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リオン -剣術使い-  作者: 笹沢 莉瑠
第七章 ついに現る、平和の綻び
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【第7章5】ゆるやかな平和の崩壊

「そういえば、何があるのか知りませんけど、夜中のうちに国の騎士団がきたらしいですよ」

 給仕の言葉に、レベッカの眉がぴくりと反応した。給仕の青年は、かまわずに続けた。

「いやぁもうすぐお祭りですし、そのための警護にでも来たのかなぁ」

 自分の憶測を述べた給仕に、レベッカは丁寧に礼を言って、名を聞いた。給仕は名を聞かれたことに、疑問を抱いたようだったが素直に答えた。

「あぁ、オレはイムっていいます」

 イム、と名前をかみ締めるようにレベッカがつぶやくと、厨房のほうから彼を呼ぶ声が聞こえた。イムははいはい、と返事をしながら厨房のほうへ駆けていく。


 昨日の夜と負けず劣らずおかしな様子のレベッカを、しげしげと見つめるニィラ。イムが戻ってくるまでに、ニィラは聞いてみた。

「ねぇ、おねえちゃん。どうして、あの人のなまえを聞いたの?」

「ん? ちょっと気になったからねー」

 なにが? とニィラは首を傾げたが、レベッカは答えなかった。頬杖をついて、食堂の出口のほうを向いている。わずかに開かれた扉から、急がしく行き来する人々の足がみえていた。

 イム以外の給仕は隅のほうで、もうすぐ来る祭りや昨夜いた詩人の詩について話していた。世間話という程度のものだったが、それさえにもレベッカは耳を澄ましていた。

 数分すると、イムはパンが入った籠を持ってきて、『おまちどうさま』とレベッカたちのテーブルに置いた。つけあわせのスープとサラダは、ほかの給仕係が持ってきた。


 湯気と共に香ばしい香りがする食事に、目を向けなかったレベッカは、厨房のほうへ戻ろうとするイムを呼び止めた。

「イムさん」

 呼ばれたイムはくるりと振り返った。渋い色のエプロンがふっと浮き上がった。なんですか、と営業用の笑顔で問いかけるイムに、レベッカは同じく営業用の笑顔で言った。

「私、ここで仕事を探さなきゃいけないんですよ。どこかいいところ、知りません?」

 木の椅子から立ち上がったレベッカを、イムは足の先から頭のてっぺんまで見た。特に腰のバッグを見たイムはひとつ頷き、どこからか紙を取り出してレベッカに渡した。

 紙をもらったレベッカは、紙に書かれた内容を確認しないまま手の中にしまいこむ。

「ありがとうございます。これで一安心です」


 そう笑った。そして、イムもにこやかに言って厨房へ戻っていく。

「いえいえ、思いがけない出会いはいいものですから」

 一瞬、レベッカの背筋を冷たいしずくが伝って落ちた、ような気がした。レベッカは動揺を胸のうちに押し込み、平然とした様子で椅子に座りなおした。ニィラに声をかけて朝食を一緒に食べる。

 昨日の朝とは大違いだ、そうニィラは思いながら口をひんやりとした水で潤した。昨日の朝は、レベッカが途中まで一緒に旅する、と聞いて嬉しくなって大はしゃぎした。乾いたパンと水だけの軽い朝食だったのに、とっても楽しいものだった。

 ふぅっと息をついたニィラは、パンをちぎりスープに浸して口に運んだ。


 テーブルの上のものを食べ終えた二人は、席を立った。レベッカはカウンターにいる宿の主人に声をかけた。

「あのぉ、すみません。もう一日、部屋続けて借りられませんか?」

 いいながら銀貨をすこし多めに取り出した。それをみた主は、気前よくうなずき銀貨を受け取った。礼を述べたレベッカは、ニィラをつれて部屋へ戻った。

 階段をのぼる途中でニィラに疑問の目を向けられたが、レベッカは部屋で話すわ、と言って質問を受け付けない。親しげな態度はあるものの、気まずい雰囲気が二人の間にあった。


 階段をのぼりきって、部屋に戻るとレベッカは唐突に話し始める。

「ニィラちゃん。私、アーナスさんがすぐ帰ってくるって言ったけど、正確にいつかっていわれてもわからない。だから、私が外でアーナスさんを探す間、この宿で待っててくれないかしら?」

 ニィラはこくん、と頷き質問をレベッカにした。

「ねぇ、さっき言ってた気になることって? あたし、何もできない子供でいたくないよ。ほんのちょっとだけでも、力になりたい! ここでお留守番することも、おねえちゃんの力になれるならやるよ! でも、あたしそれが気になって……」

 真剣な表情でレベッカを見つめるニィラ。レベッカは、まだまだ子供らしいなっと内心苦笑した。レベッカの手が伸びてニィラの頭をなでた。


「アーナスさん、追われてるって言ってたでしょ? だけどなぜ、誰に追われているのかは分からないっともいってたわ」

「うん」

 素直にニィラは相槌をうち、レベッカは話を続ける。

「アーナスさんにも目的地はあることだし、着くまでの間はあんまり物騒なことにはなりたくないわ。だからアーナスさんを追っている相手、その理由を突き止められれば厄介なことを回避できるかもしれない。そうするために、まず情報が必要なの。普段と変わったことは旅する私たちには、分からないけどそこに住む人なら分かる。だから、イムさんに聞いたわ、アーナスさんの不在をおりまぜて」


 さっきイムから聞いてみて、出てきたのは『国から騎士団』。もしかしたら、グレイを追って来たのかもしれない。だけど、アーリアの騎士団といえば少数精鋭部隊、国に使える高位の兵の集まりだ。それがたった一人を追うために、夜通し移動してくるほど大変なことをグレイはしたのか? そうならば、国中大変なことになって、グレイはのんびり泊まっていられるはずもないのだが……。

 もしそうだとして、レベッカがその騎士団の団長だったら、彼女は騎士団をいくつかに分けてグレイを追い、『騎士団の一部がここにいる』という情報を伏せて彼についての情報をまとめるだろう。つまり、騎士団がグレイを追っている場合、一介の町人が騎士団の来訪を知っているはずもないし、裏で国の政府とでもつながっている者であっても軽々しく口にするはずもない。

 だがイムは町の祭りの警備だとか述べていたが、確実に祭りの規模はアーリアの首都の方が大きい。祭りの警備云々が目的で、きたわけではないことが確かだ。

(あのイムという男……、私たちと同じようなニオイがするのよね)


 そこまで考えてレベッカは息をついた。

「ふぅ。まぁニィラちゃんにも分かるように言うと、あのイムっていうひとはキーマンなの。だって、私の聞きたいことをこちらが示唆する前に、答えてしまったでしょ? そこが気になったのよ。なんらかの関わりや、あのひとの情報は持っていたほうがいいと思うけど、あまりこっちの情報を漏らさないほうが優先ね」

 ニィラはよく分からない、と首をかしげたがレベッカはにっこり笑って言った。

「よく分からなくてごめんね、だけどニィラちゃんはお昼までここにいてくれればいいわ。その間、イムさんからもらった場所に行って、アーナスさんを探してくるから」

 お昼までここに居ることは理解したニィラは、レベッカの手をそっと取った。無邪気なニィラはレベッカに笑いかける。

「グレイおじさん、早く帰ってくるといいね!」

「そうね、アーナスさんが先に帰っていたらニィラちゃんはちゃんと、私が戻ってくるまでアーナスさんをよろしくね」


                                  *


 その・・始まりは、レベッカがグレイを探すため宿を出、昼に帰ってきた頃であった。

 アーリアの騎士団とは別の集団が、レベッカたちのいる町をめざし進む。

 ザッザッザッ。特殊な軍事訓練でも受けたように統率の取れた集団の、進み行く先々で時折叫ばれる『イツワリの神 に 天罰ヲ!』、『ワレらには シンの神が ついている!』などという声が、そこに住む人々を震え上がらせる。

 黒をまとい、頭からすっぽりとかぶり物をかぶり、昼間だというのに燭台に立てた一本のロウソクに火を灯す。異様な姿の集団は、総勢数百名を越しているにもかかわらず、一糸乱れず進んでいく。

 彼らの集団の先頭には不思議な形をした槍を持った男が一列に並んでおり、そのなかでもリーダー格らしき一人の男はその槍以外に、銀色に輝く杭のような杖を背に背負っていた。


 槍をもった男のうち一人が、杖も背負うその男に話しかける。

「教祖様、あれが見えますか」

 男が指差す先には、この集団に向かってくるようにして歩いてくる商人の荷馬車があった。彼らが行く先の町は、一本道で見通しの良いなだらかな丘が広がっているため、それがとてもよく見えた。

 男に恭しく話しかけられた、杖を背負う男は重々しく頷いた。

「うむ。余にも見えよう、アグリス? 第一部隊で布教をせよ、我らの同胞は多ければ多いほどよい」

「はっ」

 アグリスは同じ槍を持つすべての男に、彼が『教祖様』と呼んだ者の言葉をすばやく伝え、集団の歩みをとめさせた。そして『教祖様』の言う、第一部隊の隊長を先頭に呼びつけめいを下した。


 アグリスは命の最後に、こう付け加えるのを忘れなかった。

「布教活動に失敗した場合は、すばやく処理し荷物を引っ張って来い。これは、『教祖様』直々の命である」

 『教祖様』という単語に反応して色濃い畏怖の感情と、格違いの者を盲信するような目が現れる第一部隊の隊長。ぴしっとお手本通りの敬礼で答えた隊長は、第一部隊の隊員らを引き連れて、布教という名の脅しをかけるために、商人の荷馬車の下へ走っていった。

 それを満悦の笑みで見ている『教祖様』という男。彼の手元にも小さな燭台と今も燃えるロウソクがある。赤い光は男の黒い衣装を照らし、奇妙な形をした槍をほんのりと染める。

 銀色の杖を背負う男は、燭台を口元まで持ち上げて囁いた。

「異教徒の うすよごれた者共よ、 お前たちに 更生の機会を与えてやろう」


 昼まえに町を出た商人は護衛を雇って、荷馬車で移動していた。太陽がほぼ真上にある、そんな頃に商人の前に現れたのは、足元まで垂れた黒い服に覆面をした怪しげな一行。手元には真昼間だというのに、火のついたロウソクがあった。

 商人たちの目は節穴ではないから、彼らもその者達が、少し離れた向こうにいる黒い大きな集団から来た、ということはちゃんと把握していた。そんななか、突然その怪しい一行のすべての人間が、口をひらいた。

「異教徒の ウスヨゴレタ者共よ、 オマエタチに コウセイの機会をアタエてやろう」

 突如言われた言葉に、商人たちの目が点になる。怪しいものたち全員が、一字一句間違えることなく、さらには全く同じ声のトーンで言う不気味な光景に、商人は動揺しながら声を上げた。

「いっ異教徒ぉ? そっれは何の話だ? わたしはただの、国に忠実な商人だ!」


 その悲鳴に近い声に、護衛が商人の前に立つ。

 そして『国に忠実な』という言葉を耳にした、『教祖様』とあがめられている男は、黒い含み笑いをする。また燭台を持ち上げ、今度は低い声で囁いた。

「間違ったモノに その心意気を向けるとは。 貴様らには更生の機会なぞ 甘すぎる。 真の神の元へ すぐさま送ってやろう」

 さっきと同じように、第一部隊の人間は虚ろな目で商人らを見据え、その口から同じ音が出てくる。怯えた商人を覆面越しの空虚な瞳で見つめ、黒服の者はそれぞれ何処からか武器を取り出した。彼らが取り出した武器には、半ば乾いてこびりついた黒々しい血が、拭われることなくついている。

 商人の護衛はたったの数人しかいなかったのだが、警戒態勢で武器を構えた。だがそれも、もはや無駄な動作。護衛らが武器を構える前に、黒き死刑執行人は荷馬車ごと囲んで、襲い掛かってきていたのだから。


 第一部隊の隊員は見事な連携で、護衛の武器を構える前に攻撃を繰り出し、護衛を地に伏せさせた。皮膚がするどい鋼で引きちぎれる。神経や筋肉のすじがぶっつりと切れ、骨を砕けさせる怪力が護衛たちをふっとばす。

 黒纏う怪しい一行が武器を振り上げるたび、舞い上がるは真紅の花弁はなびら。地面に零れ落ちた花弁は、毒々しい色合いで存在を示し、生臭なまぐさいその臭いで襲撃者を酔わせる。

 赤い花弁がついても、ヌラヌラと反射するだけの黒服には、ちゃんとロウソクの光が当たっている。

 残るは商人ただ一人。甲高い声で命乞いをするも、盲信者たちの耳には届かない。無慈悲なやいばの鈍い光がいくつも商人に向かって飛んでいく。

「ぐあぁっ……!」


 荷馬車をひいて戻ってきた第一部隊に、『教祖様』は一人で手をたたいた。燭台と槍を持っているためはっきりとした拍手にはならなかったが。

「どうだアグリス? 余の力も増してきたであろう」

 満足したように問いかけた銀の杖を背負う男に、隣のアグリスは笑みをもって答えた。

「はい。御力の向上はめざましいものでございますよ、“暗黒のマリステリメ”様」

 アグリスの笑みが一瞬、別人のようにブレたような気がした。


 言いたいことが伝わらなかった……orz

 改稿(いや序章は、ほぼ書き下ろし)と新話それぞれ一話ずつで一ヶ月だなんて。なんてスローペースなんだ。


 そしてニィラちゃんが全く理解してくれないし、イムがキーマンっていう感じがぜんぜん伝わらなかった。やっぱり難しいですね。説明不足で意味不明な場合、ネタバレしない程度で説明・加筆しますので、一言お願いします。


 こんなスローペースでもなお、見放すような真似をしなかった皆様ありがとうございます。本当に土下座したいくらいに、嬉しかったです。

 お気に入り件数が減っていたらどうしようと、毎日ビクビクしていたのですが、それほど変わることなく今回の話をあげられました。

 一ヶ月近くあけてしまいましたが、毎日ちょこっとずつ書いています。励みとなりますので、よろしかったらどうかこのまま、読みにきてください。

 よろしくお願いします。

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