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リオン -剣術使い-  作者: 笹沢 莉瑠
第七章 ついに現る、平和の綻び
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【第7章8】孤独な炎と青

 向かいうける風で、フードが外れそう。外れて顔があらわになる前に、男の節ばった手はフードをつかんでいた。

 綺麗に整備された町中を埋めつくす道。旅人風の恰好で走りいく彼は、颯爽とマントをなびかせた。暗い道に、人は当然おらず。時折通り過ぎる建物からの明かりは、きっと酒場のものだろう。夜が更けてもまだにぎやかさは残っていた。


 グレイは現実から逃げるように、足を急がせた。明らかに足並みや体力は、目をそらせられない程に向上している。それでも、闇にまぎれてしまえば事実を直視せずにすむような気がしていた。

 彼はさっき、屋根上でこちらへ進行してくる武装集団を見た。多くの炎にてらされた旗に浮かぶ白馬。それはアーリアの騎士団という証だった。

は追われている。だが、何処に追われているのかはさっぱりだ。近づいてくるものには、警戒せねば)


 自分の思考の一人称が、若返っていることに気づいたグレイはすぐに顔をしかめる。実に悔しそうに舌打ちをして、道をたどる。日が暮れる前に通った道を逆に進み、この町の城門へ急いだ。

 宿が多く立ち並ぶところを抜けてしまうと、途端に目に明るい光が飛び込んでくる。通った覚えのない明るさに、グレイは困惑する。

 鮮やかな色に彩色されたランプに、更けた夜に媚びた手つきの妖婦。着飾りながらも、露出を忘れない売春婦。

 情事を売り物にする娼婦は、すぐさま立ち去ろうとする男に声をかけた。

「ねぇ、おにいさん! ちょっと休んでいきましょうよ」


 グレイは声をかけられても、聞こえていないようにさっと通り過ぎた。それでも諦めきれない女は、グレイの腕をつかんでいた。

 腕をひっぱられた反動で、グレイのフードが外れる。あらわになった顔をみて、女は一瞬だけ目を見開きそして紅のついた唇の端を持ち上げた。

 相変わらず無愛想なグレイは、ふんっと不機嫌に腕をふるう。女の長い爪先が離れると、足早に娼婦のそばを立ち去る。

 夜中だというのに、まだまだ人がいるこの通り。人が多く、グレイも全力で走って駆け抜けることはできなかった。現に、今。早足のグレイにぶつかった人影がある。


「きゃっ!」

 派手にぶつかって、地面にどんと落ちた人影。さすがに悪いと思ったグレイは足を止め、倒れこんだ人に手を差し伸べた。謝りながらその手をとった人物は顔を上げる。長い黒髪をたらした女の顔がグレイの目に飛び込んできた。

 グレイは結んだ口の端をくっと引き伸ばして、女を引き上げた。大きな手に引っ張られて、立ち上がった女は申し訳なさそうにまた謝る。

「すみませんでした。あの、お怪我はありませんか……?」

 気遣わしげにグレイを見た女は、さっきの娼婦などよりもいい意味で違っている。そういった様子にグレイは嫌悪感を引っ込めて、しっかりと答えた。

「いえ、こちらが悪かった。俺は大丈夫だが、貴殿も怪我などしておらぬか」


 まるで、現代の貴族のような言葉遣いに女はびっくりして飛びのいた。ただ単に、グレイが何百年も前から生きている故の言葉遣いなのだが。フードつきのマントを着ているこの男を、女は貴族だと勘違いしてしまった。

「いっいいえ! こちらこそとんでもありません。わたし、急いでおりますので御用の際はこちらへどうぞっ」

 早口でしゃべりきった女は疲れた様子で息はつく。それでも、しっかりと紙をグレイに手渡している。グレイがちゃんと受け取るのを確認すると、女はぴゅーっと夜の明かりにまぎれてしまった。


 あっけにとられたまま、グレイは見えなくなった女の背を見ていた。そのうち気が付くと、もらった紙に目がいく。店のものと思わしき名前と、彼女本人らしき名前が入ったものだった。

『芸者一連 さつき

           マミ・サツキ』

 後に名刺と呼ばれるものだったが、今では名称もない紙を、律儀にもきちんと折りたたんで懐にしまう。そして、時間が空いたならばぶつかった詫びをしに伺おうと、思う几帳面なグレイであった。


「さて……」

 一段落ついたところで、夜の町に並ぶ明かりの上に見える東の空を見上げた。城壁に囲まれた町である以上、空の見える面積は狭い。しかし思ったよりも時間をかけていたようで、もう東のほうが白くなっている。

 もうあの騎士団は、城壁の中へ入ってきているのかもしれない。それでも、とグレイは建物同士の間の路地に上手く滑り込んでしまうと、息でも吸うように軽く飛び上がった。二階建ての建物の窓ぶちを足がかりに、トントンッと音は弾むように。


 建物の屋根まで上ってしまうと、急に空は広くなった。宿屋の屋根より若干、しっかりとした屋根にグレイは両足をつけた。

 グレイが屋根まで上ったのは、空を見るためではない。人の多い地の道をさけ、野良猫ぐらいしか通らないような道を行くためだった。ちゃんと城壁の門を確認して、闇にまぎれる黒猫のように跳ぶ。

 建物と建物の間をとびこえてしまうのは、若返った体にとって快感のように思える。今までの記憶は変わらないのに、精神まで若くなるのにはグレイの背筋が凍る思いだ。


 音をつれてくうを浮く。すっと息を吸うたびに、跳んで。ふっと息を吐くたびに、駆けて。しばらく屋根の上を移動していくと、騒ぎきらめく一角は過ぎ去った。やがて、そびえる城壁が見える。灰色の石を積み上げ、隙間には接着剤のような役割をする土がはめられて。

 グレイは静かに速度をゆるめた。並ぶ家屋の間から色づきの明かりではなく、炎の色をちらりとのぞかせる。炎の影は伸びて向こうの家の壁も色づかせて。

「もう、さすがに壁の中に入っていたか」

 呟くが、息のでる音しか聞こえないような。


 馬の落ち着いた息遣い。鋭い槍と剣を持つ集団の足なみは揃い。話し声はその音らに隠れて見えず。

 町の中央に立つ城への道を一直線。進む軍勢のような行列は、先頭に旗を掲げる。遠くからでも見えた翼の生えた白馬が、いやに大きく誇張されているようで。

 グレイは足を止め、身をかがめた。音をたてないように、屋根のふちへにじり寄る。下を覗き込んで、大通りに広がる火影を見つめた。

 進む騎士の多くが頭に金属のかぶとを被っていたが、位の高そうな騎士は顔を出している。特に、顔をあらわにしている騎士が三人も固まっている辺りがあった。あの辺りが、この行列の中央なのだろう。


 眠る町を、おごそかに進む騎士の並び様は、まるで葬式の弔問のよう。周りの騎士たちはそれこそ黙りきっているのに、顔を出している騎士はおだやかに談笑していた。

 いぶかしむように、グレイはもっと端へ寄る。それが丁度、彼らが近くを通る頃だった。だから、グレイは彼らをごくはっきりと見、そして彼らもグレイを闇の中に見た。

「――っ」

 何事もなかったように、通り過ぎる騎士。驚いたように息を呑んだのは、グレイのほうだった。


 だんだんと騎士団の行列の最後尾が近づいてくる。そのときになって、やっとグレイは我にかえった。そして互いに存在を知ったということが、だんだん飲み込めてきた。すぐさまグレイは立ち上がり、騎士の波が通ってきた道をたどるように駆け出す。グレイは目をらんらんと燃やし、速度はさらにまして残像すら残さない。

 生きた目。若さを取り戻した目には、明らかな違いがあった。それは燃えていた。目を合わせたときに見た一人の騎士の姿を、奥にしっかりと焼き付けて。長い黒髪、手にしていた炎が顔を濃い影に包んでいた。それでもなお、見えた確信の証拠は目だった。影のなかで唯一光を拾った目は青く。

(今のが髪が長かったら、アイツに瓜二つかもしれない)


 夜を駆けるふくろうのように、すばやく飛ぶグレイは城壁を目指す。グレイが入ってきた町の入り口へ。

 グレイが覚えていること。数少ないそれには、ある人物に向けた憎しみがある。その人物というのは、グレイとそっくりだった。他人の空似は災いして、今普通なら生きているはずのない彼が、生き続けている原因となった。

 グレイの旅の目的といえば、それだった。ある人物というのは今はすでにないが、子孫がおり今でもその名は名高いそうで。目的、その子孫を一掃。


 自分を追う者かと思えば、自分追うほうの人物が現れる。これは何かの因果なのか、とグレイは答えを求めるわけでもなく問うた。もちろんそれに答えるものはいない。夜風に声を織り交ぜてしまえば、よほど耳のいい者にしか聞こえない。

 今は、情報を欲する。そんな彼は不意に、ある建物の上で立ち止まり静かに下り始めた。もうすぐ城壁の門を守る兵士が見える距離になるのだ。グレイはどうやって彼らに話しかけようかと考えながら、頭をおおっていたフードを取る。一応の用心のために、隠してあった武器の確認。そしてマントについてしまった土ぼこりを払った。


 普通の速さで歩いていった。城壁までの距離は思ったよりも遠く感じる。それだけ城壁は大きいということ。

 城壁の門は当然閉じられていた。日が完全に落ちてしまい、暗闇に包まれれば、どんな町だろうと訪問者を拒む。それが上の身分の者でもない限り。ちなみに、去るものは何の抵抗もなく去ることが可能だ。さて門には、入ってきたときと同じように衛兵が立っている。宵闇でも見渡せるようにと、赤々と燃えるたいまつがあった。それで照らされている範囲は広い。衛兵の持つ影は足元においてあった。


「どうも、こんばんは」

 赤い光の範囲に、足を踏み入れる前。グレイは普段の様子を取り払って、陽気な旅人のように片手を挙げる。

「こんばんは。夜更けですが、出発ですか?」

 グレイたちが町に入ってきたときの衛兵よりも、この衛兵は丁寧なことばを遣う。これなら友好的に会話ができると感じたグレイは、にっこりと笑った。前のままだったなら使われていなかった筋肉がひきつってしまっていただろう。でも、違った。

 今、彼は黒髪に、炎の加減で揺れる青の目をした好青年だった。

 大変長らくお待たせいたしました。七章の八話目です。

 今回は、グレイだけの視点でした。グレイ単品のときは、サブタイトルに「孤独な」をつかうこととしましょう。


 さて今回は、伏線をひろえたのかなと思います。代わりに、違うものが出てきましたが。七章は女の子いっぱいです。

 次話は、グレイの続きとなります。衛兵さんとお話して、そこで何を得るのか。ニィラとレベッカとはどうするのか。ちゃんと入ればいいのですが。


 今年は忙しいです。改稿と平行して新話をしているのでなおさら遅い更新ですが、それでも待っていてくださる皆様に最大の感謝とお詫びを。


 個人的なものですがひとつ。六月二十七日は、「リオン -剣術使い-」のもとを書き始めた日であります。今年で二年経ったことになります。こんなにも長い間、連載できる・書き続けられるものに出会ったのは初めてで、是非とも何年かかろうと完結させたいと思っています。

 ここのサイト様に出会えた偶然に感謝を、皆様が目に留めてくださった事実に感謝を。

 私の文字で、少しでも何かを感じてくださいますように。


                               笹沢 莉瑠

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