液が赤い川を形成しており、それはどこまでも続いていた。シュウは懐から数珠を取り出し、道に散乱したエルフ達の亡骸に念仏を唱えながらも手を合わせる。


「亜人は人に情け容赦は無いとは聞きいてはいましたが、これ程…なのですね」


いずれ王となる使命を持つエレーネも、しっかりとエルフ達の亡骸を見てその光景を焼き付けようとしている。


「お父様が…何故自らの生命を犠牲にしてまで民草を守ったのか、少しわかった気がします」


こんな光景は繰り返してはならない、エレーネはそう決意を決めると、ギリギリと鋼鉄のミトンに包まれた右手を握り込んだ。


周囲に安全を確認したカイトは、側に横たわるオークを仰向けに転がして身につけた装備を外し、裸にする。


「ゲイツさん、ゲイルさん、なんでも良いので周囲からオークの死体を複数体集めて下さい」


「え!?」


「ほら行くぞ!」


ゲイツは嫌そうに顔を顰めるが、ゲイルは気にせず死体を集めに向かった、カイトが何をするのかを察したアンネマリーは素早くエレーネの側に行き後ろを向かせた。カイトはそんな対応に苦笑しながら腰のダガーナイフを抜くと、裸に剥いたオークの死体を開く為、胸の胸骨の下から刃を入れ、ゆっくりと下に下ろして肉を開き、中を見る。


「ふむ…」


カイトはその時点で違和感に眉を動かす。


「どうかしたのか?」


ガルーダは特に気にせずカイトの解剖を覗き込む。


「以前解剖したオークとはだいぶ肉質が違います…」


以前、ベルラートで依頼をこなした際に仕留めたオークの亡骸を解剖した事がカイトにはある。その時の記録は亜人図鑑にしっかりと書き込んでいる為、データに狂いはない。カイトは図鑑に自らが書き記した通常のオーク達の情報を見ながら小柄なオーク達の体内を観る、やはり通常のオーク達とは異なり、この小柄なオーク達は肉質からして違っていた。筋繊維が強固な本来のオーク種は、並大抵の刃では体内まで通らない。このビルドお手製のダガーナイフですら、屈強な筋繊維の繋ぎ目を沿うように斬らなければ断ち切れないほどの密度をもっている。カイトはゲイツとゲイルが集めてきた他の小型のオーク達も横に並べてもらい同じように鎧を剥がすと、最初のオークと同じ様に胸から刃を入れてまっすぐに腹を割き、中を確認する。


「やはり…ですか…」


カイトの思った通り、この小型のオーク達はそのどれもが、体内に病や、外見的、能力的な障害又は奇形などと言った欠陥をもっている。これが示すのは、基準に満たなかった落ちこぼれだけを集めた部隊であると言うこと、やはりこのオーク達の役割は…。


「捨て石作戦ですね」


切り裂いた腹を軽く縫合しながら漏らしたカイトの言葉に、全員が唖然とする。


「捨て石…?ですか?」


エレーネに見せないように壁になっていたアンネマリーは信じられないと言った様子で顔を向け、カイトは頷いた。


「数体の中を開いてみてわかりましたが、このオーク達はどれもが奇形や病気による弊害で基準値を満たせなかった個体ばかりであるようです。肉質も柔らかく、通常のオーク達のように刃を通さないほど発達した筋繊維は見受けられませんでした。手足も細く短い…間違いなく、捨て石にはもってこいな人材と言ったところですか…」


「お、オーク達は平気でそんな事が出来るのですか?」


ゲイツの問いかけにカイトは頷く。


「オークではなく、彼らを統括している顧問でしょうね。実に厄介な司令塔がいるようです、敵にも味方にも容赦がない」


カイトは、未だ見ぬ魔王軍の指揮官の存在に警戒心を募らせる、


「これがどう言うことかわかりますか?」


唐突なカイトの問いかけに、その場で集まっていた全員が首を横に振る。


「敵は、基準値に満たないオークで軍隊が出来てしまうほどに、オークを大量に繁殖させ、戦力を整えている…という事です」


カイトの言葉に全員が蒼白となる。


「オークの繁殖方法も気になるところです、ゴブリンのように多様な人種の女性を大勢拉致し、孕み袋にしている…なんて事がなければよいのですが…」


このメンバーに最前線の情報を知るものは居ない、唯一経験者なマールがいればある程度は生態がしれたかもしれないが、今、彼女に頼るのは望み薄である上にそのためだけにわざわざ戻る余裕はない。


カイトは改めて視界の至る所に散乱するエルフの民間人達の亡骸が横たわる光景を眼にする。いくら捨て石と言えど、相手が民間人ともなれば充分な脅威であろう、事実この通りで、その成果は絶大である。カイトの視界に遠方から投げ込まれた鉄球によって潰された、物見櫓の塔の残骸が映る。この国唯一の抵抗手段をピンポイントに狙い、民間人への攻撃のみを指示し、送り込んだ捨て石オーク達の落下傘特攻…実に鮮やかな戦法だ。カイトは素直に敵の司令塔を賞賛する。


「敵はなんのためにそのような作戦を?」


ゲイツは怒りに声を振るわせながら吐き捨てるように呟いた。


「エルフ達にいつでも攻撃できるという事を知らせるためでしょうね」


カイトの返答に、ゲイルは目を丸くしながら此方を見た。


「か、カイト殿は敵の心意がわかるのですか?」


「え?あ、いえ、私が敵ならどうするか…と考えているだけですのであまり正確ではないとおもいます」


カイトはゲイルの問いかけにやんわりと返した。


「しかし、そのような事をすれば、エルフ達も戦争に意識を切り替える、警戒を強めるのでは無いか?」


ガルーダの言葉にカイトは頷く。


「はい、そうですね」


「この馬鹿げた規模の街だ、エルフの総人口は砂の国以上だ、ともすればその大量の人材を戦力にしてしまう可能性があるのではないか?」


ガルーダの指摘にカイトは首を横に振る。


「それこそが彼の狙いなのだとしたら?」


カイトの静かな問いかけに、ガルーダは目を丸くする。


「バカな…?なぜ?」


そんな声を漏らしながら動揺に瞳が揺らぐ、そんなガルーダにカイトは静かに語り出した。


「簡単ですよ」


カイトはそう言いながら遥か遠方に聳える馬鹿でかい大樹を指を差した。


「亜人達にとって、あの木が放出する魔力は、一番の城壁となっているのです」


カイトはにこやかに語る。


「今回の作戦を指揮した魔王軍の顧問は相当に狡猾で有能です。いつでも襲撃が出来るのだと言う事実をエルフ達に突きつける事で、エルフ達の意識を強引に戦争へ向けさせようとしています」


カイトは捌いたオークを簡単に縫合しながら話を続ける。


「戦争の意識の根付かないこの世界でも数の優位は揺るがない、ガルーダさんが口にしたように、数が揃えば優位である…エルフ達もそう考えるでしょうね」


「む…今私は遠回しにバカにされているか?」


ガルーダは首を傾げながらカイトを睨みつけてきたが、カイトは苦笑しながら首を横に振る。


「い、いえ…厭戦機運が高まれば、多少の不都合があろうと、敵を撃退すべく動く事になる…あの木の庇護が受けられない場所だとしてもね」


カイトの話を聞いていた全員は顔を顰めた。魔王軍の顧問が何をしようとしていたのか…本能的に理解したからだ。


「敵の指揮官は戦場の主導権を握ろうとしているのです、自分達が得意な戦場に、エルフの大部隊を引き込み…纏めて叩くつもりなのでしょうね。つまり、敵指揮官の狙いは野外での決戦にエルフ達を引き込む事です」


しかしカイトはそう言いながらも考えるような顔をしている。


「まだ、なにかあるのですか?」


シュウの問いかけにカイトは顎に手を触れる。


「狙いが大決戦なのだとしたら、手緩いと…感じます」


「て、手緩い??これだけの被害をだしているのにですか?」


アンネマリーは絶句した、ただそんなアンネマリーの問い掛けにカイトは頷く、そして冷静に考えを口にした。


「私が敵側なら三の太刀まで用意します。落下傘降下による電撃作戦とは、本来敵にとって最重要な拠点を叩くという目的とともに、敵の注意を頭上に向けさせることにあります…敵は叩ける時に徹底的に叩け。たとえ捨て石であったとしても、敵の防衛手段を叩き、街に火をつけ、逃げる民を斬獲する。その混乱の最中に本命の大部隊を敵陣の動脈投入する事で大量の出血を強要します…ですが」


そこでカイトは息を呑む。


「まさか…」


敵はあえて手緩い攻撃を加え、倒させる事で…オークとは、亜人とは、弱いものだと誤認させる事が狙いなのではないか?そもそも、落下傘降下による電撃作戦のセオリーを、亜人との戦争しかしらないこの世界の人間達が知るわけがないのだ。


最前線での戦闘を見るに、亜人との戦争は純粋な数と力によるぶつかり合いで行われており、そこに戦術は存在していなかった。


その1番の原因は、個で群を蹴散らせてしまえる圧倒的な力を有したA級冒険達の存在である。彼らの前では策は無意味である…そう考えてしまえる程に圧倒的な力を見せつけ続けてしまっていた。だからこそ純粋な力のぶつかり合いにこの世界は慣れ過ぎてしまった。

最前線で戦い続けた冒険者達でこれならば、同じ期間安全な森の中で引きこもり闘いを避けてきたエルフ達を戦場に引き出すには…仮初の勝利という美酒が必要となる。


「カイト様!!」


脳裏をよぎった不穏な気配を口にしようとしたところで、エレーネが声を張った。


そちらに目を向けると武装オークの集団が此方に向かって来ておりカイトは思考を切り替えた。


「休憩は終わりだ、行くぞ!!」


ガルーダは剣を抜き放ちながら駆け出し、その後ろをエレーネとシュウが続く。三人は向かって来た武装オークの集団を瞬く間に制圧し、息の根を止める。


「よし!次だ!」


「その前に一度、攻守を切り替えます。前列を重装部隊に、遊撃隊は後列に」


カイトの指示で重装備部隊が前に出ていく。


「ガルーダ殿は少しクールダウンしていて下され」


すれ違いざまにゲイルが彼女の肩を軽く叩くが、不満げな顔をしたガルーダはまっすぐにカイトに詰め寄る。


「カイト!何故下げた?我々は先程休憩したばかりだぞ!」


カイトは胸ぐらを掴まれる、小さなカイトの体は軽々とついてしまう、しかしカイトは胸ぐらを掴まれたまま涼しげに答えた。


「ぐっ…ぐるじい、も!勿論、温存のためですよ!」


本音を言えば戦闘により高揚しやすい悪癖をもつガルーダのクールダウンも含めている。勿論それだけではない、カイトにはそれ以上に最大戦力になる遊撃部隊を温存しておかなければならないという予感がしているのだ。


「今の最大戦力はあなたです、ガルーダさん。わたしはここにマールがいたとしても同じ選択をして攻守を入れ替え、温存を指揮します」


マールの名を出すと、ガルーダは肩から力を抜き、カイトを解放して素直に従った。まあ、マールがその指示に従ってくれるか否かは定かではないが。

こういった状況の時は恐らくだが素直に従ってくれそうではある。


「はっはっは!弟よ!アンネマリーよ!我々の出番ですぞ!」


「はい!」「腕がなるね!兄さん!

重装部隊はアンネマリーを中心に、右を恰幅の良いゲイル、左を身長の高いゲイツで横隊に並び隊列を整えると、早過ぎず、遅すぎないペースで駆け出した。


「前方、オークの一団がいます!!」


走り出した重装部隊は、前方に数十からなりオークの集団の姿を確認するなり、真正面から突入した。


盾を構えた三人は、まっすぐにオーク達に体をぶつけると、勢いと力で強引に集団を押し返す。オーク達は勢いに押されて引きずられ、そのまま転倒し、尻餅をついたオークは次の瞬間には力強く突き進む重装部隊に身体中を踏み砕かれ死に至る。中には小賢しく横をすり抜けたオークが何匹も居たが、そんなオークは後方からかけて来た遊撃隊に斬獲され、死体として石畳に加わった。


「兄さん!あっち!!」


ゲイツは声を張ると走りながら体をアンネマリーに密着させ、アンネマリーも力を隣のゲイツに流しながら密着する、ゲイルはその力を受け止めつつ方向を変えた、驚くべき事にゲイツ、ゲイル、アンネマリーは独自の経験値と発想で、ファランクスの隊形のまま走れる様になっていた。


オーク達はまっすぐにファランクスを組んだまま突っ込んでくる重装部隊に反撃の糸口を掴めぬまま、押しつぶされ踏み砕かれてその命を散らしてゆく。


「まさか…いつのまにかファランクス・ランを習得していただなんて…」


ファランクス・ラン、それはカイトの世界に於ける紀元前に存在したスパルタと呼ばれる戦士達が、敵の軽装騎馬弓兵に対抗する手段として編み出した戦法の一つである。防御体型のまま走って距離を詰める戦法はいままで多くあったが、ファランクス防御隊型のまま走るという脳筋の発想はできても実行に移せるのは、スパルタ位の存在だと考えていた。それを目の前で誰に教わるでもなく本能的に実行してしまえるこの異世界の冒険者と呼ばれる存在に驚愕する。


「はあああ!!」


当然、それだけには収まらない。正面からかけてくる重装部隊を目視したオークの一団には、即座に細かく2隊に分かれて中央をあけ、分散する事で重装部隊の突撃をやり過ごそうとするもの達もいた、だが、そんなオークの行動を見るなり、中央を走るアンネマリーが速度を緩め、ゲイツ、ゲイルは前に出るなりアンネマリーの隙間を即座に詰め、2人でファランクス隊型を作る、アンネマリーは素早く盾を背中に回すと長い槍を両手に持ち変え分断して別れた別の部隊へ一直線に襲いかかった。アンネマリーは重装部隊の中でも攻を担える突出した実力を有している。ゴブリン達の孕み袋にされるという不幸に見舞われる事さえなければ、彼女は高ランクの冒険者として今も最前線で活躍していた事だろう。それ程に彼女の冒険者としての才覚と技量は優れていた。特に彼女が扱う長槍の技術は突出しており、細腕で華奢な彼女の外見からは想像できない程に絶大な威力の突きを放つ。彼女の槍にとっては、小型オークの纏う粗悪な青銅の鎧など紙屑も同然である。


アンネマリーの槍は易々とオークの鎧を簡単に突き抜けると背中まで貫通する、それどころかオークの胸から上がその突きの威力と衝撃に耐えきれず、千切れて飛んでいく。


アンネマリーは残心する事もなく、そのままの姿勢でその背後で纏まって怯み足を止めていたオーク達にも襲い掛かると、残りのオーク達を一瞬で殺害して見せた。別れたオーク達の間隙にファランクス隊形のまま突撃したゲイツとゲイルに正面で避け損ねたオークに思い切りぶつかる。小型オークは、トラックに跳ねられたかのような勢いでオークは進行方向へ吹き飛んでいき、地面に叩きつけられる、当然瀕死で身動きが取れないオークは勢いをよく走ってきた2人に絶叫しながら踏み砕かれて生命を散らす。別れたもう片方の分隊は、後に続く遊撃部隊(主にガルーダ)がこぼす事なく斬獲していく。


「マリー!こっちだ!!」


ゲイツが声を張ると、アンネマリーは即座に反応して駆け出しながら、手にした長槍を背中に回して大盾に持ち変え、走る2人の間に入り込むと再び三人で元からそうだったかの様に自然に三人のファランクスの隊型を形成しつつ、目視できるオークの集団に飛び込むと次々と跳ね飛ばし、押し潰し、踏み砕いてゆく。哀れなり、オーク達はただただ走る三人の重装兵に蹂躙され、しまいには走りながら突っ込んでくるファランクス集団に恐れ慄き、不様な逃走が始まる。こう慣れば最早総崩れとなるだろう、一体が武器を捨てて逃げ出せば次々と小型オーク達は武装を捨て逃げ始めた。


「逃しませんぞおっ!!」


だが、逃走は許さない。ゲイルは一喝、同時に三人は足を止め、動きを揃えながら、背を向けたオーク達の背中目掛け右手に持った槍を投げつけた。三人の放った槍は見事な放物線を描きながら、走っていたオーク達の背中に突き刺さり、倒れたオークは二度と動く事はなかった。


「カイト様!!」


不意にエレーネが何かを見つけて叫んだ、エレーネの目線は正面の遥か先を見ており、そこには革の軽装備を身につけた武装したエルフの一団がおり、先に逃げたオーク達を次々始末している姿があった。


「!!!」


エルフの一団も此方の接近に気づいた様子で何かをさけんだ。恐らく止まれと言いたいのだろう。その証拠に背後のエルフ達は弓矢を此方に向けている。


「不味い、エルフ語が出来るギムルを連れてくるべきでした」


今にも矢を放とうと引き絞るエルフ達に対してカイトは前に出て行き、わかりやすくダガーナイフを捨てて見せる。


「私はカイト!水の国ベルラートから使者として来ました!」


人の言葉に意味があるかはわからないが、一先ず叫んで見た。そんなカイトに、エルフの一団はお互いに顔を見合わせてから判断を仰ぐかの様な言葉を後ろに向ける、すると、一団の中をかき分ける様に隊長らしき者が前に出てくる、革の鎧に固めた一団とは違い、煌びやかな銀色の鎧で身を硬めていた。そんな風貌の青年はカイト達をジッと見回すと、右手を掲げてからゆっくりと下ろした。それを見たエルフの一団は構えていた弓矢を一斉に降ろす。


「ベルラートの使者とやらがこんなところで何をしている?」


エルフの青年は流暢な言葉遣いで人語を話した。


「こちらの言葉がわかるのですか?」


「聞いているのは私だ、私の質問に答えろ」


エルフの青年は、冷徹な態度を見下すように問いかけ、彼の後ろにいる兵士達が身構える。


「我々はベルラート王より、アルヴヘイムの王へ密書を届けるよう指示され向かっている道中でした、突如飛来した武装オークの襲撃に遭い、現在は逃げ遅れ、隠れていたエルフの民を、この先に臨時で設営した拠点に誘導しつつ、街道のオークを倒しながらここまで来ています」


カイトの言葉にエルフの青年は訝しむような顔をする。


「という事は貴様らはパラソーの道を通り、南からやって来たのか…?この道の先にあるパラソーへ続く道は摩訶不思議な力をもった集団に封鎖されていたはずだ」


エルフ達は、ギフトを持つ転生者達の事はそう認識していたらしい。


「パラソーの馬車道を封鎖していた集団なら排除し今は安全を確保されています」


カイトの返答に、青年エルフは肩から力を抜いて手にしていた剣を鞘に戻した。


「成る程、大体わかった」


青年はそういうと、背後で武器を構えたエルフ達にハンドサインで待機を解く様に命じると、弓矢を下ろしても身構えたままだったエルフ達は一斉に警戒を解いた。


「救援に感謝する、お互いの情報を交換しよう!」


青年の提案にカイトは頷き前に出て行き、エルフの青年と向き合う。


「我々は最西の駐屯部隊だ、運良く鉄球の攻撃から逃れ、降って来たオークの集団を狩りながらここまで来ている」


その言葉にカイトはパラソーで手に入れたアルヴヘイムの地図を取り出すと、青年に見える様に石畳の上に広げ、青年も屈みこんで地図を観る。


「私たちはパラソーからここまできています、ここがどのあたりか分かりますか?」


カイトの言葉に青年は素早く指をさす、カイトはその指の位置に木炭で印をつけて引っ張ると、簡易拠点の大凡の位置に印をつける。


「伝令の最中であるのに簡易的とはいえ拠点まで構築したのか…」


青年はカイトの言葉に訝しみながらも、カイトから木炭を受け取ると、自分達が来た道に線を引く。


「最西の防衛塔は無事だ、降りて来た敵も着地前に大体撃ち落としている」


あの木造の大きな物見櫓は、防衛塔と呼ばれるものらしい、カイトはその言葉を聞いて顔をあげると、確かに遥か最西に薄らと防衛塔の姿が見える。


「自己紹介がまだだったな、西側防衛班の班長ニヒルだ。運よく残った塔に負傷者と腕利を複数名を残し、動けるものだけを連れてきた、道中で戦闘していた同胞達を回収しながらここまで来た、今の数は20と少しだな」


カイトはニヒルの後ろで控えるエルフ達を観る。


「わたしはカイトです、彼ら、白兵戦の実戦経験はどれくらいですか?」


エルフ達は困惑と動揺で揺らぎが出ていた、明らかに実戦経験が足りていない印象をうける。


「私も含め、実戦はこれが初めてだ。だが相当に訓練は積んできている」


隊を指揮するニヒルですら初陣と聞き、カイトは驚愕するも、目ざとくそれを感じ取ったニヒルに睨まれ、カイトは軽く流しながら地図を指差した。


「小規模の襲撃とはいえ、王様の安否が心配ですね、我々は街の北を目指そうと考えています」


そんなカイトの提案に、ニヒルは素早く首を横に振った。


「我が国の王は、常に手練れの冒険者を側に置いている、だから北への救援は不要だ」


ニヒルは地図に王城の位置に罰印を記入すると、東の街区画を丸で描こう。


「それよりも、東の残党排除を手伝って欲しい」


カイトはエルフ達の持つ武器や身につけた装備に目を向ける。


「ふむ…」


エルフの兵士達は大きく、小回りの効かない長弓と剣のような矢が入った矢筒を背負っており腰には小さな短剣が吊るされている。


鎧に身を固めた亜人達との近接戦闘をするには心許ない装備で固められたものばかりの編成は実に偏りのあるものだった、剣を腰に差したニヒルを除けばほぼ全員が弓兵なのである。その上で全員が実戦経験が無いとなれば不安は当然だろう。カイトの連れているメンバーは前衛の神託が大半を占めているため、未熟なエルフ達としてなんとしてでも加えたい肉壁といったところだろう。


「成程、承りました」


カイトは快く快諾すると、お互いに別れてエルフの部隊と自分の隊を前と後ろに分ける。


【エルフに気を付けろ、エルフは信用するな】


カイトは完全にエルフを信頼しているわけではない。悪夢にうなされたマールが譫言のように何度もつぶやいた寝言が今も脳裏に響き続けているからだ。


「ガルーダさん」


カイトは即座にガルーダを呼びつけると、その側に行きガルーダの手を取る。


「?」


ガルーダは唐突なカイトの不審な行動に、一瞬怪訝な顔を浮かべるも、直ぐにそれが側を離れるなという指示である事を察する。


「わかった、私から離れるなよ」


ガルーダは小さく頷き、意図を汲みとってくれた反応を見たカイトは直ぐに手を離す。


「ゲイツさん、ゲイルさん、アンネマリーさんは継続して前をお願いします、シュウさんとエレーネ様はすぐ後ろに」


「はい!」


カイトの指示を受けるとエレーネとシュウは重装部隊の直ぐ後ろに短い間隔で付く、ガルーダは静かにカイトの隣に側についた。その隙に、ニヒル達は数人を民家の上に上げて索敵に使う。


「カイト、前方の広間にオークの一団がいるようだ」


索敵の為に屋根に上がり周囲を見ていた兵士が直ぐにニヒルへとハンドサインで状況を知らせている。


「あそこから矢で狙えますか?」


「わかった、少し時間をくれ」


ニヒルはすぐにそばの背の高い民家を見つけた。


「了解しました!エレーネ様、シュウさん、周りの瓦礫を積み重ねてください」


カイトはその隙にエレーネとシュウは指示を飛ばし、極めて簡易なバリケードを作るべく瓦礫を積み重ねていく。


程なくして、ニヒル達は全ての弓部隊を屋根に上げ、2列の縦隊に並べると、全員が弓矢を手に持ち指示を待つ。


「始めるぞ!!」


ニヒルは大声を張り上げてから腰の剣を抜き放ち、エルフ達に攻撃指示を出すと、剣のような大振りの矢尻を持つ独特な矢が次々と放たれ放物線を描きながら遠方へ飛んでいく。数刻、剣のような矢の雨に晒された武装オーク達の絶叫が此方にも聞こえて来た。


「カイト!オーク達が向かって来る!頼んだぞ!」


「わかりました!」


ニヒルの報告からしばらくすると、猛然とした勢いで向かってくる武装オークの集団が、カイトの視界にうつる。


その先頭には見慣れた体格のオークがいた。彼は怒りに目を血走らせながら、前へ前へと突き進みながら次々飛んでくる剣のような矢を手にした鉈状の剣や盾で叩き落としながら突き進んでくる。その背後に小柄なオーク達が一列に並んで続いている。


「重装隊は突撃を受け止めて抑えて下さい、エレーネ様、シュウさん!先頭の敵は手練れです、注意を!」


「はい!」「御意!」


エレーネは利き手に唾を吐いて持ち手に巻かれた布を程よく湿らせてから強く握り込んだ。


「来るぞ!」


ゲイルが声を張る。同時に前から来たオーク重装部隊が真正面からぶつかり合う。先程までの武装オーク達とは違いそのインパクトは凄まじく、小型オーク達ではびくともしなかった重装部隊が押し込まれそうになっている。


「ははは…その程度か!!!」


ゲイツが吠え、石畳を砕くほどに強く地面を踏み込み重装部隊は手練れオークの勢いを止めてしまう。


「押し返せ!!」


ゲイルが声を張ると重装部隊が前にでて、今度は手練れオークを押し始めた。手練れオークは驚愕に目を見開き渾身の力を込めて押し返そうとするがズルズルと引き摺られて後ろに控えていた小型オーク達もろとも押し返されて行く。


「シュウさん、デカイのおまかせします!」


「御意!」


エレーネは腰を深く落とし、同時に重装部隊に押し返された正面のオークが盛大に弾かれ地面に尻餅をついた。その瞬間、押し続けていた重装部隊が左右に開きアンネマリーの左右からシュウとエレーネが取り出していき、シュウは目の前で尻餅をついて倒れたオークの顔面を突き、シュウの槍がオークの兜を易々と貫いて後頭部を突き抜けて背後に脳髄をぶちまけた。


巨体のオークはそれだけで脱力して倒れ、動かなくなる。シュウは後列で唖然として静止していた武装オークに襲いかかり、的確に武装の隙間を縫う様に喉元を刺し貫き次々と倒して行く。


「やあああ!!」


シュウの横をすり抜けながら前に出たエレーネは頭上で大斧を振り回しながら眼前の武装オークの集団に突撃する。


エレーネの斧に怯み、竦んだオーク達を次々と跳ね飛ばし、跳ね飛ばされたオーク達はバラバラになりながら辺りに撒き散らす。エレーネは調子が出てきた様子で、オーク達の前で斧の持ち手を地面に叩きつけて石畳を砕く


「さあ!じゃんじゃんきなさい!!」


エレーネが高らかに吠える、その大声はウォークライと呼ばれる技能だという。その声を聞いたオーク達は瞬く間にエレーネへと殺到した。エレーネは襲いかかるオークの集団を次々斧で叩き伏せて倒していく。


「エレーネ様!」


アンネマリーが名を叫ぶと、エレーネは素早く後退し、同時に重装部隊が隙間を開けながら前に出て行き、エレーネとシュウはその隙間を抜けて後ろに下がるなり重装部隊は再び隙間を閉ざしファランクス隊形を作ると、反撃に出たオーク達の攻撃は重装備部隊の盾の壁に阻まれてしまう。数十のオーク達は必死に盾を押し除けようと渾身の力を込めるが、重装部隊の三人はびくともせず、逆に押し返し始める。それだけではない、シュウの鋭い突き重装部隊の隙間から伸び、盾と押し合うオークを次々と突き刺して息の根を止めていく。


「はあ…はあ…」


息が上がったエレーネは荒く息をしながら下がり、膝に手をついて息を整えている。先程アンネマリーが叫んだのは、エレーネのスタミナ切れを見切ったためである。アンネマリー達が抑えている隙にエレーネは上がった息を整える。


「よし!行けますっ!」


上がった息が整うと再び前に出ていきオーク部隊の蹂躙を再開する。中央のオークは数十、数百といたが、カイト達の攻撃により溶ける様にその数を減らしていった。


「……恐ろしいな」


ニヒルは眼下で大立ち回りを繰り返す人種の戦闘力の高さに驚愕し、思わずエルフの言葉で呟いた。そんなニヒルに側にいた兵士が静かに囁く。


『彼らも今のうちに始末しませんか?あれらは今後のアルヴヘイムにとって潜在的な脅威になります』


優位な高所に陣取り前で戦う人種の背中を狙える絶好の狩場ではある。


『いやダメだ。あの女剣士を見ろ』


ニヒルは否定的に告げ、顎でガルーダを指す。ガルーダはしきりにこちらを見ては腰に下げた長剣をいつでも抜けるように警戒を見せている。


『女剣士?あれは弱いから下げているのでは?』


『そうじゃない…バカが』


ニヒルは悪態をつきながら兵士に顔を寄せる。


『あの女が弱いから指揮者の位置まで下げている訳ではない。あれは我々に対する警戒だ、一番強いものを手元に置いて何があっても対処出来るよう余力を残しているんだ』


ニヒルの分析に兵士は苦笑を浮かべる。


『まさか…考えすぎでは?』


『我々が合流してから、あの女が戦う姿を一度でも見たか?』


ニヒルの言葉に兵士は目を丸くしながら首を横に振る。


『ならば、油断しないほうがいい。俺の予想では…あいつはこいつらの中では一番強い』


ニヒルの自信満々な分析に苦笑を浮かべる。


『強いかどうかは置いておきます…そうだとすれば、あのカイトは、我々を信用していないようにも聞こえますが?』


『わからん、ただ用心深いだけなのかもしれんが…』


ニヒルはガルーダの横に立っているだけのカイトを睨んだ。


『ち、ピクシーが…偶然であのような露骨な配置はしない』


確かに、このメンバーは一人一人が高水準に戦い慣れした部隊の様にも見える、剣士と斧使いの女は突出しているだろう。しかし、この一団で一番危険な存在は前者の娘達では無い。



ニヒルはそばの兵士の肩を叩いて強引に側へ寄せると、エルフの言葉で耳元に囁く。


『タイミングを見て誤射を装い、あの少年を討て』


『あの少年を?斧の娘や剣士ではなくですか?』


兵士の言葉にニヒルは鼻で笑う。


『お前の目は節穴か?前線部隊の戦力は確かに凄まじい、しかし、それを的確に運用し兵の顔色や場の空気を察して押し引きの判断をしているのはあのガキの指揮だ、奴こそがあの部隊の頭部であり、真っ先に刈り取らなければならない一番の脅威だ』


ニヒルはカイトを素直に脅威と判断していた。


『誤射のタイミングは任せる劣勢になり始めたらやれ…』


『分かりました』


頷く兵士からニヒルは離れた。


「カイト、エルフ達の様子が何かおかしい」


そんな密会をがっつりと観ていたガルーダが囁く様にカイトへ報告する。カイトはため息を吐き出しながらチラリと後ろのニヒルを見る。


「おおかた、裏切りの算段でも立てているのでしょうね」


「なっ…?」


思わず反応を示してしまうガルーダに、カイトは目だけを向け語り出す。


「勇者の神託は過去の勇者の記憶を引き継ぐと言われています」


「え?勇者?なんでいきなり?」


ガルーダはあっけらかんな顔をするがカイトは気にせず続ける。


「勇者に覚醒してからマールは夜、悪夢にうなされていましてね。その度に言うのです、エルフには気をつけろ、信用するな…と」


「それで、エルフを穿った目で見ていると?考え過ぎでは…?」


ガルーダの問いかけにカイトは頷く。


「だと良いのですが…」


カイトは再び激戦を繰り広げる前に目を向ける、前線ではエレーネが暴れ回り、振り回す両手斧に狩られた小型オークが跳ね飛ばされている。


「まあ、それはそれとして、だ、カイト」


それはそれとして?カイトはガルーダを見た。


「マールも年若いが女だ、異性を毎晩のように寝床に招くというのは感心しないな、風紀を乱している」


「き、気を付けます…」


マールが毎回勝手に来るのだが、カイトは特に反論はせずに返した。そうしている間にも向かって来ていたオーク達は残り僅かとなり、勝てないと察した武装オーク達が逃亡を始める、1人が逃走を始めれば、後を追うようにオーク達の逃走が始まる、カイトの目はその綻びを見逃さない。


「全隊攻撃!1体たりとも逃さず刈り取ってください!ガルーダさんもお願いします」


カイトの言葉にガルーダは歯を剥き出しにして笑う。


「わかった!」


ガルーダは笑いながら駆け出し、目にも止まらない速さで最初に逃げ出したオークの前に回り込むと、恐怖に引き攣るオークの首を天高く跳ね上げた。


前を塞がれ、逃げようとしたオーク達の足が止まる。その背後からシュウとエレーネがオークの残党を蹴散らしながら迫って来て間もなく、オーク達はカイトのメンバー達の手によって全滅した。


「ち、あのガキ…気づいているのか?」


ニヒルの目にも劣勢となったオークの逃走は予測できた、その揺らぎに乗じてカイトを討つ指示を出そうと考えていたが、その判断よりも早くカイトは動いていた。


「カイト!正面の広間で安全を確かめてくれ!」


屋根の上からニヒルは指示を飛ばした。


「わかりました!」


カイトは素直に返すと、連戦続きの重装部隊をカイトより後ろに下げ、遊撃隊を前に配置すると前に向かった。


抜かりがない、あれでは並の射手では標的を撃てない。だが、それは並の射手の話である、エルフのシューターにとっては、難のない的である。


ニヒルはカイト達にはわからないハンドサインで周囲のエルフ達に指示を飛ばす。広間に入ったら背後を撃てというサインだったのだが。


「ん…?」


カイト達は進んではいない、見ればカイトは真正面をただ見つめ、蛇に睨まれたカエルのように、目を逸らさずじっとしている。


「……え…?」


ニヒルもその先の一箇所に注目した、そこは東の街への入り口である、そこに2人立っていた。大型の人型と、その隣に立つ小柄な人型、黄金に輝く手脚を鮮血で真っ赤に染め、その足元には大量のエルフの死体が転がっている、その死体は民間人ではなく全員が精鋭しか身につけられない煌びやかな甲冑を身につけていた。


「ひ…」


カイトは思わず肝が冷えそんな情けない声が出てしまう。そして幻肢痛が脳裏に過ぎる、忘れもしない、カイトの右腕を紙屑のようにちぎり取り、殺しかけた少女、震脚のアリエッタである。アリエッタは両手にエルフの兵士達を引きずっている。


「あの鎧…北の精鋭だけが身につけるものだぞ…ばかな、王は東に戦力を送っていたのか…?」


ニヒルは声を振るわせながら口を押さえる。


カイトも眉間に冷や汗が垂れる。想定していなかったアリエッタとの遭遇、それだけではない、ただでさえ単体で戦略兵器同等のアリエッタだけでもその戦力差は圧倒的であるのに…さらにもう一体、その隣でオークが腕を組み立っていた。その体はとても大きく、普通のオークが3m前後だとすれば、彼は雄に4mはある。


今までの2mにも満たない未熟なオーク達とは違い、歴戦の雰囲気を持ったオークは武装オーク達の様な鎧を身につけてはいない。急所部位を覆う程度の鉄の胸当てに肘や脛を守る鋼鉄製の肘当てや脛当てを身につけ、背中に巨大な湾曲刀下げ、襷掛けしている。

兜はフルフェイスでは無く、視認性にこだわったようなデザインになっている。


「あ…あれは、オーク・ロードです…」


囁く様に背後で告げたアンネマリーが息を呑む、ロード…その称号は度重なる死地を切り抜けた歴戦の亜人に与えられる呼び名であり、カイトも忘れもしないゴブリン・ロードの姿とその馬鹿げた強さを。軟弱なゴブリンですら、マールを正面から圧倒出来る程の戦闘力を有していた。ロードという称号は、それほど驚異なのだ。


しかも、オークである。それがどれほどの戦闘力を有しているのか、想像するだけでも背筋が冷たくなる。


「おー?挨拶がわりにきたが、見知った顔もいるじゃねえかー?」


アリエッタは右手の人差し指を丸めるとそこに望遠鏡が形成される。カイト達に気がつくと、呑気に左手を手を振って来た。


「今日は半熟卵はいねえのか?…あ、じゃあこいつらぶち殺しちまっていいかんじ??」


アリエッタは歓喜しながら口を引き裂いて笑う、すると隣のオークロードがアリエッタに何かを語った。


「あ??俺の獲物を取るなってっ?」


アリエッタは顔を顰めてから遠くに見えるカイト達に目を向ける。


「余裕なとこ悪いが、テメェ、たぶん負けるぜ?」


アリエッタは真面目な声音でオークロードに告げると、オークロードは何かを語る。


「ああそう、あたしは忠告はしたからな?んなら、屋根の上にいるエルフ共はあたしがもらっちまうかな…」


アリエッタの言葉にオークは組んでいた腕を解き、背中の大湾曲刀を手に取る、それを見たアリエッタは手を下ろし足で軽く石畳を叩く。


『矢を番え!!』


カイト達の背後でニヒルが動き、声を張る。


「ダメだニヒルさん!!!」


カイトが叫ぶが遅い、一陣の風が吹き荒れるとニヒルの隣にいたエルフの首が捩じ切られ、地面に倒れて血をぶちまけた。


「な…え?」


ニヒルは間抜けな声を漏らす、一瞬だった、足の魔力を爆発させその勢いで飛んできたアリエッタが、手近なエルフの首を捻じ切ったのだが、戦闘慣れしていない彼らには何が起きたのかすら分かっていなかった。


「!!!?」


ニヒルは動揺して死んだエルフの名を叫んだ、その隙に更に2人のエルフの上半身が吹き飛び屋根から落ちていく。それだけではない、屋根の上で弓矢を構えていたエルフ達が何もできずに1人、また1人と身体の一部を吹き飛ばされ一撃で絶命しながら落ちてゆく。


「か!カイト!?こっちを助けろ!!カイトー!!」


勝ち目がない、アリエッタによる情け容赦のない蹂躙に、ニヒルは必死に泣き喚き叫んだ。


「おいおい、落ち着けよ…バカが」


アリエッタは屋根の上へ派手に着地すると勢いそのままにかけながら前に並ぶエルフの弓兵達を次々と殺害しては屋根から落としていく。


「く!そがああああ!!」


ニヒルは剣を手に目の前で暴れまわるアリエッタの背中から襲い掛かると、アリエッタは屋根を右足で踏み叩いた。鉄の国が誇る英雄【震脚のアリエッタ】が震脚と呼ばれるようになった由縁。彼女は特殊な義体から、高出力の魔力を放出する事ができ、魔力を放出した際の衝撃波をあらゆる事へと応用する事ができる。その1つがこの震脚、ため込んだ魔力を地面に目掛けて放出し、その衝撃波で大地を揺らす攻撃である。ズン!とアリエッタの足から放たれた魔力が屋根を揺らした。その衝撃は破れかぶれに突進してきたニヒルの脚を軽々と掬い上げた。


「な!?」


驚き顔のままアリエッタに倒れ掛かるニヒルは次の瞬間、彼女の右手に払いのけられ空中で花火のように弾けて真っ赤な血肉を撒き散らす。


「!!!」


「!ー!!」


ニヒルを失うと同時にただでさえ低かった士気だったのにもかかわらず、エルフ達の士気が崩壊し、蜘蛛の子を散らす様に逃げ出していく。


「あん?おいおい逃げんなよ…楽しもうぜ?」


アリエッタはサメの様な鋭い歯を剥き出しにして狂った様に笑いながら、逃げるエルフ達を徒歩で追いかけ、情け容赦なく1人ずつ丁寧に殺していく。


背後で行われる惨劇の最中でもカイトは前のオーク・ロードの対応を考えていた。


「カイト、後ろは援護しなくていいのか?」


ガルーダの提案にカイトは笑う。


「必要ない」


カイトは何処までも冷たい眼差しでガルーダに語りかけた。


「ん…ん?…」


カイトは一瞬戸惑った、今、自分は何を言った?自分が速やかにエルフ達を見捨てる判断をしたのか??何故?


「カイト?…どうしたんだ?」


ガルーダはそんなカイトの様子に声をかけるが、カイトは鋭い眼差しを前のオーク・ロードに目を向ける。


「何をしているガルーダ、前へ出ろ。重装部隊!盾としての役割を果たせっ!」


急なカイトの指示出しに、その場の全員が背筋に冷たい何かを感じ、思わずカイトに振り返っていた。


「よそ見をするな!来るぞ!!」


カイトの今まで聞いた事もないドスの効いた怒鳴り声と共にオークロードがその巨体からは考えられないスピードで刀を振り上げながら目前まで迫る。三人は瞬時に切り替え、ファランクスを形成しながら身構え前へ出る。


オーク・ロードの刀が強いインパクトの距離に入り切る前に盾と体を割り込ませる事で激突の衝撃をやわらげ、強力な筈の一撃は合えなく霧散されてしまい、行き場のない余った力が打ちつけた大刀を手にした腕へ返って来て跳ね上げられる。


「!?!」


オークロードは完全に目の前の人間達を舐めてかかっていた、自分の一撃が小さな人間どもに弾かれるはずが無いとたかを括っていたのだ、故に一撃を弾き飛ばされた事で驚愕で目を見開いていた。


「槍を!!突け!」


カイトが声を荒げると指示通りに重装部隊が同時に槍を突き出して刀を弾かれ、完全に無防備にされたオークロードの腹を三人の槍が突き立てられ、深々と肉の中に槍を鎮めていく。手痛い反撃にオークは吠えながら刀を捨てると両手で左右に配置されたゲイツとゲイルを掴もうとする。三人は素早く槍を手放して身を引く事でオークの手を避け、腰の剣を抜きながら盾を身構える。


その左右からシュウとエレーネが飛び出し、挟み込む様に攻撃を仕掛ける。


「かあ!!」「はああああ!」


シュウとエレーネの同時攻撃が左右からオーク・ロードへと迫る。だがオークは右手でエレーネの斧を素手で受け止め、左手で迫るシュウの槍を掴み取る。


「つ!!」


エレーネとシュウに動揺と焦りが顔に出ると、オークロードはその隙を見逃さない、左腕を力一杯に引きながらシュウを降り放ち、ながら右腕を引き寄せつつエレーネを振り上げた蹴りで思い切り蹴り上げた。


「が…!」


エレーネは小さく呻きながら蹴飛ばされてる。咄嗟に腕を割り込ませた事で攻撃をやわらげつつも高く飛び、地面に落ちる。かろうじて即死はしなかったが代償として受け止めた右腕が潰れて敗れた皮膚からちが溢れている。オークに後方へ投げ飛ばされていたシュウが声を張り上げるが、オークは既に目前に迫っていた、間に合わない。


「エレーネ!前へ出ろ!」


カイトの命令が響くと、エレーネの身体が意思には関係なく動いてしまい、転がる様に前に出る。オークの足元へ転がる事で目前に迫っていた攻撃を辛うじて避ける事が出来た。オークが足元への攻撃を中断したのだ、しかし危機は終わらない、オークは脚で足元に転がって来たエレーネを踏み潰そうとする。


「今だ!重装隊前へ!」


その瞬間にカイトの指示が飛び、まるで指示に動かされるかの様に重装隊が前に出ていきエレーネを潰すために脚を上げていたオークに突撃するとそのままオークの巨体を突き飛ばした。


「重装隊はそのまま敵を抑えよ、立てエレーネ、休む暇はないぞ。」


カイトは歩いて負傷したエレーネの側に来ると、無惨に潰れて千切れかけた腕を掴んで強引に引き立たせる。


「いっ!!?」


激痛に悶えながら思わずカイトの手を振り払った。


「え…あれ?」


エレーネは気付く、無惨に潰れて千切れかけていたはずの腕でカイトの手を振り払える筈がないのだ。見れば腕は、まるで何事も無かったかのように治っている事に気がつき、手を開けて閉めてと繰り返す。


「エレーネ、ガルーダ、こっちに」


カイトはエレーネとガルーダを雑に掴むとカイトからは想像もつかない力で引き寄せる。


「か…カイト様?」


「お前、一体どうしたんだ?」


唐突なカイトの変貌ぶりにエレーネもガルーダも不安げな反応を見せるが、カイトは特に気にせず目の前で重装部隊に抑え込まれ、手を拱いているオーク・ロードを指差した。


「2人とも、あいつは君達よりも圧倒的に強い。だから良く観察しなさい…そして、何をすればあいつに勝てるのかを常に考えなさい。」


カイトは先程までと違う優しい声音で2人の目をオーク・ロードへ向かわせる。


「エレーネ、あいつに苦手な間合いがある事に気づいたか?」


「え…えっ?」


エレーネは言われるがままにオーク・ロードの動きに注目する。


「ガルーダも聞け、あいつは近眼だ。故に、手近な攻撃が苦手なのだろう。先程、足元に転がった際にあいつは追撃をやめた…つまりあいつは密着された敵に対して、一瞬躊躇する癖がある」


カイトはエレーネの胸ぐらを掴むと強く引き寄せ顔をオークに向けさせる。


「タイミングを覚えろ、あいつはまもなく状況に適応してくる、気取られる前に叩きのめせ!」


そしてエレーネの尻を強めに叩いて押し出した。


「ひゃあ!か、カイト様!?」


「行け」


エレーネは訝しみながら、走って行く。次にカイトはガルーダに目を向ける。


「エレーネが注意を引いてくれる、隙を見て仕留めろ」


カイトはガルーダを見上げて告げると手を掴んで屈ませると肩を叩く。


「お前の得意は正面の打ち合いではない。死角からの一撃必殺だろう?ならば、その得意を思い切りぶつけてこい」


痺れを切らせ、オーク・ロードは暴れながら武器を投げ捨て、三人を振り解くと前のアンネマリーを掴むと投げ捨てるかのように上に雑に投げつけると、左右のゲイツとゲイルも掴んで左右に放り投げ、家屋に叩きつけた。背中から落下して来たアンネマリーは石畳に強く叩きつけられる。


「わ、わかった!!」


場が劣勢に傾くなり、ガルーダは慌てて駆け出した、オークロードへ真っ直ぐに向かっていく。


「こい!私が相手だ!、」


エレーネが大声で吠えると、オーク・ロードはエレーネに超目して身構えた。


「いまです!!!」


エレーネが再び声を張り上げると、オーク・ロードはハッと我にかえり注意を他所に向けた、だが遅い、ガルーダは瞬間的な動きでオークの苦手な間合いに入り込み、その左脇腹に一太刀を浴びせ浅く切り裂きながら抜けてゆく。


「!?」


オークは目を大きく見開きながら切り裂かれた脇腹を見てしまう、その僅かな揺らぎを逃さず、背後から延びたシュウの槍が背中を突く。オーク・ロードは素早く反応して、突き刺さった槍をシュウごと振り払う。


「はあ!!」


目の前には距離を詰めながら飛び上がるエレーネ、大きな両手斧を振りかぶりそしてオーク・ロードの頭目掛けて振り下ろす。オーク・ロードは咄嗟にその一撃を右腕で受け止める。オークの筋肉繊維は強靭であり、エレーネの斧での一撃では切断にはいたらない。



だが、オークが反撃に出ようとする前に、死角から飛び込んできたガルーダが、オーク・ロードの腹から胸にかけてを斬り払った。


流石のオーク・ロードといえどその一撃にはたまらず後退しはじめ、すかさずガルーダは追撃を始め、オーク・ロードの巨大なからだを次々と切り刻んだ。


オーク・ロードは浅く切られた傷口から紫色の血が吹き飛ばし、遂には仰向けに倒れた。


「ガルーダ様!今なら!」


止めをささんと、エレーネが前に出ていこうとした、しかしそんなエレーネの襟首を掴んで止めた。


「ガルーダ様?」


ガルーダは静かに息を整えながら、冷静にオーク・ロードを見ている。


「演技だ、オーク族があの程度の軽傷で怯む訳がない、忘れたのか?オークには並外れた治癒力があるんだぞ…」


「治癒力?花の国にオークはいないので、詳しくご期待ですな」


隣にシュウが並び、ガルーダは苦笑する。


「致命傷を与えなければダメということだ…」


「成る程、シンプルですな」


シュウは身軽に槍を構えると、それを見たエレーネも両手斧を身構える。オーク・ロードはいつまで経っても攻撃に出てこないガルーダ達に痺れを切らしたかのようにゆったりと体を起こすと、ニタリと笑いながら自分の投げ捨てた大刀を拾い上げる。オーク・ロードはさり気なく押され、倒れる振りをしながら自分が投げた武器の側までやってきていたのだ。ガルーダが言った通り、ガルーダに斬られた傷口はすでに塞がり止血されている。受け止めたエレーネの一撃すら既に治りつつある。


「何やってんすか…魔王様」


いつのまにかアリエッタが隣に来てカイトを魔王と呼んだ。


「ちょっとした余興だ」


気を失って倒れたアンネマリーの上体を起こしてアリエッタに差し出す。


「あ?…なんだよ」


「回復を頼む」


アリエッタは不満げにいうが、カイトに睨まれて渋々アンネマリーを掴むと、淡い光が黄金の手を通ってアンネマリーの身体を修復してゆく。


「ち…いい鎧着てるくせに派手に中まで壊れてやがる、面倒くせえ…」


「うっ!」


アリエッタは粗暴で暴力的な側面とはかわり、丁寧な回復によって傷ついた身体が修復されていく。


「アリエッタ、紅木は持って来ているか?」


気を取り戻して目を開いたアンネマリーの口を手早く塞いだカイトは、アリエッタに問いかける。それを聞いたアリエッタは愉快げにケタケタと笑う。


「勿論ある、こいつに使うのか?」


「!?」


アンネマリーは状況を察して暴れるが、カイトは微動だにせずアンネマリーの口を塞いだまま首を横に振る。


「違う、使うのはあっちだ」


カイトの指示に、アリエッタは首を傾げる。


「ロードに?まあ、確かにあいつは劣勢だ、じきに負けるだろうが…マジで言ってんのか?」


「紅木の宿主は生命として強ければ強いほど良い、人間種は脆い、冒険者という存在になってもそれは変わらない」


アンネマリーはカイトの手を引き剥がそうとするが、カイトの手とは思えない協力な力で塞がれており、振り解くことすら出来ない。


「はいはいわかりましたよ、ったく…魔王様の仰せの通りに、命拾いしたな?お前」


アリエッタは口を塞がれたまま怯えた様子のアンネマリーの肩に手を載せた。するとカイトはアンネマリーの口から手を離す。


「…アリエッタ、後はお前に任せる。」


「…あいよ」


「アリエッタ、木を植えたらすぐに戻れ。」


「あん?なんかあったのかよ?」


アリエッタの問いかけに、カイトは首を横に振る。


「俺とて、人肌恋しい日もある」


「ま!マジか…しゃーねえなあうちの大将は!っとによう!」


アリエッタは悪態をつきながらも実に嬉しそうに声色が明るくなる。そんなアリエッタを見たカイトはゆっくりと瞼を閉ざし、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。


「か、カイト!?」


アンネマリーが即座に崩れたカイトを受け止め、カイトを抱き抱えると警戒するようにアリエッタから距離を取る。


「安心しな、あたしは今、最高に気分がいい」


アリエッタは上機嫌に、ぐったりとしたまま抱えられたカイトの頬を叩く。


「おら、起きろ、じゃねーと死ねぜ?」


アリエッタは意味深な事を言いながら、カイトが反応を示すまでペチペチと叩き続け、カイトが意識を取り戻すのを見ると、背を向けた。その目線の先では、オーク・ロードがガルーダの一太刀によって致命傷をうけ、膝をついたところだった。


「これでトドメだ!」


ガルーダは膝をついたオーク・ロードに剣先を向け、突きを放った。


「そこまでだ」


瞬間、アリエッタが割り込み、突きを軽々と掴み取り、ガルーダの身体を軽く突き飛ばした。同時に震脚を放ち、追撃に出ようとしていたシュウとエレーネの足を乱して止める。


「ぐあ!…く!」


ガルーダは吹き飛ばされて尻餅をつくも、素早く立ち上がり身構える。だがアリエッタはガルーダなど相手にもならないとでもいうように背を向け、膝をついたオーク・ロードを見上げた。


「け、散々俺の獲物とか吠えてた癖に、結局そのざまかよ?だから雑魚が粋がるなってんだわ」


アリエッタはやれやれとため息混じりにオーク・ロードを罵倒すると、オーク・ロードは弱々しく何かを口にして、涙を流しながらアリエッタに叫んだ、しかしそれを聞いたアリエッタは何処までも冷たい顔で笑いながらオーク・ロードを見上げた。


「仮にもロードの名を持つ亜人が無様なもんだぜ、まあ、魔王様はお前みたいなゴミにも慈悲を与えよって方針だけどな…」


アリエッタは黄金の右腕の上腕を開くと、中から気持ち悪く動き回る虫のような赤い肉を取り出し、それを見たオーク・ロードは顔を恐怖に染め上げ逃げ出そうとする。


「あはは、無理だっつの」


アリエッタのもつその肉の芽は、針のような形を形成するのを確認するなり、オーク・ロードの首裏、脳髄の位置へ思い切り突き立てた。瞬間、オークロードは絶命して倒れ、身体から力が抜ける。


「な、なにを!?」


「あ??なにを?だと?簡単な話しだ、使えないゴミを戦略兵器にリサイクルしたんだよ」


アリエッタはケラケラと高らかに笑う、途端、オーク・ロードは弾けるように立ち上がると、口から鼻から、身体中の至る所から体内を突き破って伸びてくる。紐のような細い触手達は真っ先に側にいたアリエッタに襲いかかる。


「ち、所詮は失敗作かよ」


アリエッタはそう吐き捨てながら、右腕で迫る触手を軽めに叩くと、触手の宿主だったオーク・ロードの身体ごとぶっ飛び、民家に激突する。


「じゃーな!悪いことはいわねえから戦おうとか考えずに逃げろよー?」


上機嫌なアリエッタは鼻歌を歌いながら飛び上がり、空を切り裂きながらどこかへ飛んでいった。その瞬間、民家を破壊しながら無数の触手が爆発するかのような勢いで飛び出すと、その勢いのままガルーダ達へと襲いかかる。ガルーダは素早い剣戟で自分たちに迫る触手達をまとめて斬り払うが、触手は次々と再生ししては伸びてきてキリがない。


「はあああ!」


エレーネが大ぶりに斧を振るって触手の波を纏めて薙ぎ払った。


赤い糸のような触手達は宿主のオーク・ロードを中心に大樹のように根を張り巡らせ、捕まえたエルフの亡骸達を次々捕食した。糸のようだった触手はみるみるうちに太く、大きくなっていく。


「あいつ、死体を食って成長しているのか…」


ガルーダの呟きに、アンネマリーに抱えられたままだったカイトは自力で立つとカイトは即座に危険と判断した。


「タイミングを見て退却します、重装部隊は先に走って下さい」


「はい!」「わかりました!」


重装部隊は即座に槍を捨てると、踵を返し全速力で走り出した。動いたり重装部隊に対して反応した触手は逃すまいとボルドー兄弟を背後から襲い掛かろうとしている。


「はあああ!!」


エレーネが吠えながら渾身の一撃で触手を纏めて吹き飛ばした。


「よし!退きますよ!」


カイトの指揮で全員が脱兎の如く逃げ始めた。赤い触手はその間も道の至る所にあるエルフやオークの亡骸を巻き取ると悉くを食い千切り飲み込んでいく。人を食べ血肉を得るたび、赤い触手は成長を続けた、まるで枯れ枝のようだった触手は太くなると、槍のように鋭い触手へと瞬く間に進化した、それでも触手は成長と新たな進化で変貌を遂げた触手はどんどん大きくなっている。


「成る程…魔王はこのために大部隊を送らなかったんですね…」


カイトは逃げながら背後の触手を睨む。


「カイト!前からも来る!!」


いつの間にか前に回り込んだ触手に、ガルーダは素早く重装部隊を追い抜き斬撃を見舞う。しかし触手は血肉を得て進化した過程で耐性を得たのか、ガルーダの攻撃では斬り飛ばす事すらできない程に硬く成長していた、斬りつけた場所は巻き戻るかのようにすぐに再生して新たな触手が枝木のように映える。


「厄介な…!」


「エレーネ様!」


「はい!!」


カイトの指示でエレーネは即座に前に出ていき、大振りな斧の一撃でガルーダを襲う触手の群れを吹き飛ばし、正面に大きな穴を開けて道を切り拓いた。流石にエレーネの重い一撃は適応しきれていないようだ。


「急ぎますよ!!」


背後の触手に追い立てられるかのようにカイトはすぐに逃走しながら叫ぶと、全員を追い抜きながら我先にと駆け出した。しかし誰もカイトを咎めようとはしない、カイトはおそらくこの中で一番足が遅いからである。カイトの後を追い全員が駆け出すと、メンバー達は直ぐにカイトを追い越してしまう、ボルドー兄弟も頭から血を流しフラフラになりながら軽快な足取りでカイトを追い越していく。


「カイト様、背負いましょうか?」


横にエレーネが並ぶ、カイトは走りながら後ろを見た、赤い触手の群はそこまでの速さはない、このままなら追いつかれる事はないだろう。


「お構いなく、自身の生命を優先さてください」


「わ、わかりました」


エレーネは素直に従い、カイトを追い抜いて先頭を走るガルーダにくっついた。


「はあ…はあ…」


砂の国での襲撃以降、毎日のようにマールに走り込みを強制されていた甲斐もあり、カイトは全速力で息を切らせながらも何とか走り続けられるだけの体力と速さを得ていた、それでも他の冒険者達に比べたら月とスッポン程の体力差がある。カイトは走りながら腰のダガーを捨て、走りにくい外套を捨てた。少しでも身軽にして少しでも体力の消耗を抑えるためである。しかし体力はギリギリで、疲労と共に視界が狭まっていくのを感じだす。


「く…」


走りながら背後を見る、触手の群れは至る所で死んでいるオークやエルフ達の亡骸を巻き取り器用に細かくちぎり取りながら飲み込んで捕食している。触手は亡骸を捕食するたびに少しずつだが大きく成長している、その驚くべき進化と成長のスピードは脅威と言えるだろう。アリエッタはあれを戦略兵器と言っていた、つまり、彼女の生きていた時代でも当たり前に使われていたものである可能性は高い。そうこう考えている間にも触手はさらに成長し、コード程度だった触手は今や人の腕ほどに太く、強靭なものとなっている。民家の木々や石畳まで砕いて捕食しはじめた。


「あっ!?」


不意に、カイトの足が何かにぶつかった、それは地面に倒れたエルフの亡骸である。体力が限界で視野が狭まり切ったカイトが気づいた時には遅く、カイトはヘッドスライディングでもするかのように石畳の地面に倒れた。


「カイトさま!!?


転倒したカイトにエレーネが気付き引き返す、だが遅い、倒れたカイトの直ぐ後ろには赤く強靭に成長した触手の槍が迫っていたのだ。触手は目の前で倒れた意気の良い獲物を見逃すわけもなく、触手の槍襖がカイトへと殺到した。


「でええい!!」


エレーネが手にした大斧を投擲し、カイトの体に迫った触手を纏めて薙ぎ払い僅かな隙を生む、その隙にエレーネは倒れたカイトの手を掴んで強引に引き起こした。


「す、すみません助かりました」


カイトはエレーネに感謝を述べるが、エレーネの表情に余裕はない。そして武器である斧を投擲してしまった事で反撃の手段すら無くなってしまった。尚も成長を続ける触手は、エレーネの斧を二つ折りにして捕食してしまう。追撃の速度も早まってきて、じわじわとカイトとの距離を詰めてきている。このままではエレーネまで巻き添えを食ってしまう。あの触手に捕食された場合、蘇生不可能な程に分解されてしまうだろう。そこで再びアリエッタの言葉が蘇る。兵器だと。


「まさか…」


カイトは察した、つまり、あの赤い肉の木は対冒険者を想定されて作られた戦術兵器であるという事に。


「エレーネ様!マールを頼みます!」


ここでエレーネを失うわけにはいかない、カイトは即座に判断し、手を引くエレーネの手を払うと足を止めた。


「ちょ…!?カイト様!?」


「構うな!走れ!」


エレーネは足を止めようか迷うが、カイトの怒鳴り声に背中を押され、走って行った。残されたカイトは迫り来る触手の群と向き合った。触手の群れはぐちゃぐちゃと音を立てながら迫ってくる。カイトは貧弱である、あの触手の波に襲われたら瞬く間にバラバラに千切られてしまうだろう、カイトもそれは百も承知だった。


「うわー…やっぱこわいよ」


眼前に迫る触手の波にカイトは腰が砕けてへたり込んでしまう、もう間も無く自分はこの中ですり潰されるだろう。せめて痛くなければいいな、カイトは死の間際でそんな事を考え目を閉じた。


1、2、3、触手は眼前に迫っていた、自分のような雑魚を殺すのに1秒もいらないだろう。まだなのか?遅すぎる、カイトは目をゆっくりと開いた。目の前には少女が立っていた。身軽な革と鎖帷子だけの軽鎧に身を固めた栗色のショートボブ、右手には彼女の小柄な体格には不釣り合いな程に長く大きな大剣が握られていた。


「ユズに言われて、来てみたら…何を勝手にあきらめているのかな?君は…」


「ま…マール?」


マールだった、どこから現れたのか?いつ現れたのか?わからない、みれば触手の波を真ん中を一撃で切り裂いて吹き飛ばしたようだ。


「最近、訓練サボってたのがいけなかったのかな?」


マールはゆっくりとこちらに振り返り、綺麗な翡翠色の瞳がカイトをじっと見つめた。


「え…ええ、そのようです」


カイトは苦笑で頷くと、マールはいい笑顔で笑った。


「おっけ、帰ったらサボった分もやるから」


「お、お手柔らかに」


そう言ってマールは瞬間的に切り替え、再生した触手の波達を次々に斬り払うと斬られた触手達がぶっ飛んでゆく。


「身体は、大丈夫なんですか??」


「全然、気を抜いたら多分倒れる!だから…長くは無理!」


マールははっきりと言った、実際、いつものマール程に動きにキレは無いようにも見える。ただ、それでも勇者である彼女と正面から戦って勝てる生物などそうそういないとカイトは考えていた。


「きりが無いなぁ…カイト!なんか案はない??」


マールの圧倒的な力に驚きながらも、カイトは触手をじっと見つめ観察を始める。マールにより切り飛ばされて切断された触手の先端は再生せずにその場に転がっている。つまり、根となる宿主のオークロードや捕食した死骸から栄養を吸い上げて先端に送る事で再生している様子を伺える。


「焼いたらどうでしょうか?」


カイトの言葉に、マールは振り返る。


「イザベラから貰ったスクロールは?」


「ここに!」


走りながらダガーや外套は捨てたが、小物袋を捨てるのを忘れていた。カイトは自分のズボラ差に感謝しつつ袋からスクロールを取り出すと、マールは再び襲いくる触手を次々と斬り払う。マールの強さに触手は怯むような動きを見せ、再び波が引いていく。おそらく先程のように成長するためだろう。


「ファイアボルトと、エクスプロージョン頂戴!エレーネ!ガルーダ!!あんた達は拠点まで下がりなさい!!」


「は!はい!」「わかった!マール、任せたぞ!」


マールはスクロールをカイトから奪うように取り上げると、エレーネとガルーダに叫んだ。マールが来たことを察して全員が戻って来ていたようだ、マールの指示を受けガルーダは全員を連れ走って行った。


「アンサズ!」


マールはファイアボルトとエクスプロージョンを同時に開いて開封の呪文を唱えると、スクロールは青い炎を立ち上げながら燃え尽き、光がマールの中に入っていく。


「へえ…こんな感じか…」


マールは何かを理解して大剣の剣先を触手の波に向ける。


「ファイアボルト!!」


声を張ると、剣先に巨大な炎の玉が生まれ、剣を向けた先にある赤い触手の集合した塊に飛んでいき直撃すると、灼熱の業火を撒き散らしながら触手の束をまとめて焼き払った。触手は弾け飛びちぎれた先端は再生しない。


「カイト!ビンゴだよ!焼けば再生できないっぽい!」


マールは和かに報告してくる。


「大元を焼き払えば何とかできるかもしれません!」


「大元は何処?」


「この先です!アリエッタがオークロードを宿主にしてこれを発生させたんです!」


「了解、わかった。カイト!離れないでよっ!」


マールはそういって前に進みながら再びファイアボルトを放って触手を薙ぎ払う、イザベラのスクロールは一度撃てば終わりというわけでは無いようだ。


「おねがいします!」


マールは襲いくる触手をエクスプロージョンやファイアボルトで次々と焼き払いながら突き進む。


「カイト!不味い!」


マールが叫ぶ、まさかスクロールが切れるのか?そう考えてマールを見ると、マールは顔が真っ青になっていた、気合いで持ち堪えていた魔力酔いの限界が近いようだ。


「もうすぐですから!頑張ってマール!」


カイトは応援するしかできない、触手の中心は目前。こんなところでマールが倒れたら、2人仲良くあの世行きになるだろう。触手の猛攻も凄まじい、炎を扱うマールを脅威と見做したのか、触手はマールを寄せ付けまいと次々触手を伸ばしてくる。そのことごとくをマールはまとめて切り払い、ファイアボルトとエクスプロージョンにより焼き払う。遂に宿主である中心に辿り着いた。オークロードは完全に赤い肉の中に取り込まれ、木のようになっていた。


「はー…はー…あれを焼けばいいのね…」


マールの容態はさらに悪化しており、今は肩で息をしている。迫り来る触手を纏めて切り払い、遂に膝をついてしまう。


「マール、大丈夫?」


「はー…はー…あ、脚が…」


駆け寄ったカイトはマールを支える、マールは肩で息をしながら首を横に振る、膝が笑っている最早立っていることすら厳しいのだろう、それほどに魔力酔いが進行してしまっていた。


「く…そ…このクソ国!」


マールは忌々しげに魔力濃度の濃いエルフの国をクソと吐き捨てつつ、左手を空間に泳がせてカイトを掴むと引き寄せ、ポーチの中に手を入れると一際高価な紫色のスクロールを取り出した。それはイザベラが危機の時に使えと差し出したスクロールである。マールは最後の力を振り絞り、殺到する赤い触手を思い切り斬り飛ばすと、その手から大剣が溢れ落ち崩れながらスクロールを開く。


「…アンサズ!」


その呪文を受けあ紫色のスクロールは、今までとは違い、スクロール自体が激しく燃え盛ると。今まで警戒して様子を伺っていた触手の波を纏めて焼き払った。激しい炎は次々と触手にも燃え移り、どんどん大きくなる炎は渦を巻き、マールとカイトを除いた周囲のあらゆる悉くを焼き払いながら炎を撒き散らしその小さな炎は次々と集まって大きな人の形を作る。


【召喚に応じ、馳せ参じました】


炎の人型はそういいながら、ぐったりとしたマールを支えたカイトを見る。


「い、イザベラさん?」


炎の人型はイザベラの声をしていた。イザベラはカイトとマールを交互に見てからその場の周囲を見渡すと、マールの置かれている状態を察した。背後に立つ赤い肉の木に向き合った。


【このイザベラにお任せを】


イザベラがマールに渡した特別なスクロールは、周囲の炎利用してイザベラの精神を呼び出す魔術、勇者のためにイザベラが1から編み出し、1から構築した、イザベラオリジナルの精神召喚魔術。その召喚魔術をイザベラは炎の魔人の名前からこうつけた。イフリート…と。赤い木は突如として現れた炎の化身に警戒を示して標的をマールから切り替えた。


【雑魚が!調子にのってんじゃねえよ!!】


イザベラは笑いながら両手を広げ、その手のひらから灼熱の業火を燃え上がらせ、襲いくる赤く屈強な触手の槍を炭も残さず纏めて焼却しながら木目掛けて突き進む。早くは無い、漏れた触手がマールとカイトを襲わないように触手という触手のその悉くを焼き払う。


再生など許さない、炎の化身は再生する余裕も残さず触手の波を焼き払ってしまう。対冒険者用の戦術兵器といえど、こうなってしまっては最早打つ手は存在しない。圧倒的な炎を前に、戦術兵器として生み出された赤い肉の木は、その宿主諸共焼き払われ蒸発して消えた。


「い、イザベラさん」


炎の化身はやってきてマールを見る。


「これはどういう状態?」


イザベラの問いかけにカイトは答える


「魔力酔いと聞いてます、この森は魔力濃度が高いようです」


聞いたイザベラは腕を組み、爪を噛むような仕草を取る。


「く…それを知っていたら、先に勇者様に魔術を教えたのに…」


イザベラは歯痒そうな顔をする。


「とりあえず、もう危機は無いようだから私は戻ります。こちらに戻る時は教えてください」


「ありがとうございます」


イザベラはそういうと、身体を形作っていた炎が少しずつ消化されていき…消えていく。イザベラが消えると、周囲で燃え盛っていた炎達も一斉に消え去り、周囲が一気に暗くなった。


「カイト様!マール様!!」


周囲の危機が去ると、エレーネの声が響き渡る。振り返ればクランのメンバー達が全員でやってきた、ボルドー兄弟とアンネマリーもすっかり回復し今は最後列で馬車を引いている。その後ろをエルフの民達が列を作り、続いていた。


「クウ、これはどういう事ですか?」


カイトは前に出てきたクウに問いかける。クウは少し眉を顰めると静かに顔を寄せる。


「火の手と共に街に充満していたオークの気配が消え去った後。ユズが全員でカイトのところに行けと騒ぎました、なので私の判断で出てきました」


カイトはチラリと見るとユズはシホと手を繋いで立っていた、彼女は預言の内容を深くは語らない。そのため、彼女の意図を読み取ることは出来ない。


「何となくですが、私もあの陣地を出た方がいい予感がしていました。なので、彼女の予言に乗っかってみたのですが…不味かったですか?」


クウにしては珍しい反応をしていた。普段無口な彼からは到底出ないだろう予感という不可解な表現を使う事は今までなかった。


「あなたの予感は間違えていないでしょうね、よくやりましたクウ」


カイトはクウの頭を撫でると、クウは嬉しそうな顔をして頭を下げた。


「マール!君は本当に無茶をする!魔力酔いの状態で過剰な運動をするだなんて何を考えているんだ!!」


ギムルは珍しく声を張りながら怒っていた、マールは目に見えて衰弱しており、ギムルは怒鳴りながら何度もマールから余剰魔力を引き抜いている。


「結果としてみんな生きてるんだから…いいじゃん?」


「そういう問題ではない、もっと自分を大事にしろ。君はもう君だけの体では無いことを自覚しろ」


ギムルは母親か父親のようにマールを叱りつけながらも手にしたバッグから背負い紐を取り出すとマールの身体に結びつけている。


「ごめん、ギムル」


珍しく素直に謝罪を口にした、ギムルも目を見開き、口から出かけた小言を飲み込んだ、これがカイトだったら間違いなく拳か足が飛んでくるだろう。


「カイト、前方から武装したエルフの一団がこちらにきています」


馬車の上に立ち、周囲警戒を続けていたシイロがカイトに新たな動きを伝える。


カイトが目を向けると、遥か遠方から歩いてくる一団が目に映った。


「皆さん、武器に手を置かないように。ギムル、クウは一緒にきてください。エレーネ様、マールをお願いします」


「はい!!」


エレーネはマールをギムルから渡されると、すぐに後続の馬車に向かう。


「エレーネ…そいつ使える?」


マールは弱々しく語りかけ、地面に転がった大剣を指した。エレーネはマールを抱えたまま大剣を拾う。エレーネの持つ戦士の神託なら何とか持つことが出来た。


「持てるなら使いなさい、武器が無いのは困るでしょ?」


エレーネの使っていた斧は触手の海に投げつけ捕食されていた。


「ですが、それではマール様の…」


「この街で、ボクはもう戦えない…だから、任せる」


魔力酔いに蝕まれ、痩せ我慢を続けていたマールはついに限界を迎え、任せると言葉を残すと目を閉じ、気を失ってしまった。


「マール様?ま!マール様?」


気を失ったマールに言葉をかけ続けたがマールに反応はない。


「大丈夫です」


馬車の中にいたユズが側に来てマールの顔を見た。


「勇者様は眠りについただけです、必ず目を覚まされます」


「ユズ、ダメだよ?」


ユズはシホに引きずられて奥の席へとつれていかれた。


カイト達は前からやってきたエルフの一団の前に立つ、エルフの一団は白銀の華やかな装飾に白を基調とした鎧を身につけた明らかな特別な兵士たちである。


「…ほう?成る程、人種か」


先頭に立っていた隊長らしき長身のエルフの男は実に流暢な人の言葉で語りかけてきた。


「私はカイトといいます、水の国から来た使者です」


水の国、その単語を聞いたエルフの男は首を傾げた。


「水の国…随分遠方からこられたのだな、パラソーは摩訶不思議な力を駆使する集団に封鎖されていたはずだが…」


ニヒルと同じような事を言いながらも男は胸に手を当てながらゆっくりと頭を下げた。


「私はアルヴヘイム親衛隊の軍団長、ヘイムダルという」


「人語に慣れているのですね、通訳は不要でしたか」


カイトの言葉にヘイムダルは顔を上げ、ちらりとギムルをみて顔を顰める。


「その汚らしいトカゲは通訳のつもりだったのか…無論、このヘイムダルは多種の言葉を習熟している…」


レプテリアンに対する偏見と差別意識を隠そうともしない、ヘイムダルは傲慢な態度を崩すきはないようだ。


「それで、水の国の使者が何故この国へとやってきた?」


ヘイムダルの返答に、カイトはゼノリコから渡された密書を取り出してヘイムダルに差し出す。


「これを、あなたの国の王へ渡してもらえますか?我が国の王、リコ様からの協力要請になります」


ヘイムダルはカイトの手から密書を受け取ると一瞥することもなく鎧のつなぎめに設けられたベルトに挟む。


「我が国の王には会って行かないのか?此度の救援に加えパラソーとの交流を再開してくれた活躍は表彰に値する大活躍だが…」


ヘイムダルの言葉にカイトは首を横に振る。


「この大惨事の収集以外で王の手を煩わせるのは、今は得策ではありません、それに、私の連れに魔力酔いの酷いものがいますので…一刻も早く森を出る必要が有ります」


カイトの返答にヘイムダルはそうかと小さく頷いた。


「この書状は、この私が責任を持って我が国の王に届けよう、他に要望はあるか?」


「でしたら、あの馬車を引く馬と騎手を貸していただきたい、パラソーまでで大丈夫ですので」


ヘイムダルは眉を顰め、首を傾げる。王への気遣いに加え、カイトの要望はヘイムダルからしてもその程度でいいのか?と訝しむ程に謙虚なものだったからである。


「わかった、直ぐに手配しよう」


ヘイムダルは振り返ると背後の兵士たちに声を張り、何やら指示を飛ばす、兵士たちは解散した。そしてカイトの連れて来たエルフの民間人達の元へ向かうと、各々に誘導して連れていく。ヘイムダルの連れて来た兵隊の中には術師も存在しており、運良く捕食から逃れたエルフ部隊の生き残りの蘇生も行われている。その中にはあのニヒルもいた、ニヒルは真っ先にアリエッタにより肉片レベルに分解されて殺害されていた為に捕食から逃れていたようだ。ニヒルは起き上がるなりヘイムダルに詰め寄り何かを喚き散らしてこちらを指差している。


「カイト、彼は君たちにやられたと言っているが…」


「記憶が混濁しているようですね…彼らを殺害したのは震脚のアリエッタです」


カイトの言葉にヘイムダルは口をぽかんと開ける。


「震脚の…アリエッタだと?バカな…奴は死に亡骸は蘇生できないよう奈落の底に放棄したはずだ…」


ヘイムダルたアリエッタの死を知っているような口ぶりであった。そしてニヒルの肩を叩き強く掴むと、エルフの言葉で何かを指示すると、途端にニヒルは泣き喚き暴れるがエルフの兵士たちは容赦なくニヒルの両脇を抱えて引き摺るように何処かへ連れて行った。


「ニヒルの無礼を詫びよう、申し訳なかった」


「大丈夫です」


そうして、カイト達は会話を終えると人混みを避けるべくひらけた場所に移動した。鉄の国から連れて来たエルフの女性達はすでに居ない、おそらくヘイムダルの部隊が連れて行ったのだろう。


「マールが目を覚まさない?」


カイトはシホからの報告を受け、馬車へと戻ると後部座席で穏やかな寝顔で眠るマールを確認する。


「当然だろう」


背後からギムルが声をかけて前の席に腰掛ける。


「魔力酔いにも関わらず、あれだけの無茶をすればそうなる」


「マールは大丈夫なのですか?」


カイトの言葉にギムルは首を横に振る。


「大丈夫なわけがない、この森から出なければ彼女はいずれ死ぬ」


「な!」


全員が驚きに声を張る。が、ギムルは至って穏やかな反応で医療バッグから本を取り出している。


「別に直ぐ死ぬわけではない、この分なら今日中にこの森を出れば処置は間に合うだろう」


「武士衆、前へ」


カイトは即座に動き、武士衆を集めた。


「カイト?何を」


「死霊馬を使い、直ぐにこの森を出ます」


死霊馬、この森では過剰な魔力で凶暴化し、暴走する危険があるものである。


「マールを見殺しには出来ない。直ちに出ます」


「カイト殿!それは危険では?」


「この森では死霊馬は暴走します、制御が出来ません!」


カイトは目に見えて動揺していた。ゲイルは問いかける。


「マール殿は冒険者ですぞ?死んだとしても加護を使って蘇生が出来るのではないですか?」


「蘇生が出来るからと言って死なせていいということにはなりません!」


それ以上に、カイトは一抹の不安を持っていた。マールは勇者に覚醒してから大きな怪我は多々あるものの、死亡した事は一度もない。勇者状態ではないマールでさえ女神のギフトを無効化できてしまう勇者の神託が、女神の加護により与えられる蘇生を受けることが出来るのかは確証がなかった。回復は普通に受ける事は出来るのはギムルが証明してくれたが、蘇生を受けれるかは分かっていないのだ。


「は…」


そこでカイトは我に返った、珍しく動揺して声を荒げてしまったカイトは、周りを見ると、クランメンバー達は困惑を表情にうかべている。


「カイト!エルフの騎手が来ました」


そこへ、屋根の上にいたシイロの声が届く。


「何やら取り込み中だったみたいだな」


ヘイムダルだった、ヘイムダルは脇に巨大な生物を連れている、その生物は四足で歩行し、前脚は5本の指があり、とても太く強靭な後ろ足には蹄がある。それはまるで、馬ではなく草食恐竜のような外見だった。


「これがエルフの馬、バンポルディアだ。気性が荒くて暴れん坊だが。その馬力と体力は充分だ」


ヘイムダルは自慢げにバンポルディアを紹介し、手綱を引きながら馬のない馬車の前へいくとバンポルディアのサドルと手綱を取り付け始めた。


「騎手がまだ見えませんが…」


カイトが呟くと、ヘイムダルはこちらに振り返る。


「騎手は私だ、王からの勅命を受けてな。もっとも、約束通りパラソーまでではあるが…」


ヘイムダルは鎧の腰につけられたベルトから木の筒を取り出してカイトに差し出した。


「王は君達が来ることを察していたようだ、あの密書を受け取るなり、これを渡された」


カイトはそれをうけとると、大事そうに腰のポーチに閉まった。


「中を見ないのか?」


「私はコマですので」


「ふむ…流石だな。では出発する」


そう言葉を切ると、ヘイムダルはバンポルディアへとかけて行き跨ると、カイトは本来の騎手席に乗りこむ。それを見たヘイムダルは鞭でバンポルディアの背を叩くと、巨大な草食恐竜はゆったりとだが歩き始めパラソーへの帰路を目指し、動き始めた。


カイトは席に戻り、マールの側に座ると急に疲労感が押し寄せて来て眠りについた。



次回からは少し羽休めな短い話が続きます

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