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2の5 ある転生者達の悲劇

今回は長いです。

それと、転生者たちの視点でカイトやマールを敵として描いています。

なんの変哲もない東京の高校に通う一般高校生である片桐トモヤは本日、クラスメイトのみんなと楽しい修学旅行となるはずだった、普通に観光地を巡り、夜は仲のいい友達と恋の話に花を咲かせ、家族に持ち帰るお土産を選び、何ともない詰まらない毎日に戻る…筈だった。その日、彼等を旅行バスが、不慮の事故に見舞われなければ…。



「うわー大量に来たっすね、うちの上司張り切りすぎっしょ…」


トモヤが目を覚ますと、そこは見知らぬオフィスの一室、彼らの目の前には褐色の肌に長い耳をしたOLのような格好をした女性が、大量に押し寄せたトモヤ達を前に実に面倒そうにつぶやいた。


「あー、面倒、休憩時間ぶっちぎるのいやなんでーさっさと欲しいギフト申告して、そっちの扉へどうぞ」


女性は光が渦を巻く扉を指差した。


「んなんでわかるわけねーだろ!!」


「ちゃんと説明しろや!」


金髪に丸刈り、だらしなく制服を着崩したクラスで1番の不良、良司ユウヤとその彼女、褐色に肌を焼き、分厚い化粧に染めた金髪を振り回し、両善ハナが食ってかかる。すると女性は実にわかりやすく舌打ちを鳴らす。


「ち、めんどくせ…あー端的にいいますね。あんた達は元の世界で死んだんでー、これから皆さんでとある世界に転生していただきます。その世界では何をしてもあなた方の自由でーす、我々はこの世界の変化を求めているのでー、好き勝手しちゃってOKです」


「こ、これってもしかして異世界転生!」


クラスでアニメや漫画が大好きな所謂オタクと呼ばれる種族の人種、花菱ヒロが興奮気味に声をはった。


「つまり貴方は我々の女神なのですね!?」


ヒロは独特な悪臭を漂わせながら、女神と呼んだ褐色長耳のオフィスレディに詰め寄る。


「あー、はいそうっすね、多分」


「さっき!ギフトを頂けると聞きました!」


ヒロは勝手に話を進めていく、女神は特に感情を動かす事もなく頷く。


「はい、さっさと申告して行ってくださーい」


「では!私は剣聖になりたい!」


「あー、そんなんでいいんすか?まあいいや…剣聖っと」


ヒロの申告を受け、手前のパソコンに打ち込むと、眩い光の扉が開きヒロは喜んで入っていく。


「オタクが生意気じゃね?」


「ああ!そうだよな!?」


ユウヤとハナが女神の前へ行き告げる。


「パワーが欲しい、殴り負けない力!」


「あたしオタクじゃねえからわかんねーけど、あれ、ビーム出したいわ!ビームライフル?」


そう口々にいうと、女神はカタカタと音を立ててキーボードを操り、すぐに眩い光の中へ消えていく。


ユウヤやハナに続き、クラスメイトたちが次々と思い思いの能力を口にしてから異世界へ消えて行く、トモヤは貰う力を最後の最後まで迷っていた。


「あとは君だけっすよ?五分押してるんでさっさと選んで」


「あ、す、すんません…じゃあ」


そして俺が選んだのは…危機感知ハイパーセンスだった。昔映画で見たヒーローが使っていた危機を未然にさっちするという力だ。最初はスーパーヒーローのように出来ると思ったが、基礎的な身体能力が異常に高いからこそ、彼らはスーパーヒーローなのであり、普段から身体を鍛えてすらおらず、戦闘訓練もまともにしたことがないトモヤが使ったとしても特に役にはたたない。悲しいことにトモヤ自身は反射神経もからっきしで、危機を教えてくれても直ぐに避けるなんて芸当は出来ない。


そうして、トモヤ達はこの異世界へとやってきた。トモヤ達は最初こそは全員で仲良く降り立ったこの不気味で神秘的な森の中のこの場を発展させるため、各々のギフトを駆使し、自分達が過ごしやすい村を作り発展させる事だけに集中した。初めは川の水を地下に水を通して下水と上水を作り、地面をモルタルで固め、建物を建て。その隙にも畑を耕し、獣を狩り、次々と自分たちのこの村を発展させていった。


初めはこの得体の知れず、ただただ不気味だったこの異世界の森が、今や現代に限りなく近い文明をもつちょっとした小さな村となった。


しかし当然クラスメイトたちは、和気藹々としていたわけではない、日々を過ごすうちにクラスメイト達にも派閥が生まれた。追放や仲間割れなどで何人も死んだり、出て行ったりする事となる。しかし、クラスメイトが対立するきっかけとなったのは沙霧ユズという女子のつげる預言によるものだった。


「勇者が来る…そして我々は皆殺しにされるであろう」


彼女はある日、自分たちが勇者と呼ばれる存在に皆殺しにされるという予言をした。ユズは足まで伸びた長い黒髪で小柄な体を猫背によりさらに小さく丸めていた。目も常に座っており、目元にはいつも真っ黒な隈を作っていた。そんな彼女は、当然陽キャの多いクラスと馴染むことはなく、クラスの隅っこでいつも1人読書をしていた。もとよりクラスでも浮いた存在だったユズが、そんな不吉な預言をクラスメイト達にすればどうなるかなんて言わなくてもわかっただろう。

それを聞いた不良チームが激昂し、ユズに散々暴力を振るい、嬲り殺しにした。ユズは最後まで痛みに悶えながら必死に預言を叫び続けていた。断末魔のようなその声は、今もトモヤの耳に残っている。致命傷を受け血を吐き出しながらゆっくり目から光を失い死んでゆくユズの姿は、今もまぶたに焼きついて離れない。


それから一年くらいだろうか。30人はいたクラスメイト達は仲間内の争いで死んだり出て行ったりで20にまで減っていた。


「トモヤ、どうだ?」


手作りの鍬を振るって土を耕していたトモヤの背中に、元陸上部のクラスメイト、ハンサムな顔をした時永ユキトが尋ねる、トモヤは振り返りながらクラスメイトの女子が草の繊維を編んで作ってくれた手拭いで額から垂れる汗を拭う。


「ああ、いいかんじだよ」


「ふうん?」


トモヤは特に興味もなさそうにその場で腰掛けた。


「お前、いつまでその制服着てるの?」


ユキトは指をさして指摘する、トモヤはいまだに学生服を身につけていたからだ。学生服は過酷な農作業に向いておらず、既にボロボロで何処となく浮浪者や映画などにでてくるゾンビのようなそんな状態になっていた。


「いいんだよ、俺はこれで」


トモヤは別の服に袖を通す気はなかった。その理由は…それを指摘してきたユキトの今の装いである。彼はこの異世界へ来た時は学生服だったが、今はこの森にやってきた冒険者と呼ばる人間達や行商人達を襲い、殺害して奪った物で身を固めている。


「服なら奪って来たやつがいくらでもある、好きなのきりゃ良いじゃん?そんな汚ねえ学生服なんかよりいいだろ?それに剣や鎧だってあるぜ?」


ユキトの甘い誘いに危うくなびきそうになったが、トモヤは首を横に振る。


「いや、俺はいいよ。誰かを殺して奪った物を着たりしたら必ずバチがあたる。欲しいものは自分で汗水垂らして稼いでからちゃんと対価を支払って手に入れるべきだ。ユキトの主義は否定しないけどね」


そしてトモヤは再び農作業へと戻る、首にかけた繊維のタオルで汗を拭いながら、硬い地面をひたすら耕した。そしてトモヤが手塩にかけて育て上げたトウモロコシに似た植物の畑を見つめる。


「それで、こんなもん作ってんのか?」


ユキトは呆れるようにトモヤの行為を貶んだ。それを聞いたトモヤは怒りを露にする。


「バカめが!!農業をバカにするなよ?!いついかなる時も、生産者がいるから、俺たちは飢えなくて済んでいたのだ!今は俺以外にこの世界の生産者は居ない、いずれ俺に感謝する時が来るだろうなふはは!」


悪ふざけ半分、真面目半分、そんな感じで熱弁するトモヤの言葉を、ユキトはただ嘲笑う。


「ねーよ、飢えたらまた近くの村へいって奪えばいいし、通りかかる行商人達をブッ殺して略奪すればいいだけじゃん?」


はっきりと言おう、トモヤは自ら進んでこの世界で好き勝手に略奪を繰り返すユキトや他のクラスメイトを心の底から軽蔑している。それは、ユズを見殺しにしてしまった事への後ろめたさなのか、贖罪であることなのかはわからない。ただ、トモヤは心の中ではユズがしたあの預言は間違えてはいないと考えていたからである。皆は滅亡だけに注目して肝心な言葉を聞いていなかったユズはあの破滅の未来を告げた後にこうも言っていた。


「女神の口車に乗ってはならない!勇者は驕り高ぶった転生者を決してゆるさない。誠実に、不都合だとしても力には溺れず、清く正しく生きよ!額に汗をかけ、ギフトに頼って他者を害してはならぬ!他者を虐げてはならぬ、奪ってはならん、奪ったものを貰ってはならん、奪う行為に与してはならん!さすれば勇者は寛大な慈悲をもって我らを許すであろう」


とある女子が聞いた。


「私たちもう狩猟とかで他者を害しちゃってるけど…それはいいの?」


「まて…うむ!生きる糧としての動物の狩猟なら、勇者は許して下さる…!しかし、乱獲はならぬ!」


ユズは病的な反応と口調でつげると、皮の水筒水を一気にあおる、口の端から真っ赤な水が溢れる。彼女はどこかからとってきたのかわからないこの不気味な赤い水を常飲していた。処刑されるあの日も、最期に求めたものは皮の水筒に満たされたあの赤い水だった。


殆どのクラスメイト達はユズの事を赤い水に精神を毒された異常者だと認識していたのだろうが、トモヤはそうは思わなかった。だからトモヤは今の今までユズの言いつけを守り続けている。


そもそもトモヤはギフトとして好きだったスーパーヒーローと同じ力を得る程、ヒーローに憧れて育ってきたのだ、他者を害する悪事に与することはポリシーに反するのだ。だからこそ、ユズの処刑を止めることができなかった事を今も尚、後悔し続けている。


同時に、こうも考えていた。ユキト達や他のクラスメイト達が略奪を繰り返したら、行商人や冒険者が帰らないのだから、当然冒険者達がどんどんやってきてしまい、いずれはこの世界のどこかにいるだろう勇者の耳にもこの森の噂が入るだろう。そうなったらユズの預言した勇者が来る日を早めてしまうことになるのは明白だ。


それだけじゃない、古くから略奪に生産性はない。あれは敵地に攻め込んだ軍隊が、士気の維持や補給品の確保を現地に求めたから行った行為であり、地に根を生やした状態の自分達が続けるのは非効率極まる行為だ。


今はいいかもしれないが、奪う相手や奪うものが無くなった時は間違いなく詰みとなるだろう。そう考えたからトモヤは今、必死になって農業を試行錯誤と見様見真似を駆使して早1年くらい、漸く努力がかたちになってきた。


「くっだらね、まあ、別にいいさ。女神は好きに生きろって言ってたしな。でもオレ達の足をひっぱるんじゃねえぞ?」


ユキトはそんな言葉を吐き捨て、その場で寝そべる。彼は最初はこんな奴ではなかった。全てが狂ったのは、ユズを嬲り殺しにしたあの日からである。

1人を殺せば2人も3人も変わらないのか、クラスメイトの大半が何かのタガが外れたかのように平気で周辺の村や行商人の場所や冒険者などを襲い、好き勝手に奪い、犯し、殺すようになっていった。


「次のエルフは美人だといいな!」


最近、ユキトはエルフを犯して殺す事にはまっているらしい。略奪の度にエルフの女を攫ってきては飽きるまで犯し尽くし、用が済んだら殺害する。そんな狂気じみた行いにより今まで何十人ものエルフの女性が、彼の手により殺されだのだろうか。そう考えると虫唾が走る。


「お前、いつか必ず痛い目をみるよ?」


トモヤは吐き捨てるように忠告する、しかしユキトは、そんなトモヤの忠告を笑い飛ばす。


「はは、俺は音速で動けるんだぜ!誰が俺を捕まえられるってんだよ?」


ユキトは女神から加速のギフトを得ており、その気になれば光の速さでも動けるのだという。その速さから繰り出される剣撃により、今まで多くの冒険者やエルフを殺害してきたのだといつもこの畑に来ては自慢げに語る。


「みんな!!広間に集まって!!」


不意に、クラスの女子達が大声を挙げて村中を走り回った。トモヤは農作業を止め、ユキトは身を起こす。


「なんだ?」


「分からない、広間集合だってさ」


トモヤはそう言いながら、腰に下げた皮の水筒から水を飲む。これはこの森へ来た初めの頃、クラスメイト達で狩ってきた獣の皮を使い作った手作りの水筒である。今は大半のクラスメイトたちは捨ててしまったようだが、トモヤは肌身離さず持っている。


トモヤとユキトは軽く土埃を払うと、集合場所である広間、この村の中央にある建物へと集まった。そこでは既に多くのクラスメイト達が集まっていた、大半のクラスメイトはもう学生服を着てはおらず、エルフや冒険者、行商人から奪った衣服や装備を身に纏っているため最早、外見から学生だと分かるものは僅かしかいない。


「んだよいいんちょー?」


集団の中で1人が声をあげる、昔は不良グループのリーダーだったユウヤは、略奪という一方的に虐げる対象を得たことにより、クラスメイト達の行動に積極的に参加するようになった。仲間には親しみやすくよく懐く彼は、クラスメイト達の中でよく慕われている。その実力も折り紙つきで、彼の首には今まで打ち倒した冒険者の装備、その一部をネックレスのようにしてトロフィーの様に身につけ、じゃらじゃらと音を鳴らす。そしてじつに気だるそうに声を漏らした。


「そうだよ、せっかくたのしんでたのに邪魔してんじゃねーよいーんちょー」


傍でユウヤに寄り添い露出の激しい娼婦のような衣服のハナも不満げに目の前のメガネの女性を委員長と呼んだ。


「ユウヤくん、寝癖くらい直してから来なさい。ハナさん、なんですかその格好は?身嗜みは大事ですよ」


委員長と呼ばれた煌びやかなエルフのドレスに身を包んだメガネの女子、火口カオルはメガネを押し上げ、ユウヤやハナをびしびしと指摘して物怖じせずに注意をぶつける。


「そうカリカリすんなよー!シワがふえるぜ?」


ハナに茶化されるが、カオルは表情一つ変える事はない。カオルはクラスの優等生であり、常に成績は学年のトップだった。普段から他者を仕切る事が好きでクラスのまとめ役を買って出ている。将来は政治家を目指していたようだが、今は異世界のクラスメイト達をまとめるリーダーとして、村の方針を決めている。いわばこの村の王である。


そんな彼女が女神から貰い受けたギフトは全知、ありとあらゆる知識を求めた瞬間に得ることができるという万能的なもので、トモヤ達クラスメイト全員をまとめられたのは、このギフトのおかげだろう。


政治家を目指していたということもあり、そのカリスマ性や人心掌握能力にも長けており、クラスメイトの大半からも慕われている。

 

怖いもの知らずで担任にすら平気で暴力を振るっていたユウヤやハナなどの不良グループですら、今ではカオルの人心掌握術によって、このように素直な反応を見せるほどである。


ただ、その生まれ持った知性と政治力を使って最初に行った事はユズの処刑である。そして、近隣のエルフの村や冒険者達達に対する略奪行為を指示したのも彼女である。それを事を除けば、完璧といっていいだろう。


カオルはそばでエルフの服に身を包み、目を閉じて座禅で座っている小柄な女子、日比野マオに顔を向ける。


「マオ、教えて?」


マオは頷く。マオは生態感知のギフトをもらっている、その能力は周囲に近づくあらゆる生物を感知することが出来るというもの、ただわかるのは人か別かくらいのもである。ただ、彼女が認知した相手は感知出来るらしく、クラスメイトの誰がどこに行ったかなども正確に判断できる。そのため彼女はこの村のレーダーとして役に立っている。


「街道で行商人を狙う為に張っていたアキトの反応が消えたの」


アキトとは、精霊作製と呼ばれるギフトを女神から貰った。その能力は、風や水、火などから様々なものから精霊を作り出して使役するというもので、彼は強力な精霊の餌にする為、積極的に街道へ向かい行商人や冒険者を襲撃する係になっていた。


「範囲から離れただけでは?」


ユキトが聞くと、マオは首を横に振る。


「違う、アキトは何かと交戦したみたい、複数の人の反応と接触してから彼の使役した精霊達の反応が1人ずつ消えて行ってた!それに、おかしいの…さっきから新しい人の反応がどんどん増えてる!何もなかった所から、いきなり…まるで生き返っているみたい!」


マオは目を開くとカオルを見上げ怯えるように告げた。


「ユズの言っていた勇者が来たのかもしれない!」


マオの言葉にカオルは眉間にしわを寄せる、そして長考した。


「おいおい、いいんちょー?俺たちがぶっ殺されるとかいうバカの世迷言をまだ信じているのか?」


ニヤケ面で茶化すユウヤにたいし、カオルは素直に頷いた。


「ええ、信じているわ。だからわたしはそうならないように皆を纏めてきたし、その時に備えてきた」


カオルがクラスメイト達に略奪を行わせた事には食糧や衣服を奪う為だけではなく、幾つか理由があった、一つは戦闘経験を積ませること。いくら強力なギフトを持つとはいえ、相手は異世界の人間、何があるかわからない。その為、人と戦わせることで各々にギフトを理解させること。全員でやらせることで他人を害する罪の意識を薄れさせること、そして冒険者達が身につけた武器や防具で武装させる事である。これによりカオルは自分都合で動く完全無欠の力を有した私兵を得ることが出来た。


「やれやれ…」


そんな中で、1人の青年が前に出てくる、青年はツンツン頭の黒髪に童顔の青年は実に偉そうにふんぞり変えたままその口元を笑わせる。


「勇者なんて俺が行くだけで即死だろ?」


彼の名前は新山ソウジ、おそらく転生してきたクラスメイトたちの中で、最も強いギフトを貰ったのがこのソウジである。彼のもらったギフトは即死。その能力は、自分が見たあらゆる物を任意になんの前触れもなく即死させてしまうというもので、彼に見られた敵はなんであれ即死してしまう。それだけではない、自分に敵意を向けたものも、悪意を向けたものも同じように即死させてしまうのだ。相対したらどうしようもない正にチート的な強さのギフトを持っているのだ。


確かに彼が行けば勇者に倒される事はないだろう。カオルはそう判断して大きく頷いた。


「では、任せますよソウジ」


「トモヤ、あなたも行きなさい」


カオルはトモヤにも指示を飛ばす。


「え、おれ?」


トモヤの頭の中で、ユズの言葉が強く響く。与してはならぬ…!


「あなたはこの村では何もしていないでしょ?畑なんて非効率的な物を耕すよりも、略奪したほうが何倍も効率的でしょ?まあ、私の指示に従えないのなら、この村から出ていって頂いても結構ですが」


全知のギフト持ちの癖に生産の重要性を理解できていないカオルの言葉に、トモヤはカチンと来た。


「そうかよ、じゃあ俺は出ていく」


トモヤはそう吐き捨ててから踵を返すと、さっさと広間から出て行った。クラスメイト達の批難の視線が背中に刺さるが、気にしない。


「俺に付き添い何ていらないぜ?」


ソウジはカオルにつげて踵を返し歩いて行く。


「じゃ、俺が行こうかな!勇者って奴が可愛い女の子だったらいいなあ」


ユキトは勃起させながらソウジについて行った。広間から出たトモヤは自らが寝泊まりしていた施設に別れをつげ、畑のトウモロコシや新しく栽培し始めた新種の野菜達から種だけを収穫すると、それを学生服のポケットに詰めると、村の裏手へと向かう。


「あれ、トモヤくん?」


そこには先客がいた、トモヤと同じようにぼろぼろの学生服に身を包んだ不思議な雰囲気のある綿毛のように膨らんだロングヘアが特徴的な少女、腰には手製の皮の水筒が二つ括り付けられている。彼女の名前は門脇シホ、シホも、トモヤと同じようにユズの言いつけを愚直に守っている唯一のクラスメイトである。その為クラスメイト達の中では浮いた存在であり、いじめの対象となってしまっている。今朝も誰かに殴られたのかその白い頬が赤く晴れている。


「何してんだよ門脇、みんな集まってるぜ?」


トモヤが聞くと、シホは乾いた笑いを浮かべる。


「あはは…、わたし、この村を出ていくように言われたから…」


そう言って、背後にある大きな木の根本にある墓跡に目を向ける。


「だから、盟友に最後のお別れに来たの」


シホも元々クラスで浮いた存在だった、そんなシホの唯一の友達がユズだったのだ。先ほどの水筒のうち片方はおそらくユズが使っていたものだろう。


「そういうトモヤくんは?」


「同じくさ、なんなら一緒に行こうぜ?」


村の裏手はシホが埋葬した冒険者や行商人達の墓地がある、墓地といっても、土に埋めて木の十字架を立てただけの簡易的なものだが…それでも森の中に空いた空間の至る所に木の十字架が立っている。その数はゆうに100を超える。


「全部で238だよ」


トモヤの表情から考え事を見てとったのか、シホが教えてくれる。別に、彼女はそういうギフトをもらった訳ではない。彼女のギフトは癒しの手、彼女が触れた相手の傷や病を問答無用に癒してしまうというものだ。しかし、クラスメイトの大半は彼女のギフトの内容を知らない。それはユズの言いつけを守っているからだ、ユズ自身からも決して人前でその力を使わないように何度も言い付けられていたのだという。


「もう、隠す必要ないんだろ?治せよ、その頬。痛々しいから」


「あはは…わたしのギフトは自分には使えないのです…」


とんだ欠陥ギフトである、トモヤがシホのギフトに気がついたのはある日、1人で狩猟に出た際、村から離れにある小さな洞窟で、ユズの怪我をギフトで治療しているシホと出会したからだ。他のクラスメイト達の知らない三人の秘密だった。クラスメイトたちの中でトモヤたちは、付き合いの悪い農業バカ、手芸以外に取り柄のない役立たず、赤い水中毒の精神異常者に映っていたことだろう。不意にシホはトモヤの手をとり、俯いたままつげた。


「トモヤくん、実はねこの後の行動をユズから指示されているの、きいてくれる?」


顔をあげたシホは何かを覚悟したような目でただトモヤを真っ直ぐに見つめていた。


場所は代わりに、ソウジとユキトはアキトの反応が途絶えたという街道を目指してしばらく森を進んでいた。


「おい、マジでアキトがやられたってのかよ?」


街道へ向かう途中、カオルの召集を無視して外で煙草を吸っていた不良生徒の1人、道明トモキは信じられないと言った様子の声音を漏らしながら付いてくる。


「なんだ、びびってるのかトモキ、この俺が一緒なのに?」


ソウジはそうトモキを煽ると、トモキは笑う。


「んなわけ、お前にユキトがいるなら怖いもんなしだわ!」


トモキのギフトは超再生、いかなる怪我を負ったとしても、致命傷でなければ死ぬことはなく、立ち所に再生してしまうという恐るべき能力である。いざという時盾に出来る都合のいい肉壁を途中で拾えた事は好都合だと、ソウジもユキトも思っていた。


すでに空は薄暗く、不気味な暗さの森を黙って3人は進むと、遂に街道に出た。馬車が行き交う為に広く作られた森の中の街道は、今やアキトの精霊であるイフリーテによりそこかしこが黒焦げに焼き払われ、黒ずんでいる。しかし、変化があった。いつもなら適当に散乱させたままになる亡骸たちが、今回は綺麗に並べて置かれている。まるで…誰かに供養された後のようだ。


「アキトのやつがやったのか?」


ユキトはそんな行商人達を見ながら呟いた、ソウジもトモキは首を横に振る。


「いや、あいつはこんな几帳面なことはしないし、奴が使役した精霊どもは面倒だからって亡骸を焼き払うような奴らだぜ?」


「ああ、そうだったな」


アキトとは仲良しではなかったユキトもそれには納得した。するとソウジは行商人から奪ったランプに火灯す。ユキトとトモキもそれに倣う。1人のランプならたかが知れるが3人のランプが集まれば、周囲はだいぶ明るくなる。その明かりに照らされ、見覚えのある姿が浮き上がる。それはアキトの背中だった。


「なんだ、アキト、生きてるじゃん」


ソウジは安心したように声を漏らし、ゆっくりと歩み寄る。しかし、アキトは無言のまま背を向け、ユラユラと揺れていた。


「アキト、悪ふざけはやめろよな。即死したいのか?」


ソウジはアキトの肩に触れ、こちらへ振り向かせ…見てしまった、アキトは死んでいた、顔を苦痛に歪めたまま白目を剥き、悲鳴をあげたのか口は開けたまま死後硬直で固まっている。


「あ…アキト…」


驚愕に声を漏らしたソウジ、同時にユキトとトモキが瞬きした時にはソウジの下半身だけがその場にあった。


「そ、そうじ!?」


何があったのか理解出来ず、動揺するユキトよく見ればソウジの身体は下半身のすぐ側にあった、どれだけの力で叩きつけられたらこうなるのだろうか、まるで朝食の食パンに塗られたバターのように薄く伸ばされていた。


「ユキトそこから離れろ!!」


同時、何かに気づいたトモキが叫びながらユキトを突き飛ばす。同時に降り注いだ何かがトモキの身体を次々に貫き地面に倒れた。


「ちい!!なんだ!?」


ユキトと見上げると、その視線の先には微かなランプの光に照らされて朧げに浮かび上がる弓矢を構えた鎧武者の集団がいた


「に!逃げろ!!逃げろユキト!!」


トモキは持ち前の超再生によって無数の矢に撃たれたにも関わらず、地に伏せたまま大きな声で叫ぶ。そんなトモキの背後から、ゆったりとした歩みで1人の少女が歩いてくる。背は小柄で、栗色のショートボブに翡翠色の瞳の、ユキトの世界でハルが崇拝していた美少女アニメにも出てきそうな程に可愛らしい少女だった。少女はボロい布服の上下に質素な皮の鎧を上から身につけていた。ここまでならユキトにとっては可愛いだけの少女だと思っただろう、彼女の右手に握られた小柄な彼女には不釣り合いなほどに長く、大きな大剣を見なければ…大剣には夥しい血糊やソウジのものと思われる内臓の一部が付着しており、ポタポタと血を垂らしている。


「ばか!なにやってんだユキト!!早く逃げろ!!殺されるぞ!!俺はすてぶぎば!!」


少女は無表情のまま、情けも容赦もなくトモキの頭にただただ作業的に大剣を突き立てる。頭蓋骨の砕けるこ気味良い音とともに、さっきまで喚いていたトモキが静かになった。少女は大剣をトモキから引き抜くと、トモキの頭の上半分がくっついており、少女はそれを一瞥すると、大剣を軽く地面に向けて振るう。びちゃびちゃと音を立ててトモキの残骸や血糊が地面に飛び散った。そして少女はユキトに目を向けゆっくりとした歩調で歩いてくる。


「お前が勇者か?はっ!運が悪かったな!!お前!」


ユキトは無謀にも、アキト、ソウジ、トモキを瞬く間に殺害してみせた勇者であろう少女を前にしていても、まだ勝機があると考えていた。それは、彼が持つ加速のギフトに対する過信によるものである。だが、亜音速で動けるユキトに反応が出来る奴なんてただの1人もいなかったからだ。だから一対一ならば絶対に負けない自信が彼にはあった。木の上にいた弓矢を構えた鎧武者の集団もいつの間にか消えている。これはチャンスだ、とユキトは判断する。


「なんだ??お前の仲間達!逃げちゃったぜ??」


おちゃらけた口調で歩いて向かってくる少女にユキトは軽口を続けたが、少女は無表情のまま、どこか機械的な印象すら覚える。


「そうかい、じゃあ!てめえは終わりだよ!!」


その言葉を吐いた瞬間にはユキトは少女の後ろに音の速さで回っており、手にした剣を全力でふるう。手応えあり、ユキトの腕は何か硬い物を捉え、そのまま振り抜いていた。同時に跳ね上がる影。


「は、ははは!…えっ?」


ユキトは勝ちを確信していた、だが飛んだのは少女の頭ではなかった、なぜ?少女はこちらを見ながら右手の大剣を上に振り上げた姿勢で止まっているからだ。じゃあ、今飛んだのは何?どしゃりと音を立てて落ちた何かに目を向けるユキト、それは勿論自分が全力で振り抜いた右腕の上腕だった。


「ぐあああああ!!」


同時に湧き上がった燃えるような激しい痛みに、ユキトは叫びながら地面を転げ回る。いつ振り返った?いつ大剣を振り上げた?いつ?早すぎて認識できなかったユキトは動揺していた。少女はそんな足元で転げ回るユキトをジッと見つめた後、ゆったりと右手の大剣を振り上げる。


もうだめだ!と諦めて目を閉じたユキト、しかし、待てど暮らせど大剣は振り下ろされない。


「ユキトー、だめじゃんかよ!」


ユキトの耳に聞こえたのは聞き慣れた不良女子の1人の声、斗煕鮫ときさめユウの声だ。ユキトは安心して目を開くと、目の前で大剣を振り上げたまま止まっている少女を見た。


「間一髪だったなー!そいつが勇者?」


ユウがもらったギフトは時を止める。文字通り、彼女は時を止めることができる、その静止した時間の中では、ユウとユウが認めた人間しか時を刻むことは許されない。この力は実際無敵で、今までも、自分たちでさえ勝てない程の実力を持った危険な冒険者たちを、この能力で仕留めてきた。


「ユウ、助かったぜ…」


ユキトはユウに助け起こされた。


「ひでぇな…アキトにソウジ…トモキまで死んだのか?」


ユウは怒りを滲ませながら、ユキトの腕、アキト、ソウジ、トモキと、目の前の少女によって行われた惨劇を見ていく。


「ああ、そこのチビにやられた」


ユキトは左手で失った右腕の傷口を抑えながら、顎で少女を指した。止められた時の中、少女は右手に大剣を握ったまま立ちつくしている。


「ち、ふざけやがってガキが…」


ユウはすぐさま腰の剣を右手で引き抜き、少女の首をはねようと腕を振り上げる。


「ん?」


そこでユキトは止まっている少女が不自然な事に気が付いた。


さっき、勇者の少女はユキトにとどめの一撃を加える為に右手の大剣を振り上げた姿勢で止まっていたはずだ、にもかかわらず。今は【右手は下ろされて】立っている?ユキトは見た、無表情の少女の目がユウの姿を追いかけ、瞬きするところを。


「まっ…」


ドン…


「が…ぼ…?」


瞬間、ユウの背中から大剣が生えた。


「あが…が…なん…で?」


肉厚の大きな大剣に腹を貫かれ、ユウは血を吐き出しながら驚愕に目を見開いていた。少女はそんなユウの胸ぐらを掴むと、力一杯引ひきつける事で腹を貫いた大剣を更に深々と押し込んだ。ユウは悲痛なうめき声を上げながら絶命し、剣を手に振り上げたままだった右手がだらりと脱力して剣が地面にこぼれ落ちる。


少女は無慈悲にその華奢な体を串刺しにしたまま大剣をもちあげ、先ほどと同じように血を振り払うかのように剣を地面に振るった。


ユウの華奢な身体は、地面に叩きつけられて上と下に二つに別れると力なく地面に転がって、時が止まったかのように二度と動く事はなかった。


「ゆ!!ユウっ…!」


立ち尽くす事しか出来ないユキトに、少女は顔を向ける。


「ひ…ひい!?」


ユキトはそんな情けない声をあげながら逃げ出そうとしたが足が動かない。その場で尻餅をつき腰が抜けてしまう。少女はそんな状態のユキトにすら容赦なくトドメを刺そうと歩み寄る。


「ま、まって…殺さないで!!」


惨めな命乞いを口から吐き出すしか出来なかった。

すると、森の何処かから笛の音が森中に響いた。その音を聞いた少女は、手にしていた大剣を今一度大きく振って大剣にこびりついた血糊を振り払うと背中に回して襷掛けして背を向けると、一度だけ小さな動作でユキトをチラリと見てから、鬱蒼と茂る茂みの中へ消えていった。


「み…みのがされた?」


ユキトはその場に一人で取り残され、そう呟いた。


数刻前


トモヤとシホは、良くユズと3人で身を隠していた小さな洞穴にいた。その洞穴は村から離れた場所で、トモヤがシホとユズに初めてあった場所である。


「ユズが言ってたの」


洞穴の冷たい地べたに躊躇なく座ったシホはゆったりと語り出した。


「いずれ、君は追放される。そうなったらしばらくはここにいるんだ…そうすれば君達は悲劇から逃げられる」


記憶の情景が脳裏に浮かぶ、クラスメイト達から暴行を受け、身体中に打撲の後を作りながら、ユズはシホに告げた、シホは当然の疑問を聞く。


「ユズは??」


「私はもうすぐ彼らに殺される」


ユズは乾いた笑いを浮かべながらそうつぶやいた。


「そ、そんな…」


しかし、ユズは素早く動いてシホの口を塞ぐ。


「逃げようとか、言うつもりだろ?盟友、ダメだよ、今は、それはダメだ」


シホが頷く姿を見たユズはゆっくりとか細い手を口からどける。


「私がどんな死に方をしたとしても、絶対に私をたすけるんじゃないぞ?これは約束だ、破ったら絶交だから」


盟友の言葉にシホは涙をこぼしながら首を横に振る。


「死んじゃったら絶交もクソもないよ!!…」


シホはそう絶叫した、しかしユズはそんなシホに普段の卑しい顔をして笑いかけた。


「それが、そうはならないんだ。信じられないと思うだろうが、私を信じて、見殺しにしてくれ」


ユズは穏やかな顔で、どこか誇らしげにそう言っていた。


その翌日、ユズはカオリやクラスメイト達の手によって嬲り殺しにされた。シホは約束した通りに、飛び出したくなる脚を必死に抑え、死にゆく盟友の姿を最期の瞬間まで目に焼き付けた。


「ユズのやつがそんな事を…」


全てを聞かされ、トモヤは洞穴の地べたに胡座をかきながらつぶやいた。


「でも、門脇のお陰で救われた…」


トモヤはユズを見殺しにしてしまった事をずっと後悔していた。それと同時に、強いギフトを選んでいれば、あの時ユズを助ける事が出来たのではないかと悔やみ、自問自答を繰り返して続けていた。


「その門脇って呼び方やめない?堅苦しくって好きじゃないんだよね、シホって呼んでよ、トモヤくん」


シホはそう言いながらも上着のブレザーを脱いで自分の膝にかける。


「ならお互いじゃなきゃフェアじゃない。さん、くんも抜きで行こう、よろしくシホ」


「うん、よろしく!トモヤ!」


2人はガッチリと握手をしてしっかりと友情を確かめ合う。


「で、この後は何か聞いてるのか?」


トモヤの言葉にシホは首を横に振る。


「それが何にも、ここにいろってだけなんだよね」


それはつまり、ここに誰かがやってくるという事なのだろうか?


「実はちょっとだけ約束をやぶっちゃったんだ」


シホはそんなふうに舌を出して笑う。何してんの?


「どれくらいちょっと?」


「本当はここにくるのは私1人って言われてたの、でも、トモヤにあそこで会ったからさ…どうせ生き残るなら2人がいいじゃん?そのうちユズにもまた会えるって話しなんだけど」


それで未来が悪い方向に変わったらどうするつもりなのだろうか…トモヤはそう考えながらも彼女らしい善意での行動に素直に感謝を述べる。


「成る程な、シホは俺の命の恩人なわけだ」


「そうだよ!もっと崇めたまえ!」


シホはこんなやつだったのか?彼女はドヤ顔で未発育な薄い体を張ってふんぞりかえっている。古くからの友人的な雰囲気のようにも感じられるが、トモヤがシホと2人きりでこんなにも長く話をするのは今日が初めてなのである。勿論、彼女の盟友、ユズとはこの洞穴で数回のやりとりをしただけである。


「あーいたいたー!やっとみつけたー」


「やっぱ2人で揃ってんじゃーん」


そこへ2人の女子が洞穴の中へと入ってくる。1人はすらっと細く身長の高いバスケットボール部ののぼりアケミと、同じくバスケットボール部で常にアケミと一緒にいる金魚のフン、西スミカである。


「いやー良かった、バラバラにいたらどうしようかと思っていたんだよね。さすがマオのレーダーは完璧だわ」


「うんうん!アケミの言う通り!手間が省けてたすかるたすかる!!」


2人は運動部特有の鍛え抜かれた身体に、殺害した冒険者達から奪った鎧や武器を身につけている。


「おれとシホは追放されたばかりだが、なんのよう…」


トモヤは立ち上がり、アケミの前に立つと唐突に首筋に電流が走る。ギフトがトモヤに危機を知らせてくる、何故?ここに危機は無いはずだ。そう考えたのも束の間、トモヤの腹を強い衝撃が貫いた。


「察しがわりいなあ…」


喉の奥から何かがこみあげ口を開くと、どす黒い血の塊が口から零れ落ちる。見れば、アケミの槍のようになった右足が、トモヤの腹を貫いている。


「トモヤ!!」


突如響くシホの悲鳴、槍のような足を引き抜かれ、脱力して崩れ落ちるトモヤにシホが素早く駆け寄よると、トモヤの身体を掴んでアケミから距離を取る。


「が!…はっ!」


口から血を吐き出しながらもかろうじて意識が残ったのは反射的に動いて掴んだシホの癒しの手によるものだろう。


「ありゃあ?あたし、今、死ぬくらいの威力で蹴りつけたんだが??」


「シホ!アンタやっぱしカオルに申告したギフトと違うものを持ってたんでしょ!なにが裁縫が上手くなるギフトだよ!!」


激昂するスミカは、両腕を剣にした。シホはクラスメイト達に裁縫が上手くなるギフトを貰ったと申告していた、クラスメイト達が騙されてしまう位に、シホの裁縫技術は突出していたのだ。トモヤが普段使いしていた獣の皮の水筒や草の繊維を編んで作った手拭いなどもシホのお手製である。トモヤもその本来のギフトを見てしまったあの日までは裁縫が上手くなるギフトだと思っていた程だった。


これもユズの指示によるものだ。癒しの手などと呼ばれるいわゆる他者を回復できてしまうギフトを所有していることがカオル達に知られればなんとしてでもシホを取り込もうとして来ただろう。


「なんで2人が私たちを攻撃してくるの!?」


シホはトモヤを支えながら身をひくが後は壁であり後はない、そんなシホとトモヤに2人はケラケラと笑い出す。


「そんなもん聞かなくてもわかるじゃん?カオルはこの場所を知るものは身内だけにしたいのよ」


「そーそー、だから今まで追放されてった奴らも同じように死んでもらってたわけだリヒトだけは逃しちゃったけど」


リヒトとは女性を隷属化するギフトを得たクラスメイトの1人だ。ユズが処刑された少し後、その能力を危険視したカオルにより追放された青年である。


「じゃ…じゃあ…今まで追放された…サトシや、ミサも…?」


トモヤの脳裏に追放されて行ったクラスメイト達の顔が浮かぶ、それを聞いたアケミは恍惚とした表情を浮かべる。


「サトシは傑作だったなあ…泣きながら命乞いしてたっけ…」


「ミサも最高だったよね!!手足をもがれる度にいい声で泣いてた!あれは最高に楽しかった」


狂っている、トモヤは心のそこから2人を軽蔑した。


「話はそこまで、そろそろ死んで貰っていいかな?私たち勇者討伐にも行かなくちゃいけないし」


「うんうん!残念だなあ、勇者さえ来てなければたっぷりいたぶって殺したのに」


アケミとスミカの2人は、クラスメイトの中でも純粋に強いギフトを得ている、アケミは槍となる脚。先程カイトの腹を貫いた槍はアケミの脚が形を変えた姿である。スミカは剣になる腕、スミカの両腕は鋭利な剣となり何でも切り裂く事ができる。バスケットボールで培った反射神経や俊敏性はこの異世界でも遺憾無く発揮され、2人の手により殺害された冒険者や行商人も多い。


再びトモヤの超感覚が反応した、背中を伝わりビリビリとする感覚がトモヤに生命の危機を伝えてくれる。しかし、ここに逃げ道はない、絶体絶命だった。2人は舌舐めずりするかのようにジリジリと間合いを詰めてくる。するとシホが何かをみて小さく声を漏らす。


「あ…」


シホのそんな反応にアケミとスミカは首を傾げた。


「!!?」


その直後、アケミとスミカは背後から伸びた手に口を塞がれ、手早く喉笛を深々と切り裂き解放される。2人は喉を抑えながらその場に蹲る。そんな2人の背後には小柄でカラフルな武者甲冑が、脇差を片手に立っていた。アケミとスミカは痛々しく首を抑えながらヒューヒューと息を漏らす音を鳴らしながら振り返ると、鎧武者たちは手慣れた動作でアケミとスミカの胸に飛び込む形で手にした脇差しを深々と突き立て、ズブズブと脇差しを彼女達の身体に沈めていくと、2人の女子の体から力が抜けていき、緩やかに地面に崩れ落ちる。


「む?」


一瞬の出来事に驚き固まるトモヤとシホを見て、カラフルな2人の鎧武者はキョトンとし、顔につけた猿顔の不気味な面を外す。その不気味な面の下からでてきたのは年端も行かない少年の顔である。


「こ…子供?」


トモヤは思わず声に出してしまったが、少年達は特に気にしてはいない様子を見せる。それどころか、どこか困惑した様子でこちらをジッと見つめていた。


「どうする?彼らも転生者のようだが…」


少年が隣にたつもう1人の少年を呼んだ。


「カイト殿からは転生者には情けは要らぬと言われているだろう?」


呼ばれた少年は脇差についた血糊を軽く振って払うと鞘に納め太刀の方に手をかけ、それに習いもう1人の少年も太刀を抜く。危機感知が告げている、彼らは俺たちも殺す気であると、絶対絶命の危機。


「あ、あの!!」


不意にシホが上擦った声を張ると、2人の少年はピタリと止まる。


「わ、私はシホといいます!こっちはトモヤです!」


唐突に自己紹介を始めるシホに訳もわからずトモヤは見ている、少年たちも同じ様子で、困惑している。1人に至っては手にした太刀をおろしてしまっている。


「た、助けて下さり!ありがとうございました!」


シホは深々と頭を下げ、感謝を述べるとトモヤもそれに習い深々と頭を下げる。


「あ、ありがとうございました!」


トモヤも声を張る。2人の少年は更に困惑した。


「ど、どうする?」


「ど…どうすると言っても…カイト殿は殺せと」


2人の少年はトモヤとシホの前で構えをとき、話し合う。


「だ、だが、礼節を重んじ、感謝を述べている相手を斬るのは気が引ける…お前もそうだろう?タニガキ」


タニガキと呼ばれた少年は小さく頷く。


「……やむを得ん、連れて行こう」


タニガキはそう決断して呟くと、対面の少年は息を呑む。


「い、いいのか!?我々の独断でそんなことをしたらカイト殿に怒られるのでは?」


再び囁かれるカイトという名前、タニガキは声を荒げる。


「仕方ないだろう!!彼等を斬るのは気が引けるのだから!」


少年達は少しの言い合いの後にこちらを睨みつける。


「ついてこい」


鎧武者の少年2人は洞穴からトモヤとシホを連れ出すと首から下げた笛を高らかに吹く。隣の少年も、それに倣い笛を口に咥えて吹くと、森の奥からも笛の音が響き遥か遠くまで音が続く。


「よし、行くぞ」


少年達は再び猿顔の面をつけ踵を返すと、タニガキが前を歩く。


「ついていけ、逃げられるとおもうなよ」


少年に突き飛ばされるように押し出され、シホとトモヤはその後をついていく。最後尾の少年は腰の刀を手に、等間隔についてきている。既に暗くなりつつある森の中をなんの明かりもなくただ無言で歩きつづけるのは苦痛だった、その間でもトモヤの首を危機感知が鳴り止まない。


その不思議な行軍は暫く続くと、急に森の中の開けた場所へと辿り着く。


そこには既に様々なテントが設営され、中央では囂々と大きな焚き火が燃え盛っており、少年たちと同じような装いの小さな鎧武者達が何人もいた。それだけじゃない、袈裟を身につけた長身の僧侶のような装いの男、重装備な甲冑を身につけ、傍らに大きな盾と槍を置いた男性と女性の3人、その横で大きな斧を背負った少女…全員が此方を見ていた。


「急に召集の笛を鳴らしたから何事かと思ったら…転生者は容赦なく殺せってカイトから言われてなかった?」


小さな女の子がそんなことを言いながら歩いてくるとトモヤとシホの前にくると、前に出てきた2人の少年を咎めながら、ジト目でトモヤとシホを睨みつける。女の子は小柄で、栗色のショートボブに翡翠色の瞳、ボロい布の服の上下に上からは革の鎧を身につけている。その背中には小柄な体型には不釣り合いな長く大きな大剣を襷掛けしている。


「はい…申し訳ありません」


「なんか、斬り辛い方々でして…」


咎められた言い訳を前に出てきた2人から聞くと、女の子は再びトモヤとシホを見つめる。


「ふーん…?」


アニメ世界にいそうな可愛らしい顔立ちで、シホとトモヤをジッと見つめたまま、クンクンと鼻を動かす。


「…なるほどね、確かに斬り辛いかもね」


女の子は1人で納得したように目を伏せた。


「タニガキ、サイトウ、この2人は僕が見てるから2人は周囲警戒に散って?あと、カイト呼んできて」


「は!」「御意!」


女の子に指示され、2人の少年は散り散りになって走っていく、暫くすると、野営地の奥から1人の少年が歩いてきた。


「お待たせしましたマール、何かありましたか?」


「遅い、次からは走ってこいっ」


女の子をマールと呼び、奥からやってきたカイトという名前の少年は、緑の髪に長い深緑の外套を上からはおりその下にはきめの細かな鎖帷子が見える。


「は、ははは…ま、まあ良いではないですか…」


どことなく頼りなさそうな印象を受ける、そんなカイトは視線をトモヤとシホへ向ける。


「彼等は?」


カイトはマールに問う。するとマールは肩をすくめて見せる。


「タニガキとサイトウが連れて来ちゃったの、なんか斬りづらいんだってさ」


マールから話を聞いたカイトは、改めて2人を交互に見つめると穏やかな顔をする。


「ふむ、なるほど…斬りづらい。立ち話もなんですから奥へどうぞ」


「転生者は容赦なく皆殺しにするんじゃなかったの?」


カイトはそんなマールに目を向ける。


「気が変わりました、彼ら2人とは少し話をしてから判断してもいいかと思いまして…それに」


カイトはマールに笑いかける。


「彼らが気に入らない存在だったら君は私が来る前に斬り殺していたでしょ?そうしていない時点で答えはでていますよね?」


カイトの言葉に、マールはつまらなそうに腕を頭の後ろに回し、イタズラな笑みを浮かべた。


「バレてたか…」


「お二人、こちらへどうぞ」


カイトは2人の前を歩き、暖かい焚き火のそばに敷かれた蓙の上へと招く、カイトは律儀に靴を脱ぎ蓙の上に行き、トモヤとシホもそれに習う。


「あなた達2人を生かすか殺すか判断する為に、幾つか話をしましょうか、どうぞ座って下さい」


カイトは2人と向き合うと、ゆっくりとそ蓙の上へ座り込む。


「カイト、何か飲むものをお持ちしますか?」


カイトの側に美しい白髪に青い瞳の少女が来てカイトに問いかけるが、カイトは首を横に振る。


「あ、シイロ!僕はあったかいの欲しい」


マールはそういいながら乱雑に靴を放り、背中の大剣を地面に突き立てると、カイトの横に行ってどかりと座る。


「わかりました」


シイロと呼ばれた少女は小走りでどこかへ走って行く。


「クウ、少し彼らと話します、マールも抜けるので、しばし周囲警戒を厳にするよう皆さんに伝えてください」


なぜいきなりそんなことを口走ったのかと思えば、何もなかったはずの暗闇から褐色の少年が現れる。


「わかった」


そして、どこかへ走って行った。カイトはクウが走り去るのを見届けてからトモヤとシホに目を向ける。


「さて、シホさん、トモヤさん、見ての通り、私達は貴方達転生者を皆殺しにする為にこの森へ派遣された討伐隊な訳です、あなた達が何を言おうが私たちがあなた方を殺す事は変わりません、それを理解してこの場に来ているんですか?」


カイトは穏やかな態度で柔らかく伝えてくる、しかし言葉に情は一切なく、どこまでも冷たい感覚を覚える。シホがここぞと前に出て頭を下げる。


「はい、仲間に殺されかけたわたしとトモヤに残されている選択肢は、殺される相手を選ぶだけなんで。だったら貴方達に委ねたほうが良いと考えました」


トモヤは、シホは何かを考えているのだと思っていたが…シホは何も考えてはいなかった。カイトは首を傾げる。


「それでわざわざ我々の前に飛び込んで来たと?面白い事を言いますね。てっきり私達は殺さないで欲しい、とか言うのかと思いましたが?」


「そう言ったら助けてくれるんですか?」


シホの言葉に、カイトは卑しく目を細めて不気味な笑みを浮かべた。恐らく彼はその時点で2人の殺害を命じただろうと、トモヤの危機感知が告げている。カイトはやるだろう。


「やるなら自分でやってよ?僕はパスだから」


隣で胡座をかいているマールは、シイロから銀色のカップを貰いながらつぶやいた。


「ほう?それはなぜですか?」


カイトはそんなマールに問いかける。


「ついさっき、その2人の仲間を何人か斬り殺してきたんだけど…彼らの臭いとその2人の臭いが違うんだよね、彼らは吐きそうなほどに血の臭いがしてたけど、この2人からは不自然なくらい土の臭いしかしない」


そんな事までわかるのか、とトモヤは驚愕し、注目すると。マールはクンクンと臭いを嗅ぐような仕草をしている。


「うん、だからこの2人は悪い事を何もして来なかったんじゃないかな?って思うんだよねえー…」


臭い?マールの発言の意図が理解できず、トモヤもシホも首を傾げた。そんな疑問にはカイトが答える。


「マールは鼻が効くんです、そのせいでわたしはしょっちゅう指摘されてますね」


「2人も毎日水で身体を拭くくらいはしなよ?かなり臭いから」


マールは笑いながら告げてきて、シホもトモヤも自分の臭いを確かめる。


「す、すみません!」


トモヤは謝るが、カイトもマールも穏やかなままだった。


「気にしなくていいですよ、その装いを見ればどんな生活をしていたかはわかりますから」


そこでトモヤは察する。ユズが言っていた事は一切間違えては居なかったと言うことに。もしもトモヤもシホも、略奪に参加したり略奪して来たものを手にしていたら、彼女の鼻でバレていたのだろう。ユズは言っていた、勇者は能力に溺れ驕り高ぶった転生者を決して許さないと、それはこういうことなのだろう。


「土の臭い…というのは?」


カイトは目を見開き、圧を感じる視線をシホとトモヤに向ける。


「心当たりはありますか?」


「それは…その、俺は毎日畑をいじっていたからだとおもいます」


トモヤはポケットからあの畑から持ってきた野菜の種を取り出してカイトに見せる。


「制作途中のトウモロコシの種と、この森で自生してた食べれる野草の種です…落ち着いた場所で野菜にする為に育てようと思っていました」


「とうもころし?」


隣でマールがそんなふうに首を傾げている。カイトはジッと睨むような目でトモヤを見る。


「その種はあなたがこの世界に持ち込んだものですか?」


「い、いえ…恥ずかしいことなんですが、この森にとうもろこしに似た植物が自生していたので、もしかしたら?と思って耕して栽培して見たんです…そしたらなんかうまくいっちゃって…あ、まだ全然甘くないんですけどね」


「つまり、何もない1から、姿形が近いからという理由だけで栽培して…とうもろこしにした…というんですか?」


カイトの問いかけに、トモヤは頷いた。


「そういった生産系のギフトとかですか?」


「あ、自分のギフト、危機感知といいます。昔、無効の世界で好きだったヒーローが持っていた能力で、危機が迫ると教えてもらえるってギフトで…そ」


風が吹いた、見ればマールの大剣が首筋スレスレにある。トモヤは失神した。


「あれ…普通に殺す気はなかったんだけどな…」


「マール、君のそれは脅しにはならないんですよ」


カイトはため息混じりに言い、トモヤを中心に水が広がって行くのを見て、ああ、やっぱりそうなるよねと、彼に同情する。


「シイロ、トモヤ君を頼みます。新しい服着せてあげてください」


「承知しました」


シイロは失禁したトモヤを抱えて立たせ、どこかへ連れて行く。


「こほん、ではシホさん次は貴女の番です」


カイトの問いかけにシホは小さく頷いた。


「え、えっと多分、クラスの皆んなが殺して野晒しにした人達の遺体を土に埋めて埋葬していたからだと…思います」


シホの言葉にカイトは目を丸くする。


「埋葬…ほう、何のために?」


「え…あの、そのまま野晒しだと可哀想だなって…思いまして…」


するとカイトは素早くシホとの距離を詰め、真剣な眼差しで問いかけてくる。


「埋葬した場所を覚えていたりします?」


「えっと…私達の…転生者の村の裏手ですけど…ひゃう!」


カイトは素早くシホの手を取り頭を下げた。


「感謝します、シホさん…!ありがとう!」


カイトはシホに礼を言うと、弾けるようにマールへ顔を向ける。


「マール、この2人は私が預かります。君は直ちに皆を連れ残りの転生者を掃討してください」


カイトの指示に、先程まで明るかったマールの顔が無表情になり、立ち上がる。


「おっけ、わかった」


そういうと、地面に突き立てていた大剣を再び襷掛けし、走っていく。と思えば走って戻ってきて何故かカイトを蹴飛ばすと、再び走っていく。


「見逃された…?」


舞台は変わり街道


その場に1人、取り残され腰砕になっていたユキトはようやく立ち上がる、震えてうまく動かない足を必死に命令して何とか歩くことが出来た。目の前にはさっきまで生きていたクラスメイトたちの無惨な亡骸が散らかされている。すでに血の匂いに惹かれてやってきた虫が集っている。


「くそ…くそ!何でこんな…」


ユキトは不甲斐なさに怒り太腿を何度も叩いて、震える足を動かしその場から逃げ出した。そうして時間をかけて自分達の村へと逃げ帰る。


村の中央では囂々と松明を焚いて灯りを付けながら、クラスメイト全員が集まっていた。


「ユキト!?」


「ソウジとトモキは?ユウも一緒だったのでは?」


クラスメイトは腕のないユキトの有様には顔を青くしている、ユキトは静かに首を横に振ると絞り出すようにつげた。


「みんな、殺された…」


「てめえ!」


怒り心頭でユキトの胸ぐらを掴み上げる体育会系の男、丸刈り頭の東片ひがしかたジョーはボクシングで鍛え抜かれ筋力倍加のギフトで筋密度を幾らでも好きなだけ調節が出来るようになっている。


「アケミもスミカも殺された、なのにむざむざ逃げてきたのかよ!!この腰抜けが!!」


ジョーの怒りの理由はユキトにも理解できた、ジョーはアケミに対してわかりやすく恋心を抱いていたからだ、ジョーの右フックをユキトはもろに受け、地面に倒れる。


「やめて東片くん!」


女子たちがユキトの前に立ち、今にも殴り殺さんとするジョーからユキトを庇う。ジョーは女子を殴らない理性は残っていたようで、ユキトとの間に割って入った女子達を殴ろうとはしなかった。


「仲間割れをしている場合ではありません、マオ、敵は何処にいますか?」


カオルの言葉に目を閉じて集中しているマオに問いかける。


「今は7人、ここの周りを取り囲んでる…あとは6人の塊が一つ、それと少し離れて1人います」


カオルは腕を組み爪を噛む、彼女は全知のギフトを使う時は大体この体勢になる。しばらくの長考の後、カオルはユキトかたりかけた。


「ユキト、何があったの??」


カオルはユキトの体を助け起こすと、そばの椅子に座らせ、水を与える。ユキトはその水を一気に飲み、頭にも水をかける。


「ユズが言っていた勇者だ…」


絞り出すように出されたその言葉に、その場にいたクラスメイト達が騒然とする。


「勇者…?ソウジはどうなったの?」


「…気がついたら下半身だけになってた、バターみたいに上半身が伸ばされて…」


ユキトは残った左手で顔を覆う。


「トモキも、その後殺された…でかい剣に頭を潰されて…」


ユキトは恐怖に震え、涙をこぼす。


「ユウが助けに来てくれたんだ…!時を止めてさ、なのにあのチビ…止まってる時の中でも動いてユウを貫いたんだ、それで…ゴミみたいに捨てやがった」


ユキトはユウの死に様を思い出し更に涙が溢れ出る、クラスメイトたち全員が恐怖に顔を染め、ジョーでさえ、ユキトを責めようとする気はなくなった様子をみせている。


「たった1人にその三人がなす術もなく倒されたというの…?」


カオルは圧倒的な勇者という存在の力に戦慄していた、超再生のトモキは兎も角、加速のユキト、即死のソウジ、時止めのユウ、その誰もがクラスの中で上澄みの戦闘力を持っていたはずだ。カオルは爪を噛む。その瞬間、勇者についての知識がカオルの頭の中に入り込んでくる。


「考えられるのは一つね、勇者には我々の女神から貰ったギフトが通用しないという事」


敵意を向けた相手を即死させるソウジを一瞬で殺害し、時を止めたユウを止まった時の中で構わず刺し貫いたというユキトの証言から導き出された答えはそれだけだ。


「ユキト君、勇者の外見は?」


カオルの問いかけに、ユキトは答えた。


「チビの女の子だ、栗色の髪をして…デカイ大剣を持ってる。ヒロ、お前の好きだったアニメの主人公に似てる」


ユキトの言葉に、冒険者達から奪った装備で勇者のような装いになったヒロはいやらしい笑みを浮かべる。


「ぬひょ!?ソードマスターメルルンでござるか!それは楽しみですな!」


この期に及んでも状況を理解できていないヒロが呑気な事をほざく。


「ねえ…ユキト?それって…あの子?」


女子の1人、おしゃべり好きのムードメーカー、春日部ヒナがその整った顔立ちを恐怖に歪めながら指を差す。ユキトがゆっくりと振り返る。


そこには1人の少女がいた、栗色のショートボブに翡翠色の瞳を暗闇の中で輝かせその背中には小柄な体には不釣り合いな大剣を襷掛けして背負っている。その両手は何かを引きずっている、それは不良グループの…


「リョータ…カズマ…」


不良グループのリーダーであるユウヤが言葉を詰まらせ、驚愕に目を見開いている。2人はまだ生きている、なぜなら手が少女の腕を掴んで必死の抵抗を見せているからだ。2人はかなり強いギフトを持っていたはずだ、しかし次の瞬間、2人の頭は少女の小さくか細い手に握りつぶされ、彼女の手を引き剥がそうとして力んでいた2人の両腕がだらりと地面に落ち、動かなくなった。


「ざっけんじゃねえ!!なにしやがんだこらあ!!」


ユウヤは怒りに身を任せ少女めがけて走っていく、彼のギフトは力の倍化、彼は相手に触れた力を何倍にも何十倍にもすることができる。彼が本気で殴りつければ、相手は血煙とかすだろう。だが、今回は相手が悪かった。


少女はいつのまにか右手に大剣を握って振り抜いており、ユウヤの上半身を草刈りか何かの様に地面に叩きつけパンに塗られたバターのようにユウヤの肉がモルタルの地面に薄く広がる。ソウジはああやってやられたのか…それを見ていたユキトは戦慄する。


「ユウくん!!テメェえええ!!」


ユウヤの彼女、ハナが怒りのままに手から光の槍を放つ。これは彼女が女神からもらったギフト、ビームライフルである、光の槍は真っ直ぐに少女へ直撃し、あたりもろとも吹き飛ばす。


「あっははははは!!クソガキが!ザマァねえ…ぜ?」


直撃に喜び歓喜していたハナは、しかし、直後に表情が絶望に固まった。ビームに吹き飛ばされた煙の中から、青い光の膜が現れると、その光の膜は少女を守るように覆っていたからだ。当然、少女は無事である。


「なん…だったらこれならどうだよ!!!!」


ハナは動揺するがすぐさま切り替えながらビームを連射する、様々なビームが少女を捉え地面を穿つ。


「こ…これなら…」


ハナが息をきらせながら見ると、少女は以前として青い光の膜に守られていた。


「それならこれでええ!!」


ハナは絶叫しながら極太のビームを照射する。しかし少女の青い光の膜にビームは防がれびくともしない。少女はその場にしゃがみ込み頭を潰されて死んだリョータとカズマの腹から何かを引き抜くと、振りかぶり此方へ向かって真っ直ぐに投げつけた。


ドンっと音の壁を叩いた音が響き一本がビームを照射し続けていたハナの頭を吹き飛ばし背後で怯えていたヒナの顔面に直撃して止まる。ヒナは仰向けにひっくり返り、ビクビクと痙攣しながらその顔に突き立った細く短い投げるための槍に触れ、力の入らない腕で引き抜こうとし…ゆっくりと脱力した。その間にも少女はもう一本を右手に持ち、振りかぶる。


「みんな逃げて!!」


弾けるようにカオルが叫び、クラスメイト全員が蜘蛛の子散らすように散り散りに逃亡を始める。その瞬間、少女の投げ槍がまた音の壁を叩く。


「あが…」


音速で飛んできた投げ槍は、立ち上がり逃げようとしたマオの脇腹に突き刺さると、槍はマオの小さな身体を連れて行き、すぐ前の建物の壁にマオを叩きつけ、串刺しにした。


「ま…マオ!!」


彼女と仲の良かったカオルは駆け寄るが、マオは既に事切れており大量の血液がダラダラと溢れ落ちている。


「みんな!メルルンは俺にまかせろ!!」


剣聖のギフトをもらったヒロは、剣を抜きながら勇者の少女へと向かっていく。


「ぬはは!いくらギフトが効かないとはいえ!俺の剣聖のギフトは技量によるもの!ギフトが効かなくても関係がない!!勝負だ!メルルン!!」


言葉通りの鋭い剣戟を放つが、少女はその一閃を後ろに身を退く僅かな動作だけで避けると、すごく小さくため息を漏らし、興味なさそうに剣を振り回すヒロの横を素通りしていく。


「ぬ!!貴様逃げるのか!?」


まるで相手にされずに素通りされたヒロは、即座に少女の背を打とうとした、だが、その背後の茂みから大盾に槍を携えた重装備の三人が現れた。


「な…仲間?…」


3人の重装備に固めた甲冑たちは、ゆっくりと横に広がり盾を構えた。1人だけ妙に長い槍を持っている。


「なんだ?貴様ら!いいだろうメルルンの前に貴様らを錆にしてくれるわ!!」


ヒロは重装備の三人めがけて一斉に飛びかかると、3人は揃った動きで盾を固め、まるで壁のように立ち塞がる。構わず切り掛かるヒロだが、3人の鉄壁の防御隊形に見事に弾き上げられてしまう、3人はその瞬間に前に出てくる。


「ぬわ!…な、なん?」


ヒロは三人の圧に押し出されて体勢を崩し、そのばで尻餅をついてしまう。その直後、重装備の3人の背後から飛び上がった何かが大きな斧を振り下ろす。それは少女、黒い髪に高価そうな服。その上から急所だけを守るように身につけた鉄の鎧で身を固め、その身長に不釣り合いな大きな斧をもっている。斧はヒロの顔面を砕き、そのまま地面に叩きつけ、ヒロだった肉が飛び散る。


「くそが!!」


ジョーは上着を脱ぎ捨て上半身を露にすると、背後から何かに貫かれた。


「えっ…?」


ジョーは目を見開き、下を見る。そこには自分の腹から生えた直槍があった、同時に聴こえてくるお経。


「が…ふ…」


ジョーは口から大量の血を吐き出すと、槍が引き抜かれジョーは力なくその場で崩れ落ちる。ジョーが薄れゆく視界の中で最後に見たのは、袈裟を来た僧侶の姿だった。


「こんな!こんなの無理だよ!」


2人の女子が泣きながら逃げ出した、すると女子の前から一陣の風が吹き遊び、そして気がついた時には2人の頭が綺麗に切断されて地面に倒れている。


そばには鮮やかな緑色の髪を頭の後ろで束ねた、RPGのヒロインのような外見の女性がおり、その手にした細く長い剣を一度地面に振るって血を払うなり鞘へと戻す。


「待って!!話をさせて貰えないかしら」


次々と現れ、クラスメイト達を殺害し続ける冒険者達の合間をすり抜けたカオルが声をはり、前で男子生徒を唐竹割にしている勇者の少女の前へと躍り出た。少女は無表情のままカオルの前まで行くと、容赦なく大剣を振り上げた。


「ほう?はなし…ですか」


不意に、少女の後ろから年若い少年の声が響く。すると今まで無表情だった少女が小さくため息を吐き出し、振り上げていた右腕の大剣を、そのまま背中に回して襷掛けするとゆっくり身を引いた。彼女の後ろから少年が歩いてくると、少女の隣に並ぶ。

少年はしっかりとカオルの顔を見上げ、カオルが提案した話し合いに応じる姿勢を見せている。


「私達はあなた方に降伏します…だから助けて下さい」


カオルは頭の中では再起を量ろうと考えていた、同じ人間ならば降伏してきた人間を無碍に斬ろうとは考えないはずだ。だから、今は一時の恥を受けながらも、兎に角、生き残ることが大事なのだと彼女は考えていた。ちゃんと対策を練り上げ、軍隊を作って、この勇者と呼ばれる小娘を次こそはちゃんと、必ず倒す。そう考えながら深々と頭を下げた。しかしカイトの返答は至ってシンプルなものだった。


「お断りします」


同時、隣にいたマールが手にした大剣を上に振り上げる。カオルは驚愕に目を見開いたまま上に跳ね上げられ、モルタルの地面に落ちる。


「この森を通る街道は、近くの街や村々に通る通商の要所になる大動脈でした、そこを一年近く封鎖し続け、それだけに飽き足らず、通った行商人や冒険者達を殺害し、彼らの財産を略奪し続けたあなた方に与える慈悲なんてものは、一切ないですよ」


カイトは穏やかな顔で緩やかに崩れ落ちるカオルの亡骸に吐き捨て、それを皮切りに至る所からカイトの仲間達が飛び出してきて恐怖に怯えすくみ上がったクラスメイト達を情け容赦なく殺していった。逃げるものは先回りされ弓矢に打たれ、泣きながら慈悲を願うものにも容赦なく槍が、剣が、斧が襲いかかった。全てが済んだあと、カイトの指示で転生者の少年少女達の遺体は横一列に並べて寝かされていく、身体の原型が残されていなかった物達もいたはずだが、いつの間にか綺麗に治されている。


「これで、全員ですかね?」


カイトの確認の後、最後に残ったユキトが武士衆に連れられてカイトの前に引き出される。ユキトは絶望に顔を染め、既に息絶えて並べられたクラスメイトたちの亡骸に目を大きく見開いてカイトを見上げる。そして何かに助けを求めるように周りを見まわし、見つけた。


「トモヤ…シホ?」


身綺麗な服を来て、寄り添い合う。トモヤとシホの姿を。その瞬間、絶望に染まっていたはずのユキトの顔が一変し、瞬く間に怒りへ染まってゆく。


「おまえらかああああ!!お前らがああああ!!」


ユキトは力の限り怒りのままに吠えた、しかし、直後やってきたマールに顔面を思い切り蹴飛ばされる。


「がふ!!がっ!」


顔が潰れ、倒れたユキトの顔面に、マールは容赦なく大剣を突き立て、息の根を止める。


「うっせえ…」


マールはそう吐き捨て、突き立てた大剣を引き抜くと、地面に向かって素振りして血を払った。


カイト達は用意周到に、抜かりなく、並べられたクラスメイトの亡骸を指差し確認で1人ずつ丁寧に数えている。


「残った生徒はあなた達を含めて二十名でしたっけ?」


カイトは2人に問いかけ、2人が頷くと、カイトは仲間たちを指示してクラスメイトの亡骸達を集めさせると、1人ずつ指差しで数えていく。


「18、19、20、全員ですね」


指差し確認でシホとトモヤも数えてから全滅を確認した。


「シホさん、埋葬した冒険者達のお墓の場所は何処です?」


カイトの問いかけに、シホは頷く。


「えと、こっちです」


シホはトモヤから離れると歩いて、カイトの手を引いて案内する。そしてたどり着いたのは、村の裏側の墓地である。


「これ、全部あなたが1人でやったんですか?」


カイトは驚いたような反応でシホに問いかける。


「たまに、彼に手伝ってもらいましたけど…」


嘘だ、確かにユズを埋葬した時は手伝ったが。それだけであるカイトはトモヤにも目をやると頷く。


「全員集合!」


カイトは唐突に声を張ると、周囲に散らばって街を調べていたカイトの仲間達が一斉に集まってくる。


「え?あの…?」


わけがわからず固まっていると、カイトがシホの両手を取る、それは握手だった。


「シホさん。あなたの善意は彼らの命を救いましたありがとう!」


命を救った?カイトははっきりと感謝を口にし、そして深々と頭を下げる。


「よし!全部掘り起こしてください!」


カイトの号令で彼らは墓を次々掘り起こし、次々と冒険者達の遺体を回収し、丁寧に地面へ並べていく。


「あの、何をしているんですか?」


トモヤが聞くと、カイトはにこやかにつげる。


「ああ、そうか、知らないんですね…この世界の冒険者と呼ばれる人達は、遺体があれば蘇生ができるんですよ。」


蘇生が、出来る?驚愕に目を見開いていると、カイトのそばに緑色の肌に黄金の瞳をしたトカゲ人間が顔を出す。


「カイト、人手が足りない、正確には治癒が出来る術師だ。」


聞いたカイトは腕を組み困り顔をした。


「それは困りましたね、もう街道で蘇生した人達は帰してしまいましたし…」


「あ!あの!」


シホがカイトに名乗りあげた。


「わたしのギフト、癒しの手っていうものです…触った人の怪我や病気を治せます…何か、お役に立てませんか?」


カイトは少しだけ眉を動かす。


「カイト、既に酷く風化しつつあるものもあって悠長に考えている暇はない、一刻を争う。今は女神のギフトであろうがなんだろうが、使えるなら頼りたい、彼女に手伝ってもらおう」


ギムルの要望に、カイトは即決する。


「では、お願いします」


「私はギムルだ」


ギムルと名乗ったトカゲ男はシホに握手を求め、シホはその手をとる。


「シホです、よろしくお願いします!」


シホは怯えながらも手を握り、ギムルはトモヤにも握手を求めた。


「と、トモヤです」


「よし、早速始めて行こう」


ギムルは、白骨死体の前に座る。


「今から私が蘇生するから、人のかたちになったら触れてくれ」


「え?…あ?え?」


 ギムルは言いたいことだけをいうと呪文を唱え始めた、すると、白骨化した冒険者が大きな赤い水の玉となり、再びヒトの形を形成して行く。


「いまだ、触ってくれ」


ギムルに言われ、シホは形成された人型に触れると、早送りのようにあっという間に人の姿へと戻って行く。最初に蘇生されたのは金髪ショートの少女であり、白骨化した状態からの蘇生なので当然裸である。


「トモヤ、私達は少し離れていましょうか」


側で見ていたカイトがそう提案するので、トモヤは頷いた。


「女神のギフトとは凄まじいな、俺の回復だけではこうも早くはならない、よし次行くぞ」


ギムルは実に気分良さそうに立ち上がると、シホを連れまわして次々と冒険者の墓から掘り起こされた遺体を蘇生してゆく。トモヤは、カイトと共にそんな蘇生風景を遠くから見つめていた。シホの癒しの手は、蘇生させた冒険者の目覚めも早いようで、次々と裸の冒険者達が身を起こしていく。


「どうかしましたか?」


トモヤの表情から何かを感じたのかカイトがやってきて隣に並ぶ。トモヤは無言で、集団の墓荒らしを見つめ続けていた。


カイトの仲間達が駆け回り、そこら中で墓が掘り起こされ、次々と遺体を引き上げていく。そんな中で、再び埋められなおすもの等もあった。


「シュウ殿!」


カラフルな鎧武者の少年たち袈裟を身につけた僧侶を呼びつける、僧侶は直ぐにしゃがみこみ、お経を唱えながら供養をし始める。


「俺たちのしてしまった事に対する、償い方がわからないんです」


「ほう?あなたも彼女のように妙な事をいいますね?」


カイトはこちらを見ながらつぶやいた。


「貴方は略奪には参加していなかったのでしょう?ならば、貴方には関係がないのではありませんか?」


「そんな事はない!…です、すんません」


思わず声を荒げてしまい、小さく謝った。カイトは和かに向き直る。


「そういえば、先ほど貴方が言っていたトウモロコシを見ました、立派なものでした…とても知識なしで作った物には思えない」


カイトの問いかけにトモヤは頷いた。


「へ…へへ、農業なんてこの異世界に来てから初めてやりましたが…結構楽しいんですよ」


「それで最初に作ったのがあのトウモロコシ…新たな穀物の登場と需要は、この世界の食卓を支えることでしょう…あなたの罪はこの世界に貢献することで償えばいいのです…まあ、私が偉そうな事はいえませんがね」


「カイト殿!こっち来てください!!」


すると不意にカイトの名を恰幅の良い男が呼びかけ、カイトはそっちへ向かう。手持ち無沙汰なトモヤは、カイトについて行くことにした。その先には一つ、大きな木の根本に、ポツンとした墓があり、すでに掘り起こされている。


「あ…」


それは仲間の狭霧ユズの墓である。掘り起こされた墓から、恰幅の良い男の合図と共に、小柄で背の曲がった彼女らしい小さな骨が引き上げられる。彼女の死因となった砕けた頭蓋骨が実に痛々しく、トモヤはおもわず目を逸らした。


「カイトさん…彼女は、オレ達の仲間だった子です」


「彼女…という事は転生者なんです?」


カイトの疑問に、トモヤも疑問を浮かべる。


「そうですけど…それが、何か?」


「彼女、冒険者になっていますよ?」


「…え?」


「ですから、彼女は冒険者になっています、ですので、加護が少し足りませんが、蘇生は可能ですね」


カイトはそう言ってしゃがみ込むと、ユズの小さな骨をまじまじと見つめる。


「彼女の事、少し教えていただけませんか?」


カイトはユズに興味を抱いた様子で聞いてきたので、ユズのことをカイトに話した。


「なるほど、予言された全滅の未来から救われる方法を語り続け、激怒した仲間達に処刑された…と、いつの時代も、人は変わりませんね…」


カイトはそう言ってユズの損傷した頭蓋骨に触れると優しく撫でた。


「いいでしょう。マール!だれか、マールを呼んで下さい!」


カイトは唐突にマールを呼びつけると、マールは走ってやって来た。


「なに?カイト」


マールはチラリとトモヤを見て、次にユズの骨を見下すと、大した興味もなさそうにカイトと向き合った。


「私の加護を、彼女に分け与えてくれませんか?」


するとマールはカイトの言葉を聞き、そばに横たわる骨を一瞥する。


「彼女?それは、別にいいけど…」


マールは曖昧な表情を浮かべながらも右手に巻かれた青い水晶の腕輪を右腕ごと晒し、それを見たカイトは腰にさしたダガーナイフを抜いて自らの腕を浅く斬りつけると、血が滴る腕をマールの腕輪に密着させる。


すると、カイトの血液か腕輪に触れた瞬間青い光に変換され、マールの腕輪に吸い込まれていく。


「おっけ、カイト、離れて?」


マールの指示をうけ、カイトはゆっくり離れるとマールはユズの頭蓋骨に触れる。すると青い光がマールの腕輪からユズの頭蓋骨に流れ込んでゆく。


「ギムル!彼女の蘇生もお願いします!」


カイトの呼びかけにギムルと呼ばれたトカゲ人間とシホがやってきて、シホはユズの亡骸を見て息を詰まらせた。


「そ、蘇生?彼女は私達の仲間ですが…」


シホもトモヤと同じことを聞いた。


「え!こいつ転生者なの!?」


何も知らないマールは、加護を流し込みながらも今更な反応をする。


「カイト!!騙したな!」


「まあ、良いではないですか、たまにはこういう。あ、ちょっとやめて!」


マールは止まることなくカイトをはっ倒すと、その両足を掴んで捻り上げ、見事な関節技をキメた。


「とりあえず蘇生するぞ、シホ、手伝ってくれ」


「は、はい!」


いつものやり取りだからなのか、ギムルは2人の行為を無視して蘇生を始める。ユズの小さな骨は赤い水となってから人の形へと戻り、シホが触れると倍速で小さな女の子が形作られていく。足まである長い髪に未発育な寝顔はとても同い年だったとは思えない。ユズの姿は狂ったような言動で喚き立てる姿と、狂ったように赤い水を飲む姿しか見たことがなかったため、こうして穏やかな少女のような寝顔をしている姿は初めて見る。


「う…」


ユズは小さくうめきながら目をパチリと開き、右、左と見てから目を座らせる。


「目覚めが早いな」


ギムルはユズの額に触れて温度を確かめ、シホもユズの顔を覗き込む。


「はは…どうやら上手く行ったみたいだね」


「ゆずーーー!!!」


ユズのそんな軽口に、そして一年ぐらいぶりに聞いたユズの消え入りそうな親友の声に、シホが弾けるように抱きついた。


「そんなになくな、盟友、それと少し苦しい」


ユズはシホの体をタップしてシホを引き剥がすと、ゆったりと体を起こしてカイトに関節技をキメ続けているマールを観る。


「む、カイト、転生者起きたよ?」


マールは露骨に嫌悪の視線をただユズへと向ける、しかしユズは何をするでもなく体を起こしたまま、頭を垂れ、出来る限りの範囲で服従するような姿勢を作る。


「私は、貴女が来ることをずっと前から知っておりました…勇者様」


「………」


マールはカイトを雑に解放して無表情になると背中の大剣に手に取る。


「や!やめて!!」


シホが、ユズの前に出て庇う様な体勢を取る。しかしユズは満面の笑みで、シホの体を押しのける。


「良いのだ盟友、勇者様の意思に身を任せるしかないのだ…」


ユズはゆっくりと膝立ちになると、首を差し出すように四つん這いになる。


「…なんの真似?」


無抵抗に首を差し出してきたユズに対して、マールは無表情のまま吐き捨てた。


「勇者様は転生者を決してゆるさない…知っておりますとも、ですから、どうぞお斬りください。」


ユズはそう言って首を差し出すような体勢へもどると、マールは盛大に息を吐き出し、大剣を地面に突き立て、ユズの後頭部を掴むと仰向けになるようにひっくり返す。


「うひゃあ!!」


ユズは可愛らしい声をあげながら華奢な身体が盛大にひっくり仰向けになると、マールはその首を掴んだ。


「バカカイトが自分の加護を分けてまで蘇生したんだから、死に急がないでよ。あと自殺も禁止!わかった?」


そんなマールの言葉にユズは小さく頷いた。


「有り難きしあわせ…」


そんなやりとりを見ていたカイトは起き上がり服についた土埃を払う。


「マールが自分の意思で斬らなかったのは珍しいですね…」


そんなカイトの脛を、マールは思い切り蹴飛ばした。


「痛った!!」


「ふん!」


マールはそのまま足早にどこかへ行ってしまう。そこでギムルもシホの肩を叩く。


「こうしている場合ではないぞシホ、次にいく」


「え、あ!はい!」


ギムルはすっかりシホの事が気に入ったようすで、直ぐに立ち上がると次の遺体の元へシホを連れて行く。


「ユズ、またあとでね!」


シホはギムルに手を引かれながら叫び、ユズは仰向けに倒れたまま右手で顔に触れ、笑みを浮かべている。


「とりあえずこれをどうぞ…」


カイトは自らの外套をユズに差し出した、ユズは再び体を起こすが、カイトから外套を受け取ろうとはしない。


「ん?」


「カイト殿、あなた様の外套は受け取れません。それは勇者様の所有物です」


ユズは名乗ってもいないカイトの名前を呼び、そう言って頑なに受け取ろうとはしなかった。するとマールが早足でやってきてユズに服を投げつける。


「へ!変なこというのも禁止!!」


マールはそういいながらカイトの腕から外套を取り上げると、顔を真っ赤にしながらカイトの手を掴みどこかへつれていった。


「…トモヤ」


2人きりになり、静まり返るなか、不意にユズがトモヤに呼びかけた。


「なんだよ?」


トモヤは膝立ちでユズの顔を覗き込む。


「身体に力がはいらん、服を着せてく…れ」


ユズはそこで言葉が途切れると、目を閉じて仰向けに倒れた。


「ちょ!?ユズ?」


トモヤは素早くユズを抱き起こすと、ユズは静かに寝息を立てていた。


「どうしました?」


そこへ、シイロがやってきてユズの顔色を見て目を見開く。


「たいへん!このままだと餓死しちゃう!」


シイロはユズを素早く抱き上げると、何処かへ走って言った。後で聞いた話だが、蘇生後すぐの冒険者は燃料が無い状態と同じなので無理に動くと餓死してしまうのだという。トモヤは1人その場に取り残された。


「とりあえず…手伝おうかな?」


トモヤはそう言って立ち上がると、目の前を行き交う武士集団に手伝いを名乗り出たのだった。

色々試してみました結果、文章力は増えるし頭がパンクしかける二回書き直すしで大変でした。


次回からは再びカイトとマールの視点に戻りまして、いよいよエルフの国に辿り着きます。どうぞ、お楽しみに。



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