第6話 水の都ファノス
アリサ達と旅を始めて2日目。
馬車は草原を抜けて緩やかな丘陵地帯に差し掛かっていた。
「この丘を超えたらファノスの街が見えるんだっけ?」
「あぁ。ここを越えたらファノスまではもうすぐだ」
護衛任務も今日までか。
色々と教えてもらったし楽しかったな。
エビルエルクの後は魔獣が出なかったから、護衛は何もしてないけど
「護衛はあんまり役に立てなかったな」
「アレフ様には大変お世話になりましたわ。美味しい食事もですが、お湯を贅沢に使えるのは本当に助かりました」
「お湯は簡単に作れるからね。洗顔や体を拭く分のお湯ぐらいはすぐ用意出来るよ。お風呂は……桶があれば何とかなるかな」
お湯を用意するよりも、風呂として入る容器が問題だ。
大きな桶を持ち歩くよりも、地面に穴を掘って土を固めてからお湯を溜める方が楽かな。
「流石に野外でお風呂は人に見られそうで恥ずかしいですね。それとも、私の裸が見られないように、アレフ様が見張りをしてくださいますか? アレフ様になら見られても構いませんよ」
「いやいやいや、冗談はよしてよ。セリカもこっち見てないで前見て!」
「うふふ、冗談ですわ。セリカもそんなに睨まなくても良いでしょう?」
アリサはお嬢様だけど気さくな所もあるんだな。
でも今の冗談は心臓に悪いな。
胸がドキドキしちゃったよ。
◇ ◇ ◇ ◇
「うわぁ、凄いな」
丘からの景色は想像以上だった。
広い平野に麦畑や牧場が広がっている。
それらの中をまるで葉脈のように運河と街道が走っている。
街道沿いには所々に農村が、運河には水車が点在している。
そして街道の行き着く先には城塞に囲まれた大きな街があった。
「どうだ、立派だろう。あれがファノスだ」
得意げなセリカ。
住んでる街を自慢したい気持ちは分かるけど、それはアリサが言うんじゃないのか。
横目で見るとちょっとむくれてるぞ。
太陽が中天を越えた頃、俺たちはファノスの城門に辿り着けた。
中に入るのに何か手続きがあるのかと思ったら、セリカが門番の兵士に何か話したと思ったら通してもらえた。
まぁ領主の妹の乗っている馬車だから当然か。
城門を抜けたらそこは大きな広場になっていた。
中央には馬車が通るのに十分な幅の大通りがあり、露店では食べ物や飲み物、土産物を売っている。
広場の左右には泉があり、水路へと繋がっている。
広場を抜けると大小様々な大きさの白い建物が並んでいる。
その中でも一際大きな三階建の建物を指差してアリサが教えてくれた。
「アレフ様、あれが冒険者ギルドですわ」
「あれが冒険者ギルドか……本当に酒場も兼ねてるんだね」
1階は酒場になっていて、開け放たれた入り口からは喧騒が聞こえてきた。
白い石の建物は他にも多いけど、3階建ての建物は珍しいから見分けは付くな。
「それにしても水路が多いね」
「ファノスは水の豊かな街で水の都とも呼ばれています。水天ミーシア様が誕生されたという伝説もあってミーシア教の聖地なんですよ」
ミーシア教とは、水の女神ミーシアを祭る宗教だそうだ。
アリサの説明を聞きながら大通りを進むと、高台に立つ大きな屋敷に行き当たった。
冒険者ギルドよりも大きい豪邸だ。
セリカは大きな玄関の前に馬車を停めた。
玄関の前にアリサが立つと、内側から扉は開かれていった。
大体物語じゃ玄関ホールには執事とかメイドが勢揃いしてるんだよね。
「お帰り、アリサ!」
扉が開くなり金髪のイケメンがアリサに抱きついてきた。
20代後半位かな。
護衛なのに反応出来なかったよ。
まぁ敵意は感じられなかったからね。
でも家の中でも気を抜かないようにしないと護衛失格だな。
「ただいま帰りました、お兄様。落ち着いてください。この時間はお仕事では?」
「だって護衛の騎士達が居ないって門番からの報告があったからね。何があったのか心配で心配で仕事なんか放り出してきたんだ」
「それは……」
「ローレンス様。それは私からご報告いたします」
イケメンはファノスの領主であるアリサのお兄さんみたいだ。
セリカがアリサからお兄さんを引き離すと、事情を説明しはじめた。
「アリサは愛されてるね」
「歳が離れているせいか、昔から実の娘と同様に可愛がってくれますの。早くに両親を亡くしてますから余計に大事にしてくれるのかもしれませんが……正直妹離れしてくれると助かります」
アリサは恥ずかしげに笑っている。
困ってるけど嬉しいって感じかな。
「君がアリサとセリカを助けてくれたアレフ君か。私はアリサの兄のローレンスだ。なんとお礼を言えばいいか言葉もない。妹達の危機を救い、ファノスまで送ってくれて本当にありがとう」
セリカの話を聞き終えたローレンスさんが俺の手を取り、頭を深々と下げてきた。
領主だと名乗らないのはアリサの家族としてお礼を述べたということかな?
「頭を上げてください。俺はたまたま通りかかっただけですし、道を知らないのでファノスまで同行しただけですよ」
護衛は頼まれたけどエビルエルクを倒しただけで全然働かなかったしね。
「君はそう言うがアリサ達の命を救ってくれた事のお礼はさせてくれないか。何か欲しい物はあるかな? 領地なんてどうだい? 婿を探してる貴族が何人か居るから紹介しようか?」
「お兄様! アレフ様は冒険者を目指しているそうです!」
「おや、そうなのか。じゃあ領地なんて重荷でしかないな。私も正直要らないし」
「お兄様!」
アリサに怒られるローレンスさん。
ローレンスさんって領主の割に軽い人だなぁ。
「ローレンス様は普段はフランクな方だが仕事は有能だぞ。ファノスの街も先代の頃より発展している」
「それは言い過ぎだよ。街の皆が頑張っているから発展してるんだ。私はただ皆がやりやすいようにしてるだけさ」
小声で話していたのに、ローレンスさんに聞き取られてしまった。アリサに叱られている最中なのに。
「アレフ君、部屋を用意させるから今日はここに泊まるといい。君の話も聞きたいしね」
ローレンスさんが片手を上げると壁際に控えていたメイドさんが下がった。
「湯に入って汚れと旅の疲れを取って休んでくれ。アリサ達も疲れただろう? 話の続きは夕食の時にでもしよう。エリスも喜ぶぞ」
宿を取ろうと思っていたけどローレンスさんに話を勝手に進められてしまった。
まぁ良いか、悪い人じゃないみたいだし。
アリサ達とは別れて俺はメイドさんに部屋へ案内された。
「こんな良い部屋じゃなくて良いんだけど」
「ローレンス様にはこちらにご案内するよう言われましたので。アリサお嬢様の命の恩人への感謝の気持ちはこの部屋でも表現出来ません」
メイドさんはお風呂が準備出来たらお呼びしますと言うと下がっていった。
「ベッド1つで工房の屋根裏部屋より大きいんだけど……」
ベッドには緻密な彫刻が施されている。
腕の良い職人の仕事なんだろうな。
ベッドに限らず部屋にある家具の全てが最高級品で揃えられているようだ。
「落ち着かないけど荷物の整理でもするか」
魔法袋を開ける。
「まずは沢山あるエビルエルクの肉か。お金に困ったら買取所に持ち込もう。首は剥製用に高く売れないかな」
エビルエルクの胴体は旅の途中に解体して小分けしてある。
「串焼きはまだあるな。お腹が空いたら食べるとしよう」
取り出しやすいように袋の口周辺に置く。
「着替えは魔術で洗濯してあるから問題無し。ポーションは使ってないから10本そのままっと。小袋には持ってた銅貨5枚と小遣い3枚の8枚……あれ? 14枚入ってるぞ?」
もしかして小遣いは1日銅貨3枚って毎日3枚くれるってこと?
1日銅貨3枚を生み出す袋なのか、毎日銅貨3枚を転移させているんだろうか?
「まぁアイン姉だからな」
深く考えるのは止めよう。
魔法袋を仕舞うと、ベッドに倒れ込む。
柔らかな布地に全身が包まれた。
そのままメイドさんが呼びに来るまで、俺はその感触を楽しんでいた。