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第8話 夕食会にて

 風呂でのぼせかけたので、俺は部屋で休んでいた。


「アレフ様、お食事の用意が出来ました」


 メイドさんが夕食に呼びに来たので身を起こす。

 彼女に案内されていくとそこは食堂だった。

 10人はかけられそうな大きなテーブルには銀の燭台が置かれている。

 壁にはファノスを描いた風景画が飾られていた。


「よく来てくれたね」


 出迎えてくれたのはローレンスさんだ。

 隣には20歳位の綺麗なお姉さんを連れている。

 ローレンスさんの奥さんだろう。

 菫色の艷やかなロングヘアーが特徴だ。

 ゆったりとしたドレスを着ているから目立たないけどお腹に膨らんでいる。


「こちらは私の妻のサーシャだ。サーシャ、彼がアレフ君。アリサ達の命の恩人だ」

「はじめまして。義妹の危ない所を助けていただき、本当にありがとうございました」

「いえ、俺の方こそファノスに連れてきてもらって助かりました」

「ではあの子達は命の恩人に少しでもお返しできたのかしら」


 サーシャさんが優しく微笑んでいる。


「お、遅かったな。ゲストを待たせたらダメじゃないか」

「すみませんお兄様。少々時間をかけ過ぎてしまいました」


 少し慌てながらアリサが食堂に入ってきた。

 見慣れた旅装ではなく、鮮やかなライムグリーンのドレスをまとった華やかな姿だ。


「お姉様ったら時間になってもドレスを何着も並べて悩んでいますもの。余程見せたい相手が居るのですね」


 アリサの後ろには小柄な少女が付いてきていた。

 アリサより4つ程幼いかな? 

 サーシャさんと同じ菫色の髪を三つ編みに束ねている。

 髪の色からローレンスさんとサーシャさんの娘だろう。

 アリサとは同じデザインで色違いの淡いブルーのドレスを着ている。


「はじめまして。アリサお姉様の姪のエリスです。アリサお姉様のドレス姿はどう思いますか? 可愛いと思いませんか?」


 エリスちゃんはスカートの端を摘んで挨拶をしてきたと思ったら、とんでもない事を聞いてきた。

 確かにアリサは可愛い。

 誰もが認める美少女だと思う。

 だけど今はタイミングが悪い。

 大浴場で見てしまったスレンダーな体とか、柔らかい頬への感触を思い出してしまう。


「えっと、うん、アリサは可愛いと思うよ」


 脳裏に浮かぶ姿を忘れようと苦戦しながら何とか返事を返す。

 するとエリスちゃんはにんまりと微笑むとアリサに呼びかけた。


「アリサお姉様、聞きました? 可愛いですって! それにアリサと呼び捨てにされましたよ。良かったですね!」

「もう、エリスったら! アレフ様に失礼でしょう!」


 顔を真っ赤にしたアリサが逃げるエリスちゃんを捕まえようとしている。

 サーシャさんは2人のやり取りを楽しそうに眺めていた。


「ほらほら、二人共落ち着いてテーブルに着くんだ。アレフ君はそこに座って」


 ローレンスさんが注意して皆がテーブルに着いた。

 向かいにローレンスさん、サーシャさん夫婦が並んで座った。

 こちら側にはアリサの左右にエリスちゃんと俺。


「アリサの帰宅と新たな友人との出会いをミーシア様に感謝します」


 ローレンスさんの祈りから食事会が始まった。


「この街は食材も自慢なんだ。遠慮しないで食べてくれ」


 テーブルに料理が並べられた。

 水の都だけあって水産物を使った料理が多い。

 まずは目を引いた魚の香草焼きを皿に取る。

 1尾丸ごと香草で包んで焼き上げてあるみたいだ。

 香りも良いし見た目にも豪勢な料理だな。


「アレフ様、それはファノスマスですわ。ファノス名産の魚で香草焼きは祭りに欠かせない名物料理です」

「へぇ、魚はあまり食べた事が無いんだ」


 工房は山奥だから魚は沢で釣った時に食べる程度だ。


 マスにナイフを当てると、スッと刃が入る。

 やっぱり肉とは違うな。

 口に入れると、火の入れ方が絶妙で身がほろりと崩れていく。

 香草の香りにマスの旨味が包まれている。


「これは美味しいね」

「そうでしょ! 私も大好きなんです!」


 エリスちゃんが身を乗り出すように話しかけてくる。


「でもお祝いの料理なのであまり食卓に出ないんです。今日食べられるのは、無事帰って来たアリサお姉様と送ってくださったアレフ様のおかげですね」


 そう言うとエリスが笑いかけてくる。

 元気で明るい子だな。


 その後も獲れたてのエビを乗せたサラダや何種類もの魚を使ったスープ、ローストした豚肉を食べた。

 どれも丁寧に作られていて美味しかった。

 食事の合間に行われた会話はもっぱらエリスちゃんが発端になっていた。

 アリサとは叔母姪の関係だけどエリスちゃんは12歳。

 アリサと2歳しか違わないので姉妹同然の関係だそうだ。

 エリスちゃんはアリサに寄り添って話しかけていた。

 アリサが無事帰ってきた事が嬉しくて仕方がないみたいだ。


「ねぇ、アレフ様。話に出て来たエビルエルクの肉ってそんなに美味しいんですか?」


 エリスちゃんが俺の話をせがんできたので、この3日間の出来事を話していた。

 中でもエビルエルクの肉に興味を持ったようだ。

 アリサも美味しかったと言ってたからね。

 お姉ちゃんが美味しいという物が気になるのは当然かな。

 魔法袋(マジックバッグ)の中からエビルエルクの串焼きを取り出した。

 俺からアリサが串焼きを受け取り、串から外してエリスちゃんに渡す。


「はい、エリス」

「ありがとうアリサお姉様。アレフ様もありがとうございます。……おいし~い!」


 一口食べるとエリスちゃんは幸せいっぱいといった顔で喜んでくれた。

 さっきまで食べていたのに、あっという間に串焼きを食べてしまった。


「ねぇアレフ様! アレフ様の事をアレフお兄様と呼んでも良いですか?」


 そしてそんな事を言い出した。


「え? 急にどうしたの?」

「だってアレフ様の妹になれば、いっぱい美味しいものが食べられそうですもの」


 エリスちゃんの子供らしい発想につい笑ってしまう。


「あはは、別に妹じゃなくても美味しいものが手に入ったら、エリスちゃんに持ってきてあげるよ」

「本当? 約束ですよ」

「あぁ、約束するよ」

「ありがとう、アレフお兄様!」


 お兄様と呼ばれてしまった。

 姉は居るけど妹は無いから初めてだな。ちょっと嬉しい。


「良かったわね、エリス。さ、今日はもう休みましょう」

「あ……はい、お母様。お父様、アリサお姉様、アレフお兄様、おやすみなさいませ」


 サーシャさんがエリスを促して食堂から出ていった。

 まだ寝る時間には早くないかな?


「あの子はね、体が丈夫ではないんだよ。何人も医者に診てもらったのだけど、体は悪くない、原因不明だ、と言われているんだ」


 悲しげな表情でローレンスさんが教えてくれた。


「元気な子だと思ってました」

「今日は余程楽しかったみたいだ。こんなにはしゃいだ姿を見るのは久し振りだよ」

「アレフ様のおかげです。本当にありがとうございます」

「俺よりもアリサのおかげだよ。エリスちゃんはアリサが大好きなのは見てるだけで分かったし」


 仲の良い姉妹そのものだよね。

 妹はちょっと姉をからかう所があるけど。


「私も失礼します。お兄様、アレフ様、おやすみなさいませ」


 アリサも食堂から出て行った。


「エリスの部屋に行くのだろう。あの子達は本当に仲が良いからね」

「今日はありがとうございました」


 ローレンスさんに頭を下げる。

 お風呂は気持ち良かったし、楽しい夕食だった。


「それはこっちが言うセリフだよ。君のおかげでアリサもエリスも喜んでくれた。明日は冒険者ギルドに登録しに行くのかい?」

「はい。冒険者になってしばらくはこの街で活動しようと思います」

「宿は必要だろう? あの部屋でこのまま家に住まないか? アリサもエリスも喜ぶと思うよ」

「そう言ってくれるのはありがたいのですが……」

「何か不満でもあるかい?」

「文句はありませんよ。部屋が豪華過ぎる事以外は」


 あんなに豪華だと気が休まらない。


「冒険者になって、色々と自分でやってみたいんです」

「そうか。まぁ君の決める事だからね。でも困った時は頼ってくれ」


 ローレンスさんは懐から小さな袋を取り出した。


「妹を助けてくれた謝礼ではないが受け取ってくれ。宿代の足しにでもするといい」

「ありがたく頂きます」


 渡された袋はずっしりと重かった。


「じゃあ私は仕事でもするか。おやすみ、アレフ君」

「今から仕事ですか」

「これでも一応領主だからね。妹の事で仕事に穴を開けちゃマズいよ。アリサには内緒にしてくれよ」


 手を振りながらローレンスさんは出て行った。

 俺は部屋に戻ろうとして戻り道が分からず、メイドさんに案内を頼むのだった。

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